ドキドキ。
 心臓が、まるで何かと戦ってるみたいに、いっぱい動いてる。
 もう、男子達の採点は終わっていた。
 三人の合計で、255点。
 高いなー、って素直に思った。
 その瞬間、心臓が破裂しそうなくらい、暴れ始めた。
 お願いです。
 どうか、わたしの剣が足を引っ張らないように……
「じゃ、発表すっぞー。蓮葉は96点、紅野は92点。そして……」
 みんなに認められるように――――
「七草、28点。合計216点で、男子チームの勝ち」
 あ……
「に、28点!? ぶはっ! マジで!?」
「スゲー! 赤点じゃん! やっちゃったね! やっちゃったよ!」
「いやー、期待以上だったわー。君サイコー! ありがとー!」
 男子たちが、楽しそうに、ホントに楽しそうに笑ってる。
 その一方で――――芹ちゃんと桔梗ちゃんは、とっても冷めた目をしていた。
 二人の平均は、94点。
 男子よりずっと上。
 男子には90点台もいない。
 でも、最低で80点。
 そんな中で、わたしは28点。
 50点以上、離れていた。
 やっちゃった。
 足を引っ張る、なんてモノじゃない。
 そんなコトも言えないくらい、ずっと、ずっと下。 
「はぁ……」
 芹ちゃんが、溜息を吐く。
 辛そうとか、そう言う顔じゃなくて、やってられないって顔。
 わたしが、そうさせた。
 そんな顔をさせちゃった。
 体が震えてくる。
 声も出せない。
 目がじわって熱くなる。
 意識がぼーってする。
 わたし、何してるんだろう。
 ホントに、何してるんだろう。
「七草ー」
 先生の声が聞こえる。
 わたしの名前を読んでいた。
「お前、ちょっと……厳しいわ。今ならまだ、フツーのガッコに編入してもそんなに支障ないしさ。辞めとけ、な?」
「……だの。鈴菜ちゃん。酷な事を言うが、人間には誰しも、得手不得手がある。妾達とは、縁がなかったと思う事にして、別の人生を歩む事が望ましかろう」
 ……え?
 わたし、もう剣、作れないの?
 まだ、まだ作り始めたばっかりなのに。
 やっと、夢の入り口に立ったのに。
 もう、終わり?
「じゃ、俺等の勝利特典、それで良いや。ソイツの退学。言うコト何でも聞いてくれるんだろ? オチコボレはいない方が、クラスのレベル向上にも繋がるよな。流石に28点のヤツが同じクラスって、恥ずいしなー」
「だな。じゃ、そう言うコトで。オツカレ〜」
 男子の声は、わたしの耳に、じわりじわりと届いた。
 退学――――
「しょうがないよ。28点はちょっとないよねー」
「うん、カワイソーだけど、向いてないよ」
「つーか、こんな早く適正がわかってよかったんじゃない?」
 女子のヒソヒソ話が聞こえて来た。
 そっか……わたし、いない方がいいんだ。
 ここにいない方が、みんなの足を引っ張らないから、良いんだ。
 わたしはゆっくり顔を上げて、芹ちゃんの方を見た。
 初めてのお友達。
 その芹ちゃんは、もう、わたしの方を見てはいなかった――――

 


【 STEP.5 フェアウェル・デイ 】


「きゃうっ! きゃうっ!」
 それが夢だって気が付いたのは、ピノの鳴き声が聞こえてから。
 わたしはベッドの上で、思いっきり枕を抱いた。
 ……よかった〜っ!
 もし、あれが現実だったら、わたし……どうなっちゃうんだろう。
 も〜、意地悪な夢〜!
「くるるるるるるるるるる」
「あ、ゴメンねピノー。ピノに怒ったんじゃないよー」
「きゃうっ」
 でもでも、現実にならないなんて保証はないんだ。
 そうならないように、ガンバらないと。
 でも……ガンバって、どうにかなるコトなのかな。
 そんな不安が、頭の中をグルグルグルグル回っている。
 ここ最近、ずっと。
 1週間前の手のケガは、もう包帯も取れて、瘡蓋も残ってないのに。
「すずなー、顔色良くないけど、何か悩みがあるの〜? 前に言ってた男子からまた何か言われた〜? もしそうならお母さんに言ってね。完全犯罪には自信があるの」
「ち、違うよ〜」
 お母さんはたまに、笑顔ですごく怖いコトを言うのです。
 ううっ、やっぱり心配かけちゃってるよう。
 しっかりしないと。
「それじゃ、行ってきます」
「すずな……」
 モヤモヤした気持ちが晴れないまま、わたしは家を出て、学校へと向かった。
 向かった……んだけど。
 ちょっと、行きたくないよー。
 登校拒否な気分。
 ……サボっちゃおっかな。
 でも、一人で制服で、ウロウロしちゃったら、補導されるかな。
 そしたら、お母さんが泣いちゃうよね。
 イヤだな。
「もし、そこのお嬢ちゃん」
 それもあれも、全部ヤだな。
「もし、お嬢ちゃん」
 逃げちゃいたいな……
「もし!」
「ひゃああああああああっ!?」
 耳元で大声。
 な、何……?
「やっと返事しおった。耳の遠いお嬢ちゃんじゃの」
「あ……」
 びっくり。
 わたしの目の前には、あの――――最初に登校した日に声をかけた、おじいちゃんがいた。
 ずっとわたしを呼んでたみたい。
 あの時と反対だ。
「おじいちゃん、おはようございます。お身体は如何ですか?」
「それがの。お嬢ちゃんに話しかけられた日から、すこぶる調子が良くてなあ。だから、お礼を言おうと思ったんじゃよ」
「お礼なんて、そんな……」
「実はな、ワシは……もう長くないんじゃ」
 え……?
