萌木学園、生徒会の解散。
 その衝撃は、瞬く間に校内全域に広まった――――らしい。
 翌日、学園内は喧騒に満ち満ちていた。
 まあ、それは当然のコトかもしれない。
 少なくとも、生徒会が解散した学校なんてのがこの世の中にあるかどうか、
 俺は知らないし、聞いたコトもない。
 ビックリだね!
 で、それを引きこしたのも俺自身ってんだから――――
「世の中、わからないもんだな」
「……言いたい事はそれだけか?」
 放課後。
 元生徒会室となった空間で優雅に茶を啜る俺の耳元で、元生徒会長の
 御園生先輩が声を戦慄かせていた。
 その顔は、疲労感で満たされている。
「そろそろ説明願いたいものだな。何故、生徒会は解散に追い込まなければならなかった?
 経営を行うにあたり、生徒会の存在が邪魔になるとは思えない。そもそも、このような事が
 一日で受理されてしまうと言う現実に、我々は遺憾の意を唱えざるを得ない!」
 御園生先輩の意見は、尤もだ。
 幾ら経営者となった俺の鶴の一声とは言え、実際にあっさり生徒会が解散に
 追い込まれると言うのは、腑に落ちないだろう。
 そして、どうして俺がそんな行動に出たのかも。
「そんなの、決まってるじゃないの。私達に嫌がらせがしたかったんでしょ?
 それ以外考えられないじゃない」
 嘲笑混じりに九頭竜坂が言い放った言葉は、あながち間違いでもない。
 ただ、嫌がらせが目的ってワケじゃない。
 彼らを混乱に引き込む。
 それが目的だった。
 勿論、あくまでも副次的なものだけど。
 取り敢えず、変人を相手にするには、こちらのエキセントリックさを見せ付けて
 主導権を奪うに限る。
 その意図は、確かにあった。
 が――――主目的は別にある。
「何故、生徒会を解散したか。理由は単純ですよ」
 ニッコリと微笑む俺に、スネ夫先輩が引き気味の顔で一歩後退る。
 唯一の良識人と思しき彼に引かれるのは、微妙にショックだったけど、仕方ない。
「生徒会のままじゃ、モンスターペアレンツを潰せないじゃないですか」
「……!」
 俺の発言に、御園生先輩は顔をしかめ、九頭竜坂と風祭先輩も同時に眉を潜めた。
「よーするに……この生徒会室を、その対策本部にするゆーんか?」
 スネ夫先輩の言葉に、俺は小さく頷く。
「そもそも、俺が出資するのも、経営者に就任したのも、それが目的ですから。新しい室名は
 適当に決めておきましょう」
 生徒会と別に、その対策本部とやらを立てても、何ら問題はない。
 ただ、そうなれば、この人達じゃなく、別の人間を集める必要がある。
 それは少々、面倒なコトだった。
「生徒と学校、両方を管理する組織を作る。そう言う事で良いんですね?」
「きゅー」
 ロロちゃんと風祭先輩に、俺は静かに頷いてみせる。
 そう。
 これからは、ここを拠点とし、学園の経営とモンスターペアレンツの対策を
 行っていかなくちゃならない。
 学生としての本分である、勉強も行いながら。
 ……気が滅入るな。
 でもま、なし崩しとは言え、一度引き受けたい以上は仕方ない。
「ってコトで、取り敢えず役割分担を決めておきましょう」
「……その前に、少し良いかな?」
 淡々と話を進める俺に対し、御園生先輩がメガネをクイッと上げ、鋭い視線を向けて来る。
「どうも……解散宣言以降、君は我々の中心となったかのような言動が目立つが。
 生徒会が解散したとは言え、僕は三年。君は一年。少々、尊大な態度が目に余ると
 言わざるを得な――――」
「今更先輩風吹かせても説得力なくてよ? 何も出来ずに生徒会が解散するのを
 ただ黙ってみていただけの、能無し元生徒会長風情が」
「ひゃあああおおおおおおう」
 その鋭かった筈の視線は、一瞬でヨレヨレの波線になった。
 九頭竜坂に罵倒されたコトが、すっごく嬉しいらしい。
 俺もマゾヒズムに関してはあんま知らないんだけど、こういう人、多いのか?
 だとしたら、日本はマズいコトになってんなあ。
「貴方に一つ聞きたい事があるのだけれど」
 そして、そのMな先輩の欲望を満たしてあげた優しい同級生は、
 俺の方に視線を移してきた。
「どうぞ」
「本気で、モンスターペアレンツを潰す気なのかしら? それがどう言う意味か、
 わかってての宣言?」
 意外にも――――九頭竜坂はそんなコトを言ってきた。
 一年にして副会長。
 尊大な態度と言葉遣い。
 そして、俺は良く知らないが、俺ン家より遥かに金持ちな家に生まれた女。
 恐らく、これまで何不自由なく、誰からも指図されずに生きてきたんじゃないか、
 と言う予想は容易に成り立つし、そこから導き出される性格は、傍若無人の一言に尽きる。
 てっきり、聞くに堪えない罵詈雑言で非難してくると思ったが。
「……生憎、俺はモンスターペアレンツを良く知らない。だから、今から被害にあった
 教師に話を聞きに行くつもりだ」
