日本の学校と教育制度が崩壊して、幾ばくかの時が流れた……らしい。
ドラマで見る限りは、授業が始まっても教師の言うコトを聞かないで、わいわい騒いでる
なんていう光景が、すなわち学級崩壊なんだと、自分の中では認識していた。
でも、実際のトコロは、あんなモンじゃないそうな。
最大の敵は、生徒にあらず。
不良とか、無気力学生とか、そういうのは厄介ではあっても、敵ではない。
生徒はどれだけ横着でも、学校にとっては構成員。
本当の外敵は、その生徒の親。
モンスターペアレンツ、なんだと。
俺の親は、そんな化物と形容される人種じゃなく、ちょっと愉快な何処にでもいる
普通の人間なんで、モンスターと形容される親ってのがどんな連中なのかは、見た事がない。
だから、その脅威を実際にこうして説明されても、良くわからない。
そう。
俺は今、そんなモンスターに関する説明を受けている。
ココは俺の家の、俺の部屋。
ちなみに64畳ある。
一応、個人の部屋なんだけど、使わないエリアが60畳あるんで、そこを応接間にしていた。
「……と言うワケで、君の家の財力を見込んで、是非投資をして欲しいのです。
黄金崎恭馬君。いや、恭馬さん」
その応接間で、にょーーーーんと伸びた長机の端っこに座る俺に対し、隣に座っている
来訪者の男は、切実な表情をしながら、そんな懇願をしてきた。
俺の年齢は15歳。
目の前の男は、外観から察するに、60は下らない。
つまり、クアドラプルスコアの差で年下の俺に、その男は遜っている――――ってワケだ。
「いやさ、恭馬様!」
「いやいやいや、遜りすぎでしょ……それは」
しかも、ぶわっと言う擬音が聞こえてきそうな勢いで、思いっきり泣き出した。
「どうかっ! どうか出資を! そして、我が萌木学園をっ! 我が萌木学園に
新たな息吹をーーーーーーーーっ! うおおおおおーーーーーーーーーーーん!」
と言うか、絶叫し始めた。
「お、落ち着いて下さい。いい年こいてなんちゅー泣きっぷりですか」
「だってっ、だってもうっ、もうね、もうねっ、もうダメなの! ワシもうダメなの!
教育は死んだの! 教育者の崇高なる精神なんてもう、もうダメなんだよおおおほほほん!」
号泣だった。
老人と呼んで差し支えない人間の号泣、見るに偲びなさ過ぎ。
なんか、地獄絵図見てるみたいで気分が滅入る。
「お願いですっ。ワシの学園を蘇らせて下されっ! 貴方がたの、黄金崎家のその
有り余る富で、その物量をもって、この街に蔓延るモンスターペアレンツを
完膚なきまでに叩きのめして下されええええええええええええっ!」
「だーっ、頬を摺り寄せるなジジイ! 加齢臭がヒドい!」
「うおーーーーーーーーーーん! うおーーーーーーーーーーーーーん!」
高校一年生になったばかりの青二才の少年が、人生経験豊富な老人に文字通り泣きつかれる。
そんな奇妙な絵には、当然ながら理由があるワケで。
そんな誰にも需要のない、悲惨極まりない絵面がもうちょっと続くんで、暫く画面を切り替えて、
その理由を説明するコトにしよう。
ちょっと愉快な、でも何処にでもいるようなウチの両親ではあるけど、
実はちょっとだけ人と変わったトコロがある。
発明家。
そんな職業に、二人して身を投じている点だ。
元々は、ただの会社員と、ただの専業主婦。
けれど、二人は共通の趣味を持っていた。
それが『発明』。
結婚後も、俺の育成や日常の生活の隙間に、その趣味をひっそり堪能してたらしいんだが、
その発明品の一つ、『ノーズバリカン』がまさかの大ヒット。
入れるだけで安全に鼻毛をキレイにカット、と言う鼻毛用の小型バリカンだ。
なんとも微妙な発明なんだけど、それがインスタントな世相にマッチしたのか、
年商8億と言う、嘘みたいな大金を生み出す発明品となってしまった。
結果、ウチは政治家や地元の病院の院長が腰を折って訪れる大富豪となり、
俺にもこんな無駄に広い部屋が与えられるような、大豪邸を手に入れた。
ただ、生まれながらの大金持ちじゃないんで、こんなだだっ広い部屋にいても
居心地が悪いったらない。
だもんで、生活空間はそれまで通り、約4畳のみを使用している。
で――――そんな大金持ちの家になった我が黄金崎家なんだけど、両親は
自分達がセレブやら要人やらになった自覚なんてまるでなく、寧ろそれまで以上に
