理事長襲撃、なんて言う衝撃の事態から一夜明け――――
「……あのっ。メール、読みましたっ」
その放課後、俺は彩莉に『今日の放課後会いに行く』と言う旨のメールを送り、
御子柴と共に【予約移動】で彩莉の家の前に身体を運んだ。
たかが数日会っていなかっただけなのに、彩莉は涙ぐんでいる。
「彩莉、もう会えないと思ってましたっ。もう、捨てられっ……」
「人聞きの悪い事言うな! 捨てちゃいねーだろ!」
「ううっ……でもっ、でもっ」
何故か感無量状態の彩莉を連れ、最寄のファミレスへ。
そしてそこで、昨日二人で話した事を、彩莉にも話す。
その中には、病院を出てからの会話の内容も含まれていた。
それは――――主に、御子柴の事。
彩莉とこの女が幼少期に知り合いだった事は、既に知っていた。
その時期、御子柴は周囲の人間に不気味に思われていたらしい。
理由は言うまでもなく、異能力。
【課金預言】と言う名称の付いたそれは、金、『MONEY』の方じゃなく『GOLD』
の方の『金』を使って、預言を行うと言う能力らしい。
金なんて、そんな簡単に入手できるものじゃない――――かと言うと、
実はそうでもない。
日常生活の中に、金を使っている物は結構ある。
例えば、携帯電話やパソコン。
液晶ディスプレイを使用している家電製品もそうだ。
これらの半導体搭載基板やコネクタの接続などには、高純度の金が用いられている。
勿論、量は多くはないが、それでも預言は可能らしい。
預言――――それは、神の言葉と言われるもの。
御子柴が特定の事に対して、その未来を心の中で知りたいと念じながら
必要量の金を含んだ物質に触れて(物質同士は密着させたり、金メッキの針金などで
括ったりすれば、それが一つの『金』として見なされるので、その一部に振れていればOK)
眠ると、その未来が『預言』として夢に現れる、と言う。
それが、御子柴の能力だ。
ただ、俺の【予約移動】同様、厳しい制約がある。
少量の金しかない場合は、とても曖昧でおぼろげな夢になるらしい。
例えば、『明日の天気が知りたい』と念じながら寝た場合、金の量が多ければ、
翌日の天候がはっきり景色となって映る。
けど、金が少ないと、曇った窓越しに外の景色が見える、と言う程度。
そんな感じだから、確実な未来予測が出来るとは限らない。
しかも、一度【課金預言】に使った金は、その後消えてしまうらしい。
当然、その金を含んでいたパソコンや携帯も、使用不可になってしまう。
かなりコストパフォーマンスが悪い能力だ。
それでも、幼少期の御子柴は、それを何度か行使し、周囲に預言をした。
それが全て当たり、最初はそれこそ神扱いだったんだけど、徐々に気味悪がられ、
一人、また一人と去って行った。
その中で、唯一御子柴の傍に残ったのが、彩莉だった。
当時はまだ幼すぎて、預言の意味すらわかっていなかったが――――
「救われたのよ。当時の私は」
いるだけで、救われる。
その気持ちは、わからなくはない。
――――と、そんな訳で、俺は労せずに御子柴の能力を知る事が出来た。
その事に始まり、これからは協力体制を築くと言う事、彩莉の能力の事、
その能力の抱えるリスク等、少し矢継ぎ早に話す。
そして――――
「だから、俺等はこれから、お前の能力を除去する為に、ゲームに挑むつもりだ」
最終的にはその言葉で締め括った。
彩莉の表情は、冴えない。
でもそれは、正直予想通りだった。
この子なら、こう思う。
『自分の為に、二人が自分を犠牲にする事は、嫌だ』と。
きっと、そう思う。
だから、俺は先回りして、その言葉を封鎖する為の弁を紡いだ。
「彩莉。どうして俺に、自分の能力の事とか、ムリヤリ脳みそを動かしてる事とか、
言わなかったんだ?」
「えっ、それは……」
「俺がそれを聞いたら、自分を犠牲にして、お前を助けようとすると思ったから……
じゃないのか?」
子供に対して、この弁は卑怯かもしれない。
でも、ここでは必要な事だ。
「は、はい。生命さんは、優しいですから……」
「その通り。彩莉は今、良い事を言いました。俺は優しい。超優しい。だから、
知った以上は彩莉を助ける。どうだ? 何か間違ってるか?」
議論のすり替えと、言質を取っての速攻。
子供相手でも、容赦はしないさ。
この子を頷かせる為なら。
「間違って、いません」
「だろ? だから、決定。その代わり、お前も戦線復帰だ。自分の事なんだから、
ちゃんと協力するように。いいな?」
「……いいんですか?」
彩莉が顔を上げて、不安げな目で問う。
この子はきっと、家の前で俺から『その方が良い』と言われたあの時、
言いようのない疎外感を覚えたんだろう。
突き放されたと思ったんだ。
だから、『捨てられた』なんて言葉が出てきた。
なら、引き寄せる。
この子のストレスを、これ以上増やさない為にも。
懸念は多々ある。
それでも、今はこれがベストだと、そう信じるしかない。
「ああ。また、一緒に頑張ろうな」
「……っ」
彩莉は、泣いた。
正直に言えば、予想通り。
この子なら、泣くだろうと思っていた。
弱い。
まだ小学生なんだから、当然だ。
でも、強くもある。
俺に弱みを見せなかったのは、この子の強さ。
でもそれは、もう要らない強さでもあった。
「彩莉……彩莉っ、ひぐっ、うああああぁ」
俺はまだ、この子の背負っている運命を全ては知らない。
現在のこの子を取り囲む環境も。
ただ、思う事は一つ。
俺なんかのチープな優しさに、ここまで感情を揺り動かしているこの子を、
全力で守りたいと言う、その一つ。
それが、能力とは違う、俺自身の価値なんだと、そう強く念じた。
「……大丈夫。彩莉ちゃん、私達がついてるからね」
ずっと沈黙を守っていた御子柴が、彩莉の隣でようやく声を発する。
遠慮してたんだろうか。
ガサツなイメージが先行してたけど、そう言う配慮はしっかり出来る人らしい。
そう言えば……俺に対して男言葉使ってた理由、まだ聞いてないな。
それと、いつの間にか『巳年後ちゃん』から『彩莉ちゃん』になってるところも、
少し気になる。
もしかして――――
「……御子柴。お前って、もしかして……呼び方や言葉遣いで相手との距離を
コントロールするタイプ?」
偶にいる、そう言う奴。
多分、男口調なのは、『女』を感じさせない為。
そしてそれは、異性との接し方が苦手な証拠。
「……」
赤面にて、証拠を確認。
俺はまだしも、彩莉とも敢えて距離を置こうとしていたのか。
不器用な奴……
「ココロお姉ちゃん、やっと彩莉って呼んでくれましたねっ」
「え? えっと……あはは」
困ったように笑ってる。
……ま、いっか。
「さて、と。話が纏まった所で、本題に入ろう。俺達にゃ、時間がない」
「そうね。協力体制って言っても、私達が集まったところで、不利な事には変わりないから」
一つ手を叩いた俺に、御子柴が同調する。
そう。
俺達は、まだ圧倒的に不利だ。
何故なら、俺の能力も、彩莉の能力も、そして御子柴の能力も、金儲けには向いてないから。
御子柴に到っては、金を浪費する能力だって事が判明した。
当初は、馬券の配当でも予測して貰おうと思ったんだけど――――
「そんな都合の良いコト出来るんなら、とっくにやってるっての」
と言う、とても礼儀正しい御返事を頂いたのは昨日の事。
金儲けの類の預言を得るには、得る分の金額と同等の価値の金が必要らしい。
等価交換、と言う事なのかもしれない。
なんとも役立たずなこった。
「人の事言えるの? 予約制のテレポートなんて微妙な能力の癖に」
考えを読まれた。
……テレパシーも使えるってんじゃないだろな、この女。
「ま、何にしても、兎に角お金を集める方法を考えないとね。私達なりの。
直接的には私の能力は使えなくても、その方法の段階で使えたりするかもしれないし、
そっちのポンコツテレポートも、何かしら使い道あるかも」
「誰がポンコツテレポーターだ! そっちだって浪費予知夢じゃねーか!」
「なっ……浪費って何よ浪費って! 人をカード破産する主婦みたいに……!」
ファミレスで揉めに揉めた。
「ケンカはダメですっ!」
結果、彩莉が両手を広げ、頼もしげに制止した。
自分の居場所を見つけた少女は強い。
「生命さんの能力も、ココロお姉ちゃんの能力も、とってもステキです。
きっと、どっちも活かせる方法、あります。彩莉考えます」
「そ、そっか。それじゃ、俺等も考えよう」
「……フン」
浪費と言う言葉に何かトラウマでもあるのか、御子柴は終始不機嫌なまま、
シンキングタイムが始まった。
そして――――
「……思いつきましたっ! あ、また思いつきましたっ! あっ、またまた思いつきましたっ!」
日が傾く中、彩莉は合計20以上の案をポンポンと出した。
- chapter 4 -
【電脳制御】。
それは簡単に言えば、脳内コンピューター……らしい。
彩莉が以前、俺に話した【記憶収納】は、そのコンピューターの『フォルダ』に
該当する部分だった。
つまりは、能力の一部だ。
人間の脳みそってのは、一説によると、40〜50%は遺伝情報をはじめとした、
生まれ持って備えているデータに使われている、と言う。
パソコンで言えば、購入時に最初から入ってるデータの分。
それ以外の部分は、生まれてから死ぬまで、知識を得たり学習したりして
覚えた一般常識、一般認識、言語記憶、或いはエピソード記憶など、
更には運動記憶に代表される反射的、非反射的な行動原則などなどが蓄えられていく。
よく、『人間は生涯の内、脳みその何%かしか使わない』とか言うけど、
それはある意味本当で、ある意味大嘘。
正確には、『人間は生活している中で、脳みその何%かしか使わない』だ。
パソコンで言うところの『CPU使用率』が近いのかもしれない。
