やっほ、みんな元気かい?
街の探偵さんこと、狭間十色だ。
俺はと言えば、相も変わらず忙しい日々を過ごしている。
なにしろ、探偵だからね。
探偵というのは、暇そうに見えて、実際には水面下で
色々コショコショ動き回っているモノ。
特に、個人経営の探偵は、自分らで全部やらなきゃならない。
顧客への対応は勿論、宣伝活動だってそうだ。
兎に角、一生懸命、一所懸命、生存する為にやってかなくちゃならないって事だ。
まして、不景気な今の時代、カッコつけて依頼人を待ってるだけじゃ
安定した収入なんて得られない。
需要は勝ち取るモノ。
探偵だからこそ、その辺はキッチリ対策を練っておかないといけない。
「というわけで、胡桃沢君。そろそろ本腰を入れて、この【はざま探偵事務所】を
大々的に宣伝したいと思うんだけど、どうかな?」
車輪の付いた回る椅子をグルンと回転させ、俺の背後で直立していた
我が助手にお伺いを立てる。
所長であるところの俺、狭間十色には、今のところ然したる決定権はない。
なにしろ、この事務所の経理は彼女が担当している。
彼女が首を縦に振らない限り、費用の掛かる活動は一切できない。
「そうですね……流石に、そろそろ宣伝をしないと、マズいですね」
「ああ。そろそろな」
「ええ。そろそろ」
そう――――なにしろ、ここ一ヶ月、依頼がない。
一件もだ。
これまでは、やれ貧乏だ、やれ依頼が少ないと言いつつも、
ポイントポイントで仕事が舞い込んできていた。
でも、この一ヶ月は、まるで何かに呪われたかのように、依頼が全くない。
こんな事は初めてだ。
流石に、焦らざるを得ない。
このままじゃ、胡桃沢君へのお礼金(本人が報酬を受け取らないからこんな形)も
払えなくなる。
って言うか、確実に倒産だ。
路頭に迷ってしまう。
それは避けたい。
なので、水面下でコショコショと副業とか再就職とか探したりして、
探偵業とは全くの別件で忙しかったんだけど……所詮は高校中退の身空。
特別なスキルもない俺に、それを見つける事は出来そうにない。
本業を頑張るしかない、という結論に至ったのは、自然な事だった。
ごく。
「でも、どんな宣伝をするんですか? また駅前でビラ配りですか?」
「あれ、全然効果なかったからボツ。ビラ作る費用の分損したし。
今の時代、コスパが大事だから、もっと煮詰めよう。トコトン」
「トコトン……ですか?」
胡桃沢君の声に、不安が混じった。
だけど、俺は引き返さない。
やると言ったらトコトンやるのが探偵だ。
中途半端では済まさない。
と、言うワケで――――
「第一回【はざま探偵事務所】マーケティング会議の開幕をここに宣言する!」
まずは戦略から。
尚、自分達だけの着想では限度があるんで、若き町長の小田中加奈枝さん、
二重人格者の白鳥和音さんにもお越し頂いた。
「って言うか……なんで私がお前等の宣伝のアイディアを出さなきゃならないんだ?」
「いや、暇かなって思って」
「町長が暇なワケあるか! フザけてっと腋の下に鉄拳喰らわすぞ!」
憤る町長は、比較的マイナーな急所を名指しして脅してきた。
とは言え――――
「町内会費が払えるかどうかの、瀬戸際なんです。協力して下さい」
「う……」
彼女が、ウチの胡桃沢君に甘いのは、既に把握済み。
案の定、ブツブツ言いながらも、腰を下ろしてくれた。
「って言うか、宣伝って言われても良くわからないにょん」
「うむ、君はそんな感じだと思ってた。出来れば三和さん(もう一つの人格)の方に
出てきて欲しいんだが」
「そんな簡単には切り替えられないにょん」
「え、二重人格ってそうなの? なんか、カチッてスイッチ入れたみたいな
感じで切り替えられない?」
「無理にょん」
早速アテが外れてしまった。