「ま、この年齢まで生きたんだから、贅沢は言えんわな。とは言え、いざとなったら、絶望に飲み込まれてしまってのう……家族の声も、いつしか届かなくなっていた。半分ボケてたんじゃよ」
「おじいちゃん……」
「けどな、あの日お嬢ちゃんに話しかけられて、心配されたコトでのう、『ああ、ワシは一人じゃないんじゃなあ』と思ったんじゃよ。そうしたら、あっと言う間に人生様変わりじゃ。現金なものよのう。人と話をするって言うのは、どんな薬よりも効果覿面じゃ。ワシにとっては、ありゃあ奇跡だったんじゃよ」
 奇跡……なんて、そんな。
 ただわたしは、道を聞く為に話しかけただけなのに。
「ありがとうな、お嬢ちゃん。嬉しかったよ」
 おじいちゃんは、しわくちゃの顔をもっとシワシワにして、わたしに笑顔をくれた。
 その足取りは、とってもゆったり。
 一歩一歩、とっても時間を掛けて、それでも前へ進んでいた。
 わたしは……
「……どうしたの?」
 あ……芹ちゃん。
 あの時と同じだ……
「え、えっと、その……」
「あの時、貴女は私にこう言ったよね。『友達になってくださいっ』って」
「え?」
 言った。
 言ったけど……どうして、それを今……?
「貴女の言う友達って言うのは、悩みがあっても打ち明けられないような、そんな存在なの?」
「あ……」
「だとしたら、貴女との友達関係は、解消させて貰う。そんな友達、いたって意味ないでしょ」
 それは……だって……
「貴女が悩んでるのなんて、6日前からお見通し。6日よ? 6日もそんな顔で『なんでもないよ』って感じで接された私の気持ち……わかる?」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「折角、友達が出来て嬉しかったのに……」
 芹ちゃんは、小さく息を吐いて、背中を向けた。
 行っちゃう。
 芹ちゃんが、行っちゃう。
 高校生になったわたしの、最初のお友達が。
 わたしが、相談しなかったばっかりに……
 お友達なのに、信用してないって、そう思われたのかな。
 でも……
 ううん。

『人と話をするって言うのは、どんな薬よりも効果覿面じゃ』

 おじいちゃんは、そう言ってた。
 そうだ。
 話さなきゃ。
 芹ちゃんに、今思ってるコトを、話さなきゃ!
「芹ちゃん! わたし、わたし……」
「……」
 芹ちゃんは、立ち止まった。
 でも、振り向いてくれない。
 言わなきゃ。
 ちゃんと、お友達なんだから、言わなきゃ……!
「わたし……相談したいコトが、あるんだ……」
「ふーん」
 ううっ、淡泊な反応。
 やっぱり……怒ってる?
「聞いて貰えない、かな?」
「ま……良いけど」
 心なしか、芹ちゃんの声が、震えてるように聞こえた。
「あのね、芹ちゃん……ゴメンなさい。その、信用してないとかじゃなくて、わたしが……」
「……フフッ」
 ふふっ?
 あ、あれ……?
 なんか、様子が……
「フ……フフフ……あははははは!」
 へ?
 な、何でここで笑い声が!?
「どう? 桔梗さん。私の勝ちよね」
「むう……まさか、このような陳腐なシナリオが上手く行くとは」
 わっ、電信柱の影から桔梗ちゃんが!
 って、シナリオ?
 どう言うコト?
「陳腐とは何よ陳腐とは。実際、上手く行ったでしょ?」
「認めざるを得まい。ほれ、約束の破魔矢だ。受け取れ」
「ラッキー! やっぱりこう言うのが一つあると、創作意欲が沸くのよね」
 二人は、わたしを置いてきぼりにして、何か色々お話を進めてる。
「あ、あの……」
「どうした、鈴菜ちゃん。まだ事態が把握できないと言う顔だが」
「そのまんまなんだけど……」
「そうか。ならば、妾が完結に解説しよう」
 桔梗ちゃんは手をバッと広げて、芹ちゃんの方に視線を向けた。
「監督、脚本、演出、出演……紅野芹香」
「ぱちぱちぱちー」
 芹ちゃんが、コミカルな感じで拍手する。
 さっきまでの、緊迫した感じは、何処かにすっ飛んじゃった。
「友情出演……名も知らぬご老人」
「御協力、ありがとうございましたー」
「……え」
 そこで、鈍いわたしも、やっとわかった。
「そして、特別協力、蓮葉桔梗。以上をもって、今回の作戦『七草鈴菜の悩んでいる原因を吐かせよ』は成功とす」
「ふっふっふ。どうだった? 私のシナリオ。カンペキに騙されてたでしょ? ふふっ、成功するって確信してたのよね。オークションで買ったクジャクの羽根ペン、賭けた甲斐あったー♪」
 つまり、これって……わたしに悩みを打ち明けさせる為の、お芝居。
 あのおじいちゃんまで巻き込んでの……
「せ……芹ちゃん〜〜〜! ヒドい〜〜〜! わたしホントに嫌われたって思った〜〜〜!」
「はっはっはー。私、女優にも向いてるかも?」
「視聴者の目が節穴なだけだと思うがの」
 おふざけモードの芹ちゃんを追いかけ回す内に、わたしはいつの間にか、悩んでたコトを忘れていた。
 って言うか、悩み自体、吹き飛んじゃった。
 落ち零れでも、別に良いや。
