「きゃうっ! きゃうっ!」
 頭のてっぺんにまで響く、大きな声。
 ただ、それが何を言っているのかは、わたしにはわからない。
 多分、『早く起きなさい、鈴菜』って言ってると思うんだけど、もしかしたら全然違うコトをいってるのかも。
『私の祖先のサモエドは、極寒の地で優れた司令塔として寿命を全うしたと言うのに……』とか。
 とにかく、わたしの朝はそんな大きな声で目が覚めるコトが多い。
 それを発してるのは――――
「くるるるるるるるるるる」
 ポメラニアンのピノ。
 昨日みたいな緊急時にはお母さんが起こしに来るけど、いつもはピノがわたしの部屋まで起こしに来てくれる。
 扉は、鍵を閉めてないから、勝手に上がって来るのです。
「……んー、おはよ、ピノ」
「きゃうっ」
 さっきまで歯軋りしてるみたいな声を出してたピノは、わたしが起きると直ぐに甲高い鳴き声で甘えてきた。
 はうーっ、今日もかわいーっ。
「ピノーっ。ピノーっ」
「くるるるるるるるるるる」
 あうっ、威嚇された。
 何でだろう。
 ピノは、わたしが頬ずりしようとすると、顎を引いて低い声で唸り出す。
 もっともっと愛情表現したいのにー。
「鈴菜はぎゅーってしすぎるから、痛いのよー。ねー、ピノ」
「きゅーん」
 一階に下りて朝ごはんを食べてる最中、ピノはいつもお母さんのお膝の上で大人しくしている。
 うう、愛情表現が裏目に出てるのかな。
「ははは、鈴菜は極端だからなあ。でも、そう言うところも若い頃の
 母さんに似ていて可愛いぞぅ。ははは」
 でもでも、わたしはもっとピノとスキンシップを図りたい!
 あの、もこもこしたお顔に頬をくっつけて、うにににににーってしたい!
「きゅううん」
「鈴菜、邪念を送ってはダメよ〜。ピノが怯えてるじゃない」
「はうっ、野性のカン?」
 室内犬なのに、そういうコトには敏感なんだ、ピノ……
「ははは、ガッカリする鈴菜も可愛いなぁ。思い出すよ、父さんがまだ20代半ばの頃、母さんが一生懸命作ってくれた手料理を受け取った際、ついうっかり手を滑らせてフリスビーのように放ってしまった時のコトを。窓ガラスが派手に割れる中、あの頃の母さんも同じような顔をしていたなぁ」
「鈴菜、おしょうゆとって〜」
「はーい」
 テレビでは、今日のお天気を優しそうなお姉さんが教えてくれている。
 今日の天気は、晴れ。
 うん、とってもいいお空。
「ははは、希望に燃える鈴菜は超可愛いなぁ。そう言えば、若い頃の母さんが……おっと、食事はもう終わりかい、マイドーター。ははは、実に早い。実にスピーディバイオレンスな朝食だ。流石父さんの一人娘だ。ははは」 
 わたしにとって、今日は特別な日。
 昨日、剣樹学園の入学式も特別な日だったけど、それ以上かも。
 初めて、自分の手で剣を作る日。
 ……なんか、緊張してきたかも。
「ははは、何度無視されてもお父さんは言い続けるぞぅ。鈴菜は本当に若い頃の母さんそっくりだ。お父さんの理想の女の子だ。うーんラブリー、ラブリーテンダーソースイート。ははは」
「鈴菜ー、制服のポケットに入ってたお骨、ピノにあげたけど良かった〜?」
「あ、うん。大丈夫だよー。って言うか、それが一番の使い道だったよー」
「きゅううん」
 ピノはわたしの足元で、前足をピトっと当てて何かを訴えていた。
 多分、『お骨ありがとう』って言ってくれてるんじゃ、ないかな。
 犬さんの気持ちはわからないけど、多分そうじゃないかな、って思うんだ。
 家族だから。
 家族は、言葉がなくても心は通じ合うもの――――わたしはそう思う。
 わたしとお母さん、そしてピノ。
 とってもとっても、強い絆で結ばれてる。
 とってもとっても、強い味方。
「ははは、鈴菜は反抗期だなぁ。でもお父さんは負けないぞぉ。いつの日か鈴菜の反抗期が終わって、お父さんに今みたいなヤンデレが本気になった時の目じゃなくて、慈愛に満ちたキラキラな目を向けてくれる時まで、がんばってお仕事をして来るからなぁ。ははは」
 そんなお母さんとピノに見送られて、わたしは二日目の学園生活に向けてその一歩を踏み出した。
 今日の体調は、バッチリ。
 よーし、剣作りだ。
 子供の時からずっと夢見てた今日だっ!


