「いや〜、悪かったな。いきなりこんなモン押しつけて」
「いえ、特に重い訳でもなかったですし」
  僕は無事手に入れた2円卵とその他五百十四円分の買い物を入れた袋を
 ぶら下げながら、ティッシュ&トレペを水崎から受け取った。
  尚、税抜きで500円と言う必死の言い訳を僕は左へ受け流した。
  もうこれも使えないな。今回が最後だろう。
  で、水崎はと言うと……てっきり買い物かと思いきや、どうやら単に
 通り過ぎただけらしい。
  なんと間の良い奴だ。
  こう言うのを噛み合う、と言うのかもしれない。
「しかし特売日の度に思うんだが、卵の原価ってどのくらいなんだろうな」
「一個十五円から二十円くらいだと思いますけど」
「そんなに高いのか? よくこんな安売りできるな」
「所詮客寄せパンダですから」
「……なんか卵がバカにされるとムカつく」
  僕のその言葉に、水崎は少しだけ表情を緩めた……ように見えた。
「大変ですね、休みの日にお買い物なんて」
「そうでもねーよ。今日みたいに安売りのバーゲンセールみたいな日は
 むしろ楽しいくらいだ」
「そうなんですか?」
「ああ。なんつーか、ザマーミロコンチクショウってなもんだ」
「……よくわからないですけど、そう言うものなんですね」
「そ。ところで水崎、もうメシ食った?」
「え? いえ、まだですけど」
「じゃあどっかで食おうぜ。勉強見て貰ったのと荷物持って貰ったお礼に奢るからさ」
  一応それなりの律儀さは持ち合わせているつもりだ。
  ……やましい気持ちはねーぞ、全然。
「えっと、でも……」
  しかし、水崎は躊躇しているようだった。
  警戒されてるのだろう。
「ん? 腹減ってねーのか?」
  取り敢えず差し障りのない方向で聞いておく。
「そうじゃないですけど……それ」
「あ」
  水崎が指したのは、僕の手にある今日の戦利品の数々。
「さすがにこれ持って店には入れねーか……」
「でしょうね」
「じゃあ……っ」
  僕は言おうとした言葉を寸前で飲み込んだ。
  さすがにそれはまずいだろうと思ったからだ。
  だが、よく考えたらプライベートでこいつに会う機会なんてもうないかもしれない。
  だったら礼はできる内にやっとかないと。
「?」
  固まっている僕を水崎は不思議そうに見ている。
  僕は、意を決してさっきの言葉を続けた。
「僕んチで……食べる?」

 ★       ☆     ★    ★      

  トントントントン。
  包丁がまな板をを叩く音が台所に響く。
  その小気味いいリズムは鼻歌の一つでも口ずさみたくなるくらい心地いい。
「うし!」
  千切りにされたキャベツを透明な皿に盛り付け、その上に同じく千切りにした
 色とりどりのピーマンをまぶし、周りにトマトを飾る。
  シンプルではあるが、一応サラダのできあがり。
  本当はツナやポテトやハムなんかも添えたい所だがあいにく在庫にはなかった。
「あの」
  後ろから声が掛かる。
  その方を見ると、水崎が居心地悪そうにこっちを見ていた。
  見慣れた筈の我が家でも、女の子が一人加わればこうも違うものか。
  ……なんて事を普通なら思うであろうシチュエーションの筈が、何故か
 いつもと変わらない、ごく自然な……それがさも当然のような状況に思えた。
  妙な話だ。
  こいつと知り合って、まだ一月と経っていないというのに……
「あの」
「あ、わりぃ。何だ?」
「本当にお手伝いしなくていいんですか?」
「あ、ああ。もうすぐできるから居間でテレビでも見ててくれ」
  僕がそう言うと、水崎はがっかりしたような表情をした……ような気がした。
  やはり手持ち無沙汰なんだろう。
  さ、とっとと作るか。
  僕はフライパンを片手に、ガスの元栓を心持ち強めに捻った。
  斯くして、恙無く完成。
「オムライス、ですか?」
「ああ」
  最近自炊をサボってた所為で少し埃の溜まったテーブルをざっと拭き、
 ようやくできたブランチを並べる。
  ブランチッつっても、オムライス、サラダ、そしてミルクセーキと
 お茶ぐらいな物なのだが。
「……」
  水崎は何がそんなに珍しいのかと言いたくなるくらい、じっと
 目の前の食べ物を見つめている。
  そして、その視線は主に僕のミルクセーキと自分のお茶に向けられていた。
「……言っとくけど、睡眠薬とかしびれ薬とか筋肉弛緩剤とか毒薬なんて物は
 仕込んでねーからな」
「いえ、それはわかってますけど」
「そうか。だったらとっとと食おうぜ。腹減っちまった」
「はい……」
  水崎は僅かに声を震わせて、手を合わせて『いただきます』のポーズをした。
  いただきます……か。
  何時頃からだろう。食事をする時に『いただきます』と言わなくなったのは。
  手を合わせる事を止めてしまったのは。
  幼稚園にいた頃だったか、保母さんから
 『お父さん、お母さん、コックさん、その他の色んな人たちに感謝して
  いただきますって言うの』と習ってそれを実行していたんだっけ。
  それが何時からか『お父さん』がいなくなり、『コックさん』が自分になり、
 感謝する対象が減ってしまった。
  それが原因なのか?
  いや、違うような気がする。
  単に面倒になっただけだ。
  オフクロが身を粉にして働き、手に入れた金を自分の食事代に使う事を
 当たり前だと思うようになってしまったんだ。
  ははっ。
  心の中で自分を嘲笑する。随分と傲慢になったもんだ。
  だから、いつまで経ってもガキなんだ、僕は……
「……美味しい」
「ん?」
  水崎の声が僕を現実に引き戻す。
「これ、美味しいですね」
「そうか?」
「はい。美味しいです」
  水崎が頬張っているのはオムライス。
  デミグラスソースではなくケチャップを使用した、家庭の味。
  僕の自慢の一品だ。
  それだけに、三度も『美味しい』という言葉をかけられた事が嬉しかった。
「これで飲み物が……」
「……なんだって?」
「いえ。何でもないです」
  よく聞こえなかったが、本人が何でもないと言ってるので気にしない事にした。








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