 この二人と一緒に、剣作りを出来る。
 それだけで、わたしはきっと、大丈夫。
 前に一度、『ホントの意味での友達になれた気がした』って瞬間があったけど。
 あれはホントに、『気がした』だけだった。
 ホントのところは、今日、この瞬間。
 やっと、ホントに二人のお友達になれた――――そう、思った。


 難漢字先生の決めた期日まで、あと20日。
 わたしは鍛錬室で、熱処理と言う作業に挑戦するコトになっていた。
「あーつーいー」
 春なのに、どろどろになりそうな暑さ。
 部屋の温度は30℃を超えてる。
 た、倒れそう……
「鈴菜さん、しっかりして下さいっ」
「ふにゃー」
 なんとか意識を繋ぎ止めて、加工した真鍮の焼入れを始める。
 焼入れっていうのは、物凄く熱してる焼入炉の中に金属を入れて熱して、そのあと直ぐに水槽の中へ移して、冷やすっていう作業。
『ヤキを入れる』っていう言葉は、この作業から来てるとか。
 でもわたしはその『ヤキを入れる』っていう言葉の意味がわからないから、なんと言っていいものやら。
 とにかく、いっぱい熱くして、すぐ冷やすコトで、その金属を硬くするって言うのが、この作業の目的みたい。
 これは、柄を作るのと同じで、スゴク難しい作業。
 あと、間違ったら大怪我するかもなお仕事なので、最初は自分でやったらダメって言われちゃった。
 自分で全部作らないとダメって先生に言われたから、これにはお困り。
 でもでも――――
「専門家に任せるのも、『自分でやる』事の一つなんだぜ、可愛い嬢ちゃん」
 って、鍛錬室のヌシの人が言ってたから、それで良いみたい。
 良く見ると、他の生徒の子達も、大人の人に頼んでるし。
「熱処理は2週間掛かる。それまでに鞘を作っときな」
「は、はいっ」
 と言うコトで、その2週間を使って、わたしは鞘を作るコトにした。
 鞘を作る場所は、技術室。
 材料は木と皮と糸で、金属は使わないんだって。
 わたしは穂邑ちゃんと一緒に、購買部で材料を貰って、手押し車を引いて、技術室へと向かった。
 そこには――――
「あ、鈴菜」
「む」
 芹ちゃんと桔梗ちゃんがいたーっ。
「わーん、会いたかったよ」
 お久し振りの再会にひしっと抱き合う。
「三日前に一緒にマックに行ったような記憶があるんだけど……ま、いっか」
「ここに来たと言う事は、二人とも製剣は佳境を向かえていると言うコトかの」
 桔梗ちゃんの言葉に、穂邑ちゃんが頷く。
 その穂邑ちゃんの顔をじーっと見て、桔梗ちゃんが小さく破顔した。
「ほう、少し顔が柔らかくなったではないか」
「え? そうですか?」
「ふむふむ。ま、よかろ」
 桔梗ちゃんは、ちょっと嬉しそうにしてた。
 その後――――鞘の制作に着手。
 桔梗ちゃんはもう作り終えてて、芹ちゃんも仕上げの段階らしい。
「木剣の方はどう?」
「ふむ。中々理想通りには行かぬものでな」
 へー、桔梗ちゃんでもやっぱり最初は苦労してるんだー。
「3本目を製剣中なのだが、これもしっくりいかん」
「……はえ?」
 さ、さんぼんめ?
 桔梗ちゃん……早過ぎだよ……
「木を削る作業は、自然に帰ったようで心が洗われる。己が研ぎ澄まされるようだ」
「確かに、そんな感じちょっとあるよね。最初はちょっと危なっかしかったけど」
 芹ちゃんも、もうキレイな木剣を作り上げたみたいで、それを見ながら鞘の仕上げに取り掛かってる。
 二人の木製の剣は、木刀みたいなのじゃなくて、ちゃんとした剣の形をしてた。
 鍔もキチンと作ってる。
 とゆうか……スゴい。
 とても最初に作ったモノって思えない。
 芹ちゃん……なんとなく予想ついてたけど、すっごく優秀……
 桔梗ちゃんも、それと同じくらい、もしかしたらそれ以上かもしれない。
 わたしだけ、落ちこぼれ?
「鈴菜さん、ファイトです! 人間やれば出来ます!」
「う、うん。ガンバるよっ」
 穂邑ちゃんの激励を受け、わたしも鞘作りを始める事にした。
「ふむふむ。仲良き事は善き事よの」
 桔梗ちゃんのあったかい視線が、今はちょっとコワいかも……
 でもでも、そんなコト気にしてられない。
 鞘は、剣の長さや幅、厚さに応じたサイズに木を削って、少しずつ形を整える。
 木の種類は、朴って言うんだって。
 名人の人なら、剣のサイズギリギリに内側を作るんだけど、わたしにそんな技術がある筈ないから、ちょっとゆとりを持って設計。
 そして、中学生の時に技術家庭の授業で使った事がある、
 バンドソーでしゅいーんって切る。
「あ、あれ?」
 なんか、ゆらゆらした切り口になっちゃったーっ。
「最初は皆そうなるものよ。材料は学校が持つのだから、気にせず練習すると良い」
 桔梗ちゃん、まるで先生。
 よーし、練習だっ。
「鈴菜、もっとしっかり固定しないと……」
「鈴菜さん、直進する時には視線をもっと先に向けて……」
「鈴菜ちゃん、余り力を込めては刃が折れて跳ね返ってくる。気をつけて……」
 ……わーん!