「おはよーっ、芹ちゃん」
 教室に着いて直ぐに、わたしの席の前で、頬杖をついて座ってる芹ちゃんの凛々しい姿が目に入った。
 まだ会って二日目。
 でも、そんな感じがあんまりしないのは、きっと昨日沢山お話したから……ってだけじゃなくて、別のナニカがあるんじゃないかな、って思う。
 それが何かは、わからないけど。
「おはよう。鈴菜は元気ね……」
 あれ、何かアンニュイ。
 どうしたのかな?
「緊張しておるようだ。無理からぬ事。何の指導も受けず、いきなり剣を作るのだからな」
 わたしの隣の席の桔梗ちゃんが、腕組みしながら教えてくれる。
 何も言ってないのに、的確な補足。
 桔梗ちゃんとも出会って二日目だけど、やっぱりずっと前からのお友達みたいに思える。
「桔梗ちゃんもおはよーっ」
「うむ。お早う。元気なのは善き事よ」
 うーん、桔梗ちゃんもちょっと緊張してる?
 やっぱり、そう言うものなのかな。
 わたしは、どっちかって言うと、ワクワクの方がずっと強い。
 初めて剣を作れるコトへの喜び。
 ずっと夢見ていたコトが現実になる喜び。
 期待が不安を塗り潰してる、そんな感覚がふつふつ湧いて来てる。
 っていっても、これはきっと、わたしがあんまり優秀じゃないから。
 芹ちゃんや桔梗ちゃんは、上手く出来るかな、って言う思いがあるから、不安とか怖さで緊張してるんだ、と思う。
 わたしの場合、出来なくても仕方ない、って思ってるから。
 それで退学――――なんてコトには、ならないよね?
 きっと……大丈夫なハズ。
「妾もまだまだよの。初体験を前にして、武者震いしておるわ」
「むしゃぶるい?」
「興奮を抑えきれぬ、と言った所よ。鈴菜ちゃんは、そう言う猛りや迸りはないかの?」
 あれー、緊張じゃなかったんだー。
 さすが桔梗ちゃん。
 昨日の男子への剣幕と言い、カッコいいやー。
「わたしは、興奮とかはないかなー。でも、すっごく楽しみなんだよー」
「うむ。それでこそ妾のお友達だ。芹香ちゃんも、程良い緊張感に身を包んでおる。
 あれもまた、初体験を前にした理想の心理状態だの」
「へー、そうなんだ」
 さすが芹ちゃん。
「良いように解釈してくれてありがたいけど、ちょっと緊張が先走りしてる感じよ。やっぱり、初めてって言うのは、怖さが上に来るみたい」
「そう言うものよ。それを認め、その中で頭もシッカリ回り、身体もちゃんと動く状態に持っていく事で、集中力は高まっていくのだからな。逆に、恐怖に呑まれた者は、あ奴のように落ち着きのない素振りを繰り返す」
 桔梗ちゃんが、視線で指したその先には――――あ、神崎さん。
 一番前の席で、キョロキョロ辺りを見渡してる。
 かと思ったら、今度は俯いて、あっ、突っ伏しちゃった。
「あ奴はどうも、昔からプレッシャーに弱くてのう。巫女舞の際にも、緋袴を思いっきり踏んで、ものの見事に転倒し、更には前方のアルバイトの巫女を巻き込み、その巫女の袴をズラしてしまい、大惨事を招いた事があったものだ」
「それは……お気の毒と言うしか」
 その場面を想像したのか、芹ちゃんが顔を青くしていた。
「そう言った事が何度かあっての。あ奴は神事とは距離を置くようになり、妾とも殆ど遊ばなくなったのだ。かと思えば、いつの間にやら腐れ女子になっておった」
 桔梗ちゃんは、ちょっと寂しそうに笑った。
 きっと……ううん、絶対。
 桔梗ちゃんは絶対、神崎さんと一緒に遊びたかったんだ。
 だから、今も、昨日も、気にかけてるんじゃないかな?
