で、サクサクっと翌日。
この日は土曜日なんで、学生服を着た同世代の人達は殆ど見かけない。
ちょっとだけ、気が休まる。
そんなひ弱な心持ちで、時間10分前に駅の指定されたベンチ前へ着いた俺の視界には、
やけに美人な娘さんが待っていた。
茶色がかった髪の毛が、微妙に風で動いている様は、何処か老舗の暖簾を思わせる。
普通、ヤマトナデシコって黒髪の女性をイメージした言葉なんだけど、
なんか妙にそれが似合う、正統派美少女だった。
アレが、昨日の口の悪い依頼人なんだろうか?
なんか、話しかけたくないな。
もし依頼人なら、あの顔で罵倒されかねないし、もし違ったらナンパと思われそうだ。
ナンパはダメなんだ俺。
なんか、ダメなんだ。
女子が苦手ってワケでもないんだけど、ナンパはちょっと引くんだよな、精神が。
だから、『何? ナンパ? ウザ』って言われたら、軽く引きこもりになりそうな
気さえする。
でもま、話しかけないコトには始まらない。
「初めまして。小日向さんでいらっしゃりますでしょうございますか?」
国語の試験で書いたら、でっかいペケを貰いそうな過剰な敬語で、接触を試みる。
「……チッ」
舌打ちされた。
心折れそうだ。
「ま、仕方ないか。来ないよりはマシだし」
「と言うか、今の舌打ちって『遅刻すりゃタダ同然でコキ使えたのに』なのか、
それとも『はっ、こんなガキに何が出来るんだか』なのか、『何この中途半端な
イケメン。ホント中途半端』なのか、ハッキリさせて貰えると助かります。精神衛生上」
「最後のはどう言う意図で言ったのか全くわからないけど、敢えて言えば全体的に
正解だから、マル」
小日向さんは両手で小さい丸を作った。
ショックだ。
「……なんつーか、もうキャンセルして良いですか?」
「キャンセルって普通、依頼人がするものだと思うけど。いずれにしても不許可よ」
最悪な展開になりそうな気配。
まるで口内炎になるの決定な誤噛(こんな言葉はないが)をした瞬間のような絶望感だ。
「ま、いっか。取り敢えず、我が狭間探偵事務所に御依頼頂き、誠にありがとうございます。
所長の狭間十色です。名刺は、何故名前を刺すと書いて名刺と言うのか意味が
わからないもので、敢えて持たない主義なのです。ご勘弁下さい」
「どーでもいー。で、依頼料は?」
無碍にされて悲しくなる中、依頼料を提示する。
探偵の相場ってのは、当然ではあるけど依頼内容で大きく変動していて、
例えば素行調査だったら1時間1〜2万円らしい。
勿論、調査員一人でやるか、二人でやるかによっても全然違ってくる。
俺の場合は、一人以外の選択肢はない。
と言うワケで――――
「調査時間一時間ごとに1万円です。学生割引プランを適用する場合は
8000円になります。ただし、最初の3時間だけね」
「高い。一時間100円にして」
値切る気満々だった!
スタートを敢えて超低くして、折衷案の水準を下げる気だ!
「値切るのは良いですけど、その時間も調査時間に含みますよ。
拘束時間とイコールなんで。あと、私の特技は『一日中時計の秒針が
動く度に心躍らせるコトが出来る』なんで、持久戦は得意です。
心を真っ白にして記憶力を無にするのがミソですね」
「……チッ」
また舌打ちされたが、今度は特に凹みはしなかった。
「仕方ありません。8000円で手を打ちます。その代わり、交通費は経費内で宜しく」
ま、それくらいは良いけど。
「それじゃ、早速捜査を始めますが……私、異世界というモノにとんと疎いって言うか
正直言うとそんなモンあるワケねーだろバカじゃね? って感じなんで、
詳しい解説とかして貰えると助かります」
正直に言った結果――――なんか超凹まれた。
「……」
さっきまでの不敵な態度は何処へやら、今にも泣き出しそうだ。
あ、あれ?
これくらいでそんな落ち込むタイプのコだったのか?
