剣樹学園の入学には、筆記試験は全然なくて。
 面接だけで、わたしは合格するコトが出来たのです。
 だから、わたしはこれまで、受験勉強っていうのをしたコトが一回もない。
 そして、小学生の時も、中学生の時も『今日は一生懸命勉強した! わたしガンバった!』って言うくらい勉強したコト、一回もなかった。
 試験勉強の時は、なんとなく『やらなきゃ』って思って机に向かうんだけど、気が付いたらテレビの前で体育座りしてるか、机の上ですーすー寝てる。
 おべんきょ、合わなかったみたい。
 だから、わたしがこの日、夜遅くまでスタンドに灯りをつけて、机に向かっているのを見つけたお母さん、スゴくビックリしてた。
「す、すずな……そんなっ。すずなが……すずながどうしたのすずなどうしたのすずな」
 なんか、混乱してる?
 そ、そこまで驚かなくても……ううっ、なんかフクザツ。
「えっとね、剣作りの設計図を描いてるんだよ」
「そ、そうなの……ううっ」
 あれっ、今度は泣いてる!?
「きゃんっ、きゃんっ」
 ピノが怒ってる!
 わたしがお母さんを苛めてるって思ってる!?
「くるるるるるるるるるる」
「違うのよ、ピノ〜。わたしは嬉しくて泣いてるの」
「きゃうっ」
 お母さんとピノは会話できる……って思うくらい、仲良し。
 すっごく羨ましい……
「でも、設計図ってすずな、描けるの?」
「ふっふー。見て見て」
 机に向かって、ノートを開いて、図書館で借りた資料を見ながら、わたしの記憶の中にあるエクスカリバーを参考に、色々描いてみた。
 多分、これで大丈ぶい!
「まあ。あのすずながこんな立派になって……」
「きゅーん」
 お母さんとピノが、揃って褒めてくれた。
 よーし。
 明日は芹ちゃんと桔梗ちゃんにも褒めて貰おっと。

 


【 STEP.4 アウトブレイク・オブ・ウォー 】


「……なんて間違いだらけの設計図」
「これをこのまま作ったら、巨大ロボットの使う剣が出来上がるの」
 あ、あれ?
 せっかく朝一番に登校して、自信まんまんで見せたのに……
「じゃ、じゃあ、芹ちゃんの設計図を見せてよー」
「はい」
 自信あり気に、芹ちゃんはわたしの顔の前でノートを広げた。
 そこには――――なんかスゴくゴチャゴチャした、とってもキレイな剣の絵が描いてあった。
 何箇所も矢印が引いてて、そこに数字とか文字がいっぱい書いてある。
 あと、一つじゃなくて、違う向きの絵も。
 一つは剣を横にした形で、も一つは縦にした形。
 剣の切る方が前になってる絵だ。
「す、すっごーーーーーいっ。芹ちゃん絵が上手ーっ」
「そ、そういうコトじゃなくてね。もっと見るトコちゃんと見て」
「むう、これは良く出来ておるの。初めて書いたという訳ではないのだな?」
 わたしが顔をノートにべったりくっつけて、まじまじ見てる間、桔梗ちゃんも感心したように唸っていた。
「一応。でも、桔梗さんに褒められるのは光栄ね。自信に繋がる」
 わ、わたしはー?
「ふむ。やはりライバルとなる存在が身近にいた方が、刺激になってよい。良い友達を持ったものだ」
「お互いにね。負けないから」
「ぬかしおって」
 ふっふっふ、って笑い合いながら、二人はそれぞれの健闘を称え合っていた。
 っていうか、桔梗ちゃんの設計図もすごーい!
 プロが描いたみたい。
 その後にわたしが昨日描いたのを見ると、なんか小学生が書いた落書きみたい……
 わ、わたし、もしかして遅れてる?
 すっごくリードされてる?
「時に鈴菜ちゃん。鈴菜ちゃんは、設計ソフトを持ってはおらんのか?」
「へ?」
 設計ソフト?
「剣の設計用のソフトよ。パソコンにインストールして使うの。それ使えばキレイな設計図を作れるんだけど……持ってないっていうか、知らなかったみたいね」
「う、うん。全然知らなかった」
 そんな便利なのあったんだー。
 もしかして、芹ちゃんや桔梗ちゃんは、それ使って描いたのかな?