「良かったね、一緒のクラスになって」
 だから、わたしはそう言ってみた。
 桔梗ちゃんは――――ちょっと驚いた顔をして、わたしの頭にポン、と手を乗せた。
「鈴菜ちゃんは、読めないのう」
「ホント、ボーッてしたコかと思ったら、ちゃんと見えてるって言うか、ビックリするような事も言ったりするし。ヘンなコ」
 芹ちゃんも、わたしの頭に手を乗せて、面白そうにグリグリした。
 うー、子供扱い、やー。
「よーし、席につけやー」
 あ、担任の難漢字先生だ。
「それじゃ、早速今日の行事を言うぞ」
 うわ、号令もないっ。
 普通は委員長さんが起立、礼、着席って言うのに。
 あ、委員長さん、まだ決まってないや。
 ってゆうか、何も決まってない……席替えとかしないのかな?
 自己紹介もまだしてないし……
「なんともマイペースな担任だの」
「テキトー、って言った方が良いんじゃない? 良いのかしら、これで」
 桔梗ちゃんと芹ちゃんも、ちょっと不安げ。
 他のところでも、ざわざわ言ってる。
「静かにしろー。しねーと嬲るぞー」
「な、なぶる?」
 ど、どういう意味なんだろう。
 芹ちゃんか桔梗ちゃんに聞こうとしたけど、どっちも険しい顔になってて、なんか聞けないよー。
「んじゃ、取り敢えず今日の日程な。あ、今日じゃねーや。暫くの間、だ」
 教室がぞわっ、ってなった。
 ざわっ、じゃなくて、ぞわっ。
 そんな、ヘンな空気。
「オメーら、ガンバって剣を作ってくれ。いじょ」
 説明、終わっちゃった。
 えっと……
「しょ、正気……?」
 あ、芹ちゃんが頭を抱えてる。
 それは、そうだよね……だって、『剣を作ってくれ』って……一体、どうするんだろ?
 何も教えてもらってないとか、そう言う問題でもないよー。
 ドコで、ナニを使って作れば良いのかもわかんない……
「成程の」
 教室中が『???』ってなってる中、桔梗ちゃんだけがどうしてか
 ニッコリ笑った。
「今時の、指示待ち症候群の小童共に対してのアンチテーゼ、と言う訳さな」
 桔梗ちゃんの声が、教室中に響き渡る。
 それをキッカケに、ざわざわってなり始めた。
「あーもーうるせー! 屠るぞテメー等!」
 ほ、ほふる?
 なんか、よくわからないコトをされそう……
 みんなそう思ったのか、すぐシーンってなった。
 特に男子は、すごく怯えてる。
「さっき、向こうの……えーと、うーんと」
「蓮葉だ」
「おう、蓮葉。蓮葉の言った通りだ。ネタばれになっちまうのは少々不本意だけど、ま、しゃーねー。いいかテメー等、剣作りってのはな、組み立て式の棚をマニュアル通りに組み立てるのとはワケが違げーんだ。既製品をその通りに作ったって、意味ねーんだよ。昔は武器だったかもしれねーが、現代の剣は美術品であり、嗜好品だ。作り手の個性は勿論、思想、信念、センス、魂がなきゃ、ただのデカイ包丁ってなもんよ。だったら、教科書開いて一から教えるなんてのは、何の意味もありゃしねー。自分で一から作って行くんだよ。材料も、施設も、自分で考えて選定して、な。それで一本、作ってみろ。その一本を俺が検証してやる。そして、その上で、その後どんな作り手になるべきか、個別に指導してやっから。まー、ガンバれや」
 難漢字先生は、一気に捲くし立てた。
 でも、言ってるコトはちゃんとわかった。
 全部自分でやる、ってコトだ。
 材料も、どんな剣にするのかも、作り方も、全部自分で決めて、自分で作る。
 思わず――――身体がブルってなった。
 あ、これが武者震いなんだ。
「フフ……面白い事になってきたの」
 桔梗ちゃんも、きっと同じ。
「ムチャクチャね。でも、確かに面白そうじゃない」
 芹ちゃんも、震えてはいないけど、やる気が出てるカンジ。
 わたしも、あらためて力が湧いてきた。
 今から、始まるんだ。
 夢の世界のお話が。
「ちなみに、協力プレイはご自由にどーぞ。誰と組んでも良いし、誰に協力を仰いでも良いぜ。ただし、俺以外にな。あと、俺がさっき言った事の意図をしっかり汲んでおくようにしろよ。剣作りの名人掴まえて、その名人の言った通りに作ってきても、モーニングスターで叩っ壊すだけだからな」
 もーにんぐすたーって、何だろ?
