かつて――――まだ世界に、平安の刻が訪れていなかった時代。
人々は、戦乱の中で敵の鎧を、盾を、そして骨を砕き、切り裂く為に、様々な材料を工面し、武器をこしらえた。
その形状は、用途により区分され、そして細分化されて行く。
そんな中で、最も多くの人間が『使い易し』として、手に取った武器。
それが、剣と言う創造物だった。
英語で言うとソード。
フランス語でエペ。
イタリア語でスパーダ。
スペイン語でエスパーダ。
ドイツ語でシュベルト。
ラテン語でグラディウス。
ギリシャ語でクシフォス。
世界中で、剣は騎士や傭兵、或いは民間の兵士に扱われ、戦場で火花を散らした。
それから、長い長い年月が経ち――――時代は、現代。
戦争に使われる武器は、銃火器、或いはミサイルや核兵器へと移行する。
剣と言う存在は、徐々に争いの場からハジかれ、形と硬度を変えて、スポーツへと渡り歩いた。
日本における剣道が正式に立ち上がったのは、1800年代末期。
けれど、既にその種目は、『剣道』と言う名称とは裏腹に、『竹刀』と言う安全な道具に持ち変えられ、伝統芸能の域に達しつつある。
そんな、時代を揺蕩うように流れて渡った剣に、転機が訪れたのは――――現在から20年ほど前の事だ。
きっかけは、些細な事だったと言う。
とある国の、ちょっと有名なテレビ番組で、剣の特集が組まれた事があった。
その際にかなり時間をかけて紹介されたのが、アーサー王物語。
『アーサー王伝説』とも呼ばれるその物語は、恐らくは世界で最も有名な英雄譚だろう。
アーサー・ペンドラゴンという名のウェールズ人が、魔法使いマーリンの助力もあって、ヨーロッパを統べる王となり、円卓の騎士と共に聖杯を探し、そして王国の崩壊の中で、その生涯に幕を下ろす――――と言う一大エピソードを描き切った、スペクタクル・ロマンスだ。
余りに有名である一方、ファンタジーへの影響が余りに絶大だった事で、文学というよりマンガやアニメの始祖的な見方をされる事が多く、意外とその地位は知名度ほど高くない。
そんな奇妙な一面を持ったこの物語は、その放送を期に、一気に再評価された。
そして、それ以上に、放送内でピックアップされた剣という物が大きく興味を持たれ、小さなブームを生み出した。
そして、そのブームを空前の規模へと導いたのが――――『現代のエクスカリバー』。
スイスの時計メーカー『エギュイーユ』が、それを商品化したのだ。
携帯電話の普及によって高級時計の売り上げが伸び悩む中、その補填案として、時計以外のアクセサリーを製造する別ラインのブランド『グランエール』を立ち上げ、その一つ目の商品として、エクスカリバーの模造品を制作したらしい。
作ったのは、たったの一本。
そして、その製造に費やした期間は、実に5年。
数多の歴史書を確認し、可能な限り『アーサー王伝説』の聖剣エクスカリバーに近づけたその剣は、商品として市場に流れる事はなかったものの、全世界に大きなインパクトを与えた。
何より目を惹いたのは、その造形美。
美術品としての価値が世界中で鑑定され、年々その値は上がって行った。
以降、世界各国の製鉄に携わるメーカーが、現代の美術品として、或いはブームへの便乗品として、剣と言うかつての戦争の武器を乱造した。
それが、現代の世に剣が蘇った歴史――――
……むにゃ。
【 STEP.2 マテリアル・ワールド 】
「……コラっ! 寝るなっ!」
「はうっ」
ビクッってなった身体に、もう一回ビクッってするわたしを、芹ちゃんの鋭い目がヤブ睨みしていた。
あ、あれ……わたし、寝てた?
