やあ諸君。
 俺の名前は狭間十色。
 何でも屋だ。
 ん?
 何でも屋って何かって?
 説明するまでもなく、何でもやる屋のことさ。
 とにかく何でもやるよ。
 ん?
 探偵はどうしたかって?
 
 ……もう無理いィィィィィィィィィィィィィィィ!

 有料の依頼が来ないんだもの!
 もう2週間以上来ないんだもの!
 貯金も冷蔵庫の中身も尽きつつあるんだもの!
 死ぬ。
 今回こそ本当に死んでしまう。
 餓死寸前だ!
 むしろ餓死の向こう側に行きそうだ!
 だってホラここ見て!
 手の爪ボロボロになってるから!
 これ栄養失調のサインなんですよ奥さん!
 そんな状況なんで、流石にもう探偵の誇りとか言ってられない。
 はざま探偵事務所の看板は下ろさざるを得ない。
 俺は今、高らかに宣言する。
 はざま探偵事務所は今日から、万屋十ちゃんに改名――――

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン! こちらハァ〜ンざま探偵事務所!」
 いかん、テンション上がりすぎてつい西城秀樹のモノマネしてるぐっさんのモノマネをしてしまった。
 まあいい。
 依頼か!?
 依頼なのか!?
 これは依頼であるべきなのだなのか!?
 依頼であればよかろうもんなのか!?
 ってか、依頼の電話じゃなかったらホントに死ぬかもよ?
 ヌカ喜びできるエネルギーもせいぜい1回分しか残ってないから、
 ここで消費し尽くしたらホントに死ぬよ?
 お願いです!
 依頼であって下さい!
「あ、あの、依頼を……」
「プルルルルルル〜〜〜ハッ!」
「ひっ!?」
 いかん、テンション上がりすぎてついSMAP「shake」の巻き舌シャウトをしてしまった。
 ともあれ、依頼だ!
 これは依頼のお電話だ!
 だが、まだだ。
 まだ喜んじゃダメだ、落ち着け狭間十色。
 また無料相談だったら死んでしまう。
 有料でないとダメだ。
 ここは何が何でも有料にもっていかないと……
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「ええそれはもう。ちなみに先程のプルルルルって音は隣の電話の着信音なんです。
 それを和田アキ子ファンのウチの助手が取っただけのことですので、心配無用です」
「そ、そうだったんですか」
 平常心を取りもどしたらしき依頼人の声は、20代女性と思しきもの。
 学生じゃなさそうだ。
 いよいよ逃がすわけにはいかない。
 この獲物を逃がしたら、俺は死ぬ。
 狩人だ。
 狭間十色よ、狩人になれ。
 赤い目をした可愛いウサギちゃんを一撃で屠る冷酷な狩人になるのだ……!
「あの、依頼したいことがあるんですけど」
「ありがとうございます。どのようなお仕事でも承ります」
「あ、助かります。実はずっと縄で縛る相手を探していまして」
 切った。
 ……いや、何でもするって言ったし、そのつもりだったよ?
 何でも屋をやるって決意したさっきの気持ちに嘘はないよ?
 でもさー。
 縄はねーよ縄は!
 俺の性癖に一ミリもない要素だもの!
 ってか、性癖が関与する依頼なんて受けちゃったら、もうその時点で風俗やんけ。
 いくら、何でも屋になる寸前だったからっていっても、風俗営んじゃダメだよ。
 何でも屋ってのはあくまでも遵法性とか道徳観の中で何でもやるってことであって、
 一線は越えられないさー。
 それでもギリアウトくらいまではやったれ精神でいこうと思ってたけど、
 縄はな……本当に一ミリもない。
 糸偏にほぼ亀だよ?
 亀甲縛り待ったなしコースだもの。
 それはちょっと無理難題だよな……ああ、もうダメだ。
 電池切れ。
 今のヌカ喜びで俺の人生の電池が切れた。
 今のを辞世の句にして、このまま逝ってしまおう。
 胡桃沢君、君の復帰を待たずしてこの世を去る俺を許しておくれ……