 なんか、教室の一部がザワザワ言ってるケド……
「期日はなし。あ、もとい。流石にそれはマズいな。期日は一ヶ月! 一月以内に、俺の前に自分で作った、自分だけの剣を持って来い! じゃ、解散! あ、出席はキッチリとっからな。ただしそれ以外は自由。家に帰って寝ても良いし、一日中駄弁ってても良いぞ。それで自分が良けりゃ、な。昼飯は学食でもファミレスでもマックでもスタバでも、好きな所で食え。んじゃ、解散!」
 それだけ言い残して、難漢字先生は教室を出て行った。
 な、なんかスゴいコトになっちゃったなー。
 授業とか、ないんだ。
 一日中、剣を作って良いんだ。
 ふわー、なんかまた、わくわくして来た。
「中々にシビアな教師のようだの」
「ええ。風貌も喋り方も学生気分が抜けてない新米教師って感じなのに、方針は恐ろしくシリアスね」
「ほえ?」
 前と横の二人が、わたしを挟んで会話を始めた。
「先刻、妾も言ったが……近代の学生は、『ああしろ』『こうしろ』と指示されぬと、何をして良いかわからぬ者が圧倒的に多い。そんな中で、自由にしろと言われた日には、どう動いて良いかわからずに狼狽し、やる気をなくしてしまい、堕落する者が続出するであろう」
「チュートリアルもナビゲーターもない異世界に放り込まれたユーザーみたいに、ですか」
 あ、神崎さんだー。
「その例えは、妾にしかわからぬと思うが」
「え? 一般的とまでは言わないけど、ネトゲくらいは知ってます……よね?」
 ねとげ?
 わからないから、とりあえず首ぶんぶん。
「私は知ってるけど」
 あう、芹ちゃんに差をつけられたー。
「ほう、中々に多趣味だの」
「趣味ってワケじゃないけど、一応シナリオライター目指してる身だから、その手の分野には多少造詣があるのよ」
「あ、あの!」
 目を半分閉じて説明してる芹ちゃんに、神崎さんが強張った顔で話しかけた。
「ど、どの板で活動してますか!?」
「……板?」
「すいません! 何でもないです! 今のはホント、なんでもないんです! 少し調子に乗ってしまいました!」
 神崎さんは、首をぶるんぶるん振って、お話を強制的に打ち切っちゃった。
 今の、何だったんだろ。
「私、どうしてこう……こんなんだからハブられるんですよね……」
「あ、あの。良くわからないけど、一緒に剣を作ろうってコトなのかな」
「そう言う意味ではないと思うが、その気があるのであれば特に拒まぬぞ。どうする?」
 わたしの勘違いを、桔梗ちゃんが活かしてくれた。
 そんな提案に対して、神崎さんは――――
「……いえ。私は一人で作ってみます」
 拒否の構えを示した。
「えー、一緒に作ろうよー」
「お誘いは、とっても嬉しいです。七草さん、ありがとうございます」
 お礼を言われちゃった。
「でも、私は誓ったんです。この剣樹学園に入って、今までの甘い自分と決別して、強い心と確かな技術を身に付けると。誰にもバカにされず、見下されない自分になるよう磨き上げると。ですから、甘えの出る環境に身を置きたくはないんです」
「そっかー……それじゃ、仕方ないかー」
「では、失礼します」
 神崎さんは、一礼して離れて行った。
 んー、でも一人だと大変だと思うけどなー。
「全く、バカ者が。まるで成長出来とらん」
 そんな神崎さんの背中を見ながら、桔梗ちゃんがおかんむり。
「一人で何でもやる事が己の鍛錬になる等、机上の空論ですらないわ。詰まらぬ妄想に囚われおって。これだから腐れ女子は……」
「でも、わざわざ私達に近付いて来たのは、声を掛けて貰いたかったからじゃない? 可愛いと思うけどな、そう言うトコ」
 芹ちゃんの言葉に、桔梗ちゃんがふーって息を吐く。
「仲間に入らないか、と声を掛けて貰う事で、自分に一定の価値がある事を確認する。それを断る事で、孤立を演じ孤軍奮闘する自身に酔う。全く、なんと言う浅ましい……」
 桔梗ちゃんは、怒ってた。
 でもそれって、やっぱり――――神崎さんが心配だから、だよね?