「ま、パソコン使うより手書きの方が最初は良いかな、って思ったんだけどね。原始的な方法で最初は作るって決めたコトだし」
「だが、手書きだと時間が掛かるからの。そう言う意味では、鈴菜ちゃんには感心する。時間を使う事を全く意に介さないのは、剣作りを楽しんでいる証拠」
「間違いは多いけどね」
 むー、芹ちゃんのいじわるー。
 わたしも芹ちゃん達みたいに上手な設計図を描きたいな。
 でもでも、パソコン、使えないんだよねー。
「何だコレ。コレが設計図?」
 あっ、わたしのノートが取られたっ。
 取ったのは、男子。
 昨日、神崎さんに意地悪して、桔梗ちゃんに一括されて逃げた人だ。
「おいおい、マジかよ〜。何だコレ、幼稚園児の落書きじゃねーか。こんな低レベルなヤツがいんの? シャレにならねーだろコレ」
 その男子は、けらけら笑いながら、わたしの設計図をバカにしてた。
 うう、小学生じゃなくて幼稚園だったのか〜……ショック……
「か、返してよう」
「おーい、コレ見ろよ。マジ笑えるぞ」
 その男子は、わたしのお願いを無視して、ノートを別の男子の方に
 持っていって、見せて回った。
「ちょっと!」
「待たぬか馬鹿者!」
 芹ちゃんと桔梗ちゃんが、わたしより先に追う――――けど、間に合わない。
「ひゃっはっはっは! 何だコレ!? ガキがテストの裏に書いた絵じゃん!」
「え、嘘だろ? つーかギャグだろ? けっこう高等なギャグじゃね? おもしれーもん」
「確かにマジ受けるな! つーか単位ムチャクチャじゃね? コレ作ったらこのガッコよりデカくなんね?」
「うわ、マジだ! ギャハハハハハ! スゲー! 超スゲー! いきなりそんなビッグチャレンジ俺できねーよ! 東京タワーでも解体すんのかよ!」
 大爆笑が、湧き上がってる。
 うー……ヒドい……
 ヒドいよ。
 確かに、間違ってたかもしれないし、あんまり上手じゃないかもしれない。
 でもでも、一生懸命描いたのに。
 夜遅くまで、ガンバって描いたのに……
 剣作りって、こんなに辛いものなのかな……
 胸が苦しい。
 目が熱くなる。
 こんなコトになるなんて、思ってなかった。
 わたし、ダメな子だったんだ。
 リードされてるどころじゃない。
 ダメダメだったんだ。
 そうだよね。
 勉強の成績だって、そんなに良くなかったし……
 一生懸命なだけじゃ、ダメなんだよね。 
 わたしは――――
「アンタ等……いい加減にしなさいよ」
 床をじっと見てるわたしの耳に、芹ちゃんの震えた声が聞こえて来た。
「このコは、まだ初心者なのよ。今から伸びるの。誰だって最初は上手く出来ないもんでしょ? それを……人として恥ずかしくないの?」
「うっせーよバーカ。コレ見りゃ誰だって笑うっての」
「だよなー。見ろよコレ。落書きどころじゃねーぞ? どうやったら高校生がこんな稚拙なモン描けんだよ。逆にスゲーわ」
「ある意味スゲーセンスだよな。これ売りにして芸人出来るんじゃね?」
 また、大きな笑い声があがる。
 何が面白いのかは、わたしにはわからなかった。
「自分達より劣っている部分、弱いモノを一つ見つけ、それだけを集中攻撃する事で快感を得、さも自分達が優位性を保っていると言わんばかりに増長する。良くある構図だの」
 桔梗ちゃんの声。
 昨日よりずっと、冷たくて怖かった。
 いつの間にか、教室中がザワザワ言い始めてる。
 うう、大事だよー。
「は? 知らねーよ。コレが超ウケるから笑っただけじゃん」
「何マジになってんの? バカじゃね?」
 わたしのノートを取った男子は、大きな声で笑う。
 その声は、とってもイヤな声。
 聞いてると、胸が潰れそうになるような、そんな声だった。
「つーか、こんなのしか描けないヤツがこの学校にいるってのが、そもそも問題じゃね」
「だよなー。俺らまで低レベルって思われるのはマジ勘弁」
「これだから面接だけってのはなー。遊びじゃねーっての。シネよマジで」
 もう、イヤだ。
 そこまで声が聞こえたところで、わたしはもう何も聞きたくなくなって、耳を塞いだ。
 でも、それでも――――その音は聞こえて来た。
 スゴく大きな音。
 芹ちゃんが、傍にあった机を思いっきり、叩いた。
「こんの……クソ野郎ども」
 わわっ、芹ちゃんが、芹ちゃんが怖い。
 なんかもう、いじめられたとか、バカにされたとか、そう言うのがどっかに吹っ飛ぶくらい、芹ちゃんが怖いっ。
「……ンだよ。何ムキになってんだ? 必死過ぎだろ」
 男子達も、声のトーンが落ちてる。
 芹ちゃんを怖がってるのが、伝わって来た。
 こ、このままじゃ『芹ちゃんは怖い人』っていう嫌な印象を他の生徒が持っちゃう。
