保下探偵事務所、所長――――保下慧得(ほうした
さとる)。
目の前の探偵からそんな表記の名詞を受け取った時、俺はこの人物が
探偵じゃなく芸能人かホストの二択じゃないかと本気で思った。
年齢的に、キラキラネーム世代じゃないはず。
……偽名か?
まあ、斯く言う俺もあんま人の事言える名前じゃないんだが。
「俺の名前についちゃあ、どうでもいいことだ。偽名か否か、そんなことは
今回の件には何ら関係ない。重要なのは……いいか重要なのはだ。
探偵であるこのオレが、格下の探偵事務所にこうやって依頼人として
足を運んだその事実だ。わかるか? この意味が」
依頼人と自らを紹介した保下は、早速上から目線で推理を要求してきた。
コイツ……ヤなヤツだな。
だが依頼人である以上、こっちは下手に出るしかない。
そしてこの野郎はそれがわかってて、こんな物言いしてきやがる。
何しろコイツも探偵だ。
依頼人に刃向かうような真似ができないことくらい、当然知っている。
もしこの男が、同業者相手に威張り散らしたくてここへ来たと
判明したら、このホウキで必殺技『ブルーム・メテオライト』を繰り出してやる。
これ、逃げ足の速い黒い生き物に一度だけ使用して、余りの惨たらしさに
自ら封印した大技。
封印を解く日が来ない事を祈っていたが……どうやら、願いは叶いそうにないらしい。
「わからないのか? それでよく探偵を名乗っているな。それともやる気はないのに
探偵って名乗りたいだけで運営しているエセ事務所かな?『おさわり探偵
小沢里奈』の
ように、なめこに知名度でぶっちぎられるような探偵なのかな? ン?」
「……ま、いいでしょう。依頼人が探偵を値踏みするのは、正しい行為とみなします」
俺はヒクヒク震える顔をどうにか抑えつつ、保下の要求に応えることにした。
「探偵が依頼人として他の探偵を訪ねてくる理由……考えられるのは、二つだけです」
「二つか。言ってみろ」
「一つは、探偵でなければ解決できない事件があり、自分が関われない場合。
そしてもう一つは、自分が関わりつつ、人手……推理要員がいる場合。このどちらかです」
「それ以外はあり得ない理由は? 例えば、オレの手に負えない難事件の解決を要請するとかな」
保下の目が妖しく光る。
探偵なんて職に就いているだけあって、深淵を覗こうとするその目は鋭い。
「……さっき貴方は、俺の事務所を格下と言いました。もし自分の手に負えない事件を
頼まれて、自分には無理だけど解決してあげたいと思ったのなら、少なくとも同格、通常なら
格上の事務所を紹介する。それに電話か紹介状で済む話だからわざわざ足を運ぶ理由はない」
「ま、当然だな。格下相手に頼み事するほど、保下慧得は腐っちゃいねえ」
自分のフルネームを躊躇なく会話に組み込む辺り、ナルシストの臭いがする。
同業者でキラキラネームで生意気でナルシスト。
絶対知り合いになりたくなかった類の人物だ……あーヤだヤだ。
「他の理由についても、一つ一つ潰していきますか?」
「いや、結構だ。取り敢えず、最低限の洞察はできるみたいだからな。依頼の内容は
さっきのお前の言葉で言うなら後者……推理要員が俺以外にも必要なケースだ。
正確には、探偵の性質を理解しているアシスタント……ま、言うなれば助手だな。
オレの助手として働いて貰いたい案件がある」
助手……?
助手の事で散々悩んでる俺に、助手になれだと?
……面白い。
ちょうど、助手の気持ちについて知りたかったところだ。
彼女――――胡桃沢君が、どんな気持ちで俺の傍にいたのか。
男性恐怖症の彼女が、俺に対してどんな恐怖や不満を抱いていたのか。
この性格の悪い男の助手を務めれば、多少は理解できるようになるかもしれない。
それに、今は報酬が必要だ。
「案件の概要を伺いましょう」
俺のそんな了承の意を含んだ返事に、保下はナルシスト特有の上目遣いの笑みを浮かべた。
……言うほどイケメンでもないんだけどな、コイツ。
「殺人事件だ」
「何ィーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
さ、さつじんじけん……?
