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『どうして、僕にはおとーさんがいないのかな?』
当たり前の事が当たり前でない、その事実に対する不満。
クラスメートの連中から浴びせられる、心無い言葉。
父親がいない事が僕にとってどう言う事か何にも知らないくせに、
ありきたりの、空っぽの言葉で励ます教師。
そして、家に帰っても誰もいない、誰とも会話しない現実。
その全てが嫌だった。
嫌で嫌で嫌で、何もかも踏みにじって消し去りたかった。
目に映る全てを拒否し、耳にする全てを煙たがり、心の中全てを黒く塗りつぶす。
本当に哀れな、しょーもない『僕』だった。
そんな僕にでも、一人の友達がいた。
今でも親友として僕の中で最も大事にしている一人、結城一哉。
最初は、同じ境遇である事がきっかけだった……と思う。
よく覚えてないけど。
その内、いろんな事を話し、いろんな事を一緒にやるようになって、
僕とあいつは親友になった。
だけど、この頃の僕は……その一哉にすら、嫌悪感を持っていた。
いや、劣等感と言った方がより近いか。
同じ性別、同じ年齢、同じ境遇。
なのに、世間は皆一哉には優しかった。
本来はそうではないんだが、当時の僕はそう思っていた。
何よりも、一哉本人が僕とは全く違って、ハツラツと、楽しそうにしていた。
同じなのに。
いっぱい僕と同じなのに、何で僕とあいつはこんなに違うんだろう……
そんな事ばっかり考えてた。
今にして思えば、実に危険な奴だ。
どこまでもヒネちまって、笑う事も、泣く事も、しまいには怒る事もしなくなって。
表情という信号機の故障した交差点のような、誰もが危険を察知して
避けて通るような小学生。
それがこの頃の『僕』だった。
「……ん」
少しだけ涼しい風が吹いた。
気がつくと、もう空は赤みを帯びて、沈む日の残り香を漂わせていた。
回想に浸っていた為気付かなかったが、結構時間が経過したらしい。
さっきまでいた筈の子供たちも、いつの間にかいなくなっていた。
そして、この公園には一人だけ取り残されている。
まあ当然だな。
十才のガキを迎えに来る親なんているはずがない。
例えその時間、そのガキの親が家にいたとしても、だ。
「バカだな……」
迎えに来るのを待っている訳じゃない。
ただ、反抗したかった。
家に帰ってると思っているであろう、母親に。
「全く……バカだな」
僕は何度もそう呟いた。
そして、歩み始めた。
『僕』が揺れている、ブランコのある所まで。
そして、僕と『僕』の目が合った瞬間――――
光が、眉間に差し込まれて来た。
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「祐一ぃ」
『僕』を呼ぶ声が聞こえる。
僕を名前で呼ぶ男なんて、この世にひとりしかいない。
だから、振り返る必要もない。
もう何度だって顔を合わせてる相手だ。
今更そんなリアクションは、いらない。
「お前昨日の『ギルガメッシュナイッ』録画したか? 俺うっかり寝ちまってさあ」
お色気過剰系深夜番組の録画などしていない。
誰がするかそんなもん。
「まあ、起きてても母さんが帰って来たらすぐ消さなきゃダメなんだけど」
一哉の家は、僕と同じ母子家庭だった。
夜遅くまで働いていて、息子が起きてる時間に帰って来る事は滅多にない。
それは、僕と同じ。
違うのは、こいつが母親の事を好きだ、という事。
僕には信じられなかった。
だって、自分の家に殆どいない、殆ど見かけない人を好きだなんて、
どうして思える?
僕にはわからない……
「しかも、なんか再婚するって言ってるし」
……は?
「いきなりだぜ。参ったよ。本当」
一哉は全然参った様子もなく、普段の軽口を叩く口調のままで
衝撃の事実を放り投げた。
再婚?
それはつまり、一哉に新しいパパができるって事?
……信じられない。
僕なら耐えられない。
別に、父親を尊敬してた訳じゃない。好意的な見方ができるほどの
特別な日を過ごした記憶がないんだから。
でも、全くの他人を父親と呼ぶなんてのは絶対にあり得ない。
そんなの、生き地獄じゃないか。
「俺、良い子ぶった方がいいかな? それとも、何か悪ガキっぽくして
手間かけさせた方が後々いいのかな? どうだろ」
一哉は、既にその事実を受け入れている。
そう聞こえる。
信じられない。
僕には理解できない。
性格の問題なのだろうか?
それとも、一哉はもう大人なんだろうか?
僕なんかじゃわからない事が、一哉には全部わかってるのだろうか?
僕は……何を言えばいいんだろうか?
「でもさ」
そんな劣等感に苛まれていた僕に、一哉はポツリと呟いた。
「これって、裏切りだよね」
一瞬、背筋が凍った気がした。
僕はこれまで知らなかった。
一哉は、いつも明るかったから。
いつも楽しそうにしてたから。
僕は、そんな一哉が羨ましかった。
でも、実は違ってた。
一哉は僕以上に孤独だった。
そして――――
僕以上に、病んでいた。
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