「そう。軽く見ているワケではないのね。それなら良いわ」
 良くわからないが――――九頭竜坂は、心なしか笑っていた。
 それは、嘲笑とは少し違う。
 ホントに少しだけど。
「ってワケで、役割分担に話を戻すけど、取り敢えず生徒会としてやってた仕事に関しては、
 元生徒会長の御園生先輩に一任したいんだけど……」
「ふうううううう、エクスタスゥ、エクスタスウウゥゥゥィィィ……わかった、引き受けよう」
 もう、そのキリッは見飽きた。
 ま、引き受けてくれたんで良しとするか。
「なー、ワイはどないなっとん?」
「スネ……じゃねーや、えっと……あー……骨川先輩は」
「ちょい待ち! なんでワイ骨川言われてん!? それスネ夫の苗字ちゃうんか!?」
「いや、すいません。ちょっと名前ド忘れしたもんで、なんかもう良いやって思って」
「そないあっさり心折らんといてや……って、ワイは君からスネ夫思われとったんかい!」
 スネ夫先輩はビシッ、っとツッコミをくれた。
 そう言うのも出来るのか。
 フォローも上手いし、補佐官として優秀と見た。
「皇や。ちゃんと覚えとき」
「了解です。と言うワケで、骨川先輩は御園生先輩の補佐を。実質的な副会長ですね」
「わーい、昇格やー……って、覚える気ないやろ自」
「私は?」
 折角のスネ夫先輩の会心のノリツッコミを、九頭竜坂は容赦なく潰した。
 酷い女だな。
「その前に一つ。生徒会の仕事って、ぶっちゃけ何人くらいで出来るものなんだ?」
「二人いれば十分じゃないの? 大した事はしてないようだし。予算決める以外は
 書類にテキトーに目を通してテキトーな話し合いしてるだけだもの」
 そんな九頭竜坂の問題発言に、二人の男子役員が遺憾の意を示していたが、
 俺の耳はその言葉を遮断し、思考の方に脳を使っていた。
「と、なると、生徒活動担当は二人で大丈夫だな。先輩方、宜しくお願いします。
 後で正式な名前は決めますけど、一応仮の肩書きは『総務・企画部』とでもしておきましょう」
「僕はその部の代表、と言う事か」
「ワイはその補佐、副代表やな?」
「そう言う事です。肩書きに関しては、いいのが思いついたらそっちを使ってください」
 取り敢えず、男性陣はコレで決まり。
「で、私は?」
 ズイッと、九頭竜坂が身を乗り出してくる。
 なんか……心なしかワクワクしてるように見えるな。
「その前に。経営の方だけど、基本的な経理・財務は風祭先輩に一任しようと思うんですが。
 会計してたワケですし、適任だと思うんで。如何ですか?」
 九頭竜坂の身体を押しのけるようにして、風祭先輩に視線を向ける。
「構いません。ご配慮に感謝を」
「きゅー」
 良かった。
 また、昨日みたいに不穏な発言で凄まれるのかと思った。
 なんかこの人、『この学園の実権を握る』とか言ってたからな……
 そんな人物に経理を任せるのは一抹の不安もあるが、まあ、出資を小出しにしとけば
 妙な使い込みもされないだろう。
「どうして私を無視して、先に庶民の役職ばかりを決めるの?」
 安堵していた俺の胸元が、九頭竜坂によって掴まれる。
「単なる年功序列だ。その程度で怒るな」
「……」
 手が離され、俺の視界がストン、と落ちる。
 狂犬みたいな女だな……ま、話せばわかるだけマシだが。
「九頭竜坂は……広報・営業部長をやって貰おう」
「広報? 何故学校の経営に広報が必要なんだ?」
 その御園生先輩の疑問は尤もだった。
 基本、私立の学校ってのは学校法人で、公益法人。
 つまり、利益を得る事を目的とした団体じゃない、ってコトだ。
 日本の三大義務の一つ、教育をしっかりと各地域で行う為の施設であって、
 営利目的で運営する為の組織ではない、とされている。
 勿論、そんな名目を無視して、利潤を得て私腹を肥やす経営者もいるだろう。
 この学校の元経営者、風祭理事長がどんな経営をしていたかは、
 会計帳簿を見ない事にはわからない。
 まあ……悪人ではなさそうだけど。
 兎に角、利益は基本考えず、維持を目的とするのが学校の経営だ。
 ただ、今の時代、その維持すら難しいと俺は思っている。
 少子化、そしてブランド化。
 名のある私立高校に人材が集まり、そうでない学校は見放される、
 いわゆる二極化だ。
 萌木学園は、有名私立校と言えるギリギリのライン。
 一応、理事長いわく『東大、京大に合格者を出してた』実績もあるし、
 この界隈では一番偏差値高いし、九頭竜坂みたいなお嬢様が
 いるくらいだから、それなりではあるけど、それ以上じゃない。
 そんな中途半端な実績で、その上実状は複数の教師がモンスターペアレンツの
 犠牲に遭い、深刻な人材難に陥っていると言う。
 このまま何もしないでいれば、生徒の数も減っていくだろう。
 その対策を、九頭竜坂に一任する、ってワケだ。
「広報、営業……面白そうじゃない」
 その説明をした結果、九頭竜坂はあからさまにニヤリと笑った。