探偵事務所を開いて、まだ一度も遭遇したことのなかった、あの……?
でも推理モノのドラマやマンガでは毎週のように起こる、あの……!?
「驚いているようだな。無理もない。探偵事務所に殺人事件に関する依頼が
なされる事など、現実ではまずあり得ないのだからな。通常は完全に警察行きの案件だ。
殺人事件に探偵が首を突っ込むなど、創作物の中にしかない夢物語に過ぎない。
だが……このオレの事務所、保下探偵事務所にはその依頼が来た。安い温泉宿の夕食で
脂の乗っていない刺身と味の薄い小鉢を申し訳程度に出されるように、ごく自然にな。
今のリアクションを見る限り、これまで一度も殺人事件を扱った事はないな?
この意味がわかるか? オレの事務所が遥か格上だという事だ」
「う、うぐ……」
ぐうの音も出ない。
まさか殺人事件を扱うような事務所の人間だったとは……
確かに格上だ。
まさか、こんな見るからにうだつの上がらないナルシスト探偵に
遥か上をいかれているなんて……
屈辱だ!
俺は生まれて初めて、途方もない劣等感に苛まれた。
「殺人事件を依頼される探偵事務所は世界的にも稀なはずだ。このオレは選ばれし探偵、
そしてゆくゆくは名探偵と呼ばれるようになり、国民栄養賞を打診され辞退するのさ。
『そんなんもろたら立ちションもでけへんようになる』とつっぱねた福本豊のようにな。
はっはっは! はーっはっはっはっはっはうげへえええっごほごほっぶげぇ!」
極限まで胸を反って高笑いしていた保下は咽せてしまったらしく
しかも悪い咽せ方だったのか、涙目で悶絶していた。
なんか……ヘンだな。
こんなのに殺人事件を依頼する人間がいるのか?
正直言って、保下探偵事務所なんて聞いた事もないのに。
「未来の人間国宝様。向こうに洗面所があるんで、口の周りを綺麗にしては?」
「そ、そうだな……名探偵は常に清潔でなくちゃあならない。ミシュランガイドに名を連ねる
一流レストランの調理場のようにな」
よくわからないが、そういうポリシーがあるらしい。
保下は何度も咳をしながら洗面所へと向かった。
さて……インターネットへGO。
Google先生、保下探偵事務所ってありますか……と。
お、あった。
一番上が公式ホームページだな。
さて、どんなサイトなのか。
……う。
なんか明らかにウチのより『公式』っぽいデザインだ。
余白が多く、それでいて安っぽさがない、整然としてて見やすいホームページ。
カウンターはついてない。
大人の余裕を感じる……!
しっかり保下の顔写真も載っている。
よく見かける、誰かに向かって話しかけている場面を斜め下から写したビジネス向けの写真だ。
どうやら、ちゃんとした探偵事務所らしい。
怪しげな広告バナーも見当たらないし。
てっきり詐欺師とばかり思ってたのに……
「ふぅ……腐敗認識指数1.0の何処かの国の政治体質ように汚い洗面所だったが、
まあ使わせて貰った礼は言っておこう」
戻ってきた保下は趣味の悪いバクテリアのような模様のハンカチで
口を拭い、不敵に微笑んでいるつもりらしき笑顔を見せてきた。
くっ……勝者の余裕を感じる。
仕方がない。
今のはざま探偵事務所は、この男の事務所より遥かに下。
そこはちゃんと認めよう。
なら、同業者の助手となる屈辱を甘んじて受け入れよう。
そうするメリットは十分にある。
今は我慢の季節だ。
俺が一回り大きい探偵になる為の。
そうしないと、彼女を……胡桃沢君を迎え入れることができない。
もっとスケールの大きな探偵になって、ちゃんと受け止められるようにならないとな。
「それじゃ、早速事件の概要を伺いましょう。俺なんぞに手伝えることが
あればいいんですが」
「謙虚なのは悪い事じゃないな。いいだろう。話してやる。ライブの最後の曲の後に
MC付きで追加されるご当地ソングのように、特別にな」
トコトン居丈高の保下に対し、俺は怒りのボルテージを体内で溜めに溜めていた。
ふふ……いつか見てろ……
「俺が依頼されたのは、殺人事件の解決だ。だが、犯人を捜すとか、被害者の身元や
殺害方法を特定するとか、凶器を発見するとか、密室の謎を解くとか、
そういった内容じゃあない」
「……だったら、何を依頼されたんですか?」
「殺された被害者を、殺されないようにして欲しいとの依頼だ」
……は?