 わたし、やっぱりダメダメなんだーっ。
 一日中バンドソー使っても、全然上達しないよーっ。
「さ、最初は皆そうなるものよ。気にせず経験を積むのが良かろう」
 桔梗ちゃんも励ましてくれつつ、不安そうな顔。
 2週間で鞘、ちゃんと作れるかな……


 なんて思ってる間にも、時間は待ってはくれないのです。
 ぱっぱらぱっぱーって感じで、気が付いたら、1週間も経っていたり。
「あ、良い感じ良い感じ。そうそう、そう……そう! おっけ! 鈴菜ナイス!」
 その1週間ずっと、芹ちゃんと桔梗ちゃん、穂邑ちゃんの三人に指導を受けた結果、わたしはどうにか木材を真っ直ぐ切る事が出来るようになった。
 うう、時間掛かったなあ。
 でも、ちゃんと出来て良かった。
「では、もう一枚。もう大丈夫よの」
 桔梗ちゃんの言葉に頷いて、わたしはもう一枚の木板を切り取った。
 鞘は、二つの木板をまず切って、その両方の内側になる部分を剣の形にくり貫いて、その板同士をくっつけて作る。
 だから、一方の板と、もう一方の板のくり貫きがキレイに揃えられないと、合わせる時にズレが出来て、失敗作になっちゃう。
 使うのは、卓上ボール盤っていう機械。
 ハンドドリルみたいにコンパクトな機械を動かして切るんじゃなくて、固定してある電動鋸に木材をすいーって通して、ぎゅりーんって削って行く。
 高さが固定されてるから、削る深さは最初に刃の位置をちゃんと設定しておけば大丈夫。
 後は、予め線を引いた通りに、綺麗にくり貫ければ……
「あうー失敗ー」
 でも、やっぱりズレちゃった。
「ミリ単位で合わせなきゃだからね。ブレないように、神経を集中させて。最悪、内側にズラせば、再加工出来るから」
「ういっ」
 芹ちゃんのアドバイスに従って、もう一回木板を切るところから。
 こっちはもう、大丈夫。
 真っ直ぐ切れる。
 後は、卓上ボール盤をちゃんと使えるかどうか。
 金属加工と違って、木は簡単に切れちゃう。
 だから、同じ感覚でやったらオーバーランしやすい。
 紙をカッターで切る時みたいに、行き過ぎないよう、ゆっくりゆっくり……
「で、出来たっ」
 自分では、良く出来たと思う……ケド、合わせてみないとわからない。
 カッチリ合わせると、外からは合ってるかどうかわからないから、
 横に合わせてズレてるかどうかを目で見て判断。
 どうかな……
「……おっけ! 鈴菜、ズレてない!」
「わーっ」
 やったーっ!
 後は、木工用の接着剤でくっつけて、外側を加工して完成。
 長かったよー。
「後は、熱処理が済んだ剣の研磨、鍔や柄との接合だの」
 剣に模様をつけるのは高等技術だから、まだ出来ない。
 でも、わたしは剣を飾るアイテムを一つ、決めてる。
 それをつければ、理想のエクスカリバーに近付けるはずっ!
「良かった……これで完成が見えましたね」
「うん。穂邑ちゃんは順調?」
「……今日は穏やかな南風ですねー」
 穂邑ちゃんは、何処か遠くを見ていた。
 やっぱり、あのおっきな剣はムズかしいんだろな……
「妾と芹香ちゃんの剣は、既に出来上がっておる。後は細部に拘るのみ。
 これで何の心残りもなく、勝負に挑めそうだの」
 桔梗ちゃんが、傷だらけの木剣でトントンって肩を叩きながら、朗らかに微笑む。
 失敗作なのかな?
 あ、名前書いてる。
 きっと、最初に作った剣だから、大事に取ってあるんだろなー。
 わたしも、この最初の剣は、きっと一生大事にすると思うし。
「そう言えば、芹ちゃんと桔梗ちゃんは完成した剣ドコに保管してるの?」
「教室。ロッカーに立てかけてる」
 え、教室?
 そんな、誰でも入れるトコロに置いてて、大丈夫なのかな……
「さ、それじゃ鈴菜。仕上げに入りましょ」
「はいっ」
 芹ちゃん先生のご指導通り、わたしはもうすぐ鞘になるソレを手に取って――――
「おーおー、まだ鞘かー。おちょいでちゅねー」
 ……あ。
「またお主等か。懲りんヤツ等だの」
 桔梗ちゃんが半眼で、芹ちゃんがそっぽ向いて、穂邑ちゃんが犬歯を剥いて……その人達を迎えた。
 あの男子三人組。
 どうして、こう絡んでくるんだろ。
「いやー、俺は頑張ってると思うよー? ここまでこれただけでも立派じゃね?」
「そうそう。ご褒美あげても良いよねー。何か欲しいモノあるー??? 俺、買ってやるよ???」
「イヒヒ……! おま、それ援交じゃねーんだから!」
 何を言ってるのか、わたしには全然わからない。
 でも、わたし以外の女子3人の顔が、『ヤなコト』言ってるって教えてくれる。
 この人達、ホントーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーに嫌い。
 でも、今は相手なんてしてられない。
 わたしは、この人達に勝たないといけないんだから。
「芹ちゃん、始めよ」
「そーね。こんなのに構っても、時間のムダだしね」
「はいはーい。ムダでーす」
「ムダなのは、お前達がやってるコトだけどな!」
「だよねー。勝てるとかマジ思ってるのが笑える。負けるの決定なのに……プッ」
 三人組は、嫌なコトを言いながら、わたしのコトをじーっと眺めてる。
 うう……嫌がらせだ。
 そんな風に見られたら、集中できないよ。
「い……いい加減に消えなさいよ! そんな事して何が楽しいんですか!」
「うっせ。お前等の指図なんて受けねーっつーの」
「つーかお前等ってさ、やっぱアレなん? 前も言ったけどさ。剣に興味持つって事は……コスプレイヤーとかなん?」
 あ……この話題は、穂邑ちゃんが……
「いやー、まさかの全員腐女子! とか、あるかもよー」
「ああ、それはあるな。じゃ、俺らって、コイツ等の頭の中で、ヤっちゃってんの?」
「だはははーーーーーーーっ、マジだったらチョー笑えねー! キモ過ぎて死ぬだろ!?」
 大声で、なんか下品な話し方。
 その所為なのか、穂邑ちゃんが青褪めてる。
 嫌。
 こんな人達に、負けたくない……!