「あ、あのっ」
 そうだ。
 わたしが当事者なんだから、わたしがこの場を治めないと。
「あ?」
 うう、怖い。
 でも……言わなきゃ。
 わたしがいっぱい言われたんだから、わたしが言い返さなきゃ。
「わたしの設計図は、確かにダメダメかもしれないし、今はバカにされても仕方ないのかもしれないけど……」
 涙は、止まっていた。
 芹ちゃんが、怖さと一緒に勇気をくれたおかげ。
「出来上がった剣で、判断して下さい。わたしがこの学校にいても、良いかどうか」
 そのおかげで、わたしは生まれて初めて――――男子に向かって強い口調をぶつけた。
「あっそ」
 それに対する回答は、とっても質素だった。
 まるで、何かから逃げてるみたいに。
「ま、好きにすれば? どーでもいーし。どーせ直ぐ辞めるんだろ? こんなの描いてるヤツが長くいられるワケねーし」
「だよな。そんなヤツに構っても、俺等何の得もねーしな」
 はぐらかすように、男子三人組はわたしのノートをゴミみたいに
 ポイって投げ棄てた。
 それを――――桔梗ちゃんが素早い動きでキャッチ。
「やれやれ、芹香ちゃんの怒気に気圧されて、見せ場を失ってしまったの」
 そして、ノートをわたしに返してくれた。
「ありがとー」
 桔梗ちゃんが微笑む中、わたしはそのノートを胸に抱いた。
 いっぱいいっぱい、バカにされたわたしの設計図。
 でもでも、これはわたしが初めて描いた設計図。
 記念のノート。
 大事にしたい。
 だから、桔梗ちゃんがキャッチしてくれたのは、とっても嬉しかった。
「さて。そこの脇役三人衆」
 その桔梗ちゃんが、突然ノートを取った男子達に向かって話しかける。
「あ? ンだよソレ」
「女の子のノートを掻っ攫って、馬鹿にすると言う行為を、主要登場人物が行う筈もなかろう。どんな物語でも、そんな愚行は主人公の成長の踏み台にされる矮小な脇役と相場は決まっておる。いや、脇役は良く言い過ぎか……端役で十分だの」
「ホントよね。良くもまあ、自分から進んでその道を行くモンよ」
 芹ちゃんはまだ怒ってるみたいで、怖い顔のまま桔梗ちゃんに続いた。
「は? 何言ってんの? バカじゃね?」
「貴様等と論じるつもりはない。提案があるから、それを呑むかどうかだけ速やかに答えるが良い」
 桔梗ちゃんの言葉に、男子が声を失う。
 スゴいなあ……二人とも。
 男子、顔負け。
「現在、妾達は独自の剣作りの最中。その剣の出来を担任の教師が判定し、その後の指導の方向性を導き出すようだが……そこで一勝負する気はないかの?」
「は? 勝負?」
「妾と芹香ちゃん、そして鈴菜ちゃん。そっちは脇役三人組。3対3で、それぞれ作った剣を採点して貰い、その合計点数を競う。100点満点で良かろう。負けた方は、勝った方の命令を一つ何でも聞く。受けるか?」
 え?
 勝負……って、ええっ!?
「へー、面白いじゃん。やろーぜ」
「マジウケるな。それで良いの? 実質3対2じゃん」
「OK。全然OK。うわ、俺何してもらおっかな」
 男子は、あっさりと桔梗ちゃんの提案を受理した。
 って、わたしの意志は!?
「……面白くなって来たじゃない。鈴菜、あんなゴミみたいな連中、この機会に全員退学に追い込んで、人生ぶっ壊してやりましょ」
「え、ええええっ」
 もう、ヒドいコトを言われたとか、そう言うコト全部跡形もなく消えちゃった。
「しょ、勝負なんて、無理だよっ」
「大丈夫。3対3だから。でも、この勝負は勝つだけじゃ意味ないのよね。でしょ? 桔梗さん」
 芹ちゃんは、怖い顔のまま不敵に笑った。
「無論。鈴菜ちゃんが連中より高い点数を貰えなければ、何の意味もない。その為の勝負だからの」
「え、ええええっ」
 な、なんかトンでもないコトになったよーっ。
 昨日まであんなに平和だったのにっ。
「あ、あの」
 困ったわたしに、突然お声が掛かる。
 あ、神崎さん。
「すいません……私が昨日絡まれた連中ですよね、さっきの。私の騒動に巻き込んだばっかりに、七草さんに不快な思いをさせてしまって……」
「そ、そんなコトありませんよっ」
 ぶるんぶるんと首を振ったけど、神崎さんはショボーンって顔で
 項垂れていた。
「穂邑の責任ではない。ゴミは放っておいても異臭を放つ。そう言うものと認識するしかなかろう」
「そうそう。それに、これは神崎さんや鈴菜だけの問題じゃないのよ」
 芹ちゃんが、鋭い目で教室を眺める。
 生徒の半分は、男子。
 その男子の何人かは、さっきの三人組と笑いながら会話をしてる。
「女子を見下してる、このクラスの男子共との果たし合い。戦争なのよ」
「……そうですね」
 神崎さんも、ゆっくり頷いた。
 せ、戦争?
