諸君、久しぶり。
 初めてお目に掛かる人は、ごきげんよう。
 俺の名は、狭間十色(ハザマ トイロ)と言う。
 この御時世に高校を中退して、探偵なんて言う職業に就いた、大馬鹿野郎だ。
 しかも、俺は探偵に一切思い入れはない。
 推理小説は読まないし、そもそも推理とか面倒だし、深く考える事はしたくない性質でね。
 そんな俺が、数奇な運命に誘われて、こうなっちまった。
 幸いな事に、経費はほぼ掛からない状態で事務所を持つ事が出来ている訳だが、
 それだけで生活できるほど、この世は甘くない。
 案の定、客は来ないし、水は錆臭いし、夏は暑く冬は寒い。
 コンビニの廃棄寸前の弁当を得る為には、500m歩かないといけない。
 どうも、日本って言う国は、新米探偵には厳しいらしい。
 噂に聞いていた、逃亡したペットを探したり、浮気調査をしたりする仕事すら来ない。
 宣伝の仕方が悪いんだろうか?
 最近流行ってるという、ステルスマーケティングに手を出したのが失敗だったのか。
 まあ、この手のモノは、流行っていると言われる頃には、既に下火だと言うしな……
 新たな方法を考えないといけない。
 なにしろ、現時点での残金は237円。
 死ぬね!
 このままじゃ高確率で死ぬね。
 10代だけど、餓死しちゃうよね。
 コンビニから締め出し食らったら、終わるぜオイ人生。
 どうしたものか。
 この際だし、業務拡大しちゃおうか。
 別に探偵のポリシーとか、探偵への敬意とか、特にないし。
 清掃業務とかやれば、多少は声も掛かるだろう。
 ホラ、探偵って潜入とかするじゃん。
 その時、色んなコスプレして潜入するけど、清掃業者に扮装するパターン、良くあるよね。
 ドラマとかで。
 あんな感じで、実際にアルバイトすれば良いんじゃね?
 よし、採用。
 そうしないと死ぬし。
 ゆくゆくは警備保障とかの事務所にしても良いかもしんない。
 生きていくって、大変だ。
 こういう風に、どんどん妥協して、ドンドン夢を磨り減らしていく。
 でも、生活の糧がなけりゃ、夢どころか梅おにぎりも買えねー。
 ってなワケで、この瞬間から、我が【はざま探偵事務所】は
【はざまハウスクリーニング探偵事務所】に鞍替えだ。
 胡散臭さ満点だけど、背に腹は代えられないんだ。
 これも、俺の人生さ……

