「これが最後の試験です」
  終わりってのはいつだって唐突なもの。
  ドラマや映画なら時間、マンガや小説なら残りのページ数で予想できる
 終末のタイミングも、現実で起こる事についてはそういう訳にはいかない。
「最後?」
「はい。今日で全部の試験が終わりますから」
  もう慣れたはずの水崎の淡々とした喋り方がやけに気に障る。
  そりゃ、こいつにしてみりゃ、僕は唯の一顧客なのかもしれないけど。
  でも、やっぱりなんか、こう……
「……あの?」
「あ、ああ。な、何でもないよ」
  水崎が覗き込むように僕を見ていたのに気付き、思わずどもる。
「それじゃ、説明は転移してから行います」
  ブ――――ゥ――――ン――――
  毎度お馴染み景色の変化。
  結局最後までこの感覚には慣れなかったな。
  まあ、別にいいけど。
  これで最後なんだし。
「……」
  揺れる景色を目で追い掛けながら、僕はそんな事を考えていた。

 ★       ☆     ★    ★      

  視界が安定した瞬間、強烈な既視感が僕を襲う。
  現在より少し古ぼったい風景。
  もうとっくに取り壊された筈の、よく遊んだ空き地。
  今ではもう売ってないジュースがたくさん並んでいる自販機。
「ここは……?」
「ここで貴方の、『貴方』を試します」
「貴方の『貴方』?」
  意味がわからずオウム返しする。
「多分、すぐわかると思います」
  全てを見透かしたような水崎の言葉。
  きっと、他の客も皆こうやって聞き返したんじゃないだろうか。
「しばらくここにいてください。そしたら、その先は多分わかると思いますから」
「あ、ああ」
「では、私はこれで」
  そう言って水崎は僕に背を向けた。
  そして、いつもの如く姿が消え――――ない。
「……」
  沈黙したままそこに立ち止まっている。
  ……何なんだ?
「……春日さん」
「何だ?」
「大人に……なりたいんですよね?」
  それは、先日のホームパーティーの席での問い掛けと同じだった。
  当然、答えも同じ。
「ああ。なりたい」
  大人ってのが何なのか、ここまできたら知ってみたいし、
 少しでも近付きたい。
  この試験とやらで、それができるかどうかはわからないけど。
「そう……ですか」
「何だよ?」
「いえ。では、終わったら来ますから」
  そう言い残して、今度こそ水崎は姿を消した。
  一人取り残される。
「…………」
  僕は漠然と辺りを見渡す。
  改めて見ると、懐かしいと言うより何か不自然な感じがする。
  それはきっと、今の目線の高さでこの風景を見た事がないからだろう。
  この時代の僕は、きっと、あの向こうから歩いてくる小学生くら……
「……い?」
  何か見た事ある顔。
  最近整理したアルバムにいたな、こんな奴。
「……」
  無言で歩く小学生が僕の目の前を通り過ぎる。
  間違いなかった。
「僕……だ」
  そして、最後の試験が始まった。





  目の前にいる生意気な顔の子供。
  あれは紛れもなく、昔の僕だった。
  恐らく、十歳くらい。
  7〜8年前の僕と見て間違いないだろう。
「あんなんだったなぁ……」
  ついて歩きながら、思わず呟く。
  自分を自分以外の視点で見た経験なんて、当たり前だが一度もない。
  せいぜい、鏡の中の自分を見るくらいだ。
  貴重と言えば貴重な体験なんだが、余り良い気分ではなかった。
  何しろ、この頃の僕は正直恥ずかしい奴なんだ、これが。
  反抗期、とでも言うのか。
  家にいない母親に何かと不満を言い、先生や友達、その他全てに対して
 斜に構えていた。
  まともに口を利いていたのは……一哉ぐらいなもんだ。
「ん?」
  十才くらいの『僕』が足を止めた。
  そして、じっと右の方を見る。
  そこは……
「公園……」
  マンションの近くにある、小さな公園。
  現在もまだそこにある、マンションの子供たちがよく遊んでいる場所だ。
  そう言えば、この頃の僕は学校が終わるといつもここで時間潰してたっけ。
  どうせ家に帰っても誰もいないんだから、って。
「……」
 『僕』はフラフラとその公園の中に入って行った。
  僕も後を追う。
  この公園は本当に小さくて、滑り台と砂場、鉄棒、ジャングルジム、
 そしてブランコぐらいしかない。
  シーソーも置いてないような公園なんて珍しいんじゃないかな、と思う。
「…………」
  公園の入り口に着いた。
  まだ日は暮れてないため、何人かの子供が砂場で遊んでいる。
「あ……」
  その風景を見て、ハッキリと思い出した。
  あの頃の気持ち。
  僕は……








  前へ                                                      次へ