ま……仕方ない。
余り他人に依存し過ぎても、この事務所の沽券に関わる。
「やるんだったら、さっさとやってさっさと終わらせる! で、具体的には
どうしたいのさ。この事務所を世界一有名な探偵事務所にしたいのかい?」
早くもイライラし始めた町長の皮肉に、俺はゆっくり首を左右へと振った。
「取り敢えず、認知度を上げたいんですよ。実は先日、この共命町の町民100人に
ウチの知名度調査を実施したんですけど、8%しかなくて」
「8%……?」
そうなのです。
ちなみに、アンケートに答えて貰った年代は、10代〜60代と、かなり幅広い。
その結果、10代と50歳以上への知名度はほぼ0%という衝撃の事実が判明した。
胡桃沢君にしても、和音さんにしても、この事務所を知ってて
アプローチしてきた依頼人じゃない。
10代の依頼人は、いつぞやのハーレムの件で電話してきてくれた彼くらいだろう。
そもそも、10代の人達が、探偵事務所に興味を持つ事自体、極めて稀。
そういう意味でも、納得の結果ではあったが――――
「流石に低すぎにょ」
和音さんの感想が全てだった。
「だからこそ、こうして集まって貰って、出来る事から始めましょう、って
言ってんの。特に町長、貴女はその若さで町長に昇りつめた実績があるんで
超期待してます。きっと、あの手この手で色んな策を講じて来たんでしょう?」
「人聞きの悪い事言うんじゃないっ!」
「あたっ!? ドスって言った今ドスって!」
腋の下に凄い鉄拳を喰らってしまった。
うが……地味に痛いなココ。
「所長のゲスな勘ぐりは兎も角」
「……最近、俺に対する遠慮がなくなってきたよね、胡桃沢君」
「探偵という職業は、人の間隙を縫うお仕事です。それは心の隙間だったり、
社会の隙間だったり、人間関係の隙間だったり……色々ですが、共通しているのは、
余り人に知られたくない、という事。ですから、元々キャッチーな存在じゃないんです」
流石、ワケのわからん理屈をこねさせたら天下一品の我が助手。
早速プレゼンを始めてくれた。
「ですから、大々的に宣伝して知名度を上げても、逆に近寄りがたくなるんです。
あくまで、社会の暗部として、そこに集まる需要を満たしていく……という
スタイルですから。宣伝が難しいんです」
「なるほどにょん」
本当にわかってるのかいないのか、和音さんは軽ーいノリで頷いていた。
実際、探偵事務所の宣伝はとっても、とーーーーっても難しい。
例えば、ウチがコンビニや家電量販店だったら、それはもう大々的に、ド派手に
宣伝広告を打って、知名度アップを図るだろう。
でも、探偵事務所がそれをすれば、途端に『安っぽい』、『信用できない』
というレッテルを貼られてしまう。
その先入観が、顧客を遠ざけてしまう。
かといって、宣伝しなければいつまで経っても知名度は上がらない。
知らない探偵事務所に依頼をする……なんて現象、そうそう起こる筈もない。
俺はこのジレンマに長らく苦しんできた。
だからこそ、ここで終止符を打ちたい。
「何かないかな? 安っぽくならずに、知名度を飛躍的に上げる方法」
そんな俺の呼びかけに――――誰も答えない。
「ってかな……探偵だったら事件解決とか暗号解読とか、そういう実績で
依頼人を呼べるようになるのが筋だろ?」
仕舞いには、町長さんから説教された。
「そうだにょん。なんなら、ウチに置いてる『暗号ミステリー傑作選』全10冊
貸してあげるにょん。それ読んで勉強するにょん」
「にょんにょん煩いな! 言っとくけどな、殺人事件や暗号解読に携わる探偵なんて、
現実には殆どいやしないんだよ! みんな浮気調査ばっかやってんの!」
「そうです……ホント浮気ばっかり。浮気……浮気……」
ああっ、胡桃沢君がまた例の病気に!