趣味に時間を費やせる事に喜びを見出し、日中は殆ど地下室から出てこない、自堕落(?)な
生活を営んでいる。
そして、困った事に。
外来関係の殆どを、一人っ子であるトコロの俺が担当する事になっちまった。
こっちも学校があるんで、決して日中暇なワケじゃない。
だが、発明者なんて大抵『変人』と言われるもので、俺の両親も他人が言うには
その分類に属するらしく、余り対人スキルが高くない、って言うか壊滅的に低いってんで、
常識人の俺に御鉢が回ってきた。
それが、セールスマンや怪しい隣人を追い返すだけの子供のお留守番なら、
別に大した負担にもならない。
けど、気付けば俺がこの家の全財産を管理する役目を背負っていた日にゃ、
そうも言っていられない。
それはもう連日、っていうか連時、俺の携帯には寄付やら協力やらを依頼する
コールが掛かって来る。
非常に面倒臭くなったんで、去年、受験生になった時点で携帯を持つのを止めた。
それでも、俺が学校から帰った頃合を狙い、来訪者は忙しなく現れる。
そして――――今目の前にいる男も、その中の一人だった。
以上、説明、終わり。
「お願いだからーーーーーーーーっ! 力を貸してくれなもしーーーーーーーーっ!」
「いつまで顔近づけてんだアンタは! 離れろ良い加減!」
もう説明も終わったんで、老人を頭突きで弾く。
「ぐうううおおおおおおおっ! だがこの痛み! この痛みは肉体の痛み!
精神を蝕まれるよりは全然良いぞおおおおっ! もっと! もっと下されい!」
真性の変態である、と確信する事に何ら躊躇の必要ない発言を頂きました。
強制退場させたい欲求が全身を戦慄かせるが、如何せんこんなんでも、地元の有力者。
そして、俺の通う学校の理事長。
追い返すワケには行かない。
「取り敢えず、そろそろ落ち着いて下さい。アンタ、さっきから痴呆症フルスロットルで
何をしたいのかサッパリです」
「うう、取り乱してしまいました……申し訳ない」
一応、この人の経歴と名前はさっき貰った名刺を見て確認している。
私立萌木学園理事長、風祭洋。
あと、財団法人の風祭会の理事長をはじめ、6つの役職を兼任してるらしい。
財界人。
中々の大物と言っていいだろう。
ただ、人格は爽快なくらいに破綻している。
そんな風祭氏が俺の、正確には俺の預かる財産を欲している理由は――――
学園の再生の為の資金繰り。
なんでも、今年で創立50周年を迎える萌木学園だが、教員の多くが
モンスターペアレンツにボロボロにされ、人員不足に陥ってしまったらしい。
優秀な教師は、余りのモンスター達の執拗な攻撃に嫌気が差し、
別の学校や進学塾などへ移籍してしまったそうな。
資金投入で補充しようにも、現在の不況によって、風祭氏にも余裕はなく。
その結果、表層こそ取り繕っているが、内情はエラいコトになってるらしい。
つーか、俺が通い始めた学校、そんなコトになってたんかよ。
入学してもう一月経つけど、そんなの全然知らなかったぞ。
……ま、情報交換する友達とかも、いないんだけどね。
「数年前までは、東京大学、京都大学へ常に数人の合格者を出していた
優秀な進学校だったのに……おのれ、うぬれぇモンスターどもめええええ」
頭を抱え、風祭氏は嘆く。
が、それも一瞬。
直ぐに、目を剥いて俺に縋りつく。
「このままでは、萌木学園50周年記念の年に廃校、なんてコトにもなりかねませぬ。
どうか、再生の為の資金援助を! そして、我が萌木学園に一筋の光をーっ!」
うおおおお、と泣き叫ぶ風祭氏を尻目に、俺は暫し思慮に耽った。
一応、この家の財布の紐は俺に預けられている。
解くも結ぶも、俺次第。
両親の熱い愛を感じずにはいられず、頭痛がする。
で、これまで俺に擦り寄ってきた連中の多くは、恨み節を残して去って行った。
権力者ってのは、どうにも自己顕示欲が強いというか、選民意識が強いというか、
要するに性格が捻じ曲がった連中が多くて、多くの連中が『君達にとっても
我々に寄付する事が名誉となる筈だがね』とか、『我が社の株主になれば
今より莫大な富を得る事が出来るのですよ』とか、上から目線のドヤ顔で言い放つ輩が多い。
たかが10代のガキに何がわかるんだ、と逆ギレした連中もいた。
当然、協力なんてする筈もない。
そんな中、このジイさんは、挙動こそどうかしてるが、まだ好感が持てる。