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

「はいこちら【はざま探偵事務所】! 犬猫フェレット、ワニにヒグマ、何でも探しますよ
 探偵ですから! それとも浮気調査ですか? それなら浮気相手を蝋人形にするプランが
 オススメなのですよ?」
「……あ、あの」
 固定電話の受話器から、少々怯えた声が聞こえてくる。
 しまった、余りに久々の電話だったんで、気が動転してしまった。
「あ……コホン。申し訳ありません。今のは電話番を任せていた愚弟の狭間ダンペイです。
 お電話代わりました。はざま探偵事務所所長、狭間十色と申します」
「は、はあ。えっと……お願いしたい事があるんですが」
 声の主は、男。
 それも、かなり若い。
 今は平日の4時過ぎだから……学生かも知れないな。
 余り羽振りの良い依頼は期待できないが、そんな事をどうこう言える立場じゃない。
「何でも承ります。探偵とは、そう言う職業ですから」
「そ、そうですか。では……相談したい事があるんです」
「承りました。相談は30分で1万円となります」
「ええっ!?」
「……が、最初の30分は無料です。ご安心下さい」
 ホッとした様子が、受話器越しにも伝わってくる。
 よし、これで掴みはOK。
 あとは、相談内容にかこつけて、何かしらの調査をすると言う流れに持って行けば
 そこそこの仕事に出来そうだ。
 この探偵事務所を開いて……と言うより、譲り受けて、早一年強。
 それまでに色々あって、身に付けた処世術の一つが、コレだ。
 探偵なんて言う存在、基本的には胡散臭いし、信用面でも社会的地位も高いとは言えない。
 そんな中で、一生食っていこうと考えるならば、数少ないチャンスを確実に
 金に換えるだけの事をしないといけない、ってワケだ。
 その為に、俺はこの一年、色んな事を身に付けた。
 興奮するとサカナくんみたくなる悪癖も矯正したし、ブレスケアも怠らない。
 第一印象を良くする為の話術も身に付けた。
 そして、数少ない依頼人とのやり取りから学んだ事、それは――――
 探偵に頼る人間と言うのは、かなり切羽詰まっていると言う事。
 胡散臭くても、他に頼る相手がいない……そこまで追い込まれているからこそ、
 社会的信頼度の低い所にも目を向ける。
 そんな顧客を相手にする場合、いきなり核心突いて現実を直視させても、あんまり良い事はない。
 相談から入り、親身になって心配し、心を砕いて砕いて……そして、お金になるサービスを
 提供できるような状況に持って行く。
 これを詐欺行為と言うなかれ。
 報酬を受け取るだけの事は、ちゃんとやります。
 例えばですよ、『毎晩誰かに家の中を覗かれてる気がする』という、自意識過剰……もとい、
 精神的に不安定な女性がいたとします。
 実際に覗いているヤツがいるかどうか、調べますよね。
 丸一日かければ、大体状況はわかるってなもんです。
 でも、それだけじゃ、こっちもそんなに稼げないし、向こうも不安を完全には
 取り除けないんですよ。
 その不安を一掃する為には、理由が必要なんです。
 理由は、何も真実である必要はありません。
『十分な期間調査した結果、近所の野良猫が毎日家の塀に上って、窓の方を見ているみたいです』
 ――――なんて言う結論を提示してあげれば、大抵は満足してくれるんです。
 向こうは安心を買い、こっちは一定期間の拘束料金を得ると言う、そんなお話。
 どうです、奥さん。
 立派なギブ&テイクだと思いませんか、奥さん。
 いや、ホントに覗いてる野郎がいれば、そりゃフツーに捕まえるけど。
 若しくは警察に通報。
 いずれにしても、それならこっちとしても探偵としてのステータスアップに繋がるし、
 言う事なしだ。
 でもね、そんな都合の良い事件、起こらないんだ、コレが。
 だから、知恵を働かせて、反則ギリギリの事をする。
 こう言う真似してでも、糊口を凌がないといけないくらい、世の中は荒んでるってこった。
 ま……カッコ悪いけどね、実際。
「それでは、どのような内容の御相談でしょうか」
 約3秒ほどの思考を経て、俺は努めて優しい口調で、そう促した。
「はい。実は……僕、困ってるんです」
「どのような理由で?」
「あ、はい。えっと……5人の女性に、同時に好意を持たれてしまいまして」
 切った。
 さて、今日は良い天気だ。
 ただ、天気の良さと廃棄弁当の数は反比例している気がするんで、
 あんまりハッピーにはなれない。
 晴天を喜べない俺……空しいぜ。