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

「……」
 本当に、もうヌカ喜びすらできず、無言で受話器を取る。
 どうせまた、無料相談かおかしな依頼なんだろ……
「浮気調査の依頼をお願いしたいんですが」
「承りました!」
 ああ……神様。
 神様っているんですね。
 俺、てっきり神様って、花みたいな外見で虫をおびき寄せてパクーな
 食虫植物みたいな存在だと思ってました。
 幸せを与えるだけ与えて、最後に絶望を食らわせる外道な存在だとばかり思ってました。
 神様……あなたが神か!
「あの……」
「あ、すいません。今の沈黙は書類の準備をしていた為です。ご心配なく」
「そうですか。では、受けて頂けるんですね」
「勿論です。それで、浮気相手の目星は?」
「それはもう、完璧に。あのメス猫、私の可愛いキョーコを……許せない!」
 ……き、切らないぞ。
 例え百合の百合による百合のための修羅場だろうと、浮気調査は浮気調査だ。
 全く問題はない。
「ところで私、男と会って話をするのダメな人なんですが、調査をして
 くれる方はもしかして貴方でしょうか……?」
「……いえ。女性のスタッフを派遣致します」
「わあ、よかったです。それじゃ、よろしくお願いします」
 その後、彼女の都合がつくという三日後の午前中に最寄りのファミレスで
 詳しい話を聞くというところまで話を進め、電話を切った。
 ……さーて、弱ったな。
 今このはざま探偵事務所には男性スタッフしかいない。
 そうさ、俺一人だ。
 胡桃沢君に課した謹慎処分はまだ明けていない。
 どうする?
 んー……仕方ない。
 女装するか。
 餓死するくらいなら女装する方を選ぼう。
 男・狭間十色、乙女と化すことになんら躊躇なし。
 むしろ少しワクワクしてきた。
 縄はNG、女装はOK。
 それが、はざま探偵事務所の新キャッチフレーズだ!

《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》

 おおう、またかい。
 もしやこれは、先日ブログに過去の事件を載せたりした成果かな?
 今日一日で通話料の繰越金がなくなりそうじゃないか。
 ……事務所の電話料金で繰越金が発生する時点で終わってる、とか言うなよ?
「はざま探偵事務所でございます。トイレ掃除からビリヤードのお相手まで
 どんな用件にも対処致します」
 取り敢えず、通話。
 すると――――
「あのー、お願いしたいことあるんですがー」
 えらく間延びした声の女性が、依頼を!
 当然、さっきとは別人。
 まさかの連続依頼!?
 そ、そんなことがあるのか?
 この世にそんなスゥイートなハプニングがあるのか!?
「お、お、お……オッケー」
「わあーい、ありがとーございますー」
 焦りのあまりローラと化した俺の失言などどこ吹く風、間延びした依頼人の声はのんきに
 お礼の言葉を述べてくれた。
「失礼……ええと、お礼を申し上げるべきはこちらでございます。
 では、御依頼の内容をお聞かせ下さい」
「はいー。実はー、昔の恋人を探して欲しいのですー」
 ……あら、微妙にキナ臭い依頼。
 普通、探偵使ってまで探さないよな。
 とはいえ、この手の依頼は浮気調査、素行調査、信用調査、ペット捜索、盗聴器探索、
 家出人&行方不明者捜索、金銭トラブルの仲介などと並んで、割とよくある依頼でもある……
 らしい。
 ウチにはこれまで一度も来たことなかったけど、ついに来たか。
 最近、フェイスブックやLINEで過去の友人、知り合いを探すってのが流行ってたりするらしい
 んだけど、その延長線上の依頼ということかもしれない。
 ただ、例えば復讐とか、略奪とか、その手の目的も否定はできない。
 ま、キナ臭かろうと依頼は依頼。
 依頼人がどんな目的をお持ちでも、こっちは粛々と捜索するだけだ。
「承りました。では後日……」
「明明後日、お会いして詳細をお話します。明明後日の午前中以外時間とれないんです」
「……了解しました。ではそうしましょう」
 その後、依頼料などの説明をして電話を切った。
 まいったな。
 明明後日って、三日後じゃん。
 依頼がバッティングしてしまった。
 やだ……こんなの初めて。
 ドキドキしちゃう!
 いや、してる場合じゃないよな。
 早急に女性スタッフを一人、確保する必要がある。
 当然、頭に浮かぶのは胡桃沢君……なんだけど、こっちの都合で
 謹慎処分を解除、ってのは幾らなんでも筋が通らない。
 彼女に頼らず乗り切らなくちゃな。
 ってなわけで――――緊急告知。
 臨時アルバイトとして助手を募集することになった。
 とはいっても、三日後の午前中がお仕事開始だから、リミットは明後日。
 それまでにこの事務所に来られる人ってのが最低条件だ。
 それに、いくら臨時とは言ってもこのはざま探偵事務所の一員になるんだから、
 ちゃんとした人じゃないといけない。
 面接は必要だろう。
 明後日に設定するとして……募集期間は一日ちょい、ってトコか。
 ま、この際仕方ない。
 ホームページと近所の掲示板に募集を出しておこう。
 電話番号とメールアドレスを記載して……これでよし。
 さて、どうなるか。