「探偵って意外とつまんないにょん」
和音は、かつての恩をスッカリ忘れ、溜息混じりに暴言を吐いて来た。
なんて女だ。
もう『さん』付け止めだ止め。
「ま、何にしてもだ。悪いけど、力にはなれないと思うぞ。私にゃ、
そういう商才とか全然ないし」
「右に同じにょん」
結局、いともアッサリ匙を投げられた。
人選誤ったか……?
こういう時、交友録の薄っぺらさが浮き彫りになるな……
「いや待て。もう一人、知り合いがいたんだった」
俺は町長さんの方に視線を向け、その一人の存在を示唆した。
「……静葉の事を言ってるのか?」
そう。
町長の娘にして、クソ生意気な小学生。
小学生に知恵を借りるというのは、探偵として余りに情けない気も
するが、そんな体面に拘ってる余裕なんてない。
なにより、その年代はここにいる誰よりフレキシブル。
案外、有効な方法を掲示してくれるかもしんない。
「お願いします、町長さん」
「ま、良いけど……」
やはり胡桃沢君に甘い町長は、彼女の頼みにブツクサ言いながらも応え、
携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。
さて、首尾は……
「ふむ……おい探偵、『ステマ』って知ってるか?」
「ああ。結構前にネットで流行り出したスラングですね」
ステマ――――それはつまり、ステルスマーケティングの略称。
本来の意味は、『隠された宣伝行為』。
表立って行わない宣伝活動全般を指す、マーケティング用語の一種だ。
けど、今はそういう定義とは関係なく、何か特定のモノを褒めた相手に対して
抽象的な意味合いを込めて使われる、ジャンクワードと化している。
ブームが過ぎ去るまでは、恥ずかしくて利用し辛い『流行語』だ。
「それが、今一番流行ってる宣伝手段だそうだ」
「……ま、流行って意味では間違ってないけど」
頭を抱えつつ、俺はその体勢で思案を練った。
確かに――――ステルスマーケティングは、探偵という職業を宣伝する
上では、最適な方法といえるかもしれない。
目立たないように知名度を上げる為には。
ただし、今はこの『ステマ』自体が、一種の爆弾。
もしそれが明るみに出れば、あっという間にツイッターで『ステマ乙』やら
『こいつらブラック過ぎ』やらといった言葉が拡散して行くだろう。
そこに明瞭な意思はない。
誹謗中傷という概念すらないのかもしれない。
ある種のシステムだ。
そういうモノがあったら、こういう言葉で表現する。
その約束事に則って、情報は発信されていく。
でも、それを受け取る側は、そうはいかない。
悪意はなくても、悪意は受け取る事が出来る。
つまり……軽い気持ちで書かれた言葉でも、それを見て『【はざま探偵事務所】って
信頼できない事務所なんだ』と思われてしまう、って事だ。
そういう意味では、時期が悪い。
今はみんな、ステルスマーケティングには敏感だ。
失敗する可能性がかなり高いと言えるだろう。
「所長……」
胡桃沢君が心配そうに俺の方を見ている。
彼女も、この言葉を知っているんだろう。
不安に思うのも無理はない。
そうだな……止めておいた方が無難だ。
他に方法はある筈だ。
敢えて、リスクを背負う必要は――――
「私、やります。ステマやります」
「……はい?」
ない筈なのに、胡桃沢君は不安どころか、やる気に満ちていた。
あの心配そうな顔は、寧ろ俺がNGを出そうとしていた事への……!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、胡桃沢君。幾らなんでも危険だ。今はダメだ」
「いえ、大丈夫です。やっと、私がこの事務所に貢献できる時が来たんです」
「胡桃沢君……?」
心の底から不安な俺と、良くわかってない町長と和音さんの視線が集まる中、
我が助手は真剣な表情で、拳を握っていた。
「私、ステマでこの事務所を救います!」
