ハローハローハロー。
元気かな?
最近、バッティングセンターに通い始めた狭間十色だ。
探偵っていう職業柄、どうにもストレスが溜まってねー。
運動不足も原因なんだろう。
かといって、本格的にスポーツに取り組んで、体力を付けるのも、探偵らしくない。
探偵は、不健康でなくちゃならない。
だから、本当はヘビースモーカーであるべき。
でも、早死にはしたくないし、肺ガンなんて以ての外。
結果、『極力、体力を付けない』という方法で、俺は探偵であり続けている。
さて……それはともかくとして。
現在俺は、一人で静かに事務所で待機中。
といっても、依頼人が来るのを待っているとか、これから張り込みに行くとか、
書類の整理をするとか、そんな仕事に基づく待機じゃない。
暇なのです。
一時期と比べれば、まだ依頼の数は増えているけれど、毎日ひっきりなしに
電話が掛かってくるとか、依頼人が訪れて『貴方しかいないの……』なんて
上目遣いで言われるとか、そういうのはない。
ローカル探偵の辛いところ。
しかも今は平日の昼下がりなんで、助手の胡桃沢君もいない。
今頃、学校で勉学に励んでいる最中だ。
まあ、俺もこんな仕事してなきゃ、同じように数式や英文とにらめっこしてたんだろうけど……
《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》
電話だ!
間違い電話じゃなきゃ、依頼の電話!
おっと、探偵たるもの、一つの依頼にいちいち喜んでちゃいけない。
あくまでもクールでニヒル。
そして不健康。
それが探偵だ。
その事を自分に言い聞かせつつ、俺は受話器を取った。
「そう。ここは【はざま探偵事務所】。ゴホッ、俺の命はあと僅か……
いや、それは今はいい。依頼内容を言え。俺の命がある内にな……」
「所長、もうのっけから意味がわかりません」
「何だ、胡桃沢君か」
せっかくクールでニヒルで病弱な挨拶を考えたのに。
「それより所長、大変です。事件が起こりました」
「む。事件か。そういえば俺、探偵の割に事件とはあんまり縁がなかったよな」
これまでの依頼といえば、ハーレムがどうの、人類滅亡がどうの、
他にもエロだのステマだの、そういうのばっか。
そういえば、最近ステマってあんまり見なくなったな。
世の中の流行廃りのサイクル、早いよなあ。
「で、事件とは」
「はい。私のクラスで学級崩壊が起こりました。現在、崩壊真っ最中です」
「……」
なんとも局地的な事件だこと。
「どうにか沈静化を図りたいんですが、私ではどうしようもありません。
所長、知恵を貸して下さい」
「この上なくどうでもいい……」
「所長! 私のクラスが崩壊してもいいんですか!?」
キレられてもなあ。
気持ちはわかるけど……学級崩壊に挑む探偵って、いるか?
いないよなあ……
それ以前に、探偵が介入する要素がない。
……いや、待て。
俺は学級崩壊を軽視しすぎてるかもしれない。
今の時代、教師が生徒をセーブできず、教室が無法地帯になるのは
珍しくもないけど、場合によっちゃ傷害などの事件に発展する可能性もある。
そして今、既にその段階に来てるのかもしれない。
だからこそ、胡桃沢君は俺にヘルプを寄越した。
或いは――――何らかの謎が潜んでいる、複雑な糸が絡まったような
学級崩壊の可能性もある。
寧ろ、そうに違いない。
「で、状況は?」
「何で突然キリッとしたのかは知りませんけど、力を貸してくれるんですね?」
「ああ。ただ、これ以上の通話はそっちの電話代が勿体ないから、状況はメールで寄越して」
「わかりました。要点に絞って、簡潔にお知らせしますね」
素直に応じ、胡桃沢君は一旦電話を切った。
さて、どんな状況なのか。
探偵を必要とする学級崩壊か……
メールが来る間、ちょっとシミュレーションしてみよう。
【ケースA:教室が密室に】
1.両側の扉、及び廊下側の窓が何者かによって封鎖された。
2.施錠ではなく、木材などを使った封鎖。
3.それによって、教室内に閉鎖空間が生まれ、生徒内に不安が生まれる。
4.閉所恐怖症を持っていた生徒がパニック発作を起こす
5.教室内が混乱。学級崩壊に
……これはないか。
外部から、一つの教室を閉鎖するってのは、余りに非現実的。
他にも、例えば学校に刃物を持った変質者が現れて、それから身を守る為に
自ら教室を閉鎖した可能性もあるけど、それなら胡桃沢君は学級崩壊なんて
表現を使う訳がない。
っていうか、普通に大事件だ。
という訳で、ボツ。
他に、事件というと……誘拐とか?
