声の主は予想通りの面子。
 そもそも、冬に声をかける知り合いなど、血縁を除けば彼女達しかいない。
「……うわ、近くで見ると微妙にキモっ」
「キモいって言わないでやってよ。一応この市のマスコットだし。でも微妙だよねー」
「私はもっと可愛い手触りを想像していただけに、ショックです」
 『たつのおとん』に浴びせられる容赦ない佐藤、神楽、秋葉の感想は、別にデザインを
 担当した訳でもない冬を微かに傷つけた。
 ちなみに、このきぐるみを着て外に出てる間は喋ってはいけない。
 これは彦根あたりでぶいぶい言わせているあのゆるキャラも、書籍までヒットしてウハウハな
 名古屋のあのキャラも、皆しっかり守っている、きぐるみ世界の掟なのだ。
「はいはい、シロート女どもはとっととあっち行け。俺らこれから仕事なの」
 『たつのおとん』に群がる3人に対し、如月はダルそうに手を振る。
 ちなみに、女性陣の格好は到ってフツーの私服だ。
 水着と言う訳ではないので、如月もテンションは上がっていない。
 冬的には少し安堵していた。何しろ、免疫がない。なさ過ぎる。致命的なほどに。
「にしても、締まらない仕事よね。イベントのレポートなんて普通10代の男がやる?
 それこそ実績のないグラビアアイドルとか落ち目のベテランの仕事じゃない」
「言うなよ……他人に言われるとマジ凹むんだよ……」
  ほぼ同義の内容を少し前に口にしていた如月だったが、やはり自覚と他人の声では
 全く別物のようだ。
「それにしても、こっちもこっちでおかしなバイト選んだよねー。熱くないの?」
  そんな如月を他所に、神楽は『たつのおとん』の頭をバシバシ殴る。
 頭から微かに埃が舞っていた。
「発見者として、少なからず責任を感じてしまいます」
「関係ないって。最終的に選んだのコイツなんだし。ねー!」
  しかし神楽は気にせず、やはり何度もきぐるみを小突いていた。
 何となく、殴り甲斐のあるフォルムなのだ。
  その後、暫し雑談していると、スタッフからリハーサル用意OKの声が掛かった。
「じゃ、私達はあっちでやる事あるから。またね」
「あんたも偶にはお昼休みにウキウキウォッチングされれば?」
「では、失礼します」
  そして、神楽、佐藤、秋葉の順番に、去っていく。
 その様子を、芸能人一名とマスコットキャラは呆然と見つめていた。
 そして、芸能人の方がポツリと呟く。
「……なんかさ、俺って弄られキャラっぽくなってね?」
「うん、ずっと前から思ってた」
「喋んなよ! 守れよきぐるみの掟をよーっ! ちくしょー!」
  如月のテンションが最低に達した所で、リハ開始。
 一応ローカルとは言えテレビなので、リハくらいはするのだが、所詮は地元の
 大した規模でもないイベントなので、当日の直前に軽く合わせる程度のものだ。
 立ち位置や進行の確認をざっと行い、20分程度で終了。
  やっつけと言う気がしないでもないが、冬は何も喋れないので沈黙のまま労働に励んだ。
 