「なーにーしーてーるーのーかーな?」
「ねねね、寝てないよ。全然寝てないよ。ちゃんとお話聞いてたよ。歴史のお勉強だよね?」
「口元に涎がついておるぞ。全く……」
ブンブン首を振るわたしの口を、桔梗ちゃんがハンカチでふきふきしてくれた。
うう……知り合って2時間くらいの人に、ふきふきして貰うなんて……
「剣を作るのは明日なんだからね。寝てる暇はないのよ?」
「ふあーい」
「欠伸しながら返事しない!」
「ふぁいっ」
学校の先生より怖い芹ちゃんにまたビクッってなったわたしに、桔梗ちゃんは呆れてるっぽいながら、微笑みかけてくれた。
とほー。
ちなみにちなみに、ここはその桔梗ちゃんのおうち。
何処でお勉強しようか、ってお話になったトコロで、桔梗ちゃんが『家で構わぬぞ』って言ってくれたの。
そしてそのおうちは、イメージ通り、とっても大きなお屋敷だったのです。
純和風で、今いる桔梗ちゃんのお部屋も、畳の匂いがする、癒しの空間。
すだれとか襖とか障子とか、なんか新鮮な感じ。
出して貰ったお茶も、あったかい緑茶。
正直、にがにが……
「さ、歴史はこの辺にして、早速剣の作り方を勉強しましょう。教科書9ページを開いて」
「……芹ちゃん、先生をした事ある?」
「確かに、指導する様が妙に馴染んでおるの」
わたしと桔梗ちゃんの指摘に、芹ちゃんは慌てた様子で首を横に振った。
「べ、別にそんな経験なんてないってば。そんな事より、早く教科書!」
「はいっ」
まだ一度も開いてない、まっさらな教科書を開く。
少し緊張。
小学生の時、初めて教科書を開いた時の事は――――覚えてないけど、幼稚園の頃に新しく買って貰った絵本を開いた時のドキドキ感は、どうしてか覚えている。
その時の感覚と、ちょっと似てた。
「取り敢えず、材質によって作り方もかなり違うみたいね。明日はどうするんだろ」
「恐らく鋼を使うと思うが……セラミックの可能性もあるの」
わたしがドキドキしてる中、芹ちゃんと桔梗ちゃんは早くもぱらぱら読み進めている。
……わたし、どん臭いのかなあ。
お母さんよりはテキパキしてると思うんだけど、同年代の子と比べると、ちょっと鈍いのかもしれない。
ちーちゃんからも『鈴菜は鈍チンだからなー』って言われたし。
何度も何度も……うう。
「鈴菜、ついて来てる?」
「だ、大丈夫だよっ」
今度こそ、そんな見方をされないように、余裕のVサインで対応。
「……そ。なら良いけど」
結果、引かれたかもっ。
ヘンな子と思われた可能性が……とほー。
「昔は、石、骨、角、歯、牙、青銅等を使っていたらしいの」
「流石に今時、そう言う材料を使って作る事はないと思うけど……鈴菜はどう思う?」
「へっ」
落ち込んでるトコでいきなりフられてもっ。
でも、昔の人ってすごいなー。
骨とか歯で剣を作ってたんだ。
なんか、想像出来ない。
「もしかしたら、そういう材料で最初に作らせるかもしれないよ? 昔の人の努力を知りなさい、とか」
そんな思ったままのコトをわたしが述べた結果――――芹ちゃんは目を丸くしていた。
「結構、的を射た発言……鈴菜、やれば出来るじゃない!」
「いたく感心したぞ。どうやら、ただの和み係ではなかったようだ」
わたし、マスコットポジションって思われてたんだ……ちょっとショックかも。
でもでも、今は見直して貰えたから良っか。
「確かに、原始的な方法を初っ端に提示して、そこを原点とする事で、文明の進化を体験させる手法は教育上、有効。その可能性は拾っておいた方が良さそうよ」
「うむ。では両面の作り方について学んでおくか」
私の発言が、今日のお勉強会の方向性を決定した。
そのコトが、なんか嬉しい。
この時初めて、わたしはこの二人の本当の意味での友達になれた気がした。
友達になるって、簡単なコトみたいで、ホントはそうじゃない。
とっても難しいコトだと、わたしは思う。
『友達になりましょう』って言うのは、わたしにとっては簡単な事なんだけど、ちーちゃんとみっちょんはそれも難しいコトだって言ってた。
でも、ホントに難しいのは、それじゃない。
自分がそのコに『あ、わたし、このコと友達なんだ』ってあらためて思って貰うコト。
それが一番、難しいと思う。
わたしは、ちーちゃんとみっちょんに対して、何度もそれを思ったコトがあった。
友達でよかったー、って。
友達になってくれてありがと、って。
