RPGにおいて、最も革命的な進化は何かと問われれば、そこには様々な回答が存在するだろう。
ADVとの差別化に始まり、戦闘形態の進化、演出面の強化、立体的表現の確立――――
これらを更に細分化して行くとなると、枚挙に暇がない。
しかし、RPGを最も面白くしたのは、『パーティーシステムの確立』に尽きるだろう。
元々、概念としてはRPG創世記から存在してはいたものの、RPGそのものが
ADVと余り差異がなく、表現方法としては数字による差別化が限界だった。
しかし現在の主流となっている『チップキャラの主人公を自分の操作で自由に動かせる』型に
なった事で、外面、内面の差別化もやりやすくなり、移動画面、戦闘画面の両方で
多面的な掛け合いが可能となり、それがRPGの魅力を一気に加速させた。
結局の所、人は一人では楽しく生きられないと言う原則的な主張に行き着いたと言う事だ。
(くそっ、何でこいつは一人だけこんなに食らうんだ)
人が集まれば、そこに優劣が生まれる。
一長一短であっても、短が際立って目立つ場合はどうしても長は霞む。
ラストリVはパーティー固定の為、足を引っ張る仲間を別のキャラと変える事は出来ない。
弱い部分も引き連れて冒険しなければならない為、戦闘時には細心の注意を払う必要がある。
例えば、一人だけ異常に防御能力が低くダメージ数値が大きい場合、最大体力値との兼ね合いで
常に回復を行わなければならないケースが生まれてしまう。
『一人が皆の為に、皆が一人の為に』とは平和を謳う上で最も良く使われる言葉の一つだが
『一人が皆の足を引っ張り、皆が一人の尻拭いをする』状況では平和など訪れる筈もなく。
バランスを崩したパーティーは難関の中ボス相手に敗北を余儀なくされた。
(無念なり)
野武士のような断末魔の声を胸に抱きつつ、冬はユートピアの電源を切って一階に降りた。
本日は土曜。週休二日制になって久しい全国の高校生は、ゆとりのある生活を満喫して
心の余裕を育んでいる。当然その中の一人である冬は、朝から昼まで一瞬たりとも気を抜かず
ラストリVに集中していた。明らかに週休二日制の本来の目的に背いている行為にバチでもあったのか、
結局余り進む事は出来なかった。
睦月家の土日は普段にもまして静かだ。
父親は土曜も仕事だし、日曜は麻雀をしに出掛けているので家にはいない。
母親は居間でテレビを見ながらボーっとしている。
長女は自室で携帯とにらめっこ。
そして、長男はゲーム。若しくは外でゲームショップ巡り。
昼食の時間もバラバラで、そこに家族間の対話を充実させると言う週休二日制の意義は微塵もない。
(……まあ、家族全員で食事するよりよっぽどマシだけど)
それが本音である事が何よりも悲惨だった。
一人ぼっちの昼食(おにぎりと惣菜)を3分で平らげ、自室へ戻る。
ダイニングからは一瞬でも早く出て行きたかった。
「ぎゃはははは! 何ソレ超ウケる!」
自室の隣にある妹の部屋から漏れて来る声に、やるせない気持ちを抱く。
昔――――それこそ小学生時代まで遡った大昔には、家族の間に溝などなかった。
妹は兄に懐いていたし、母は優しかった。
父は寡黙だったが、毎日夕食の時間には家にいた。
しかし、とある出来事を切っ掛けに、家族は分裂。冬はもう妹の千恵と3年間まともに口を利いていない。
目すら合わせていない。
2つ下の妹は、今や立派な女子中学生に成長し、冬の苦手な言葉を携帯に向けてガンガン喋っている。
その声が壁越しに聞こえるのが嫌で、冬はゲームをする際には極力ヘッドフォンをするようにしている。
冬にとってRPGに没頭する事は、現実の全てを遮断する行為に等しかった。
楽しい事は間違いない。人生の貴重な時間を費やす価値は十二分にある。
しかし、逃避の手段としての役割を担っているのも、紛れもない事実だった。
冬は、たまにそれを自覚する事がある。
今のように妹の声を聞いた時であったり、夕食の直後だったり、テレビでニートの特集をやっているのを
見たりした時がそうだ。現実が心を蝕んで、感情を硬直させてしまう。
そうなると、大好きなRPGであっても素直には楽しめない。
大好きなものを逃避の手段と認めたくないからだ。
自覚していても認めたくない――――明らかな矛盾ではあるが、誰もが抱く悩みでもある。
人間は相反する思想を平気で共有出来る生物なのだから、矛盾など幾らでも背負い込める。
不安定な存在なのだ。
そんな訳で、冬はゲームではなくテレビの閲覧を選択した。
適当にチャンネルを合わせ、少しでも興味を持てそうな番組を探す。すると――――
(あ……この前の……)
ローカル枠の情報番組に、数日前見た顔が隅っこの方ではあるがしっかりと映っていた。
名前は――――覚えていなかった。
しかし顔はハッキリと記憶されている。切れ長の目に細い眉毛、深い彫り、若干厚めの唇。
ホストっぽい顔立ちはお昼の番組には少々不釣合いだ。
そんなアンバランスさに苦笑していると――――携帯のある方から電子音が鳴った。
無論、相手は唯一のメール受信相手である神楽未羽。
『今××チャンネルでYUKITO出演中。見るべし』
わざわざ知らせてくれたらしい。
そんな親切な友達に昨日ガセ情報を流した事を心の中で詫びつつ、お礼のメールを返信する。
大分慣れては来たが、指捌きはまだぎこちない。
(にしても……地味だな)
メインMCを中心に正面から映すと言うオーソドックスな絵の中にあって、
雛壇の隅にいるYUKITOは殆ど存在感がない。
話を振られる事もなければ自分から出て行く事もしない。唯いるだけ。存在感は皆無に等しい。
『存在感ないよね、この人。もっと前に出れば良いのに』
ほぼ同時に似たような感想を記したメールが届いた。
しかし実際問題、この手の無難な作りの番組は、余りでしゃばると共演者や
スポンサーの御偉方から反感を買う恐れがある。
事務所が強くない限りは無謀な行為に出られる環境とは言えない。
冬はその旨を綴ったメールを送信した。
『へー』
余り関心がなかったようだ。
ただ、芸能界は権力が大きくモノを言う世界なのだが、その中にあって
ローカル番組に関してはかなり寛容と言われている。
そんな状況で前に出られないと言うのは、芸能人として先がないと言う可能性が高い。
冬はその旨を綴ったメールを送信した。
『それより、昨日のアレ試したんだけど、全っ然言う通りにならないんだけど。私騙された?』
冬は携帯の電源を切って、ユートピアの電源を入れた。