エロス。

 それは、男子にとっても男性にとっても、或いは翁にとっても、
 何物にも代え難い甘美な響き。
 その圧倒的なまでの求心力は、テレビで言うところのグルメ、小動物すらも
 上回る。
 まさに、人類最強のキラーコンテンツだ。
 それは、創作と言うジャンルにおいても同様で、人類は常にエロスをどう表現するか、
 どう言ったエロスを魅せていくのか、と言う永遠の議題と向き合ってきた。
 その歴史が教えてくれること。

 それは――――エロなら何でも良いワケでもない、ってコトだ。

 人間には、フェティシズムと言う性質が存在する。
 フランスの思想家ド・ブロスが考案し、同じくフランスの心理学者、
 アルフレッド・ビネーがそれを性的な方向にシフトし、色々あって現在の『フェチ』に至る。
「マンガにおけるエロって言うのは、そのフェチを満たすコトが一番の存在意義だと俺は思う」

 翌日。

 再び事務所を訪れたりりりり先生は、俺の言うコトを小刻みに頷きながら聞いていた。
「フェティシズムってのは偏向であると同時に、一種の『常識への反抗』でもあります。
 胡桃沢君には昨日も言ったけど、人間は『しちゃダメ』って言われたコトとか、
 それが当然であるコトに対して、反発したい気持ちが何処かにある。
 心の作用・反作用の法則ですね」
「イケないコトをしたくなる感じ、わかります。冷蔵庫に置いてる担当さんの
 チーズケーキ、絶対ダメって思ってても食べちゃいますよね。普段の
 4倍くらい美味しいんです」
 流石は先生、良くわかってらっしゃる。
「そして、ここからが重要なんですが……マンガとして成功する以上は、やはり
 一定以上の読者の支持が必要です。でも、世の中にマンガはごまんとあります。
 週刊少年誌だけでも、週刊少年ジャンプ。週刊少年マガジン。週刊少年サンデー。
 週刊少年チャンピオン。月刊誌、青年誌、その他ジャンル特化型雑誌、
 四コママンガ誌などなど。少女マンガ誌も、年代毎に幾つもの雑誌がありますよね」
「はい。最近はノベルやゲーム、オリジナルアニメのコミカライズも増えて来ていますから、
 その数は途方もないです」
「そうです。そして、その中において『エロス』はジャンルを越えた主力武器。
 児童誌からホラーまで、あらゆるジャンルに共通する人気コンテンツです」
 そして、それだけに激戦区。
 特に最近は、そのエロスを売りにしたライトノベルが多数コミカライズされている為、
 全体としてのエロスの割合はどんどん増加している。
「幾ら最強のキラーコンテンツでも、ここまで激戦となると、そう簡単に
 一定のシェアを獲得するコトは出来ません」
「そそそうですよね。私みたいな場末の流浪マンガ家の出る幕じゃ……」
 あ、自信が揺らいだ。
「いえ。先生の絵なら絶対にウケます。ただ、マンガは絵だけじゃない。
 幾らエロスを前面に出してても、絵だけじゃダメなんです」
「やややっぱり、お話がしっかりしてないと……」
「や、そこはあんまり。と言うか、エロ推しの作品に練りに練ったストーリーとか
 必要ないです。あっても邪魔です」
「ででででは、一体何が必要なんですか?」
 俺はその問いに、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべ――――
「コレです!」
 俺の隣でずーっと突っ立っていた胡桃沢君に向けて、両手を広げヒラヒラした。
 ちなみに、本日の胡桃沢君は――――