「わ、わたし達は勝負してるんですよねっ」
「あ? ああ、まーそうだけど?」
 怖いけど……言わなきゃ。
「だったら、その日まで、手の内は見せられませんっ。離れて下さいっ」
「だーかーらー、お前等の指図を受ける……」
 ピタッ。
 そんな音が、聞こえた気がした。
 それと同時に、わたしも、芹ちゃんも、穂邑ちゃんと同じように青褪める。
 だって……
「木剣の切れ味はどの程度なのか、今一つ把握しきれておらんかったからの。丁度良い機会よの」
 桔梗ちゃんが、自分の剣を……男子の首にくっつけてるんだもん。
 だ、ダメだよ桔梗ちゃん。
 剣は、剣は武器だったのかも知れないけど、今の剣は違うんだよ。
 とってもキレイで、とってもカッコいい、宝石みたいなモノなんだよ……
「剣は、武器。どのような綺麗事を言おうと、その現実は変わらん。そうは思わんか?」
「ば、バカじゃね……? これでもし、俺の首にカスリ傷でも付いたら、お前100パー退学だぞ」
「ほう。この後に及んで、掠り傷の心配か。平和ボケしておるのう」
 桔梗ちゃんの口の端っこが、不自然に上がっていく。
 こ、怖い。
 桔梗ちゃんが怖い……
「わ、わかったよ! バカじゃねーの? マジで頭イカれてんだろ、テメー! おい、行くぞ!」
 その声でやっと、桔梗ちゃんは剣を離した。
 ホッ……
「俺らの勝ちは決まってんだよ! クソみてぇなコトやってんじゃねーよ!」
 最後まで大声で威嚇して、男子達は技術室を出て行った。
 その瞬間、フーって言う大きな溜息が漏れる。
 それは――――桔梗ちゃんの息だった。
「いや、危ない所だったの。危うく本気で首を切りつける所だった」
「そ、それってシャレになんないって! あんな事までしなくても……」
 わたしも、芹ちゃんに同意見。
 でも……桔梗ちゃんはきっと、自分が怒っただけじゃ、あそこまではやらない。
 多分、穂邑ちゃんを守る為。
 直ぐにでも、あの男子を遠ざける為に、やったんじゃないかな。
「あ、ありがと……」
 穂邑ちゃんも、それを感じ取ったみたいで、ぎこちなくだけど、お礼を言っていた。
 あ、桔梗ちゃんがちょっと照れてる。
 初めて見たかもー。
「そ、そんな事より、ムダな時間をこれ以上増やす事は許されんぞ。鈴菜ちゃん、作業再開だ」
「はいっ」
 そうだ。
 あの人達に負けない為にも、ガンバらなきゃ。
 わたしは、みんなから沢山のアドバイスを貰って、仕上げの作業を始めた。


 そして――――剣を作れって言う難漢字先生のビックリな指示から、1ヶ月。
 ついに、その日がやって来た。
 期限ギリギリまで仕上げ作業をやってたから、けっこう綱渡り。
 勝負相手の男子達も、わたしたちに日程を合わせたのか、まだ点数は貰ってないみたい。
「よー、今日は楽しみだな」
 その中の一人が、ホームルームが終わって直ぐ、わたしたちの席の傍に近付いてきた。
 ちなみにちなみに、席替えをするコトもなくて、最初に座った席がそのまま定着しちゃってる。
 自己紹介もしてないから、この男子がなんて名前かも知らない。
「あの落書きがどんなカンジのモンになったのか、ケータイで映していいよな? 10年は戦えるオモシロ画像になりそうだからチョー楽しみ。あ、ニコ動とかようつべには投稿しないから、安心しちゃって」
 遠くから、『嘘吐けー』とか、『祭り狙ってんだろー』とか、そんな声が聞こえてくる。
 でも、もう気にならない。
 この人達の声は、もうコワくない。
 あの日、バカにされたコトを、わたしはずっと苦しく思ってた。
 悔しかった。
 剣作りっていう、とっても大切なコトでバカにされたのが、ホントに悔しかった。
 夢にも見た。
 コワい夢。
 クラスのみんなに、いらない子って思われる夢。
 そんなのが現実にならないようにって、一生懸命ガンバった。
 剣を作るコトで、蔑まれるのは、イヤ。
 先生に怒られたり、友達に呆れられるのは良いケド、あんな思いはもう二度としたくない。
 だから、絶対に良い剣を作りたいって、わたしは強く願った。
 それに、わたしの剣がダメダメな評価をされたら、わたしが悲しむだけじゃない。
 芹ちゃんや桔梗ちゃん、穂邑ちゃん達も、ガッカリすると思う。
 それも絶対イヤだ。
 でもでも、もう出来るコト、ないんだ。
 昨日までに全部やったから。
 後は、先生の採点を待つだけ。
「ンだよ。何か反応しろっての。ツマンねーヤツ等。バカじゃねーの。ま、無視してもどーせ結果は一緒だし? イェーイ、ダブルスコアで俺等の勝ちー」
 男子はそれだけ言い残して、向こうへ行った。
 自信があるのかな……コワいなー。
「……ふふ」
 その様子を見ていた桔梗ちゃんが、笑った。
「ある意味、プロ並よね。あそこまで律儀に悪役のテンプレートをトレースするなんて」
 芹ちゃんも、笑ってた。
 自信あるんだろなー、二人とも。
 わたしは、そんな余裕ないよー。
「鈴菜、自信持って。あの剣なら、そんな悪い評価はされないから」
「うむ。妾もそう確信しておる。ただ一つ、あれをどう評価されるか……」
「ああ、アレ、ね……」
 桔梗ちゃんと芹ちゃんが、意味深に言葉をフェードアウトさせてる。
 あ、アレってなにーっ?
