RPGの華――――それは、幾通りかの説はあれど、行き着く所はやはり『戦闘』だろう。
対立構造のないRPGと言うのは、全くない訳ではないものの、御目に掛かる事はかなり少ない。
『敵』と言う打倒すべき相手があるからこそ冒険は映える。ドラマが生まれ、感動を呼ぶ。それは真理だ。
ラスクリXの戦闘バランスは最高だった。全くレベル上げをせずに進めば、歯応えのある中ボスに力負けしてしまう。
しかし、少し経験値を積み重ねて補助系の呪文を覚えれば、必ず必勝法が見つかるようになっている。
例えば、一撃で致命的なダメージを与えるような超攻撃的モンスターにはミスを誘発する呪文が効くし、
一ターンに二度行動出来る敵は、こちらが能力上昇系の呪文を使えば必ずそれを無効化する技を使うので、
実質一回の攻撃に抑える事が出来る。そう言った戦術を好まない場合でも、ある程度お金を貯めて
その時点で最も高価な武器防具を買い揃えれば、力押しでも十分行けるようになっている。
初心者から上級者まで幅広く楽しめるゲームの由縁と言えるだろう。
「……ふふっ」
放課後――――進路指導室ではなく教室で、冬と神楽は向き合っていた。
自分の席に座る冬の視界を神楽の不敵な笑みが覆う。
「ついに……ついにこの時が来ましたわね」
何故かお嬢口調だった。
「睦月冬! 私の前に跪きなさい! 貴方は私に敗れたのよ! 屈したのよ!
争いの果てに栄光を勝ち取ったのはこの私よ!!」
「……何でそんなテンションなんだよ」
「別に。ただ何となく」
昨日の緊張感の反動か、或いは不安の残り香に対する空元気か――――いずれにせよ、
久々の学校での友達との会話に若干の緊張を覚えていた冬にとっては有り難い接され方だった。
「何にせよ、記録が消えて最初から始めなきゃなんないあんたと、後半に突入した私とでは
もう勝負は決したも当然でしょ? あー、どんな罰ゲームやらせよっかな♪」
「罰ゲーム以前に勝負した覚えがないんだが……」
更にそれ以前にデータは一切消えていないのだが、冬は敢えて黙っておく事にした。
「ま、私も暫くゲームは封印するから、その間に少しでも近付ければ良いね♪」
「その♪止めろ」
「うん」
超素直だった。
「で、封印ってのはやっぱりお母さんの事で?」
「病院に泊り込んで世話しなきゃいけないから」
それは相当に面倒な事なのだが、神楽は少し嬉しそうにしている。
女子高生は親をウジ虫並に嫌っていると言う勝手な固定観念を抱いていた冬の先入観は
華麗に破壊された。
「けど、来週からの期末は大丈夫なのか?」
その何気ない一言に神楽の顔が凍る。
「……どうしよう。 どうしよう! どうしよう?」
「俺に聞かれても」
「テストなんて完っ全に忘れてた……どうにかしてよ二百七十二点!」
「人を点数で呼ぶな」
冬のジト目を無視し、神楽は頭を抱えて項垂れる。
テストに対して嫌悪感を抱いた事のない優等生には余り共有出来ない風景だ。
「でもま、今回は仕方ないんじゃないか? そもそもテストでイマイチな点数だからと言って
どうと言う事もないだろ。茶髪だし」
「茶髪にどう言う偏見持ってんのよ! あーもうどうしよ、病院で勉強なんて出来る訳ないし……」
「消灯時間も早いしな」
「……さっきから何か冷たくない? 他人事だからって」
半眼で非難する神楽に、冬は苦笑を返した。
「それより、病院行くんだろ? 早く行こう」
「え?」
返事も聞かず、席を立つ。
行き先は勿論、昨日の中央病院。目的の病室は三階の一番奥にあった。
「初めまして。未羽さんのクラスメートの睦月冬と申します。未羽さんにはいつもお世話になっております」
昨日は目にする事のなかった神楽母に深々とお辞儀し、自己紹介。
冬が頭を上げると、長い髪を首の辺りで束ねた女性は口元に手を当てて柔らかく微笑んでいた。
「あらあら、どうも御丁寧に」
上半身を起こし、お辞儀を返す。ややほっそりとした顔は娘と良く似ており、目鼻立ちは整っている。
しかし病気の所為か、或いは病気の原因の所為か、全体的にやつれた印象を受けた。
「これ、御見舞いです」
「あらまー。ちょっと未羽、どうしよう? 私お花なんて貰っちゃった。何年振りかしらー」
「お母さん……」
そんな外見とは裏柄に、神楽母は妙にテンションが高い。
娘の呆れた様子など全く意に介さず、玩具を買い与えられた子供のように喜んでいた。
「貴方が色々助けてくれたのよね? 本当にありがとう。
ちょっと未羽、私こんな若い子に命助けられちゃった。どうしよう?」
「どうもしなくて良いから」
神楽は溜息を落としつつ、冬の買った花を花瓶に生けていた。
その間、冬は神楽母の話に耳を傾けた。
内容は殆どが娘の事で、その顔には常に笑みが覗いていた。
そこに歪な親子関係の形跡は欠片もない。
神楽の昨日の話を聞く限りにおいても、母親に対しての嫌悪感はなかった。
「……それでねー。この子ったら言うのよ。『お母さんがいるから良い』だって!