まずい、女子を泣かせるのはまずい。
104ある英国紳士の条件を一つ失う。
「いや、その、ちょっと言いすぎたかも。異世界ってさ、見たコトないし
そもそもそれって何、って言うか……不勉強で御免なさい」
「別に。世間の風当たりなんてそんなものって知ってるから」
拗ねてはいたが、泣くのは堪えたようだ。
あ、扱い辛い……一番扱い辛いタイプだ。
ノリノリで攻撃的なのに、打たれ弱い。
自慢じゃないが、俺のこれまでの人生はあらゆる逆境や理不尽との
戦いだったワケで、同世代の女子から罵詈雑言を浴びせられる程度だと
軽く凹んで5秒で忘れられる。
ああ、ホントに自慢じゃない……タダのアホな子みたいだ。
と、兎に角、そう言う人生なんで、こう言うタイプは上手く対応出来ない。
知らない内に傷付けたりしちゃいそうだ。
あらためて気付く、こう言う時の助手の必要性。
この依頼片付けたら、ちゃんと見つけよう。
「取り敢えず、立ち話もなんだからベンチに座りましょう。何だったら
ファミレスとかカフェでも良いけど」
「いえ。ここで」
言葉少なに、小日向さんは率先してベンチに腰掛けた。
人二人分のスペースを空け、俺も座る。
それを確認し、小日向さんは――――依頼人は、今回の依頼に到るまでの
経緯をポツポツと語り始めた。
事の発端は、半年前に遡る。
衣替えも終わり、残暑がようやく消えて、空気に潤いがなくなって来るそんな時期。
ある生徒が、突然失踪した。
その生徒とは、小日向さんの友人。
男らしい。
『ホントに友達? 実はコレじゃねぇの? コレって何って? そんなの
わかってっだろーがコラボケカスコラ! 一緒に同じ扇風機の風を当たる中だろ
っつってんだよオラ!』
と言いたいところをグッと堪えて話を聞き続けると、どうもその男って言うのは
かなりの変人らしい。
ああ、類友。
納得だ。
ちなみに、名前は『桐野』。
また苗字だけか……ま、良いけどさ。
で、そのキリノ君。
なんか、異世界に行きたくて行きたくて行きたくて堪らないっていう、危ない人だったらしい。
危険人物だ。
まあ、少女軟禁しといてイケメンぶったポージングしたりとかはなさそうなんで
別に良いけど、もしそんなのが身近にいたら、友達にはなれそうにない。
で、小日向さんはそんなキリノ君と同じく、異世界に行きたい人らしい。
そして、もう一人、そう言う趣味の男子生徒がいたらしい。
何、流行ってんの? 現実逃避。
今の時代、逃げ出したくなるような現実なんて腐るほどあるけど、異世界に
行ったら行ったでそこでも同じような辛さが待ってると思うんだが。
それを正直に話すとまた凹まれるんで、オブラートに包んで話してみたトコロ、
『そう言うワケじゃなくて、憧れみたいなもの』っていう、なんとも微笑ましい答えが
返って来た。
その時点で、なんとなーくこの依頼人が年下なんじゃなかろうか、と言う
予感が出てきたりしたが、依頼人は依頼人なんで、敬語は続行すべきと判断した。
で、今は転校していなくなったと言うその男子も含め、キリノ君と小日向さんの
三名は、異世界に行くにはどうしたら良いのか、と言うコトを常々話し合ってたらしい。
そしてある日、その内容をついに現実に行った。
……なんか、集団自殺を計画してる連中みたいな不健康さがあるが、気にすまい。
良く言えば、実行力があるとも言える。
で、その異世界ってのはどう言うトコロを指すのかと言うと――――要は『ここではない世界』らしい。
ファンタジーな世界観。
そう説明されてもまだピンと来なかったんで、更に質問すると、結果的に
『ハリーポッターとかSFとか、そういう現実にはない世界』と言う回答を得た。
ここらでようやく納得。
その前に『ラノベやゲームで良くあるシチュ』と言われたが、そっちは
イマイチピンと来なかった。
自慢じゃないが、と言う冠言葉すら空しくなるほどホントに自慢じゃないが、
俺の人生において小遣いと言うものは全く存在せず、友達もほぼ皆無なんで
ゲームのような娯楽品とはとんと縁がない。
図書館の本とテレビくらいだ。
本にしても、読んでたのは大体実用書だった。
『日本人が英国紳士になる為の104の条件』とか。
ともかく。
異世界と言う存在を俺がようやく理解したトコロで、本題に突入。
キリノ君失踪事件だ。
その日は、突然訪れた。
不登校。
二日連続で、キリノ君の席が空いた。
病気なのかと携帯で連絡を入れても、繋がらない。
その時点で、小日向さんは担任に理由を聞いたらしい。
青春だな!