 いつもの『もふもふホッキョクギツネ耳』をしつつ、身体には着物を身に付けている

 ――――と言う格好だ。
 着物はかなり着崩しており、うなじがハッキリと露見している。
「所長……どうして着物が事務所に?」
「変装用に購入しといた。安物の中古品だけどね」
「まあ、昨日の格好よりは幾分マシですけど」
 不満を言いつつも、胡桃沢君は結構ご機嫌。
 一度は着てみたいモノらしい。
「で、先生。わかりますか? コレが何を示すのか」
「ええええっと……和の心?」
「悪くないけど、違います」
 俺の両手が繰り出すペケに、先生は心底悲しそうなリアクションをくれた。
「ギャップです」
「ぎゃぎゃ、ギャップ?」
「そう、ギャップ。二次のエロに必要不可欠なのは、ギャップなんです!」
 バン、と机を叩き、俺は力説を始めた。
 推理は苦手だが、演説は得意な探偵、狭間十色の真骨頂だ。
「良いですか。ギャップって言うのは、いわば『心の作用・反作用の法則』の
 究極たるモノです。一つの対象に対し、その対象からはかけ離れた要素を
 くっつけるコトで、そこに非常識が生まれる。それ事態が、ある種のフェティシズムと
 なり、人間の心を惹き付けます。そこに生まれるのは、精神的な刺激。
 これはエロスの生命線です。この胡桃沢君の格好を見て下さい。先程先生は
『着物』に対して、和の心というイメージを持ちました。和の心というのは、『大和撫子』とか
『純粋無垢』などを連想しますよね。それなのに、こう着崩して、妖艶さを醸し出している。
 これこそがギャップであり、ある種のフェティシズムなんです」
「あの……私てっきり、このもふもふ耳と着物のギャップだと思ってたんですけど」
 胡桃沢君の見当違いな指摘はさておき――――このギャップってのは、二次三次を
 問わず、とても大きな役割を担う要素だ。
 ただ、二次の場合、その利点を最大限に発揮できる。

 創造性。

 すなわち、エロイック・ファンタジーだ。 
 三次では、どうしても常識が邪魔をしてしまう。
 例えば、コスプレなんかが良い例だ。
 コスプレは、確かに写真集やAVの一ジャンルとしても確立してる。
 でも、ぶっちゃけ、あんまりピンと来ない人が多い筈。
 特に、二次愛好者にとっては、寧ろ違和感が半端ないだろう。
 何故なら、そこで『三次元の常識』が邪魔をするからだ。
 架空の制服やプラグスーツは、三次元だと痛々しい感じが出てしまう。
 一方、二次元ではどんな奇抜な衣装でも、イラスト化するコトで
 それは創作物の中における『常識』となる。
 違和感がなくなる。
 勿論、余りに奇抜なら、そこには違和感は出てくるが、それでも三次元における
 常識外の格好に比べれば、随分とマシだ。

 つまり――――二次と三次では、ギャップの振り幅が大きく異なる。

 ツンデレなんて、その最たる例。
 現実にそんな性格の人がいたとして、それは単なるイタい人。
 でも、二次ではそこに萌えがある。
 エロスも同じだ。
 だからこそ、二次と三次の区別はしっかり付ける必要がある。
 尤も、それを利用し、二次に三次の要素を敢えて突っ込むコトで生まれるギャップもある。
 例えば、『アニメにAVの構図を取り入れる』とか。
 まあ、これは言うとドン引きされるんで、言わんけど。
「と言う訳で、俺が先生に教えられるのは、『ギャップ萌えはエロスにも通用する』
 と言うコトです」
「最終的には、やけにコンパクトにまとまりましたね」
 長々とした俺の解説が気に入らなかったのか、着物姿の胡桃沢君は
 皮肉げにジト目を向けていた。
「あああ、あの」
「はい、何でしょう。質問は随時受け付けますよ」
「ああありがとうございます。その……例えばですけど、この胡桃沢さんが
 着ている着物ですけど、どれくらいはだけさせると良いのでしょうか?」
 良い質問ですな。
 流石は俺の愛するマンガを生み出す人。
 目の付け所が違う。
「それは、着る人の容姿や体型でも変わってきますね。例えば、大人びた顔で
 いかにもエロ要員という感じのキャラの場合だったら、完全に肩を出すくらいでも
 全然問題ありません。でも、胡桃沢君の場合、全然大人びてはないんで、
 これくらいか、もうちょっとだけ首のラインを見せるくらいが理想です」
「所長っ、酷い! 私そんなに子供っぽくないですよ!?」
「いや、大人っぽくないってだけで、子供っぽいって言った訳じゃ……」
「私はもう大人です。殆ど自立してるじゃないですか。家には寝るくらいしか
 用事ないし、学校以外では殆どここにいますし」
 妙なトコロで胡桃沢君が絡み始めてきた。
 イマイチ沸点がわからない娘だ。
「そそそ、それでしたら、もう少しだけ着崩して頂いても良いでしょうか?
 あの、作画面で参考にしたいもので」
「え?」
 先生は先生で、急にリクエストし始めた。
「出来れば、もう少し襟を下に……」
「え? え?」
 む……なんか、変な展開に。
「あ、出来れば胸元も少し……」
「わ、わわわわ……」
 ……。
「わあ……なんか、わかって来ました。これがギャップエロスなんですね!
 奥が深いです……も、もっと下にずり下げると、どうなるんでしょう……
 見てみたい……もっと見てみたい!」
「え、えええええっ!? これ以上はダメですってば!」
 ……。
「所長! 黙って見てないで助けてーっ!」
「胡桃沢君。男には、黙って耐えなきゃいけない時がある。
 先生の創作意欲を刈り取るコトなんて、俺には出来ない」
「う、裏切りモノーっ!」
 二次には二次の、三次には三次の良さがある。
 と言う訳で、俺は暫く三次元の良いトコロを堪能した。