「また、少し経ってからお声を掛けてみるね。もしかしたら、気が変わるかもしれないし。タイミングもあるもん、こう言うのって」
「……やっぱり、不思議なコよね、鈴菜って」
 また頭に手を置かれちゃった。
「あ奴の事は、一先ず置いておくとして。まずは剣作りだの。取り敢えず、方針を練ってみん事には始まらぬ」
「そうね。記念すべき一作目だもの。やっぱり最初は、理想を追い求めるべきかな?」
 あ、いつの間にか剣のコトにお話が。
「それもまた善し。最初は堅実に、現実を見て、素人同然の状態でも自作出来る範囲の物を作ってみるのも、善し。いずれにせよ、重要なのは個性であり、魂なのだから、な」
「魂、かー」
 それって、目に見えないものだから、難しい。
 でも、やれるコトってそんなにないから、一生懸命やるだけ。
 まずは、どんな剣を作るか――――わたしはもう、決めていた。


 と言っても、まずはこの学校でどんなコトが出来るのかっていうのを知らないと何にも出来ないって言う芹ちゃんの提案に全面賛成の方向で、今日はこの剣樹学園の見学をするコトに。
「改めて歩いてみると……クラスが少ない割に、校舎は普通の広さなのね」
「元々は私立の女子高を作っておったらしいからの。途中で計画が頓挫し、
 その段階でこの剣樹学園の計画が立ち上がったそうな」
「再利用したってワケね。エコな感じで良いじゃない」
 トタトタと、一階の廊下を歩きながら、芹ちゃんと桔梗ちゃんは、この学校の作られた経緯についてお話している。
 その後ろで、わたしは案内板に目を向けていた。
 学校なのに、デパートみたいに見取り図が置いてあって、とっても親切。
 出来たばっかりの学校だからかな?
「……なんか、ホント普通の高校よね」
 わわっ、芹ちゃんいつの間にっ。
「どうやら、製剣施設は別館に集中させているようだの」
「あ、ホントだ」
 本館とは別に、別館に色んな施設があるみたい。
 技術室、金工室、鍛錬室、ミキサー室……あと、図書館も。
「図書館、行ってみたいな」
「そうね。剣に関する資料や歴史書がいっぱいあるだろうし。
 後で行ってみましょう」
「うんっ」
 その後、わたし達はまず本館、つまり今いる校舎を回ってみた。
 ホントに、フツーの学校と変わらない感じ。
 空き教室が多くて、生徒が少ないのが特徴って言えば特徴なのかな?
「芹ちゃん、桔梗ちゃん、学食行ってみよ」
「コラ、鈴菜、走っちゃダメだってば!」
 学食は、スゴく広かった。
 ビックリするくらい。
 ご近所のファミレスより全然広いっ。
 映画館くらいあるかもっ。
 あ、オープンテラスも!
「わ……スゴ」
「壮観だの。或いは、一般人にも開放しているのかもしれぬ」
 今はまだ朝だから、食べてる人はいない。
 っていうか、準備中?
 あ、でもメニューは書いてある。
 えとえと……『エクスカリバー定食?』
 わっ、どんなお料理なんだろ!
「『ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘットB定食』って何……? って言うか、AとBがある意味が良くわからない……」
「まあ、その剣の持つイメージを料理にしておるのだろ。こっちの『草薙の丼』など、なんとなく想像がつく」
 つく……かなあ。
 案外、七草粥っぽかったりして。
 それなら親近感。
「次は購買部に行ってみましょう」
 芹ちゃんに続いて、購買部へ。

『オリハルコン あります』

 辿り着いた瞬間、まずその張り紙に目が行った。
 お、オリハルコンーっ!?