「うーし。んじゃ、提出しろー。採点してやっぞー」
 あ、難漢字せんせが来た。
 もうお話を通してあるから、展開が早い。
「うーす。俺等のタマシイ! 受け取ってください!」
「イエス!」
「マジ、チョーガンバッたんで!」 
 まず、男子達が、自信満々で提出。
 わたしの場合は、剣ってけっこう重たいから、教卓の上に持って行くだけでも一苦労。
 ……穂邑ちゃん、ちゃんと持っていけたのかな?
 お姿見えないけど。
「穂邑には、少々頼みごとがあっての。情報処理センターに行って貰っておる」
 わたしの考えてるコトがわかるのか、桔梗ちゃんが声にしてない質問に答えてくれる。
 頼みごとって、何だろ。
「オラ、女子ども。とっとと持ってこいバカ野郎」
「は、はいっ」
 先生の怒った顔に、わたしはあわあわしながら剣を提出した。
「うーし。んじゃ、チェックすっから、ちょっと廊下で待ってろ」
 ご指示に従って、教室を出る。
 その途中で教卓の方を見ると、先生は最初にわたしの剣を手に取っていた。
 わたしの、初めて作った剣――――名前はまだ決めてない。
 先生からどんな採点をして貰えるのかはわからないけど、やれるコトは全部やったし、わたし自身、納得出来るモノが出来たと……思う。
 エクスカリバーには程遠いし、全然似てないケド、これがきっと、わたしの剣。
 悔いはない……でも、負けるのはイヤ。
 別に、わたしがビリでもいい。
 三人の合計で、勝てれば。
「……」
 先生の採点が、静かに続く。
 ドキドキ。
 心臓が、まるで何かと戦ってるみたいに、いっぱい動いてる。
 お願いです。
 どうか、わたしの剣が足を引っ張らないように……
「よし。じゃ、とっとと発表すっぞー」
 その瞬間、心臓が破裂しそうなくらい、暴れ始めた。
 同時に、あの夢を思い出す。
 コワい。
 コワいよー……
「……あ」
 芹ちゃんが、わたしの右手を。
 桔梗ちゃんが、左手を。
 二人でぎゅって握ってくれた。
 目がじわって熱くなる。
 よかった。
 二人のお友達になれて、ホントによかった。
 でも、だからこそ、負けたくないよ――――
「まず、女子の三人からな」
 先生は、わたし達の方を見た。
 夢とは違う展開だった。
「蓮葉は81点、紅野は80点」
 そして、点数もその夢より低かった。
 男子達は驚いた顔をしてたけど、わたしはきっと違う意味でビックリした。
 先生、厳しい。
 二人とも、スゴくキレイでカッコいい剣なのに。
 桔梗ちゃんは、刀みたいな細身の剣。
 芹ちゃんは、彫刻みたいに凝った剣。
 どっちも、わたしの剣よりずっとスゴくて、美術品ってカンジ。
 それでも、80点台なのかー。
 だったら、わたしは……
『28点』
 夢で貰った点数が、頭の中に響く。
 逃げ出したい。
「七草――――」
 やめて。
 それ以上、言わないで――――
「――――82点。合計243点だな」
 ……え?
「鈴菜!」
「鈴菜ちゃん、やったのっ!」 
 わたし……82点?
 ホントに?
「で、男子。左から順に、24点、27点、26点。合計77点。女子の勝ちー」
 わ、わ、わ。
 勝った。
 勝っちゃったー!
「ハァ!? ンだそれ!? あり得ねー! マジあり得ねー!」
「20点って何だよソレ!?」
 男子が騒ぎ出す中、わたしは芹ちゃんと桔梗ちゃんに頭をワシワシ撫でられていた。
 嬉しいけど、いーたーいーっ!
「先生、マジ説明してくれよ。意味わかんねーよ。俺等なんでそんな点数なんだよ? なんでアッチとこんな差になんだよ? 俺等の剣、フツーに出来良いだろ? つーか向こうの剣なんて、傷だらけだし、ヘボな設計図のヘボな剣……」
 男子の一人が、鞘に納まった剣を全部抜いて――――目を見開く。
 どうしたんだろ。
 芹ちゃんと桔梗ちゃんの剣のスゴさに、驚いたのかな?
「残念だったの。貴様等がこっそり傷を付けた剣は、別に作った贋物だ」
 そんな男子に、桔梗ちゃんは自分の名前を書いた木剣を掲げて見せていた。
「そう言うコト。悪役の行動ってわかりやすくて素敵」
 芹ちゃんも、同じように傷のいっぱい付いた剣を出した。
 ど……どう言うコト?
「は? 何言ってんの? 意味わかんねー」
「わかる必要はなかろ。もう直ぐ、穂邑が証拠写真をプリントアウトしてくるのでな。最近のカメラは市販の商品でも性能が良い。暗闇の中でもしっかり顔が確認出来るのでな」
 ニカって笑いながら、桔梗ちゃんが教室に入って、ロッカーの方に向かう。
 そして――――その一角から、カメラを取り出した!
