港町パジェス――――そこに辿り着くのが、現在の目的だった。
医療研究所に半ば強制的に収容されたリーヒラーティだったが、
そこで彼が知ったのは、自分を解剖して『アングロース・シンドローム(U・S)』の
治療法を見つけ出そうと言う計画だった。
抗体を作る事が可能かどうか、そもそもの原因は何なのか。
あらゆる謎の答えは、リーヒラーティの身体の中にある――――
そう言う結論から、彼の身体に対してより詳しい研究が許可されたのだ。
非人道的なその決定を下したのは、『ヤクンイタ』の国王。
つまり、リーヒラーティは国をあげて『世界の為に犠牲になれ』と
勧告されたのだ。
しかし、そんなのはゴメンだと言うことで、リーヒラーティは研究所から
抜け出した。
無論、単身では不可能。彼は独房のような部屋に閉じ込められていたのだから。
そこでリーヒラーティを逃がす為に一肌脱いだのが、研究所の職員の一人、
ハーティア。10年前、15歳の時に『U・S』を患った女性だった。
ハーティアは国の身勝手な決定に反感を抱き、リーヒラーティを逃がす為
研究所の警備システムを解除する。
そこで警備用の4足歩行ロボットと戦い、見事勝利し、リーヒラーティは脱出に成功した。
今、リーヒラーティは『ヤクンイタ』で逃亡生活を続けている。
その途中にある『ホブゴブ村』で、現在16歳だが、まだU・Sを発症していない
ラナと言う女の子と出会って、暫くその家で匿ってもらう事になった。
だが、村人はそれを良しとせず、研究所からの追っ手も現れた事で
リーヒラーティは村を出る決心をする。
匿えば、国に逆らう事と同義。
迷惑が掛かるのは明白だからだ。
だが、ラナは村人に問う。
これで良いのか?
自分達がよければそれで良いのか?
しかし――――村人は皆、口を揃えた。
『それで良いんだよ。余所者を庇って国に逆らうなんて、馬鹿じゃないのか?』
聡明な村長ですら、その姿勢を崩さない。
そして、リーヒラーティを庇うラナをも批判した。
ラナは絶望し――――リーヒラーティと共に村を出る事に決めた。
とは言え、そこには正義感だけではない、自分自身の問題も少なからずあった。
もし、自分がこの後17歳になってもU・Sを発症しなかったら――――
リーヒラーティの身の上は、明日の我が身なのだ。
その事を正直に話したラナに対し、リーヒラーティは笑顔を向けた。
もしそうなったら、今度は自分が守ると――――そう約束した。
少年と少女の、たった2人の逃避行。
相手は国。まともに逃げていては直ぐに捕まる。
まずは国から逃げ出し、安全を確保しなくてはならない。
そこで、情報屋を名乗るゲールと言う男から得た情報を元に、
港町パジェスにいる、密航専門の船乗りを尋ねる事になった――――
と、ここまでが先日進めた所。まだ序盤も序盤だった。
未羽は、風邪と言うどう考えても最悪なコンディションの中、
適度に戦闘をこなしつつ、港町パジェスに辿り着いた。
その途中にリーヒラーティとラナの会話には、常時ニヤニヤが止まらなかった。
未羽は――――恋愛話が好きだった。
ただ、それは恋愛ドラマや恋愛小説、或いは恋愛マンガと言った分野のそれではなく、
RPGの恋愛が好きだった。
しかも、恋愛を前面に出さないRPGの恋愛がお好みだった。
RPGと言うゲームの特性上、心情の機微ややり取りと言うものは、
かなり断片的に語られる。
そこがいいのだ。
心情を一から十まで語られるのは、どうも押し付けられているようで
好きではないのだ。
自分で想像する余地が多い方が、楽しめると言うスタンスだ。
尤も、キャラクターに関してはしっかり設定されている方が好みと言うのだから
ややこしいと言えばややこしい。
その為、恋愛要素の極めて少ないラストストーリーシリーズは、そこまで
のめり込める事はない。
一方、そう言った要素が結構あるジエンドシリーズは、相性バッチリだった。
だが、その相性で時間を忘れて進めて行く予定だった未羽の頭に
変調が現れる。
まず、第一の要因としては当然風邪の影響だ。
だが、これまではゲームへの集中力で跳ね除けていた。
問題は――――そのゲームへの集中力が切れてしまった事だ。
港町パジェスで密航専門の船乗りを探さなくてはならないのだが――――
一向に見つからない。
町人全てに話しかけた。