でも、わたしがそう思って貰ってたかってゆうと……全然、自信ない。
だから、こう言うちっちゃなお褒めのお言葉なんかは、とっても嬉しい。
「……どうしたの? 急にニヤニヤして」
「な、なんでもないよー。それより、早くお勉強しよ」
「ふむ。まずは一通り、現代の剣の製造方法を学んでおくとしよう」
桔梗ちゃんに促されて、わたし達は今時の剣の作り方が書いてあるページを探して、ノートにまとめた。
まず、今の剣に使われている材料は、鉄と鋼、ステンレス鋼、ファインセラミックス、合成金属、粉末鋼、チタン等。
ナイフや包丁に使われている材料が、そのまま使用されている。
で、肝心の作り方はってゆうと……大きく分けると二通りあるみたい。
一つは、けっこう昔ながらの作り方で、鍛錬場っていう鍛冶場みたいなトコロで鉄や鋼を焼いて作る方法。
刀なんかは、今もこの方法で作ってるみたい。
材料を熱して、柔らかくなったトコロで金槌を使って薄く伸ばして、水と火に交互に入れたりしながら中の不純物を取り除いて、キレイに形を整えていくって言うのが、この方法の簡単なあらまし。
そしてもう一つは、セラミックなんかを使う場合の製造方法。
こっちは現代的で、ミキサーなんかを使うみたい。
ミキサーで材料を粉々にして、粉末状態にしたトコロで金型にその粉を入れて、その上から物凄い力の掛かる機械を使って成形。
その後、焼成炉っていう機械で焼いて固める、って言う作り方だね。
前者は手作り、後者は機械任せっていう感じ。
ただ、ミキサーを使う場合も、最後にはダイヤモンド製の砥石を使って、キレイに形を整えるみたい。
あと、剣身に模様を付けたい場合は、色々細工をしないといけないから、難しい。
「ま、大体こんなトコね。難しいのはやっぱり昔ながらの作り方よね……でも、こっちの方がずっと絵になるっていうか、『剣を作りました』感が強いのよね。大体、ファンタジーではこっちの方が採用されてるし」
芹ちゃんはシナリオライターを目指しているだけあって、独特の観点で剣の作り方を学んでいた。
一方、桔梗ちゃんはと言うと――――
「妾としても、金槌でカンカン打ち付ける作り方の方が良いのう。手間も時間も掛かるだろうが、こちらの方が納得の行く剣を作れそうだしの」
芹ちゃんとはまた違った視点で、検証をしていた。
その姿を眺めていたわたしに、ちょっとした好奇心が生まれる。
「ね、桔梗ちゃん」
「む、何だ?」
「桔梗ちゃんは、どうして剣を作る学校に入りたいって思ったの?」
わたしのそんな問い掛けに、桔梗ちゃんより先に芹ちゃんの方がリアクションを示した。
「あ、私も興味あるなー。桔梗さんって独特の雰囲気あるし、何か特別な理由とかあるんじゃない?」
「む……仕方ないの。そこまで注目を集めた以上、語らねばなるまい」
嫌がられないか心配だったけど、桔梗ちゃんはちょっと話したかったくらいの勢いで、その答えをお話してくれるみたい。
良かったー。
「それを語るには、まず我が蓮葉一族の宿命について語らねばならぬ……」
「わっ、本格的」
わたしの合いの手に、桔梗ちゃんはフッとカッコよく笑った。
「我が蓮葉一族は先祖代々、破魔師として名を馳せて来た」
「ハマシ?」
「退魔師とか陰陽師とか、巫女みたいなものじゃないかしら」
芹ちゃんの言葉に、桔梗ちゃんがコクリと頷く。
「破魔師の役割は、その地域に住む住人を魔の存在から守護する事。妾の先祖は、古くは菅原道真の怨霊や村正の呪いを……」
「え、そんなメジャーどころなの!?」
「……退けた、と言われている陰陽師に憧れて、独学で学んだと言われておる」
「……」
期待で目をキラキラさせた芹ちゃんは、無言で赤面していた。
なんか、かわいー。
「とは言え、この界隈では高い評価を得ていての。その歴史の蓄積もあって、ここらの全ての神社や各種施設から毎年、破魔矢とお守りの注文が殺到しておる」
「おー、スゴいっ」
「成程、羽振りが良い訳ね」
このおっきなお屋敷は、その賜物なんだー。
「そう言う訳で、将来は妾も民間の破魔師として、各神社と連携しながら、この街を盛り上げていこうと思っておるのだが……そこで、どうしても必要な道具がある」
「……魔を破る、聖剣ね」
キランと再び目を光らせ、芹ちゃんが断言。
「いや、年に2回行う破魔の祭典で使用する儀式用の模造剣なのだが」
「に、似たようなものよ」
また芹ちゃんが赤面!