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

「はい。こちら【はざま探偵事務所】」
「突然切るなんてヒドいです……すんすん」
「泣きたいのはこっちなんだが。アンタ、一体俺を誰だと思ってんだ」
「探偵さんですよね? ですから、相談を……」
 はい、息を吸ってー。
「何処の世界にハーレム状態のリア充から相談を受ける探偵がいるかあああああああああああああああっ!」
 その空気が肺からなくなるまで、全力で叫び倒した。
 ったく……嫌がらせも甚だしい。
「そ、そんなに怒らないで下さい……僕は本当に困ってるんです」
「知るか! 一番好きな子とつきあって、後は断れば良いだろーが!」
「でも! 僕は……全員、みんな同じくらい好きなんです!」
 その瞬間、目の前が真っ暗になった。
 コレか。
 コレが、かつて巷で叫ばれていた、草食系男子か。
 それとも肉食系なのか?
 いずれにしても、死語だ。
 こンのハーレム野郎……どうしてくれよう。
 呪うか?
 向こうの携帯が手に溶接されて携帯人間になるって言う呪い、掛けるか?
 いや、待て。
 冷静になれ、狭間十色。
 今、俺にとって重要なのは、このフザけた相談を一刀両断する事じゃあない。
 数少ないチャンスをモノにして、生活費を得る事だ。
 そして、この世の中をナメ腐った男に、社会勉強をさせてあげる事だ。
 決して、やっかみや私怨の類ではない。
 社会の基本、等価交換を果たす為に、俺は敢えてこの男の相談に乗ろう。
「全員、好きか」
「はい……全員、それぞれに良いトコがあって……選べないと言うか、今のままが良いと言うか」
「現状維持か。けど、女性の方はそうもいかないだろう」
「それはわかりませんけど……何というか、アピールなのかな? って感じのは、常々感じます」
「具体的には」
「う……え、えっと、身体を密着……してきたりとか、ここか、ってポイントでデレたりとか」
「成程。大体話はわかった」
 俺は、一旦受話器を置いて、目の前の机を3回ほど全力で蹴った後、再び受話器を握った。
「あの……スゴい音が……」
「工事中だから、気にするな。あと、いつの間にかお客様相手に敬語を忘れちまってるけど、
 それも気にするな」
「はあ……それは構いませんけど」
「ならば、ズバリ言おう。お前は、そのぬるま湯のような日常を、一日でも長く味わいたいと、
 そう言う訳だな」
「そ、そうハッキリ言われると」
「違うのか。違うなら別の方向性を模索するぞ」
「いえ。その方向でお願いしたいんです、すいません」
 アッサリと本音を吐露しやがった。
 まあ、良い。
 これで、こっちの方針も大体固まった。
「それなら話は早い。俺は探偵だから、探偵らしいアプローチで、その依頼を叶えよう」
「で、出来るんですか!?」
 今日一のハキハキした声に、俺は思わず殺意を覚えたが、鉄の意志でそれを抑える。
「出来る。それが狭間十色のアイデンティティだ」
「お、お願いします!」
「任せておけ。正式な依頼として受託した以上、全てのプライオリティは君へと向けられた」
「は、はあ」
「ナントカティって言葉、カッコ良いよな。つい使いたくなる」
「わかります」
 わかってくれるか。
 意外と良い奴かもしれない。
「それじゃ、相談はココで終了だ。具体的な打ち合わせは明日、同じ時間に。
 契約書を作るから、印鑑持ってここに来い。保護者は不要。認印で良い」
「認印?」
「……100均かどこかで、自分の名字の印鑑買ってこい。シャチハタがあればそれでも良い」
「わかりました。では、明日。お願いします」
 今度は静かに、受話器を置く。
 なんとなく天井を見上げて、一息。
 俺……なんでこんな人生送ってるんだろう。
 ま、楽しいけどね。
 と言う訳で、明日は仕事だ。
 久々すぎて、遠足前の気分。
 まだ俺にも、学生時分の感覚が残っているみたいだ。
 さて……どうなるかな。
 そんなニヒルな感じを醸しつつ、窓の外を眺めていると、ポツリポツリと雨が降り出した。
 どうやら、天は俺に味方したようだ。
 特選炭火焼牛カルビ弁当、残ってると良いな――――

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

 む。
 今日一日を締めるに相応しい名言を邪魔するかのように、固定電話がの受話器が
 震えながら飛び上がる。
 普通の電話はこう言う動きはしないが、何となく俺的にこう言うイメージがあるんで
 改造してみた。
 ……ま、それは良いとして。
「はい。こちら【はざま探偵事務所】。どのようなヨゴレ仕事でも快く引き受けます」
 我が探偵事務所はこの日、妙に盛況だった。
 

 そして、翌日。
 指定の時間に『坂上ビル』の四階にあるこの【はざま探偵事務所】を訪れた制服姿の学生は、
 大体予想していた通りの容姿だった。
 いわゆるチャラ男ではなく、朴訥とした少年。
 少しキリッとした目、適度な高さの鼻、薄めの唇。
 全体的に小顔で、それが童顔のような雰囲気を醸しているが、子供っぽさはない。
 髪の色は黒。
 長さも、清潔感や爽やかさを感じる、短髪と長髪の中間。
 ああ……こりゃハーレム顔だ。
 アイドル顔から、あざとさと色気を抜いた感じと言えば、わかって貰えるだろうか。
 そんな恵まれた容姿の少年は、神威アキトと名乗った。
 ま、人の名前をどうこう言える立場じゃない。
 年齢は16とのコト。
 高校一年生だ。
 良かった、年下で。
 敬語を放棄した今、年上だと言う事になると、色々気まずいし。
 と言う訳で――――契約書を作成した後、具体的な対策を練るコトとなった。
「取り敢えず、相手を知らないコトには始まらない。君に思いを寄せていると言う
 5人について、調べさせて貰おう。名前と簡単なプロフィールを書いてくれ」
「あ、はい。わかりました」
 素直なアキト少年がサラサラとペンを走らせた紙の上には――――