もう泣けちゃうったら! この時の記憶だけで生きて行けるね、私は」
「それがどうしてこんなになっちゃったんでしょうね」
「ねえ」
「くっ……」
結局、接する時間が短いと言うだけの事だったのか――――
恨めしげな視線を送る神楽を見ながら、冬はそう結論付けた。
斯くして、面接は終了。
「また来てねー」
「はい、では失礼します」
すっかり打ち解けた両者の別れの挨拶を聞きながら、神楽がやたら深い溜息を落とす。
「……何なの一体」
「ん? 何が?」
「るさい! 友達いない歴十七年の癖に他人の親と一日で仲良くなるなーっ!」
微妙にジェラシーの香りがした。
「病院では静かにしろ」
「フン。この屈辱、必ず晴らしてやるから」
「……前から思ってたけど、お前も大概変だよな」
「あによ。私にラストリX負けそうだからって意地悪ばっかりして」
真実を知ったら卒倒しかねないようなすがりっぷりだった。
「じゃあ、また明日」
「ん」
律儀に病院の前まで見送りに来た神楽と別れ、新ゲームの観察の為に遊凪へと向かう事にした。
その途中――――冬の視界に見覚えのある学生服姿の女子が入る。
(あれ、確か……秋葉だったか)
その認識と同時に、この場所が以前彼女を見掛けた小さな空き地である事に気付く。
相変わらず売っている事を主張している看板がそこにはあり、その傍には特に成長の跡が見られない
子猫の姿もあった。
「にゃーぅ」
秋葉は子猫に触れようと手を伸ばしていたが、子猫はそれを拒否するように細やかなステップで
後退っている。
その様子に何となく関わるべきではないと判断した冬は、大人しくその場を離れる事にした。
「なーぉ」
しかし、子猫に発見されてしまい、接近を許す。一度餌を与えた時の事を覚えているのか、
撫で声で足元に擦り寄って来た。
「……」
冬は何となく嫌な予感を抱き、秋葉の方をチラリと眺める。
「……今度はどんなズルい方法でその子を?」
殺気を放ってた。
「いや、ズルいも何も」
「教えて下さい。ズルで良いので」
「だからな」
初対面時以外は普通の子と言う印象だった眼前の女子の変貌振りに、冬は狼狽を禁じえなかった。
眉間を軽く揉み、首を一度回し、問う。
「猫が好きなのか?」
「動物は愛です。愛そのものです」
「はあ」
「だのに私はどうしても懐かれません。愛に見放されてばかりです」
「はあ」
「稀に死にたくなります」
「良くわかんないけど、生きた方が懐かれる可能性が残るだけ良いのでは」
「では生きます」
世にも奇妙な会話に嘆息する冬を尻目に、秋葉が視線を遠くに向けた。
「あれ、鈴音。こんな所でどったの」
(げ……)
背後から突如として聞こえて来た天敵の声に、冬の身体が一瞬硬直する。
そして、逃げ出したい一心で足を一歩前に出し――――そこで止めた。
「あ、睦月!」
何故止めたのか――――気付かれた事を示すその声に、後悔しつつ振り向く。
髪を後ろで束ねた気の強そうなその女性は、少し怒っていた。
「あんた、最近未羽を避けてるんだって? 何でよ」
お前がウザいとか言った所為だよこの最先端女子高生、と言う本音は心の中でだけ叫んでおく。
「もう避けてない」
「あれ、じゃあケンカか何かだったの? そうは言ってなかったけどな……ま、良いか」
勝手に一人で納得しつつ、佐藤が顔を綻ばせる。
キモいと思ってる対象(と冬は推測している)に見せる顔にしては、妙に柔らかかった。
「神楽が男で悩むなんて初めてだから、イジるの超楽しいんだよね。出来ればこれからも
仲良くしてやってね」
勝手な事を言うだけ言って、佐藤は踵を返した。
その後姿を感情のままに見つめる冬に、秋葉がポツリと呟く。
「夏莉は良い子だから、嫌わないであげて下さい」
「え……」
感情が表面化している自覚のなかった冬は、思わず顔を手で覆った。
「外見とか言葉遣いで誤解されがちですけど、とても気立ての優しい子なんです。お菓子作りも上手ですし」
「後半は関係ないような……」
「大有りです」
断定する秋葉の顔には思いっ切り感情が表れていた。
「お菓子が好きなのか?」
「甘味は愛です。愛の権化です」
「はあ」
「だのに私はどうしても作れません。愛に翻弄されてばかりです」
「はあ」
「稀に消えたくなります」
「良くわかんないけど、そう言う時は消えてみるのも一興なのでは」
「では消えます」
言葉通り、秋葉は去った。
(変な奴ばっかだな。あいつの友達)
友達を十七年近く作れなかった自分を棚に上げてそんな事を思いつつ、冬は遊凪へと向かった。
(……ん?)
しかし、遊凪は定休日でもないのにシャッターを下ろしていた。
そして、張り紙が貼られてあった。
『閉店のお知らせ』
「…………え?」
【芸夢触富 遊凪】閉店――――
それは、余りに突然の事だった。
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