 カメラっていっても、デジカメとかじゃなくて、スタンドの付いた見たコトのない形のカメラ。
「赤外線ワイヤレス防犯カメラ。7,800円でこのようなものが買える時代になったのは、果たして善き事なのか、悪しき事なのか」
 そんな桔梗ちゃんの言葉に――――男子三人の顔がさーって蒼褪める。
「あのリアクションだけで十分な証拠だの。蟋蟀先生」
「みてーだな。ま、この件にカンケーなく、オメーらの剣って超マイナーなメーカーの剣をそのまんま複製しただけのモンだし。俺の言った事、毛の先程も理解してなかったみてーだな……先生悲しい」
 難漢字先生が泣き真似をしてるのはわかったけど、一体何がどうなってるのか
 わたしには全然、わからなかった。
「それに引き換え、こいつ等女子の優秀な事ったらねーな。俺の指導方針の主旨を理解して、剣作りの原点を試す。或いは、個性を見せる。このリボンなんてサイコーじゃねーか。この感性はスゲーぜ。俺ぁ久々に痺れたね。ま、完成度はまだまだだから、80点台しかやれなかったけどよ……」
 先生は――――わたしの剣を手にとって、掲げてみせた。
 真鍮で造った金色の剣。
 その剣身の下の方に、真っ白なリボンが結ばれている。
 それは、わたしが理想としている剣と、唯ひとつ一致してるトコロ。
 それが褒められた。
 嬉しい。
 嬉しいっ!
「フザけんなよ……そんなイロモノが何で82点なんだよ!? そりゃ、俺らはパクったよ。コピーだよあんなの。でも、それが悪いか? 今時、どんな企業だって他所の商品をコピーしてんだよ。ちょこっと変えてるだけじゃねーか。今はどれだけ他からパクるかってのが重要なんだよ。その能力が、一流企業に入る為の条件なんだよ!」
「知るかボケ。盗作なんて脳ナシのやる行為だカス」
 せんせー、一刀両断。
 ながなが話してた男子は、声を失って黙り込んじゃった。 
「さて、と。勝負は決した事だし、こっちの言うコトを聞いて貰おうかしら。どうする? 鈴菜?」
「へ?」
 芹ちゃんが、わたしの肩にポン、って手を置いて、問い掛けてくる。
「鈴菜ちゃんが最高得点なのだから、決める権利は鈴菜ちゃんにある。好きな命令を下すが良い。まあ、流石に自決しろとは言えぬだろうが……退学が妥当な所かの」
 え?
 え……?
「ハッ、退学? 何言ってんの? こんな勝負で何マジなってんの?そんなのある訳ねーだろ」
「貴様等に汚された妾と芹香ちゃんの剣には、名前を記しておった。証拠が届けば、器物損壊罪として警察へ届出を行う。さて蟋蟀先生、そのような罪に対する学校側の対応はどうなっておる?」
「退学じゃねーの? そんな生徒守る意味ねーし」
 先生と桔梗ちゃんが淡々とお話している間、男子達はそれぞれ自分達の席に行って、学生鞄を手に取った。
 そして、教室を出て行ようとする。
 それを、芹ちゃんが制した。
「何してんの? 逃げる気?」
「あーはいはい。逃げる逃げる。お前らの勝ちー。イエーイ」
「やったじゃーん。良かったネ」
「あ、別に俺等退学でも良いんで。そんじゃ」
 え?
 退学で良い?
 それって……もう、剣を作る夢を諦めるって言うコト?
「だな。別にそこまでして続ける気ねーし」
「んじゃ、そう言う事で」
 男子達はそんなコトを言って、芹ちゃんの横をすり抜けて行く。
 なんで? 
 どうしてそんなに簡単に、夢を諦めるんだろう。
 わたしは、スゴく悲しくなった。
 だって……まるで、『剣作りなんて大したコトじゃない』って言われたみたい。
 それは、イヤ。
 そんな風に思われるのは、イヤだった。
 それが例え、嫌いな人達でも。
「待って」
 気が付くと、わたしはその男子達を引き止めていた。
「何でも言うコトを聞く、って言うのを、今言います」
「あ? 知らねーよ。あんなの守る気もねーし、テキトーテキトー。テキトーに言っただけ……」
「退学を、しない。それを守って」
 わたしのその言葉に――――男子が立ち止まった。
「鈴菜!? 何言ってんの! こんな連中辞めても誰も損しないし、残るほうが損するだけじゃない!」
 芹ちゃんの言ったコトは、ホントそうだと思う。
 わたしだって、この人達のコトは、大嫌い。
 いなくなっちゃえ、って思う。
 でも、この人達が、剣作りを軽く見てるのが、ガマンできない。
 それなら、ここに残って、真面目に剣を作る人になってくれた方が、よっぽど良い。
 キレイごと――――そう言われるかもしれないけど。
 わたしは、キレイなものが好き。
 だから、家に一日だけあったエクスカリバーを見て、憧れた。
 だから、仕方ないよね。
「マジで!? サンキューサンキュー! イイトコあんじゃん、アンタ!」
「イエース! やった! ヤベー、退学とかマジあり得ねーし!」
「俺正直ビビッたし。OKOK、守る守る、チョー守る。言うコト聞く」
 男子達は、掌を返したように、わたしを持ち上げてくる。
 どうして、そんなコトが出来るんだろう。
 わたしは、間違ったコトをしちゃったのかもしれない……
 芹ちゃんと桔梗ちゃん、怒ってるかな――――
「鈴菜ちゃんは、誇り高いのう」
「採点で負けたのも納得。鈴菜が一番、この中でプロに近いのかも」
 でも、二人は笑ってわたしの頭を撫でてくれた。
 わたしの思ってたコトをわかっててくれた。
 ……よかった。
 もう、この人達に何を思われても、何を言われても、良い。
 わたしはこの、かけがえのないお友達と一緒に、剣作りに励もう。
 そう、思えた。
「はいはい、友情友情。よかったねー」
「じゃ、俺等はもう帰るんで」
 男子達は、あらためて教室を出ようとして――――
「ちーと、待ちな」
 難漢字先生に止められた。
「テメー等全員赤点だから、再提出な。当然、また猿真似じゃ赤点だから、そのつもりでいろよ」
「へーい」
 男子達の気の抜けた返事に、先生はニッコリ頷く。
「ちなみに、テメー等に対する俺の心象は取り返しが付かねーほど最悪だから、多分どんな剣を提出しても、赤点だろな。ま、ガンバれや」
「は? 何だソレ。意味ねーじゃん」
「だよねー。でもお前ら退学出来ないって約束しちったから、絶対に退学させないように、俺が校長に頼み込んでやっから。俺ってさ、なんか校長に超気に入られてんだよね。やー、タイヘンだよな実際。オメーら、これからずっと剣作っては再提出の繰り返しで、二度と剣作り教われねーし。けど退学も出来ねーから、永遠に学生のまんま。モチ、就職も出来ねー。うわ、想像しただけでもコエーな」
 ……へ?
