「お父さん、一緒に遊ぼうよ。遊園地つれてってよ。お母さん、一緒に遊んでよ。
 動物園に行って、動物を見たいよ。お父さん、お母さん」
 ――――そう言えば。
 子供の頃、俺はいっつも、そんな不平不満を言ってた気がする。
 ウチが大金持ちになったのは、俺が小学生に上がって直ぐの頃だった。
 そして、その二年後、まず家が変わった。
 次に、食べ物が変わった。
 そのどちらも――――俺にとっては、嬉しい変化じゃなかった。
 母親の作る、手抜きのチャーハンや味の薄いカレーの方が、分厚いだけの
 ステーキや色ばかり仰々しい海鮮類よりも、よっぽど食事って気がした。
 いつからか、俺は諦めていた。
 そういう不平不満を口にする事を。
 研究漬けの親と、一緒に遊ぶ事を。
 そして、いつしか、願うコトもなくなった。
 一緒にいたい。
 そう思うコトも、なくなっていた――――
「……」
 目が覚めた瞬間、飛び込んできたのは、天井に設置された蛍光灯の光。
 眩しくて、つい目を瞑る。
「あら、起きたの?」
 薄目を開けると、次に飛び込んできたのは、最近見慣れ始めた性格の捻くれてそうな
 長髪の美女の顔だった。
「……起きたみたいですね」
「きゅー」
 そして今度は、セミショートの品の良さそうな女子の顔。
 その胸には、異様に可愛いフェレットが抱かれている。
 剥奪したい。
「良かったな、黄金崎。外傷もなく、脳にも別状はないそうだ。当然と言えば、
 当然の事だが」
 更に、センター分の優等生っぽい男の顔。
「やー、でも無事でなによりや。イマイチ状況、わかってへんねんけど」
 今度は、妙に口の尖った温和そうな男の顔が見えた。
 そこまでくれば、流石に意識もはっきりする。
「……今、何時ですか?」
「10時やで。朝の。自分のおねんねした翌日や」
 朝――――翌日か。
 一日弱寝てたのか。
「それにしても……敢えて聞くまでもないが、あの仰々しい救助用のマットを
 手配していたのは、君なのか?」
「ええ。万が一、ってコトもあるんで。まさかお世話になるとは思ってなかったけど」
 そう。
 屋上から落ちた俺は、予め手配していたショック吸収マットによって、
 ほぼ無傷で生還した。
 嫌な予感はしてたんだ。
 だから、結構なお金を使って、『苦労』して、予防線を張っておいた。
 この危機管理能力の高さは、経営に使えそうだ。
 リスクマネージメントの達人。
 そう呼ばれる日も遠くないだろう。
「では、我々は家へ戻る。また学校でな」
「ほな、さいならー」
 俺が起きるのだけを待っていたのか――――御園生先輩と皇先輩は、早々に病室を後にした。
 ってか、ここ病室だよな?
 保健室……じゃないよな、流石に。
「ここは、九頭竜坂系列の病院です。命に別状もなく、打撲以外の外傷も見当たりませんでしたが、
 九頭竜坂さんがどうしてもと言うコトで、こちらを手配して」
「余計な事言わないで良いの」
 風祭先輩に対し、九頭竜坂がジト目で制止をしている。
 珍しい光景だった。
 そう言えば、落ちる寸前もレアな光景見たような気がしたけど、ちょっと覚えてない。
 あの体当たり、強烈だったからな……
「って、加藤先輩はどうなった?」
「私が無事、仕留めました。転落したショックで気を失っていたので、サクッと」
「あっそ」
 どうやって――――は聞かないほうが良いのかも知れないな。
「……ねえ」
 若干呆れ気味な俺に、今度は九頭竜坂が話しかけてくる。
 なんか不機嫌そうに顔をしかめて。
「何で、私を庇ったの? いくらマットで転落防止をしてたとは言え、
 あの体当たりを受ければ、どうなるかなんてわかってたでしょう?」
「ああ。だから庇ったんじゃねーか。普通、あの場面ではそうするだろ」
「普通? 普通はあんな場面に遭遇しないし、しても身動き出来ないモノじゃないの?」
 良くわからないが、九頭竜坂はムキになっていた。
 かと言って、俺もこの女を納得させる明確な理由は、持ち合わせていない。
 強いて言えば――――
「経営者の責任、かな」
 何となく、そんな気がした。
「……ま、それならそれで良いわ。お腹も空いたし、帰る」
 何に納得したのか、それともしてないのか。
 全然サッパリまるで何もわからないけど、九頭竜坂は一人呟き、病室を後にした。
「一番心配して、一番安堵しているのが、彼女だと思います」
「きゅー」
 その背中が消えた後で、ロロちゃんと風祭先輩がそんなコトを言ってくる。
 つーか、この一名と一匹に関しては、聞きたい事が山ほどあるんだが――――
「……取り敢えず、何者?」
 そこんトコは、一刻も早く明らかにしたい。
 生徒会長はマゾヒストとか、九頭竜坂が実は元御嬢様だとか、そう言う話とは、次元が違う。
「私は……元々『スティグマ』の出現した人間でした。だから、この子の姿が見えたんです」
 風祭先輩が、淡々と告げる。
 つまり、心を著しく穢した人間、というコトか。
 彼女の過去に何があったのか――――それは、聞かなくても良いコトだろう。
 問題は、ロロちゃんが何者で、何を目的としているのか、ってトコロだ。
「そこから先は、自分が」
 ロロちゃんが話し始める。
 フェレットが人語を操ると言うのは、本来あり得ないコト。
 それなのに、微妙に慣れ始めてるのが、ちょっと怖い。
「自分は元々魔族の世界『パンデモニウム』の住民だった。しかし、彼らの
 人間への干渉に疑問を呈し、気付けば急進派として御輿を担がれ、気付けば
 多くの同胞の血を流した。そして、自分もまた傷つき倒れ、命からがら
 人間界へと亡命し、そこで彼女――――ののかに助けられた」
 なんとまあ、ファンタジックなコトで。
「その後は、魔族の人間界への干渉を遮断する為、その芽を摘んでいる。
『スティグマ』がそれだ、自分には、スティグマの発生した部位に噛み付くコトで
 それを浄化する力があるのだ。だが、力を失った自分だけでは、魔族の宿った
 人間には対抗出来ない。そこで、不本意ながら、ののかに協力を仰いでいる」
「ロロちゃんの姿が俺等に見えるのは? 魔族って、そのスティグマの出てない
 人間には見えないんだよな?」
「今は魔族ではない、と言うコトだ。魔族としての自分は、ののかの体内に眠っている。
 そこで、体力の回復を図っている。この自分は、残滓に過ぎない」
 良くわからんけど、そう言うコトらしい。
「……待てよ。ってコトは、スティグマを浄化……だっけ。そうする為に
 噛み付くのは、ロロちゃんじゃなくて……」
 恐る恐る、風祭先輩の方に視線を向ける。
 すると、キラッと犬歯が光るのが見えた。
 ……猟奇的ぃ。
「そう言うワケで、ののかはモンスターペアレンツを秘密裏に追っている。
 この度、君の就任は我々には想定外だったが、利害は一致しているのだ。
 共に戦おうではないか」
「まあ、ロロちゃんがそう言うなら」
「そこには、私の意志も反映して欲しいものです」
 ズイッと、風祭先輩が身を乗り出してきた。
「不服か、ののか」
「いえ……学園を統治して強力な組織を作る予定でしたが、その叩き台とも言える
 SSSS執行部が発足した以上、私もそちらで活動する事にします」
 いつの間にか、俺はファンタジーの世界に片足を踏み入れるコトになったらしい。
 不安だ。
 風祭先輩、弱そうだしなあ。
「では、私もそろそろ帰ります。今後については、退院後に話し合いましょう。
 後、最終的に萌木学園を統治するのは私ですので、その点は忘れないで下さい」
「きゅー」
 最後に怖い言葉を残し、風祭先輩&ロロちゃんも去って行った。
 なんだかな……割とヘタレな一面を見た所為で、以前ほどの迫力は感じないけど。
「あ……どうも」 
 その一人と一匹と入れ違いになったらしく、新たに足音が近付いてきた。
 体を起こしたまま、その姿を確認する。
「この度は、兄と母がご迷惑をお掛けしました」
 花束を持った加藤日菜乃さんだった。