これが常時100%だと、パソコンは持たない。
熱暴走を起こし、故障するだろう。
それと同じで、人間も脳を常にフル稼働させてたら、身が持たない。
だから、普段は記憶の大半を『忘れている』、若しくは『思い出してない状態』
にしている。
彩莉の【電脳制御】って言う能力は、そう言った脳の構成を自力で管理できる、
と言う能力らしい。
もっと言えば、頭の中にパソコンがあるようなもので、実際にOSも存在していると言う。
Windowsの最新版を模しているから、殆どパソコンと同じような使い勝手で、
記憶を自由に出し入れ出来るし、動画を再生するように、記憶の中の映像を
自由に見たり、編集したりする事も出来る。
惜しむらくは――――外付けのモニターみたいなものがない、って事。
彩莉以外に、その記憶の中を映像化して視る事は出来ない。
まあ、他人の記憶を覗き見るってのは、例え相手が子供であっても悪趣味だから仕方ない。
何にしても――――
「便利なのかそうじゃないのか、わかり難い能力だな」
「……ま、確かにね」
彩莉と再会して、二日後。
俺は御子柴と二人、学校の近くにあるファーストフード店で作戦会議を開いていた。
その二日前、彩莉が出してきた様々な案は、全て却下。
無碍と言うなかれ。
何しろ――――
『俺が予約移動で菱刈鉱山(国内の金の採掘所)に跳んで採掘してくる』
『純金製のiPhoneとかC-3POを所持している人の所に跳んで、譲って貰う』
『俺が予約移動を使って、日本人全員に一人一円貰いに全国を回る』
――――など。
まあ何とも子供じみた発想ばかり。
いや、子供だから当然なんだけど。
って言うか、いかにもインターネットで『金』に関する事を調べました、
的なキーワードが多いのは、【電脳制御】の能力故なんだろう。
「で、何か思いついたのか?」
心中で苦笑する俺に、相変わらずの男言葉で、御子柴が尋ねてくる。
正直……大した案は思いついていない。
彩莉の事を笑えないってのが現状だ。
「……記憶喪失の金持ちのおばあさんを懐柔して、軍資金を得る、ってのはどうだ?」
結果、『オレオレ詐欺』みたいな小悪党と同レベルの発想を展開。
「やってみる価値はあるかもな」
相当切羽詰まってるのか、御子柴もアッサリ了承。
頭が煮詰まりすぎてたんだろう。
俺等はその旨を彩莉に伝えるべく、呼び出し――――
「そういう事をしてはダメですっ! もうっ!」
超怒られた。
結果、御子柴は超凹んだ。
まあ……そんなこんなで、俺等は今、途方に暮れている。
1億円――――そんな金、学生の身空で稼ぐなんて、土台不可能なんだろう。
幾ら能力者とは言っても、金にならない能力ばかり。
寧ろ、金を喰らう能力のヤツもいるし。
何処かに、救世主みたいな都合の良い存在でも転がってないものか……
「ロリロリは今日もかわゆいね。今度一緒にディズニーランドに行こう。
スプラッシュマウンテンで悲鳴を上げるロリロリを見てみたいんだ。観察したいんだ」
そんな事を思った罰なのか――――突然、戌井有司(17)が現れた。
よし、殺そう。
「おっと、いきなりそんな目で見ないで貰いたいね。言ったろう? ボクは繊細なんだって。
視線だけで過労死する自信があるくらいにね」
「知らん。失せろ変態。これ以上付きまとうとストーカー認定して警察に通報するぞ」
「それで動く警察なら、日本も少しはマシなんだろうね」
意にも介せず、純正の変態は口笛なんて吹いていた。
ったく……こんな情操教育に悪い奴を彩莉に近づけたくないってのに。
「すっかり保護者の顔になってるね。つまりキミはボクにとって、義理の父に当たる」
「ちょっとそこどいて。その変態を私が殺せないから」
「おおっと、同世代の女子は勘弁ロリ。それに、そんなに邪険にしていいのかい?
ボクはキミ達の救世主になるかもしれないんだよ?」
救世主――――まさにそれは、俺がついさっき頭に浮かべたワード。
やっちゃった感が半端ない。
コイツやっぱり、心を読む能力者なんじゃないか?
「さて、挨拶はここまでにしておいて……未至磨巌に襲われたらしいじゃない」
「未至磨……?」
一瞬、聞き慣れない言葉に首が傾くが――――直ぐにピンと来る。
先日、俺と御子柴、彩莉を襲撃してきた、あの異能力者だ。
「そう。彼は、今回の催しの中で最大の危険人物だ。何しろ、他人を傷付ける事に
躊躇がない。ボクとしてもね、そんなヤツの脅威にロリロリを晒すのはゴメンなんだ。
だから、格安で情報を提供するよ。結構命がけで得た情報だけど、仕方ないね」
どうして、その襲撃の事実を知ってるのかはわからないが――――
何にせよ、他の異能力者の動向を探りに来た、って事なんだろう。
一応、不本意ながら、俺はこの男と組んでいる。
情報の共有は、望むところだ。
「幾らだ?」
「30万。それくらいは集められたよね?」
集められてません。
その十分の一もない。
改めて、ここ数日の無益さを叩き付けられた気分だ。
「……ない、みたいだね。じゃあいいや。全財産の半分。これで手を打つよ」
「全財産が100円だったらどうすんだよ」
それは、俺じゃなく御子柴の発言。
彩莉を後ろにやり、手負いのケモノ並に殺気立っている。
「なら当然50円だよ? 算数くらい出来るさ」
「……だとさ」
嘆息混じりに、御子柴は俺に話を振った。
コイツとの交渉は俺がやれ、って事らしい。
「じゃ、全財産の半分」
と言う訳で、俺は財布の中から2000円札を一枚投げた。
「使えるんだから、返却は不可だぞ。後、ホントにそれが全財産の半分だからな」
「毎度アリ。嫌いじゃないよ、ボクは。記念札みたいなモノだしね」
……アッサリと通ったな。
さて、こんな値段でどれほどの情報が貰えるのか。
「君らを襲撃したのは、未至磨巌。知っての通り、かなりアウトローな男だね。
彼の能力は【強度制御】。物質の分子構造を変化させ、強度を変化させる能力だ」
意外にも――――戌井はいとも容易くあの男の能力の正体を晒した。
「強度を変化……つまり、堅く出来る、って事か」
「そ。拳を硬くして世界一のハードパンチャーになる……ってコトは出来ないケド、
自分の手に嵌めてる手袋を堅くするコトは出来る。正確には、『物質内に
重量比20.946%を超える量が含まれている元素の同素体内における範囲において
硬度変化が可能』って言う能力だね」
長ったらしいその説明の意味はイマイチ理解できなかったが――――
要するに、あの黒い手袋を堅くしていたらしい。
あの男――――未至磨が武闘派なのは明白。
【強度制御】とやらの能力と、相性は相当良い。
「この他、いくつかの制限があるけど、まあそこは割愛。要するに、色んな物質を
堅くしたり、脆くしたり出来る。それこそ、家の壁を障子紙くらいの脆さにしたりもね」
「……そんなのに襲われたら、ひとたまりもないな」
例えば、鍵をして建物の中に閉じ籠るコトも出来ない。
前回逃げられたのは、俺の予約移動が上手く作動したからだけど、
あんなに都合の良い展開に二度も持って行けるとは限らない。
アイツとは、なるべく接触しないようにするしかなさそうだ。
「恐らく今、想像してる通り、とても厄介な相手だよ。しかも、彼は能力の消去が
目的じゃない」
「……何だって?」
これも、俺じゃなく御子柴の声。
ちょいちょい合いの手を入れてくるなら、最初から会話に加われよ、全く。
「彼の目的は、クローズの乗っ取り。組織の研究施設を奪って、自分の能力を
進化させるつもりらしい。これは本人の口から直接聞いたんだけどね。聞きもしないのに」
つまり、あの男の方からアピールした、って事か。
まあ、野望を持ってる人間は大抵、その野望を誇示したがるからな。
ただ、それより――――
「2000円にしては、随分と奮発してるな。本当の情報なんだろな?」
「勿論。こんな嘘の情報を流しても、ボクになんらメリットはないでしょ?
放置しておけば、キミ達は確実にあの男からハジかれる。辰尾勝利のように」
辰尾。
その名前に、俺は確かに聞き覚えがあった。
ウチの学校の理事長であり、OneHundredMillion-Gameの参加者。
あの人を襲ったのも、未至磨だってのか?
けど――――変だ。
辰尾氏が襲われたのは確かだが、少なくとも殴られたワケじゃなかった。
『致死量』なんて言葉が出てきた辺り、毒の可能性が高い。
だったら、未至磨の仕業である筈がない。
「……別の能力者と手を組んでる?」
「御名答。彼は既に、ここにいない、そして辰尾氏以外の異能力者二名と
手を組んでいる。その内の一人が実行犯さ」
それは、意外――――と言う程の事でもなかった。
俺等がこうして集まっているように、他の面々同士手を組んでても、全くおかしくない。
って事は、ここの三人と、未至磨ら三人の二グループが出来ていて、そこを
コイツ、戌井が行き来してる……ってコトになるのか。
「おい」
そんな俺の思案を押しのけるように、御子柴がズイッと近寄ってきた。
「お前、本当に彩莉……巳年後ちゃんを守る気があるのかよ」
「いい加減、呼び方くらい統一しろよ」
「うっさい! で、どうなんだよ」
茶化したものの、戌井に向けられたその目はド真剣。
回答を間違えば、首根っこ掴まれそうな勢いだ。
戌井は――――
「勿論。だからボクはここにいる。キミ達の味方さ」
「だったら、お前の能力を吐け。そうしなきゃ信用できない」
それは、感情論をぶつけるようでいて、冷静な交渉だった。
この女、結構やり手だなあ。
人生経験、意外と深いのかもしれない。
「あ、あのっ」
それまでずっと黙ってた彩莉が、突然小さく挙手した。
「も、もし協力して頂けるのであれば、彩莉、何か一つだけ、言うこと聞きます!」
ズギャーン!