それは、悲壮な決意だった。
で――――翌日。
「くぁ……」
目覚めると、そこにはもう助手がいた。
パソコンの前にある、やけに目付きの悪い横顔が、こっちに
気付く事なく、一点を凝視している。
なんか……怖いです。
「あのー、胡桃沢君」
「……」
返答なし。
集中しきっている。
昨日言ってた『ステマ』を実践してるのかもしれない。
まあ、任せる事にした手前、口出しするのもどうかと思うし、
暫く放っておこう。
というワケで、俺は俺でやる事があるんで、さっさと顔洗って歯磨いて、
着替え完了。
「それじゃ胡桃沢君、俺は出てくるんで後は宜しく」
「……」
やっぱり返事なし。
俺は苦笑しつつ、事務所から出た。
まだ早朝って事もあって、周囲は薄暗い。
空気も少し冷たい。
それが新鮮に感じられるのは、普段はこの時間、事務所で寝てるからだ。
それじゃ、どうして今日に限って外出するのかというと――――
宣伝活動の為。
胡桃沢君は、インターネットを利用してのステマを敢行しているみたいだから、
俺は別のアプローチで、ステマを実行する。
その為の会場は――――以前通っていた高校。
門に刻まれた、【赤空高校】という、懐かしい名前の刻印を撫で、
中へと入る。
ちなみに現在、制服姿。
取っておいて正解だった。
さて……まずは、最上階の教室からだな。
昨日の夜、ギッシリ本を詰め込んでやった学生鞄を意味もなく強く握り、
俺は久々となる学舎に足を踏み入れた。
平日だけど、時間が早すぎるんで、生徒は殆ど登校していない。
その所為で、懐かしい筈の校内は、少し記憶の中とは違う顔を覗かせている。
リノリウムを叩く足音も、何処か違って聞こえる。
それも、最上階の4階に辿り着く頃には、馴染んでいた。
「……ここでいいか」
暫く吟味した後、俺は一つの教室に足を踏み入れた。
まだ誰もいない、無人の教室。
【3-3】というプレートがぶら下がっているそこへ無断で入り、
黒板へと向かう。
そこで、学生鞄を置き、暫し頭の中を整理。
よし、大体覚えてる。
確認の必要なし。
というワケで、懐かしい匂いと、チョークの感触を少しだけ堪能し――――
本日の目的の一つを遂行した。
翌日。
「しょ、所長……! 大変です!」
夕方、足を棒にして帰ってきた俺を待っていたのは、焦った様子の我が助手。
なんかやらかしたか……?
「私達の事務所の近くに、同じ事しようとしてる探偵事務所があります!」
「……はい?」
「だから、ライバル登場なんです!」
何故か胡桃沢君は、ちょっと嬉しそうな顔で告げて来た。
こういう展開は始めてなんで、興奮しているらしい。
「……えっと、取り敢えず、一から報告してくれ」
「はい。昨日から私、ステマに挑戦しているんですが……」
胡桃沢君がまず着手したのは、ホームページの設立。
これに関しては、以前から話に出てたんで、既に用意していたらしい。
探偵事務所のホームページは、まるで情報商材でも買わせるかのような、
やたら胡散臭い所が多い。
実際、そういう胡散臭い業務に手を出している可能性もあるんだろうけど、
そこは他人様の事務所の事。
あーだこーだ言う気はありません。
で、こっちはその手の路線とは一線を画し、爽やかーな感じのホームページに
してみせます……とは、胡桃沢君の弁。
その通り、こっちもこっちで探偵事務所らしからぬ、アパレル関連のサイトのような
スタイリッシュな構成のホームページになった。
胡桃沢君、ウェブデザイナーでも目指してるのか……?
まあ、それは兎も角。
ホームページという拠点が出来たら、今度はそのホームページの宣伝もかねて、
探偵のポータルサイトに登録。
その手の話題を扱っている所にもメールを送り、アピールを行った。
――――終わり。
「終わり……? って言うか、肝心のステマは?」
「え? ステマって、こういう事じゃないんですか?」
胡桃沢君は、ステマの意味を履き違えていた!