ウチの有り余る富で、萌木学園の再生とやらが出来るのかどうかは知らんが、
自分の通う学校が滅び行くのを傍観するのは忍びない。
「わかりました。出資はOKです」
「うひょーーーーーーーーーーーーーーっ!」
風祭氏は老人にあるまじき雄叫びをもって、歓喜を表現していた。
ヘンなお人だ。
「ありがとうございます! ありがとうございます! これで我が萌木学園も
安泰ですのじゃ! よし、早速あのモンスター共を皆殺しにする
バズーカ型ロケットランチャー一式を旧ソビエト軍の武器商人に依頼――――」
「すなっ!」
全力で叩く。
老人の頭を叩くというのは、例え身内でも相当気まずいってのに……やらせんなよ。
「イリーガルな使い方すんなら、即刻取り消しますよ」
「す、すいませぬ。若い時分の煮え滾る闘争心が蘇ってしまい……」
いかん……これは想像以上にヤバイ老人だ。
やっぱり止めとくか?
けどなあ……悪い人じゃないだけに、ここで無碍にはしたくない。
これまでの人生で、何度も悪人を相手にしてきた経験上、こう言う人を
余り失望させたくないんだよな。
正確には、そういう自分でありたいと思ってる。
――――自分が稼いだワケじゃないお金を、自由に出来る。
それも、途方もない額。
そんな中、俺は自分自身でも、何処か相手を見下すような言動や思考が
自然と湧いてきてしまうコトを、悲しい哉、実感していた。
俺の管理する財産を頼りにしようと訪れる人達に対し、まるで自分の力で
その連中を救うかのような心持ちになってしまう自分が、垣間見えてたりした。
怖いコトだ。
今も尚、そう言う一面が顔を覗かせるコトがある。
そんな人間にはなりたくない。
だから、ホントは全員の話を断ってしまいたい。
でも、それはそれで、本当に困ってる人をスルーしてしまう。
これでも、結構苦労してるんだ。
そんな俺のジレンマが心を掻き乱す中――――それまで泣き喚いたり
はしゃいだりしていた風祭氏が、突然帳尻併せのような真顔で、俺の手を取った。
「君は、とても心の優しい少年だ。君になら、我が萌木学園を任せられる」
「……突然なんですか?」
「いや、実は出資先だけでなく、人材の方も捜していたのだが、ちょうど目の前に
素晴らしい人材がいるコトに、今ワシは気が付いた。と言うワケで、宜しく頼む」
な、なんだ?
一体何が起こってるんだ。
整理しよう。
こういう時は落ち着いて考えをまとめないと。
出資を頼まれた→OKした→学園を任された
もう終わっちゃった!
二つ目の矢印の前後に、全く関連性が浮かんでこない。
俺は今、どう言う状況に身を置いてるんだ?
「あ、あの……任せるって具体的にはどう言うコトなんでしょうか……」
「無論、経営だ。君に私立萌木学園の経営を頼みたい。ご自分の投資額の範囲で、
好きなように学園を動かしてくれ給へ」
キッパリと。
風祭氏は、ワケのわからないコトを言い出した。
「はあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
そんな俺の雄叫びが、コメディ人生の始まりを告げるブザーとなった。
S S S S
執行部!
と、まあ、その後も色々と悶着がありつつも、風祭氏の鶴の一声は変わる事なく。
心ならずも、俺は15歳の身空で、学園の経営を行う事になった。
無論、経営なんてやったコトはない。
そもそも学校って経営するトコロだったのか、ってレベルだ。
一体何をどうすればいいのか、まるでわからない。
そして翌日――――そんな混乱している俺に、早速呼び出しが掛かった。
校長室への誘導。
憂鬱な思いで、扉を開く。
「……失礼します」
「うむ。まあ、掛けたまえ」
私立萌木学園校長、赤木吾郎氏。
入学した際に、一人ここに呼ばれ、挨拶なんぞされた。
一介の高校生がそんな特別待遇を受けた日には、クラスメートから距離を置かれて
しまうのは火を見るより明らかなんだが、その配慮を全く出来ないダメな校長だ。
「この度は、学校の経営を任されたらしいが……取り敢えず、私をクビにしないでくれ。
頼む。ホント、マジでお願い! 子供4人いるんだって! 頼むって!」
そんなダメ校長は、俺の顔を見るなり土下座して懇願してきた。
……校長にこんな態度取られた高校生は、一体どんな対応をすれば良いんだ?