か、可愛いな……
「何?」
「はうっ、何でもない」
スゴイ顔で睨まれちゃった……しおしお。
「この儀式というのが、実は中々厄介でな。近年、各宗教においても、鎮魂の儀式や死者への祈り等に代表されるよう、儀式の簡易化が顕著なのだ。だが、それでは本来儀式の持つ意味が廃れてしまう。形式だけでは意味がない。元々、儀式というのはお祭りなのだから。神々や精霊など、その地方地方で信仰している存在を持て囃し、滅罪や鎮魂と言ったものを求める事に意味がある。決して、惰性や体面を整える為に行うものではない」
「現状を危惧しているからこそ、本格的な道具を欲してるって事?」
「その通り。そしてその道具は、実際に儀式を行う妾の手作りであれば殊更箔がつく、というものだ。それが、妾が剣を作る理由。その学校を選んだ理由だ」
最後の言葉は、わたしを見ながら言い切った。
で、その答えを受けたわたしはと言うと――――感心を通り越して驚いていた。
雰囲気や話し方から、普通の学生さんとは違う感じを受けてたけど、まさか
そんな理由だったなんて。
「……貴女と知り合えて良かった」
そして、わたし以上に芹ちゃんが感動していた。
「ね、取材とかしても大丈夫? すっごく、ものすっっっっごく創作意欲を湧かせる設定なんだけど、物語にしちゃって問題ないかな? 固有名詞はちゃんと変えるから。出来れば歴史の辺りからもっと詳しく聞きたいな。あ、名称とかその辺は心配しないで。私、ネーミングセンスは自信あるのよ」
そしてそして、目を今までで一番キラキラさせて、桔梗ちゃんの手を取って、懇願を始めた。
芹ちゃん、積極的だー。
「な、なんの事なのか把握できぬが、お友達になった以上、協力はやぶさかではないぞ」
「ありがとう! これまでで最高のお話を作れる気がする!」
シナリオライター志望の芹ちゃんは、とても幸せそうな顔をしていた。
そして、その顔を今度はわたしに向ける。
「鈴菜にも感謝! 貴女と知り合って友達にならなかったら、この出会いもなかったのよね。貴女はわたしの幸運の女神よ!」
「幸運の女神っ」
何、その甘美な響きっ!
わたし、こんなとある日に突然女神に!?
「ま、まあ……良くわからんが、取り敢えず勉強を続けてはどうかの。この件は後でゆっくり話を聞く故に」
「そうね。まずは明日の事を考えましょうか」
燃える目で芹ちゃんがそう言ったので、わたしも倣ってお勉強を続ける事にした。
ちなみにちなみに、骨とか歯とか使う場合は、完全に工作の範疇みたいで、ペーパーナイフとかを使ってガシガシ削って作るみたい。
む、難しそう……
「取り敢えず、獣の歯の調達は無理だし、石は削るの難しいから、動物の骨を調達して短剣を作ってみましょっか。大きい骨って何処に売ってるんだろ」
「肉屋、かの。犬用の牛アバラ骨でも良さげだが」
「それなら、ペットショップに売ってるかも」
わたしの言葉に、二人は同時に頷いて――――次の目的地が決まった。
この街には、ペットショップが4つもある。
わたしは動物が大好きだから、その4つとも巡回先。
家に帰ればピノが待ってるんだけど……ゴメンねピノ、鈴菜は悪い子です。
色んなコに目移りしちゃう年頃なのです。
浮気なんて言わないでっ。
「わー……わー……」
その巡回先の一つ【ペットランドつくも】に付いたわたしは、早速その入り口の近くにいたハムスターに目を奪われた。
ジャンガリアンちゃんを筆頭に、ゴールデンちゃん、クロハラちゃん、ロボロフスキーちゃん、ロングヘアちゃん……みんな愛嬌があってかわいいいなー、かわいいなー。ちっちゃいなー……かわよいなー……
「何してんの。私達の目的は骨でしょ」
「わーっ、もうちょっとだけ……」
ズルズルと芹ちゃん引きずられて、わたしも餌コーナーへ。
沢山の缶詰やパック入りの餌が並ぶ中に、犬さん向けのお骨もあった。
わ、けっこう大きいなー。
剣やおっきめのナイフは無理でも、ペンライトくらいの大きさのナイフなら
十分作れる大きさだ。
「ま、予習には十分だの。これを3つ購入しておくとしよう」
「おっけ。割とスムーズに見つかってよかった」
わたしがハムスターへの名残を惜しんでいる間にも、もうお話は進んでいた。
早く済んだのなら、余った時間でふれあい広場に行ってお戯れを……
「……あれ?」
そんな提案をしようとしたわたしの前で、芹ちゃんが立ち止まる。
その視線の先を追っかけてみると――――そこには、わたしたちと同じ制服を着ている女子一人と、男子三人がいた。
な、なんか睨み合ってるような……
「ケンカか。勇ましい事よの」
「そんなの言ってる場合じゃないってば! 止めなきゃ!」
芹ちゃんの言葉通り、ケンカなら止めないとっ。
でも、取っ組み合いとかしてる様子はないし、男子はちょっと笑ってる。
余裕がある感じ?
