試験が再開された翌日。
僕は徐々に恒例の場所となりつつある公園にて、空間の歪を泳いでいた。
今回のテーマは『度胸』。
「……って、このテーマ最初にやっただろ!」
「それが、どうも手違いがあって」
「手違い?」
「大人検定委員会事務所の幹部で構成されている 『そこまで云って委員会』によりますと」
知事の立候補者でも出てきそうな委員会だった。
「『何回か報告書見たけどさ、あれ度胸じゃなくね?』 だそうです」
「そんなの知るかよ……じゃあ何を試したってんだ、あれ」
「『そこまで云って委員会』の会議によりますと、老人介護の範疇なので
『ボランティア精神』と言う事で落ち着いたそうです」
「あんな迷惑千万なじじいに奉仕の精神なんて誰も沸かんだろ」
「それを乗り越えてこそ日本の夜明けだそうです」
つまり、連中は今後ああ言う老人が増えると言う事を想定しているらしい。
前途多難だ。
「そんな訳で、今日はこの倉庫の中でアメリカ人マフィアと取引して貰います」
「わかった」
唐突ではあるが、ジャングルに一人でほっぽり出された事を思えば大した事じゃない。
そう思える自分が何か悲しかった。
「あ、それともう一つ。アメリカ人なので英語しか話せません。
勉強の成果を生かして下さい」
「え゛……」
急激に難易度が上がった。
チャカならともかく英語はなあ……
いや、受験生としてあるまじき暴言なのは百も承知だけどさ。
仕方がない。取り敢えず、その倉庫とやらに行こう。
妙な転送装置によって飛ばされたここは、夏なのにどこか寒々しい港の一角。
潮風で痛んだ鉄の塊や木箱が散乱していて、荒廃した雰囲気を漂わせている。
正確な時刻はわからないが、時間帯はおそらく深夜。
真っ黒の海がやたら恐怖感を煽って来る。波の音は人の耳に馴染む筈なのだが、
これも妙に怖い。
基本的に、僕は暗がりが苦手なのだ。
しかし。今の僕は人間の中でもかなり上位に君臨するだけの実力を備えている。
サーベルタイガーもギガンテスもアトラスもバズズもベリアルもブッ倒した僕に、
たかがマフィアが何をできると言うのか。
「さあ、カーニバルの始まりだ」
できるだけアメリカンテイストな雰囲気を醸しつつ、倉庫の扉を開けると――――
「Hi!」
待っていたのは陽気なメキシカンだった。
メキシカンハットにちょびヒゲ、右手にマラカス左手にタコス、
そして腰の辺りにサボテンと、非常にわかりやすい外見だ。
「って言うか、話が違うじゃねえかああっ!」
「WHAT? I
am Mafia」
「マフィアが自分の事マフィアって言うかよ! ってか誰だよお前!」
「Oh! I am Antonio
Banderas」
「スペインのハリウッド俳優の名を語るな!」
「ちなみにメキシコの公用語はスペイン語なのだ」
「お前日本語喋ってんじゃねーよ! せめて基本はちゃんとしろ!」
「うっせ。死ね」
何故か英語と日本語を操るメキシカンは、近年の即ギレ多発警報発令中の
若者のような物言いで、懐からチャカを取り出した。
「へっ、最初からそうすりゃ良いんだよ。これで正当防衛の範囲が半殺しにまで広がったな」
勝手な法解釈の元、僕は戦闘体制を整えた。
様々な自然の脅威たちと戦ってた結果身に付いた『無構え』だ。
漫画などで良く見る『心眼』も体得済み。以前の僕なら非現実的だと
鼻で笑っていただろうが、今は違う。
「さあ、いつでも良いぜ。その引き金を引いた時が、お前の人生の幕引きだ。メキシカン」
「Hoo……HA……」
メキシカンは何故か悶えていた。
「何だ?」
「嗚呼……チャカ構えるボク……テリボー! I
am terrible!(恐るべし! バンデラスさん)」
「……帰るか」
一人悦に浸るメキシコ人に見切りをつけ、僕は倉庫を――――
「ダメです」
出ようとした所で、急に現れた水崎に止められてしまった。
「これバグだろ? 話と全然違うじゃねーか」
「と言うか、彼はマフィアではありません」
「……何?」
「フッ、バレちゃしょうがねぇ」
水崎の言葉と同時に、陽気なメキシコ人の雰囲気が一変する。
「実は、訳あってお前を待ってたのさ。そう、このブツを預ける為に……」
メキシカンは神妙な面持ちで僕の方にアタッシュケースを投げ付けて来た。
「それじゃ、後は頼むぜ。アミーゴ、アディオス」
「友達じゃねーだろ……」
最後まで意味不明な言動に終始し、メキシカンは故郷へ帰った。
「で、どうなってんのこれ」
「これからが本番と言う事です」
メキシカンが開けた扉の向こうに――――人影が映る。
「来ますよ」
「誰が来ようと同じ事だ。今の俺にビビリなんて性質は微塵もない」
精神を創るのは健全な肉体と卓越した技術に起因する自分自身への