っていうか、単なる営業じゃん、それ!
ネットで適当に拾った情報で、誤った認識をしていたらしい。
「……味方になったら弱くなるってのは良く聞くけど、味方になった途端
アホになるって、それどうなの」
「あ、アホになんてなってません! ちょっと知らなかっただけです!」
「冗談冗談。怒りなさんな」
プリプリ怒る助手、いとおかし。
趣深くはないけど。
なんにせよ、一から説明する必要がありそうなんで、俺は椅子に腰掛け、
本腰を入れてステマの解説を行う事にした。
ステマっていうマーケティング活動は、実は明治時代から行われている。
その中心となっていたのが『サクラ』だ。
いわゆる、仕込み客。
露天商なんかで、商品を吟味している客の中にその仕込み客を混じらせ、
『あー、これはモノが良いネ』とか、『ここは良心的なお店だヨ』等、
商品や店を褒める事で、周囲の客に『ここで買うとお得かも?』と思わせる
という手法だ。
勿論、最初の頃はこれだけで良かっただろうけど、同じ事を何度も
繰り返していれば、『こいつ、店とグルなんじゃね?』と怪しまれる。
そこで、開発されたのが『引き出し商法』。
最初は『ホントにこれ、安いの? おいおい、ぼったくりだろ』と
その店や商品を貶す。
そして次に、店側が『いえいえ、他の店と比べてごらんなさい。安いでしょう?』
等と答える。
すると今度は、別の客が『ああ、俺この前あっちの店で同じ物見たけど、
これより3割くらい高かったぜ』と、割り込んでくる。
その結果、最初にイチャモンつけた客が『え、ホント? なら安いんだな。一つ貰おうか』
と、掌を返す。
当然――――この登場人物は全員グル。
一旦引いて、そこから押す事で、信憑性を増す。
これが確立された事で、サクラの活用法は一気に広がりを見せた。
その結果、明治が昭和に、昭和が平成に移り変わっても、途絶える事なく
同様の方法は活用され続ける事になる。
更に、ステマの歴史を語る上で、欠かせない存在が、『メディア』だ。
特にテレビの登場は、大きな分岐点となった。
テレビの持つ影響力は、今尚絶大。
テレビ番組で、ある出演者がさり気なく『この前、××県の○○って土産を貰ったんだけど、
あれメッチャ美味しいですね!』とか言えば、その土産品はたちまち売り切れ御免となる。
例えばこれが、『土産番付』等という番組で、最初から土産品を取り扱っている
内容だったなら、そこまでの反響はないだろう。
出来レースと疑う人も多い。
脈絡ないところで、ポロッと漏らしたこぼれ話だからこそ、信憑性があるように聞こえる。
あくまでも、『客観的な立場の人間が褒める』という事が重要だ。
また、こういう例もある。
例えば、『土産ガチジャッジ!』という番組があるとしよう。
その番組では、土産品をプレゼンさせ、出演者が試食し、審査する。
中には、その審査でボロクソに言われる商品もある。
だが、絶賛される土産品もいくつかある。
そうなると、『この番組はガチで審査している!』と視聴者は思う。
結果、絶賛された土産品は、爆発的に売れる。
でも本当は、そう仕組んでいるだけで、宣伝するようにお達しがあった商品だけを
絶賛してるに過ぎず、あとは当て馬――――良くある話だ。
そして、新たにインターネットという媒体が生まれたコトで、より
ステルスマーケティングは顕著になった。
例えば、口コミサイト、情報サイトに関係者が絶賛コメントを書き込むだけで、
それはもう立派なステマ。
調整を図る為、少しだけ否定的な意見を混ぜたり、『ここは×だけど、ここは○』
という信憑性のある書き込みをすれば、体面は整う。
あとは、書き込み主を特定されないように、文体を変えたり、人を変えたりして
色んな人の集まるサイトや掲示板に顔を出せば良い。
今はツイッターっていう、勝手に拡散してくれる情報媒体もある。