 好き勝手出来そうだ、とでも思ってるのかもしれない。
 そもそも、こんな攻撃性の高い女に広報なんて任せていいのか、と言う
 葛藤がないわけじゃないが、なにせこの女、有名財閥の御令嬢。
 器量も良い。
 その知名度と外見は、宣伝向けだ。
 素材として色々使わせてもらおう。
 水着姿とか。
「……風邪かしら、寒気がしたわ」
「お大事に」
 取り敢えず、これで元生徒会の4人の新たな役職は決まった。
 正直言って、もっと人員は欲しい。
 後で補充する事も考えておこう。
「ところで、貴方は何をなされるのですか?」
 ロロちゃんを抱きながら、風祭先輩が尋ねて来る。
 俺は――――
「人事と……開発、かなあ」
 なんとなく、自分に合ってそうな部署名を言ってみた。
 実は、自分に関してはあんまり考えてなかったんだよな。
「人事はわかるけど……開発って言うのは何なのかしら?」
「なんか色々開発するんだよ、多分」
「多分って……ま、良いわ。取り敢えず、私が広報、営業と言うコトさえ
 わかれば、それで良いものね」
 自己中な発言を淀みなく言い放ち、九頭竜坂はご満悦になっていた。
 歓喜ポイントが良くわからないヤツだな。
 まあ、財閥の御嬢様が、こんなフツーの進学校にいる時点でワケわからないし、
 本人の人格もワケわからないから、一つ一つの言動や感情がワケわからないのも
 無理ない話ではある。
「ま、兎に角そう言うワケで、あらためて宜しくお願いします。
 それじゃ、総務の二人は引き続き業務に当たって下さい」
「待て、黄金崎」
 メガネを鈍く光らせ、御園生先輩が待ったを掛ける。
 その顔つきは、コレまでにないくらい鋭い。
 まるで、マッド・サイエンティストのような狂気すら感じる程に。
「九頭竜坂はここに残してくれ。僕の性的衝動を刺激する存在がなければ
 僕はこの先、生きていけない」
「却下です」
「そ、そんなバカな! バカなーーーーーーーーーーーーーっ!」
 今度はまるでマッド・サイエンティストが主人公に論破された時のように
 絶望を顕にしていた。
「汚らわしい……加水分解してタンパク質と脂肪とメガネになってしまえばいいのに」
「ふひゅうううううううううううううううう」
 そしてホントに気持ちの悪い顔で、絶頂に達していた。
 確かに、死ねばいいのにと思わざるを得ない。
「ま、ワイがテキトーにガス抜きさせとくさかい。こっちは気にせんといてや。
 何や、やる事あるんやろ?」
「助かります」
 常識人な上に察しも良いスネ夫先輩に頭を下げ、俺は女子二人と共に
 元生徒会室を出た。
「何やらサクサクっと話が進んでいますが……私達はこれから何をやらせられるのですか?」
「きゅーきゅーきゅー」
 室内から出て光の度合いが変わった所為か、ロロちゃんがきゅーきゅー興奮してる。
 激可愛い。
 占奪したい。
「……話を聞いていますか? 私は無視されるのが甚だしく嫌いです。殺します。全身皆殺しです」
 ……また出た。
 ある意味、このコ九頭竜坂より問題児なんじゃ……
「抑えよ、ののか……今はまだその力を解放する時ではない」
 そしてまた、例の腹話術。
 ってか、ロロちゃんの口が動いてる気もしたが……そんなワケもないか。
 あんま深く考えないようにしよう。
「取り敢えず、あんまり殺伐とした言葉遣いは止めて下さい。今から教師に
 話を聞きに行くんだから。年上相手に尊大な態度やキルユー発言は御法度ですからね」
「きゅー」
 ロロちゃんだけが返事をしてくれた。
 全く……大丈夫か、コイツ等。
 とは言え、彼女達は立派な戦力。
 今後、モンスターペアレンツと退治する上で、欠かせない二人だ。
 昨日――――風祭理事長から、モンスターペアレンツと言う生物の特徴に関して
 ある程度の説明は受けた。
 なんでも、20年前に突然変異で出現した伝説のクレーマー、麻田志津恵が
 裸足で逃げ出すほどの、とてつもない苦情魔が何人もいるらしい。
 麻田志津恵とやらを知ってるコトありきで話されたんで、イマイチ頭には入らなかったが、
 とてつもない難癖をつけて来る連中だってコトはわかった。
 なんでも、モンスター界もここ数年インフレが激しくて、去年までは
 カリスマモンスターペアレンツだった母親が、今では雑魚レベルになってるそうな。
 そんなバケモノ連中を相手にするには、どうすれば良い?
 決まってる。
 目には目を、歯には歯を、毒には毒を。
 この口の悪い二人こそが、切り札になる筈――――そう俺は確信している。
 ただ、幾ら理事長からその脅威を聞いても、ピンとこないのも事実。
 やはり、直接被害に遭った教師に、その手口を聞くのがベストだ。
「と言うワケで、被害に遭われた方がいましたら、お話を聞かせて下さい」
 サクッと場面は転換し、職員室。
 そう呼びかけたトコロ、行列が出来てしまった。
