「……生きてはいるみたいですね」
水崎が検死を行っている傍らで、僕は火照った身体を冷ます為
ジュースを飲んで風に当たっていた。
「手加減したからな」
「てかげん……?」
一哉はもう元がなんなのかすらわからないそれと僕を交互に見ながら呟いた。
「ところで……」
一通り検査し終わったのか、水崎がこっちに目をやる。
「どうしますか、これ」
これ呼ばわりだった。
ま、当然か。
「放置してもいいんだが、腐っちまったらこの近辺の住民に迷惑かかるな……」
「そうですね」
「しょうがねーな」
という訳で、不本意ではあるが警察に持ってった。
その後。
過剰防衛の可能性を示唆する公僕たちを優しい笑みで説得。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
かろうじて意識を取り戻したオイタさんを慈悲の心で寛容。
「ひぎゃあああああああああああ……」
こうして後に『Kの悲劇』として語られるであろう伝説は人知れず幕を下ろした。
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「悪かったな。こんな時間までつきあわせる事になっちまって」
第三者としての目撃者がいるといないとでは全然違うと判断し、ついて来て
貰ったのだが、随分と遅い時間になってしまった。
「いえ」
水崎は素っ気なくもそう応えてくれた。
結構いい奴。
「…………」
その横に、幽霊が一人。
「どした? エリマキトカゲを見損なったオーストラリア観光客みたいな
しょっぱいツラして」
「……お前は散々殴ったからいいけどよ、俺は触られ損だと思うとなんかな……」
「まあしょうがねーさ。熊に噛まれたとでも思って忘れるこった」
「熊になんて噛まれた事を忘れられる訳ないと思うんだが……」
「じゃあ一生傷痕を引きずって生きろ」
「うわああぁぁぁ」
一哉の力ない咆哮は心の闇を吐き出していたのかもしれないが、辺りは
日が落ちて暗くなっていた為それを確認する事は出来なかった。
「ちくしょおお、さわって変わってやるぅぅ」
取り方によってはかなり危ない小犬の遠吠えを残しつつ、一哉は走り去った。
「情けない男だ」
「……」
水崎は心持ち同情の視線を送っていた。
「さて……送ろうか?」
「え?」
「いや、もう暗いしさ」
こういうのは苦手だが、一応マナーはちゃんとしないといけない。
「えっと、いいです。自力で帰れます」
「でもなー……あ、家を知られたくないってんなら適当な所まで」
「いえ、そういうんじゃなくて」
珍しく早口で否定する。
ちょっと嬉しかったり。
「御迷惑ですし……」
「いいよ。どうせ大して遠回りでもないし」
「はあ」
という訳で、ナイトオブナイトの出来あがり。
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「……」
「……」
沈黙。圧倒的な沈黙。
先程痴漢と遭遇した人気の少ない道を、水崎と二人で歩く。
気まずい、という訳でもないが、会話するような雰囲気でもない。
水崎の周りにはそういう独特の空気がある。
冷たくもないが、暖かくもない。
微妙な温度。
微妙な距離感。
学校でもそうなんだろうか。
普通に友達とかいて、普通に笑い普通に学び、普通に疲れ普通に帰宅する姿が
どうにも想像できない。
一人寂しく黒魔術の本とか読んでそうだ……
「あの」
「おえっ?」
不意打ちに弱い僕は奇妙な声で返事してしまった。
まさか向こうから話し掛けてくるとは。
「何か失礼な事を考えてるような顔をしてたので」
「……ソンナコトナイヨ」
何故僕の周りにはエスパーが多いのか。
「そうですか」
それっきり沈黙。
でも、さっきより話し掛けやすい雰囲気にはなった。
どうしよう。聞いてみようか。
でもなんて聞く?
『何であんなアルバイトしてるんだ?』
直球過ぎる。
『お前って普通の人間なん?』
失礼極まりない。
『普段どんな生活してるの?』
馴れ馴れしすぎるな……
駄目だ。どうにも僕は、女の子と話すのは苦手のような気がする。
向こうがイニシアチブを取ってくれる分には全然話せるんだが、
こっちから何か話す、聞くってのはどうも……
こういう時ばかりは一哉の野郎が羨ましくて仕方がない。
「あの」
「んあっ?」
また向こうから話し掛けてきた。
「この辺でいいです」
「いい……?」
「後は自力で帰れますから」
ああ、そう言う事。
「家、この辺りなん?」
「はい。すぐそこです」
そう言って水崎は少し先にある大きいマンションに視線を向けた。
「あそこ?」
「はい」
何だ、普通のマンションじゃん。
「では、送ってくれてどうもありがとうございました」
礼儀正しくお辞儀する。ちと照れてしまった。
「あ、ああ。じゃあな」
「また後日」
そこで水崎と別れた。
結局聞きたい事は聞けなかったが、取り敢えず普通の家を
持っている事はわかった。
わかったからってどうという事はないのだが。
「……帰ろ」
見上げた空に月がない事を確認して、僕は心持ち早足で家路についた。
『事実は小説より奇なり』
こんな言葉がある。
でも、僕は今日、似ているようで全く違う言葉を学んだ。
『事実は小説より忌なり』
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