宣伝という意味では、この現代社会は本当に多様化し、やりやすくなった。
ただ――――余りに環境が整いすぎた事が、仇となった。
どうして、『ステマ』が流行語になったのか。
それは、下手な宣伝が増えた事も一因としてある。
『僕は回し者じゃないですよ』というアピールが過剰になったり、
余りにも脈絡のない所に宣伝をぶっ込んだり。
ステルスしきれていない宣伝が、目に付くようになった。
その結果、視聴者、閲覧者の疑念が色濃くなり、『ステマ』という言葉が暴走。
今や、単なる宣伝に対してまで『ステマ乙』と書き込まれる始末。
わかりやすさを求める故に、何事も極論になってしまうという、今の時代を反映した
状況が生まれてしまっている。
あんまり良い状態じゃない。
かと言って、ステマが健全な方法かというと、そういう訳でもない。
実際問題、卑怯な方法。
騙してるんだから。
これは宣伝じゃありませんよ、というように見せかけてるワケだから。
歴史が長くとも、とても正当化できるモノじゃない。
それに対する非難は、真っ当なモノ。
ただ、非難の対象がムチャクチャになってしまっている。
だから、ちょっと目立った宣伝、過剰な宣伝をしてしまうと、
是非を問わず、簡単にステマ認定されてしまうというのが、現状。
勿論、誤解なら気にする事もないんだが、インターネット人口9,000万人の
今の時代、風評被害は侮れない。
「……すいません。私、浅はかでした」
そんな俺の懸念を話したところで、胡桃沢君はショボーンと項垂れてしまった。
そこに、世界滅亡を語っていた、初期の頃の面影はない。
そりゃそうだ。
彼女は普通の高校生。
しかも、閉鎖的な生き方を強いられてきた、どっちかって言うと閉じた高校生なんだ。
俺だってそう。
知識が足りなかったり、空回りしたりなんて、日常茶飯事。
絶対的に経験不足なんだから、仕方がない。
「浅はかとは思わないな。二人しかいない事務所なんだから、率先して
自分がやるって言ってくれるのは、こっちとしてはスゴく助かる。
俺に気を使ってくれたんだろう?」
俺はキラキラした顔で、胡桃沢君を全力フォローした。
下心はないよ。
そんな度胸は俺にはない!
「所長……違うんです。下心なんです」
「え!? いや、ホントにないってば! あるならとっくに……」
「私の下心なんです」
「着替えとか覗……はい?」
話が噛み合ってなかった。
「……覗?」
「何でもないです。って言うか、下心って何?」
「それは……」
余計なコトを口走りそうになった口を強引に手で抑え、俺は胡桃沢君の
話に耳を傾けた。
「所長。正直に言って下さい。私、この事務所で役に立ってますか?」
「いきなり何。役に立ってるじゃん。経理とか、仕事しっかりしてるし」
「でも、しっかり出来てるって思えないんです。私、あんまり教養とかないし、
押しかけ助手の割にキャラ弱いし……」
後半、ちょっと何言ってるかわからなかった。
「私、ここにいても……いいのかなって」
ただ――――彼女なりに、俺が思ってた以上に悩んでたってのは、よくわかった。
無理もない事、なのかもしれない。
ここに押しかけて来たのは、彼女の意思。
だからこそ、聞きにくかったんだろう。
自分が必要とされているかどうか、って事を。
何より、所長である俺自身が、そこんトコのフォローを全然できてなかった。
だから、彼女にフライングをさせてしまった。
無理をさせてしまった。
水面下の彼女は、こんなにも弱っていたのか……
「胡桃沢君」
頭を掻き毟りたい心境で、努めて冷静を装う。
俺まで取り乱したんじゃ、話が進まない。
「は、はい……」
「もし俺が、君の事を必要ないと思ったら、俺はどんな行動を取ると思う?」
「え?」
だから、俺はクレバーに事の収束を試みた。
「多分、俺はまず、新しい助手を探す。君より優秀で、君より役に立ちそうな助手。
