やたら悪趣味な内装を予想していたが、寝室は割と普通の……ラブホテルみたいだった。
それでも予想してたのよりは幾分マシってのが悲しい。
過剰にムーディーな照明に、良くわからないが高価そうな絵画や置物の数々。
ベッドはダブルが一つ。回転はしないようだ。
「うふふぅ」
僕の隣にいるのは、僕の妻。
このシチュエーションで何の感慨もなく眠りに就かなくてはならない
この状況にイライラしながらも、ようやくやって来てくれた睡魔に身を委ねる。
とにかく寝よう……
「ねぇ」
隣から猫なで声がかかるが、耳鳴りと思って無視する事にする。
「ねえぇ」
無視無視。
「ねえぇぇぇ」
む、無視……
「ねええぇぇぇぇてばぁ」
「うっさい! 新種の動物みたいな鳴き声で安眠の邪魔すんな!」
結局無視しきれないのは決して僕の意思の弱さではない。
声がする度に鳥肌が立つので眠ろうにも眠れないのだ。
「だってぇ、全然構ってくれないんだもぉん」
「うっさいうっさい、疲れてんだから寝させろよ」
「……女ね」
「…………はい?」
急に声がドス黒くなったバ女はものすごい形相で僕を睨んできた。
「他に女ができたのね。浮気ね。二人でフワフワ宙に舞ってたのね」
「アホかっ! んな訳ねーだろ!」
「だったら……倦怠気ね」
「……」
「もう私に飽きたのね。捨てるのね。火のついたタバコをポイ捨てするみたいに
私もポイって世間という名の道端に捨てるのね……」
「だーっ!! いい加減にしろっ!!」
「きゃっ!?」
余りに不気味な、言葉一つ一つに怨念が篭ってそうなバ女の喋りに
僕はついにキレた。
「僕は何かい、蒸気機関車か!? いつもシュッポシュッポしてなきゃいかんのか!?」
「意味わかんないわよぉ」
……そう言えば、僕って例え下手だったっけ。
「と、とにかく、僕は人間なんだ。疲れもするし休みたい日もある。
いくら愛しのエリーでもうっとおしく感じる時もあるんだよ」
こんなバ女に愛しのなんて言いたくもないが、ここは機嫌をとるのが得策。
そう思って言ったのだが。
「……エリーって誰?」
「は?」
「エリーって、誰?」
「いや、だからそれは例えで……」
「女ね」
「お、女?」
「やっぱり女ができたのね。それも外国の女ね。
私を捨てて異国の地で本場の味を堪能するのねええええ〜っ!!」
「お前はサザンを知らんのかーっ!!」
僕の叫びはそこそこ広い寝室の壁に反響して数秒ほど空気を振動させていたが。
「ばかあああぁぁ!!」
それが再び耳に届く前に、僕の意識はブラックアウトした.。
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「……がさん」
あん?
「……すがさん、起きて……」
起きる?
「春日さん、起きてください」
頬に軽い痛みが走る。
その刺激と聞き覚えのある声が、僕の意識を再び現世に戻した。
……水崎が僕を起こしてるのか。
「……ん……ぐ」
「あ、起きた」
「……おはっ、いてて」
挨拶をしようとしたが、頭に痛みが走って思わずうめく。
な、何だ? この痛みは。
「大丈夫ですか?」
「頭がいてえ……」
「鏡、見ます?」
「鏡? ああ……」
水先は黙って僕に手鏡を渡してくれた。
そこに映っている僕は……
「……なんだ、こりゃ」
左の頭がやけに出っ張っていた。
たんこぶじゃねーか。
「凶器はこれですね」
水崎がしれっと恐ろしい事を言ったのでその方を見ると、
そこには奇抜な形になってしまった高価そうな置物が転がっている。
俗に言う、『鈍器のような物』だ。
つまり。
「あの女……僕を鈍器のような物で殴られて失神した被害者Aにしやがったな」
「よくわからないですが……殴られるような事をしたんですか?」
「してねーよ! むしろこっちが殴りたいくらいだ!」
「そうですか」
自分で振った割には何の興味もないと言った返事。
多少は親しくなったとは言え、相変わらずよくわからん奴だ。
「大体、これは立派な傷害罪だろ? あの女警察に突き出せよ」
「当人同士のトラブルに関しては我が社は一切関知しないシステムですから」
そんなシステム知らねーし。
「では、試験終了です。戻りますね」
ブ――――ゥ――――ン――――
「痛てて……」
通常の世界に戻っても頭の痛みは引かない。
イライラは募る一方だ。
「で、この試験に何の意味があったんだ?」
僕は結局全くもって読み取る事のできなかったそれを聞いてみた。
「秘密です」
「何でだよ! もう終わったんだから教えても良いだろが!」
「秘密です」
「……」
口調と表情はいつも通り。
しかし、何かとてつもない恐怖を感じる。
な、何なんだ?
「それじゃ、今日はここまでです。お疲れ様でした」
ものすごい重圧を撒き散らしながら水崎は去って行った。
……怒っているのか?
「そんなに怒らせるような事言ったか? 僕……」
僕の誰にともなく呟いた言葉に答えるように、風が旋毛を巻いて
通り過ぎていった。
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