 いつの間にそんなコトにっ。
「大丈夫? ヒドイよね、あの男子」
「ねー、アイツ等マジなんなの? ムカつく」
「絶対あんなのに負けちゃダメよ! 勝って見返して!」
 わっ、知らない子からいっぱいやって来たっ。
 いっぱいの励ましのお言葉、貰っちゃった。
 な、なんかスゴく注目されてるかもーっ。
「後には引けんの。真の剣の勝負と書いて、真剣勝負。鈴菜ちゃん、頑張ろうぞ」
「う、うう。わかった、ガンバる」
 こうして――――わたしの学園生活はほのぼのから一転、ヤな感じの男子との勝負っていう、とってもサツバツなものになった。


 って言っても、わたしに出来るコトって言えば、一生懸命お勉強して、自分の作りたい、理想の剣にどれだけ近い剣を作るか、ってコトだけ。
 学校とお家で本を読んで、色々なコトを頭の中に入れるコトを暫く繰り返した。
 あと、今の状況をお母さんに報告。
 わたしの目の色が変わったコトに気付いたみたいで、聞いてきたから。
 その結果――――
「すずな、その子達の住所、聞いた〜?」
 わわっ、お母さんがなんかスゴい包丁を両手に持って来たっ。
「え、えっとね、聞いてないよ」
「そう〜。折角『ヲニ殺し』の出番かと思ったのにー」
 お母さんはガッカリしながら台所に戻っていく。
 はうーっ、怖いーっ。
「きゅーん」
 あ、ピノもわたしの背中越しに震えてる。
 お母さん、あんなに怖かったんだ……怒らせないようにしよっと。
「はっはっは。お母さんの若い頃はそれはもう、凄かったんだぞ。お父さんが間違って散歩に連れて行ったピノのリードを外して、遠くへ逃がしてしまった時なんか、自分の骨のある場所がハッキリわかるくらい、色んなコトをされちゃったからなあ。はっはっは」
「すずなーっ。いじめられたら学校なんて行かなくて良いんだからね。直ぐわたしに言いなさい。モンスターペアレンツになって校長先生を脅迫して、男子が学校に来られない学校にしてあげるからねー」
「そ、そこまでしなくて良いよっ。わたしは大丈夫だからっ」
 力こぶを作って見せると、お母さんはまた、さめざめと泣き出しちゃった。
「すずな……成長したのね〜」
 お母さん、大げさだよー。
 それに、成長するのはきっと、今から。
 そうじゃないと、わたしの為に怒ってくれた芹ちゃんと、勝負を挑んでくれた桔梗ちゃんに顔向け出来ないよ。
 これからも、二人とお友達でいたいから、わたしガンバるっ。
「きゃうーっ」
 ピノも前足をバタバタさせて、激励してくれた。
「はっはっは。今日も今日とてお父さんはこの家の空気だなあ。澄んでるなあ。だがいつか、鈴菜がお父さんの輪郭をハッキリ捉えるその日まで、一所懸命、自分の存在をアピールしていくからな。はっはっは」
 自分の為、みんなの為。
 わたしはこの日から、剣作りのいろんなコトをお勉強した。
 まず――――設計。
 芹ちゃんも描いてたけど、一つの面だけじゃダメ。
 厚みもしっかりわかるようにしないと行けないみたい。
 あと、剣のそれぞれの部位の名前も覚えるようにしないといけない。
 手で持つトコロは『剣柄』。
 持った時、下になるトコロで、柄の端っこの部分が『柄頭』とか『剣首』って言うんだって。
 柄と刃の中間にあって、手を守る為に、にゅーって出てるトコロが『鍔』。
 斬るトコロ全般は、『刃身』とか『剣身』とか。
 あと、良く『峰打ちじゃ』って言ってる峰って言うのは、剣身の後ろって言うか、厚みを持たせた方。
 桔梗ちゃんが使いそう。
 その逆が、斬る時に向ける『刃』。
 先の方は『切先』。
 そして、剣身の側面、平べったいトコロにある溝みたいなのは、『樋』って言うみたい。
 この中でわたしが知ってたのは、柄と峰と刃くらい……うう、勉強不足でした。
 そんな剣の部位の一つ一つを、しっかりと意味とか役割を知って、その上でどんな形にするのか決めて、バランスを考えた上で設計しないとダメみたい。
 例えば、鍔がスゴく大きいと、剣全体の重心が下になりすぎて、斬る時に刃に力が入らない。
 かと言って、剣身を大きくし過ぎると、使う人が剣に振り回されちゃう。