「って何?」
「し、知らないの?」
 芹ちゃんが目を丸くしてる。
 そんなに有名なのかな、オリハルコンって。
 でもでも、学校で習ったコトもないし……
「伝説の金属よ。って言っても、架空の物だけどね」
「ホントはないの?」
「そ、ないの」
「でもでも、ここに書いてるよ?」
 わたしが指差すそこには、『オリハルコン あります』って確かに書いてある。
 あ、消しゴムで消した跡発見。
 オリハルコンって書く前は、『ミスリル』って書いてたみたい。
「ミスリル、オリハルコン……特定の世代が喜びそうな金属満載だの」
「私はどっちかって言うと、そっち派かなー。実在はしないにしても、それっぽいの売ってないかな」
 芹ちゃんは唇に指を当てて、購買部の様子を眺めていた。
 んー、なんか可愛いー。
「いらっしゃいまー。冷やかし禁止だからなんか買ってけよー」
 あ、店員さんだ。
 あれ……
「む、何故担任がここに」
 難漢字せんせだー。
 ホント、なんでここにいるんだろ。
「あー、蓮葉か。そっちのは……」
「紅野です」
「おう、紅野。で……」
「七草鈴菜です」
「七草、だな。よしよし、覚えた」
 難漢字せんせは、今やっとわたし達の名前を覚えたみたい。
「って言うか、結局一度も自己紹介しなかったですよね、ウチのクラス」
「………………わざとだよ」
 絶対わざとじゃない間を空けて、先生は断言したっ。
「まあ、それはこの際良いとして、何故ここにおられるのか」
「何故かと問われれば、ここに購買部があるからだ」
「そう言うのは良いんで、正確な情報を」
 芹ちゃんの容赦ないシャットダウンに、先生はすっごくわかりやすく残念無念な顔になった。
 ゆにーくな人なんだなー。
「今のは別に間違っちゃいねーよ。だって俺、ここの売り夫だもん」
「うりお?」
「売り子の男バージョン」
 先生がゆにーくなコトを言ったっ!
「……担任じゃなかったんですか?」
 そして芹ちゃんがビックリするくらい白い目にっ。
 魔女だ!
「担任兼、購買部の売り子なんだよ。昨今の不況で人件費ケチってんだよココ。購買部って基本、授業中は用なしだろ? だから、俺がやっても問題ねーってこった」
「そう言う問題でもないと思うのだが……そもそも、教師の業務は授業以外にも沢山お有りになるのではないか?」
「それが、そーでもないんだな。テストも今ントコ予定ないし」
 わっ、テストないんだ!
 これは大情報!
 うう、うれしーよー……
「七草、泣くのは止めろ。そんな顔見ると、テスト今直ぐ作りたくなってくるだろ」
 難漢字せんせは苛めるのが好きな人だったっ!
「はぁ……なんか先行き不安」
「つくづく、奇妙な担任だの。と言うか、この場合は学校が、か」
 あ、芹ちゃんと桔梗ちゃんが同時溜息。
 気が合ってるんだなー、羨ましい。
「それで、その……先生。オリハルコンって、あります?」
 二人は頭を抱えて動きそうにないから、わたしがそれを聞いてみる。
 伝説の金属……もしあるなら、見てみたいなっ。
「あるぜ。とびきりのが」
 グッ、って親指を立てて、難漢字せんせは白い歯を輝かせた。
 あるんだ!
 どんなのかな……ドキドキ。
「鈴菜、騙されちゃダメ! どうせ鉄を金色に塗装したパチものとか、そんな感じに決まってるんだから」
「担任を捕まえて詐欺師呼ばわりたぁ、良い度胸だな……ま、世界最硬の金属って言われてる『オリハルコン』じゃねーけど、ちゃんと別名でそう呼ばれてるんだぜ?」
 そう言いながら、先生は少し細めの棒を取り出してきた。
 円柱のそれは――――まるで金みたいに、黄金色に輝いている。
 金よりはちょっと暗めの色かな?
 んー、でも、これって……
「真鍮だの」
 桔梗ちゃんが言うように、真鍮に見える。
 一応、わたしでも真鍮くらいは知ってる。
 別名、黄銅。
 銅と亜鉛を混ぜた金属で、五円玉にも使われてる。
「お、よく知ってんな。確かにコレは真鍮だ」
「成程。確かに、真鍮をオリハルコンと見做す事はあるからの。ギリシア語やイタリア語でそれに近い発音をする事に由来するとか」
「なーんだ。意外とマトモな答えでガッカリ」
 芹ちゃんは何を期待していたのか、拍子抜けしていた。
「チッチッチ、甘めーな。これはタダの真鍮じゃねーんだよ。別名オリハルコンは伊達じゃねえ。黄金比真鍮、ってんだ」
 おうごんひ、しんちゅう?
「普通、真鍮は銅65亜鉛35の割合だ。でも、キッチリってワケじゃねえ。比率が変われば、色も強度も性質も変わってくる。で、この真鍮は、銅が1.618、亜鉛が1の割合になった真鍮なんだよ」
 わっ、なんかスゴい。
 真鍮は真鍮でも、スゴい真鍮だったんだ!