 木間咲良 (このま さくら)
 西園寺心愛(さいおんじ ここあ)
 九條碧流 (くじょう へきる)
 白銀維月 (しろがね いつき)
 エリザヴェータ・恋・シェフチェンコ(えりざう゛ぇーた・れん・しぇふちぇんこ)

 そんな名前が書き連ねられた。
「……最後のジョン・健・ヌッツォみたいな名前の人、ハーフ?」
「はい。日本人とロシア系アメリカ人のハーフなんです。でも、ロシア語は喋れないみたいで、
 そこが何とも言えないチャームポイントと言うか」
 わからんでもない。
 ま、それはさておき……プロフィールを確認した結果、全員一年生らしい。
 だが、白銀維月と言う女子のみ、17歳。
「彼女、病気を患ってて……それで、一年留年してるんです」
「ほうほう。あんまり現実にはなさそうな設定だな」
「いや、実際あってるんですって」
 その他の欄を見てみると、この女子は病弱な身体を克服すべく、薙刀部で日頃汗水を
 流しているらしい。
 部活に入ってるのは、合計三名。
 九條碧流が文芸部、シェフチェンコが社交部所属とのコト。
 社交部なんて何する部なのかサッパリわからんけど、それは今はどうでも良い。
「よし、OK。それじゃ早速、学校に案内してくれ」
「え?」
「兎にも角にも、本人達と接触しないコトには始まらないからな。安心しろ。君のコトは一切
 口外しないから」
「そ、そうですか。わかりました……でも、スゴいですね、狭間さんって」
 いきなり褒められた。
「僕だったら、知らない女子に話しかけるなんて、とても出来ません」
「ほう。じゃあこの五人とはどうやって知り合った?」
「咲良は、幼馴染みなんです。心愛ちゃんは、咲良の親友なので、その流れで。
 九條さんは、図書館で本を探してる時に、偶々足を踏んじゃって、それきっかけで。
 白銀さんは、母が通院してる病院で見かけて、屋上でその……ちょっと色々あって。
 エリザは隣近所の従姉の家に居候してるんです」
 とてもわかりやすく、アキト少年はヒロイン達との出会いについて説明してくれた。
 ……いるんだなあ、こう言う天然のハーレム気質。
 普通、モテる男って殆ど、ガーッて押すタイプなんだよね、現実は。
 少年マンガのモテる男って、嫌み系じゃない限り、大体朴訥で、女なんて興味ないって
 感じのイケメンなんだけど、少女マンガの場合は野獣みたいにガツガツ行くイケメンが多い。
 後者もそれなりにデフォルメ効いてるんだけど、どっちかってーとこっちが現実に近い。
 前者みたいなヤツは、イケメンでも大してモテないのが実状だ。
 でも、稀にこのアキト少年みたいなケースもある……んだよ、実際現実にいるんだからココに。
 こう言うのも、一種の才能だよな。
「ま、俺には必要ない才能だけど」
「?」
 ポカーンとしているアキト少年をけしかけ、俺は事務所から高校へと移動する為、
 上着を手に取り、それをかざした。