 あの後、彼女の母親や兄がどうなったのか――――気の利かないSSSS執行部の連中に
 代わり、彼女が全部説明してくれた。
 兄の康彦は、俺と同じく屋上から転落したワケだが、同じくほぼ無傷。
 1300万出して用意して貰ったマットが活きたようだ。
 ただ、ちょっとした記憶喪失状態らしく、最近のコトを余り覚えてないとか。 
 それは、転落の所為じゃなく、例の『スティグマ』の影響なんだろう。
 母親も、あの後大人しく帰宅し、普通に生活しているらしい。
 で――――当然ホントのコトは言えないハズだから、どう言う経緯で屋上から
 落ちたコトになったのかと言うと……
「屋上で鬼ごっこは危ないですよ。偶々、避難訓練の確認で消防隊の皆さんが
 学校を訪れていたから、良かったですけど……」
 随分テキトーな理由だな、オイ。
 誰だよ、この案通したの。
 俺や加藤兄はそんなに無邪気な高校生に見えるのか。
 嘆息する俺に、加藤さんは苦笑を返した。
「兄は……きっと、辛かったと思います。私と違って、周囲に期待されて……
 凄く、ストレスが溜まっていたと思います」
「それは、そうだろうね」
 だから、スティグマが発生した。
 と言っても、それが今回の事件を正当化する理由にはならない。
 母親を誘導し、悲劇の主人公を演じた彼は、反省すべきだ。
 期待されるのは、確かに大変だろう。
 でも、それすらされない人間だって、世の中には沢山いるんだから。
 彼女もまた、そうであるように。
「ありがとうございます。危険な目には遭いましたけど、兄も童心に帰って
 少しは気分転換出来たみたいです。張り詰めていたものが、少し解れた気がします。