 あと、柄の長さが長すぎたり短すぎても、ダメ。
 あんまり役割がなさそうな柄頭も、重さを調整する上で大事みたい。
 あと、柄の部分は金属だけじゃなくて、皮を使うみたい。
 金属だと、握った時に上手く手に馴染まないから、弾力があるレザーで包むんだって。
 鮫の皮とかを使うみたい。
 そんな柄は、流石に手作業で作るのは無理みたいだから、業者の人達に発注して良いってコトだから、設計図が出来次第、早速お電話しないと。
 と――――3日間芹ちゃん達と一緒にお勉強して、やっとここまでわかった。
 あらためて、おべんきょ不足だったなー、って反省。 
 わたしは、好きな物を好きって言ってただけだった。
 もっと一生懸命、その好きなコトについて調べておかないとダメだよね。
 バカにされたの、ちょっとだけ納得。
 でも、あんな風に言われたのは今思い出しても悲しいし、悔しい。
 今度の設計図は、芹ちゃんと桔梗ちゃんに褒めて貰えるモノを描いてやるんだっ。


「……へー。随分進歩したじゃない鈴菜。もー、やれば出来るんだからー」
「うむ、これならきっと、ちゃんとした剣になるよの。鈴菜ちゃん、天晴れ」
 朝一番で二人に見せた結果、いつもより多めに頭を撫で撫でされた。
 うー、お子ちゃまキャラが板に付いて来てるよー。
 悲しいけど嬉しいし。
「妾も既に製剣に入っておる。ここからは、別行動になるの」
 桔梗ちゃんの言う通り、木製の剣を作る二人と、金属の剣を作るわたしはここから作業工程が変わる。
 心細いけど、わたしが自分で選んだ道。
 しっかりやらないとっ。
「神崎さんは金属系だよね。一緒に作業すれば?」
「んー。わたしはそうしたいけど、神崎さんはイヤなんじゃないかな」
「いえ、お手伝いします」
 わっ、神崎さんがにゅって出て来た。
 にゅって。
 ビックリしたー。
「あの男子連中と勝負になった責任は私にありますから、それくらいはさせて下さい」
「そ、そんなに気にしないで良いってばっ」
「いえ、それでは私の気が……」
 神崎さん、マジメな人なんだなー。
「少々重いが、本人がこう言っとる。色々手伝って貰うと良い」
 桔梗ちゃんの言葉に、神崎さんは少しムッとしたものの、わたしに『そうして下さい』っていう目を向けた。
「そ、それじゃ、宜しくお願いします」
「はい。一緒にあのキチガイ連中を見返しましょう!」
「……穂邑。そう言う言葉は伏字を使うものぞ」
「では、表現を変えて……一緒にあのマザーファッカー連中を消し炭にしちゃいましょう!」
「まざーふぁっかー?」
「鈴菜ダメ! そんな汚い言葉を覚えちゃメっ!」
 どうしてかわからないけど、最終的にわたしが芹ちゃんに怒られちゃった。
 そんなやり取りを、あの男子達は遠巻きに、にやにやして見てる。
 むー、見てろー。
 エクスカリバーにそっっっくりな剣を作って、見返してやるもん。
「ぐるるるるるーっ。がうがうーっ」
「おおっ、鈴菜ちゃんがやる気に」
「やる気……なの? 今の」
 そんなこんなで、入学から一週間。
 わたしは、ついに製剣に取り組むコトになった。
 新しく作った設計図を持って、材料を手押し車で運んで、金工室へ向かう。
 幾つかある金属剣の作り方の中から、わたしは一番時間がかからない、機械を使って金属を削って整形する『機械製法』を選んだ。
 他にもプレス製法とか、鍛冶製法とか鍛錬製法とか、色々あったけど、コレが一番、美術品を作るのには適してる、って本に書いてたし。
「私は……最終的には鍛冶製法で作る……つもりですが……最初は機械を使って……みようと思っています。まず……は感じを掴みた……いので」
 神崎さんは、わたしより何倍も材料を積んだ手押し車を、息を切らしながら金工室まで運んだ。 
 スゴい根性だっ。
 見習わないと。
「あの、神崎さんの設計図、見せて貰っていいかな?」
「……笑いませんか?」
 恐る恐るだけど、神崎さんはノートを差し出してくれた。
 わたしは、人に笑われるコトがどれだけ辛いか、もう知ってる。
 だから、笑うなんてコトはしない――――
「……」
 ケド、ビックリして言葉を失っちゃった。
 だって、大きいっ!