 と言う訳で、高校に到着。
「あの……それで、彼女達とどんな話をするんですか?」
 一緒にいる所を見られるのはマズいってんで、アキト少年は校舎の外で待機中。
 携帯で会話する運びとなった。
「まず、それぞれの性格を確認する。そうすれば、自ずと答えが見えてくる筈だからな」
「そう言うモノなんですか?」
「そう言うモノなんだよ。で、お前のクラスメート二人は、教室にまだいるんだよな?」
 アキト少年と同じクラスなのは、木間咲良と西園寺心愛の二人。
 部活に入ってないこの両名は基本、アキト少年も交えつつ、放課後に教室で雑談しているらしい。
 今日は彼がいないので、二人でいると言う事になる。
 と言う訳で、早速潜入捜査開始。
 勿論、今俺はこの高校の制服を着ている。
 アキト少年とユニフォーム交換した結果、とても簡単に潜入成功を果たした。
 さて……目標のクラスは、1−2か。
 にしても、学校の雰囲気の懐かしいコト。
 中退して一年以上が経過しているけど、一応年齢的にはまだ高校生の範疇。
 ここは元母校じゃないけど、もし俺が真っ当な人生を送っていたのなら、これと同じような空間で
 宿題や試験と戦ってたんだろうな。
 俺は――――こう見えて、優等生だった。
 小中高、成績は常に上位。
 中学時代の試験では、トップ5に何度も顔を出していた。
 だから、中退するって言う旨を担任に告げた時は、スゴい顔で睨まれたっけ。
 正気か、とさえ言われた。
 確かに、正気じゃなかったのかも知れない。
 幾ら、親が終わってる人種で、授業料の工面が困難だったとは言え。
 幾ら、痴漢冤罪の被害を受け、肩身の狭い状況だったとは言え。
 この御時世、高校を中退して探偵になるなんて、正気の沙汰じゃない。
 でも、今はコレで良かったと思っている。
 偶に、『全然試験勉強してないのに、今から試験を受けなきゃいけない』って言う設定の
 奇妙な夢を見たりするけど。
 そんな下らないコトを考えてる内に、1−2の前に到着。
 勝手なんて知らなくても、学校の構造なんて何処も大体同じだ。
 既に放課後に突入してるコトもあって、生徒数は疎ら。
 その中に、二人だけで会話している女子の姿があった。
 多分、彼女等がそうだろう。
 一人は、アホ毛搭載セミロングの茶髪で、おメメぱっちりの女子。
 表情豊かで、口数も多そうだ。
 背は小さく、巨乳。
 やりおる。
 この女子が、木間咲良だな。
 もう一人は、花形のリボンを頭に付けた、黒髪ロングの女子。
 いかにもお嬢様という感じだ。
 スレンダーな身体で、見るからに清楚。
 西園寺心愛で間違いないだろう。
 取り敢えず、接近。
「あの、すいません」
 気安さが出ないよう、抑揚を抑えた声で話しかける。
「……?」
 同時に、視線が俺の方に向けられた。
 その目の感じだけでも、性格が結構わかったりする。
「お……僕、生徒会執行部の手伝いをしてて、アンケートを採らなきゃいけないんだけど、
 協力して貰えないでしょうか」
「アンケートですか。はい、別に良いですよ。心愛は?」
「私も、構いません」
「ありがとうございます。では――――」


 そんな感じで、調査を行った翌日。
 この日は土曜日だったんで、アキト少年を午前中から呼び出し、本格的な
 ディスカッションを行う事となった。
「俺はここ二日、ハーレムについて本気出して考えてみた」
「は、はあ……」
 探偵に必要とされる事は、推理力と洞察力、そして行動力。
 アームチェア・ディテクティブなんて言うのは、所詮創作物に過ぎない。
 足を使って、指を使って、そして頭を使う。
 人間のあらゆる器官を総動員して、物事を真実へ収束させ、その真実をもって
 依頼人の欲求に答えるのが、探偵の役割だ。
 つまり、俺がやるべき事は、ハーレムというモノの本質を知り、それを使って
 アキト少年に満足して貰うと言う事。
 そこで考えたのが、ハーレムと言う状態が如何ばかりか、と言う点だ。
 元々は、イスラム社会での女性の居室を指す言葉らしいが、そんな事は今はどうでも良い。
 ここで言うハーレムというのは、複数の女性と一人の男性の間で、恋愛対象と認識している
 状態を指す。
 基本的には、女性側が愛情を表現していれば、その逆は必ずしも必要って訳じゃない。
 あと、誰か一人との間に、恋人と言う関係が成立していても、ハーレムは成り立つ。
 必ずしも、全員と曖昧な関係である必要はない。
 とは言え……現実問題として、その関係が長期間保たれると言うのは困難。
 と言うか、ドロ沼になりかねない。
 必然的に、現実としてのハーレムを長期に亘って継続するには、『友達以上恋人未満』の
 関係を全員と保ち続ける事が必要不可欠となる。
「そこで重要となってくるのが、各々の女子との関係性だ」
 そう説明した後、俺は昨日高校からくすねてきたA2のコピー紙に、三色ペンで
 それぞれの名前を書き記した。
 中央に『神威アキト』。
 その周囲に、 木間咲良、西園寺心愛、九條碧流、白銀維月、エリザヴェータ・恋・シェフチェンコ。
 そして、それぞれの名前の間に、その関係性を記す。


