高校生のアルバイト経験率は、実は意外と低く40%程度と言われている。
やはり、金銭的にそこまで必要を迫られないと言う点、高校と言う機関が全体的に
アルバイトに対して否定的な見解を示している点が、その理由だろう。
では、仮に――――この中で、趣味が『ゲーム』と言う人間が、果たしてどれくらい
アルバイト経験があるのだろうか。
アクティブな性格、社交的な性格の人間がアルバイトに勤しむのは自然だが、ゲームを
趣味と言う人は、比較的内気で大人しい(がキれると面倒)な性格の人が多い。多分。
となると、必然的に余りアルバイト向きな性格ではない者が多くなる訳で、統計学的には
果たして何%が経験者なのか――――
「おーい、たつのおとん。出番だぞー」
アルバイトとゲーム愛好家の関連性について深く考えていた冬の耳に、自身を呼ぶ
男声が聞こえる。
冬はそれに身振りで応え、その重い腰を上げた。
「はーい、みなさーん。たつのおとんに大きな拍手ー!」
動物公園のステージに上がった冬は、喝采とは程遠いまばらな拍手の音に、手を振って応える。
夏なのに寒々しい空気が漂う中、汗ばむ身体を拭くこともできないまま、滑稽な動きに身を投じていた。
――――世の中には様々なアルバイトがある。
その中で冬が選んだのは『きぐるみ』だった。
秋葉がたまたま見つけたそのアルバイトは、この街が今ガンガンプッシュしている『たつのおとん』と言う
キャラクターのきぐるみを着て、各種イベントで言われた通りの動きをしたり、毎日保育園や老人ホームを
訪問する――――そんな内容のものだ。
日給9000円。交通費は支給。
条件としてはまずまずだし、年齢条項も特になし。
確かにアルバイトとしては悪くない条件のものなのだが――――夏場にきぐるみは辛いという事を、冬は
余り深く考えていなかった。
(地獄だ……)
冬はくらくらする頭を抱えながら、仕事をこなした。
ちなみに、『たつのおとん』というのは、その昔、ほんの僅かな時期だがブームを起こした
『タツノオトシゴ』を模したデフォルトキャラだ。
かなりふざけたデザインになっており、とぼけた顔のタツノオトシゴの頭に鉢巻が、腰(のような位置)に
腹巻を身につけており、口の周りにはドロボウヒゲがたくわえられている。
それなりにこの地域内での知名度はあるらしい。
「うーし、ご苦労様。明日は海水浴場でのイベントだから、しっかり頼むぜ」
「は、はい……」
冬の生まれて初めてのアルバイトは、異常に狭い視界の中、殆ど実感のないまま過ぎて行った。
その間考えていた事と言えば、RPGの世界で普通に装備しているフルアーマー系の防具は余り
効率的じゃない、と言う事だった。
ゲーム脳ここに極まれりである。
そして、次の日の朝。
「……なんでお前がここにいるんだ」
『たつのおとん』と化した冬の元に、レポーターが現れた。
何でも地元のローカルテレビで、この日の海水浴場のイベントの模様を放送するらしいのだが――――
「仕方ねーだろ。俺だってこんな仕事したくねーよ……普通女だろ、こう言う仕事はさ」
そのレポーターとは、如月だった。
「なあ、俺一応YUKITOってゆうもう直ぐオリコンのTOP10ミュージシャンになる芸能人なんよ?
なんでレポートばっかりやらされてんの?」
「俺に聞かれても……事務所の方針とかわからないし。あと、自分で曲作ってないのにミュージシャンって
言うな」
「うう……あのオカマ社長、ぜってー俺にオカマタレントになるよう女がやるような仕事ばっか
入れてんだ。そうに決まってる」
如月はどうやら事務所との関係が良好ではないようだ。
「つーかお前もさ、何なんだよそのバイトは。海水浴場来るんなら海の家で呼び込みとかした方が
よっぽど青春って感じで良いのに」
「いや、何か薦められて……」
「かーっ、主体性ねーな。いいか良く聞け。仕事ってのはな、誰かに言われて仕方なく
やるもんじゃねーんだ。そんな簡単なものじゃねーぞ。自分の信念を持って、その信念を胸にだな……」
「YUKITOさーん、イベントの主催団体の代表の方がお見えになられましたー」
「しゃーっちょう! いやいや今日はお日柄も良くて! いやいや、もう何でもやりますから
ご贔屓にお願いしますよー!」
如月は畳んだ扇子で頭を叩きながら、代表の爺さんと談笑していた。
(逞しい奴……)
このご時世、17歳と言う身空で、それも弱小事務所で仕事を得るというのは大変だ。
まして、男のタレントなんて、現在は独占に近い状態になっており、アイドルにしろお笑いにしろ、
一つの事務所が牛耳っている状況にある。ローカルにはそんな勢力図はないとは言え、中々難しい
点も多い。
それでも粘り強く活動を続けている如月と言う男は、意外としっかりしているのだ。
「しゃちょっ! 今度是非夜の繁華街のイロハを教えてくださいねっ!」
その言動は兎も角として。
そんなこんなで、イベントが始まる。
海水浴場で行われた本日のイベントは、いわゆるビーチバレー大会。
お昼には地元の名産となる海産物をふるまい、それをテレビでPRすると言うものだ。
その海産物を取り扱う企業をはじめ、地元の電気店やスーパーなどが協賛として名を連ねており、
ビーチバレーにも一応商品が出る。
ちなみに優勝は『高級海産物詰め合わせ』と『26インチの液晶テレビ』。
準優勝は『伊勢海老3尾』とゲームハード『プラットフォーム3』。
3位だと『夏のスイーツ詰め合わせ』と猫の写真集『世界のにゃー』、となっている。
冬の役割は、『たつのおとん』として如月と掛け合いを行いつつ、テキトーに場を和ませると言う
非常にアバウトなものだった。
冬はきぐるみを身につけ、ワンボックスカーの外に出る。
地元の海水浴場はそれなりに広く、狭い視界でも、その開放感と言うか、夏パワーと言うか、そう言う
者を感じる事が出来た。
ちなみに冬は海が苦手だ。
夏の海の持つ、この賑やかな空気にどうにも馴染めないと言うのがその理由だ。
それは、きぐるみを着ている今も例外ではない。
(俺、何してるんだろ……)
そう思いつつも、アルバイトに身を投じる緊張感と、非日常とも言えるこの状況に、少なからず
冬は高揚していた。
ゲーム三昧の日々の中には決してない、潮の香りと人の賑わい。
それらが例え自分にとってのアレルギーの元だとしても、何処からか湧き出て来るナニカに、
何となく身を預けていた。
今自分がいる空間は、紛れもなく現実で、そして外の世界なのだと、そう実感する事に
酔いしれるかのように。
「あ、いたいた! おーい!」
そんな冬の耳に、聞き覚えのある女声が届いた。
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