 


 二日後――――
「四人……か」
 応募総数4通。
 何故か全部メールだった。
 電話の方が声が聞ける分どんな応募者か想像できるんだけどな。
 しかも4通とも本名じゃなく仮名か無記名。
 ところで、これらのメールを見てくれ。


【No.1】
 
 件名:探偵助手、やらせて下さい

 はざま探偵事務所 御中
 初めまして。私は流れ星キラ子と申します(ハンドルネームです)。
 貴所の公式サイトから求人概要を拝見し、これはチャレンジしてみたいと思い、
 ご連絡を差し上げました。
 私は前年に大学を卒業し、その後就職せずに自室警備をやっています。
 決してニートではなく、自室警備です。
 自室を守るため、一日のうち23時間15分を自室で過ごすという仕事熱心な面が
 私にはあります。
 協調性もあり、部屋を守る仲間のハエトリグモとも意思の疎通ができています。
 自室警備は外で出稼ぎをしたら負け、という風潮がありますが、私は外の空気を
 吸ってみたいという意欲を持っています。
 時間調整に関しましては問題ないので御安心下さい。
 面接のお時間をお知らせ頂ければ、警備を一時中断し飛んで参ります。
 それでは、何卒宜しくお願い致します。


【No.2】

 件名:助手応募の件

 前略
 公式サイトで探偵助手の求人募集を拝見しました、
 パンデミック朝子(仮名)と申します。
 自分の志望に合っているお仕事だと思い、お役に立てるのではと考え、
 ぜひ応募させて頂きたくご連絡を致しました。
 以下、私のアピールポイントです。

・人生経験豊富
 探偵の助手ということで、深い造詣が必要かと思います。
 また、犯人との対決の時には、相手を説得するための説得力が必要かと存じます。
 そういった場合、私の人生経験の豊富さがお役に立つのではないかと思います。

・美しさ
 探偵の助手ということで、隣に連れて歩くことも多いかと思います。
 そういった際に、ライバルの事務所と差を付ける上でも、容姿の面は重要かと存じます。
 私は器量がよく、学生の時分には「ういやつ、ういやつ」と教師にもクラスメートにも
 褒められたものです。

・経済観念の発達
 探偵の助手ということで、やりくりも重要かと思います。
 私は人生経験の豊富さから、経済観念に長けていると自負しており、その点において
 お役に立てるかと存じます。
 具体例を述べますと、月に350,000円あれば最低限の生活が可能です。
 トイレットペーパーも、1,000円以上のものは使いません。

 それでは、何卒面接の程をよろしくお願い申し上げます。
 草々


【No.3】

 件名:女子高生です

 はじめまして。
 女子高生です。
 名前は面接の時に言います。
 JKなので仕事したことありません。
 将来が不安です。
 探偵助手の経験を積めばなんか変わる気がします。
 役に立てるかどうかはわかりません。
 でもがんばります。
 面接お願いします。