マニュアルがあるんなら、売って欲しいくらいだ。
「お願いだから〜後生だから〜」
「あの、頼むから泣かないで下さい。二日連続で超年上の相手に泣かれるのって
本気でキッツイです」
「拒否する! 今の身分と収入を保証してくれるまで、この涙一向に止め処なく!
おーねーがーいーだーかーらー」
勘弁してくれ……
「あの、将来的な保障は出来ませんけど、直ぐ辞めて貰うってコトはないんで……」
「ううむ、仕方ない。この際贅沢は言えんか……で、どうかね、経営はしっかり出来そうかね?」
いきなりキリッとされても、対応に困る。
成程……わかった。
この学校がモンスターペアレンツにボロボロにされた一番の原因は、この校長だな?
コイツ、アホだな?
俺の先の呼び出しの件、配慮不足ってか、ただのアホによるアホな行為だったんだな……
「正直言って、右も左もわかりませんよ。突然ですし。って言うか、これホントに
正式決定なんですか? あの理事長、なんか冗談とか好きそうだし、
『うっそぴょーん! ドッキリでしたー! ホレ校長、ワシゆったじゃろ!?
こやつはクソ真面目だから絶対引っかかるって言ったじゃろ!?』って感じで
その辺から出てくる事を期待してるんですけど」
「残念だが、正式決定の書類が今朝FAXで届いた。契約書も」
「……マジですか」
一縷の望みを消され、項垂れる。
学生の身空で、その学園を経営とか……一体どうなってんだよ。
「取り敢えず、理事長の命令は絶対なんで、後は宜しく頼む。新オーナー」
「オーナー……」
嫌な響きだ。
って言うか、コレって丸投げだよな……学校の経営を高校生に丸投げすんなよ。
「我々は負け犬なので、基本的に口は挟まない。私をクビにしない限りは、好きにしてくれ。
経営コンサルタントを雇ってもいいし、誰か他の専門家を招き入れてもいい。
自分で全部出来るのなら、それでも構わない。では、授業に戻りたまえ」
真顔で全力の保身を唱えつつ、校長は言葉を切った。
背を向けるとほぼ同時に、携帯の着信音が聞こえて来る。
「あ、ワイフ? いやー、大丈夫だったよ。うんうん、これで来月は5人目に挑戦出来るな。
はっはっは、何を照れているんだ。私はもう今からギンギンだぞ?」
「……降格だな」
聞こえないように呟きつつ、生徒の聞こえる位置で下ネタに走る元校長の部屋を出る。
後で教頭室へ顔を出しとこう。
新校長に挨拶しておかないとな。
さて――――と言うワケで、教室に到着。
この学校へ入って一月が経過したものの、例の件もあって、俺に話しかけてくれる
クラスメートはいない。
圧倒的孤立。
悲しいかな、これが今の現状だ。
もしかしたら、影でコソコソ悪口を言われてるのかもしれない。
自分、ボンボンですから。
妬み、嫉み、羨みと言った悪意を向けられるのは、慣れたもの。
悲しいかな、それが金持ちの子供の現実だ。
正直、俺にとって金ってのは、余り魅力的なものじゃない。
こんなコト、世のお金に苦労してる人達に言えば、八つ裂きにされかねない問題発言だろう。
つっても、仕方ない。
俺は、金がある事で散々苦労してきたんだ。
その実感がある以上、こう言う思考にならざるを得なかったワケで。
俺の将来の目標は、『必要以上のお金を持たない堅実家』と言うコトになっている。
人は、無い物をねだる生物なんだと、つくづく思う。
「黄金崎君」
嘆息交じりに机に突っ伏す俺に、声が掛かる。
異常事態だった。
高校生活を始めて、初めてのコトだ。
けど、そんな本来は心躍る場面でも、俺の胸は躍動しない。
なんとなく、今後の展開が想像出来るから。
「放課後……バレー部の部室に来て。一人で、ね」
この声だけを聞くと、ロマンスの神様がこの人ですと言ってるかのような
淡い恋の予感を感じずにはいられないシチュエーションなんだけど、
当然ながら、ときめく筈もなく。
間違いなく、俺がこの学校の経営権を得た事を知っての呼び出しだ。
恐らく、部費を上げてくれ、っていう交渉をしたいんだろう。
何処から漏れたんだか……って、言うまでもなくあのスチャラカ理事長か。
で、その後も――――