【ケースB:教室で誘拐事件が発生】
1.クラスの中に、金に困っている生徒がいた。
2.学生の身分では工面に限界があり、誘拐を目論む。
3.刃物でクラスメートの一人を脅し、拉致。
4.その後、担任に身代金を請求するメールが届く。
5.教室内が混乱。学級崩壊に
……これもないな。
身代金を請求するなら、普通に親だろ。
担任に請求する意味がわからない。
いや、待て。
この一見、何の脈絡もないテキトーな案が、俺に更なる着想を与えた。
【ケースC:教室で脅迫事件が発生】
1.クラスの中に、担任教師と交際している生徒がいた。
2.当然、二人の関係は秘密。こっそりとデートを重ねていた。
3.しかし先日、クラスメートの誰かがその現場を目撃。
4.本日の学級会で、それを暴露。
5.教室内が修羅場化。学級崩壊に
これは普通にあり得るな。
教師と生徒の交際は、マンガの世界でよくあるだけという印象が強いが、
現実にも意外とあるらしい。
とはいえ、発覚すれば教師は即クビ。
生徒の方も、転校を余儀なくされる。
余りにもリスクが高い。
1〜3年待てば、堂々と付き合えるというのに、そんな人生を左右するような
リスクを冒してまで、敢えて付き合うものなのか……と言いたくもなるけど、
実はそれは的外れ。
『バレると破滅。だが、それがいい』
人間ってのは、そういう生き物だ。
タブーがあればあるほど、異様なくらいに燃え上がる。
例えば、浮気や不倫はその最たる例だ。
探偵事務所の業務として、最も多いのが浮気調査。
だからこそ、探偵は浮気、不倫というものに関してプロフェッショナルにならざるを得ない。
最初は、何で奥さん、旦那さんがいながら、そんな事をするのか……と疑問に思う事が多かった。
だけど、調査を何度も行う過程で、その答えはハッキリした。
殆どの連中は、背徳行為だからこそ、燃えている。
例えば、奥さんのいる部長と、その会社の部下の女性が不倫しているとする。
その後、その部長は意を決し、奥さんと別れた。
家庭を捨て、部下の女性と生きる事を選んだ。
すると、途端に不倫相手だった部下はその男に興味をなくし、別れを告げた……
なんて事が、よくあるらしい。
その部下は、部長との恋愛じゃなく、『奥さんが居る相手と不倫する事』に
燃え上がっていた、という事になる。
こういう例は、かなり多い。
もっと身近な例だと、テスト前日に読むマンガが異様に面白いとか。
医者に止められているビールがやけに美味いとか。
禁忌があると、それに反抗するのが人間。
何故なら、そこに快楽があるから。
胡桃沢君はそう説明した俺に『そんなのは嘘です!』と反論してたけど、
人間には確実にそういう性質がある。
そして、今回の件。
もし、ケースCが実際に起こっているなら、浮気、不倫が大嫌いな胡桃沢君は
なんとしてもその関係を解消させる方向へ導こうとするだろう。
だが、上手くやれそうにない。
そこで、俺に連絡を入れた。
これなら、学級崩壊なんぞを事件と呼び、俺に連絡してきた理由としても成立する。
……完璧だ!
我ながら、完璧な推理。
これまで散々、推理はできない、推理は苦手と明言してきた俺だが、
ここに来てついに、推理できる探偵へレベルアップしたぞ!
今までは色々と言い訳を重ねて、推理を前面に出さずに『まずは相談から!』
って宣伝スタイルで、どっちかってーと悩み相談室みたいになってたけど、
今後はその宣伝も考え直さないとな。
【はざま探偵事務所】所長、狭間十色は、推理小説に出てくるような探偵です!
