合コン――――
 言わずもがな、合同コンパの略語である。
 通常は親睦を深める為に行う『飲み会』として使われる言葉なので、参加者の殆どが
 未成年と言うこの会合において相応しい呼称かと言うと、大いに疑問の余地がある。
 しかし、冬にとってはそれ以前の問題だった。
「……でさー、そん時あのバカ司会者がスルーしちまったのよ。俺マジ最強のコメント考えてたのにさ」
  如月さん家の幸人君が中身の薄い芸能人トークを披露する中、沈痛な面持ちで面子の確認を行う。
  男性人は3人。冬、如月、そして来生マネージャー。一人はもう直ぐ来るとの事。
  女性人は4人。神楽、神楽の友達の佐藤、秋葉、そして何時か見掛けたギャル。
 新鮮さなど微塵も感じさせないラインナップだ。
  本来の合コンの趣旨に沿うならば、最低の組み合わせなのだが――――冬は思いっ切り安堵していた。
「……?」
  しかし直ぐに異変に気付き、冷や汗の滲む額を手で拭う。汗腺を刺激したのは、空調の問題ではなく
 目の前の白い目だった。
「友達いない歴15年11ヶ月とか言ってた男が、合コンねえ……」
「心ならずも拉致されて連れて来られたんだ。被害者なんだ」
  何故か神楽に対し言い訳する自分に困惑しつつ、お冷を飲む。喉がゴクリと音を鳴らした。
「ま、付き合いで顔出した私がどうこう言える立場じゃないけど」
  こちらも何故か冷徹な視線を向け、吐き棄てるようにそれを外す。
 友人の見た事ない姿に、冬は戦慄のようなものを覚えた。
「ちょ、ちょっと失礼します」
  お手洗いへ逃亡。逃げ癖はまだまだ治りそうになかった。
  それでも、ファミレスから逃げ出さなかっただけマシだと鏡に映る自分を二分程褒め称え、
 御手洗いを出る。
  すると――――
「はーい、神楽の彼氏」
  佐藤が何故か出待ちしていた。殆ど接点のない人間との会話に、冬の顔が緊張で強張る。
「だから、彼氏じゃない。そもそも、そうは見えてないだろ?」
「まあね。こんな場所に来るくらいだし」
  冗談だったようで、何処か世の中を舐めたような薄笑いを浮かべて冬の目を見てくる。
 その目に自分の弱い部分を全て見透かされた気がして、冬は思わず視線を逸らした。
「でも、後でちゃんとフォローはしておいた方が良いよ。あの子、気さくに見えて実は凄く難しい子だから。
 今日も昔のしがらみで無理矢理付き合わされたクチだし」
「しがらみ……?」
「女の過去は詮索しない方が良いんじゃない?」
「はあ」
  生返事だったが、佐藤は満足したような表情で踵を返す。そして――――
「で、本当に彼氏じゃないの?」
「じゃない」
「ふーん」
  小馬鹿にするような物言いを残し、テーブルへ戻って行く。
(苦手だ……)
  その姿に天敵の文字を重ねた冬は、大きな嘆息を二度落としてから戻った。
「おせーよお前! もう料理も空気も出来あがってっぞ?」
  明らかに空回り状態の芸能人の戯言は無視し、こっちはしっかり出来上がっている料理に目を移す。
 とは言え、ファミレスのメニューなので感動とかそう言うのはない。
  冬が着席すると、如月が進行役を遂行せんと立ち上がる。
「んじゃ、一人まだだけど自己紹介始めまーす」
  全員既に知っているので省略。
「それでは、ここで俺の得意なモノマネ披露しちゃいます!」
  意味不明なので省略。
「え、ええと……続きましてー」
  省略。
「……では、御歓談など自由な感じで」
  結果はともかく幹事としてやれるだけの事はやった如月は、疲弊し切った顔でそう告げた。
  しかし、知り合いばかりとは言え他人との会話に不慣れな冬と明らかに年齢制限を越えている
 来生マネージャーは場の盛り上げに一切貢献出来ず、友人のみで固められた女性陣は
 殆ど自分達だけで話をしていた。合コンとしては文句なしに最悪の展開だ。
  そんな中、店内に入って来た男性が足早にそのテーブルに近付いて来る。
「あの、来生さんの紹介で伺ったんですけど……」
  柔らかく、それでいて一本筋の通った男声。冬をはじめ全員がその方に顔を向けると、声の主は
 一瞬驚いた顔を見せたが、その中に知り合いを見つけたらしく、直ぐ温和な表情に戻った。
 大人びた雰囲気だが、夕凪高校の制服を着ているので最大でも冬と一つしか違わない。
「お待ちしておりました、柊様。どうぞこちらへ」
「これでやっと揃ったな」
  最後の被害者と思しき男性が来生マネージャーの隣に座った所で、合コン再開。
 到着した彼も無口だったので、会話は殆ど芸能人とギャルの二人によって行われていた。
「えー? マジで? 俄然おかしくね?」
「マジマジ! つーか俺横の繋がり超あるし!
 ××××(超有名アイドルグループ)の××××(その中の一番人気)も軽く呼べるし!」
「マジで!?」
  二人が声を張れば張る程何処か寒々しい雰囲気に包まれる。溜息のようなエアコンの風が
 会場を虚しく冷やす中、それでも冬はいつもの食卓よりはマシだと感じていた。