「言っている意味がわからないんですが……殺人事件はもう起こってるんですよね?
その被害者が、なんで殺されるんです?」
「フッ、わからないのかね。だが仕方がないな。この事務所、あの3D仮想世界
コミュニケーション型サービス『セカンドライフ』のように、まるで流行っていない
ようだからな。ホームページのアクセス数も絶望的だ。そんな事務所の探偵に、
この謎が解けるはずがない」
トコトン俺を見下げてくる保下がその後説明してきた依頼内容の詳細は――――
中々に驚くべきものだった。
被害者の名前は、月島桐香。
10代半ばの女性らしい。
彼女が亡くなったのは、今から一週間前。
他殺だったそうだ。
だが、依頼人はその死に納得しなかった。
そして、被害者の月島桐香が殺されるかもしれないから、助けてくれと訴えてきた。
以上が依頼内容の全容だという。
……まさに意味不明だ。
「依頼人と被害者の関係は?」
そう問う俺に、保下は目を閉じ首を捻る。
「内密、とのことだ。声を聞く限りは40から50代」
「声を……ってことは、依頼は電話のみ?」
「メールだ。通常は直接会って話を聞き契約を交わすんだが、
会うのを拒否されてな。普通ならそこで断わるだろうが、オレは依頼人が
どんな立場の人間であろうと手を差し伸べる心優しき探偵だ。
契約書は郵送でよしとした。どうせ『パパ』ってところだろうしな」
勿論、ここで言うパパってのは援助的な意味合いのパパだ。
親という意味でのパパなら、こんな依頼を探偵にしてこないだろうし
直接会うのを拒絶したりもしないだろう。
可能な限り、自分をさらけ出したくない立場――――
保下の推理に矛盾はない。
「まあ、それは問題じゃあない。問題なのは。問題なのはだ。問題なのは……
依頼人が『被害者の死に納得していない事』と、『死んでいる筈の被害者が
殺されるかもしれない』と訴えている二点。前者はまだしも、後者は
取り調べに対し『私は神の忠実なる僕。神の降臨の為にやった』などという
よくある供述と同レベルの意味不明さだ」
「依頼人へのツッコミは?」
「無論、した。だが、こちらの質問に対し実のある回答を寄こさないんだよ。
月島桐香は殺された、だが近日中に殺される。どうか助けてやって欲しい……
その繰り返しだ。このオレの見解では、可能性として考えられるのは二つ。
一つは、援交相手の死を受け入れられず、錯乱している。もう一つは、
電波野郎のイカれたイタズラか。どうかね?」
「他にも可能性があると思いますが」
「ほう? 言ってみたまえ。小学生の読書感想文のように、明瞭にな」
怒気はこの際置いておく。
俺は目の前の同業者に対し、可能性の一つを示唆した。
「例えば、脳死です」
「脳死……? 成程ね。被害者は脳死状態にあり、死亡したと認定されたが
依頼人は納得していない。しかし近日中に臓器を摘出され、身体的にも死亡する。
確かに辻褄は合う……が、脳死した人間をどうにかしてくれと探偵に頼む時点で
それは頭のイカれた電波野郎の依頼って事だ。オレの推理の範疇だよ」
不敵に微笑み、保下がため息を漏らす。
俺もこの男がウチの事務所にやって来た理由を悟り、同じように息を落とした。
この男の狙いは――――
「さて。もうわかったと思うが……狭間君。キミに助手を依頼したのはだ、
オレの助手として依頼人に対応して欲しい、って訳だ。当然、誠意ある対応をな。
期間は三日。その間、全力で彼に対するサポートをしてくれれば、それでいい。
人通りの少ない場所でお気に入りの少女を見つけたロリコンのような生暖かい目で」
――――そう。
要するに、解決する気は微塵もない。
頭のイカれた依頼人に対して、精一杯の誠意ある対応を示したい、って訳だ。
だから、あくまで自分も関わっているというスタンスを取るため、助手という立場で
対応するよう求めている。