で、担任にも連絡が入っておらず、小日向さんがキリノ宅まで行って
その突然の不登校の真相を確かめた結果――――失踪が発覚したらしい。
御両親は親戚一同へ連絡を入れ、不眠不休で捜索に当たっていたそうな。
既に警察へも連絡は行っていた。
警察は、事故をはじめとした何らかのトラブルに巻き込まれているコトを
想定し、捜査していた。
ただ、その中で妙な事実が発覚する。
キリノ君、どうも自分から進んで失踪したような節があったんだと。
本人が『俺家出しようかな』とか周囲に漏らしてたワケじゃないが、
彼の部屋はまるで自分がそこからいなくなるコトを想定したかのように
キレイに片付けられ、学生服も部屋に残っていた。
使用しない衣類や古い本、小物類などは多数、大量のダンボール箱に
しっかり整理して仕舞われていたらしい。
失踪した当日は、平日。
その日、朝から既にいなかったらしい。
普通なら学生服を着て、学生カバンを持って登校する。
だが、なくなっているのは私服数着。
あと、旅行カバンもなかったそうだ。
それが発覚した時点で、警察は『家出』と判断。
捜査を早々に打ち切った。
当然、両親は納得出来ず、そこで一悶着あったらしいが――――
小日向は一人、全く別の説を含み持っていた。
すなわち、異世界への旅立ち。
何故、部屋をキレイにしていたのか。
それは、『暫くいなくなるけど、また帰ってくる』と言う意思の表れだ。
もし自殺なら、両親宛に遺書くらいは残すだろう。
家出なら、片付け自体必要性がない。
家への不満は、部屋にも反映されるのだから。
敢えてキレイにするのは、そこに心を注いでいるからに他ならない。
ただ、キリノ君は帰って来なかった。
彼が失踪して、半年。
一度も帰還は果たされず、両親も徐々に諦めて来ているらしい。
そんな中、一人で各探偵事務所へ連絡を入れ、捜索を依頼していたのが
小日向さん、と言うワケだ。
「……話は大体わかりました。では、その線で捜査を始めましょう」
内容は把握した。
そして、今後の方針も決めた。
異世界の存在をムリに否定するコトはしない、と。
そんな非現実的な方向で捜索するなんて、普通はあり得ないだろう。
実際、殆どの探偵事務所に断られてるそうだし。
ただ、俺はそんな十把一絡げの探偵とはワケが違う。
なにしろ、俺に本格的な捜索は出来ない。
足ないしな。
そして、根本的な問題として――――推理も出来ない。
探偵っつっても、まだ一度も依頼をクリアした事ないし、そもそも
探偵ってものに何の思い入れもなく生きて来たからな。
推理なんて行為をする機会がなかった。
かと言って、依頼人の要求に応えるのがプロの仕事だ――――なんて言う
プロ意識があるワケでもない。
プロとしての稼動は今日が初めてだ。
まだ報酬も受け取った事がない。
意識なんてあろう筈もない。
それでも、俺が異世界とやらの存在を前提として話を進めたのは、
この初めての仕事でしっかりと依頼料を受け取る為。
自分の生活の為だ。
ここで頑なに異世界の存在を否定すれば、俺はこの依頼を失い、のたれ死ぬ。
選択の余地はない。
生き残る為には、どんなあり得ない事でも、取り敢えず肯定。
それが今の俺の探偵としてのスタイル。
狭間スタイルだ。
「……お願いします」
小日向さんは、頭を下げた。
決して丁寧じゃない。
でもそれは、彼女なりの最大限の誠意なんだろうと、何となく思った。
捜査を行うに当たって、俺に出来るコトと言えば、ホントに異世界に行ったのか
検証してみるくらいしかない。
そこで、以前小日向さんがキリノ君と共に出かけた『異世界への挑戦ツアー』を
トレースしてみるコトにした。
何でも、異世界への扉を探し回ったらしい。
この時点で既にアンテナ100本立ちそうな強い電波を感じてはいたが、
狭間スタイルの確立の為に耐えた。
「要するに、異世界とこの世界を繋ぐ場所を探した、ってコトか」
「ええ。異世界への扉って、割と定番どころが限られてたりするのよ」
小日向さん曰く、湖とか洞窟がそうらしい。
後、公衆便所の便器とか神社の祠とか崖の下とか庭先とか学校の校庭とかも
該当するらしいが、流石にそれは枚挙に暇がないと言うか、キリがないんで、
スポットを絞って行ってみたそうな。
その場所とは、神山鍾乳洞。
ここから1時間くらい掛かるらしい。
とまあ、そんなこんなで到着。
移動時間なんて、それが2時間だろうと24時間だろうと割かしあっと言う間。
そんなもんだ。
「……」
その鍾乳洞の入り口を前に、小日向さんはフクザツな顔をしていた。
なんつーか、そんな顔を見ると、キリノ君との仲を勘ぐりたくなるな。
やっぱりアレか、恋人だったのか。
もしくは、恋人未満友達以上か。
敢えて倒置法にしたのは、なんとなくだ。
青春だなー、俺もそういうの欲しいよね。
中高生時代の思い出って、嫌いだわー。
ロクな思い出がない。
教師から呼び出されて、『あ、うん……あのな、君の親がな、電話越しに僕に対して
少々看過し難い発言を、な。まあ、なんて言うか、そう言う電話は控えるように
君の方から言ってくれないかと思って呼び出したんだが』とか言われたり。
教師から白い目で見られる生徒って、どうよ?