暗号解読から密室殺人まで、ありとあらゆる事件を解決へと導きます!
おおお……なんてフォーマル!
なんてフォーマルな探偵事務所!
やだ……スゴくカッコいい……
《カシャッ ユーガッタメー》
む、メールが来たか。
フフ。
皆まで言うな、胡桃沢君。
既に俺はそのメールの内容を推理してしまっている。
君が届けたメールは、俺が3分前に通過した内容だ!
現在、クラスの女子は二つの勢力に分かれています。
一つは、女子「A子」を中心としたグループで、
もう一つは特に中心人物のいないグループです。
ここでは、前者のグループをグループ1、後者をグループ2をします。
尚、私はどちらにも属していません。
現在、このクラスはグループ1とグループ2が一触即発状態です。
理由はよくわかりません。
話(というより文句の言い合いですが)を聞く限り、グループ2のB子が
グループ1のA子を、裏で悪く言っていたみたいです。
他にも、グループ1のC子が、グループ2のD子のノートに落書きをしたとか、
グループ2のE子が、グループ1のF子の携帯を勝手に見たとか、
どっちもどっちという内容が次々と暴露されています。
特に過激なのがA子で、彼女はグループ2の子達を罵倒してます。罵倒しまくります。
それはもう、とんでもない罵倒です。
例えば、ついさっきもB子に
「貴女がそっちのグループにいるのは、おバカを従えてお山の大将に
なりたいからでしょう?」
なんて言っていました。
これでも、かなり抑えめな表現です。実際にはもっと酷いです。
普通、こんな口の悪い子、まともに付き合えないと思うんですけど、
頭がいいからなのか、家がお金持ちなのか、口が上手いからなのか、
取り巻きみたいな感じで結構な数の生徒を周囲に置いて、グループ1を形成してます。
そのグループ1が肥大化して、今日ついに爆発したって感じです。
ただ、ここまでならよくある女子同士のいざこざですけど、
ちょっと妙なのは、グループ2のB子とE子、他数名は、最近までグループ1にいて
A子と仲がよかったという事です。
女子同士のグループでは、そういう事はよくあるみたいですけど、
それにしては人数が多いような気もします。
担任の先生は我関せずって感じで、教室にはいません。
男子も、草食系ばっかりなのか、殆ど傍観者って感じです。
どっちもアテにできそうもないので、所長に連絡しました。
この学級崩壊を収めるには、どうしたらいいでしょう?
……あれ、なんか予想と全然違うな。
ホントに全然違う……ビックリするくらい全っ然違うぞ。
やっぱり俺、推理はダメな人だったんだな……
もう二度と、調子に乗らないようにしよう。
それはいいとして、なんかやたら生々しいな。
学級崩壊っつーか、女子の派閥争いじゃん。
ってか、これを俺にどうしろってんだ?
探偵がどうこうするような案件じゃないぞ。
とはいえ、他ならぬ胡桃沢君の頼み。
このメールの内容から、この学級崩壊の原因を分析し、
実りある助言を送るよう尽力すべきか。
推理は苦手だけど、分析は得意だしな。
という訳で、分析開始――――
…………………………………………
……………………
…………
……
終わり。
よし、早速返事を書こう。
有効な打開策は、ルールを定める事。
胡桃沢君のクラス内だけのローカルルールを適用する事が望ましい。
そのルールとは、『学級委員とは別の、クラスで一番偉い役職を作る』。
ただし、役職に就いた人間以外は、その役職を特別視しない。