「二年二組担任、現国担当の東原則之だ。聞いてくれ、俺はもう、俺はもう……」
 その先頭で、50歳くらいの中年、東原教諭は男泣きを見せていた。
 話を要約すると――――息子のテストの採点が納得行かないとのコトで、
 学校まで殴りこみに来たらしい。
 そこまでなら、異常ではあるがまだ軽度の騒動の範囲内なんだが、
 その難癖が尋常でないレベルで、最終的には『息子のこのキレイな字を何故評価しない?』
 と言う意味不明な非難をされた日には、確かに泣きたくもなる。
 そして、その手のクレームはテストが行われる度につけられ、その度に
 一日を無駄に費やしたそうだ。
 そりゃ地獄だ。
「生徒指導の桂木剛」
 今度は、超厳つい顔の教師が現れた。
 生徒指導だけあって、かなり厳しそうだ。
「教員人生21年……日本の教育は、最早死んだ。無念だ……」
 その桂木教諭は、渋い顔で泣いていた。
 その教諭曰く、学校にイソギンチャクみたいなまつげエクステをつけてきた
 女子生徒に対し、生徒指導として当然のように指導したトコロ、その親から
 セクハラで訴えられたらしい。
 最終的には、一方的に和解を通知されたらしいが、誤解した奥さんは
 家を出て、いまだに別居中らしい。
 悲惨過ぎる話だ。
「一年一組担任、笛吹紗茅なのですよー。ふえーん、聞いてくださいー」
 あ、担任だ。
 ってか、大人が揃いも揃って泣き過ぎだ。
「あのですねー、わたし、先日飯塚くんのご両親と偶々道端で
 お会いして、御挨拶したのですよー。そしたら、その後両親から『あらー、
 クラスメートの妹さん?』って言われたんですよー! どゆコトですかー!」
「飯塚君のご両親の名誉の為に断言しますが、それは仕方ない」
「何でですかー!? 私、別に小萌先生みたいにロリロリな外見じゃないじゃないですかー!」
「具体名を出すな。消されるぞ」
 一部役に立たない証言もあったが、取り敢えず有益な情報をゲットし、
 職員室を後にする。
「……世の中には、非常識な方たちが多いんですね」
「全く、これだから下界は薄汚いのよ。自分が世界の中心だとでも勘違いしてるのかしら?」
 女子二人は、人のふり見て我がふり直せと言うメジャーな格言を知らないらしい。
「世界の中心にいるのは、この私だと言うのに」
 そして、九頭竜坂は不遜な言葉を追加していたが、それ以上にその発言を
 こっそり鼻で笑う風祭先輩の方が怖かった。
 ロクでもない連中だ。
 今回の件がなければ、一生関わり合いになる事は無かっただろう。
「で、これからどうするの? って言うか、なし崩しの内に私達がモンスター
 ペアレンツ対策係になってるんだけれど、兼任は嫌よ。私は一つの物事に
 真摯に向き合うタイプなのだから、広告、営業に集中させて貰うわ」
 早速ワガママ言いやがるし。
「クレーム対策は広義的に考えると営業の仕事だ。人数少ないんだから
 専門部署が出来るまではガマンしろ」
「不快だわ。これだから下賤の者は……」
 定型句のような文句を言い放ち、九頭竜坂は早足で廊下をスイスイ進んでいく。
 絵に描いたような自分本位の御嬢様だな。
「……あいつ、ずっとあんな感じなんですか?」
 思わず風祭先輩にそんな不毛なコトを聞いてしまう。
「ええ。入学初日に生徒会室へ押し入り、『私が入学した以上、生徒会長は私。
 これは定説よ。全員私に跪きなさい』と言い放ったのは、今も語り草になっています」
「で、最終的に副会長に落ちついた、ですか」
 つーか、定説って何。
「ただ彼女、世間知らずと言う訳ではないんですよね。ズレてる事はズレてるんですが」
「2コ上の生徒会長相手に全力で罵ってた気がするけど……」
「あれは、あのゴミが喜ぶからでしょう。私や皇先輩には、多少遠慮しながら
 見下し発言をしています」
 ゴミ……こっちの方がよっぽど酷いな。
 ただ、その事実は意外だ。
 そして、それをあっさり看破するこの女、やっぱ怖いな。
「或いは、演技なのかもしれませんね」
「無理をして、御嬢様キャラを演じている? どう言う理由でそんなコトするんですか」
「さあ。あくまで無意味な仮説ですから」
 実のない雑談の延長線上、ってコトらしい。
 ま、九頭竜坂に関しては一先ず置いておくとして……
「ところで、そのロロちゃん、触ってもいいでしょうか」
「……ロロちゃん?」
「ウロボロスなんて呼び難いでしょう。似合わんし」
 怪訝な顔と白い目を向ける風祭先輩とは対照的に、ロロちゃんはその胸で
 楽しそうにウネウネしている。
 ワクワクしているに違いない。
「取り敢えず、拒否しておきます。まだ信用出来る間柄でもないですから」
「きゅー」
 ロロちゃんは無念そうに鳴いた。
 俺も無念だ。
「……ヘンな人」
 トドメに、変人にヘン呼ばわりされた。
 なーんか、ヤな感じ。
 俺は沈痛な心持ちで嘆息しつつ、元生徒会室へと戻った。