 P.S.
 やっぱり怖い。やめます。ごめんなさい。やっぱりやります。


【No.4】

 件名:助手やってみたい
 
 助手ってなにやんの?
 楽しい?
 なんか楽しそう。
 女じゃないとダメだっていうから、手伝ってやる。
 面接受けにいくから時間おしえてプリ。

 


 ……こいつをどう思う?
 もう不安がどうこうってより、破滅しか待ってないような気がするよね。
 まともなメール1通もないもの。
 結局タイムリミットまでこの4人しか連絡なかったから、全員面接するしかない。
 一人でも使えそうな……ってよりまともなのがいてくれたら幸い、ってなもんだ。
 まあそんな訳で、今の俺は事務所で一人目、【No.1】の応募メールを送ってきた
 流れ星キラ子さんを待っている。
 どう考えてもニートなんだけど、使えるニートなら問題ない。
 俺は職歴で人を判断しない!
 何故なら俺自身世間的にヤバい職歴だからだ!
 ……ん、ノック音。
 時間通りだ。
 取り敢えず安心しつつ、セカセカと玄関に移動して扉を開けてみる。
「はぅあっ、あぉあっ、あぁひーっ」
 流れ星キラ子さんは突然奇声を発した!
「落ち着いて下さい。なんか過呼吸になってますよ」
「はひーっ、はひーっ、はひーっ」
 キラ子さんは顔面蒼白でアヘ顔を晒している。
 ちなみに、過呼吸の対処方は落ち着かせるの一点買い。
 ビニール袋や紙袋を口に当てて、自分の吐いた息を吸わせる……
 っていうペーパーバッグ法が有名だけど、あれ医学的根拠はないらしい。
 呼吸のリズムを整えるため、落ち着かせるってのが一番妥当な方法だ。
「はふーっ、はふーっ、ふぅ……」
 お、どうやら落ち着いた――――
「はひーっ、はひーっ、はひーっ」
 揺り戻した!
 こうも過呼吸を連発されると、この時点で面接アウトだぞ。
 幾らなんでも戦力にならない。
「はひーっ、はひーっ、はひーっ、は……きゅっ」
「はい?」
「はひーっ、きゅっ、はひーっ、きゅっ、はひーっ、きゅうきゅっ、はひーっ」
 アザラシか何かのモノマネに聞こえるが、普通に考えて
 これは救急車を呼んでくれってことだろう。
 俺は彼女の希望通り、119プッシュ。
 事務所の近くに消防署があるから、到着はあっという間。
「大丈夫ですよ! 落ち着いて!」
「はひーっ、はひーっ、はひーっ」
 ……行っちゃった。
 外の空気を吸ってみたいという意欲だけは確かに伝わったけども。
 うん。
 今回は縁がなかった!
 可哀想だけど、彼女にはあとで「ごめんねメール」を入れておくとして――――
 無事を祈りつつ、次いってみよう。
 ……って、次の面接は30分後だよ。
 まさか面接に来た人が名前どころか人語すら聞かないまま病院送りになるなんて
 いくら探偵でも予想できっこない。
 余った時間、どうしようか……
「おーい、貧乏探偵」
 む、下から小学生が俺を呼んでいる。
 なお、俺に話しかけてくる小学生は一人しかいない。
 ロリコンではないのでね!
 町長の娘さん、小田中静葉だ。
 クソ生意気な性格だけど、年相応の可愛げもあるんで中々憎めないお子さん。
 ビルの二階にある事務所の前から道路へ降りると、案の定静葉――――と、
 彼女の手を握る上品な女性がいた。
 年齢は30前後だろうか。
 やや化粧が濃く、ふくよかな唇と流し目が織り成す妖艶かつ穏やかな雰囲気は
 人妻っぽい空気を醸し出している。
「よう、静葉ちゃん。今日は町長と一緒じゃないんだな」
 以前、彼女は誘拐されかけたことがある。
 それ以降は外出の際、町長が必ず隣にいたんだけど……
「そりゃそーよ。母はお偉いさんだから忙しーの。いつも一緒なワケないじゃん」
「で、その代わりがこの方なのか。町長のお知り合い?」
「ごきげんよう、街の探偵さん」
 紹介を促してみたところ、静葉ではなくご本人がにこやかに笑み、
 話しかけてきた。
 上品な声。
 ただ、少しハスキーというか、外見とギャップのある声。
 はて……
「わたくし、静葉の祖母です。本日は面接の場を設けて頂きありがとうございます」
「……」
 声がどうこう言ってる場合じゃなかった!
 ってことは……え?
「あの……メールを下さったの、もしかして」
「ええ。わたくしです」
 女性は、ニッコリ邪気のない笑みを浮かべた。
 どうやら本当に静葉のおばあちゃんらしい。
 だとしたら、30どころの話じゃない。
 50……いや、60代の可能性もあるのか?
 町長の年齢が確か……