……なんて言う擬音がピッタリな、彩莉の大胆発言。
いや、わかってんだけど。
コイツなりに、俺等に協力したくて、自分を差し出したってコトは。
ただ、こんな変態相手にそれを言っちゃ、貞操クライシスも良いトコ。
「だ、ダメ! 今のはなし、今のはなしよ!」
慌てた御子柴が、女の言葉に戻る。
って言うか、俺も超慌てていた。
「い、言う事……きヒヒヒ」
ほら、本気でシャレにならんだろ!
戌井は既に妄想の世界で悦に浸っている。
仕方ない。
今のウチに殺すしか……
「……」
御子柴は何も言わず、コクリと頷いた。
よし、殺ろう。
死体は予約移動でアラスカの海辺りに……
「ならば、一つ! ロリロリの卒業アルバムを全部、ボクにくれ!」
……はい?
「勿論、今ある幼稚園とか保育園のモノだけじゃない。小中高、大も含めた全部だよ。
そ、それでも良いのかい? 良いってゆうのかい?」
戌井は震えていた。
感動で。
俺は別の意味で震えそうだ。
「……わかりました。では、予約ということで!」
彩莉は高らかに宣言した。
その瞬間、戌井の顔が歪む。
人間の感情を超越した方向に。
「い、良いの? こんなのに、大事な卒業アルバム全セット……」
「はい。彩莉は想い出の場面を『大事フォルダ』の中に入れておけば、忘れませんから」
それはつまり――――【電脳制御】を使って、データ化すると言うコト。
微妙な能力と思ってたけど、そう言う使い方もあるんだな。
「決まりだ。戌井、お前の能力を教えろ。そして、今後も俺等に協力する。良いな?」
「フッ、無論だね。ボクはやっと、この能力を持っていたコトに感謝できそうだよ」
意味深なのか、テキトーなのか、判断し難い物言いで、戌井は自身の能力を語り始めた。
その名称は――――【情報透視】。
透視って言うと、物質を透けて見る事が出来ると言う能力だが、コイツの場合は
対象の内包する情報を透視する、と言うものらしい。
ただし、条件として『対象物を101秒の間、視界に収め続ける事』を必要とする。
しかも、ただ目に入れるだけじゃなく、脳がしっかりそれを認識する必要がある。
だから、視界の端っこに映ってる程度じゃダメ。
凝視する必要はないまでも、しっかり見ないと成立しないそうだ。
「透視できる情報は、『正式名称』や『生年月日もしくは製造年度』みたいな
具体的なモノだけ。『能力』もオッケー。ただし、101秒の間に、その情報に関する
会話が発生すると、その時点でアウト。例えば、年齢を透視てる時に、誰かが
『君、幾つ?』って聞いたら、ノーカウントってコト。あと、黙読ってのが必須で、
101秒の間にボクは喋るコトが出来ない」
「……結構、面倒な制限だな」
つまり、1分半以上、ジーッと見つめる必要がある。
そりゃ不自然だ。
少なくとも、対話中にそれをやってたら、確実に怪しまれる。
物陰から見つからないように眺めるしかない。
まさしくストーカーじゃん。
「アンタにピッタリの能力だな」
「ありがとう。光栄だね」
褒めたつもりはないが、満足させてしまった。
「と言うワケで、ボクが他の『沙者』の異能力を把握してるのは、スキャン……
例の101秒透視のコトね。スキャンに成功したからさ。既に全員分、覗いてるよ」
「……私のも?」
「彩莉のもですか?」
女二人の問いに、戌井はニッコリ微笑み首肯した。
いよいよホラーじみてきたな。
とは言え、この能力は心強い。
つまりコイツは、既に未至磨以外の能力もわかってる、ってコトだ。
それなら対策も立てやすい。
「ちなみに、辰尾氏を退場に追いやったのは、卯月真正って言う茶髪の男だね。
見覚えあるよね? ピアス付けてるヤツ」
『ああ』
俺と御子柴の声がハモる。
「……」
それを彩莉が羨ましそうに見ていた。
いや、羨ましがられる理由、ないんだけど。
「そいつの能力は【細菌養生】……ってのは、ボクが付けたんだけど。
特定の細菌を生み出す能力だ。ただし、使用者の体内に取り込んだ事がある細菌に限定される。
だから当然、即死するような強い毒を持つ細菌は作れない。コストになるのは、体内の
水、タンパク質などの栄養素。だから、量を間違えるとたちまち栄養失調。使い勝手の
悪い能力だけど、絶対に怪しまれずに人を苦しめ、行動の自由を奪うのには最適だ」
細菌なんて、この世の何処にでもいる。
仮に誰かが食中毒で倒れても、それを卯月と言う男の仕業と断定するコトは不可能だろう。
例え、俺等のように能力の正体を知っていたとしても。
厄介だ。
「そしてもう一人は……酉村衣」
『酉村……?』
聞き覚えのある苗字に、俺と御子柴の声がまたハモる。
向こうも流石にイヤな顔をした。
「……むー」
そして彩莉はムクれ出した。
なんでやねん。
「干支の『酉』に普通の『村』で、酉村。知り合いかい?」
「それって、珍しい苗字だよな?」
戌井の問いは無視し、御子柴が睨むように問い質す。
「まあ……滅多にいないんじゃない? もし、知り合いにその苗字がいるのなら、
身内の可能性はあるだろうね」
「残りの一人だから、その酉村衣って人は女性だよな。栗色の髪の」
「覚えてるね。目敏いと言うべきか、流石と言うべきか。ああ言う女が趣味なのかい?」
茶化すような、或いは冷やかすような……って感じじゃなく、普通のトーンで
そんなコトを聞いてきやがった。
女二人の視線が……なんか痛い。
「そう言う目で見ちゃいねーよ! で、その酉村ってのは――――」
「【人格増殖】。意図的に自己の中に人格を生み出す能力だ」
それはつまり、多重人格ってコト。
人工的な多重人格者だと言うのか……?
「ボクの知る限りでは、主人格の衣の他に、明日香、奈々、亜美、楓、幸、葉月、紗希、
あさひ、千尋、杏子の合計11人を確認している。各人格の性格は勿論、記憶も制御できる。
喋り方や声の高さもね。演技じゃなく、実際にその人格としての発声だから、不自然さもない。
顔の作りは同じだけど、服装や髪型を変えられると、同一人物と見なすのは難しいね」
「女優にでもなれば良いのにな」
実際には、スパイに最適な人材、ってトコか。
今のところ、連中の動きは『未至磨が表に立って恐喝し、裏でこの二人が暗躍』って感じだ。
まさに適材適所。
この上なく厄介だ。
ただ――――
「全員、金儲けには向いてない能力だな」
「だからこそ公平とも言える。ゲームが成立するのは、同水準のプレイヤーだからってコトさ」
肩を竦める戌井は、何処か苛立ってるようにも……見えた。
気の所為かもしれないけど。
「取り敢えず、ボクの今持ってる情報はコレくらいだよ。ロリロリ、約束守ってね」
「はい。卒業アルバム、全部お渡しします」
「きゃーるるーんふ♪」
意味不明な歓喜の声と共に、戌井は踊り出した。
ここで立ち去らない……ってコトは行動を共にする気満々らしい。
もう用済みなのにな。
「もう用済みなのに……」
うわ、また御子柴と被った。
敢えて声にしなかったのが、幸いだったのか、それとも……
「なんだよ」
「別に」
ま、そんなヤブ睨みしてくるおっかない女はさておき。
重要なのは、今得た情報を元に、今後の対策を練る事だ。
俺等に即1億稼ぐ方法がない以上、連中がもし先に動くのなら、
それを妨害しないといけない。
現時点で、奴等が起こしそうなアクション。
1億を稼ぐ為の行動は、どんな事が予想できる……?
《プルルルルルル プルルルルル》
考えがまとまらない俺の頭を刺激するかのように、携帯の着信音が鳴る。
俺……のじゃなく、御子柴のだった。
携帯音、一緒なのかよ。
何気に初期設定のじゃないんだぞ。
メロディーコールでもなくて、ただのプリインストール内のバリエーションだけど。
それでも、一致してるのは何か微妙。
「もしもし……」
気怠げに、御子柴は携帯で話し始めた。
それを眺める彩莉の目が、妙に爛々としている。
頭にパソコンを持つ女子だけに、携帯とは相性が良いのか?
寧ろ、敵対しそうだけどな。
市場的に。
「……わかった。じゃ」
20秒ほど話し、御子柴は携帯を切った。
「誰から、って聞いてもいいのか?」
「ああ。酉村咲誇の執事みたいなのいるだろ、アイツ」
山王堂、だったか。
つーか、いつ携帯番号交換したんだよ。
「『お嬢様に出来た初めての同性のお友達……と言う事で、是非交換を』って言われたんだよ。
断るのもどうかって思うし、それで……って、何で私がお前に言い訳する必要あんだよ」
「そっちが勝手に突っ走ってるだけじゃねーか。それより、何の用だったんだ?