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 と、まあこんな感じだ。
「で、この青の矢印のトコに、君の愛情の度合いを記して欲しい」
「え……? そ、それはどう言う……」
「好感度とでも言えば良いのか、そう言う類のモノだ。依頼してきた時は五人全員同じくらい
 好きみたいな事言ってたけど、完全に均等って事はないだろ? ハートの大きさでそれを示せ、
 っつってんだ。早く」
 そう責っ付くものの、アキト少年は恥ずかしがって書こうとしない。
 堂々とハーレム希望宣言してるクセして、何故これが恥ずかしいんだ?
「早くしてくれ。君の愛情の度合いというか、格差というか、それがハッキリせん事には
 こっちも助言が出来ないんだから」
「うう……わ、わかりました。書きます」
 ペンを手にしたアキト少年がようやく覚悟を決め、青ペンを走らせる。
 結果――――


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「こ、こんな感じです。今は」
 見る限り、木間咲良との矢印に一番大きなハートが描かれている。
 次に白銀維月、そして後の3人が同率で3番手、といったところだ。
「よし。良くわかった」
「あのう……これで一体、何がどう……」
「俺なりに、ハーレムと言う状態を分析した結果、大事なのはこの繋がりだと言う結論が出た」
 発言しつつ、俺はヒロイン同士を結ぶ矢印全部を赤ペンで囲った。


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「……女の子同士の繋がり、ですか?」
「そう。浮気とか片思いと違って、ハーレムってのは、女子同士にも独自の関係性が存在する。
 そして、これがハーレム状態を持続する鍵になる」
 恋愛って言うのは、一つの枠に収めるのは難しい。
 カップルの数だけ解釈が存在する。
 でも、ハーレムの場合は、恋愛感情と同時に、競争意識、独占欲などと言った別の感情が
 強く作用する。
 危機感や、ちょっとした優越感もだ。
『自分以外にも、この人を好きな女子がいる』
 この意識がポイントだ。
 これさえ上手く活用できれば、ハーレム状態は持続できる。
 恋愛だけなら冷めてしまうくらいの年月が経っても、これらの意識で武装してやれば、
 その好意は保持されるだろう。
 仮にそれが、錯覚だとしても。
「その象徴が、ヤキモチだ」
「ヤキモチ……?」
「そう、ヤキモチ。嫉妬だな。これは好意の裏返しだ。この感情が持続している間は、
 その異性に対して恋愛感情を抱いてる事になるし、本人もそう自覚する。で、このヤキモチを
 焼かせる最適の環境ってのが、ハーレムなんだ」
 ヤキモチってのは、それを焼くイベントがあって、初めて成立する。
 簡単な例で言えば、別の女性と親しげに会話をしたり、二人きりで食事したり。
『なんで私がいるのに、他の女と仲良くするの、キーッ』って思わせる出来事が、
 ヤキモチを生む。
 そしてこの気持ちが、恋愛感情の原動力と自覚に繋がる。
 逃げる相手を追いかけたくなる心理だ。
 ハーレム状態の場合、このイベントを頻発させる事が可能だ。
「この五人の内、特定の一人と仲良くしていれば、他の四人はヤキモチを焼く。
 ただ、その状態を長く続けてると、『あの子が一番なんだ』って言う諦めの感情が生まれて、
 恋愛感情が冷める。そうなると、アウト。気持ちは離れる」
「つまり……そうならないように努力しろ、って事ですか?」
「御名答。君がさっき書いた好感度は、その割り振りの度合いを意味する。今は木間咲良以外の
 四人がヤキモチ焼いてる状態、って考えて良いだろう。気持ちが傾いてれば、自然と
 好意を示してるモンだ」
「な、なるほど……言われてみれば、確かに最近は咲良とばっかり話してた気が」
「と言う訳で、これからは一番ハートの小さい3人の誰かとちょっと他より仲良くすると良い。
 そうだな……一週間ローテくらいが丁度良いか。一週間過ぎたら、また別の女子と仲良く。
 それを繰り返すんだ。ただし、仲良くしすぎないようにな」
「具体的には、どれくらいでしょうか?」
「その前に、各女子とはどれくらいヤッちまってんだ?」
 俺の疑問に、アキト少年は露骨に赤面して俯いてしまった。
 純情少年らしい。
 五股野郎のクセして!
「……あ、あの……うわ怖っ! 探偵さん顔超怖い!」
「何言ってんだ。俺は気さくな街の探偵さんだ。怖いワケないだろ。それより早く言え」
「は、はい……その……キスをされたり、抱きつかれたり、偶然着替えを覗いたり、
 胸を……間違って掴んだり、転んだ時に頭がパンツの中に……」
「大体わかった。もう良い」
 最後のはどう転んだらそうなるのか全くわからないが、皆まで聞くまい。
 ハッキリしてるのは、全部受け身って事だ。
「自分からキスしたり、胸揉んだりは?」
「ししししてませんよ! そんな事!」
「おい。ワザとらしくドモるな。探偵だけに目を突くぞ」
「す、すいません……意味わからないけどすいません」
 取り敢えず、謝罪を受け入れた俺は、別の紙に再び各ヒロインの名前を記した。
「基本方針はさっき伝えた通りだ。これからは、個別攻略についてのレッスンを始める」
「個別……ですか?」
「ああ。同じような付き合い方じゃ、好感度の上がり方に個人差出るからな。
 それぞれの個性を踏まえた上で、仲良くする時、しない時の対応をテンプレ化していく」