 ――――刹那。

「どわっ!?」
 どこからともなく赤色の缶が飛んできた。
 中身が入った缶コーラだ。
 ……赤はストップを象徴する色。
 どうやら、スナイパーが近くに潜んでいるらしい。
 デリカシーのない回想は控えよう。
 というわけで、町長の年齢は非公開として、問題はその町長の
 母親に該当する目の前の人物だ。
 彼女の先程の返答が何を意味するのか。
 実は、静葉の登場は予想していた。
 例の4通の応募メールのうち、【No.4】はどうせ静葉だろうと確信していたから。
 文面から洞察するのは実に容易だ。
 そう。
 容易に静葉が書いたメールだってわかる。
 ってことは、だ。
 念のために確認しておこう。
「静葉ちゃん、助手の応募メール送った?」
「え? なんでわかった?」
「探偵だからだよ。で、その……」
 チラリと、静葉の手を握る女性の方を見る。
「ええ。わたくしも応募致しました。二人で。ね、静葉ちゃん」
「そうそう! 静葉と祖母、仕事を取るか取られるかのライバルなんだ!」
 ……だ、そうです。
 きっと【No.2】のメールがそうなんだろう。
 …………パンデミック朝子……
「両者不合格」
「なんで!?」
 その場で結論を出した俺に、静葉が犬歯を剥いて飛びかかって来た。
「探偵の助手は興味本位でできる仕事じゃないの。お前はそんなことに
 クビ突っ込む暇あったら、友達と遊ぶとか勉強するとか誘拐犯を一撃で仕留める
 古武術でも身につけるかしときなさい」
「やだー! 助手やる! 貧乏探偵の助手やーるー!」
 暴れ出す静葉の背後で、パンデミック朝子さん(仮)がプルプルと震えている。
「どうして……このわたくしが不合格なのでしょうか……」
 声も震えていた。
 こ、怖い。
「僭越ながらわたくしめ、学生の時分より品行方正でいずれは社長秘書にと
 周囲から言われていた逸材です……何が、何がよろしくなかったの……」
「いや、その何と言うか」
 パンデミック朝子とかいう仮名の時点で色々アウトだし、それ以前に年齢的に無理だし、
 更にそれ以前に――――
「最低限の生活は月35万も必要ありません。35,000円あればできますし」
「あらあら、面白いご冗談」
 パンデミック朝子さん(仮)は口に手を当てお上品に笑った。
 おおう、なんたる経済観念の格差よ。
 音楽性が違いとはワケが違う、決定的な価値観の相違。
 相容れられるはずがない。
 ってか、そもそもおばあちゃん助手なんて無理があり過ぎる。
「そんな訳で、今回は縁がなかったということで。静葉ちゃん、
 アメあげるから今日はもう帰りなさい」
「ハッカ以外なら考えないでもない」
 むう、贅沢な。
「なら……ホレ、黄金糖」
「まあ。あらあら、すいませんねえ。静葉ちゃん、今日のところは
 これを貰ってお暇しましょう。探偵さん、ごきげんよう」
 何故か静葉ちゃんよりパンデミック朝子さん(仮)の方が食いつき、
 俺が手渡した黄金糖を手にホクホク顔で帰って行った。
 彼女の経済観念がいよいよわからない。
 というか、妖精とか妖怪並に現実感のないおばあちゃんだった。
 外見20代でもギリ通用するぞ、あれ。
 本気で人間とは思えない。
 いつか町長に詳しく話を聞こう。
 ……さて、弱ったぞ。
 応募4件のうち、3件が面接にすら辿り着けずに終わっちまった。
 あと一人は女子高生なんだけど、どうにも及び腰というか、
 メールの文面から怖いモノ見たさ的な空気が滲み出ている。
 使い物になるのかどうか……面接が成立するかどうかすら怪しい。
 この御時世、人材確保って大変なんだな。
 胡桃沢君みたいな優秀な助手、そうそういないのかもしれない。
 男性恐怖症、治るといいなあ……
 