「……ホントにスゴいの? それ」
 あれ、芹ちゃんが疑いの目。
「ま、強度って意味ではスゴくはねーな。スゲーのは価値だ。滅多に出来ねーシロモノだからな」
「それを、かのような場末の購買部で販売しておられるのか」
「俺としては、とっとと売って金にしてー。ただ、生徒の中にチョー金持ちがいたら、高く買ってくれっかも、って思ってな。ちなみにグラム8,000円だ」
「……金の倍くらいの価格設定だの」
「誰が買うのよ、そんな物……」
 1kgで、800万円。
 ホント、誰が買うんだろ……
「ま、マジメな話、こう言うモンが購買部にあるって言うと、結構テンション上がるだろ? その為のモンなんだよ、コレは」
「そう言われると、強く否定できませんけど」
 芹ちゃんはけっこうレア物がお好きみたい。
 わたしも、そういうのはちょっとわかる。
 レアチーズケーキ、大好き。
「ま、普通の材料も売ってるから、テキトーに見ていきな。助言はしねーぞ。こっちにあるのは学校用の資材だから、好きにとってけ」
「わーっ、太っ腹ー」
 先生が指差した奥の方には、鉄とか、鋼とか、木材とか、色々棚に並んでる。
 そっか、剣を作る材料って、ここで調達するのかー。
「で、お前ら。どんな剣作るかもう決めたのか?」
「いえ。まだです」
「まず学校を見学しておこうと思っての」
 先生と二人が会話を始めた中、わたしは一人、材料と向き合っていた。
 エクスカリバーって、材料どれなんだろ。
 先生には聞いちゃダメみたいだし……芹ちゃんに聞こっかな。
「ところで、蟋蟀先生」
 その芹ちゃんは、真剣な顔で難漢字先生の名前を呼んでいた。
「剣を作るに当たって、適切な指導者が傍にいなくても大丈夫なのですか? 刃物と同じ扱いになると思いますから、免許のない人間だけで作るのは、法律違反になるのではないでしょうか」
 そして、驚きの指摘! 
「そ、そうなの?」
「うむ、恐らくそうなるの」
 桔梗ちゃんもわかってたのか、驚いた様子もなく頷いている。
「………………合格。そう、俺にそれを指摘した時点で、第一次試験は合格だ」
 あ、また嘘だっ。
「嘘ですね」
「嘘だの」
 二人もやっぱり同じ意見。
「う、嘘じゃねーよ。俺はだな、まずしっかりその点を理解してるかどうかを見定める為にだな」
「それは良いですけど、質問への回答を」
 芹ちゃんはバッサリと斬った。
「オーディンが好きと言うのは、伊達ではないの」
 桔梗ちゃんがよくわからないコトで感心する中、先生は頭をポリポリ掻いて、息を小さく漏らした。
「剣を作る時には、この学校の教師を最低一名、傍においとけ。ただし指導を仰ぐのは禁止。だが、向こうから指導して来た場合は素直に従う。いじょ」
「随分と回りくどいの」
「自主性を見定める為だ。まず一本目は自分で全部やる。これは譲れねーの」
 最後の言葉だけ、先生はマジメなお顔になった。
 きっと、ここは本当なんだろな。
「その点は、異論はありません。では、設計まで終わった時点で、先生に声を掛けますので」
「あー。俺がいない時は職員室で暇そうにしてる教師を捕まえろ」
 先生は、最後までマイペースなお人だった。
 その後、材料を見学して、今度は剣作りの施設の見学。
 技術室には、色んな機材があって、よくわからなかった。
 金工室は、基本的に金属を加工する場所で、削る為の切削加工用機械がいっぱいあって、ゴツゴツした印象。
 鍛錬室ってトコロは、スゴくおっきな釜があって、そこで金属を火にくべて、トンカチとかハンマーで叩くらしく、そう言う道具がゴロゴロ転がってた。
 ミキサー室は、とにかくミキサーがおっきくて、音もスゴかった。
 型を取る道具もいっぱいあって、近代的なカンジ?