 わたしが最初に間違って描いた設計図ほどじゃないけど、全長1.9mある。
 でも、それより目立つのが、剣身の幅。
 スゴク平べったくて、分厚い。
 幅は最大で25cm、厚さも5cmある。
 どっちも、わたしの作る剣の倍以上だよーっ。
「あのっ、これって重さは……」
「100kgくらいじゃないでしょうか」
 ……誰が運ぶんだろう。
「とりあえず、最初は罫書きですね」
「は、はいっ」
 罫書きっていうのは、金属の切り取ったり削ったりするトコロに線を引いて、整形する時にわかりやすくする作業。
 罫書き台っていうトコロに載せて、罫書き針とかトースカンとかで線を引く。
 罫書き針は、歯医者さんが使ってる痛そうな道具にそっくりで、とっても使うのイヤだけど、ガンバらないと……
「トースカンの使い方、わかります?」
「一応……でも、難しいかもっ」
 トースカンは、正確な高さの線をびーーーって引くのに必要な道具。
 台ごと回して使うのです。
「あ、あれ?」
 でも、途中でブレブレに。
 あれー、おかしいよー。
 ちゃんと説明通りに動かしたのにー。
「七草さん、そのトースカン、ちょっと油が切れてますね。油を引きましょう」
「ううっ、ありがとうございます」
 早速フォローされてるわたし。
 でも、お陰で助かった。
「あの、神崎さん。神崎さんは、剣を作りたいって思ったキッカケって、覚えてる、かなー?」
「え?」
 わたしのいきなりの問い掛けに、神崎さんは驚いた顔をしていた。
 でも、直ぐに思案顔になって、頭の中を整えたって言う表情を作る。
「覚えてますよ。この剣を最初に見た時ですから」
 神崎さんは、何か悲しい目をしながら、そう答えてくれた。
 その剣は、とあるマンガの中に出てくる剣。
 そのスケールの大きさに、心を奪われた。
 もし、アレと同じ物を現実に作れたら――――そう思った。
 だけど、そのマンガは人気作品で、程なくしてその剣は現実に作られた。
 それだけではない。
 沢山の人が、その模型を作って、ある集いの場でそれを披露していた。
 けれど、その殆どは、重厚感のまるでない、張りぼて。
 それがずっと気になって、いつか自分で迫力のある『ドラゴンマッシャー』を――――
 そこまで言って、神崎さんは言葉を止めた。
「……どうして私、見栄を張っちゃうんでしょうね」
 そして、とっても寂しそうに笑った。
「すいません。今言った事は全部忘れて下さい。嘘です」
「嘘?」
 どうしたんだろう。
 嘘を吐くようなコトじゃないと思うし、嘘を吐くんだったら、
 ここでそれを告白しなくても良かったんじゃ。
「……七草さんを見てると、自分のヒネた人生を覆い尽くしたくなります」
「ど、どう言うコト?」
「いえ。こちらの話です。お話します。私が剣を作る事を決心したキッカケを」
 神崎さんは、笑みを消して、さっきより強い表情になった。
「私、男の人同士の恋愛が好きなんです」
「……!?」
 な、何でそんなコトに!?
「男の人が男の人にくんずほぐれずする薄い本とか、大好きなんです!」
 は、はうーっ。
 わかんない。
 何がなんだかわかんないよーっ。
「で、さっき言ったマンガの二次創作……要するに、その作品の世界観とキャラクターを使って、別の人が書いた物の中に、その手のジャンルの本があって、それを見て、『このシーンを再現したい』って……思ったのが、キッカケです」
 神崎さんは、顔を真っ赤にして話してくれた。
 でも、わたしは正直言って、神崎さんが何を言ってるのか良くわからなかった。
 桔梗ちゃんがいれば、解説してくれたのかもしれないけど。
「不純、ですよね」
 だから、そう言われても答えられないよーっ!
 でもでも、何か言わないと。
 聞いたの、わたしだし。
「え、えっと、わたしは詳しいコトはわからないけど、不純じゃないと思うよ。そういう人、きっと一杯いるよっ」
「そう、でしょうか」
「うん、間違いないよっ」
 うう、心苦しいよー。
 でもでも、神崎さんはスゴく穏やかな顔になって、ニッコリ微笑んでくれた。
「七草さんは、優しいんですね……良かった、お知り合いになれて」
 も一つ心苦しいのが落っこちてきたっ。
「あの、以前仰ってた、お友達になると言うお話……まだ生きてますか?」
「え? う、うんっ。とっても生きてるよっ」
「であれば、是非。あらためて……神崎穂邑です。宜しくお願いします、七草さん」
「はい、こちらこそっ。えっと、穂邑ちゃんって呼んでいい……のかな」
「ええ。私は、鈴菜さんと呼ばせて貰いますね」
 三人目のお友達をゲットしちゃった!
 やった!
