「……迂闊だよな。通販にすりゃ良かったのに」
「うるっさいな! その原因に言われたくない!」

 そして、時は流れ――――2年後。
 高校生活も終盤に差し掛かる中、未羽の元には1人の男子が常にいる。
 睦月冬。
 この高校において、生徒間の知名度は皆無に等しい一方、教師間の知名度は
 軒並み高い男である。
 何しろ成績優秀。この時期に、全国模試で偏差値60をゆうに超え、学年でも
 常に一桁の順位を取る、未羽にとっては妖怪とかそんな類の、信じがたい存在だった。
 そして同時に――――未羽にとって、もう2年もの間、趣味の話を遠慮なく出来る
 唯一の存在であり続けている。
「そう言や、ユー通(ユートピア通信と言うゲーム雑誌)見た?
 ラストリVI、シンボルエンカウントらしいぞ」
 睦月と出会って、それから色々な話をするようになって――――
 未羽は自分がどれだけRPGが好きなのかを自覚するようになった。 
 同時に、目の前で得意げに自身のゲーム感だの進行具合だのシンボルエンカウントの
 ゲームバランスに対する危険性だのを語る彼に対し、未羽は常に敵意を抱いていた。
 同属嫌悪とライバル視。
 ゲームユーザーにとって、同じ趣味の者に対して常に抱く感情だ。
 だが、それらは言ってみれば、スイカにかける塩のようなものだった。
 あの時のあれは――――未羽にとって口に出すのも恥ずかしい、
 そう言う類のものだった。
 今も、何気にひっそり心の中にその言葉をしまっている。
 恐らく、一生口に出す事のない言葉だと、未羽は自覚していた。
「……はぁ」
「何だよ。そんなにシンボルエンカウントが嫌なのか?」
「違うってば。そもそも私、あんたほどラストリに執着ないし」
 同じRPG好きでも、その嗜好は多種多様。
 未羽は、どちらかと言うとキャラクター重視のユーザーだった。
 具体的に言うと、キャラクター同士の掛け合いとか、キャラクターの性格、性質の
 ユニット再現率とか、友情とか、恋愛とか、そう言った点を重要視する傾向にある。
「そっか。お前に取っちゃ、ジ・エンドシリーズの格ゲーが出るって記事の方が重要だもんな」
「……ち、違いますよ違います。そんな訳ないじゃない。私は生涯、生粋のRPGマニアあんだらか」
「そうか。噛み倒すくらい楽しみなのか」
「違うってば! ただホラ、ずーっとRPGだとたまに煮詰まるでしょ? そこで
 スカッと出来そうなゲームを探してたのよ。それだけ、それだけの話」
「いや、別にそこまでして操立てる必要ないと思うんだけど……」
 呆れる睦月に対し、未羽は拗ねた顔を作りつつ、窓の景色に視線を移した。
 楽しい。
 結局、自分はずっと、こう言う話を誰かとしたかったんだなあと、改めて自覚していた。
 どれだけ佐藤や秋葉がいい子でも、流石にこう言う話題で盛り上がる事は出来ない。
 未羽にとって、睦月は代替の利かない存在だった。
 2年前からずっと。
 
 一時、睦月はゲームへの意欲を失った事があった。
 未羽がどれだけ話を振っても、余り身が入っていない、流すような返答が多い事があった。
 ケンカしていた訳でもないのだが――――何故か、そう言う時期があったのだ。
 それでも、未羽は話し続けた。
 相手と自分の温度差が明確な時、会話は空気の抜けたサッカーボールのように、
 驚くほど弾まないものだが、それでも寒い空気覚悟で話しかけ、メールし続けた。
 やがて――――根負けしたのか、或いは情熱が戻ったのか。
 睦月は、未羽と出会ったばかりの頃の睦月に戻った。
 正確には戻っていないのかもしれないが、ゲームの話題に対しての反応は、以前と
 変わらないものになっていた。
「そう言や、お前進路って決めた?」
 突然の睦月の問いに、未羽は視線を思わず丸くする。
「何、いきなり」
「もう3年だし、こう言う話題もアリかと思って」
「話題探す仲でもないでしょうに……ま、フツーに進学かな。私の成績で行ける所、
 多くないけど」
 進学を希望する高校生の多くは、具体的な大学を目指すと言うより、最終的に
 自分の成績で狙える所、と言う決め方をする。
 そして最終的にはセンター試験の成績で完全にターゲットを確定する。
 本来、そう言った決め方は良くないのかもしれないが、それが現実だ。
「で、あんたは?」
「まだ。進学は決めてるけど」
「それは何。進学ってだけで進路決定とは言わねーよって言う私への皮肉メッセージ?」
「いや、そう言うつもりはなかったけど……」
「良いよね優等生は。どうせ担任からも肩叩かれたりするんでしょ?
 期待してるよ、とか言われて」
 未羽はジト目で睦月を睨む。その目には、細身の男子の見慣れた苦笑が映っていた。
「ないない」
「まーったく、試験ばっかでキツキツよね、3年生は。来週も模試あるし」
 最近、2人の間ではゲーム以外の話も多くなった。
 ある意味、この2年と言う時を経て、未羽はようやく当初の目的を達成
 しつつあるのかもしれない。
 感慨のような感情を覚えつつ、未羽は窓の外に再び目を向ける。 
 すると――――先程とはかなり明るさが変わっていた。
 視界の端に、黒い塊が映る。
「うわ。雨降るんじゃない? これ」
「天気予報では10%だったけど……どうなんだろ。傘なんて持ってきてないのに」
「私だって持って来てない」
 顔を見合わせ、嘆息する。
 それから数拍の後――――どよめきと共に、校舎の窓が一斉に閉められた。



 

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