 ――――30分後。

「んじゃ、メシも食ったし二次会行こうぜ。カラオケ予約してっから」
「あーい!」
  約一名のみの好リアクションに、如月はノリ良くイエーイ的な対応を返したが、
 実はこっそり舌打ちしていた。彼女は彼の好みの女性ではなかったらしい。
  そんな腹黒い芸能人を尻目に、冬はカラオケと言う言葉に過剰反応を示していた。
 冬にカラオケボックス入場経験は当然のようにない。それ以前に、歌える歌が皆無だ。
 音楽には全く興味がなかったので、教科書に載っている楽曲すらまともには歌えない。
「えっと、俺はここで……」
  帰ると言おうとした瞬間、東北の妖怪のような動きで如月がにじり寄って来る。
「生贄が帰ったら俺が贄だろがっ!」
  意味の不明瞭な言葉を呪われた仮面のような顔で唱えられた冬は、その横からニュッと生えて来た
 マネージャーに担がれて二次会の会場へ連行された。
  ファミレス『フラグメント』から歩いて四十五秒。カラオケボックス『雲雀』の店内は茶を基調とした
 明るい雰囲気で、冬はその非日常の光景に暫し圧倒された。
  店員の案内に従い、八人は奥から二番目の個室に案内される。
 そこはやや暗めでアダルトな空間で、そのアンバランスさに冬は感動すら覚えた。
「さて。それじゃ誰から行っとく?」
「ってゆーか、YUKITOってCD出してねーの? 持ち歌あんなら一発目行けば?」
「……」
  ギャルのリクエストに如月のテンションが極端に低下する。
 触れられてたくない何かに触れられてしまったようだ。
「もっ、もう直ぐ出すんだ! それが実質一枚目なんだ! マジ売れっから、それが出てから
 歌ってやっから!」
「へー。超楽しみー」
「では、僭越ながら私めがトップバッターを勤めさせて頂きます」
  意気消沈するタレントを護るべく、マネージャーが立ち上がる。
「……ついにこの日が来ましたか。幼少の頃より十八番としてひっそりと謳い続けてきたこの歌……
 このような場で披露するのは初めてです」
  長い前置きの果てに慣れた手付きで入れた曲は
『軽はずみな優しさに包まれて思わず恋に落ちてしまった麗らかな午後 あの日の街並みと同じように
 一人佇む僕』と言うタイトルだった。
「あーっひゃっひゃっひゃ! 何ソレ超ウケる!」
  タイトルの時点で掴みは完璧だった。
  その後は、ツートップ状態の二人を軸にそれぞれがそれぞれの持ち歌を披露していく。
 尚、冬は完全に聞き役に回っていた。
 歌声を聞かせろと言うリクエストはない。悲しい事ではあるが、今の冬には有り難かった。
「ふぅ……」
  そんな中、冬の対面に座っていた神楽が小さく息を吐く。
 余り気分が優れないその様子に、冬は声を掛けようと口を――――
「……気分悪いの?」
  開きかけた所で、隣に座る遅れて来た柊と言う男子に先を越されてしまった。
「ん……少し」
「なら、外の空気を吸って来よう。付き添うよ」
  それが合コン会場で良くある風景なのは、経験なき冬でも容易に理解出来た。
 そして、リアクションのない神楽を促すように立ち上がる柊と同時に――――冬もまた立ち上がる。
  まるで対抗でもするかのように。
「あ」
  明らかに浮いたその行動に、赤面する自分を抑えられない。
 しかし一度起こした行動をなかった事には出来ない。それが現実と言うものだ。
「……ええと、俺もちょっと外に」
  適当な物言いで我先に扉の方に向かう。
 後ろから笑い声が聞こえた気がしたが、それを気にする余裕すらなかった。

 

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