 

 ――――1時間後。

「はい、どうぞ。開いてますので」
 予定の面会時間通りにやってきた応募者のノックに、俺は極力
 優しい口調で答える。
 やって来たのは、【No.3】のメールを送ってくれた女子高生だ。
 仮名すら名乗らず、意欲も感じられないあのメール、普通の就職活動だったら
 無視されるどころか人事担当者に説教されるレベルの内容だ。
 ってか、応募者全員プロフィールすら書かないってのはなあ……
 静葉は仕方ないけど、女子高生くらいの年齢ならインターネットで
 定型文くらい調べられるだろうに。
 そう心の中で愚痴りつつも、俺は一抹の期待を胸に、
 扉を開けて入ってくる応募者の顔を凝視した。
「ど、ども」
 黒羽根螺旋こと黒羽根留美音がそこにいた。
 ……微妙だ。
 意思の疎通ができるだけ、まだマシかと思ってしまった。
 実際には使えない可能性大なんだけど……
「あ、あの、面接」
「はい、わかりました。ではこちらにどうぞ」
「敬語怖い……普通に喋って」
「面接ですので」
 事務的なスマイルで着席を促しつつ、本日最初で最後の面接開始。
 応募4通あったんだけどなあ……どうしてこうなった。
「では履歴書を」
「あ、あい」
 こっちのビジネス的な反応にビビってるらしく、黒羽根はオドオドしながら
 黒いショルダーバッグから履歴書を取り出した。
 ってか、面接に来る服装じゃないってツッコむべきか迷うところだ。
 シックなのはいいとして、グレーのシャツに黒のデニムレギンスって
 コンビニ行く格好じゃねーか……しかも帽子脱がないし。
 まあ、TPOに関しては採用してから話すとして……
 ん、TPOって死語か?
 まあいい。
 とにかく履歴書を見てみよう。
「……空欄多いですね」
「よ、よくわからなかったんで」
 いや、そういう問題じゃない。
 名前と住所と学歴以外、空欄ばっかじゃねーか。
「と、得意な学科とか書くと、自慢してるみたいで怖い」
「いくら自己アピールが苦手でも、それはいき過ぎだ……」
 略歴とか趣味特技に関しては以前既に聞いている。
 とはいえ、なあなあで面接するんじゃ、やる意味がない。
 ……ま、探偵の採用不採用なんて、履歴書でどうこう出来る訳じゃないんだけどさ。
「志望動機は書いてますね……メールのコピペですけど」
 記載欄に記されてる文は『探偵助手の経験を積めばなんか変わる気がします。』。
 ホントそのまんまだな。
「なんか現状を変えたい、って思ってるんですか?」
「あ、あい。さすがに一日中、もこっちと会話してるのはマズいって思って」
 出た、もこっち。
 余りにもコイツがしつこく言うから、ネットで調べて若干知識入ってたりする。
 そういやコイツの私服、ネットで見かけたもこっちの私服とそっくりだな。
 二次喪女に毒される三次喪女……破滅以外の未来が見えない。
「アニメ化されて可愛くなったもこっちは、私には眩し過ぎる……遠い存在になった」
「可愛い……あれでか」
 なんかゲロゲロ吐いてる映像見たぞ。
「しかも、もこっちにはデキの良い弟がいるし」
「お前、一人っ子なのか?」
 ってか履歴書に家族構成書いて欲しいんだけど……
「一人っ子じゃない。姉がいる」
「姉も喪女?」
「喪女じゃない。ゆうちゃん」
 名前を聞いたんじゃないんだけど……待てよ、名前じゃなくて喪女と同じく
 何らかの用語か?
 詳しく聞いて発狂されても困るし、パソコンで検索してみるか。
 ……なんだこの画像。
 ゆうちゃんで検索した結果、色々ヘンな画像が出て来た!
 え?
 ゆうちゃんって人形?
 もしくは男?
 どっちだとしても怖くてこれ以上聞けない……
「お姉さんの話は置いておこう」
「置いておく」
 黒羽根が素直でよかった。
「まあ、アレだ。もこっちが憧れなのはわかるが、彼女を目指すのは
 どうかと思うぞ。色んな意味で」
「目指すの無理。敵わない」
 黒羽根は諦観の表情で首を左右に振った。
「アニメ化は私に残酷だった。もこっちのスペックの高さをまざまざと見せつけられた。
 声も私と全然違って可愛いし。もこっちはやっぱり喪女のエリートだという現実を
 突きつけられて、私も変わらないと、と思った」
 よくわからないけど、そういう動機らしい。
 まあ……元々彼女は俺の依頼人。
 依頼人の自己啓発に役立つのなら、採用してみるのもいいかもしれない。
 ……自分で思っといてなんだけど、自己啓発って言葉、なんか気持ち悪いな。
「わかりました。では、採用ということで」
「? なんで?」
 まるで採用される気がなかったかのような返事に、俺は頭痛を覚えた。