 後は、お母さんが元に戻ってくれれば……」
 それに関しては、経過を見守るしかない。
 幸い、モンスターペアレンツとしては、軽度の部類らしいし。
 アレで、か。
 今後が怖いよ、ホント。
「それで、御礼と言う訳ではないんですけど、私……SSSS執行部でお手伝いをさせて貰う
 事になりました」
「え? マジで? 人材不足だから、助かるけど……結構キツいよ?」
「大丈夫です!」
 根拠はないみたいだけど、加藤さんは力こぶを作ってニッコリ笑った。
 全然盛り上がってなかったんで、思わず笑ってしまう。
 事務全般を引き受けて貰うとしよう。
「では、そろそろ失礼します」
「あ、その前に一つ」
 聞きたいコトがあった。
 蛇足、かもしれないが。
「母親の件で引かれたって言う友達は、ホントに今も友達として付き合ってる?」
「……」
 やっぱり、蛇足だったのかもしれない。
 でも、確かめる必要はあった。
「親を笑い者には、出来ません」
「……そっか」
 答えを告げた加藤さんの目は、強い光を宿しているように見えた。
 これなら、大丈夫だ。
 彼女も、彼女の母親も。
 そして、そんな強い新入生は、最後に深々と一礼し、病室を後にした。
 誰もいなくなった部屋で、俺は再びベッドに寝転がる。
 ……世の中、誰もが色んな事情を抱えて生きてるんだな。
 青二才の高校生であっても、それは例外じゃない。
 親の過剰な愛に辟易する生徒もいれば、親に見放された生徒もいる。
 俺は――――どっちなんだろう。
 考えるまでもないか。
 一にも二にも、ひたすら研究。
 顔を合わせるコトも滅多にない。
 手料理を食べたのも、一緒に外出したのも、遥か昔。
 要するに――――
「恭馬ああああああああああ! 屋上から飛び降りるとは何事だあああああああ!」
「恭馬のバカ! 親不孝モノ! 親より先に死んでどうするのよおおおおおおお!」
 けたたましい喚き声が直ぐ傍まで近付いているのを感じながら、思う。
 要するに。
 それも全て、俺を育てる為なんだろう、と。
「勝手に殺すな、このバカ親ども!」
 腹筋を使って、上体を引き上げつつ、がなる。
 モンスターペアレンツ。
 その実態については、まだまだ調査が必要みたいだけど。
 取り敢えず、俺にその不幸が降りかかる心配は――――


 当分、なさそうだ。








                                            to be continued...?




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