命の重みは、金には換えられない。
 良く聞く言葉だ。実際、間違ってはいないのだろう。
 ただ、命を繋ぐには、お金が必要なのである。
 重い重い命が落っこちてしまわないよう、紐で結ぶなり吊るすなりするには、その紐を買うお金が要る。
  世の中、シビアだ。
「……と言う訳で、お小遣い前借りを所望する次第です、母」
「駄目」
  冬は、持ち得る語彙全てを用い、命の道徳や動物愛護の精神を盾に、闘った。
 例えるならば、今いる街で一番高い武器と防具を敢えて全部揃え、MP回復のアイテムも
 ばっちり用意した上で、勝負に挑んだのだ。
 そして、真っ向から切り伏せられた。
「何でだよ! 自分でこう言う事言うのは人としてどうかとは思うけど、あんたの息子
 結構善い事しようとしてないか!?」
「駄目」
  睦月母は駄馬を見る調教師の目で延々と同じ言葉を繰り返した。
「……わかったよ」
  とぼとぼと、冬は居間を去る。
 その後ろを、睦月母は苦笑しながら見送った。


  そんな訳で――――最も確実な金策が一つ、消えた。
  次に冬に出来る事は、不要な物を売り捌く事だ。
 とは言え、それなりの値段で売れる物と言うのは限られている。
 例えば、もう着なくなった服や、もう使わないであろうマグカップなど、これをフリーマーケットで
 出したとして、得られる利益は10円や20円と言ったところだ。
(売れる物……売れる物……)
  冬は装備品を買い過ぎて宿屋賃がなくなり、仕方なく要らんアイテムを売る『RPGの良くある
 トホホな一時』を思い返しつつ、物色に励んだ。
 まず目に付くのは、読まない漫画。
 ただ、こう言うのは忘れた頃に読みたくなる。
 しかも微妙に古く、量も少ない。全部足しても1000円強と言ったところか。
  他は――――
(……やっぱ、本命は、ここ、か)
  睨むように、ゲームソフトを収納した棚を見つめる。
 ズラっと並んだ歴代の名作達は、いずれも冬を魅惑の世界に連れて行ってくれた恩人ならぬ恩データ。
  これらを売ると言うのは、ゲームに対する裏切りだ。
 そのソフトや製作者、メーカーといったものに対してだけではない。
 ゲームと言う観念そのものへの裏切りだ。
 それだけは、一RPG好きとして、許されない。
 決して、一昔前の人気RPGはベスト版とか出てて売っても大した値段にはならないとか、
 そう言う打算によるものではないのだ。
  と言う訳で、冬はRPG以外のソフトに目を向けた。
 幾ら生粋のRPG好きとは言え、それ以外のゲームに全く興味がないと言う訳ではない。割合は低くとも、
 所持ゲームの幾つかは別のジャンルのソフトもある。
  まず、冬は『悠久の霞』と言うゲームを手に取った。
『ユートピア』のゲームソフトなのだが、伝奇もののADVで、オリジナルのストーリーが非常に優れている
 と言う評判から、思わず買ってしまっていた。
 結果――――意外と嵌って、終盤は深夜の4時までプレイしたりした。
(……翌日、頭ゆらゆらしてたな)
  当時の事を思い出した冬は、そのソフトをそっと棚に戻した。
  次に、『オールレディ』と言うタイトルのソフトを手に取る。
 一見ギャルゲーのように思えるゲーム構成だが、実は登場する女性が既に全員死亡しており、
 彼女達の心残りを共に叶えると言うADVだ。
 非常に多彩なシナリオ分岐が用意されており、選択肢によっては特定のアイテムがないと選べないなど、
 ゲーム性が高いと言うことで購入したのだが、シナリオがイマイチだったので嵌りきれず、残尿感を
 抱きたくないと言う理由だけでクリアしたゲームだ。
 冬は特に感慨も沸かないそのゲームを、ショルダーバッグの中に入れた。
  この次に手に取ったのは、『シムアングラ』。
 これは、アンダーグラウンドの世界を作ると言うなんとも微妙なSLGだ。
 主人公内山芳人が堕天使フィーリーの力を借り、闇結社や闇医者、武器商人などを作り、
 それがどのように実社会で活動していくかを観察するという実に微妙なゲームだった。
「……」
  躊躇なくバッグ行き。
  次は、『僕を殺して君も死ぬ』。
 自由度の高いADV+SLGで、RPGのように3Dのフィールドを移動出来るタイプの学園ものだ。
 登場人物は基本ヤンデレで、会話を怠ったり好感度の下がる行動、嫌いなアイテムを
 プレゼントなどをすると、寝ている最中に口を塞がれたり毒入りのジュースを渡されたりするようになる。
 結構斬新なゲームだったが、八方美人プレイをした結果、四肢が――――
(うう……思い出したくない)
  冬はバッグにソフトを放り投げた。
 ちなみに、アクションやスポーツゲームは一切ない。
 脳トレ系もない。
 基本、そう言うゲームはお好みではないのだ。
(これで4000円ってとこか)
  最後の『僕を殺して君も死ぬ』は、2400円で買い取って貰えると最近確認したばかりだが、
 他のソフトは基本的に古く、それほど高い値段は付かないと推測される。
 つまり、後3万円必要と言うわけだ。
  現在、冬のへそくりは12000円。所持金は2454円。
 35000円までの道のりは約16000円。
 冬のような小遣いの少ない高校生にとっては、結構厄介な金額だ。
  ここで、冬に残された選択は三つ。
 母以外から借りるか、RPGを売るか、そして――――
「っ!?」
  突然携帯が鳴る。メールの着信音だ。
 未だにその音に慣れない冬は、身を竦ませつつ手に取る。
 差出人は神楽だった。
『お金は貸さないからね^^』
  とても友達甲斐のない先制攻撃を喰らい、冬は凹んだ。
 どうやら、秋葉から話が行ったらしい。
 心のどこかで少し嬉しがっている自分を押し殺し、反撃を試みる。
『ならくれ』
  返信は1分後に来た。
『おーっほっほっほ/▽』
  何故かお嬢様笑いだった。
 間髪入れずに追伸が届く。
『お金が欲しいのならば、バイトをなさーい』
  3択の最後の答えが、そこにはあった。




 

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