「黄金崎ってのはこのクラスか! 野球部の部室に来い! 必ずだぞ!」
「黄金崎君、サッカー部キャプテン、友永だ。放課後、部室へ来てくれ」
「黄金崎さん……呪術部の儀式場……屋上に魔法陣が……フフ」
案の定、こんな感じで、ほぼ全ての部活の連中から熱烈なお誘いを受けた。
なんか、『言うコト聞かなかったら酷いぞ』感がハンパないな。
最終的に屋上で呪い殺されて、吊るされそうだ。
つっても、今日中に全部の部室へ行くのは、物理的に不可能。
さて、どうしたもんか……
「黄金崎くん、おりますかー? 放課後、生徒会室へ行くように、だそうですよー。
最優先でお願いとのコトなのでー、他の部活動のみなさんは少しお待ちくださいませませ、
だそうですよー」
困惑していた俺の耳に、担任が教室に入りがてら言い放った言葉が飛び込んでくる。
ウチの担任は、和み系の女性。
まだ20代前半の、出来立てホヤホヤの教師だ。
このクラスが学級崩壊とは無縁なのは、この先生の持つ雰囲気の所為なのかもしれない。
いずれにしても――――生徒会が気を利かせてくれたお陰で、行き先は決まった。
で、サクッと放課後。
「失礼します」
気が進まないものの、生徒会室の扉を開くと――――そこには、既に4人の生徒会役員が
集合していた。
男2、女2。
男は、メガネを掛けたセンター分けが1名、スネ夫みたいな口したヤツが1名。
女は、サドっ気のありそうな長髪の美人が1名、大人しそうなセミショートのコが1名。
セミショートの女子は、その胸にフェレットを抱いている。
う、カワイイ……なんで学園にペット持ち運びしてるのかは知らないけど。
「まあ、掛けたまえ」
センター分けの男が、威厳のある所作で椅子へと誘う。
理事長や元校長にもコレくらい威厳があればな……
「ご丁寧にどうも。用件を窺いましょう」
「うむ。では、九頭竜坂、説明を」
何かスゴくカッコいい苗字だな。
誰の事を指してるのか……
「九頭竜坂、説明を」
「自分でなさい。この私に雑用をさせる気?」
「は、はひっ! 自分、説明をさせて頂きます!」
……なんだ? 今のやり取りは。
ちなみに、九頭竜坂って言うのはサドっ気のありそうな女子の事だったらしい。
その女子に拒否されたセンター分は、光悦とした表情で敬礼し、忠誠を誓っていた。
「では、説明しよう」
「いや、今更キリッてされても、もう手遅れなんですが」
「単刀直入に言う。君に生徒会への加入を直訴したい」
無視しやがった。
ってか、こいつ等も囲い込み目的か。
想像はしてたけど。
「自己紹介が遅れたが……僕は、御園生龍之介。三年だ。生徒会長をしている。そっちは……」
「書記の皇直人。同じく三年。よろしゅうに」
センター分が生徒会長、スネ夫っぽい人が書記、か。
まあ、見た目通りではある。
ただ、さっきの件で既に生徒会長の権威も地に落ちているが。
「で、こちらの方が、副会長であると同時に、九頭竜坂財閥の次期当主、九頭竜坂咲来」
九頭竜坂財閥……御免なさい、わかりません。
いや、フツーの金持ちなら財閥の名前くらい知ってるだろうケド、ホラ、ウチって
成り上がりだから。
三井や三菱なら知ってるんだけど。
で、その九頭竜坂咲来という女子は、初対面の相手には決してしてはならない表情で、
冷えた視線を投げ掛けている。
「そして、そちらが理事長の御孫、風祭ののかだ」
「ご紹介に預かりました、会計担当の風祭ののか、二年生です。そしてこのコは
フェレット型魔族のウロボロス第四形態です」
「きゅー」
一方、理事長の孫と言う人物は、物腰こそ丁寧でまともだったが、ペットの紹介の
時点で全てが終わっていた。
中学二年の時点で頭が成長を止めた、例の病気なんだろうか。
あの理事長の孫だしな……色々仕方ない。
ちなみに、愛想良く鳴くフェレットは超可愛かった。
このコにウロボロスなんて名前を付けるとは、どう言うセンスだ。
ロロちゃんと、そう呼ぼう。
そう決めた。
「きゅー」
心が通じたのか、ロロちゃんは笑顔っぽい表情で鳴いた。
うう、なんて愛らしさだ。
強奪したい。
「そして、君は今や総資産20億とも言われる黄金崎家の長男、黄金崎恭馬君」