でもでも、女子の方は怒ってる感じ。
髪の長さは桔梗ちゃんと多分同じくらいだけど、後ろで結んでてポニーテールにしてて、なんか活発な印象を受けるケド、それが今は怖い方向に向かってる。
ど、どうしたら良いんだろう……
「……何がおかしいんですか? 女子が製剣をする事が、そんなに可笑しい事ですか?」
「だって……なあ。どうせお前ら、みんなコスプレとかアクセサリーとか、そう言う目的なんだろ? バッカみてーじゃん。なあ?」
「だよな。俺らみたいに、『フェヒター』とか『エギュイーユ』みたいな世界的な企業へ就職する目的で、ってヤツはゼッテーいねーよな。目線が違うんだよ。目線が」
「テメー等みたいな腐女子崩れのミーハー、ぶっちゃけ邪魔なんだよね」
わっ、なんか言い合ってるよー。
完全にケンカだ。
どうしよう、止めないと。
でもでも、わたしってケンカ止めるの苦手なんだよー。
お母さんとピノのケンカもちゃんと止められないのに……男子三人を相手に、どうすれば良いんだろう……
「随分と煩いの」
あっ、桔梗ちゃんが何の抵抗もなく進んで諍いに割り込んだっ。
「あ? 何だテメー……同じガッコかよ」
「だから割り込んだのだ。入って一日ではあるが、自分の通う学校の生徒が、公の場で恥を撒き散らすと言うのは、見ていて余り気分の良いものではない」
ああっ、桔梗ちゃんが怖いっ。
男子の方も、いきなり女子からそんなに強く言われるって思ってなかったみたいで、ちょっとビックリしてる。
「な、何だよ。いきなり入って来てこっちを悪者みたいに言ってんじゃ……」
「黙れ下郎ども。男が三人も集まって一人のオナゴを詰るとは、どう言う了見だ。しかも、女子に対する訴訟ものの偏見、先入観を恥も外聞もなく晒しおって。一体、何時の時代の価値観を得意げにかざしておるのだ。馬鹿者どもめが」
「お、おいコラ、調子に……ぐはっ!?」
ぼ、暴力ーーーーっ!?
桔梗ちゃんが何の躊躇いもなくゲンコツで最前列の男子にハンマーパンチをっ!?
「ひ、ひぃっ。なんて女だっ」
「おい……こいつ、あの蓮葉じゃねーか? 金持ちの家の」
「ゲッ……マジだ。変わった喋り方するって聞いた事ある」
それがきっかけとなって、男子の方が後退る。
す、すごいなあ……桔梗ちゃん。
一人で男子三人を圧倒してるよ。
「たわけどもがっ! 出直して参れ!」
「くそっ! 覚えてろ! この七光り野郎!」
男の子達は、大声を出しながらペットショップを出て行った。
「……桔梗さん、凄い。強いのね」
「あの程度の連中に怯む要素などないわ。一つ、悪態としては及第点のものが混ざっておったがの」
感心するように息を吐いた芹ちゃんに対して、桔梗さんは目を半分閉じて溜息を落としていた。
及第点?
何の事なんだろう。
「お主も、啖呵を切っておいて押されるでない。穂邑」
「……」
わたしがそんなコトを考えてる最中、桔梗ちゃんはさっきまで男子と闘ってた女子に、声を掛けていた。
って、名前呼んだよね、今。
お知り合いだったんだー。
そっか、だから果敢に割り込んでいったんだ。
「はうー、桔梗ちゃん、良い人ー」
「……すまぬが、緊迫感が欠けるので、涙を拭いてくれぬか」
「はいはい。鈴菜、ここは空気を読もうね」
感動するわたしを、芹ちゃんがハンカチを持って諌めに来た。
うう、水を差すつもりはなかったんだけど。
「で、どう言うお知り合いなの?」
わたしの目をふきふきしながら、芹ちゃんが桔梗ちゃんに聞く。
うーん、わたし今日一日で、二人のお友達にふきふきされちゃった、
「こやつは、妾の幼なじみだ。神崎穂邑と言う。ちなみに、同じクラスだ。恐らくは、先程の男子も、の」
かんざき、ほむらさん。
桔梗ちゃんの幼なじみかー。
そう紹介された神崎さんは、なにかバツの悪そうな表情で俯いている。
どうしたんだろ。
助けてもらってありがとー、ってはならないみたい。
フクザツなお関係?
「ちなみに、先程の男子の指摘はある意味当たっておる。この穂邑はまごうことなき現役の腐れ女子だ」
「わー! わー! わー!」
え?
腐れ女子……って、何?
何か、わたし以上に空気を壊して、さっきまでの緊迫感だいなしな感じで、神崎さんが騒いでるケド。
人に言われると、てれてれな感じのお趣味?
「腐女子……あ、聞いた事ある。確か、男性同士の恋愛をこよなく愛して……」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! ちょっと待って下さい!」
神崎さんは、補足説明しようとしてくれた芹ちゃんの口を掌で一生懸命塞いでいた。
「あの、初対面の方にこんな事言うの失礼かもしれませんが、公然とそのような事は言わないで下さい! 泣きますよ!?」
「ご、ごめんなさい。でも、そんなに公言しちゃマズい事なの? 腐女子って」
「わーっ! だから言わないで下さい!」
神崎さんは、アタフタしていた。
なんか、最初はちょっと怖いイメージだったけど、けっこう可愛い人なのかも?