えらくタイミング良かったけど」
酉村咲誇――――俺や御子柴を千里ヶ丘高等学校諜報部に招いた人物。
そして同時に、さっき話題に出た『酉村衣』と何らかの関係がある可能性のある女子。
接点があるんなら、暴いておきたい。
「理事長が病院から消えたんだってさ」
「へえ……って、消えた!? 何でだよ?」
「私に聞いても仕方ないだろ」
憮然とした顔で、御子柴は携帯を仕舞った。
病人が病院から消える理由――――入院費の問題は職業上あり得ないし、
仕事で……ってのも、現実的じゃない。
となると――――
「連れ去られたかもね」
ポツリと、戌井が呟く。
「未至磨軍団が、辰尾氏を襲ったのは、恐らく金目的だ。何らかのツテで、
沙者の一人である彼が、理事長職というお金持ちの役職だって事を知った。
それで、脅迫の為に、毒性のある細菌で痛めつけた。ってトコだろね。
で、埒があかないから、拉致った。おっ、我ながら上手い!」
「お上手ですっ」
彩莉は律儀にパチパチ拍手なんてしていた。
金目的……確かに、それは十分あり得る。
俺等全員に共通する目的だしな。
それで、且つ辰尾氏を競争相手からも離脱させる、一石二鳥の手。
でも、どうやって連中は辰尾氏の事を知った……?
「あ、ボクじゃないよ。ボクは彼等に情報を売ってはいない。ロリロリの
マイナスになるコトはなるべく控えてたんだよ?」
信用できるかどうかは兎も角、俺等に対しても小出し小出しにしてたコイツが
過激派相手とは言え、素直に情報を流してたとは思えない。
かなり吹っ掛けてたしな。
「酉村……って言う女が、話したんじゃ?」
ポツリと、御子柴が呟く。
酉村が、仮にあのお嬢様の身内なら、確かにウチの学校と連中の接点とはなり得る。
待てよ……
確か、酉村の姉に当たる人物が、ウチの学校の七不思議に挑んだって話があったな。
そして、その中の一つが――――
「『理事長埋蔵金事件』……」
「まさか埋蔵金が目的……?」
俺と御子柴は、ほぼ同時にその結論に辿り着いた。
もし、酉村姉が酉村衣だとしたら、未解決の七不思議の一つ『理事長埋蔵金事件』の
存在を知っている筈。
奇妙な形だと思っていたパズルが、気付けばピッタリ嵌まっていた。
「埋蔵金? そんなの持ってたのかい? 彼」
「事実はわからないけど、そう言う話があるのは確かだ。連中、理事長を誘拐して
吐かせる気か……!」
その目算が高くなった――――が、肝心の居場所がわからない。
もし、その埋蔵金が実際にあって、額が1億以上だとしたら、理事長が
場所を吐いた時点でアウトだ。
連中の居場所を特定する方法は、ないのか……?
くそっ、焦って考えが定まらない。
御子柴も、俺と同じように表情に焦りが出てる。
何かないか?
何か……
「ココロお姉ちゃんの能力を使ってみるのは、どうでしょう」
その声に、俺と御子柴は同時に彩莉の方に丸くした目を向けた。
そうだ。
コイツの能力は、【課金予言】。
予知夢を見るコトが出来る。
だったら……『辰尾氏の未来』を見れば、何処に行ったかはわかる。
仮に、もうその拉致現場に着いていたとしても、見えるのは『現在位置での未来』。
居場所はわかる。
「お手柄だ、彩莉! やったなオイ!」
「彩莉ちゃんエラい! 天才!」
俺と御子柴は、思わず彩莉を胴上げした。
「きゃ、きゃいーっ」
怖がってるのか、喜んでるのか、良くわからんリアクションの彩莉を暫く
宙に舞わせた後――――
「……むぎゅ」
彩莉を受け止めようと、いつの間にか仰向けに寝ていた戌井をキッチリ踏みつぶした後、
俺等は課金に必要な金を集める為、奔走した。
金集めならぬ金集め――――漢字で書けば同じ言葉だけど、実際の意味は大分異なる。
お金を集めるのと、金を集めるのとでは、ここまで違うものなのか、ってくらい。
実際問題、金ってのは身近な所でコッソリ使われてはいるけど、いずれも微量。
御子柴の能力を満たす上で必要な量を一日で掻き集めるのは、かなり大変だった。
まず、彩莉の【電脳制御】で大学のある場所を検索。
大学には専用のゴミ収集所があり、工学部がある所なら大抵、色んな機器が
そこに棄てられている。
そこへ、俺が予約移動。
御子柴から、金を含んでいる機器の種類を聞き、それをこっそり回収。
その後、全員でバラして、金だけを確保。
日が暮れる直前、どうにかこうにか必要量に達した。
「それじゃ、寝るけど……ケータイとかで起こしちゃダメだからな。自分で覚めなきゃ、
予知夢の内容を覚えてないんだから」
「了解」
御子柴の能力、【課金予言】の稼働条件は、一定量の金が身体に触れた状態で
眠りにつく、と言うもの。
そうする事で、金を消費する代わりに、予知夢を見られる。
尚、必要な金の量は『なんとなく』で決めてるらしい。
金の量が多いほど、具体性を帯びた夢を見る。
少ないと、かなりアバウトな映像になるそうだ。
御子柴のこれまでの体験から、今回のケースなら2gほどあれば、十分な予知夢が
見られるそうだ。
ちなみに、パソコンの基盤に使用されている金は0.1〜0.2g程度だ。
そして、予知夢の指定方法だが、寝る前に『これを知りたい』と念じながら寝るらしい。
今回の場合は、『辰尾氏のちょっと後の未来を知りたい』だ。
そんなワケで――――俺等は今、御子柴の家の前にいる。
自分の家じゃないと、上手く眠れないらしい。
これから夕食を食べて直ぐ寝て、夜中に起きて貰い、辰尾氏の居場所を察知した後、
俺の予約移動でそこへ直行。
俺より軽い人間なら一緒に連れて行ける。
ちなみに、戌井の体重は58kg。
俺とほぼ同じだ。
その為、俺はたらふくメシを食って、若干太る事にした。
「じゃ、俺は今から全時間帯ドリンクバーOKのカラオケ店で時間潰すけど……
彩莉は家に帰っとけな」
俺は、決戦の場へ彩莉を連れて行く気はなかった。
当然だ。
あんな危険人物へ、彩莉を近づけるワケにはいかない。
「ヤですっ。彩莉、置いてきぼりはもうヤですっ」
こんな時に自己主張してきたか……
ここはしっかり説経しておかんと。
「ダメ。彩莉ちゃんはお家に帰るの」
そんな俺より一瞬早く、御子柴が諭す。
甘甘な口調で。
コイツ、子育て出来そうにないな……
「でも、お二人が彩莉の為に大変な目に遭うかもしれないのに、彩莉だけ……」
「自分の為だ」
ズイッと、俺はしゃがみ込んだ後、彩莉に顔を寄せた。
「言ったろ。俺は優しいんだよ。だから、優しい俺を保つ為に、俺は動いてる。
彩莉の為ってだけじゃない」
「で、でもっ」
「ロリロリには、別の役割を担って貰ったらどうかな?」
突如、戌井がそんな提案を投げかけてきた。
「例えば、自宅待機しながら、万が一の際には頭の中で地図を広げて貰って、
逃げやすそうなルートを携帯で教えて貰う、とか」
「それ、頂き。彩莉、出来るか? スゲー大事なコトだけど。最後の砦みたいな」
「できますっ!」
役割を与えられた彩莉は、嬉しそうにビシッと敬礼っぽい仕草を見せた。
なんとか、これで決着。
御子柴は自宅へと入り、その後俺は彩莉を例の施設の前まで送った。
「さて……」
後は、俺が太るだけか。
別に戌井を連れて行く理由もないんだけど、何があるかわからない状況。
人数は大いに越した事はない。
ただ、気になるコトが一つ。
それを確かめに、俺は一度御子柴の家の前に戻り、そこで待っていた
戌井に視線を向けた。
「お前、自分が勝者になりたい、とは思ってないのか?」
「……」
俺の問いに、戌井は答えない。
意外だった。
コイツの性格上、直ぐに答えるとばかり思ってたが――――
「……正直に言うと、最初から興味なかったんだよね。この能力を消すコトには」
「何?」
暫くして返ってきたのは、更に意外な返答。
だったら、最初から降りれば良かった筈だ。
別にOHM-Gの参加者じゃなくても、彩莉や他の連中に近付くコトは出来たんだし。
「ボクは元々、この能力をつかって、占い師をしていたんだ」
「占い師ぃ? 詐欺師じゃねーか」
「その偏見は、世の中の真面目に商売してる占い師に失礼だけど、敢えて流すとして……
ボクの場合は、確かに詐欺かもね。占いに来たお客サマをじーっと眺めて、
情報をスキャンして、それを元に『アナタはこんな悩みを抱えてますね?』って言えば
成立するんだから」
それは、まさしく天職。
その為の能力って感じだ。
「だったらお前、大金持ちなんじゃねーか? メチャクチャ評判になってるだろ」
「ところが、そうでもない。何故かって言うと、ボクは一日30分程度しか働いてないから」
「30分……? なんだそりゃ」
「厳密に言えば、一日一人を占う。だから、平均30分ってトコだね。理由は単純。
それ以上は、ボクの自律神経がもたない」
それは、俺の予想の中には一切ない理由だった。
「いつもね、フワフワしてるのさ。ボクはね。視界が、って言うか、意識かな?