民家にも全て立ち寄った。
しかし、手掛かりすら見つからない。
そうなって来ると、集中力は切れていく。
徐々に、画面がゆーらゆーらと揺れだしている事に、未羽は気付き始めた。
(う……もうダメかも)
時計を見ると、既に16時45分。
学校も放課後に突入している頃だ。
ここまでの間、昼食タイムとトイレタイム、あと普段見れない
昼のバラエティーとワイドショーを1時間ほど見た以外は、全て
ゲームをやっていた。
その無謀とも言える行動は、確実に未羽を弱らせていたのだ。
コントローラーを置くのと同時に、異常な寒気が襲って来て、未羽は戦慄を覚える。
(う……わ……これマズい)
熱を測るのも怖いと言う感覚を、初めて味わった。
慌ててベッドに潜り込む。
朝はあれだけ暑かったのに、今は布団が全然足りない。
寒い。寒すぎる。北海道――――いや、オーロラを身に北欧にでも
行ったような感覚が、未羽を襲撃していた。
押入れから新たに羽毛布団を出し、ベッドまで運ぶ。
風邪薬は食後に服用する必要があるので、今は飲めない。
しかし、我慢できずに飲んでしまった。
それで効果が得られるはずもないが――――そうせずにはいられなかった。
だが、そんな恐怖すら。
未羽の【ジエンド
オブ
グロース】に対する情熱を完全に鎮火させるには
至らなかった。
「ふぅ……はぁ……」
朝は出ていたくしゃみが出なくなり、鼻水も出ない。
その代わり、かなりの不快感が眉間の奥辺りに噴出していた。
身体の節々も痛い。これまでの風邪では見られなかった症状だ。
それでも、未羽は一息吐いたあと、再びコントローラーをその手に取った。
何故そこまでする必要があるのか。
体調の回復を待てば良いではないか。
否。
未羽を動かしているのは、そのような理性的な思考ではない。
密航専門の船乗りを探して、先に進む。
先を見たい。
そんな欲望だけだった。
本能のままに記録を呼び出し、港町パジェスのセーブポイントから再開。
暫く街中を歩き回り、ふと宿屋に泊まったところ――――新たなイベントが発生した。
『もう。何処にもいないじゃない、その船乗り。あの情報屋の人信用できるの?』
『もっと念入りに探してみよう。密航専門なんだから、そう簡単に見つかる場所には……』
『私は、信用できるのか、できないのかって聞いてるの!』
夜の宿で、ラナとリーヒラーティがケンカを始めた。
ラナは当初こそ正統派ヒロイン宜しく優しい感じの敬語で話していたが、
徐々にフレンドリーな話し方に変わり、割とアクティブな性格が表面に出て来ていた。
一方のリーヒラーティは、悲愴な運命を背負った事もあり、やや内向的だ。
「……」
未羽は、嫌な事を思い出し、顔をしかめる。
(そう言えば――――ケンカしてたんだっけ)
一方的に自分ががなり立てただけと言う気もしていたが、未羽は
風邪で重い頭を更に重くし、嘆息した。
あのケンカの後学校を休んだとなると、色々余計な事を考えるに違いない。
未羽の知る睦月冬とは、そう言う男子だった。
出会った頃よりは大分フランクな感じになってはいるものの、
基本はゲーム以外にはネガティブで打たれ弱い人間なのだ。
「……はぁ」
先日の自身の言動を思い返し、大きく息を落とす。
わざわざ騒ぎ立てるほどの事でもなかったのだが、自分が軽んじられている
気がして、つい事を荒立ててしまった。
軽くあしらわれたくない――――その思いは変わらない一方で、
言い方を少し抑えればよかったと言う後悔もあった。
そんな事を考えていると、徐々にゲームへの集中力が切れていく。
すると、不快感がズンッと、負債の様に上乗せされて来た。
流石に今日はここまでか――――そう終わり時を悟った刹那。
「ういーす、お見舞いに来てやった……何してんのアンタ」
突然部屋の扉が開き、佐藤夏莉の姿が現れ――――
コントローラーを握って画面を凝視している姿を、モロに見られてしまった。
「うあ、その、違うのこれは……くきゅ〜」
「ちょっ、未羽!?」
神楽未羽、高3の初夏。
これまでひた隠しに隠してきたゲーマーと言う本性をついに知られてしまった。
どうする!?
どうなる!?
物語は怒涛の後半戦に続く――――
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