自信に他ならない。何が来ようと、僕は決してビビったりはしないのさ。
「Sorry
for making you
wait」
しかし、目の前に現れた女性に僕はビビった。
「……何であの夫人がマフィアなのさ」
それは、今とても大事な時期の筈の、最近テレビでよく拝見する顔だった。
「ある意味、マフィアなので」
「そう言う問題かああっ! そりゃ個人レベルでは怖いものなんてないけど
国際問題とか無理だぞ!」
「男は度胸です」
「度胸っつーかド凶だろこれ」
「はい、行った行った」
冷めた目を携え、水崎が僕の背中を押す。
どうしよう……僕の所為で戦争とか……無理だって。
くそっ、なるようになれだ。
「……え、ええと……取引って英語でなんて言うんだっけ」
「わからない場合は、ジェスチャーなり似たニュアンスの単語なりでカバーして下さい」
「そ、そうか」
取り敢えず、受け取ったアタッシュケースをかざしてみる。
「あー、I
want Give&Take.OK
?」
僕の英語力なんてこんなもんだ。
そんななけなしの努力を無視し、夫人は倉庫の荷台の上に立って熱く語り出した。
「I work
for politics day and night!」
「はあ」
わからんので生返事。
「Therefore, the
intermammary concavity is shown!」
「はあ」
「You are always foolish! However, I
will save it!」
「はあ」
「With pleasure! The country in the United States is
wide!」
「はあ」
「Go to Hell」
「おいちょっと待て! 今のはさすがにわかるぞ!」
「Oh, sorry. It
made a mistake.Good luck」
「嘘付け! 何で『幸運を』と『地獄へ堕ちろ』を間違えるんだよ!」
「Shit! The
negotiation seems to have broken down! Lick the anus of
Obama!」
「……よくわからんけど、これ滅茶苦茶ヤバくね?」
「テーマが度胸ですから」
試されているのは別の人間の度胸だった!
「Fire!」
僕たちが狼狽する中、夫人は突然ベレッタM92を抜き、銃口を向けて来た。
「普通ファイヤー! って打つ時に叫ぶんじゃないか?」
「……冷静ですね」
そんなやり取りの中、僕は努めてクールに夫人の銃口を見つめていた。
その先にいるのが水崎だったら、ここまで落ち着いてはいられなかっただろう。
問題は、ない。
「What!?」
一瞬。
僕は予想以上の引き金の重さに戸惑っていた夫人が瞬きをする間に、
全ての間合いを消して見せた。
そして、鎮圧。
腕を取り、何か適当にひねってみると、上手い具合に下になってくれた。
「Nooooooo! The
nation died! There is no impostor!
I insist on the youth's
protection!!」
「何言ってっか全然わからんけど、取り敢えず確保してみた」
「……凄いですね」
「素人が拳銃持ってる程度だしな」
造作もない事だった。
で、パトカーを呼んだり。
「The
womaaaaaaaan!
in the United Staaaaaaaaates!!
is the best in the
woooooooooorld!!!
」
シュっとしたトロをハイにムさぼるような勢いで叫び倒しながら、
夫人は臭い飯の出る所へと旅立った。
「試験はこれで終了です。お疲れ様でした」
「疲れたのか疲れなかったのか良くわからん試験だったな……で、評価はどんな感じ?」
「それは追って掲示します。では帰りましょう」
「ああ」
今日もいろいろあったが無事に終わった――――そう思っていた。
しかし。
無事帰ってきた公園で、それは起こった。
「あ……」
僕の目の中で、光が弾ける。
それは、見たくないものを遮断する為の自己防衛。
それでも、そんなのは一瞬で消えてしまう。
放課後の公園。
人気のない場所。
小さなベンチ。
そこで。
酒井さんが。
男と話をしていた。
楽しそうに。本当に嬉しそうに。
まるで、酒井さんに話しかけられた時の僕のように。
相手は――――
一哉だった。
ああ、そうか。
だから酒井さん、僕に良く話しかけようとしてたのか。
だって、僕は一哉の友達だからね。
合理的だよ。
つまり、何かい。
僕は一人で勝手に舞い上がってたのか。
参ったな。
はは。
ははは……
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