現実味がないっていうか、夢の中みたいっていうか。フワフワしてるんだよ。
そして、やたら首や背中が凝る。頭が痛くて仕方ない。ずっと、そんな状況なのさ。
自律神経失調とでもいうのかな?」
「……お前が?」
「そう、ボクが。この能力を身に付けてからずっとね。神経が、壊れてるんだよ」
それが、能力の副作用なのか、能力を身に付けたコトによる精神的負担の所為なのか――――
少なくとも、俺にはわからなかった。
「そんなだから、マトモに会話できるのは、一人が限界。その時点で全精力を
使い果たすカンジなのさ」
「とても、そうは見えないんだけど……」
「今もフワフワしてるよ。気持ち悪い。吐きそうさ。慣れてるけどね。
それに、それでもキミはとても接しやすい方だ。って言うか、同年代ではダントツ、
圧倒的だね。ここまで会話を続けられるのは、キミくらいしかいない」
光栄――――とは、とても思えないが。
「同年代……って事は」
「ご想像の通り。年下相手だと、かなり軽減するのさ。特に、幼女はね。
か弱い存在だから、どうにか精神的優位性が勝ってくれる。占いに来るのは
殆どが年輩の女性だけど、稀に女の子が興味本意で覗いてくる。その時に悟ったのさ。
ボクには、彼女達しかいない、ってね」
物言いはかなり変態チックだが、言わんとしてる事はわかった。
ロリコンなのは間違いない。
ただ、そのロリコンは、本当の意味でのロリータ・コンプレックスとは異なっている。
恋愛じゃなく、自分を唯一苦しめない存在だからこそ、愛でる。
だからこそ、見ているだけで満足なんだろう。
嘘の可能性はある。
でも、俺はこの男の言葉を信じた。
根拠は……行動。
結構、罵ったりもしてきたが、実際に示してきたコイツの行動は、確かに
彩莉に大して常に誠実だった。
勿論、だからといって彩莉の前で野放しにする気はサラサラないが。
「そう言うワケだから、ボクは最初から、能力を消す気はない。ただ……」
「ただ?」
そこで言葉を止めた戌井は、今にも暗くなりそうな空を一瞬眺め、
直ぐに視線を落とした。
「ボクを受け入れてくれる誰かが欲しかったんだ」
それは――――『沙者』である自分を、そして精神的な疾患を持つ自分を
全てわかった上で、接してくれる人間、と言う事なんだろう。
同じ能力者で、且つ自分の負担を限りなく和らげてくれる存在。
適合者は、彩莉しかいない。
「キミと、もう一人の女性……御子柴嬢が保護者代わりで、ロリロリから
ボクを遠ざけようとする。でもボクは、そんな中で少しだけ苦労して、
ロリロリと偶に会話をする。それで十分さ。それだけで、ボクは満たされる。
それを許してくれないかい?」
そんな、静かな悲痛の叫びに対し、俺は頷かずに首肯した。
それから6時間後。
俺と御子柴、戌井の3人は、いくつかの準備を経て――――現場へと跳んだ。
そこは、誘拐現場として良く刑事ドラマ辺りのロケで使われそうな、
そんな場所だった。
街の外れにある、工場跡。
広大な倉庫の中には、使われなくなって久しいサビた機械や、
何が入ってるのかわからないドラム缶が乱雑に転がっている。
そんな、退廃的な雰囲気漂うその倉庫内に――――彼はいた。
「き、君達は……」
突然現れた俺等三人に、両手両足を縛られた辰尾氏は、驚きを隠せずにいる。
一方――――そんな人質の傍で、木箱の山の頂上で腰掛けていた
未至磨巌は、ゆっくりと口の端を釣り上げていた。
「やっとお出ましか。待ってたぜ、テレポート野郎」
「流石に、気付いてたか」
「ったりめーだろ。目の前で消えるなんざ、それ以外何がある?」
異能力者同士。
その発想は当然だ。
つまり――――わかってて、ヤツはここにいた。
警戒なのか、俺等をおびき寄せる為の罠なのか。
今となっては、そんな事はどうでも良い。
こっちに他の選択肢はないんだから。
俺は『視線を落とし』、『確認をした』後、改めて『意思を持った』。
「さぁて。これで邪魔なヤツは揃ったな。特にテメェ。俺を出し抜きやがった
テメェはとっとと始末しねぇと、俺の気が晴れねぇからよ。覚悟しな」
「……」
どうやら、後者だったらしい。
随分と高く買ってくれてるようで。
なら――――
「他の連中はいないのか?」
俺の言葉に耳を傾ける筈。
案の定、その問い掛けに対し、未至磨は無視する事はしなかった。
「いねぇよ。人質の見張りなんて、一人で十分だしな」
「そうか? お前の言う通り、俺はテレポートを使う。今ここで、理事長を
連れて逃げるくらい、訳ないぞ?」
「ヘッ……フフッハハハハ!」
奇妙な笑い声。
歪んだ口で、未至磨は高笑いを始めた。
「テメェはアホか? 素人相手ならそのハッタリも通用するだろうけどよ、
俺は『沙者』だぜ? 能力に制限があるコトくらい知ってんだよ。
テレポートみてぇな反則技、ホイホイ使えっかよ。だったらこの前、
あんなに粘ってねーでとっとと逃げてたに決まってんだろ、ボケ。
大方、時限式ってトコだろ」
――――やっぱりコイツ、ただの暴力バカじゃない。
あの一度の接点で、そこまで予想できるのか。
正解じゃないとは言え、かなり鋭い。
俺は『チラッと視線を落としながら』、冷や汗を拭った。
「だから、今から俺が有無を言わさず殴りかかれば、テメェ等は漏れなくアウト。
怖ぇだろ? 俺の拳は鉄だろうが板ガラスだろうが、余裕で砕くぜ。
全員漏れなく退場させてやっから、そこで待ってな」
手をワキワキさせながら、未至磨が降りてくる。
俺は、そんなバイオレンスな男に対し――――
「乗っ取りたいんだって? 『クローズ』を」
核心に触れる。
当然、無視できる筈もない。
人間は誰だって、野心に火をくべると、燃え上がる。
「……あぁ、そっちの変態野郎のリークか」
案の定、未至磨は乗ってきた。
「乗っ取る為に、このゲームに参加したのか?」
「たりめーだ。1億稼げ? バカじゃねーの。意味不なコトにつきあってられっかよ。
大体、この能力を消すって時点でワケわかんねーっつうの。俺等は選ばれたんだぜ?
神サマか、そんな感じのヤツに。それを自分で棄てるとか、ワケわかんねー。
わかんねーな!」
狂ったように笑い出すその姿に、人間味は感じられない。
能力に酔っている。
そんな感じだ。
「俺はこの力で世界を捻ってやんだよ。まだ足りねぇ。範囲が足りねぇんだよ。
この能力を使える範囲を広げりゃ、核ミサイルだって防げるハズだからな。
スゲェだろ? この世を蹂躙した気分になれるぜ。その為に、テメェ等は邪魔なんだよ」
「邪魔じゃない、としたら?」
「……あ?」
俺はなるべく声を研磨し、鋭い音を突きつける。
「ここにいる三人は、能力を消す気はないって事。アンタが俺達を潰しても
無意味なんだよ」
「ハッ」
未至磨はそれを、鼻で笑った。
「ンな事、知ったこっちゃねーよ。どっちでも良いんだよ、俺にとってはな」
聞く耳持たず。
最初から、こっちの事情に関係なく、俺等を退場させる気だ。
狂気に満ちた目が、そう言っている。
くそっ……まだか?
まだ……
「無駄話はココまでだ。狩るぜ」
俺が『視線を落とす』中、グルリと未至磨が腕を回す。
その時――――ふと、感じた。
言動と行動が一致していない、と。
牙を剥き、今にも襲いかかって来そうな顔と言葉とは裏腹に、
中々こっちにやって来ない。
まさか……
「隠れてるね。二人」
そんな俺の頭の中と同調するかのように――――戌井が言い放つ。
ようやくスキャンが終わったか。
101秒って、意外と長いんだな。
時間を稼げって言われた時点では、軽い気持ちで引き受けたんだけど。
「思った以上に、彼はキミのテレポートを警戒してるね。だから、逃がさないように
注意を惹き付けて、隠れてる二人に襲わせるつもりだ。ああ見えて、抜け目ないね」
そんな戌井の言葉は、未至磨には聞こえてなかったハズだが――――
何かが瓦解した事を悟ったのか、一瞬で顔色を変えた。
「卯月、酉村! やれ!」
そして、その叫びと同時に、転がっているドラム缶のフタが二つ、開く。
俺等がそれに反応する頃には、既に二人が飛び出していた。
その手には、スタンガン――――
「お姉様!?」
「……!」
バチッ、と言う音が聞こえる中、その中の一つがピタッと動きを止める。
俺等『三人』の中の一人、『酉村咲誇』の声に反応して。
一方、もう一人の方は突っ込んでくる!
「戌井!」
「了〜解」
俺等に、瞬間的な危機を回避するスキルはない。
だが、戌井は既に、奇襲者の存在だけでなく、その潜んでいる場所も特定していた。
だから、そいつの特攻に大して足を掛けるくらいは――――容易い。
「うわっ!?」
想像もしないスライディングに、卯月と呼ばれたピアスの男は派手に転倒。
そんな中、俺は『視線を落とし』、コッソリとポケットに忍ばせていた
ストップウォッチを確認した。
これで、三度目の確認。
残すところ、あと――――20秒……!