偉いという定義は絶対だけど、その役職を過剰に持ち上げたり、
問題が発生するほど無視したりはしない。
このルールを遵守する事。
そしてそれをクラス全員で意思統一する事。
これで解決する筈だ。
返信……と。
これで上手く行けば良いが。
俺は携帯をテーブルに置き、天井を見上げる。
そして、この面倒な事件をなんとなく憂い、虚空へ向けて溜息を吐いた。
その後――――
「あら、ここが胡桃沢さんの探偵事務所? これではまるで、倉庫ではなくて?」
俺の返信を胡桃沢君がそのままクラスで訴えた結果、A子は納得し、学級崩壊問題は無事解決。
そしてその際、胡桃沢君をいたく気に入ったA子は、一方的に彼女を特別視し、
自分の親友だと言いだした。
で、半ばムリヤリ、我が事務所に訪問してきた……というのが、現在。
俺の目の前には、キョロキョロ事務所を見渡しているA子の姿がある。
優雅なフワフワウェーブのガーリーヘアが特徴的な美人さんだった。
制服の下から、タートルネックの長袖カットソーを着込むという、
チョット変わったファッションも印象深い。
「それで、貴方が探偵さん?」
「ええ。所長の狭間十色と申します」
「トイロ……中々個性的なお名前ね。わたくしは、一条有栖と申します」
「有栖さんですか。そちらも結構変わった……」
「何ですって!? このわたくしの崇高な名前の何処が変わってらして!?」
「うわっ! 初対面なのに首締めるな首!」
こっちとしては、お約束のつもりだったんだが……なんて沸点の低い女だ。
「あの、所長。何かすいません。どうしても探偵事務所に一度行ってみたい、
と言って聞かないもので」
「わたくし、バカにされるのが一番嫌いなの。その時は全力で戦うので、覚悟しておきなさい」
「バカにしたつもりはないんだけど……で、何しに来たの」
依頼人になる可能性も考慮して、最初は敬語を使ってたけど、もういいや。
「貴方のお陰で、このわたくしに相応しい、高貴な役職が設けられましてよ。
そのお礼を言いに来たの」
「ああ……で、どのような?」
「クイーン。わたくしは教室の女王となったのよ。おーっほっほ」
一条有栖は高らかに笑った。
「このわたくしに偉大な貢献をした貴方には、感謝申し上げます。
無論、言葉だけではなくてよ。この一条有栖が認めた探偵に相応しいモノを用意しましたの」
おお、これは想定外の展開!
お礼の気持ちは現金でパターンか?
だとしたら助かるなあ。
このままじゃ、また町内会費滞納で町長さんからパンパーンって平手打ちされるからな。
「お礼として、貴方には『セイブ・ザ・クイーン』の称号を差し上げますわ!
今後、このわたくしをあらゆる面でサポートさせてあげてよ!」
「……」
学級崩壊の素因として、ある意味優等生的とも言える一条有栖を、俺は事務所から追い出した。
「なっ!? この一条有栖をゴミのように……許せませんわ! 許せませんわ!」
外から凄まじい勢いでガンガン扉を叩く情緒不安定な女と知り合ってしまった事に、
俺は思わず頭を抱える。
「これ、どうしたらいいんだろ……」
「あの、所長。今回はホントごめんなさい。お詫びにちょっと高い紅茶買ってくるんで……」
モフモフのオオカミ耳で謝る胡桃沢君はちょっと可愛かったが、
今後あの女がトラブルを運んで来ないかという心配の方が勝り、
俺は静かに溜息を吐いた。
という訳で、この事件とも呼べない案件は、無事……とは言えないものの、
収束へと向かった。
何故、そうなったのか?
どうして俺は、あんな返事を送ったのか?