「わざわざ俺の紹介までどうも」
実際には、もっと少ないんだけどね。
「経営者でも投資家でもない、個人の総資産としては、この数字は驚異的だ。
どのような税金対策をしているか、一度聞いてみたいものだが」
「してないですよ、ンなもん」
その所為で、毎年数億もの税金が搾取されてる。
法人化した方がいいんだろうケド、如何せんウチの親、そういうのに
一切興味がないし、俺も興味がない。
それでも金が溜まってるのは、単に無駄遣いをしてないってだけだ。
コレだけの金額、預金するだけでも一苦労。
リスクマネージメントの観点から、一つのメガバンクに……ってのも
ちょっと厳しいし、あんまり小分けすると、何処に預けたかワケわからなくなるし。
面倒臭いったらない。
「それは、まあ良いとして、だ」
生徒会長は作り笑いを浮かべ、話を進めた。
「そんな資産を有している家のご子息が、この度、萌木学園の
経営権を得た。当然、生徒の代表である我々には、無視出来ない事態と言うワケだ」
生徒会長はそこまで足早に告げ、椅子に座る俺に鋭い視線を向けた。
「黄金崎恭馬。悪いようにはしない。我が生徒会へ入れ。今のままでは、君は
各部活動の連中から執拗に狙われ続けるだろう」
「で、この生徒会に入れば、その連中から俺は守られる、と?」
「ま、そうゆうこっちゃ。ここには、総資産1000億とも言われとる九頭竜坂の
お嬢様と、理事長の孫がいるさかい。手ぇ出せるヤツはおらんよ」
スネ夫先輩のフォローが入り、それで納得。
つまり、ここには権力者が揃ってるってコトだ。
生徒会長は御園生と言う男だが、実質的に権力を握ってるのは、女子の二人、ってか。
そして、この二人には、他の生徒も当然逆らえない――――
「って、そんな財閥の御令嬢がいて、どうして一般人のモンスターペアレンツなんかに
良いようにされてるんですか?」
俺のそんな素朴な疑問を、当事者である九頭竜坂は鼻で笑った。
「そんなコトもわからないの? これだから庶民は……」
「九頭竜坂、そのようなものの言い方は感心しないな。人の上に立つからこそ、
もっと一般人と同じ目線で物事を……」
「下らない自己の価値観を私に押し付けないで」
「はああい。ひょおおおおおお」
そして、その九頭竜坂に意見し非難された生徒会長は、恍惚の表情で身悶えていた。
ああ、成程。
生徒会長、マゾなんですか。
相当なマゾヒズムをお持ちで。
どうしたもんかな……ま、それ以外の人格はまともだし、取り立てて
問題があるってコトでもないのか。
生徒会長としての資質には多大な問題があるかもしれないけど。
「で、そろそろ答えをお願いしたいんですが」
「自分で考えれば?」
無碍にされた。
この女……なんて嫌な性格なんだ。
やっぱり、生まれながらの金持ちはこんなんばっかなのか。
「まー、そーいーなや、九頭竜坂はん。唯一の同級生なんやから、なかよーせんと」
スネ夫先輩が再びフォロー。
この人、まともだな。
口はスネ夫だけど、性格は良さげだ。
大長編でも難アリなスネ夫なのに。
つーか、同級生ってコトは、あの女一年なのかよ。
「全く……仕方ないわね。私が特別にレクチャーをしてあげましょうか。
本当は説明なんてしたくないんだけれど、仕方ないわ。したくないんだれけど」
やけに嬉しげに、九頭竜坂は立ち上がった。
説明するのが好きなら、最初から素直にしろよ。
「この私、九頭竜坂咲来がいるにも拘らず、下賤の者に良いようにされている理由は……
この私が慈悲深い心を持っているからに他ならない、ってコト。わかる?」
「何を言ってるのかサッパリわからない」
「随分と鈍感でいらっしゃるのね。育ちの悪さが窺えてよ」
九頭竜坂は、天然の御嬢様らしい言葉遣いで非難をしてきた。
だが、その指摘は間違いではない。
確かに、俺の育ちは余り良くないしな。
それを卑下する気はカケラもないけど。
「私は、自分の家の権力をもって、庶民の愚かしいクレームに対して圧力を掛けると言う
行為を良しとしないの。教師を守る義理もないし。私に実害もないし……ね」
要するに。