「テメェ……そうか。心が読めるのか。何処まで読みやがった?」
一気に殴りかかって来られる事を懸念していたが、戌井の能力に警戒を
示した未至磨は、そんな事を問い掛ける。
助かった。
あと、10秒。
「生憎、人の心は読めないね。ボクはそこまで大胆不敵でも厚顔無恥でもない」
たっぷりと時間を使い、そう語る中――――
「ON!」
俺は大声で、そう叫んだ。
これは、合図。
その瞬間、戌井と酉村は駆け出した。
同時に、俺も走る。
目的地は――――辰尾氏。
俺は彼に向けて、思いっきり飛び込んだ。
更に、戌井と酉村がそれに続く。
「……!?」
この意味不明の行動には当然、困惑するハズ。
彼だけじゃなく、未至磨達も。
そこが狙いの一つでもあった。
「テメェ等、それは何の真似……」
その言葉が最後まで聞こえる事なく――――次の瞬間、俺に触れている全員が
姿を消した。
秒速7mで、5分間。
距離にして2.1km
あの倉庫から、丁度それだけ離れた場所にあるスポット――――
無人のガソリンスタンドに、俺等はいた。
時間帯的に、人がいる事はあり得ない。
それでも、周囲に人がいない事を確認した後、俺は安堵の息を吐いた。
『上納川工場跡地』
『あおやぎ給油所』
数々の事前準備の中の一つとして、用意していた二枚の紙に
それぞれ書いていた建物の名称。
その内の一つ、『上納川工場跡地』と言うのは、辰尾氏が拉致された場所だった。
そこへまず予約移動を行い、跳ぶ。
その直ぐ後、もう一枚の方、『あおやぎ給油所』と書いた紙に『視線を落とし』、
『確認をした』後、改めて予約移動を行う『意思を持った』。
その時点で、再び予約開始。
その後、未至磨と対峙しながら時間を稼ぎ、同時に何度かポケットに
視線を落として、そこに入れていたストップウォッチで時間を確認しながら、
機会を窺い、5分後、ここへと跳んだ。
以上が――――ここに俺等が今いる理由。
5分ってのは賭だったけど、連中が思った以上に俺を警戒してたお陰で上手く行った。
「テレポート……本当にこのような能力が実現するなんて……」
そして、酉村はもう何度か試したにも拘らず、俺の予約移動に感動していた。
就寝している酉村を山王堂氏に起こして貰い、真夜中に来て貰ったのは、
言うまでもなく『姉対策』。
突然妹がいれば、そりゃビックリするだろう。
これもピタリとハマってくれたな……って。
……あれ?
今、感動してる酉村の声、なんかちょっと違ってなかったか?
「お、おい、酉村」
思わず声をかけると――――
「はい?」
「何か用?」
そこには、酉村が二人いた。
って言うか――――
「何で姉の方が付いて来てんだよ!?」
思わず後ずさる俺に、酉村(妹)は首を傾げ、酉村(姉)は薄く微笑む。
一体、なんでこんな事に……
「私はただ、お姉様が『葉月』様だったので、お手を取って……」
「葉月?」
「彼女の人格の一つさ」
訝しがる俺に対し、戌井が細くする。
【人格増殖】……か。
「最も野心的で、最も行動的。でも、視力が著しく悪く、レンズでも矯正不可能……
だったかな?」
「そうよ。だから私は奇襲には向いてないって言うのに、皆やりたがらないんですもの。
だから、仕方なく……」
「いや、そう言う事を聞いてるんじゃなくて……あー、もう!」
最悪だ!
まさか、敵の一人を連れてくるなんて……居場所丸わかりじゃねーか!
しかも、酉村の身内とあっちゃ、非道な扱いも出来ない。
する気もないけど。
「安心して。連中にココを知らせたりはしないから」
そんな悶える俺に、酉村(姉)は妙に色っぽい声で、そんな信じ難い事を告げてきた。
「私は別に良いんだけど、他の子達が煩くてね……人格増やしすぎるのも、考えものね」
「いや、その辺の感覚は全くわからないから、なんて返して良いかもわからないんだけど」
「取り敢えず、妹がお世話になってるわね。貴方が亥野本君なんでしょ?」
突然苗字を呼ばれた俺は、思わずゾクッとする身体を引き、身構える。
免疫のないタイプの女性だ。
正直、苦手。
「まさか、あの集いの中にいた男の子が、妹と知り合いだったなんてね……
この子を連れてきたのは、私の弱味になると判断したからよね?」
「……まあ」
「フフ、賢い子は好きよ」
そんな事を言われても、どうすればいいのやら。
「さて、と。いつまでもこんな所にいても仕方ないわね。咲誇ちゃん、
山王堂に連絡を。直ぐに迎えに来させて」
「わかりましたわ、お姉様」
すっかり主導権を握られた俺は、そのやり取りを暫し呆然としながら眺めていた。
さて……困ったな。
ここにいる戌井、そして今助けた辰尾氏に関しては兎も角、この酉村(姉)は
どう扱って良いのかわからん。
と言うか、彼女の行動が読めない。
俺の予約移動に乗っかったのは、酉村(妹)と手を繋いでいた為……なんだろう。
偶然か必然かはわからんけど。
それは良いとして、この人は一体、どう言う野心を抱いてるのか、良くわからない。
能力自体も、イマイチ良くわからんし。
人格を増やす能力って、要るのか要らないのかもわかんない。
厄介な人を抱え込んでしまった。
《プルルルルルル プルルルルル》
電話……って、俺か。
掛けてきたのは……御子柴。
状況確認の電話だな。
「もしもし?」
そんな俺の予想とは裏腹に――――
「どうしよう!? ねえ、どうすればいいのよ!?」
御子柴はのっけから錯乱していた。
何なんだ……
「お、おい。どうしたんだよ。落ち着け。何があった?」
「落ち着けるワケないじゃない!」
明らかに、御子柴は我を忘れていた。
コイツが、ここまで取り乱すのは――――
「彩莉ちゃんが……彩莉ちゃんが」
そう。
それしか。
「彩莉ちゃんが……意識を失ったって」
それしか、なかった。
その場所は、推測通り『研究機関』だった。
建物の名前は、『BCL総合支援センター』。
正式名称は、『Brainchild総合支援センター』
Brainchildと言う単語には、『着想』や『新案』と言う意味がある。
これだけを見れば、単純に新商品、新技術の開発を行っている
研究施設――――と疑う事なく思うだろう。
でも、実際には違っていた。
『Brain』と『child』。
脳と子供。
そう。
ここは――――彩莉の為の施設だった。
彩莉の脳には、パソコンと同等のシステムが搭載されている。
それは、通常の人間の脳とは根本から異なる構造。
それを研究する為に、これだけの巨大な施設が用意されていた。
そして、その研究は、単純に『未知の物への探求』と言う意味合いがある。
異能力者の持つ能力って言うのは、当然ながらそう言った対象となり得るのだから。
彩莉は毎日、そこで研究対象として、過ごしていた。
同じ年代の子供が、携帯を弄ったり、テレビを肴に実のない雑談をしたり、
塾で好きでもない勉強に励んでいたりしている間、彩莉はずっと
自分の意図しない睡眠や起床を繰り返していた。
これだけを聞けば、非人道的な話だ。
だが、実際には全くの逆。
彼等、『Brainchild総合支援センター』の研究員は、好奇心の為だけに
彩莉を研究している訳じゃなかった。
勿論、それもあるだろう。
その研究成果を元に、何かしらぶちかまそうって言う野心も。
でも、それだけじゃない。
彼等は、彩莉を助けようとしていた。
今のままじゃ、彩莉は長くない。
これは、御子柴から既に聞いていた事。
この施設にいる研究チームは、そんな彩莉の状態を逐一チェックし、管理している。
そして、今は彩莉の命を奪おうとしているその能力を、除去しようとしている。
その為の研究をしている。
同じような研究施設を転々として、ようやく訪れた『可能性の住処』。
それが、ここ。
それが――――御子柴からの一報を聞き、この『Brainchild総合支援センター』へ
訪れて、俺が聞かされた一部始終だった。
そして。
そして、彩莉は今――――
「彩莉ちゃん……」
御子柴が手を握り締める中、すやすやと寝息を立てて眠っている。
人工的になのか、或いは俺等のように、生まれた時からある能力なのか。
彩莉はそのシステムを利用し、昏睡状態を脱したと言う過去がある。
そして再び、昏睡状態に戻ってしまっている。
依然、意識はない。
ただ、これから直ぐに命の危険がある、と言う訳ではないらしい。
とは言え、OHM-Gに参加して以降、彩莉の頭への過負荷は相当なものだったらしく、
それが今回ついに表面化した形となったそうだ。
当然、こんなコトが続けば、彩莉の寿命は縮んで行く。
本末転倒だ。
「……我々としては、反対だったんだよ。この子がOHM-Gに参加する事には」
センター長と言う役職、つまりこの施設で一番偉い人らしいその男性は、
疲れた様子でそう漏らしていた。
OHM-G参加は、彩莉の一存だったらしい。
って言うか、勝手に抜け出して、勝手に参加表明した……そうだ。
以前――――俺が修学旅行先で助けたあの時、既にあの連中と接触していた
彩莉は、『OHM-G』の事を知らされていた。
だから、自分の意思で行った。
そして、そこにはもう一つの事情がある。
「彼女には、能力除去の事は告げてなかった。彼女はずっと、研究対象として
色んな施設でいいようにされてきた。言っても、信じられる筈もない。
余計に心へ影を落とすだけだ。それが……裏目に出てしまった」
そう。
彩莉は知らなかった。
彼等研究員が、自分の能力を取り除いてくれる『助けてくれる人』である事に。
俺なんかよりずっと前に、出会ってたんだ。
「言えば良かったんです。そうすれば、彩莉は信じたかもしれないのに」
「後悔しているよ。だが、彼女は優しすぎる。だから余計に……ね」
その言葉も、わからなくはなかった。
確実に救えるのなら、『我々を信じて欲しい』の一言くらいは言えただろう。
今までの研究所とは、研究員とは違うと、胸を張って。
でも、確実に彩莉の命を救えると言う保障はない。
研究は未だ、志半ば。
言える筈もない。
そんな無責任な事を、この子に。
「……研究は、どの程度進んでるんです?」
俺の問いに、センター長の男性は、若干目を伏せた。
「お手上げ、と言う訳ではない。アプローチ手段が余りに膨大で、
一つ一つ潰している段階だ。だから、いつ『当たり』を引くか、わからない」
「そして、当たりがあるかもわからない……か」
「否定は出来ん。だが、それが研究だ」
開き直りとも取れる物言いだが、その声は震えていた。
寝てないのか、目の下には濃いクマが見える。
彼なりに、彩莉に対して思うところはあるらしい。
「ロリ……彩莉さんは、このままの状態なら、後どれくらい、もつ?」
ここに来てから、殆ど言葉を発していなかった戌井が、ポツリと尋ねる。
コイツにしてみれば、最も縁遠い、そして話し難い人種なんだろう。
自分の命綱とも言える女子の、その命綱を握る中年男性と言うのは。
「わからない、今すぐ、と言う事がないだけで、今後どうなるかは
全くわからない状態だ。何しろ、前例がない。研究者から前例を取り上げたら、
ただの物好きの集まりだ」
自嘲気味に、センター長の男性が苦笑する。
つまりは、いつ彩莉の許容範囲を負荷が超えるか、わからないと言う事。