 十分後。

「すすすすすす、すいません〜! 一度創作意欲が湧くと、回りが見えなくなっちゃうもので……」
 土下座する勢いで平謝りする先生は、そのお詫びにサインをいっぱい書いてくれた。
 昨日の内に本屋で買い集めたコミックス全部が、サイン入り単行本に早変わり。
 初期の作品は絶版なので、中古店で購入した。
 色々言われる中古販売だが、こう言う時はホントにありがたいね。
「あの、気にしてないので、そんなに畏まらないで下さい」
「ででででも」
「依頼人様は神様ですから」
 助手の鑑のようなセリフを唱えつつ、胡桃沢君は俺に猟奇的な笑みを見せた。
 神様じゃない俺は、後でキッツいお灸を据えられるらしい。
 もしかして……最近やたらざっくばらんなのは、気遣いとかじゃなくて、
 俺に対しての心象が悪い方向に変化してる所為なんじゃ……
「まあ、それはそれとして。取り敢えずコレでレッスン2は終了です。
 明日はレッスン3『ジャンル編』に移りますんで、定時にまたここに来て下さい」
「わかりました! 先生、ありがとうございました!」
 すっかり『先生』になっちゃった俺は、その自信に満ちた背中を見守りながら、
 人生の機微をなんとなく感じていた。
「所長。お話がありますので、今日は早めに事務所閉めますね」
 ついでに、人生の危機も感じたりしつつ、この日は終わった。

 それから――――

「18歳未満ノーチャンスの成年コミックと、少年、青年誌のマンガとでは
 求められるエロスが全然違います! 必ずしも成年コミックのライト版と言う
 ワケじゃないんで、間違えないように!」

「シャワーシーンは下手にセリフ入れると逆効果! 擬音だけにしておく方が
 煽情度は大幅に上がります!」

「コメディタッチのエロシーンは、構図が重要! 緊張感って言うスパイスが
 ない分、絵で魅せる!」

「脚はフェティシズムの集合体! 常時素足のキャラ、ニーソックスのキャラ、
 サイハイソックスのキャラを描き分けるのは必須です! 後、必ず一話に一回は
 足の裏を見せる! コレはとても重要です!」