「何呆けてるの? 不細工なイワシみたいな顔してないで、とっとと行きましょう」
「……俺には魚の容姿を区別するなんて出来ない」
ある意味尊敬にも似た感情を抱きつつ、小日向さんの後に続き鍾乳洞へ入った。
中は――――少しビックリ。
異世界って何回も言ってた所為で微妙にゲシュタルト崩壊を起こしている
感じもあるけど、その異世界とやらがもしあるのなら、こう言う空間なんじゃないか
っていうくらい、鍾乳洞って場所は『非日常』だった。
神殿の中みたいな、ちょっとした神々しさがある。
天井からは、ツララみたいなのが沢山垂れてるし、地面も壁も凸凹。
それでいて、妙に美しい。
何処か小日向さんに似てる気がした。
「ここで、異世界への扉とやらを捜したんですか?」
「……」
沈黙。
答えはなかったが、聞こえてはいたらしく、小日向さんはクルリと振り向く。
その顔は、さっき以上に複雑化していた。
何かを思い出してるのかもしれない。
楽しかった思い出とか。
「こっちへ」
そんな俺の思考を嘲笑うかのように、小日向さんは奥へと誘う。
暫く歩いたその先には――――奇妙なスポットがあった。
岩場の一部が、直径1メートル程の円卓のようになっている。
自然にこうなる可能性は、多分ない。
「こ、これが異世界への扉?」
心ならずも、ゴクリと喉が鳴る。
ま、まさかホントに見つけちゃってたのか?
「いえ。案内板」
「……何の為に見せたんだよ」
依頼人に対してついつい口調を荒くした今の俺を誰も責める事は出来ない。
「コレを見つけて、その後一くだりあって、その後帰宅したの」
つまり、ココでは何にも見つからなかったらしい。
この時点では、異次元へ旅立つ兆候はなかったみたいだし、
実際に体験した感想としては、寧ろその意気込みは萎えたんじゃないか、とさえ思う。
この鍾乳洞って言う非日常の空間は、そう言う願望を満たす性質がある。
もし、異世界へ行きたいという人間がここに来たら、ホントに来た気分になれるんじゃ
ないだろうか。
「……ここへ来た後、キリノ君に何か変化は?」
「少し元気がなくなって、異世界への情熱を少し失ったように見えた」
やっぱり。
この時点で、俺は一つの推論を組み立てていた。
初推理だ。
きっと、キリノ少年は、この鍾乳洞へ来て『異世界願望』を満たしたんだ。
で、異世界への興味を失った。
そして、自分の回りにいる異世界異世界うるさい女に対して、
ウザったく感じるようになった。
結果、家出。
きっと今頃、別の県の家出少年を保護してくれる団体、若しくは新興宗教団体の
施設の中で、ひっそり暮らしているコトだろう。
さて、問題はこの華麗かつ絶妙な推理を、どのタイミングで小日向さんに伝えるか、だ。
自分の所為で失踪したなんて、結構ショックだろう。
だが、俺はプロの探偵。
どんな辛い現実でも、しっかり依頼人に伝えるのが最後の使命だ。
泣くな小日向さん。
悲しみを乗り越えてこそ、人は本当の意味で優しくなれるのだから……
「あの、とても言い難いのだけど、実は――――」
「でもその後回復して、放課後に私と異世バナで大盛り上がり。どうしたの?
見る見るうちに顔が真っ赤になってるけど」
「気にしないで下さい。ホント、もう死にたい。死んでしまいたい」
推理って……怖いよう。
外した時のこの羞恥心、耐えられないよう!
もし万が一、さっきのを言葉にして、しかもちょっと誇らしくドヤ顔とか
してたら、ホント万死に値するぞ。
俺、探偵やっていく自信なくなっちゃったよ。
異世バナとか、イラっとする単語が聞こえたけど、もうそれドコロじゃねーよ!
「すいません、あと一分下さい、立ち直るんで…………………………で、その時は一体
どんな話を?」
「最終的には、異世界へ続く道を見つけるのは難しいから、異世界側から
召喚される方法を考えましょう、ってコトに」
あーもーワケわかんねー。
何で探偵になって最初の依頼が、こんなどうしようもなく意味不明なんだよ。
もっとこう、ペット探して三千里とか、そう言うのが良かったよ。
最終的に感動するしさー!
「何突然怒ってんのよ。キチガイ?」
「ストレートだな!」
使っちゃいけない言葉は使っちゃいけないと思うんだ。
せめて伏字にしようぜ。
「と、兎に角。要するに、異世界に行くんじゃなくて、強制的に招かれる方法を
話し合った、ってコトですね。で、結果は?」
「彼の部屋に、ダンボール箱を沢山持ち込むコトに」
「どう言う結論だ……」
ん、待てよ。
確か彼の部屋、失踪後に大量のダンボール箱があったんだよな。
それで、部屋中の要らないモノを整理していた。
というコトは、その時点で既に失踪を決めていた……?