「ふう……ふう……」
 禁断症状でも出てるのか、色々ヤバげな御園生先輩を尻目に、元生徒会室にて
 第一回ミーティングの開催を実施。
 テーマは複数あるんで、サクサクっと行こう。
「まず、組織名を決めよう。誰か案のある人は挙手で」
 取り敢えず意見を募る。
「学校を牛耳る組織だから、九頭竜坂御殿でいいんじゃない?」
 挙手もせずに、ムチャクチャな発案をする愚か者が一名。
「それだと財閥の下請けみたいだから却下」
「それ以前の問題やろ……」
 俺の隣で半眼で呟くスネ夫先輩に対し、九頭竜坂は露骨に顔をしかめたが、
 特に文句もなく引き下がった。
 成程、確かに緩い。
 俺や御園生先輩に対する場合と比べると、少々攻撃性が弱い気がする。
 風祭先輩のいうコトは確かみたいだ。
「では、パンデモニウムでどうでしょう。このコの故郷からの引用ですが」
「きゅー」
 何か良くわからん単語が出てきた。
 ってか、一向に挙手しようとしないのは何故だ。
 俺のカリスマ性のなさが露見した格好なのか、これは。
「中学校ならギリギリセーフだけど、ここは高校なんで却下」
「中学でもアウトやろ……」
 俺の隣で半眼で呟くスネ夫先輩に対し、風祭先輩はシュンとしながら俯きつつ、
 はっきり聞こえる音を出して舌打ちした。
 性格の悪さが窺える。
「御園生先輩に何か案はありますか? 取り敢えず何か案を出せば
 罵って貰えるかも知れませんよ」
「ふむ、確かにな……では、案じよう。生徒会-Mark2で、どうだろうか」
「論ずるに値しない愚案ね。生徒会である事にしがみつく往生際の悪さが
 気持ちの悪い事この上ない」
「くふううううううううううううううう」
 ご満悦だった。
 つーか、九頭竜坂って実はかなり律儀なんじゃなかろうか。
 俺なら軽くスルーしそうだ。
「中々良い案が出ませんね。骨川スネ夫先輩、何かありませんか」
「……ワイ、何でアニメのキャラクターのフルネームで呼ばれてん?
 まーもーえーけど」
 器の広いスネ夫先輩に感謝しつつ、意見を待つ。
「んー、今直ぐは思いつかんケド、生徒会やった頃の名残は残したほうが
 ええんちゃうんか? いきなり別モンにするのはどうか思うで」
「成程。それじゃ最低限、生徒会って言葉の名残は残しておきましょう。
 他に案のある人ー」
「他人にばかり任せてないで、自分も出しなさいよ。その頭は自在置物か何かなの?」
「美術工芸品じゃねえよ」
 とは言え、九頭竜坂の意見は尤もだ。
 俺も何か意見を出そう。
「新しい事に取り組む組織だから、革命って感じを取り入れたいですね」
「革命ですか……悪くありませんね」
 風祭先輩の目が妖しく光る。
 こういうキーワードに弱いらしい。
「革命? 支配階級のこの私にそんな言葉は似合わなくてよ。必要ないわ」
 逆に、九頭竜坂は思いっきり拒否反応を示した。
 まあ、革命ってのは普通、虐げられている階層が一念発起して支配階層を
 打ち破る行為だからな。
 財閥の御令嬢にとっては、アレルギーを起こす言葉なのかもしれない。
「じゃあ、直接的な言葉を使わないで表してみよう。革命に関係ある人物の言葉とか」
「革命者の格言、と言うコトですか。ナポレオンの『我輩の辞書に不可能という文字はない』
 などが有名ですが」
 風祭先輩の例に、九頭竜坂が笑みを浮かべる。
「『私の生徒会に不可能という文字はない』……中々素晴らしいけれど、これではまるで
 大ヒット映画のタイトルね」
「最早、自己中ってより事故中だな」
 そして、そんな映画は大ヒットはしない。
「取り敢えず、ナポレオンからは離れてみよう」
「では、レーニンなど如何でしょう。ロシア革命の」
 風祭先輩の例に、再び九頭竜坂が笑みを浮かべる。
「帝国主義の基礎を築いた偉人……悪くないわね。帝国生徒会とでも名付けましょうか」
「寧ろ、一歩前進二歩後退生徒会だな」
 ってか、これだと今の内閣そのものじゃねーか。
 まともな経営出来ないぞ。
「と言うか、どれもこれも正式採用は不可能だろう。もう少し現実的になるべきだ」
 マゾヒズムさえ顔を出さなきゃマトモな御園生先輩のその意見は、尤もだった。
「もう少しキャッチーな方がいいんじゃないかな」
「では、リンカーンなど如何でしょう。バラエティ番組のタイトルにもなってますし、
 キャッチーじゃないでしょうか?」
「きゅー」
 あ、ロロちゃんが反応した。
 よし、それで行こう。
「リンカーンと言うと、『人民の人民による人民の為の政治』ですね。旧約聖書からの
 引用ですけど、広めたのは彼ですし、この際構わないかと」
「と、なると……差し詰め、生徒の生徒による生徒のための生徒会、か」
 これなら確かにキャッチーではある。
「ケド、えらく長いねんな。略したほうがええんちゃうん?」
「うーん……それじゃ、頭文字を取ってみましょう」
 生徒の生徒による生徒のための生徒会。
 英語にすると――――
「a Student Council of the Students, by the Students, for the Students」
 突然、九頭竜坂が流暢な英語を披露した。
「こんなところかしら」
「実に素晴らしい。流石は九頭竜坂財閥の御令嬢だ」
 御園生先輩が拍手を送る。
 その様子を、九頭竜坂はゴキブリを見るような目で蔑んでいた。
 その視線だけでご飯3杯は行けるらしく、御園生先輩は恍然とした顔で
 喜んでいたが、この辺のクダリは良い加減飽きてきたんで、今後は適当に
 省略して行こうと思う。
「それじゃ、頭文字をとって……SCSSS?」
「Cは余計ですね。省略しましょう」
「SSSS……S4ってトコか」
「なんや、SOS団とF4が混ざったくさい名前になってもうたな」
 良くわからない皇先輩のツッコミに対し、九頭竜坂が嘆息を返す。
「無理にそこまで縮めなくても、SSSSで良いでしょう? ランクでいうトコロの
 最上級、ってコトで良いじゃない」
「C、B、A、AA、AAA、S、SS、SSS……その上、ですか」
 そして、風祭先輩もフォローに加わり、いつの間にか話は進んで行き――――
 新生徒会の名称が決定した。
 SSSS執行部。
 読み方は、『エスエスエスエス』でも『エスフォー』でも『エエエエエス』でも
 この際何でも良い。
「私としては、『Super Special Sakura Seitokai』と言う解釈なのだけれど」
 もう別にそれでもいいよ。
「じゃ、早速プレートを手配しておきます。後、名刺も作っておきましょう。
 今後は校内だけじゃなく校外に向けての活動も行っていく必要があるので」
「成程。了解した。では、次の議題に入ろう」
 年長者の御園生先輩の了承をもって、この話題は終了。
 次の議題は――――
「取り敢えず、SSSS執行部としての最初の仕事は、モンスターペアレンツ対策となります。
 この学校を建て直す為には、まずそこを解決しないと始まりません」
 元々、俺がこの件に関わる事になったのは、その為。
 この問題は、全てにおいて最優先事項だ。
「取り敢えず、ブラックリスト的な資料と、被害報告をまとめた書類を作って、 
 それから対策を練りましょう。今日は解散」
 日も暮れてきたんで、これにて本日は終了。
 そしてサクッと翌日。
「資料と報告書、完成したぞ」
 特に場面転換の必要もなく、昨日と全く同じ情景の中で、多数の書類が
 テーブル上に並べられた。
 資料によると――――現在特に問題視されているモンスターペアレンツは、
 総勢12人に上る。
 取り敢えず、その12人を見ていこう。