それは、昨日報告書にまとめておいたので、見たい人は好きに見てくれて構わない。
納得できるかどうかは、保証できないけど。
尚、今回の報告書は胡桃沢君宛なんで、砕けた書き方になっている。
あと、少し長い。
そこのところは了承して貰いたい。
調査報告書
こういうトラブルの場合、まずは着地点を設定する事が必要だ。
着地点ってのは、妥協点と言ってもいい。
トラブルってのは、双方に言い分がある。
どちらかが一方的に悪い事も多いけど、完全な加害者に対して
『お前が全部悪い。お前が謝罪し、お前が賠償しろ』
と言ったところで、円満な解決はできないのが現実だ。
だから、その場合は被害者が損をしない範囲で、加害者が最低限納得できる
という妥協点を探す。
それが結果的に、被害者の苦痛を最小限にする事にも繋がる。
加害者と被害者がハッキリしない、若しくは双方に責任がある場合は
両者の責任を加味した上で、バランスのいい着地点を設定して、
『不満はあるけど仕方ない』と両者に納得して貰う。
その着地点を設定するのが、トラブル解決の第一歩だ。
この場合、当事者となるのは、グループ1と2の女子生徒達。
どっちが悪いのかは、全くわからない。
わからないから、推測するしかない。
そこでまず考慮すべきは、これが『どういうイザコザなのか』という点だ。
単なる女子同士のいがみ合い。
その可能性もある。
でも、その割には、事が表面化し過ぎている。
女子グループ同士のケンカは、もっと陰湿で、もっと巧妙だ。
ここまで表面化してるって事は、特別な事情があると見て良い。
その特別な事情の鍵を握るのは、『A子』。
グループ1の中心人物で、最も過激な彼女の存在は、無視できない。
彼女がこの学級崩壊の原因となり得る可能性を、まず模索してみよう。
彼女の特徴は、このメールの内容を見る限り、『高飛車』、『居丈高』という事と、
頭がいい事、家がお金持ちである事、口が上手い事、そして取り巻きがいる事。
これだけを見ると、お嬢キャラであると推測できる。
お嬢キャラは、トラブルメーカーになり易い。
とはいえ、これだけじゃ何とも言えない。
ただ、ここで一つ大きな特徴がある。
男子が一切絡んでない。
その場合、お嬢キャラの存在意義は、『ライバルキャラ』だ。
つまり、誰か別の女子のライバルであると推測できる。
状況を見る限り、直接罵倒されているB子がそれに該当している可能性が高い。
となると、B子は『主人公キャラ』であると予想される。
お嬢キャラのライバルは主人公。
それは絶対だ。
という事は、B子はこの学級崩壊における中心人物と思われる。
グループ2の中心人物ではないが、それは寧ろ妥当だ。
主人公は派閥の中心にはならない。
女性主人公とは常に、凡庸な人物であるべきだ。
そうなって来ると、おかしな点がある。
『B子がグループ1のA子を、裏で悪く言ってたみたい』
胡桃沢君は、そう書いている。
だけど、主人公キャラがそんな陰険な事はしないだろう。
それをする時点で、不適格って事になる。
そもそも、『みたい』なんていう推量表現をしている時点で、信憑性は薄い。
これはガセだと思った方がよさそうだ。
なら、どうしてそんなガセ情報が流れたのか。
ガセを流す、つまりは嘘を吐く。
人間が嘘を吐く理由は、それをする事で得をするからだ。
『B子がグループ1のA子を、裏で悪く言ってたみたい』
この嘘で、誰が得をするか。
考えられるパターンは2つ。
1つめは、グループ1とグループ2を対立させたい人間。
だけど、少なくともメールの中に、そんな人物はいない。
グループ内の女子は、そもそも対立状態だから、敢えてそんな嘘を吐いてまで
焚きつける必要はない。
担任は、教室の雰囲気が悪くなるだけだから、あり得ない。
草食男子には、そんな度胸もないだろう。
よって、このパターンはない。
そして、もう一つのパターン。
それは、A子自身だ。
B子に悪口を言われた被害者になる事で、周囲の同情を買い、同時に
ライバルであるB子の評判を落とす事にも繋がる。
この可能性は、極めて高いと言えるだろう。
A子のB子に対する暴言は、いかにもB子を意識しているという証と推測できる。
恐らく、この線が濃厚だ。
となると、A子の目的はハッキリと『B子の信頼失墜』だとわかる。
そしてここで、注視したいのが『B子は元々グループ1にいた』という点。
グループ1はA子中心のグループ。
そこにB子がいたという事は、B子は元々A子を慕っていたって事になる。
仲も良好だったらしい。
それがどうして、こんな事になったのか。
A子は、B子を恐れた。
これが高い確率で正解だと、俺は分析する。
その理由は、A子の『お山の大将』発言と、B子以外にも数名、グループ1を抜けて