「その話、もっと詳しく聞かせて下さい。放課後の教室のくだり」
「……良いけど」
何故か小日向さんは顔を背けていた。
耳が赤い。
な、何があったんだ?
妙な懸念を覚えつつ、話を聞いてみたが――――特に手掛かりになりそうな
エピソードはなかった。
なんでも、召喚される為に『異世界が求めそうなモノ』を各種揃えようという
話になったらしく、スタンガンとか自転車とか原付バイクとか
色々意見を出し合った結果、ダンボールが一番異世界人が必要としている
道具と言う結論になったらしい。
俺の結論としては、全く意味がわからないんだが、それはもうどうでも良い。
重要なのは、この時点で失踪する意思があったか否か、だ。
話を聞く限り、なんかちょっと良い雰囲気の年頃の男と女がイチャイチャ
しているだけって気がしないでもないが、そこに失踪のヒントが
隠されているのかもしれない。
例えば、スタンガンや自転車って言うのも少し引っかかる。
異世界に必要なモノ、と言うのは、まあわからなくもない。
キリノ君が定義している異世界が、ファンタジックな創作物で良く見かける異世界、
すなわち『文明がまだ然程発達していない、中世ヨーロッパのような世界観』であった場合、
これ等の道具は電気がなくても使えるし、確かに異世界人は欲しがるかもしれない。
が――――同時に、一人で生きて行く上でも、結構必要だ。
自転車があれば、取り敢えず足にはなる。
スタンガンは、不良に絡まれた際の武器。
或いは、キリノ君はこの時点でもう家出するコトを決めていたのかもしれない。
いや、決めていた!
間違いないな、今度こそ間違いない。
よし、推理だ。
恐らくキリノ君は、ノリノリで異世界の話をするフリをしていたんだろう。
既にその時点では、小日向さんの前から姿を消すコトを決めてたんだ。
で、話を合わせつつ、それを示唆。
人間、心のどっかに構ってちゃんが住んでいて、それは自分が何か特別なコトを
する時には特に主張が強くなる。
きっと、『俺は明日いなくなるぜ。お前の所為でな! でも俺は言わないぜ。
俺がいなくなった後で、この会話を思い出して気付くといい。そして良心の呵責に
苛まれるがいいさ、アーッハッハッハ! アーッハッハッハ! ギョギョーッ!』
と言う心境だったんだろう。
可愛そうな小日向さん。
だが、コレも現実だ。
俺はそれを伝える義務がある。
何故なら、彼女が依頼人で、俺が探偵だからだ。
登山家は何故山に登る?
そこに山があるからさ。
探偵も、依頼人がいるならば、そこに真実を突きつけよう。
「あの、とても言い難いのだけど、実は――――」
「ちなみに、ダンボールは私の案」
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
「どうしたの? 範馬刃牙に負けた後のモハメド・アライJr.のような泣きっぷりだけど」
言っているコトは全くわからなかったが、そんなのはどうでも良かった。
もう俺、推理止めよ。
推理しない探偵として生きて行くよ……
「で、その後暫くして、彼はいなくなった」
俺が泣きやむ前に、小日向さんはまとめに入っていた。
「もし彼が本当に異世界に行ったのだとしたら、自ら赴いたんじゃなくて、
異世界に召喚された可能性が高いと思ってるんだけど」
「いや、それはありません」
ようやく涙が止まったのを確認し、俺は首を横に振る。
鍾乳洞の中は、風もないのに、外より少し冷たい。
それは何処か、子供の頃に入った押入れの中に似ていた。
入った理由は特にない。
暗い場所に、好奇心を抱いただけ。
それだけの場所だった。
「彼は、失踪を能動的に行っています。平日の朝、学生服じゃなく私服で
いなくなってるんだから。少なくとも、自分が家を出る事は自覚していた筈です」
「……」
小日向さんは、信じられないモノを見る目で俺を見ていた。
「探偵が推理をした……!」
「驚いて言うコトかそれがっ!」
些かショックだ。
まあ、5秒で忘れるけどさ。
「それは兎も角、つまり……彼は自ら異世界へ行った、そう言うコトなのね?」
「異世界と言う行き先が確定しているワケじゃないですけど、そう言うコトです。
あの、さっきスゴくあっさり端折りましたけど、ダンボールのくだりの後、
失踪直前までの間に何か不審な点とかありませんでした? 不審じゃなくても、
それまでの日常から変化したコトとか」
「……特に何も」
だから何で顔を背けて耳を赤くする。
なんか、その間に親密な関係になってデートとかしてそうな雰囲気だな、おい。
他人のサクセスストーリーって、自分が余裕ある時は素直に楽しめて、
自分が困窮している時にはイライラするらしい。
俺、サクセスストーリーって生まれてこの方一度も楽しめたコトない。
いつもイライラする。
「そうね、強いてあげれば、彼の友達が時期外れの転校をしたコトくらい」
「それ相当なファクターなんすけど」
友達ってーと、さっき言ってた『異世界を信じるアレな三人衆』のウチの一人か。
そいつが、転校。
しかも、時期外れ。
いや、父親の仕事の都合とか、色々あるだろうし、一概にそれが怪しいとは
言えないのかもしれないけど、十分怪しいぞ。
も、もしや。
もしや、彼を追いかけたのでは……
「言っておくけど、彼はノーマルよ」
さいですか。
「つーか、何故アンタがそれを知っている?」
「……」
小日向さんは、今まで以上に赤面するのが早く、顔を背ける前に真っ赤にしていた。
あーもー、サクセスですなあ。
サックセスですなあ!