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 と、まあこんな感じか。
「なんか、こう書かれるとスゴく下世話な感じがします」
「まあ、現実を記号化してるワケだからな。その辺は我慢してくれ。ただ、これはあくまでも
 表層的なモノだ」
 実際問題、現実において、こう言う属性ってのに大した意味はない。
 これはあくまで、表面における特徴。
 仮面と言っても良い。
 重要なのは、その内側にある本質的なモノ。
 だが、それに関しては、部外者の俺は勿論、好意を持たれているアキト少年にも
 わからないだろう。
 友達以上恋人未満の相手に、自分の弱味や醜い部分なんて、見せる筈もない。
 だから、敢えてそこを推理するしかない。
 探偵だからな。
「まず木間咲良だけど……彼女は、明るくて快活。この手の性格は大抵、嫉妬深いと思うんだけど、
 実際にはどんな感じだ?」
「言われてみれば、結構そんな節があるような……」
「となると、表面を飾るタイプかもしれないな。案外、不満を溜め込んでしまってるかもしれない。
 あんまりヤキモチを焼かせ過ぎるのは危険だ。優遇しろ」
「ゆ。優遇?」
「ちょっと多めにデートとかしろ、って事だ。次は……西園寺心愛。お嬢様って
 感じだけど、育ちは良いのか?」
「はい。西園寺ホールディングスのトップの一人娘だそうです」
「生粋だな……じゃあ、腹黒系じゃなさそうだ。寂しがり屋ってパターンかもな。
 あんまり頻繁に会うと、愛情が深くなり過ぎる。程ほどに」
 次は……九條碧流。
「ツンデレって、特に最近はガチガチにイメージが固まっちゃってるけど、
 実際はかなりナイーブだから、気をつけろよ。過去に何か対人関係でトラブルが
 あったかもしれない。出来れば、生い立ちを聞き出して、そこから対策を練るようにしろ」
「わかりました」
 白銀維月……この女子は、以前少しエピソードを聞いてたんで、ある程度推理しやすい。
「一つ下の学年で過ごすってのは、相当なストレスだ。でも、病弱な身体を鍛えようと
 してる辺り、逆境を跳ね返す強さは持ってる。ただ、精神的な摩耗は大きいだろうから、
 甘え出すと止まらないタイプかもしれない。少し距離を取っておいた方が良いな」
 最後は……エリザヴェータ・恋・シェフチェンコ。
「ハーフの人は、幼少期に差別を受けたり、辛い経験をしてるケースが多い。
 だから、波風を立てないように笑顔を振りまくクセが出来た……ってパターンかも。
 実は相当根深い闇を持ってる可能性がある。ある日突然、どっちかに振り切れる可能性が
 あるから、随時この女子の様子には注意を払っておけ」
「はい! なんか色々勉強になりました!」
 アキト少年は、気持ちの良い返事をして、俺の言葉をメモし出した。
 まあ……これも、あくまでも推理に過ぎない。
 例えば、同じツンデレでも、素直になれないだけの人間もいれば、過去の経験で恋に臆病に
 なっている人もいるし、コンプレックスを自己武装している人もいる。
 十人十色。
 その一部を名に持つ俺にとって、それはある意味座右の銘だ。
 でも、俺は探偵。
 依頼人を前にして、あやふやな態度を取ることは許されない。
「以上を踏まえた上で、各人の気持ちが自分から離れないよう、同時に盛り上がりすぎないよう、
 好感度を調整するんだ」
「わかりました! スゴいなあ……さすが探偵さん。恋愛経験も豊富なんですね」
「当然だ。探偵だからな。一夜の恋から大恋愛まで一通り経験済みだ」
 嘘も方便。
 こう言えば、依頼人が安心して俺の言葉を実行できる。
 ハーレム計画成功の為には、必要なことだ。
「俺の言った事をしっかり実践しろ。そうすれば、絶対にハーレムは崩れない。
 君の希望通り、全員と今の関係を維持できる。それを忘れるな」
「はいっ」
 良い返事だ。
 そう、絶対に上手く行く ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 間違えさえしなければ。
「で……君は一体、いつ頃までそのぬるま湯に浸かってたいんだ? 社会人になっても……
 ってワケじゃないだろ?」
「あ、はい。それはさすがに」
「高校を卒業するまで?」
「んー……」
 要領を得ない。
 どうやら、もう少し先を想定しているらしい。
「でも、高校を出たら、進路が分かれるだろ。そうなったら、今の関係は嫌でも崩れるぞ」
 アキト少年も含む6人の学力は、かなり差がある。
 同じ大学を全員受験する、とは行かないだろう。
「正直、わからないです。でも、出来ればずっと、今のままで、今の楽しい時間のままで
 いて欲しい、って思ってます」
「悪びれもしないで、よく言えたもんだな」
 半眼で睨む俺に、アキト少年は力なく笑った。
 ハーレムを作る、天然ジゴロの特性。
 それは、いわゆる『無自覚性ピーターパン症候群』。
 自己中心的であり、依存的であり、無責任であり、そして――――純粋。
 子供そのものだ。
 俺は今回、それを学んだ。
「さて。俺に出来るのはここまでだ。女子同士の横の繋がりを利用して、ヤキモチの温度を
 上手く調整すれば、今のままのぬるま湯をキープ出来るだろうよ。せいぜい頑張りな」
「はい。お世話になりました。あの……料金なんですけど、どれくらいでしょうか」
 俺は電卓を取り出し、所定の金額を打ち込んだ。
「うっ……」
 ドン引きするアキト少年の顔色を確認した後、『÷』のキーを押す。
「学割だ」
 半額。
 それで、多少は顔色も良くなった。
「持ち合わせで足りないなら、正月まで待つから、お年玉やら何やらで工面するんだな」
「ありがとうございます! それなら、どうにかなりそうです」
 何度もペコペコ頭を下げた後、アキト少年は事務所を後にした。
 依頼、完了。
 探偵の仕事としては、かなり異例だったと言っても良いだろう。
 密室殺人や、宝探しのような、華々しい内容とは程遠い。
 でも、浮気調査やペット捜索よりは、探偵らしい面を見せられたかもしれない。
 そう言う意味では、依頼料以上に充実感のある仕事だった。