きっと、探せばいるだろう」
「そ、そうですね……」
「そして、後腐れのないよう、君が自らここを出て行くように仕向ける。そうだな、
例えば……新しい助手候補の人に頼んで、『貴女はせめて大学を出て、そこで
知識と経験を貯えてから、改めてこの事務所の門を叩きなさい』って言わせるとか。
その為に一つ依頼をでっち上げて、そういう流れに持って行くシナリオを描いてもいい」
「や、やりそうですよね。所長なら」
「だろ? でも俺はそれをしてない。って事は、胡桃沢君がここにいる事に
特に不満を持ってない、って事。君は自分で気付いてないだろうけど、
君がここにいる事で、俺は結構助かってんだよ」
「……」
胡桃沢君は、安堵8割、不満2割の顔で、俺の方をじっと見ていた。
きっと、本当はもっと、熱烈に否定して欲しかったんだろう。
具体的な『役に立ってる事』を言って欲しかったんだろう。
でも、言わない。
それは俺じゃないから。
俺は【はざま探偵事務所】の所長。
探偵だ。
これくらい捻くれてないと、務まらない職業。
だから、これで良いんだ。
「君が助手として、自分でも納得できるような仕事をもっとこなせてれば、
そんな悲観的になる事もなかっただろう。その点は、俺の不徳の致す所だ。済まない」
「そ、そんな。私、そんな事思ってないです」
「わかってるよ。今のはただのカッコつけだし」
「……所長」
今度は、呆れ5割、微笑み5割。
それくらいが丁度良い。
俺も、彼女も。
「ま、それもこれも、宣伝で認知度を上げない事には始まらないよね。
で、ライバルってのは何なのさ」
「あ。そうでした」
ようやく本題に入ったところで、胡桃沢君は慌てながらも報告を始めた。
ステマ(実際にはタダの営業)を行っていた胡桃沢君は、
登録したサイトの至る所に、『共命町』という住所の事務所がある事に気付く。
【やすらぎ探偵事務所】
なんか、葬儀屋と間違えそうな名前だったんで、余計に印象に残ったみたいだ。
で、そこのホームページに行ってみると、明らかに大手だとわかるくらい、
全国の色んな所に事務所を構えている事が発覚。
要するに、チェーン展開してるって事だ。
共命町支店は、つい最近構えたばかりの事務所らしい。
普通は、商売敵の動向は逐一チェックし、近くに事務所構えるとなれば、
視察くらいはしそうなモノだけど、自分らの事で精一杯の俺等に、
そんな精神的余裕はない。
時間的余裕は腐るほどあるけど……
「それで、この事務所と同じやり方をしていては、上手くいかないかも……
って思って、報告したんです」
「正解。大手と同じ宣伝で、大手を超えられるワケがないもんな」
胡桃沢君は、そういう状況判断はしっかり出来る娘だ。
決して無能じゃない。
「やすらぎ探偵事務所……か。ちょっと調べてみよう」
少し興味の湧いた俺は、パソコンで検索をかけてみる。
こういう時、スマートフォンがあれば便利なんだけど、生憎あんな高いの買えん。
パソコンより高けーんだもん。
「……成程」
検索の結果、わかった事が一つ。
「こいつ等、ステマやってるな」
それはもう、わかりやすいくらいに。
「え? そうなんですか?」
「ああ。色んな掲示板やまとめサイトにちょくちょく名前出してる。
勿論、第三者を装って。でも、探偵事務所の名前なんて、こんなに頻繁に
出てくるワケないんだよな」
ただ、その手法は流石に大手。
匿名掲示板への書き込みは兎も角、ブログまでちゃっかり開設してる。
体裁こそ『探偵事務所サーチ』とかいう名前で、色んな事務所の比較をしてるけど、
中身を見れば、やすらぎ探偵事務所をやたらヨイショしてるのがわかる。
自分らで開設したのか、バイトを雇ってるのかは知らんけど、
明らかに自演だ。
ツイッターもフル稼働。
かなりの頻度で、業務に関する様々な事を呟いている。
他にも、さりげにこれまで解決した事件を面白おかしく掲示板に書き込んで、