「絶対領域を持つ女子と、そうでない女子をハッキリと分ける!
 そうするコトでお互いがお互いを引き立てるコトが出来ます!」

「バストアップは顔と胸の比率が一対一になるのが理想! 胸は顔があってこそ
 引き立つパーツ!」

「お尻は逆で、顔と一緒に描く機会が殆どないからこそ、お尻の描写に完全集中!
 エロで成功してるマンガ家の殆どは、お尻を上手く描けるマンガ家なんです!」

「パンツの描写はバリエーション重視かシワ重視かで頻度を調整する必要アリ!
 シワ重視なら頻度は控えめに、その分書き込みに尽力すべし!」

「エロス重視でも、男キャラは重要! ハーレムものなら、優柔不断が鼻につかない
 設定を考えてやるコト。読者の想像の邪魔になる存在にだけはしないコト!」

 ――――など、俺はりりりり先生に自分の調べた資料と持論を元に、
 あらゆる二次元エロ論を叩き込んだ。
 そしてその度、胡桃沢君にお題を具現化したコスプレを担当して貰った。
 助手だから、それも仕事。
 それなのに、毎日のようにジト目とお叱りを受けたのは不本意だが……
 ま、パソコンの秘密のフォルダにどんどん画像が追加されて行く充実感に
 比べれば、どうと言うコトはない。
 勿論、他人に鑑賞させる気は一切なし。
 アルバムにして、彼女がこの事務所を卒業する時に贈ってやるとしよう。

 そして――――依頼開始から、丁度一週間後。

「これで、俺の教えられるコトは全部、先生に教えました。もう先生は立派な
 エロマンガ職人です」
「先生……!」
 俺とりりりり先生の間には、友情が芽生えていた。
 メルアドの交換まで果たし、まさに友達同士。
 感無量だ。
「胡桃沢さんも、御協力ありがとうございました! お陰様で、先生のお話が
 とても理解しやすかったです!」
「お役に立てて何よりです」
 まるで気持ちの入っていない胡桃沢君のセリフが、少し耳に痛い。
 ちなみに、最終日である今日の彼女の格好は――――

 茶髪の三つ編み+ニットベスト+制服のスカート+紺ルーズ+白キツネ耳

 ……させといて何だけど、もうワケわからん。
 まあ、胡桃沢君は元が良いから、何の格好させても大体オッケー。
 そして、二次元においては、その『元が良い』を簡単に生み出せる利点がある。
 それもまた、エロスの媒体として優れているポイントだ。
「と言う訳で……以上を持って、依頼達成とさせて頂きます。力になれたでしょうか?」
「はい! 私、自信が付きました! 今度の連載で必ず、必ず二度目のドラマCD化を
 果たしてみせます!」
 志ちっちぇー。
 とは言え、それを達成できるマンガ家が、この世に何人いるのかと言うと、
 決して多くはないワケで。
 事務所の窓に向かって揚々と腕を振り、帰って行く先生の姿を、
 俺はいつまでもしみじみと眺めていた。
「所長……」
「なんだい、胡桃沢君」
「今更ですけど、私達の職業って、何なんでしょうね」
「謎を解かない探偵事務所」
 これこそまさに、原点回帰。
 俺の堂々たる発言に対し、胡桃沢君は終始ジト目のまま、トコトコとトイレへ着替えに向かった。




 こうして、【はざま探偵事務所】のエロス研究は終わりを迎えた――――
 と、言いたいトコロだが。
 実はこの報告書には、続きがある。
 この後、清田りりりり先生は【月刊少年マチュピチュ】にて、新連載【ギャッピング・ガール】を開始。
「……まんまだな」
「まんまですね」
 タイトルは勿論、その中身の殆どは、俺がわーきゃー叫んだ内容を
 そのままブチ込んだモノになっていた。
 その結果、先生の良さが微塵も出ておらず、かなりアレな内容になっていた。
 ただ――――そのエキセントリックな内容が、先生の天然エロな絵を際立たせ、
 やけに倒錯的な作品にもなっていた。
 エロと言うのは、絵が上手ければ有利かというと、実はそうとも限らない面がある。
 荒削りな絵の方が、妙にエロく感じると言う人は多い筈。
 実はコレ、ネームにも言えるコトだったりする。
 間の取り方が微妙だったり、コマとコマの繋がりがヘンテコだったりする
 ツギハギの作品が、エロス重視だとやけに雰囲気を出したりするモノなんだ。
 この【ギャッピング・ガール】はまさにそれ。
 けど――――
「俺の好きなりりりり先生じゃ、ないよなあ……はぁ」 
 自分のした事が、自分の好きなマンガ家の作風を180°変えてしまう結果になってしまった。
 これほどに空しいコトがあるだろうか。
 とは言え、俺は探偵。
 依頼人がそう望むのなら、例え自分の不利益になろうと叶えるのが、探偵の正しい姿だ。
 とは言え、凹んでるのもまた事実。
 せめて――――
「胡桃沢君、趣味にコスプレが追加されたりしてない?」
「してない」
 タメ口で返された。
 最近では結構あるコトだけど、なんか怖い。
 ま……達成感も微妙だけど、報酬はしっかり貰えたんだから、それで良しとしよう。
 この悲しい気持ちは、ミックスフライ弁当が癒やしてくれるさ。