「……何で泣いてるの?」
「知らん。で、実際その友達とやらとキリノ君、どんな感じだったの?
あ、もう敬語良いよね。なけなしのプロ魂で頑張ったけど、そろそろ限界だ」
「構わないけど……そうね、その友達が、彼に懐いていたと言うか、
そんな感じかしら」
う、うーん……
「彼はノーマルだから」
「それはわかったけど……そうなると、その友達の転校が何らかのトリガーになった
可能性はあるよなあ」
よし、方向性は決まった。
取り敢えず、鍾乳洞を後にして、街に戻る。
で、その後――――その友達とやらの所在を調べて、話を聞いてみよう。
転校前の学校に行けば、転校先の学校はわかる。
そこに電話して、電話番号を聞こう。
勿論、小日向さんが。
「……良いけど」
渋々――――と言う感じはなく、意外とすんなり受け入れてくれた。
彼女にしても、少しは進展している実感があるんだろう。
俺としては、全く真相に近付いてる雰囲気ないんだけど。
推理2回もポシャってるし。
向いてないのかなあ、この仕事。
最悪、清掃会社とか興すかなあ。
掃除くらいなら出来るし。
「転校先の電話番号、わかった」
「早っ! え、何で?」
「携帯で去年の担任に連絡して、調べて貰っただけよ」
教師に電話したのかよ。
アクティブだなー、感心する。
ま、そもそも友人の為に探偵に依頼する時点で、相当なもんか。
……恋人、なんだろうな、やっぱ。
なんか泣けるぜ。
俺とて人の子。
あと、ニートの子。
ホントに泣けるぜ……
「彼の友達の電話番号、わかった」
「随分とサクサク進むな」
探偵が泣きながら移動してる間に、もうキーマンの連絡先が発覚。
俺、もしかしてダメなんじゃないかな、色々。
「つーか、その友達って、アンタも知り合いだったんだろ? 名前で呼んでやれよ」
「忘れたのよ。ココまで出掛かってるんだけど。確か……さ、さ、さ、さ、さ」
どんだけ待っても、一文字しか出てこない。
哀れ過ぎるぞ、キリノ君の友人……
「取り敢えず、電話してみる」
小日向さんはサクサクっと電話を始めた。
ちなみに、もうとっくに街に着いてる。
移動時間は、なくてもいいのです。
「……」
「どうだ?」
「出ない。と言うか、電波が届いていないか、電源が入ってない」
この時間に?