それを『すごいですね! なんていう探偵事務所なんですか?』と自演レスするという、
なんともステレオタイプな方法も採用している。
更には、ちょこちょこテレビに出てるタレントのブログにまで、
『やすらぎ探偵事務所』の名前が出てきていた。
ブログやツイッターを使った宣伝っていうのは、有名人や有識者に
発言させる事で、飛躍的に効果を上げる事が出来る。
求心力があるからこそ、不特定多数の人の目に留まり、宣伝効果を生むワケだ。
当然、ウチの事務所にそんなツテはない。
大手だから出来る方法だ。
「これが本当のステマなんですね……」
胡桃沢君は、少し失望したような顔で、そう呟いた。
自分のしようとしていた事を、客観的に見た結果……だろう。
「正確には、本当のステルスマーケティングじゃないんだけどね。こう言うのは」
「え?」
「多分、直ぐにわかるよ」
俺はそんな意味深な言葉で、胡桃沢君を煙に巻いた。
実際、やすらぎ探偵事務所の宣伝方法は、明らかに地雷だ。
近いウチに爆発するだろう。
「ま、胡桃沢君の見立て通り、大手と同じ事をしてても仕方ない。
ステマは止めて、地道に真っ当な宣伝をしよう。ホームページの管理は任せるから、
色々やってみてよ。探偵らしくない方が、却って目を引くかも知れない」
「わ、わかりました。やってみます」
新たな仕事を得た事で、胡桃沢君は少しやる気を取り戻していた。
さて。
俺は俺で、やる事がある。
「次は……老人ホームか」
明日も忙しくなりそうだ――――
一週間後。
夕刻、事務所に帰ってきた俺に、いつもの獣耳をつけた胡桃沢君が
パタパタと駆け寄ってきた。
「所長! やすらぎ探偵事務所のツイッターが炎上してます!」
「あれま、随分早かったな」
業務内容を呟いている時点で、予想は出来た。
ツイッターっていう媒体は、短い文章しか投稿できない。
だから、ある程度の中身を伴う場合、何度も呟く必要がある。
それに慣れてしまうと、『ちょっとだけ呟く』事が段々物足りなくなってしまう。
その結果、自分の周りの色んな話題を探して、ムリヤリ何回も呟く癖が出来てしまう。
妙な人間の心理。
その結果、話題に困り、本来呟く必要のない愚痴や中傷、仕事の秘密まで
ポロッと呟いてしまう。
案の定、やすらぎ探偵事務所のツイッターは、依頼主の情報をポロッと漏洩する
という、探偵事務所にあるまじき最低の行為によって炎上していた。
ま、この様子じゃ、近いウチに夜逃げする事になるだろう。
「あと、不思議なんですけど……ウチのホームページ、アクセス数が増えてます。
そんなに宣伝してなかったのに」
「朗報じゃん。ホームページのデザインが受けたんじゃない?」
「そんな。それだけで……」
そうは言いつつも、胡桃沢君は満更でもなさそうだった。
その後――――
《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》
「はい、【はざま探偵事務所】です。え? それはつまり、赤空高校からの
御依頼という事で宜しいのですか? はい……はい。わかりました。
御依頼内容を繰り返します。教室の黒板に何者かによって書かれた暗号を解く、
という事で宜しいでしょうか。はい、承りました。それでは、直ぐにそちらへ――――」
10代や60代が集う施設から、次々と依頼が舞い込んで来て、それらの案件を
解決に導いた事で、【はざま探偵事務所】の知名度は大きくアップ。
なんとか存続する見通しが立った。
尚、暗号解読の依頼に関しては、こっちがその料金設定をしっかりしてなかったんで、
一回目のみ無料サービス、という形を取らせて頂いた……という事だけ記して、
今回の件はお開き。
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