 まず、加藤カズコ。
 被害報告書によると、テストの点数に対してのイチャモンをつけてきたという。
 昨日聞いた例のモンスターだ。

 次に、吉田ヨウコ。
 体育の授業で体操服が汚れたことに激昂。
 体育教諭に対し、執拗な講義をしてきたらしい。
 抗議、の間違いか?

 山田ヒロシ。
 教師を友達か何かと勘違いしているのか、フラッと学校に遊びに来ては、
 仕事の邪魔をして行くそうだ。
 話を聞いてくれる相手を探す痴呆性老人みたいな行動ルーチンだな。

 佐々木シゲル。
 格闘技をやっていて、自分の子供がケンカに負けたコトを根に持ち、その家へ押し入り
 ケンカ相手とその親を脅しているらしい。
 犯罪だろ、完全に。

 山口サチコ。
 学費の支払いを拒否している。
 それだけならまだしも、食費、交通費、果ては交際費や携帯費用まで請求してきている。
 銭ゲバの権化だな。

 松本ケイコ。
 教師に対し、モーニングコール、テスト前の個別指導、受験対策の個人指導等を要求。
 依存し過ぎ。

 井上セツコ。
 授業中に注意されたコトを根に持ち、その教師に対して嫌がらせの電話、ストーキング、
 悪質な中傷ビラの配布等を施行。
 典型的であると共に、最も被害者が参るパターンだ。

 木村タカシ。
 娘に対し指導した教師を問答無用でセクハラで訴える。
 これも前に聞いたな。

 林キョウコ。
 自分の子供の全てに対して過保護。ゲーム機やジュースの携帯、少しでも体調が悪いと
 訴えた場合の迅速な保健室への搬入など、様々な点で無理難題を要求している。
 迷惑度ではトップクラスだ。

 清水エミコ。
 完全育児放棄。
 子供へ衣食住全てを与えず、学校との干渉も皆無。
 ……。

 最後に、山崎ジュンコ。
 不明。データなし。
 しかし、最も恐れられている。

 以上。
「って言うか、クレームの内容が……小学校じゃないんだからさ」
「由々しき事だが、その小学校ではこれ以上に幼稚なクレームが続出しているそうだ」
 俺の嘆息に、御園生先輩が同じ重さの息を重ねる。
 高校生に対して、どれだけ過保護なのよ、って言う親もいれば、逆に親としての
 立場を完全に放棄したヤツもいる。
 クレーマーとしても、もう目的すら見えないような意味不明、支離滅裂な
 難題を提唱している親もいる。
 傾向はバラバラ。
 共通しているのは――――迷惑な存在、ってトコだ。
「いきなり12人全員相手にするのは厳しそうやなー。どないするん?」
「そうですね……こういう場合、頭を叩くのが戦場でのセオリーなんですが」
「君、戦場て……」
 ちょっと引いている皇先輩を尻目に、俺は少し頭を整理していた。
 実際、この12人が徒党を組んでるのなら、そのリーダー格を最初にとっちめるのが
 一番効率は良い。
 ただ、その可能性は極めて低い。
 それぞれが、個人的にこれ等の問題行為、迷惑行為を行っていると考えるのが自然だ。
 と、なると、そこにリーダーなんている筈もない。
「この場合は、一番攻略し易そうな相手をまず仕留めましょう」
「それが良いと思います。段階を踏んでいく中で、こちらも経験を増やしていきましょう」
「きゅー」
 ロロちゃんと風祭先輩が賛同の意を表明してくれた。
 九頭竜坂は、腕組みしながら何か考え事をしている。
 ってか、コイツの親はこの中には入ってないんだな。
 勝手なイメージだけど、病的に過保護にしてそうなのに。
 ま……財閥の親相手となると、学校側も不満を訴えるのは危険なのかもしれないけど。
「この中で、最も組み易そうなのは……この人だな」
 全員が資料に注目する中、御園生先輩が指差した、そのモンスターは――――