確かに、こういう仕事をしていると、偶に意味のわからない依頼が舞い込んでくるもの。
電波系の内容だったり、支離滅裂だったり、矛盾だらけだったり、
その手の依頼は珍しくない。
保下はこの依頼もその一種だと判断したんだろう。
でも、門前払いすると今度はその依頼人が『あの探偵事務所はロクに話も
聞かずに冷たくあしらった。誠意のない事務所だ』と、ある事ない事
言いふらす可能性がある。
インターネットが普及して以降、風評被害ってのは思いの外深刻だ。
だから、やるだけの事はやりましたよ、というポーズが必要だ。
でも、普通の探偵事務所にはそんな事に時間を割いている暇はない。
だから、暇そうな俺に声がかかった。
探偵事務所の場合、その辺の大学生を捕まえてアルバイトに雇う……
って訳にはいかない。
誠意ある対応をするには、それなりの肩書きが必要だ。
そこで、俺を使って『探偵が調査した結果、何事もなかった』って結果を得たいんだろう。
「ウチは忙しくてね。他の従業員は今抱えている案件で手一杯なのだよ。バイトを雇おうにも、
『素人に調査させた』と難癖つけられるのは避けたいよなぁ。大手の探偵事務所は
ホームランバーやあずきバーのように、名前だけで……ブランド力だけで客が集まるものさ。
それを少しでも傷つけるのは避けたいんだよ」
案の定、そこまで告げ、保下は席を立った。
「全く……依頼の多い探偵事務所は困ったものさ。こういう質の低いイタズラが増えているんだよ」
そして趣味の悪い赤茶色の鞄から、数枚の書類を取り出す。
「契約内容と報酬はここに書いてある。納得したらサインをしてくれたまえ。
後払いになるが、額はそれなりに用意しているつもりだ」
確認してみたところ――――三日間で15万円という金額だった。
一日5万。
探偵を丸一日束縛する料金としては、決して高くはない。
そもそも、依頼料を依頼人が決めるなんて、明らかに変だ。
かなり下に見られている証拠。
ヤツにとって、俺は使いっ走り程度の存在なんだろう。
ただ……これ以上の魅力的な依頼が来る保証はないのは確か。
そして今の俺には15万円というお金は必要だ。
だが。
残念ながら――――助手の経験は積めそうにない。
今回の依頼は、そういう依頼だと俺は最終的な判断を下した。
そう。
俺はさっき『他にも可能性がある』と言った。
この男は、俺の示した最初の一例だけがその可能性だと判断したらしい。
だけど俺は、まだ持っている。
真相を見つめる目を。
次の可能性を。
「承りました」
にこやかに微笑み、契約書にサイン。
そして直後、電源のついたパソコンの前に座った。
「何をしている?」
不審に思ったらしき保下を無視し、Google検索開始。
結果――――俺は予想通りの答えを得た。
「事件は解決しました」
ニッコリ微笑み、そう告げる。
「……は?」
「だから、事件は解決しました。謎は全て解けました。真実はいつも一つ。Q.E.D」
保下は数秒ほど固まり、そして――――
「ほげえええええええええええ!?」
世にも情けない悲鳴と共に、馬脚を現した。
三日後。
「おおおおかげさまで新キャラの構想が固まりました。ここここれはお礼です」
清田りりりり先生がこの共命町で一番人気の洋菓子店『ストロベリー・オン・ザ・
ショートケーキ』の苺ショートを土産に我がはざま探偵事務所を再度訪れてきた。
なお、その後ろには先日と同じく黒羽根の姿が。
そして、俺の背後にも先日と同じくYUKITOの姿があった。
「おーっ! ガチ美味そうじゃん! それじゃ早速……」
「あああああの、あああああ貴方は一体……?」
「……あれ? オレのこと知らない? そ、そうだよな。マンガ家って一日中
机に向かってるイメージだし、テレビとか見ない人だよな。そうだよな」
「ええええっと、えええエンターテイメントを勉強するのは大事って
