『ラストストーリー』はRPGとしては比較的オーソドックスなスタイルのゲームで、
世界の平和を護る為にプレイヤー扮する主人公とその仲間達が、世界中を旅しながら
敵を討ったり、謎を解いたり、アイテムを収集したりして、最終的に敵の大将を倒す――――
と言う流れで話が進んでいく冒険活劇だ。
演出やシナリオに奇をてらう事は少なく、初心者から上級者まで楽しめるよう
細部に渡って丁寧な作りを心がけた事が高評価に繋がり、晴れてシリーズ化。
現在に至るまで4つの作品が製作されている。
世界観はこれまた正統的な仕様で、どの作品も所謂『剣と魔法の世界』をモチーフにした、
ファンタジー要素の強い世界が舞台となっている。
その正統派な世界感もまた広く受け入れられた理由の一つで、現在は市場を牽引する
ビッグタイトルと言っても過言ではなく、2以降は毎回ミリオンセラーを達成している。
だがその好調な売れ行きとは裏腹に、近年の作品は以前ほどの評価は得られていない。
シリーズ化するほどの人気を得たタイトルはそれだけ期待も大きくなり、ハードルが
高くなる傾向にあるので、評価が頭打ちしてしまうのは致し方ない現象なのだが、
それを懸念した製作スタッフが4の時点で大胆な方向転換を行った事が更に賛否を
大きく分ける原因となった。
(グラフィック重視、有名原画家の起用、ボイスの追加、システムの簡易化、
アニメーションの導入……)
明らかにこれまでとは違う層を意識したラストリIV(略称)は、ユーザーの間で
大論争を引き起こした。インターネットの普及、匿名掲示板の影響によるマナー意識の
低下もあって、それまでは余り表に出る事のなかった負の意見が一気に表面化し、
流され易い現代の風潮も曖昧ってこの作品を『駄作』だと認識するプレイヤーが膨大に増えた。
そう言った背景もあり、昨日発売されたシリーズ最新作『ラストストーリーV 〜終焉の核果〜』は
様々な意味で注目されるタイトルとなった。
冬はラストリIVを駄作とは思っていない。シナリオは低年齢層を意識しつつも媚びてはおらず、
地に足の付いていない支離滅裂なキャラも存在しない。全体のゲームバランスも秀逸で、
サクサクとは進めないがストレスを感じるほどの足踏みもなく、爽快感とカタルシスを
程よく味わえたこの作品には良作と呼んでも良いくらいの評価はしている。
その一方で、方向転換に関しては遺憾に思う部分も多く、
結局の所『良作ではあったが懸念も大いに含まれた問題作』と言うのが最終的な評価だった。
(その懸念が現実となったか杞憂に終わったか、ついに昨日判明する……筈だった)
しかし、冬は買ったばかりのラストリVに未だ手を付けていなかった。
気分がどうしても乗らなかったのだ。原因は――――昨日ぶつかった同級生の女子だ。
彼女が落とした物は、間違いなく遊凪で買った商品だ。
そして、そのサイズから推測されるのは、日本で最も普及している家庭用据え置きゲーム機
『ユートピア』のゲームソフト。どのタイトルかまでは確定できないものの、可能性としては
昨日発売したゲームソフトの中で圧倒的なシェアを誇るであろうラストリVが最も高い。
勿論そうじゃない可能性もあるし、弟や恋人に頼まれて回収しに行ったと言う可能性だってある。
(けど、俺より先に買いに行ってるくらいだからな……)
同じクラスという事は当然スタートは同じ。にも拘らずかなり急ぎ足で向かった冬よりも
早く着いていた。
しかも徒歩。
冬と同等以上の必死さで買いに向かったと言う結論が最も妥当と言えるだろう。
(名前は覚えていないし、話もした事ないけど)
冬はぶつかった女性の顔を思い浮かべた。
やや大人びた顔立ちの中にもあどけなさの残るその顔は、世間一般的には美人の部類に
入れられるだろう。一度見たら忘れる事のない顔だ。
だからどうと言う訳でもないのだが――――そんな事を考えている内にゲームをするような
精神状態ではなくなってしまい、気が付けば就寝時間。マニュアルすら読まないまま一日が過ぎた。
翌日。
通常であれば既にゲーム内の世界観を体験し、強化された空想が様々な角度で物語を
肉付けしている筈の冬の頭の中は、何となくもやもやした感じのまま家を出る事になった。
6月の空気はねっとりと湿って不快指数が平均的に高いのだが、この日は特に高い。
外は梅雨前線の影響もあってかどんよりと曇っており、午後からは雨が降り出しそうな空だった。
(傘……持ってくか)
冬はいつも空模様を見てから傘を持つか否かを判断する。
別に山篭りしている内に空を見ただけでその後の天候が読めるようになったと言う
特異なエピソードを持っている訳ではなく、テレビの天気予報を見る機会がない為だ。
何しろ彼の部屋にあるテレビは殆どゲーム専用で、テレビ番組は深夜枠のバラエティくらいしか見ない。
よって本日も長年のカンを頼りに自分専用のビニール傘を持って登校した。
繰り返しになるが、冬には友達がいない。
通学ラッシュの朝の校門には大勢の生徒が流れを作っているが、冬にとってその光景は、
巣に向かって列を作る蟻と同じようなものに映る。
人間には感覚によって察知したものを知識によって区分し差別化を計り、それを認識として
脳に溜め込むのだが、区分する要素が微小である場合は同様のものとして扱う事がある。
冬にとって、顔や体型の違いは大した個人差ではない。
同じ服を着て同じ場所へ向かうその生徒らは全てが『他人』のカテゴリーに配属されている。
それはクラスメートでも例外ではない。
知ってはいても意思の疎通がないのだから、やはり他人に分類される。
友達がいないという事は、自分を除く全ての生徒が他人と言う範疇で囲えてしまうと言う事だ。
そんな蟻の行列に興味が湧く筈もなく、冬はいつも下を向いて登校していた。
しかし、今日は違う。
冬の顔は前を向いていた。誰かを探す意識で目を動かし、一人一人の顔を区分する。
(……あ)
検索の結果、一人該当――――それは必然だった。
クラスメートなのだから、休みでなければ彼女は同じ場所に向かっている。
冬が視線の先に見つけたのは、昨日遊凪の前で見た女子の顔だった。
隣にいる友達と思しき女性と談笑するその表情は、昨日の動揺とは正反対の
生き生きしたものだった――――のだが、冬と目が合った瞬間にそれは崩壊した。
「……!!」
あからさまに目を見開くと、隣の女子を急かし逃げるように先へ向かう。
その姿はストーカーに追われている被害者のようだった。
(俺は変質者か……)
冬は軽く凹みつつ教室に向かった。