 そ、そんなコトになっちゃうの?
「うはっ。センセ、冗談うめーな。一瞬マジでビビッたよ。な?」
 男子の一人が、同意を求めて他の二人を見る。
 他の二人は――――顔を蒼褪めさせていた。
「え? 何? お前ら何マジにとっちゃってんの? そんなのある訳ねーじゃん」
 その一人が、難漢字せんせの方をキッと睨んだ。
 でも、その目には何処か、怯えた感じが見える……気がする。
「いやー、俺はあると思うぜ? だって俺、死ぬほど根に持つタイプだし。ムカつく奴がいたら、そいつ等が苦しむのを見るのがスゲー楽しんだよねー。全っ然飽きねーよな。多分、一生」
 難漢字先生は、けらけら笑いながら、でも全然笑ってない目でそんなコトを宣言した。
 男子の声が聞こえなくなる。
 あと、ずっと軽かったその表情が、ものすごく重いものになった。
「……ま、自業自得だの」
「結果的には、鈴菜がこの地獄ループを作ったコトになるのね。罪深い子……」
「え、ええっ」
 良くわからないけど、わたしは罪深い魔女みたいな見方をされるコトになっちゃった。
「じゃ、俺も購買部で仕事すっかな。七草、紅野、蓮葉。オメー等には明日から個別指導すっから、HR終わったら残ってろ。あと、グッジョブ」
 親指を立てて、教室から引き上げていく難漢字先生と、その先生に泣きすがる男子が去って――――教室にはわたし達だけが残る。
「あらためて、良くやったの。鈴菜ちゃん。お友達として誇らしく思うぞ」
「同時に、ライバル宣言もしとかないとね。って言うか、私がこの中で最下位なんだよね……」
「そ、そんなコトないよっ。わたしの剣より、芹ちゃんの方がずっとキレイだしカッコいいしっ」
「ありがと」
 芹ちゃんはちょっと笑顔になって、わたしの頭を優しく撫で撫でしてくれた。
「にしても、桔梗さんは抜け目ないって言うか、スゴいね。あいつ等が私達の剣に嫌がらせして来るのは予想してたから、身代わりの剣を作るのは私も頭に入れてたけど、カメラまで用意するなんて。ロッカーに穴まで開けちゃって」
「うむ。とは言え、妾としては、警察沙汰にすれば大人しくなると思っておったのだが、思った以上に腐りきった連中だったの。鈴菜ちゃんの引導がなければ、完勝したとは言え、モヤモヤしたものが残ったやも知れん」
「い、引導……」
 そんなつもりじゃなかったのに〜っ。
「さて、帰るかの」
「あ、待って。カメラでちょっと思いついたんだけど、記念撮影しない? 初めて作った自分達の剣と一緒に」
「わ、良いねっ。でも、誰か写す人がいないと」
「……それは、私が」
 あ、穂邑ちゃん。
 いつのまに教室に?
「す、すいません……遅れてしまいました。あの、弁明をさせて下さい!  転送処理中にちょっとインターネットで調べ物してたら、ついそっちに夢中になって……良くある事ですよね?」
「大方、腐れ女子の好みそうな画像に見入っておったのだろう。公の場でそんな濫りな閲覧記録を残したら、後々問題になるかもしれぬぞ?」
「ああ! しまった!」
 穂邑ちゃん……けっこうお茶目。
「うう、と言う訳で、懺悔の意味も込めて、私が撮影係を勤めます。あ、証拠画像は一応明度を上げて、はっきりわかるようにしておきました」
「よし。それでは、並ぶとしよう」
「神崎さんも後で入ってね。全員で回し写ししよ」
 桔梗ちゃんと芹ちゃんが、それぞれの剣を取って、教卓の前に並ぶ。
 わたしも、自分の剣を持った。
 お友達との記念撮影。
 中学生の時も、ちーちゃんとみっちょんと三人で写したなー。
 今度は、違うお友達と。
 まだ、知り合って一ヶ月しか経ってないけど、最高のお友達。
 そんな二人と、穂邑ちゃん。
 みんなと一緒にこうしていられるコトに、わたしは幸せを感じていた。
 この剣も、今から写す写真も、宝物。
 これから、本格的な高校生活がスタートするけど、これ以上の宝物は、そう簡単に手に入らないんじゃないかな?
 でもでも、見つけないと。
 理想の剣、エクスカリバーをこの手で作る、その日まで。
 わたしは、今日と言う日をずっと覚えておきたいと、心に誓った。
「はーい、笑ってくださーい。それじゃ、はい、チーズ!」
 ずっと、ずっと。
 この学校を卒業しても、いつまでも。








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