担当さんに言われてるのでテレビは深夜に欠かさず見てます」
「嘘だああああっ! 深夜っつったらオレがメインでやってる時間だぞ!?
なんで深夜番組見ててオレ知らないんだよ!? つーか前にマンガ家さん来た時俺いたの!
俺いたのおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ……」
……かのレジェンド芸人、江頭2:50は言った。
『1クールのレギュラーより1回の伝説』
泣き伏せる、存在感皆無のモブYUKITOに、この言葉を贈りたい。
ただテレビ出てるってだけじゃ生き残れない、それが芸能界。
まあ、それはいいとして。
「丁度俺も先生にお礼を言おうと思ってたんです。おかげで助かりました」
「ええええ? わわわわ私何かしましたか?」
「実は……」
俺は三日前の依頼について、掻い摘んで説明した。
殺された被害者を、殺されないようにして欲しい――――
一見矛盾する文章だけど、そうとは限らない。
何故なら『殺された』、『死んだ』という表現は必ずしも人の死、
心臓や脳の機能停止を意味するものじゃないからだ。
例えば『社会的に殺された』のような、比喩表現でもしばしば用いられる。
今回の依頼人の男も、比喩的な意味で使っていた。
それじゃ、どういう意味で『殺された』と言っていたのか。
以前のりりりり先生とYUKITOのやり取りにそのヒントはあった。
「でででででも、どどどどどうやって新キャラを一話で退場させれば」
「そりゃ簡単じゃん! 殺しゃーいいんだよ! インパクトあるしさ!」
そう。
人間じゃなく、キャラクターが殺されたんだ。
月島桐香、10代半ば。
この名前と年齢を聞いた時、なんとなく創作されたキャラクターっぽい
名前だなと思った。
もちろん、実際にこういう名前の人物がいる可能性の方が高いんだけど、
仮に二次元キャラクターの名前だったら、検索かければ一発でわかる。
結果、すぐに特定できた。
つまり――――
「その依頼人は、月島桐香というキャラが作中から『退場させられた』、
つまりキャラクター的に『殺された』。だから納得いかなかった。
そして近日中に『殺されるかも』、つまり作中で本当に死亡するかもしれないって思ったんだ。
もしかしたら、作中で殺されて納得できない、このままだとこのキャラが人気的に『殺される』かも
しれない、と言いたかったのかもしれない。何にしても、殺人事件じゃなかったって訳」
「キャラに入れ込み過ぎるヤツってタマにいっからなあ……40代か50代ってのは
ちょーっとドン引きだけどよー。マンガ家さんも気を付けた方が良いぜ。
一話で殺すんだったら、多分大丈夫だろーけど」
「ききき気を付けます」
復活したYUKITOの妙にしっかりした忠告が心に響いたのか、ようやくりりりり先生は
YUKITOの顔を見て話をしていた。
――――と言うわけで、真相は以上だ。
あの後、保下はそれはもう悔しそうにホゲホゲしつつ事務所を出て行った。
当然、報酬は三日分キッチリと支払って貰った。
契約書に『解決に導いた場合はその時点で報酬全額が支払われる』って書いてたし。
定型文なんだろうけど、おかげで効率のいい収入となった。
何しろ、契約から事件解決まで5秒。
これで15万円だ。
時給に換算すると1億とんで800万円。
すさまじい効率のよさよのう。
それに、5秒で事件解決した探偵なんてそうはいないだろう。
嫌味な同業者のホゲ面も拝めたし、色んな意味で有意義な依頼だった。
ちなみに、保下の事務所について少し調べてみたところ、ヤツの父親の
代から続いてる探偵事務所らしいけど、ヤツが跡を継いでからは
全く流行らなくなってしまったらしい。
典型的なダメ二世ってヤツだ。
ま、最初からそんなこったろうと思っていたけどね。
……ホントだよ?