グループ2に移動しているという点。
胡桃沢君は、グループ2に中心的人物がいないと書いているが、
A子は、B子が『大将』だと断言している。
客観的立場の胡桃沢君より、B子を買っている証拠だ。
恐らく、B子以外のE子等は、B子を慕って、或いは友情を感じていて
一緒に離れたんだろう。
そして、その事態をA子は脅威に感じた。
だから、B子が自分の影口を言っているという偽情報を流し、
彼女の求心力低下を図った。
いや、それだけじゃない。
『グループ2のE子が、グループ1のF子の携帯を勝手に見た』っていうのも怪しい。
携帯を勝手に見る。
夫婦、恋人ならよくある事。
友達同士でも、稀にある。
でも、対立するグループ同士では、まず考えられない。
というのも、携帯は基本、肌身離さず持ってるもの。
それを、他人が勝手に覗き見るのは不可能に近い。
可能性があるとすれば、体育などの時間にコッソリ抜け出して見る、くらい。
でも、コレだと他人にバレる可能性はまずない。
よって、露見する事はあり得ない。
つまり――――嘘。
誰かが、その覗き見の様子を激写してたとか、証拠でもあれば話は別だけど、
もしそんな重要な事実があれば、胡桃沢君が書かない筈がない。
一方の『グループ1のC子が、グループ2のD子のノートに落書きをした』は
落書きされたノートという明確な証拠がある。
捏造の可能性はあるが、これまでの経緯を考慮すると、その可能性は薄いだろう。
これらを総合すると、学級崩壊の原因は、
『グループ1(特にA子)がグループ2にイチャモンをつけている』という事になる。
目的は、B子の求心力をなくす事。
そして、グループ2を混乱させ、チームワークを乱し、弱体化させる事だろう。
原因がわかったら、次は最初に戻って、着地点を探す。
この状況で、どうすれば落とし所が見つかるか。
恐らく、A子はクラスの主役でありたいんだろう。
お嬢キャラっていうのは、そういう気質だ。
つまり、彼女が中心であるという保証さえあれば、A子は納得する。
A子が納得すれば、グループ1の女子も納得する。
そうすれば、グループ2、及び教室全体に安寧が訪れるだろう。
問題は、B子だ。
B子が目立ちたがり屋で、自分も中心になりたい……と思ってるなら、
妥協点は見つかりそうにない。
でも、恐らく違うだろう。
客観的に見て、彼女はグループ2の中心人物じゃないんだから。
A子が勝手に脅威に思っているだけだ。
なら、話は早い。
A子が満足し、尚且つA子がB子に対して脅威に思わないようにすればいい。
その為に必要なのは、A子がこのクラスで一番だという客観的な証。
そして、その証自体が、実質的な効力を持たない事。
もし持てば、その証が新たな火種になるからだ。
周囲は、その証をバカバカしいと思っている。
でも、A子にとっては、非常に価値がある。
そういう証を作り、A子にその証を与えれば、学級崩壊は収束へと向かう。
そこで有効なのが、『役職』だ。
役職は、立場を示す上で客観的な指標となる。
ブランドと言ってもいい。
でも、例えば『学級委員』だと、影響力、効力が生じ、それが原因で
実質的な被害が出る可能性がある。
例えば、学級委員という立場を利用し、色んな理不尽な仕事をさせる……等。
だからこれはボツ。
別の役職を、新たに設ける必要がある。
クラスで一番偉い役職を、だ。
別に何でも良い。
それこそ『女王』とかでも。
そうすれば、A子は納得するだろう。
自分が一番、クラスで権力を持っている……そう継続的に思えるんだから。
例え周囲がどう思っていても。
ただし、A子を納得させるには、この役職を全員が認識する事が重要。
全員が認め、同時に全員が『実際にはどうでもいい役職』という共通認識を
持つことが大事だ。
要は、裸の王様。
そうする事で、彼女の独裁的な振る舞いは、空回りに終わるだろう。
学級崩壊は、秩序さえしっかりしていれば、起こり得ない。
秩序とは、すなわちルール。
ルールという『境界線』をキチンと設定する事で、その枠内は自然とまとまる。
ただ、本来はそのルールは教師、担任であるべき。
担任がそのクラスのルールであり、秩序。
それを破れば、相応のペナルティがある。
そうする事で、平和は守られる。
このクラスは残念ながら、その秩序が機能していなかったらしい。
そして、そういうクラスは殊の外、多い。
それは教育者本人の責任なのか。
それとも、そういう状況を作った環境、或いは時代の責任なのか。
反乱因子となった生徒の責任なのか。
ここに、明確な答えを記しておきたい。
教育者本人の責任である、と。
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