「……へー」
 この【はざま探偵事務所】を開いて、初めての依頼。
 それを事細かに話してあげたというのに、返ってきた助手の第一声は
『こいつ何言ってんだ? 異世界? 寝言は死んで云えこのデマ所長』とでも
 言いたげな、実に猜疑に満ちた生返事だった。
「胡桃沢君。もう少しちゃんとしたリアクションをしようよ。
 俺は君のリクエストに応える為に、結構恥ずかしい過去を晒したんだよ?」
「でも所長、デマですよね? 異世界とか……」
 ドン引きです、と断言するかのような視線。
 うう、痛い。
 針みたいなのが目に刺さってくるみたいで痛い……
「ならば胡桃沢君、君に問おう」
「なんでしょうか」
「『私は探偵です。実は先日、人類滅亡の相談をもちかけられました。
 一応ちゃんと答えて電話を切りましたが、この対応は正しかったんでしょうか?』
 ってヤフー知恵袋に投稿したら、どんな答えが返ってくると思う?」
「うっ……所長、そのネタいつまで引っ張る気ですか」
「君がもう少し助手って立場をわきまえる日までだよ、胡桃沢君」
 パイプがないんで、ボールペンで胡桃沢君をビシッと差し、探偵アピール。
 いや、探偵をアピールする動作でもないんだけど。
「ま、そんな初体験だったんで、これ以降どんなヘンテコな依頼やトンデモ相談を
 もちかけられても、一切動じなくなったってオチ」
「そう来ますか……私がここにいるのは、その依頼のおかげと、そう言いたいんですね?」
「そういう事。だから君が疑う理由はないんだよ、ワソトン君」
「ワトソン君です、所長。あんまり詳しくないんだから、使わなきゃいいのに」
 呆れ気味に、胡桃沢君はふいっと視線を逸らし、トコトコ自分の席へ戻った。
 にしても――――懐かしいな。
 あの口の悪い依頼人、今頃どうしてるのやら。
 何しろ、俺にとっては最初の依頼人でもある。
 どんな結果になったとしても、健やかに生きていて欲しいもんだ。
「ところで所長」
 席について間もない助手が、頭の上のキツネ耳をピコピコさせながら
 首を傾げている。
「なんだい、胡桃沢君」
「さっきの話の最後に出てきた、『大きい声でここに突入してきた所長と
 同い年くらいの女の子』はどうしたんですか? 彼女が二番目の依頼人ですよね?」
「ああ。彼女の事も良く覚えてるよ。なにしろアレも、一つ目の依頼なみに
 ブッ飛んだ内容だったからね。だから正確には、1stクライアントと2ndクライアントの
 依頼で、この探偵事務所の基本方針が決定したって言ってもいい」
「どんな依頼だったんですか? 私、気になります!」
「今頃そんな無謀なキャラ付けしても、もう遅いと思うよ」
 胡桃沢君は最近、とある小説にハマってるらしい。
 あと、自分のキャラが薄い事もかなり気にしてるらしい。
 ま、それは置いといて。
「そだね……今日は仕事もないし、語り部に徹するとするか。その依頼の報告書は
 何処にいったかな」
 初期の頃は、報告書自体テキトーに書いてた上、管理もずさんだったからなあ。
 こういうのは全部胡桃沢君に任せっきりだから、最近のは簡単に見つかるんだけど。
「でも、探偵ってそういうのにズボラな方がカッコよくない?」
「所長、自分が思ってる事を他人に読まれてるの前提で話を進めないで下さい」
 怒られちゃった。
 うーん、ないなあ……もしかしてもう処分したか?
 でも、最初のいくつかの依頼はちゃんと取っておいたハズなんだよなあ。
「pdfファイルにしてパソコンに突っ込んでるんじゃないですか?」
「あ、それだ」
 ウチのプリンター、家庭用で超ボロイの(近所の大学にあるゴミ置き場で
 拾ってきたヤツ)なんだけど、一応複合機になってて、コピーやスキャンも出来る。
 当時はそれが妙に新鮮で、何でもかんでも電子化してたんだ。
「さすがは胡桃沢君。探偵事務所所属が板に付いてきたな」
「煽てても何も出ませんからねっ」
 と言いつつも、語尾のあたりが嬉しそう。
 こういう小さい積み重ねが、キャラ立ての第一歩だと俺は思うんだ。
 耳とか口グセとか、安易な方向に走って欲しくはないんだけど……
「お、あった」
 検索をかけたら、すぐ見つかった。

『はざま探偵事務所 File:2 「殺し屋を自称する女の子を助けろ!」』

「……しょ、所長?」
「そうそう、確かこんな内容だった」
 ウンウンと頷く俺の隣で、胡桃沢君はドン引きしていた。
「殺し屋って……所長、そんな黒い依頼を受けてたんですか?」
「いや、君の相談も十分黒いから」
 寧ろダントツのドス黒さだろ、人類滅亡は。
「そ、それで……この依頼、どんな内容で、どんな結末だったんですか?
 私、アンクシャス!」
「英単語で言ってもダメだと思うよ」
 なお、語呂だけは妙に良かった。
「ま、それはいいとして……確か依頼人は、遠路はるばるやって来た女子で――――」
「すいませーん! もう一度……もう一度助けて下さーい!」
「そうそう。こんなちょっと間の抜けた感じの声で……」
 そこまで言って、俺は胡桃沢君と顔を見合わせ、同時に入り口の方に目を向けた。
 そこには。
 あの時の依頼人――――緑川日向の学生服姿があった。









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