「加藤日菜乃は、私ですけど……」
 明らかに狼狽えている加藤さんに、俺と九頭竜坂、風祭先輩の三人は視線を集中させていた。
 放課後突入時の喧騒が去り、静寂に包まれている1年2組。
 昨日まで全く縁のなかった隣の教室に、俺が訪れた理由は一つ。
 この加藤さんの親――――加藤カズコMPの事を聞く為だ。
 尚、その加藤カズコMPがクレームを付けたのは、彼女ではなく彼女の二つ上の兄、
 加藤康彦の方なんだけど……こっちは後回しだ。
 ちなみに、MPとはモンスターペアレントの略。
 幸いにも、九頭竜坂のクラスだったんで、当人の特定は容易だった。
「突然すいません。俺達は、SSSS執行部……旧生徒会の役員です。ちょっとお話を
 聞かせて貰っても良いですか? ホラ、この御嬢様、クラスメートですよね。
 怪しいモノじゃないんで大丈夫ですよ」
「……」
 愛想悪っ!
 一言すら発せず、九頭竜坂はそっぽを向いていた。
「きゅー」
 それに引き換え、風祭先輩の胸元でロロちゃんは自身のラブリーさを存分に
 アピールしてくれている。
 鬼可愛い。
 劫奪したい。
「お時間は取らせませんので、お話を聞かせて頂けませんか?」
「は、はい……わかりました」
 困惑した様子に変化はないが、風祭先輩の人当たりの良い対応が功を奏したのか、
 加藤さんは質問を許してくれた。
「聞きたいのは……お母さんのコト、ですよね?」
 そして――――意外というべきか否か。
 加藤さんは、こっちの意図を既に汲んでいた。
 こうなってくると、逆に聞き難いな。
 自分の親がモンスター呼ばわりされているコトに対し、過敏になってる可能性がある。
 ヘンなツボ押して泣かせちゃった日には、明日から俺の二つ名は『女泣かせの恭馬』だ。
 ……ま……名前で呼ばれる相手なんて、親類しかいないんだけどね……
「何黄昏てるんですか。早く質問」
「はいはい」
 涙で前が見えない中、取り敢えず柔らかい質問を試みる。
「お母さんって、どんな人?」
 微かな期待を胸に、答えを待つ俺の視界が徐々にクリアになる中――――
「……うっ……ううっ……」
 加藤さんは、泣き出した。
 泣かしちゃったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
「うわ……最悪。クチビルだけ残して滅びればいいのに」
「許されざる事ですね。女子を泣かせるなど……殺します。体の全てのパーツを
 孤独死させます」
「控えよ、ののか……今はその大いなる力を解放する時ではない」
 確かに、女子を泣かすのはダメだ。
 非難は甘んじて受け入れよう。
 ただ、人をクチビルの民みたいに言うのは止めて欲しい。
「ご、御免なさい。気に障ったのなら土下座でも何でもするんで……」
「いえ……こちらこそ、すいません」
 気丈にも、加藤さんは直ぐに泣き止んだ。
 そして――――母親の事を語ってくれた。
 彼女の母、加藤カズコは、元々は温和で優しい母親だったと言う。
 それが変貌したのは、今から1年前の事。
 当時2年生だった息子、康彦が、急に成績を落とし始めた。
 偏差値はみるみる下がり、一学期間に10以上の急落をしてしまった。
 これ自体は、珍しいコトじゃない。
 高校2年、そして3年は、偏差値が一番変動しやすい時期。
 理由は色々あるが、一番多いのは、勉強についていけなくなると言う
 最もシンプルなもの。
 康彦も、その一人だったんだろう。
 ただ、それを当人以上に気にし、当人以上に受け入れられなかった人物がいた。
「お母さんは……変わってしまいました。昔はあんなに優しかったのに。
 兄がテストを持って帰る度に、学校へ行って……」
 俯きながら、ポツポツと話す加藤さんは、寂しそうにしていた。
 そして――――
「……」
 九頭竜坂は、自分を抱くような姿勢で、その話に聞き入っていた。
 悲しい話。
 そう思っているのだろうか。
「ありがとうございました。心から感謝します」
「きゅー」 
 風祭先輩が頭を下げるのに合わせ、俺もそれに続く。
 そして、重い空気のまま、1年2組の教室を出た。
「……これで、今日は解散でいいのかしら?」
 その最中、九頭竜坂がポツリと呟く。
 まだ日は浅いから、このまま康彦の方にも話を聞こうと思ってるんだけど――――
「ま、いっか。お疲れ」
「……お疲れ様」
 意外にもちゃんと挨拶を返して、九頭竜坂は先に歩いて行った。
 カバンは持ってなかったから、一度生徒会室に戻るんだろう。
「風祭先輩も、もう良いですよ。今度は男だから、俺一人で十分ですし」
「私達が同行したのは、加藤さんへの配慮でしたか。それなりに考えてはいるんですね」
「そりゃ、それくらいは。人としての常識くらいは身に付けてるつもりですけど」
「その割に、生徒会を一日で破壊してませんでしたか?」
 そこはリニューアル、と言って欲しい。
 誰もクビにはしてないんだし。
「貴方は、私にとって危険因子です。ですが、今は共通の目的に臨む仲間でもあります。
 よって、私も聞き取り調査に参加します」
 何故俺を敵視するのかはわからないが、手伝いはしてくれるらしい。
 俺としては、ロロちゃんが引き続き眺められるのであれば、異論はない。
「それじゃ、仲間の証として、ロロちゃんの写メを撮らせて下さい」
「却下です。そこまで馴れ合う気はありません」
「きゅーきゅー」
 ロロちゃんは折角ポージングまでしてくれているのに……おのれ、ケチな女子め。
 まあ、いい。
 いつか隠し撮りを断行しよう。
「じゃ、サクッと聞き取りに行きますか」
 と言うワケで――――聞き取り終了。
 先輩である康彦氏は、割とフツーの人だった。
 と言うか、母親が自分のテストの採点にケチつけると言う行動に、困惑すらしているそうだ。
 それが高校生としては当然の感覚だろう。
 幼い頃から甘やかされて育ったワケじゃなさそうだ。
「……俺が成績落としたのが悪かったのかな」
 最後に、康彦氏はそう言っていた。
 心象としては、ごく普通の、ちょっと将来を悲観した高校三年生にしか見えなかった。
 寧ろ――――
「取り敢えず、これで今日は終わりですか?」
 思考が風祭先輩の声によって遮断する。
 ま、今日はここまでだな。
 焦っても仕方ない。
 明日、今日得た発言を分析して、加藤カズコMPの精神分析を行い、対策を練ろう。
「はい、今日はこれにて解散です。お疲れ様でした」