 そして、最後は図書館。
「あ、鈴菜ー。こっちにエクスカリバー特集って書いてるよー」
「えっ、ホント?」
 大満足な一日だった。
 エクスカリバーの素材も判明。
 わたしが見たあの剣は、なんと――――
「黄金比真鍮……」
「え、嘘! 私それ初めて知った!」
「妾もだの。うーむ、これは大変なコトになったの、鈴菜ちゃん」
 うう、一キロ800万円もする材料を買えるようにならないと、エクスカリバーは作れないのかー。
 今回はとても無理。
「真鍮でガマンするしかないかー」
「真鍮を使うの? それも結構チャレンジャーだと思うケド。金属加工って結構大変よ? 私は木材で最初は作るつもりだけど」
「妾もその予定でおる。昨日、骨を削ったのと同じ、剣の原点から始めてみようと」
 そっか。
 最初は木刀みたいなのを作って、次に鉄とか鋼。
 その後、合金。
 そんなカンジで、ステップアップしていった方がいいのかなー。
 でもでも、せっかくの最初。
 難漢字せんせも、最初に作る剣にスゴくこだわってた。
 もしかしたら、それが一生を決めるかもしれない、くらいの勢いだった。
 だったら、わたしは――――
「わたしは、真鍮で作ってみるね」
 そう決めた。
「そっか。鈴菜、見かけによらず芯が強いのね」
 なでなで。
「うむ、鈴菜ちゃんは恐らく、いざと言う時に頼りになるタイプだの」
 なでなで。
 うー、子供扱い定着してるー。
 でもでも、褒められて嬉しいかも。
 よーし、がんばって、エクスカリバーに近い剣を作るぞっ。
「そう言えば、桔梗ちゃんの理想の剣って、どう言うの?」
「うむ。妾は儀式用の剣を作るのが最終目標故、儀式に似合う神秘的な剣を作りたいと思っておる」
「神秘的……良い響き」
 芹ちゃんが恍惚の表情で微笑んでる。
「具体的に言うと、硝子の剣などを所望しておる次第だ」
「ガラス?」
「それは……難しいんじゃない?」
 ガラスっていうと、窓ガラスのガラス?
 それで剣なんて、作れるのかな。
「難しかろう。だからこそ、最終目標の一つとしておる。それくらいでなければ、この年齢で剣を作ると言う道に進む意味がないのでな」
「桔梗ちゃん、かっこいー」
 わたしの声に、桔梗ちゃんはフッってカンジの微笑を見せていた。
「そう言えば、神崎さんはどんな剣作るのかな」
「理想の剣はラグナロクって言ってたけど、一発目でそれを作るのは無理よね。
 最初だし、経験を生かしてコスプレ栄えする物を作るんじゃない?」
 芹ちゃんがそう予想する中――――
「む、噂をすれば……穂邑、こっち来い」
 ちょうど、図書館の入り口に神崎さんの姿が。
「皆さんも見学ですか?」
「そうなんだー。あのね、神崎さん。神崎さんは最初どんな剣作るか決めた?」
 わたしが訪ねると、神崎さんはちょっと瞼を閉じて、思案顔になった。
 言っていいかどうか、迷ってる顔?
「別に言ったからといって減るものでもなかろう」
「そうそう。興味あるな、神崎さんが作る剣」
 二人の後押しもあって、神崎さんは意を決したみたいに目を開けた。
「そうですね。隠すような事でもありませんし……私は、ドラゴンマッシャーを作ろうかな、と」
 瞬間、二人が凍った。
 ど、ドラゴンマッシャー?
 ドラゴンは、わたしでも知ってる。
 竜。
 竜を……潰す剣?
「……が、がんばって」
「はい、がんばります。あの男子達を見返してやります。では」
 神崎さんは、とってもやる気を見せながらわたし達から離れて行った。
「……アレ、重さどれくらいあるんだろ」
「少なくとも、一般女子がどうこう出来るサイズではないの……」
 あれ、二人はわかってるんだ。
「ねー、ドラゴンマッシャーって、どんな剣?」
「……一言で言うと、剣ではない剣」
 へ?
「剣っていうより、鉄塊って話よ。何しろ、ドラゴンを潰すくらいのサイズだから」
 え……てっかい?
「通常、剣は『斬る』事を前提に作る武器なのだが、このドラゴンマッシャーというのは、巨大な敵を叩き潰す為の剣、だそうな。余りにも大雑把で、剣と呼ぶのも抵抗あるシロモノよな」
 なんだか、よくわかんなかったっ。
 つまり、おっきな剣ってコトなのかな?
「ま、完成した剣を楽しみにしておきましょう。それより、私達は自分の事をちゃんとしないと、ね」
「うむ。まずは設計図作りだの。サイズにしても形にしても、それで
 大筋が決まるからの。明日からでも取り掛かるとしよう」
 設計図かー。
 明日から、本格的な剣作りなんだなー、って実感。
 昨日も、今日も充実してたけど、明日はもっと充実しそうな気がする。
 わたしはそんな確信めいた予感を内に隠して、図書館の本を読み漁った。








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