「……」
「ど、どうされました?」
  いや、どうされましたもなにも。
「何だ、このあからさまなパクリは」
「いえ、本名です」
「……………………」
  納得いかないところだが、まあ夢だし軽く流す事にする。
「で、その第二段ヘッドが何の用だ?」
「ヘッド?」
「……何の用だ?」
「そんな怖い顔しないでくださいよ。えっと……」
  男は足元にある鞄からゴソゴソと何かを取り出し始めた。
  ……凶器か?
「あ、あった。ちょいと待ってくだ……な、何で金属バットなんか
 持ってるんですか!」
「……」
  僕は無言でバットをベッドの下に戻した。
「……で、何の用だ」
「今一つ釈然としませんが……まあ良いでしょう。これをご覧くださいな」
  男が鞄の中から取り出した物は、一枚の紙切れだった。
  それを僕に見せる。
「これ、前に学校でとったアンケートじゃん」
「ええ。私たち『椛蜷l検定委員会事務所』が貴方の在する学校に頼んで
 取って貰いました」
  こんな怪しげな会社と係わり合いを持ってるのか、ウチの学校は……
  あ、夢だったな。
  ってか、こんな夢を見る自分自身の精神状態に不安を覚えてしまうな。
「将来への不安が浮き彫りになっていますね。わかります、わかりますよ」
「……」
「では話を進めましょう。単刀直入に言います。貴方は立派な大人にはなれません。
 ええ、なれませんとも」
  突然酷い事を言われた。
「断言します。今のままでは、貴方の将来はスカです。正直、ガッカリです」
「こらこらこら! 勝手な事ほざいた挙句勝手に失望すんな!」
「すべては、アンケートの回答によって判断できます」
  男はずいっと僕の顔面にアンケートの紙を突き出してきた。
「趣味は? 特になし。特技は? 特になし。あれもなしこれもなし。
 拗ねた小学生ですか? 或いは沢尻家の一員なのですか? 貴方は」
「う、うるせーな! 事実なんだからしょうがねーだろ!」
「極めつけはこれ。好きなもの『ミルクセーキ』。ミ、ミルクセーキて!」
「ぐ……」
  僕は何の考えもなく本心を書いた過去の自分を呪った。
「高校三年にもなって胸を張れるものもなし、嗜好は保育園レベル。
 これでは大人になんてなれません。貴方が大人と言うものに疑問を持つのは
 必然と言えるでしょう」
  何で初対面の人間にこんな事言われにゃならんのだ……
「しかーし! 心配は無用。その為の椛蜷l検定委員会事務所です」
「その台詞も微妙にパクリっぽいんだが」
「我ら椛蜷l検定委員会事務所は、大人になりたくてもなり方がわからない、
 貴方のような方を立派な大人にする事を目的とした会社でありますです、はい」
 聞いちゃいねー。
「要するに、貴方が大人になる為のお手伝いをしましょう、と言う事です」
  男はそう言って満面の笑みを見せた。
「……悪徳商法か何かか?」
  余りにも胡散臭い面と発言内容に、つい本音が出てしまう。
「いえいえ。まあクーリングオフは効きませんが」
「……」
「と、とにかく、貴方は大人になりたい。そして、我々はそれを
 サポートするのが仕事。実に建設的な取り合わせではないですか。
 この出逢いを無駄にするのは奇跡の無駄使いに他ならないと思いませんか?」
「偶然でない出逢いは奇跡でもなんでもないと思うが」
「つきましては、現在キャンペーン期間中でございまして、通常料金の
 九割九分九厘でご奉仕させていただいております。はい、ラッキー!」
「んなヒット一本にも相当しない割引いるかっ!」
  なんかいつのまにかこの男のペースに乗せられてるような気がする。
  ……初対面の相手にでもこんなか、僕。
  あ、俺だ。何かずっと忘れてた。
  あーもーいーや、僕で。メンドい(確定:五時間坊主)。
「それでは、契約成立と言う事で」
「こらこらこらこら! ドサクサに紛れて勝手に話進め過ぎだ!」
「良いじゃないですか。どうせ夢なんですから」
「夢?」
  夢。
  そうだ、これは夢なんだ。
  これまたすっかり忘れてた。
  それを思い出したと同時に、僕の身体は自重を失った。
「あ、あれ?」
  なんか意識が……
「では、明日にでも試験官を派遣しますので」
  溶け、て……
「良い夢を」
 …………
 ……
 …
 ジリリリリリリリリリン!
「…………んあ」
  けたたましいベルの音を合図に、暗澹とした意識が揺らぎ、白一色に染まる。
  新しい朝が来た。希望の朝だ。
  喜びに胸を……
「朝が来る度に喜べれば人類皆幸せだぁ〜っと」
  まだハッキリしない意識でそんな事を言いながら、カーテンを開けた。
  今日初めて見る空は、白く滲んでいて眩しかった。










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