自分は意外と少数派ではない――――そう神楽未羽が自覚したのは、結構最近の事だった。
女なのにゲーム好き。この時点で、相当なマイノリティであると既に自覚していた。
それは、例えば赤いものは熱い、青いものは冷たいと言う、誰に教わるでもなく
勝手に頭の中にイメージとして定着している、潜在的な意識と同レベルくらいに、
当然のものとして未羽の中には存在している思考だった。
あまつさえ、その中でも特に専門的、ディープ、オタク臭いと言われそうな、
RPGと言うジャンルのゲームをこよなく愛してしまったのだから、そこに疑念の
余地などあろう筈もない。
未羽は、諦観していた。
自分が普通の女の子ではないと言う事を自覚し、それでもゲームを、RPGを
手放せない事に。
普通の女の子として、小学生の時期にはピアノとか習ってみたり、ダンスの練習を
してみたり、洋菓子を作ってみたりすべきなのかなと思う一方で、家に帰っては
テレビをつけ、某有名アイドル事務所のエース的立ち位置にいるグループが
ホスト役を務めるバラエティ番組を躊躇なく変え、チャンネルをゲームのそれに合わせ、
昨日の夜にセーブした経歴の残る記録を選択していた。
流石にそれはマズイかなと思い、取りあえず茶髪にしてみようと考えたのは、
実は高校生になる少し前の春休みだった。
女子高生の茶髪率は、全国平均で約40%と言われており、何気にそれほど高くない。
とはいえ、未羽的なイメージでは、女子高生は茶髪じゃないとシカトされる、或いは
パパがいると勘違いされると言うくらい飛躍していた。
実際、都会に絞れば茶髪率は50%を超えるかもしれない。
それくらい、髪の毛の色が天然色の高校生は少ない。
長いものに巻かれる事、迎合する事が、普通の女の子に戻る第一歩だと信じ、
未羽は髪を染めた。
それが幸いだったのか、或いは災いだったのか。
高校生活を開始して直ぐ、それっぽい友達が出来た。
『あんたさ、実は最近じゃない? 髪染めたの』
名前は佐藤。佐藤夏莉と言った。
誰にも物怖じしない、あけすけな性格。
世の中に唾棄するかのような、荒い口調。
不敵な態度。
いずれも、未羽にとっては等身大の女子高生のイメージそのままの女子だった。
その佐藤に話しかけられた事と、あっさり高校デビューを見破られた事とが
顔の表面で交錯し、未羽は初めて、自分がどんな顔をしているのかわからなくなった。
『あ、やっぱりなー。そんな感じ。初々しくて可愛いとか男子が言いそう』
からかい甲斐のある奴みっけ。
そんな声が聞こえそうな、佐藤のその物言いに、当時の未羽は若干の不快感と
多少の高揚、そして自分の変化への手応えを感じたものだった。
その後、この佐藤と言う女子が、何気に乙女な一面を持っていることを知り、
それを知られた際の気恥ずかしそうな顔を見た時、未羽は実感した。
ああ、これで何とかなりそうだ、と。
実際、高校生活の序盤は順調だった。
妙な空気を持った女子、秋葉鈴音と仲良くなったのも、その一環と言っていいだろう。
秋葉と言う苗字を聞いて、まずあの電脳都市を思い浮かべた事には甚だ遺憾の意を
覚えずにはいられなかったものの、ペットが愛らしくてたまらないと言うその女子と
共感できる部分が多かった事に、少なからず自分が少しずつ『普通の女子』になっている
と言う事を確信したものだった。
自分はもう、自然なままにノーマルな女子高生として生きていける、生きていこうと。
だがそれは、ものの3週間で破綻する。
一大決心の元に、部屋のゲーム機『ユートピア』を押入れの中にしまおうとした時だった。
まず、その発想の時点で負けている。
売るなり捨てるなりするのが、正しい決別方法だ。
押入れなんて、部屋の一部に過ぎないのだから。
そして、未羽はそれどころか、押入れに入れる事すらできなかった。
何故?
そんな事はわかりきっている。
茶髪に染めても、女子高生らしい女子高生が友達になっても、男子に声かけられて
緊張しなくなっていても。
ゲームを好きでなくなる理由にはならなかったからだ。
この時、未羽は一大決心をする。
上手く生きてゆこうと。
学校では、ごく普通の、ドラマやメディアに出てくるような感じの女子高生を
『演じる』のではなく『自然に謳歌』しつつ、家に帰ったら、趣味のひとつとして
ゲームをしようと。
ゲームが女子にとって特異な趣味だとはわかっていても、誰かしらひとつくらい
人には言えないような趣味持ってるだろ、なら私もそのひとつを大事にしていこう、
と言う開き直り的な考えで、今後のライフプランを練った。
もし、佐藤や秋葉が家に着たいと言った時の為に、寝る時にはわざわざ紙袋に
ゲーム一式を入れていた。
『いとこの子のを預かってんのよ』
その一言で回避する為のカモフラージュだ。
万全。
昼は一般人、夜はゲーマー。
誰にも知られる事なく、これで生きていける――――
そう思っていた、高校一年生の6月。
梅雨の時期に突入する最中、未羽はとてつもない失敗をしてしまう事になる。
人生すら揺らぐ、大きな失敗を。