「ととととところで探偵さん。じじじじ実はお願いが」
「何です? りりりり先生のお願いなら多少無理してでも聞きますけど」
「くくくく黒羽根さんをモデルにしたキャラを殺す悪役として
たたたた探偵さんをモデルにしたキャラを出したいんです」
……悪役?
「いいいいいえ! わわわわ私は別に探偵さんが悪い人なんて全然思って
ないんですけど、くくく黒羽根さんが是非にとの事で」
どういう……事だ?
俺は混乱しつつ、黒羽根の方を見る。
「どうせ死ぬなら、狡猾で邪悪な存在に殺されて同情されたい」
「俺のどこが狡猾で邪悪なんだよ! 結構頻繁に協力してるのに、なんて言い草だ!」
「人を言いくるめるのが上手いから、詐欺師っぽい」
「じじじ実は、わわわ私もそんな感じの役を構想に……」
尊敬するりりりり先生までそんな事を!?
えっ?
俺ってそんなイメージなの?
街の探偵さんっていう親しみやすく温和な探偵のつもりだったのに……
「はっはっはーっ。俺に悪態つきまくったバチが当たったな!」
「やかましいこの幽霊芸能人! お前が遊び感覚でここに来る所為で
イライラして俺のイメージが畜生化したんだ! お前の所為だ!
なんか罵詈雑言浴びせたくなる空気を持ってるお前が全部悪い!」
「な、なんだよその理不尽な物言いはよー! 俺は芸能人だぞ!?
もっとチヤホヤしてくれよ! 優しくしてくれよ!」
涙目で訴えるYUKITOに対し――――
「……」
黒羽根が憐れみに満ちた目で、無言で首を横に振る。
「……喪女に同情される芸能人って何なんだよぉぉ!」
そんな絶叫が、事務所に響きわたった。
胡桃沢君が復帰するまで、あと20日ほど。
……大丈夫かな。
俺はなんかドタバタした溜まり場になりつつある事務所の未来を憂いつつ、
今日の仕事をすべくパソコンを開いた。
取り敢えず、例の5秒解決の件をブログに載せてみるつもりだ。
宣伝になるかもしれないし。
実績をアピールするのは、こういう職業では大事なことだ。
あざとい自慢にならないように、さりげなく……と。
これで依頼が増えればいいけど。
「な、なあ、マンガ家の先生。オレもマンガに出してよ。国民的アイドルって
設定でさ。せめてマンガの中でだけでも夢見させてくれよ」
「むむむ無理です。さささ作品の空気が壊れます。ぎゃぎゃギャグマンガではないので……」
「しょ、しょんなあああああ……」
パソコンを畳んだ先に見えるのは、とても平和で緩んだ一時。
ま、たまにはこんな一日もいいか。
たまには、な。
この後――――ブログに載せた事件が評判になり、依頼が殺到。
胡桃沢君が復帰する前に新しい人手が必要となって、一悶着あったりするんだけど……
それはまた、別の話。
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