自分に火の粉が飛んでこない以上、動く気はないらしい。
「つーか、その回答の何処に慈悲深いってのが掛かってくるんだ?」
「あら、わからない? 私が動けば、モンスターペアレンツは勿論、その子供も
同時に闇へと葬れてよ?」
成程。
やるなら徹底的に、ですか。
物事に対していちいち極端なのは、今時のコって感じ。
「と言うワケで、我々生徒会は手を拱いていたのだが……君が経営をするに辺り、
対モンスターペアレンツ用の資金を用意してくれると言う事を理事長から、
正確にはその孫からだが、聞いている。その点に関しても、我々ならば力になれるだろう」
生徒会長のメガネが、キラリと光る。
要するに、経営の手伝いをしたい、と言うコトか。
そして、実質的な学園の経営権を握りたい。
そんなトコロだろう。
「あの……一つ質問があります」
そんな俺の思慮中に、理事長の孫が挙手してきた。
それに合わせ、胸のロロちゃんが首をぷるぷる震わせている。
ああっ、ロロちゃん超可愛い。
略奪したい。
「彼を生徒会に入れるとすれば、役職はどのように? 既に全て埋まっていますが。
私は会計と言う職を譲る気はありませんし、もしそれを強奪すると言うのであれば、
容赦は出来ません。殺します。全身くまなく殺します」
突然、その口から殺伐とした言葉が出て来た。
あれー、なんだ?
この人、怖い人なのか?
いきなり殺すとか言われた日には、ドン引きだ。
「待つのだ、ののか……今は力を解放する時ではない」
そして、今度は突然ロロちゃんが喋り出した。
言葉遣いとはまるでそぐわない、甲高い声で。
……腹話術か?
中二病ってタイヘンだな。
色々出来ないと勤まらないんだな。
逆に感心しちゃったよ。
「と、取り敢えず落ち着いてくれ、風祭さん。大丈夫だ、会計は君のものだ。
君の為の役職だと僕は断言しよう。だから最後に僕を罵ってくれ」
生徒会長はドサクサに紛れて自分の欲望を満たそうとしていた。
誰だ、コイツを生徒会長にしたのは。
って、生徒の投票か。
……この学校大丈夫か?
「それを聞いて安心しました」
が、風祭さんの孫はそんな懇願を無視し、ロロちゃんを撫で出した。
「きゅーきゅー」
嬉しそうだ。
俺も嬉しくなる。
横奪したい。
「……くっ、無念だ。あ、君の役職は『幹事』だ」
そして、生徒会長はついでのようにサラッと役職を告げた。
幹事かよ。
要するにパシリじゃないか。
随分な低待遇だな。
「まー、役職なんてーな飾りやからな。あんま気にせんといてや」
「はあ」
スネ夫先輩のフォローで、多少溜飲が下がる。
妙に出来た人だな。
どうせなら、そのポジションは女子であって欲しかったが。
「で、どうなの? 入るの? 別に入らなくても困らないけど」
そして、九頭竜坂は呼び出した相手に対してあるまじき言動で、
俺の回答を要求してきた。
さて――――考えてみよう。
俺がこの生徒会に加入するメリットは……ある。
さっきも話に出てたけど、ここにいれば予算確保目的の連中から身を守れるみたいだし。
デメリットは……変人ばかりのこの中で活動をしなくちゃならない、って点だ。
つっても、正直一人で学園の経営なんて、やってられないってのが本音。
右も左もわからないのに、出来るワケがない。
が、生徒会の連中ならば、経営学とまでは行かないけど、多少は運営の仕方を
わかってる筈だし、実質的な学校の統治は彼らが行ってるワケで、その点に
関しては心強くもある。
本当の専門家を雇うと言う手段は、既に校長から示唆されてるけど、正直乗り気じゃない。
折角経営するんだから、自分の手で――――そんな気持ちが、芽生えつつあった。
別に、理事長や校長、そしてコイツラに乗せられたワケじゃない。
寧ろ、逆だ。
この学校、余りにも役職に見合わない性格破綻者が多過ぎる。
ダメダメだ。
仮にも自分が通う学校。
3年間、お世話になる学園。
そんな大事な場所がこれじゃ、流石に将来を悲観してしまう。
大学へ入って、公務員になって、堅実な日常を送るのが目標であるこの俺の
人生設計に、重大な齟齬が生じかねない。
ならば、どうする?