偶々バッテリーが切れてた可能性もあるけど、土曜の昼間に学生が携帯の
電源を切るもんかね。
いや、理由なんて幾らでもあるっちゃーあるが。
「そう言えば、キリノ君の携帯も繋がらないんだったな」
そっちに関しても、失踪した時点で携帯を放棄した可能性があるし、
不思議って程じゃない。
が、引っかかる。
揃って、って言うのが。
ここで、俺の頭に3つめの推理が舞い込んできた。
もう推理はしたくないんだけど、仕方ない。
探偵だもの。
と言うワケで、推論を心中で述べてみる。
あくまでも仮定だけど……二人とも異世界に行っちゃってるんじゃなかろーか、と。
こんな推理、探偵がしたら普通は大爆笑モノだ。
でも、狭間スタイルはそれをも呑み込む。
常識なんて、この際無視。
異世界があると仮定して捜査してるんだ、そこに行ったって可能性を否定は出来ない。
二人が異世界へ行ったと仮定した場合、二つのパターンが成立する。
一つは、一方がその行き方を見つけ、誘った場合。
もう一つは――――転校した友人が、最初から行き方を知っていた場合だ。
つまり、その友人は、異世界人だった! ってオチ。
この後者の案なら、時期外れの転校も辻褄が合う。
彼は、品定めの為にコッチの世界にいた。
自分の世界に招き入れる人材を見つける為に。
で、その人材を見つけ、目をつけた。
その後、それが正解だったと確信し――――転校と言う形を取って、学校を去った。
キリノ君に、異世界へ行く方法を教示して。
一応、筋は通る。
が――――二度の失敗がある手前、口には出来ない。
また直ぐ穴が露見するかもしれんし。
「……」
小日向さんは、90%の侮蔑にも似た視線と、10%の期待を込めた眼差しで
俺の方を見ている。
……仕方ない。
「結論から言えば、そのキリノ君の友達が、異世界からの使者だったと言う
説が有力だと思う」
「……何ですって?」
視線が、100%驚きに変わった。
それはその推論への驚きなのか、それを俺が口にした事への驚きなのか。
どっちでも良いか。
「ただ、それを証明するには、一つ手間が要る」
「何? 何でも言って。何でもする」
口調が、語調が、コレまでと違う。
小日向さんは、興奮していた。
それにも驚いたけど、それ以上に、俺のこの推論を信じている様子に
驚きを禁じえない。
一笑に付すかと思ったが。
キリノ君のコトとなると、途端に乙女モードになるらしい。
愛だねー。
「何か、棒読み口調で貶された気が」
「超気の所為です」
最初は電波と思っていた女子が、今は……超能力者に見える。
心読まないで。
「と、兎に角。その手間ってのは、要するに彼が異世界へ行った証拠を探す、ってコト。
もしそのサが最初に付く友達が異世界への行き方を教えたのなら、きっとキリノ君は
その方法を何処かに残してると思う」
「……どうして、そう思うの?」
「アンタが、この世界に残ってるからだよ」
仮に推測が事実なら、一緒に来て、とは言えなかった筈だ。
小日向さんには、小日向さんの生活がある。
家族がある。
俺なら、言えない。
「でも、行き方は必ず何処かに記している。選択を委ねる為に。異世界へ行きたいのは
アンタも同じなんだから。だから、それを捜そう」
俺の言葉に――――小日向さんはしっかり頷いた。
さて、ここで最後の推理だ。
手間が要るとは言ったけど、実際にはそれ程大きな手間じゃない。
彼が知った異世界へ行く方法――――それを記したであろう場所を推理するだけだ。
学校じゃないだろう。
制限がある。
彼女が卒業したら、二度と訪れないであろう場所。
家も同じだ。
ダンボールの底にでも書いてるかと思ったが、捨てられたら終わり。
部屋の中に関しても、家族が引っ越せば、二度と小日向さんが訪問する機会はないだろう。
普遍的な場所。
常に、そこにある場所。
それでいて、彼女がきっとまた訪れる場所。
そこに、何か手掛かりがある。
俺は、そう推理した。
その場所は――――朝に向かった鍾乳洞だった。
夕刻。
移動中、小日向さんは自分の事も教えてくれた。
幼少期、友達が失踪した事がある、と。
そして、その幼い友達は、未だに見つかっていない。
異世界へ旅立った――――小日向さんがそう思うようになったのは、きっと
考え得る上で最高の結果を望んだからなんだろう。
それをキッカケに、異世界に興味を持つようになったそうだ。
だから、今回のキリノ君の失踪事件は、絶対に放置出来ない――――そう言っていた。
二度と、あんな悲しい思いはしたくなかった。
でも、悲しいままでいる程、今の私は弱くない。
そう言っていた。
確かに強い。
その強さで、粘って粘って、桐野君の御両親より粘って。
よくぞ、俺に辿り着いてくれた。
後は、俺が期待に応えるだけ。
頼むぜ、現実。
お前、何時だって理不尽だったじゃないか。
だったら、『異世界』なんて空想じみた存在、ちっとは認めてやってくれ。
その方が、異世界が存在しないって言う素っ気ない結論より、よっぽど理不尽だろう?