  そして――――本番開始。
「はーい、高齢者の皆さんこんにちはー。皆さんのアイドルYUKITOですよー。
 こちら『べっぴん海水浴場』と言う、今テレビの前にいるねー、高齢者の皆さんに
 ぴったりの名前の海水浴場からねー、お届けしますよー」
  如月はみのときみまろを足して2で割ったような物言いでレポートを始めた。
(って言うか、そう言うキャラで行って良いのか、如月……とその事務所)
  隣で異常なほど達者な進行をする友人(一応)の方向性に大いなる疑問を感じつつ、
 冬は適当に動いてマスコットを全うした。
  マスコットキャラのきぐるみは、基本的にはお行儀良くしなくてはならない。
 間違っても某新球団のマスコットのような悪ふざけをしてはならないのだ。
 基本的には、彦根の方を見習って、可愛い子ぶっている必要がある。
 だが、冬が演じるのは『たつのおとん』。
 ゴツゴツした甲板に身を包むタツノオトシゴと、中年のオッサンがコラボレーションかました
 なんとも煮詰まった上の悪ふざけとしか良いようのないキャラだ。
 こんなのに可愛い子ぶられても、気色悪いだけである。
 何をしなくてもキモいと言われたくらいなのだ。
 冬がその点をバイト先の先輩に尋ねたところ、『それでもやるんだよ』と言われた。
 それがプロの仕事らしい。
 需要がなくても、そんなのいちいち考えず、ひたすらにきぐるみのきぐるみたる所以を全うする。
 お金を稼ぐとは、そう言う事だ。
(アルバイト……なんて奥が深い)
  冬は例のゲーム脳を発揮し、アルバイトとは『レベル上げ』のようなものと認識した。
 通常、RPGと言うのは、どこかで進行を止め、雑魚敵を延々と倒して経験値とお金を稼ぐ
『レベル上げ』と言う行為を行う必要性がある。
 最近のRPGはそう言う手間を省く為、一度もレベル上げをせずに進行できるような難易度に
 してあるゲームも少なくない。
 笑止千万である。
 RPGの醍醐味の一つなのだ、レベル上げとは。
 ボスを倒してレベルアップしても、強くなった実感は沸いてこない。
 ダンジョンで手に入れた武器ばかり装備していても、宝探しの延長としか思えない。
 一度闘って敗れたボスにレベル上げをして再び挑む時の、あの興奮。
 同じ相手に対し、徐々に与えるダメージが上がってくる、そして食らうダメージが
 下がってくる、あの手応え。
 苦労して苦労して、宿屋に泊まるギリのラインで戦闘を終え、最後の最後に
 あの武器の値段に届いた時の、あの感動。
 がっつりレベルを上げ、ボスと言う立場にいる相手の攻撃を、まるでハムスターが
 くるくる回る様を愛らしく眺めるような、圧倒的な『俺最強』を演出した時の、あの痺れ。
 目的は様々で人それぞれだが、レベル上げと言う行為は紛れもなくRPGで最も楽しい時間の一つだ。
 これが面倒臭いなんて奴はRPGなんかすんな! ボケ!
 と言う訳で、レベル上げとアルバイトは似ているのである。
 要は、努力して得られる成果があるだけでなく、その過程も楽しいと言う事だ。
 このきぐるみと言うアルバイトも、他者には自分が見えない、自分には他者が見えると言う
 マジックミラーのような、非常に優位性の高い立場に立った錯覚を感じる事が出来るという
 意味では、中々に楽しい。
 だがそれ以上に暑い。厚い。そして熱い。
(こ、これは……ちょっとしんどい……)
  海水浴場は当然ながら日陰となるものがない。
 そんな中できぐるみとなると、その中はサウナ並の温度になってしまう。
 ちなみに冬はサウナを体験した事はない。スパも健康ランドも行った事がなかった。
 それは兎も角『たつのおとん』は本物のタツノオトシゴの様相に限りなく近付いていた。
「……と言う訳で、これからビーチバレー大会が始まるそうです。ビーチバレーと言うと、
 テレビの前の高齢者の方々の若い頃そっくりの、あのペアが出てきて一気に知名度が
 上がったあのビーチバレーですよー。ふはははは」
  隣の芸能人がクソ寒い事を言っていたので、幾分マシになる。
 そんな中、ビーチバレー大会参加者へのインタビューが始まる。
 参加者の多くは、10代のカップルか、ママさんバレーの仲間内でのコンビだった。
 如月はどちらかと言うと後者を上手く転がしていた。
 その横で、たつのおとんは特に弄られるでもなく、クネクネしている。
 そんな中、10代の女性コンビにマイクが向けられた。
 神楽と秋葉だった。
「ぶっ!」
  思わずたつのおとんの長い口から変な声が漏れる。
「えーっと、たつのおとんが屁をかましましたけどね、ここノータッチで行きますよー」
  如月はベテランリポーターのような貫禄で軽くいなしつつ、神楽にマイクを向けた。
「何で出ようって思ったんですか?」
「え、えええ? えええっと、たまには? 運動? しないと? いけないかなー? とか? 思いまして……」
  神楽にしても、インタビューは予想外だったらしい。6回も半疑問系を交えながら応答していた。
「緊張してるみたいですが、ここもノータッチで行きます」
  流石にそれはレポーターとしてどうなの、と言う発言だったが、冬はツッコめない。仕方なく動向を
 見守る。
 次は秋葉へのインタビューを敢行していた。
「目標は何位くらいですか?」
「3位です」
  微妙な順位を断言していた。
「何言ってんのよ。2位よ2位! 2位以外あり得ないから!」
「3位です。3位以外は眼中にありません」
  何故か優勝以外の目標設定で揉めていた。
「お前等さ……これ一応生だから、今のやり取り全部流れたぞ」
「ゲ」
「……」
  如月の素の指摘に、2人は赤面しながら逃げていった。
「最近の女子高生は物怖じしませんねー。奥さんの若い頃とは大違いですねー」
「あ、みのに寄り出した」
「だから喋んなってば! お前もうクビになるぞ!」
  如月の叫びもまた、くらたテレビ(この地域のローカルテレビの名称)はガッツリ流していた。


 

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