 が――――まだ、抱えている案件全てが終わったワケじゃない。
 俺は先程紙に書いたリストの下部に、新たな項目を付け加えた。


HARLEM05.JPG - 38,304BYTES


 さて……と。
 今度は携帯を取り出し、電話帳に記録している番号から、一人を選んで
 固定電話でそこへと掛ける。
「もしもし。【はざま探偵事務所】所長、狭間十色です。木間咲良さんでいらっしゃいますでしょうか。
 先日ご依頼頂いた件で進展がありましたので、宜しければ明日にでも事務所の方へ……」
 ちなみに。
 今回、俺が同時に抱えた依頼人は――――6名。
 つまりは、そう言う事だ。
 絶対に上手く行くって言うのは、そう言う裏があってこその科白でもある。
 案外、ハーレムなんて言う非現実的な状況は、こうやって成り立っているのかもしれない。
 全員、思う事は同じなのだから、究極の予定調和。
 それもまた、恋愛の形なんだろう。
 俺には一生理解できないかも知れないが……
「さて。久々に金出して食事するか」
 そんな内なる声と共に、上着を手に取る。
 潤沢な資金と共に。
 だが――――

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

 そんな時に限って、この固定電話は邪魔をする。
 世の中、そんなモノ。
 だから、探偵って職業は面白いのかもしれない。
「はい。こちら【はざま探偵事務所】。ペット捜索からハーレム作りまで、何でも承ります」
 希望する方、是非ご連絡を。
 従業員一名、心よりお待ちしています。








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