「昔から、あやつは弄られる体質での。非常に良い反応を見せるので、ついついからかいたくなってしまうのだ」
「ほえー」
な、なんか親近感かも。
わたしも、ちーちゃんやみっちょんから『鈴菜は弄られ役よねー』、『和ませる天才』なんて良く言われてたし。
それが、あんまり良い意味で使われてないって知ったの、けっこう最近だったけど……
「って言うか、桔梗ちゃん。幼なじみの子がクラスメートになったのに、話しかけたり一緒に帰ったりしなくてもよかったの?」
「うむ、それがな。妾は気にかけておるのだが、どうも向こうの方が腐れ女子になった事に劣等感とか羞恥心とか、その手の感情を抱いているようでの。妾から距離を置いておるのだ」
「そ、それは、蓮葉さんが私の事を誤解してるからです!」
わたしと桔梗ちゃんのコソコソ話に、神崎さんが割り込んでくる。
と、ゆうか。
「あの、そろそろ出ませんか? 注目を集めているような……」
「そ、そうね。さっきから店員とその周囲の鳥類が凄い目で睨んでる」
芹ちゃんは、こっちをじーっと見てるタカとかフクロウの目に怯えていた。
可愛いのに。
「仕方ないの。穂邑、久々に妾の家に来るが良い。拒否は許さぬぞ。一応、今回の妾はお主の恩人なのだからな」
「う……わ、わかりました」
しぶしぶ、って言う感じで、神崎さんは頷いた。
そして再び、桔梗ちゃんの家に移動。
その間、神崎さんは一言もお話しないで、とってもい辛そうにしていた。
なんか、かわいそう……でもでも、話しかけられる雰囲気じゃなかったし……って迷ってる間にも、いつの間にか桔梗ちゃんのお部屋に着いていた。
「さて。では改めて紹介しようかの。このオナゴは、神崎穂邑。我が蓮葉一族が懇意にしている神社の一つ、神埼神社の娘だ」
「最初からそう紹介すれば良いのに……神崎です。先程はお騒がせしました」
ペコリと、神崎さんが一礼するので、わたしもお礼返し。
礼儀正しい人だなー。
そっか、神社の娘さんってコトは――――
「巫女さん、って事?」
芹ちゃんの言葉に、本人さんじゃなくて桔梗ちゃんが首を横に振った。
あれ?
神社の娘さんでも、巫女さんになるって訳じゃないんだ。
「うむ。巫女という職業は基本、お手伝いさんだからの。家が八百屋だから八百屋の仕事をする必要がない、と言うのと同じで、神社の娘が巫女となる必要はない。そもそも巫女と言う職業自体、アルバイトとして普通に成立しておるからの。神事や重要な祭りの際に中心となって働く本職巫女は血縁者が行うケースが多いが、そう言ったイベントも近年は少なくなっておるし、神社によっては人も集まらず、暇な所も多い故、無理に血縁者が巫女として働く必要もないのだ」
「つまり……神崎神社は学生の娘さんを働かせるほど……や、なんでもない」
芹ちゃんは整理中、言ってはいけない言葉の引き出しを開けそうになっちゃったみたいで、慌ててそれを閉じていた。
「良いんです。事実ですから。ウチの神社、あんまり流行っていないんです」
ああっ、神崎さんがしおしおにっ。
「し、仕方ないですよっ。ずっと不況ですしっ。神様にお賽銭をお支払いする余裕、ウチもないですし」
わたしの家は裕福でも貧乏でもない、ごく普通の家庭。
でも、生活は決して楽じゃないみたい。
普段は明るくおっとりしてるお母さんも、家計簿と向き合う時だけは真顔で、ある日突然『自我が崩壊しそうよ……』って呟いてたの、ちょっとしたトラウマ。
世の中、厳しいっ。
「ありがとうございます。えっと、あなたは……」
あ、そう言えば自己紹介してなかったっけ。
「えっと、七草鈴菜です。桔梗ちゃんとは、さっきお友達に。クラスメートみたいです。あの……わたしと友達になってくださいっ」
本日3度目の告白。
今日は、なんか上手く行ってるし、勢いにお任せで今回も――――
「御免なさい」
ダメだったぁ〜
「うう……フラれたよぉ」
「鈴菜、泣かないで。そもそも人間って必ず友達100人作らなくて良いんだからね?」
芹ちゃんが良くわからない慰め方でよしよしをしてくれた。
うー、子供扱い……
「あの、その、七草さんが悪いとか嫌だとか、そう言う事ではないんです。って言うか、原因は私にあるんです」
原因は、神崎さんに?
お友達になれない原因って、何なんだろう。
「穂邑、お主まだ『マイプリズン』におるのか」
呆れ気味に、桔梗ちゃんが溜息を落とした。
まいぷりずん?