それはある意味、命の危険を孕んだ不治の病と同じ事。
彩莉は――――ずっと、そんな現実と闘ってきたんだ。
俺等、同じ異能力者とは全く違う苦しみを背負って。
こんな小さな子が。
こんな、か弱い子が。
「……生命君、と言うのは君だね?」
改めて俺の名を告げるセンター長の顔は、さっきより幾分、締まっていた。
何かを決意したような、そんな顔。
「ええ、そうですけど」
「少し、時間を貰いたい。別室で話をしたいんだが、良いかな?」
「構いませんけど、どうしてここじゃダメなんですか?」
「君だけに話したい事だからだ」
答えになってはいない。
ないけど――――
「行ってこいよ。彩莉ちゃんは私が見てるから」
そんな御子柴の後押しと、沈痛な面持ちの戌井の小さな首肯を確認した後、
俺は彩莉の眠る部屋を出て、暫く廊下を歩いた後、一つの部屋に招かれた。
プレートなどもとくにない、待合室のような場所。
そこで、センター長の男性は、俺の方を見ずに、ポツリと――――
「『クローズ』と言う組織について、ある程度だが調べてみた」
そう、呟いた。
何処か口惜しげに。
その理由は、直ぐに判明する。
「もしも。万が一、本当にその組織が、彩莉を治してくれるのなら、
彼等に治して貰おう……と思ってね」
「それは……」
事実上の、敗北宣言。
さっきの発言とは裏腹に、それ程までに、状況は厳しいと言う事を意味する。
そして同時に、貴重なハズの研究対象を失ってでも、彩莉の命を救いたいと言う、
決死の思いの表れでもあった。
「だが、状況的に難しい事が判明した。それを踏まえた上で、君に判断を仰ぎたい」
「どうして、俺に?」
「君の事は、彩莉から聞いている。何度も、何度もね。耳に吸盤が生えそうなくらいに、な」
それは、余り面白くない冗談だったが、俺はなんとなく、小さく微笑んだ。
嬉しかったのかもしれない。
いや、嬉しかったんだろう。
「彩莉にとって、君は特別な存在だ。たかが数日、されど数日。時間の長さではない、
と言う事を痛感したよ。わかり合うと言う事は」
「……一度は、見捨てようとしたんですけどね」
「それがあの子の為だと言う事くらいは、あの子もわかっているよ。
だからこそ、君の意見なしには考えられない。これからする話は、そう言う話だ」
俺は、そんなセンター長の言葉に、ある種の覚悟を決めた。
その中身に対し、既にある程度の予感めいたものが浮かんでいるから。
だから、俺は――――そう決めた。
例え。
例え――――それが、人道的に間違っていたと、しても。
OHM-G。
表向きの意味は――――OneHundredMillion-Game。
能力除去の為の費用として、その24.8%となる1億円を稼ぐゲーム。
それを集めた者一名だけが、自分の持つ異能力を除去できる、そんなゲーム。
しかし、これはあくまでも表向き。
本当の意味は、別にある。
それは――――OutofHuman
Money-Gauge。
能力者(OutofHuman)の能力の金銭的価値(Money-Gauge)を測定し、
それを算出する為の調査。
つまり。
誰の能力が、最も効率よく金を得られるか。
誰の力が、いち早く金を生み出す事が出来るか。
OHM-Gとは、その為のもの。
そして、『クローズ』と言う組織は、その調査の為の集団だった。
Close(終値)。
彼等は、『沙者』の異能力で生み出せる金額の終値を分析し、導き出す為の機構。
『幾らの金を生み出せるか』と言う観点からランク付けを行っている組織だった。
彼等には、目的がある。
莫大な金銭を必要とする目的が。
それは――――
「異能力者のビジネス利用、そして世界進出……人道的とは言い難い」
クローズの一員であり、酉村咲誇の執事役。
そして、沙者。
そんな三つの顔を持つ山王堂純一郎は、代表、つまりは上司である筈の
不知火に対して、サングラスを着用したまま、ぶっきらぼうに告げた。
能力は、【腐食促進】。
通常、酸素や水がなければ成立しないイオン化、腐食を自身の身体の成分を
消費する事で、加速的に行えると言うもの。
これは対人においても有効で、人を簡単に老化させてしまう、恐ろしい能力。
山王堂は、それを消して貰う為に、クローズに属している。
そんな彼には、様々な役割が与えられていた。
調査員として、『沙者』の動向を監視する事。
特に、千里ヶ丘高等学校の理事長、辰尾勝利には、厳しいマークをしなくては
ならなかった。
その為、その学校の生徒の執事として、長らく仕えていた。
その姉の『沙者』に、協力を持ちかけて。
酉村衣は、スパイとして活動する上で、最高の能力を持っていた。
【人格増殖】。
それによって10もの人格を宿している彼女は、実に利便性に長けていた。
ある時は、異性受けする初心な女子。
ある時は、年配者受けする妖艶な女性。
あらゆる人格を駆使し、彼女は情報を得た。
『千里ヶ丘高等学校』理事長の、莫大な埋蔵金の。
それは、1,000万や2,000万どころか、10億とも20億とも言われるくらいの金額だと言う。
世界進出の為の、大きな資金源となる事は、間違いない。
酉村衣は、山王堂と言う唯一の理解者――――異能力に対する理解者の
言う事を忠実に守り、そして埋蔵金の情報を掴む事に成功した。
自身の身体を犠牲にして。
一つ、人格を増やさなければならないほどの苦痛を経て。
だが、真否は明らかとなったものの、中々その正確な隠し場所までは掴めないまま、
徒に時間だけが流れた。
そこで、思い立ったのが――――OHM-G。
元々、沙者の価値を推し測ると言うこの調査は、何度も行われていた。
当然、辰尾勝利に関しても。
当初は、彼の【精気変換】という能力の終値に興味があった。
だが、その後に判明した埋蔵金と言う『付加価値』が、方向性を変える。
能力とは違う所での価値だが、金は金。
その金を得る為、クローズはこれまでとは全く違う、『OneHundredMillion-Game』
と言う形式のOHM-Gを開催した。
このゲームは、辰尾勝利が圧倒的に有利なのは、明らか。
だから、他の沙者は誰もが、彼を狙う。
何しろ、異能力者。
クローズという組織が脅すのとは、次元が違う。
そしてそれを、同じ異能力者だからこそ、辰尾は過剰に恐れる。
命の危機に晒されれば、尻尾を出す。
そう踏んでいた。
だが、それでも辰尾は屈しなかった。
それどころか、彼に味方する別の沙者まで現れた。
予想外。
並行して、酉村衣の妹を上手くコントロールし、埋蔵金の在処を
捜させると言う、半ば余興に近い保険を掛けていたが、案の定上手く行かず。
結局は、ある意味で『オマケ』だった、『OneHundredMillion-Game』によって
誰かが持ってくるであろう1億円だけが、『クローズ』世界進出の足掛かりとなる
資金として期待できる、最後の金銭だった。
「当然でしょ? 人道を貫いて、私達に何の得があるの?
絞るだけ絞って、用がなくなれば、ゴミ箱に棄てる。それが、檸檬の
正しい使い方なんだから。そうでしょう? コウモリ野郎」
下品な声で、不知火はここにはない何かを嘲笑った。
彼女の故郷には、こんな文言がある。
『日本人1億人が全員、檸檬1個分のゴミを減らせば、総額で1億円の節約が可能となる』と。
1 of
100,000,000(沙者)。
それはつまり――――彼女にとって、不知火と名乗る女にとって、
檸檬のような存在だった。
無論、山王堂も、酉村衣も、その中の一人。
彼はある種の人質でもあった。
今となっては。
「さて、どの腐った檸檬が届けてくれるのかしら。私の明るい未来の餌になる1億円を」
クローズという組織は、異能力者がいてこそ成り立つ。
その希少性は言うまでもない。
日本だけでは、自ずと限界がある。
世界進出というのは、ある種の必須事項だった。
そして、世界中の沙者を吟味し、誰よりも金を稼ぐ事が出来る能力者を
見つけたその時、クローズの、不知火の野望は完成を見る。
ふと、山王堂の携帯が鳴る。
「もしもし……ああ、君か。了解。場所はわかってるな?」
それだけを話し、電話は切れた。
「1億、集まったそうだ」
「朗報ね。で、誰が?」
「本命だ。未至磨巌」
「あら、詰まらない」
そうは言いつつも、不知火の声は弾んでいた。
未至磨の目的は、既に調査済み。
クローズを乗っ取り、自身の能力を進化させる研究を行う。
浅はか。
そう不知火は笑い飛ばしていた。
何故なら――――
「――――不知火には元々、能力を消し去るつもりなんてないのよ。
嘘で塗り固められた人間。だから、『不知火』なんて名乗ってるの。
クローズって組織は、沙者を食い物にする、誘蛾灯みたいなものよ」
不知火とは、蜃気楼の一種。
つまり、幻のようなもの。
そんな酉村(姉)の話を、俺は嘆息混じりに聞いていた。
この『BCL総合支援センター』に足を踏み入れて、早2週間が経過。
彩莉は――――未だ目覚めない。
命に別状はない、と言うセンター長の見解は、今も変わらず。
実際、その姿は健康な人間の睡眠そのもの。
それなのに、目を覚まさない。
その事実が、逆に怖かった。
もしかしてこのまま、一生目を覚まさないんじゃ――――
そんなネガティブな方にばかり、考えが傾いてしまう。
「って……聞いてる?」
「あ、すいません。聞いてます」
それを打ち消したくて、俺は毎日、彩莉の見舞いに来ていた。
俺がここに来たところで、何が変わるでもないけど。
御子柴も、毎日欠かさずここで夕方まで過ごしている。
そして今日は、酉村姉妹も。
意外なのは、姉の方。
未至磨と組んでた筈だが、そっちへ戻るつもりはないのか、
こうして俺等に色々な情報を語ってくれる。
自分が、クローズのスパイだった、って事も。
今となっては、どうでも良い事ではあるけど。
……そう。
今となっては、クローズやOHM-Gの事は、どうでも良い。
今から、13日前の事。
俺等は正式に、連中に棄権する旨を伝えていた。
彩莉が倒れた翌日だ。
「全く……折角色々種明かししてるのに。そんなに興味ない?」
「もう過去の事ですから」
ちなみに――――その棄権の中には、彩莉も含まれている。
何故なら。
「って言うか、前にもう聞いてたんですよね。それ」
「あら、そうだったの? よく調べられたわね」
「まあ、調べたって言うよりは……」
戌井の能力【情報透視】。
アイツは、OHM-Gの件を告げられたあの日――――不知火って言う
クローズ代表者の情報をスキャンしていた。
何故、それが可能だったか。
と言うか、それをクローズの連中が許したのか。
その説明は、中々ソリッドなものだった。
「彼等には、こう説明したのさ。101秒、対象者を『水晶に映して見る』事が
スキャンの条件ってね」
それは、戌井が占い師として生計を立てていた事を探られていると言う事を
前提にした、嘘。
占いをしていると言う裏を取っている以上、この説明を疑う事はまずない。
あの初日の段階で、連中を手玉に取っていた、と言う事になる。
敵にしなくて良かったよ、ホント……
「だったら、棄権して正解ね。連中に付き合っても、貴方達の得になる事は
なにもないから」
「はあ……って言うか、どうして俺等の味方みたいになってんですか?