 また良い人にお近付きになれた〜
「それじゃ、穂邑ちゃん。一緒にガンバろうねっ」
「はい!」
 良くわからない何かが取り持って、わたしと穂邑ちゃんは握手をした。
 また一つ、大切なものが増える。
 それはとっても、嬉しいコトだった。


 でも、お友達が順調に増えていくのとは裏腹に、製剣作業は中々捗らない。
 罫書きはけっこう直ぐ終わったけど、その後の整形作業がタイヘン。
 金属を削る機械は色々あって、わたしが使ってるのは、金属の板を万力みたいなので挟んで固定して、そこにチュイーンって動いてる機械の刃を近づけて、削るっていうの。
 それが、調整がとっても難しくて、削り過ぎたり、ボコボコになったりして、上手く出来ない。
「しっかり固定して、ちょっとずつ削っていくのがコツみたいです」
 そんな穂邑ちゃんの折角のアドバイスがあっても、わたしのぶきっちょの所為で、上手く行かない。
 うう……剣作りって、こんなにタイヘンなんだ。
 ちょっと調整を間違えちゃうと、深く掘り過ぎちゃって、デコボコになっちゃう。
 顔を近づけすぎると、金属の削りカスが顔に飛んできて、タイヘン。
 この削りカス、火傷しちゃうくらい熱い。
 だから、専用のゴーグルを使ってるんだけど、手にはちょくちょく当たっちゃってる。
 それに、最悪の場合、削ってる刃が折れて、パーンって飛んじゃうんだって。
 それが身体に当たったら、大事――――
「あっ!」
 そんなコトを考えてた所為なのかもしれない。
 パキッ、って言う破裂音がして、気付いた時には、私の手の甲に、青い線が入っていた。
 そこから、ジワーッて赤い液体が……
 うわーっ!
 血だ!
 流血だーっ!
 でも、あんまり痛くない。
 な、なんか、ちょっとワクワク!
「七草さん、今何か変な音が……きゃーーーーっ! タイヘン!?」
 えっ、そ、そんなに!?
 私のケガした手を見て、穂邑ちゃんが錯乱しちゃった!
「どどどどどどどどどどどどどどどどど」
 そして一文字目から進まない!
 ど、どうしよう、わたしの所為で穂邑ちゃんが壊れちゃう!
「どど、どどどどどどどど」
「ご、ごめんね。何ゆってるか、ちょっとわかんないよう」
 このままだと、穂邑ちゃんの頭が……
 兎に角、保健室に運ばないと。
「穂邑ちゃん、しっかり、しっかりして」
「どどどどどどどどどどど」
 ううっ、工事現場にいるみたい。
 でもでも、わたしがしっかりしないと。
「おーう、やってるなー」
 あっ、丁度いいトコロに難漢字せんせが!
「あの、先生! 穂邑ちゃんがタイヘンなので、保健室へ!」
「いや、タイヘンなのはどう見てもお前だから」
 はうっ、そういえばわたし、ケガしてたんだ!
「ま、製剣の過程じゃ良くあるケガだ。取り敢えず、とっとと治療して貰いに行け」
「穂邑ちゃんは……」
「良くわからんけど、チョップすりゃ直るんじゃね? うるぁ」
 わーっ!
 ホントにビシッてやっちゃった!
「先生! 穂邑ちゃんは映りの悪くなったテレビじゃないですよ!」
「液晶世代にも通用すんのか、このネタ……お、直ったじゃん」
「あれ……わ、私は一体」
 あっ、ホントに穂邑ちゃんが元通りに。
 よかった〜。
「お前、テレビの技術発達に負けてるじゃねーか。今日からブラウンって呼ぶぞ」
「へ? 私女なんですけど、それって男性の名前じゃ……」
「つーか、ブラウンは兎も角、お前はとっとと保健室行け。そろそろ俺でも引くくらい血ぃ出てるぞ」
 え……わわっ、ホントだ!
 これってもしかして、重傷?
「い、行ってきます!」
「おう。血で汚れた床はブラウンに拭かせるから、後始末は心配すんな」
「ブラウンって言わないで下さい!」
 穂邑ちゃんのその後が心配だけど、わたしも今はタイヘン。
 急いで保健室へ――――
「あ、あれ?」
 保健室、何処だっけ?
 まだこの学校に通い始めて日が浅いから、全部の教室を把握してないよーっ。
 そうだ、教室に行けば、芹ちゃんか桔梗ちゃんがいるかも。
 わっ。
 なんかわたし、意外とこう言う時に冷静かも。
 そうと決まったら、教室へゴー!
 そして到着ーっ。
「……あれ?」
 入り口からチラッと覗くその中には、女子の姿は見当たらない。
 代わりに……男子の姿が。
 あれって、わたし達が勝負するコトになった、あの三人組だ。
 後ろの方で固まって、何かしてる。
 何してるんだろ……?