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

「はい、【はざま探偵事務所】です。ペット捜索からマンガ家の悩み事相談まで、何でも承ります」
 電話番もすっかり板についてきたなあ、胡桃沢君。
 いつかはここを出て行く事になるにしても、もう少し先の話であって欲しい……
 そんな風に思うのは、贅沢なんだろうか。
 少しずつだけど、俺はこの空間で彼女と過ごす日常を、当たり前に思うようになっていた。
 ……って、こんなコト考えてると、この電話が原因で、彼女がココを出るなんて展開に
 なりかねんな。
 危うくフラグ立てるトコだった。
「所長。清田りりりり先生の担当の方からお電話です」
「え?」
 イヤな予感を覚えつつ、受話器を取る。
「お電話変わりました。【はざま探偵事務所】所長、狭間十色で……」
「なんてコトしてくれたんだこのボケ
 探偵ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーーーーーーっ!」
 突然の咆哮。
 み、耳が……!
 耳が激痛を……!
「テメェ、ウチの清田に何フキこんだ!? すっかりエロ妄想全快の量産型マンガ家に
 なっちまってんじゃねーか!」
 女性の声で、ヤクザ並の啖呵。
 こ、怖い……!
「い、いや、あのですね。俺……私共と致しましては」
「所長、私を巻き込まないで下さい」
 電話口から漏れ聞こえる程の大音量の為、胡桃沢君にも会話の内容がダダ漏れだった。
「致しましては、依頼人である清田りりりり先生の意向に最大限……」
「ドやかましいわこのボケっ! 良いか、アタシが彼女にエロを勧めたのは、
『純粋無垢でぽわーんとした頭の中お花畑のマンガ家がエロを描くギャップ』を狙ってだ!
 それを台無しにしやがって! しかも無駄に長期間レクチャーしやがった所為で
 日程詰まって、一話目はアレで行くしかなかったじゃねーか! って言うか、アレじゃ今後の
 方向転換もほぼ不可能だ! この《ピ――――――――》野郎! 死ね! 死んでしまえ!」
「……」
「それでは、失礼します」
「最後だけ事務口調!?」
 無情にも、そこで電話は切れた。
 こ、怖ぇ……これこそがホンモノのギャップだよ……
 もう一人じゃ寝れない。
「所長。顔、真っ青ですよ」
「そりゃ、青くもなるさ……マンガ家の担当って、ヤクザの何倍も怖いのな」
「一番怖いのは、掌を返す早さですけどね」
 そう言いつつ、胡桃沢君は俺の携帯をこっちに投げた。
 その画面には――――

おかげさまでアンケート1位 v(・ω・)v

 と言う文章と、りりりり先生と共に満面の笑みでピースしている担当と思しき
 女性の写真が添付されていた。
 ……最後の事務口調の時点で、このニュースが飛び込んで来たな、こりゃ。
 なんて振り幅だ。
 きっと、浮気や不倫をする人達も、こんな感じで掌返しまくって、
 世の中を上手に渡ってんだろな……
「胡桃沢君。やっぱり浮気って、良くないね」
「わかって頂けて嬉しいです」
 結果――――相互理解が深まった。

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

「所長、【月刊少年マチュピチュ】様より、マンガ原作の御依頼が」
 我が【はざま探偵事務所】は年中無休。
 エロスに興味のある方も、そうでない方も、是非こ連絡を。
 従業員二名、心よりお待ちしています。


 ……マンガ関係者以外。







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