貴女、クローズ側の人でしょ?」
「ええ。でも、事情が変わったの。貴方たちが妹のお友達って言うのも、
理由の一つかしら?」
「お姉様……」
姉を尊敬しているらしい酉村(妹)は、えらく感動していた。
肉親の愛情って、良いなあ……なんて、ガラにもない事を思ってしまう。
「こんにちは」
そんな俺の耳に、中年男性の疲れ切った挨拶が届く。
振り向くと、そこには――――辰尾氏がいた。
入院中拉致されて色々大変だったこの人、仕事があるからって理由で
一週間で強引に退院したらしい。
「巳年後くんは、まだ……?」
その辰尾氏の言葉に、全員で首を横に振る。
「そうか……」
落胆した様子で、辰尾氏は呟いた。
彩莉と彼との接点は、殆どない。
それでも、ここまで感情を露わにするのには、相応の理由がある。
と言うのも――――彼は、この『BCL総合支援センター』の出資者となった。
これは、俺の功績。
と言っても、半ば脅しのようなものだった。
あの日――――彩莉が倒れた日のこと。
俺だけを呼んだセンター長の話した内容は、やはり予想通りだった。
「研究資金が、厳しい状況になっている。だから1億円も調達できないし、
それどころか研究の継続も困難だ」
無理もない。
成果のないまま、何年も研究を続けていれば、この不況下では当然そうなる。
誰でも予想できる事だ。
クローズに頼る事も視野に入れたのは、そう言う理由だ。
ない袖は振れない。
こんなでっかい施設でも、そうだ。
スポンサーになりそうな新しい企業も、とても見つからないだろう。
その事を宣告される形となった俺は、資金繰りとして、辰尾氏にコンタクトを取った。
彼の父親の遺産を目当てに。
そして、命を救った――――と言う恩を着せる事で、それは実現した。
きっと、これは恥ずかしい行為なんだろう。
それで彩莉の命が繋がるのなら、恥くらい幾らでも塗ってやるさ。
そんな訳で、彩莉が目覚める事は、彼にとっても他人事じゃない。
彼女が目覚めなければ、この施設に出資する意味は全くないんだから。
「亥野本君」
突然、辰尾氏が俺に声をかけてくる。
通ってる学校の理事長に名前を呼ばれるのは、少し妙な気分だ。
「私はこの子と殆ど面識はないが……この寝顔を見ていると、無条件で
この子が良い子だと言う事がわかる」
理事長とは言え、広い意味では教職。
子供を見る目は確かみたいだ。
「だから、出資とは関係なく、この子には目を覚まして欲しいと思っているよ」
「本人に伝えますよ。喜ぶと思います」
「出来れば……ウチの学校に来て欲しいものだ」
その顔は、まるで自分の子――――或いは孫を見るような、そんな目だった。
それから――――
時は徒に流れていく。
俺は毎日、彩莉の眠る部屋を訪れ続けた。
晴れの日も。
雨の日も。
そうして、何度も一日を重ねて行くものの、彩莉は一向に目を覚まさない。
その積み重ねる日々の中で、色んな話を聞いた。
未至磨が、1億円を集め、OHM-Gの勝者となった事。
卯月とか言う、理事長に毒を盛ったピアスの男が、そんな未至磨にアッサリ
裏切られ、重傷を負って病院送りにされた事。
そして、その未至磨も、クローズに騙されていた事を知り、発狂気味に
暴れ回った挙げ句、器物損壊その他で逮捕された事。
その後、拘留所をブチ破って脱獄した事。
若干の懸念はあったが、俺等の所へは来ていない。
恐らく、クローズの連中に復讐するつもりなんだろう。
当然、連中はもう、あの小学校にはいない。
気付けば、俺等を散々振り回していた連中は、漏れなく俺等の前から消えていた。
「おお、今日もおられましたか」
彩莉の傍で、宿題を片付けていた俺に、入室した山王堂が話しかけてくる。
この人も、結構頻繁にここを訪れてくれる。
今日は、花なんて持って。
中央が黄色い、蓮花っぽい形の花だった。
「御子柴様も」
「……ん」
気怠そうに、俺と遠く離れた所で座っている御子柴が、一応返事をする。
相変わらず、この女とは反りが合わない。
尤もそれ以前に、彩莉がこの状態になって以降、全く元気がない。
俺も人の事は言えないが……
「御嬢様は補講で遅くなるとの事です」
「それなら、学校で待ってれば良かったのに」
「面倒故」
とんだ執事だった。
「では、自分はこの辺で」
「もう? えらく早いですね」
「余り迷惑は掛けられませぬので。では……また」
そう告げ、山王堂は部屋を出て行く。
花瓶に、持ってきた花『アスター』を一輪、添えて。
彼を見かけたのは――――これが最後だった。
更に、時は流れ。
彩莉の部屋を訪れる人も、少なくなっていった。
元々接点の薄い酉村姉妹は勿論、戌井も姿を見せなくなった。
アイツにとっては、今の彩莉を見るのが辛いんだろうと思う。
……気付けば俺は、あの変態の肩を持つようになっていた。
何かヤだなあ。
別の標的となる少女を見つけた、って方が収まりいいんだけど。
他人の過去話なんて、聞くもんじゃないな。
「……」
そんな教訓もあってか、俺は御子柴と殆ど会話していない。
お互い、深入りしたくないってのは、あったと思う。
ただ、それでも御子柴は毎日ここに来ていた。
居辛いだろうに。
そこまで――――彩莉の事を大事に思ってるのか。
人間、言葉でなら、幾らでも繕える。
俺等はそれを、誰よりも知っている。
言葉は聞こえないから。
俺等には、聞こえないから。
だからこそ。
睡魔が襲う中、俺は頭の中で、沢山の言葉を紡いだ。
彩莉。
今、お前の頭の中のパソコン、電源落としてるか?
それとも、実は付けてるか?
付けてるんなら、聞こえなくてもいいから、センサーかなんかで感知しろ。
俺はな、もう決めたぞ。
お前が起きるまで、ずっと起こしに来てやる。
お前が目覚めるまで、無言の圧力をかけ続けてやる。
学校を卒業して、仕事に就いても。
合コンに誘われても断って、上司に呑みに行こうと連行されても、抜け出して。
毎日、お前の所に来てやるからな。
泣いてもダメだぞ。
俺はもう、決めたんだから。
原因はお前だ。
お前が俺に、ひっつき回って来るから、こんな事になる。
自業自得だ。
諦めろ。
そもそも、俺はお前に言わなきゃ行けない事が、山ほどあるんだ。
お前、純粋無垢なフリして、結構根暗だったんだってな。
周囲は敵ばっかって、そんな風に思ってたんだって?
違げーよ、バカ。
この施設にいる人達、みんなお前のファンじゃねーか。
お前を助けたくて、寝る間も惜しんでるんだぞ、オイ。
助けてくれた人は、俺だけ?
寝言言ってんじゃねえ。
お前は見えないトコで、色んな人に支えられるんだよ。
俺等はさ。
俺等みたいな、普通とは違う人間は、そういうトコあんだよ。
壁作って、予防線張って、これでもかって武装しないと、
傷だらけになんだよ。
それはわかってる。
俺もそうだ。
御子柴は多分、俺よりヒドイ。
でも、俺等は傷の嘗め合いなんてしてねーぞ。
そんな傷なんて、とっととカサブタにすりゃいいんだ。
こそばゆいくらい、我慢しろ。
俺だって我慢するからさ。
だから――――だからさ、彩莉。
一緒に怪我、しようぜ。
この世知辛い世の中でさ。
何回もコケて、痛い思いしながらさ。
一緒に、歩いたり、走ったり、笑ったりしようぜ。
その為に、まずは起床だ。
大分寝過ごしてっから、目脂取らないとな。
その後、頭の中にある、変なのをどうにかして貰って。
そんで、お前が思春期になって、俺みたいなのが周りにいるのを
ちょっと鬱陶しく思ったりするまで。
その時までは――――
「……あ」
まどろみの中。
遠くに――――そんな御子柴の声が、聞こえた気がした。
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