「直訳だと……自分の監獄、って意味よね?」
「左様。自身の中で勝手に檻を作って、そこに閉じ篭っておる。まあ、今時の腐れ女子には良く見られる傾向ではあるが」
「腐れって言わないで下さい!」
神崎さんはポニーテールが逆立ちそうな勢いで、大声で否定していた。
お腐れ女子って、そんなに嫌なコトなのかな。
そのままの言葉の意味だったら、それはモチロン嫌なコトだけど。
……ゾンビ?
「言っておくが、死霊の類ではないぞ」
はうっ、考えを読まれてたっ。
「腐れ女子……世間一般では婦女子と掛けて『腐女子』と呼ばれておる。元々はホモセクシャルの恋愛を好物としている女性の事を指しておった言葉だが、近年では広義的に『オタク文化に染まっている女子』全般を指す事も多くなったようだの」
「……桔梗さん、どうしてそんなに詳しいの?」
感心するわたしの傍らで、芹ちゃんが目を半分閉じて質問していた。
「いつ頃からかは忘れたが、妾達蓮葉一族の商売相手の神社のひとつがオタクを題材とした作品の舞台になっての。以降、そこにオタクと呼ばれる人々がこぞって参拝に押し寄せ、神社側……というかその地域全体も、一般市民が不況に喘ぎ、観光業が瀕死の状況にある中で惜しげもなく金銭を落とす彼等に擦り寄るように、その手の企画を乱造するようになった、と言う経緯が……」
「そ、そうなんだ。良くわからないけど、わかった」
冷や汗をだらだらと流して、芹ちゃんは頷いていた。
ところで――――
「ほもせくしゃる、って何?」
わたしの何気ない質問に、何故か空気が凍る。
特に神崎さんは自分自身がカチカチになっていた!
「わ、わたし、そんなヘンなコト聞いたのかな……?」
「いや、まあ……知らない事を知らないって言うのは正しいと思うけど。それをキッパリ説明すると、傷付く人がいるみたいだから」
芹ちゃんの言葉に、凍っていた神崎さんがピシッと音を立てて動き出した。
なんか、怯えてる?
悪さをした時に、お母さんから怒られたピノみたい。
「全く……己が懸想した道くらい誇らしく語れぬものか。幾ら邪道でも、それを全ての人間が汚らわしいと思う訳ではないのだぞ? 妾とて、『なんと気色の悪い……珍妙なものに惹かれたものだな』とドン引きはしておるが、頭ごなしに全否定はしておらぬだろう」
「それだけ悪し様に言われれば十分です!」
神崎さんは泣きながら机を叩いた。
結局、ほもせくしゃるの説明はなしかあ。
「私だって……私だって、邪道で不毛なのは承知してるんです! 茨の道どころか射場の道だし! だから、自分で自分が情けないんです! 自分の生きる道に自信が持てないこの気持ち、蓮葉さんにはわからないんです! ふえーん!」
あ、本泣き。
「それならそれで、開き直ればよかろうに」
「あんまり追い詰めるのは可哀想だよ、桔梗ちゃん」
わたしは顔を覆って泣いている神崎さんに近付き、頭をよしよししてみた。
「同情なんてしないで下さい!」
はうっ、怒られた。
「あ……御免なさい」
そして、しゅんとなる。
罪悪感、だと思う。
神崎さん、多分良い人なんだろうな……
「ま、この数分で穂邑の性格は殆ど出たといってよかろう。概ねこんな感じのオナゴだ。仲良くしてくれとは言わんが、クラスメートと言う事で、適当に面倒みてやってくれんか」
「それは良いけど……あ、私は紅野芹香。程々に宜しくね」
「よろしくお願いします」
神崎さんは素直に頭を下げていた。
良い子、だよー、やっぱり。
なんとかお友達になりたいなー。
「ま、色々あったけど、取り敢えず明日の予習の続き、しましょっか。骨を削るナイフとかある?」
「それなら、包丁でよかろう。台所にある故、取ってこようぞ」
パタパタと、桔梗ちゃんが部屋を出て行く。
制服の上からでも、その後姿はとってもスラッとしてるのがわかった。
桔梗ちゃん、着物とか似合いそうだなー。
「ところで、神崎さんは……やっぱりコスプレの剣を作る為に、剣樹学園に?」
ぽーっとその後姿を見ていた私の後ろで、芹ちゃんがさりげなく
神崎さんに話しかけていた。
自然だー。
私よりコミュニケーション能力が全然高いよ。
「……はい。と言っても、私が衣装を着る訳ではないのですが」
「そうなの? だったら、作る方?」
芹ちゃんの言葉に、神崎さんは小さく、小さく頷いた。
「腐女子って言っても、もう高校生だし、将来の事を考えないと、と思いまして。でも、私にはマンガや小説を書く才能はないし、ゲームも作れないし。それで、どんな職業なら、大人になっても関わっていけるか考えた結果……」
「成程、ね。良いじゃない。少なくとも、『良い会社に入る』ってのが至上命題みたいな、大した意思も感じられないあの連中より、よっぽど目標がハッキリしてるし」
「そ、そうでしょうか」
「そうそう。このコなんて、子供の頃に見たエクスカリバーに憧れて、剣を作りたいって思ったくらい、結構みんな単純な理由だからねー」
「単純……かなー」
ちょっと不服。
でも、そんなわたしに神崎さんは――――少し困った感じだったけど――――
笑いかけてくれた。
「それでは、七草さんはその時の剣を再現するのが理想なのですか?」
「あー、うん。でも、ちょっと自分なりにアレンジしてみたいなー、って言うのもあるんだけど」
「アレンジ? エクスカリバーを?」
芹ちゃんの言葉に、わたしは力を込めて頷く。
一方、神崎さんは驚いた顔をしてた。
「え、エクスカリバーって、あの? え? 本当に見たんですか?」
「信憑性は意外とあるみたいよ」
「す、凄いですね……羨ましいです」
わっ、羨ましがられた!