そんな祈るような思いで、鍾乳洞へ向かうバスに揺られていた。
幸いにも、到着した頃には、まだ日は残っていた。
朝から動き詰めで、結構疲労はある。
が、目的があれば人間は動ける。
小日向さんは、俺より早く鍾乳洞へ入った。
さて――――この鍾乳洞に、ホントにキリノ君が何らかの手掛かりを残したとしたら。
それは果たして何処にあるのか。
きっと、小日向さんが絶対に覚えているであろう場所に他ならない。
となると、話は早い。
さっき、一度訪れた場所。
彼女が率先して俺を案内してくれた、あの場所。
そう。
円状の案内板がある、あそこだ。
あの時、俺はしっかり調べなかった。
今思えば、不覚だった。
探偵って、洞察力が必要らしいけど、俺にはそれが致命的に欠けているみたいだ。
推理も今ントコ2連敗だし。
向いてないとは思うが、今はそれは良い。
この依頼の結末を見届けなくては。
いつの間にか、俺の身体は小日向さんを追い抜いていた。
彼女が遅れたワケじゃない。
俺が、気付けば走っていた。
いつ以来だろう、こんなに心が躍るのは。
早く結果を知りたい。
果たして、俺の推理は当たっているのか。
異世界なんてモノが、実在するのか。
依頼を達成した時、依頼人はどんな顔をするのか。
知りたい。
ああ、そうか。
今わかった。
探偵になる人間の動機が。
この瞬間の為なんだ。
景色が、軽快に動いていく。
一度来ただけの場所が、妙に馴染んで見えた。
暫時の後――――フラットな円が見える。
あらためて見ても、自然物に囲まれたその案内板は、異彩を放っている。
何より、『案内板』と言うのが、何か結末を暗示しているようじゃないか。
気付けば、目の前にその板があった。
その表面には――――何も特別なものは記されていない。
それはそうだ。
もしココに何か刻まれていれば、一度目の訪問の際に気付く。
注意深く、案内板を観察し、キリノ君の痕跡を探した。
いつの間にか、小日向さんも追いついて来ており、探し始めている。
スカートを気にも留めず。
俺も、今はそれどころじゃないといいつつ、結構そっちを見ていたのはココだけの秘密だ。
男なんです!
男なんです!
「……あ」
そんな、俺の大事なコトを主張している最中――――しゃがんでいた小日向さんが
小さい声をあげる。
そして、そのまま――――口元を両手で覆った。
しゃがんだまま、動かなくなった。
嗚咽が聞こえる。
泣いていた。
驚くほど。
ホントに、堰を切ったように。
俺は確信を胸に、彼女の視線が最後に向いていた場所――――案内板の支柱の
根元の部分を見た。
そこには、確かにあった。
ホントにあった。
キリノ君が残した、メッセージが。
その瞬間、俺は初めて、依頼を達成した。
湧き上がるのは、充実感。
更には高揚感。
そして、胸を掻き毟りたくなる程の気恥ずかしさ。
何はともあれ、一番印象に残ったのは――――最初の依頼人が見せた、
泣き笑いの表情だった。
狭間探偵事務所、規律その1。
就業中に知った、いかなる依頼人の情報も、他所へ漏らす事なかれ。
と言うワケで、俺はあの鍾乳洞で見たキリノ君のメッセージを漏らす事は
しないでおこうと決めた。
彼の言葉は、極めてプライベートなコト。
敢えて記録に残すコトはしない。
報告書からも割愛しておいた。
で、そんな最初の依頼だが、『異世界失踪事件』と名付けておいた。
シンプルなほうが、後々振り返った時に思い出しやすい。
んで、事件の顛末も少々。
小日向さんは、異世界へ向かうんだそうだ。
ただし、学校を卒業してから。
親には、正直に話すらしい。
恐らく、永遠に信じては貰えないだろうが、それでも良いそうな。
ただ、嘘は吐きたくないし、異世界へ行きたいと言う気持ちにも嘘は吐きたくない。
当然、キリノ君や、幼少期の友人との再会に対する欲求も同様。
彼女の決断に、俺が口を挟む権利はない。
祈るのみ。
生まれて初めての依頼人が、希望を叶えるように、と。
そうそう、報酬に関してだが、案の定と言うかなんと言うか、
学生、それも中学生(!)であるトコロの彼女、それ程持ち合わせはなかったらしく、
当日の拘束時間分の報酬はとても払えないとのコトだった。
とは言え、俺も無一文の身。
学割以上に負けてやるコトはできない。
そこで、分割での支払いを提案した。
総額74,000円を、12回に分けてお支払い。
それなら、小遣いで十分賄えるそうだ。
最後の支払いが済んだ日、異世界へ旅立つらしい。
それまで、暫く彼女との接点は続きそうだ。
さて、取り敢えず一回目の支払いとして8,000円を受け取ったワケだが、
これだけじゃ一月と持たない。
電気水道、各種支払いをすると、食費すら残らないだろう。
次の依頼を一刻も早く得なければ。
あと、助手も。
掃除が上手くて、甲斐甲斐しく面倒見てくれる女性の助手を!
「すいませーん! 探偵事務所って、ここで宜しいんでしょうかー!」
青天の霹靂を連想させるような、突然の大声。
事務所を揺らす勢いの大音量を発したのは、スゴい勢いで入り口の
ドアを開けた、女の子だった。
多分、同世代。
その子が、この狭間探偵事務所あらため『はざま探偵事務所』の未来を
決定付ける、大事件を持ってきたのだが――――
それはまた、別の話。
前編へ おまけへ