【予約移動】って能力は、どうにも微妙に使い勝手が良くない。
 自分が思った瞬間にテレポート出来るのなら、色んな応用が利く。
 でも、俺の能力は、そんな気の利いたものじゃなかった。
 わざわざ予約を入れないと行けない。
 旅行に行くんじゃねーんだから。

「よーし、それじゃ今日はここまで。あんまり遊び呆けるんじゃないぞー」

 担任のそんな声が聞こえてくる中、俺はペンを走らせたノートを仕舞い、
 少し渇いた喉を潤すでもなく、大きく背伸びをした。
 これで、今学期はおしまい。
 明日より、待望の春休みに突入する。
 ま……春休みって言っても、特別なイベントなんて特にないんだけど。

「締まりのない顔だなー」

 背伸びついでに欠伸をしていた俺の背後から、蹴りでもくれるような声で
 そんな事を言ってくるヤツは、このクラスに一人しかいない。
 御子柴心。
 転校して来てから、結構長い間経ったけど、俺に対して馴れ馴れしい言葉を
 投げかけるクラスメートってのも、やっぱりコイツしかない。
 ま、転校生の現実なんて、そんなモンだ。

「うるっせーな。折角のリラックスタイムを邪魔すんな」
「はいはい。で、今日はどうすんの?」
「部活か?」

 俺の言葉に、御子柴は大きく頷く。
 所属、『図が工作部』。
 そのプロフィールは、今のところ変更予定はない。
 執事役がいなくなった後も、酉村(妹)は相変わらず楽しそうに
 校内の様々な事件に対して、積極的に謎化している。
 謎なんて、めったな事では出てこないのに。
 こう言うのを、マッチポンプって言うんだろう。
 ま、煙も出ないような火種だけど。

「今日はパス。用事があんだよ。酉村にもそう言っといて」
「嫌に決まってんだろ。大体、お前がいないで二人だけだと、あの御嬢様、
 私に無茶ブリばっかりしてくんだぞ? 責任取れよ」
「知らねーよ。女子同士仲良くしろ。こっちは外せない用事があるんだから」
「ちょっ……おい! 用事ってなんだよ!」

 ガーッと火を吐くように尋ねてくる御子柴を尻目に、俺は鞄を手に取り、
 それを肩に担ぐようにして、教室を後にした。

「デートだよ。もう予約してんだ」
「……はぁ?」

 そんな声をシカトして、廊下を突っ走った3分後――――俺は、屋上前の踊り場から、
 人気のない寂れた商店街と『跳んだ』。
 次の瞬間、目の前にはペットショップ【鈴の音】が現れる。
 そこは、待ち合わせ場所。
 待ち人は、まだ……来てない。
 その確認の最中、メールが届く。

《お友達を連れて行ってもいいですか?》
 
 デートだって言うのに、なんて気の利かない友達だ。
 俺は憤慨しつつ、返信ボタンを押す。
 さて、今日はどうしようか。
 良く当たるって噂の、占いの館にでも行くか。
『あの約束』もある事だし。

「生……命……さーん!」 

 息を切らしながら、待ち人来たる。
 一方の友達は、特に息を乱す事なく、平然としていた。

「おせーぞ。罰金1億な」
「そそそ、そんな殺生なっ」
「どこで覚えるんだ、そんな言葉……」
「施設の人の中に、時代劇が好きな人がいるんです、えへへ」

 とても楽しげに、そんな報告をくれる。
 そんな小さな日常が、どうしてこうも愛おしいのか。

「それじゃ、出発進行!」
「いや、もう着いてるし」
「あっ、ここでしたーっ」

 テンションが高いのは、反動なのか、それとも天然なのか。
 どっちでも良いけど、もう少し抑えて欲しい。
 そんな、ちょっとしたハラハラな気持ちもまた、日常の一部。
 とっくに受け入れている。
 だから、惑う事なく、俺はその小さな手を取る。

「ほら、行くぞ」
「はいっ! 行こっ、ピッピ!」
「ぴゆゆゆゆ」

 そして、同じ歩幅で、俺達は目の前のペットショップへと向かい、歩を進めた。

「あ……そう言えば」
「?」

 そこでふと、気付く。
 忘れていた事。
 日常には欠かすコトの出来ない、とても重要な事。
 それは、挨拶。

「おはよう、彩莉」

 当然、キョトンとすると思ってたけど―――― 

「おはようございますっ! 生命さん!」

 生意気にも、直ぐにそう返してきた。
 

 

 予約した未来は、いつも退屈だった。
 俺はただ、何の苦労もなく、そこへと向かうだけだったから。
 それじゃ、一切予約なんてしない、今の未来は?
 そこにはやっぱり、特別なモノは何にも転がってはしなかった。
 それなのに、心は弾む。
 大した事もない、下らないやり取りとか、出来事に。
 普通ってのは、こう言う事なんだろう。
 そんな、憧れた日常を折り重ね。


 俺等は今日も、今に存在る。











                                           
Sorry to bother you.





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