滅多にないコト……嬉しいなー。
「でも、そのエクスカリバーをどのようにアレンジするのです? あれは、剣ブームの火付け役ですし、何より『現代最高の美術品』と言われるくらい美しい剣ですけど……」
「えっと、リボンをつけよっかな、って」
長年、他人には言ったコトがなかった、わたしの理想。
お母さん以外は知らないコト。
ついに言っちゃった。
お母さんは『それは可愛くなりそうね〜』って言ってくれたし、わたしもきっとそうなる、って思うんだけど……あれ、なんか沈黙が重い?
「それは……どうかと」
「聖剣への冒涜じゃないかしら」
「ええっ。何故ですかっ」
「や、そう言われても……あ、神崎さんはどんな剣が理想なの?」
お話逸らされたっ。
ど、どうして冒涜なんだろう……リボン、可愛いのにっ。
あの、とってもキレイでシュッてした剣にはピッタリなのにー。
「私は……ラグナロクです。神々の黄昏」
「あー。あれも良いよね。ギラギラしてる感じが特に」
ラグナロク。
作ったメーカーとか歴史、出典なんかは知らないけど、写真で見たコトはある。
とっても仰々しくて、賑やかな感じだったなー。
そっか、神崎さんはああいうのがお好みなんだ。
めもめも。
「それじゃ、芹ちゃんも発表しちゃおー」
「私も? まあ、聞いた手前言わないとか。えっと、私は……世界樹とオーディンが好きだから、聖剣グラムかな。外見よりその剣の背景が気になるのよね」
「わ、わかります!」
あ、なんか芹ちゃんと神崎さんが良い感じに盛り上がってるっ。
いいなー、わたしはフラれたのにー。
ちょっとジェラシー。
「中々面白い話をしておるの」
そこで、桔梗ちゃんが帰郷。
「ほれ、包丁。丁寧に扱うが良いぞ」
そして、普段はお料理に使う包丁を手渡される。
ちなみにちなみに、わたしはお料理は……きっと将来出来るようになるよねっ。
「それじゃ、骨を削ってみましょっか」
「な、何をするんですか?」
「明日の予行練習よ。ま、無駄になる可能性もあるけど、一応ね」
キョトンとしている神崎さんが見守る中、わたしたちは各々に犬のえさの骨を包丁で削ってみた。
む、難しい……手を切りそう。
「す、鈴菜!? 手、手!」
「七草さん、血が! 血が出てます!」
へ?
あれ、切りそう、じゃなくて、切ってた?
わわ、わわわ、血が!
「やれやれ、こんな事もあろうかと救急セットも持ってきておいて良かったの」
治療中――――
治療中――――
治療中――――終わり。
「はうー……桔梗ちゃんありがとー」
桔梗ちゃんはスゴく手際良く止血してくれた。
それにしても……
「開始3秒で流血とは……相当なぶきっちょよの、鈴菜ちゃんは」
「うう」
ホント、そうみたい。
薄々わかってたコトだけど、再確認。
わたし、ビックリされるくらい不器用なんだ……
「ま、最初は仕方ないって。ゆっくり上手くなっていきましょ。今日って言う日はまだまだあるんだし、ね?」
「芹ちゃん……ありがとー」
ひしっと抱擁。
わたし、良いお友達持ったよー。
「美しい友情だの」
「包丁持ったまま抱き合う姿は、何処か猟奇的ですけどね……」
二人が見守る中、わたしたちは思わずお互いから後退った。
で、その後も、一生懸命予習。
神崎さんも加わり、かわりばんこに色々試して――――でも結局要領みたいなのは掴めないまま、この日の予習は終わった。
そして――――剣作り初日、本番の日を迎える。
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