決まってる。
俺は幸運にも、そんなどうしようもない状況を改善出来る機会を得た。
それを活かすだけだ。
「……わかりました。生徒会に加入します」
そんな俺の決断に対し――――生徒会長は口の端を微かに釣り上げ、
メガネのブリッジをくいっと押した。
「感謝する。これにて、君は我ら生徒会の一員となった」
「はい。宜しくお願いします」
一礼。
そして、顔を上げる時には、もう腹は決まっていた。
「やー、よかったわー。おおきにな。これからよろしゅーたのむわ」
「……」
スネ夫先輩が握手を求めてくる中、九頭竜坂は無言でそっぽを向いていた。
歓迎されてないらしい。
ま、構いはしない。
あんな性格破綻女に歓迎されても、それはそれで困る。
「黄金崎さん、お話は祖父から聞いています。これから二年間、宜しくお願いします」
そんな中、一つ年上の風祭さんが、温和な表情で握手を求めてきた。
この人も良く見たら美人だな。
ロロちゃんの愛らしさばかりに目が行ってたが。
「は、はい。こちらこそ、宜しくです」
若干緊張しつつ、その手を握る。
すると――――
「……調子に乗らないで下さいね。この学園の実権を握るのは、私なんですから」
キリキリキリと言う音が鳴り、俺の右手の指が凄い力で圧縮される。
こ、この人……結構な腹黒だな。
さっきの発言で既に露見してはいたけど、怖い。
「風祭はん、その辺にしとき。黄金崎君痛がってるやないの」
例によって、スネ夫先輩のフォローが入り、仕方ないと言った面持ちで
風祭さんが手を離す。
今にも舌打ちしそうな顔だ。
にしても……女子が二人いて、2分の2で性格破綻者ってのはどう言う有様だ。
もっとこう、役割分担って言うか、どうにかならなかったのか?
「すまんなー、黄金崎君。ウチの生徒会、会長があんななもんで、女性陣が少々
攻撃性が強いんや。堪忍してやー」
「いえ、大丈夫です」
手を押さえつつ、唯一の良識人に会釈。
こりゃ、相当なもんだな。
もし、普通の高校一年生がこんな生徒会に加入する事になれば、怯え嘆くコトだろう。
『僕はこんなトコロでちゃんとやっていけるのか?』とか、『昨日に戻れるなら戻して神様!』とか、
弱音を吐くコトだろう。
けど、俺はこれまで数々の悪人を相手に、家の財布を守ってきた人間。
コイツ等程度の人格破綻者を相手に遅れを取る気はない。
腹は既に括っている。
後は、それを実行するだけだ。
「では、改めて我が生徒会へようこそ、黄金崎恭馬君。早速、明日にでも歓迎会を……」
「いえ。必要ありません」
その為の呼び水となる言葉を発する。
直接断られた生徒会長は勿論、スネ夫先輩、そして女子の二人も、俺の方に視線を向けた。
「そうか……まあ、本人がそう言うのであれば、省略するとしよう。なら予定を
前倒しして、この生徒会の役割の説明を……」
「それも要りません」
キッパリ言い放つ。
流石に、各人の顔色が変わってきた。
「……どう言う意味だ? 中学の頃にも生徒会に身を置いているので、知っている――――
と言うのであれば、それは些か早計と言わざるを得ないが。中学と高校の生徒会は
その役割が全く異なるぞ」
「いえ。そう言うワケじゃないです。もっとシンプルな理由です」
「な、なんや? どないな理由やっちゅーねん」
不安げなスネ夫先輩に、俺はニッコリと微笑む。
「生徒会は、本日、現時点を持って解散しますから」
沈黙。
幾ばくかの時間、それは続いた。
そして、次の瞬間――――
『はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
生徒会全員が、驚愕の声をあげた。