翌日。
「……」
事件は事務所内で起こった。
とは言っても――――例の暗号とはなんら関係のない事件。
胡桃沢君が死んだ魚のような目で、俺に向かって微笑を向けてくる、そんな事件だ。
これだけなら事件でもなんでもないんだけど、問題はその挙動。
黒と白のみでありながら、華やかにデザインされたゴスロリの衣装に身を包み、
空の鍋をおたまでゴリゴリとかき回している姿は……よくわからん。
「所長……もうすぐご飯できるぞっ……」
口調もゆっくりと、そして途切れ途切れ。
ヤンデレのつもりらしい。
なんで鍋をおたまで弄ってるのかは知らんが。
「あの……胡桃沢君?」
「そうですよね……今日も帰ってこないんですね……こんなに待ってるんだぞっ……
フフ……フフフ……」
空笑まで始めた。
「そんなにあの女がいいの!?」
と思ったら、突然豹変しておたまを床に投げつけた!
「ああっ、力入れ過ぎちゃった」
しかし叩き付けられ変形したおたまを目にした途端、素に戻る。
思うに、胡桃沢君にはヤンデレは無理だ。
それ以前に、なんらかの資料を見て一場面を強引に切り取ったかのような
この情景では、ヤンデレの怖さは微塵も感じられない。
そもそも意味がわからないし。
「だから無理にキャラ作るの止めなさいってば」
「うう……」
自分でも無理してる感が強かったのか、胡桃沢君は素直にゴスロリ衣装を着替えるべく
バスルームへとすごすご引っ込んだ。
そんな助手に苦笑しつつ、俺はあらためて昨日三和から受け取った文書を手に取る。
この暗号を解く鍵は、『三和』という名前にある。
三和。
三と和。
三はそのまま3。
和は、『二つ以上の数を加えて得る値』。
足し算の答えとしての『和』だ。
そして、これらの鍵を使用するのは、当然本文。
三和さん。
白鳥三和さん。
私の声が、あなたに聞こえているでしょうか?
話したいことが、たくさんあります。
抜粋する事もできないくらいのめいいっぱいの想い出たち。
あなたが私の傍にいてくれたから、私の記憶は優しいままでいられました。
もしあなたがいなければ、嵐のような日々にじっとしながら部屋の隅で堪え忍んでいたでしょう。
けれども、いつかは別れる時が来るのは必然で、そんな日がくるのを覚悟しなければ。
あなたは私だけれど、私ではない存在なのですから、いつか消えてしまう。
だから私は、あなたが私の中に残って、一緒に笑い合える未来がくるか、試したい。
その為には私一人の力では難しく、他の人の力を借りないと、成功しないでしょう。
なので、以前お世話になったあの探偵さんの力をお借りできないか、頼んでみるつもりです。
この本文を、一行目から見ていく。
まず一行目の『三和さん。』だけど、この『3』文字目に着目。
ひらがなの『さ』だ。
これが、抽出すべき最初の文字。
次に二行目。
次も3文字目……じゃなく、今度はそれに『3』を足した和となる『6』文字目を抽出する。
6文字目は『ん』だ。
同じように、三行目は6と3の和『9』文字目、四行目は9と3の和『12』文字目……と抽出していく。
句読点も一文字としてカウントするみたいだ。
すうと、こうなる。
三和さん。
白鳥三和さん。
私の声が、あなたに聞こえているでしょうか?
話したいことが、たくさんあります。
抜粋する事もできないくらいのめいいっぱいの想い出たち。
あなたが私の傍にいてくれたから、私の記憶は優しいままでいられました。
もしあなたがいなければ、嵐のような日々にじっとしながら部屋の隅で堪え忍んでいたでしょう。
けれども、いつかは別れる時が来るのは必然で、そんな日がくるのを覚悟しなければ。
あなたは私だけれど、私ではない存在なのですから、いつか消えてしまう。
だから私は、あなたが私の中に残って、一緒に笑い合える未来がくるか、試したい。
その為には私一人の力では難しく、他の人の力を借りないと、成功しないでしょう。
なので、以前お世話になったあの探偵さんの力をお借りできないか、頼んでみるつもりです。
――――さんにんめのじんかくいる
三人目の人格いる。
つまり、だ。
白鳥和音、白鳥三和に続き、もう一人の人格が彼女の中に芽生えた事を意味している。
和音はどういう理由でかはわからないが、その事実を知った。
そしてそれを、和音は三和に知らせようとした。
暗号化し、その3人目の人格に悟られないよう。
……何故、悟られないようにする必要があるんだ?
3人目の人格は、危険因子を孕んでいるのか?
だとしたら、彼女には今後も目を光らせなくちゃならない。
「ふう……やっぱりこの格好の方が肌に合いますね」
着替えた胡桃沢君が戻ってきた。
頭にはいつものオオカミ耳。
確かに、しっくりくる。
「派手じゃなくても、個性は出せるって。あせらず、のんびりと実績を積んでいこう。
君も、この事務所も」
「そうですね」
なんの特徴もひねりもない彼女の返事と笑顔は、
それはそれで俺にとってかけがえのないモノになっていた。
その翌日以降――――
彼女の姿を事務所で見る事は、なくなった。
to be continued...
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