「鈴菜? 何してんの?」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーっ! って、何でそんなにビックリすんのよ!」
 あ、芹ちゃんだった。
 ビックリした〜。
 覗き見してる時って、こんなに不意打ちに弱いんだ……気をつけよ。
「って、アンタその手! どうしたのよ!?」
「あ、えっと……芹ちゃん、保健室、知らない?」
「そんなの案内板に見ればわかるでしょ!」
 あう、そうだった。
 冷静キャラ、失敗。
 しょぼん。
「しょんぼりしてないで、早くしなさいな! 製剣でケガしたの?」
「うん……。あっ」
「どしたの今度は」
「う、ううん……何でもない」
 さっきまで教室にいた男子達が、慌てる感じで教室から出て行った。
 何だったんだろう。
「……兎に角、結構出血してるみたいだから、急ぎましょう」
「うん」
 その後――――保険医のせんせに看て貰った結果。
「そんなに深いケガじゃないけど、2、3日は安静にしておきなさい」
「はう〜」
 タダでさえ遅れ気味なのに、更に遅れるコトになっちゃった。
 剣を作るって、すごく難しいコト。
 改めて実感しちゃったよ。
「……わたし、向いてないのかなあ」
「きゅうん?」
 放課後。
 家に帰ったわたしは、心配するお母さんを宥めて、部屋でピノ相手にしょんぼりしていた。
 ケガした手には、包帯がグルグル巻かれていて、ちょっとだけ痛みを感じさせる。
 この何日か、わたしはずっと、夢の中にいるみたいな感じで過ごしてた。
 剣を作る、って言う非日常。
 フワフワした、夢の中にいるみたいな感覚。
 でも――――この包帯は、わたしを現実に引き戻してしまう。
 芹ちゃんは、ケガしたコトで、剣作りが怖くなってないかって心配してたけど……そう言うのは、全然ない。
 でも、このケガをして早退したって言う事実が、重く重く圧し掛ってくる。
 子供の頃から、ぶきっちょだったわたし。
 お料理も出来ないし、お裁縫なんて全然カスりもしない。
 そんなわたしが、剣を作るなんて、そんなコトがホントに出来るのかな……

『おいおい、マジかよ〜。何だコレ、幼稚園児の落書きじゃねーか。こんな低レベルなヤツがいんの? シャレにならねーだろコレ』

 あの時の、男子の一言。
 それが、ケガした手から聞こえてきた気がした。
 わたしは……落ち零れなのかな。
 剣なんて作らない方が、良いのかな。
 だって、他にケガをしたって人の話は、全然聞かないもん。
 わたしが一番、クラスでへたっぴなのかも。
 ううん。
 学校で一番かも。
 だとしたら……わたしは、自分が大好きで、夢に見ていたコトで、落第生になるかもしれない。
 怖い。
 怖いよう。
 勉強が出来なかったのは、そんなに怖くなかった。
 それでも、ちゃんと生きていけるって信じてたから。
 でも、夢見てたコトが、上手く出来ないのは……怖いよ。
 もし、それを諦めなきゃいけなくなったら、わたしはこの後、どうやって生きていけばいいんだろ?
 全然、わからない。
 だって、剣を作るコトだけを夢見て、ずっと生きてきたんだもん。
 あの日から――――エクスカリバーを見たあの日から、わたしはあの剣を作りたいって、それだけを考えて。
 わたしは……それを叶えるコトが、出来ない?
 だったら、わたしが生きてる意味は?
 わたしが生きていく意味は……?
「くぅん」
「ピノ……」
 わたしの顔を、ピノがペロペロ舐めてくる。
 ピノにまで、心配かけちゃった。
 わたし……ダメだな。
 もっとガンバらないと。
 みんなに、心配かけちゃってる。
 もっともっと、ガンバらないと!
「ピノ、わたし、やるよ!」
「くるるるるるるるるるるる」
 ああっ、威嚇された。
 空元気って、バレバレ?
 でも、今は……そういないと、押し潰されそうだから。
 考えてみたら、わたしはこれまで、一度も勝負に勝ったコト、ない。
 運動会も、いつもビリ。
 合唱コンクールでも、並ぶのは後ろの方だけ。
 学芸会の劇でも、撤収係って言う、最後に後片付けをするだけの係だった。
 勝負なんて、そもそもしたコトもないのかも。
 だってわたしは、勝とうって思ったコト、一回もないもん。
 そんなわたしが、あの男子達に勝てるのかな?
「無理……だよね」
 そう自覚した、その日から――――
 わたしは、剣を作るコトが、怖くなった。
 あんなに楽しかった、芹ちゃんや桔梗ちゃんと話すコトが、怖くなった――――








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