「では、また明日」
「きゅー」
 ロロちゃんは、名残惜しそうに俺の方を見て、一鳴きした。
 ああ、暫しのお別れか。
 なんとか収奪出来ないだろうか。
 そんなコトを考えている間に、日が暮れ始める。
「……帰ろ」
 一緒に買える友達なんていやしないので、一人寂しく家路を歩いていたその最中。
「……?」
 見覚えのある女子を途中で発見し、思わず目を疑う。
 九頭竜坂だ。
 それは、別に問題ない。
 先に帰ったアイツを帰り道で発見するのは、おかしなコトじゃない。
 問題なのは――――その九頭竜坂が、ごく普通の一軒家に入って行ったコトだ。
 慌てて、その一軒家の前まで歩を進める。
 表札には『上杉』と書いてあった。
 ……こういう場合、普通なら『お友達の家なんだなー』と考えるのが普通なんだけど、
 あの女に友達がいるとは思えん。
 財閥の御令嬢とか関係なしに。
 ってか、それだけ大金持ちなら、メルセデス・ベンツのSLRマクラーレンか、
 若しくはロールス・ロイスのファントム辺りで迎えが来そうなものだけど。
 ま、良いか。
 腑に落ちない点はあるけど、取り立てて興味もない。
 帰ろ帰ろ。
「待ちなさい」
 ……はぁ。
 と、溜息を落とす間もなく、俺は気付けば上杉さん家の中に連れ込まれていた。
 当然、引っ張り込んだのは九頭竜坂。
 鬼のような形相で引き止められたんで、この場合仕方ない。
 何か、心ならずも彼女の触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。
「……麦茶」
 台所に消えていた九頭竜坂は、お盆に乗ったコップを差し出してきた。
 それを受け取りつつ、あらためて居間をぐるりと眺める。
 ごく普通の、6畳一間。
 俺が子供の頃の居間も、こんな感じだった。
 今ではこの20倍くらいの広さだけど。
「で、俺は一体どう言う『知ってはいけないコト』を知っちまったんだ?」
 色の薄い麦茶を一気に飲み干し、問う。
 九頭竜坂の顔は、学校にいる時より若干、弱く見えた。
 それは、気の所為じゃなかった。
「……私がこの家に入っているトコロを見たんでしょう? その時点で
 ある程度想像つくんじゃないの?」
 バツの悪そうな顔で、質問に質問を返してくる。
 ま、確かに想像はつく。
 さっき感じた、腑に落ちない点。
 そして、見られたコトを痛恨の極みと感じているであろう、九頭竜坂の顔。
 俺の事を家に上げて、あまつさえ麦茶まで出している事実。
 そこから導き出される結論は、一つ。
「ここが、お前の家、ってコトか」
 歯軋りが聞こえそうなくらい、九頭竜坂は歯を食いしばり――――瞑目した。
 瞼による首肯。
 俺は、そう捉えた。
「でも、九頭竜坂財閥の娘、ってのは嘘じゃないよな。そんな嘘が通る筈がない。
 ってコトは……」
「離婚したのよ。母と父は。そして、私は母についた。それだけの事よ」
 衝撃の事実――――ってワケでもない。
 そもそも、俺は九頭竜坂財閥に関して全然知らないんで、驚く取っ掛かりがない。
 単純に、最近知り合った女子の両親の離婚話を聞かされた、って言うだけのコトだった。
「要するに、もう御嬢様じゃない、ってワケか。学校でのあの振る舞いは、
 ポーズってコトか?」
「……」
 九頭竜坂は答えず、苦い顔で遠くを見ている。
 ただ、その沈黙も肯定と取るに十分だった。
 世間体。
 社会人は、それを酷く気にする。
 財閥の当主となれば、尚更なんだろう。
 その結果、離婚は隠された。
 そして、九頭竜家の当主の元妻となった女性は、ごく普通の一軒家に移り、
 娘と共に生活をするようになった……そんなトコか。
「結構、大変なものよ。いつまでも支配者側の振りをするのって」
「割と楽しんでるように見えたけど」
 正直な俺の意見は、一睨みで宙に霧散した。
 要するに、こいつの普段の尊大な態度や、生徒会入りを果たしたのは、
 父親の尻拭い、ってコトなのか。
 九頭竜坂財閥当主の娘、九頭竜坂咲来。
 その立場を、地位を、張りぼての誇りを、守り続ける。
 それが、彼女の行動理念。
 お金持ちの家に生まれると、こう言う弊害が生まれるのか。
 成り上がりの両親に、ある意味感謝ってトコなのかな。
「貴方に要求する事は一つ」
 意を決したように、九頭竜坂が能動的に口を開く。
「この事を口外しないよう。両親にも、親友にも、勿論生徒会の連中にも。
 ペットにも。誰にも言わない事をここに誓いなさい」
「ペットには別にいいだろ。いないけど」
 あと、親友もね……
「どうして泣きそうな顔になるの?」
「世の中、結構辛辣なんだ……」
 嘆息一丁。
 それで気が晴れるでもないけど。
「ま、俺がこの件を口外するメリットなんて何処にもないからな。
 うっかり口を滑らせないよう留意しておくよ」
「その程度ではダメ。記憶を消しなさい。その手の薬物を買って、飲みなさい。
 若しくは記憶操作が出来る博士を見つけて、消去して貰いなさい」
「記憶を消すクスリも博士も知らねーよ!」
 相変わらず、ムチャクチャなコト言う女だ。
 って言うか……
「どうして、そこまで御嬢様でい続けるコトに拘る? 零落れたと思われたくないからか?」
「……」
 また、ダンマリ。
 ただ今回のそれは、少し異質だった。
 哀しそうな顔が、一瞬見えたから。
「そうよ」
 だから――――それは嘘なんだろうなと、何となく思った。
 ただ、本人がそう言うんじゃ、仕方ない。
 そう言う事にしておこう。
「生憎記憶は消せないけど、鋭意努力する。それで勘弁してくれ」
「仕方ないわね。それで良いわ」
 割とあっさり、九頭竜坂は引き下がった。
 意外と常識人。
 そして、律儀。
 風祭先輩や俺の、彼女に対する心象は、正しかったのかもしれない。
「で、もう帰っていいのか?」
「ええ。見送る事は出来ないけれど」
「要らねーよ」
 嘆息しつつ、腰を上げる。
「麦茶ご馳走様。口止め料にしては、少し物足りないけど」
「フン」
 九頭竜坂は、少し笑ったように――――見えたような、そうでもないような。
 兎に角、複雑な表情で、そっぽを向いていた。
「……母親のコト、大事にしてるんだな」
 最後の俺の言葉には、応えは返って来なかった。







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