水崎の言った通り、ジャングルで半年暮らしたにも拘らず
本来僕が生活している世界ではほとんど時間の経過はなかった。
つまり、僕は一日にして清原ばりの肉体改造をしてしまった事になる。
となると、当然……
「よ〜っ、今日も元気か我が親友うううううう!?」
こう言うリアクションが返ってくる訳で。
「ど、どうしたんだお前!? まっくろくろすけじゃねーか!
日焼けサロンにでも行ってきたのか!?」
「フッ。貴様と一緒にすんなよ。そんな人工的な黒さとは訳が違うんだよ」
「で、でもよ……一日でそんな色になるなんてそれ以外ありえねーだろ」
「甘いな。変わったのが肌の色だけと思うか?」
そう言って僕はマッチョのポーズその一を披露した。
「触ってみ」
「…………おおっ!?」
言われた通り僕の身体に触れた一哉が驚愕の声を上げる。
「ななな。何だこの筋肉は!? お前まさか……」
「ふっふっふ」
何だ? 言ってみろ。まあお前の貧弱な発想力じゃあまず正解は無理だろうが……
「日帰りでムエタイに行って修行してきたな!?」
ここに来て天然炸裂。
「……言っとくけどムエタイっていう国はないぞ。あれはタイの国技だ」
「何いぃ!? 総本山とか超自然とかがある修行の場所じゃないのか!?」
発想云々以前の問題だった。
「な、なら何だ? もったいぶらずに教えろテメー」
「お? いいのかい結城君、今の僕にそんな生意気な口を利いて」
「ぐ……」
そう。
今の僕は昨日までの僕とは違う。
ジャングルと言う世界でも最高クラスの修行場で半年間揉まれた僕の身体は
チーター並みの瞬発力とグリズリー並みのパワーを誇るまでに至った。
……ちょっと誇大な表現かもしれないが。
「それでも、貴様を数秒でミンチに変える事くらい造作もないのだよ、貧弱君」
「く、くそっ。まさか親友が一日にして肉ダルマになってるなんて誰が思うよ」
「はっふっほ。さあ、どうする? 長年に渡って続いてきた因縁、
今日ここで終止符を打とうか?」
実際はそんな因縁はないし特にこいつを鎮圧する理由も無いんだが、
まあノリって事で。
日頃の恨みがない事もないし。
「チィッ……お?」
「あん?」
一哉が何かに気付いたように僕の後ろに目をやる。
そこには……
「あ、おはよ」
「よ。酒井」
マイディアーエンジェル(我が心の天使)、酒井優歌ちゃんがいた。
「おはよ、春日君」
「あ、ああ。オハヨウ」
「あれ? なんかすごく日に焼けてるけど……」
「あ、ああこれ!? 昨日さー、こいつから無理やり日焼けサロンに
付き合わされて」
さすがに事実を話す事は出来ず(頭の弱い奴と思われるので)、
無難な答えを返す。
「へえ、そうなんだ。何かすごいねー」
「いやあ、それほどでも」
ああ……今僕は酒井さんと会話をしてるんだ……
「それじゃ、教室まで一緒に行こうか」
「あ、うん」
しああせだあ……
「いやー、助かったよ本当」
「え、なんでー」
よーし、僕ってば思いきってこの機会に色んな事聞いちゃおう。
「あのさー、酒井さんって……あれ?」
今日の教訓。
『幸せはガムに似ている』
その心は、噛み締めている内に味がなくなってしまう。
………はぁ。
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その日、骨折した為に腕を吊って登校して一日限定の人気者と化したかのように、
僕の周りには人が押し寄せてきた。
「おいおい、どうしたんだよ、その色」
「止めとけって、お前にお兄系とかストリート系は無理だって」
「だよなあ。いくらギャルでも黒くなったぐらいじゃ釣れねーって」
「浅はかだよなあ」
……言いたい放題言われた。
そして半年振りの授業。
今日の一時間目は英語だ。
「さて、今日は小テストをするぞい」
普通ならここで『え〜っ』という悲鳴の一つでも上がるところだが、
ここは受験生の棲む教室。
皆愚痴一つこぼさず、真剣な面持ちで配られた答案用紙にペンを走らせる。
斯く言う僕も……
「……ぜ、全然わからん」
何てこったい。
この半年間全くもって勉学に携わる事なく過ごしてきた所為で、
僕はこれまで覚えていた英単語や文法を軒並み忘れてしまっていた。
いや、英語だけじゃない。
数学の微積や古典の単語の意味、物理も地理も歴史も化学も……
「ど、どうしよう……」
キーンコーンカ〜ンコーン。
この時ばかりはチャイムのずれた音も気にならなかった。
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「う〜ん……」
昼休みの喧騒に僕の呻き声が混じる。
さて、どうしたものか。
と言うのも、来週には模擬テストがあるのだ。
まあ、受験生には毎月のように模擬テストがあって、その度に全国での
順位や偏差値、進学を希望する学校の合格率や今の自分のランクなどが
わざわざ結果として出て来るんだが、今回のはちょっといつもとは訳が違う。
このテストの結果が出る日のちょこっと先に三者面談なんてものがあるからだ。
当然、このテストの結果がそのままその時の話の中心になる訳で、
結果如何では母の胃に穴でも開けかねないような事になってしまう。
唯でさえ仕事で胃が荒れている人にそれはキツい。
どうにかせねば……
「春日さん」
「ん?」
机に突っ伏して考え事をしている僕に聞き覚えのある声がかかる。
この声は……
「水崎か?」
「はい」
その返事を聞いて、僕は顔を上げる。
そこには制服に身を包んだ、いつも通り無愛想な顔の水崎杏奈がいた。
「ちょっとお話が……」
「オッケー。中庭と屋上、どっちがいい?」
どうせ例の試験がらみの話な訳だから、人気のない所がいい。
他人が聞いたら電波飛びまくりな内容になる可能性があるからな。
それに……女子と二人で話してる所を見られるのは出来る限り避けたい。
唯でさえ余計な誤解が生じてるようだし。
「では、中庭で」
水崎のリクエスト通り、僕たちは中庭へと向かった。
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