 

 で――――翌日。
 徹夜で仕事内容とか探偵助手の心得とか依頼人に失礼のない話し方とか
 レクチャーした結果、ギリギリだけど見通しが立った為、
 黒羽根に百合浮気調査の件を任せることにした。
「……」
 徹夜明けの黒羽根は、魂がどっかへ出張中らしく、黒目が半分消えている。
 なお、目の下には濃いクマがあるが、これは寝不足が原因じゃなく元々だ。
「じゃ、よろしく頼むな」
「あうあう」
「……本当に大丈夫か?」
「あうあう」
 コクコク、と頷く黒羽根。
 ここまで説得力のない首肯、中々見られるものじゃない。
 いや実際、スジは悪くないんだ、思いの外。
 探偵助手ってのは事務方の仕事が圧倒的に多いから、その辺を
 覚えて貰おうと思ったんだけど、予想以上にパソコンの操作が手慣れていて
 データの整理や処理は胡桃沢君より上手い。
 そして一番意外だったのは、速筆。
 助手の仕事の一つに、探偵の会話をメモ帳などに書き記す、所謂『文字起こし』
 ってのがあるんだけど、それが妙に上手いんだ。
 探偵業の文字起こしは、会話の何処に手がかりが隠されているかわからないから、
 基本要約せずに全部文字化して貰う必要がある。
 で、その場合は普通、話す速度に負けない為にかなり雑で本人以外読めないような
 字になるんだけど、コイツの場合は俺でもある程度判読できる字でしっかり
 文字起こしができる。
 意外な才能だ……と思ったんだけど、どうもアニメの音声を完璧に文字起こしするという
 趣味とも特技とも言い難いスキルがあるらしく、それが礎となっているそうな。
 どこで何が役立つかわからない。
 実際、人生なんてそんなもの。
 綿密にプランを練っても、そのプラン通りに生きられるとは限らない。
 俺だって、探偵になるなんて子供の頃は夢にも思ってなかったし。
 だから面白い。
 とはいえ――――黒羽根に今日を楽しむ余裕はなさそうだ。
「ま、最悪俺に携帯で連絡してくれれば問題ないから」
「しない。やれる。私やれる大丈夫」
 意外にも、黒羽根は積極性を見せた。
 思えばコイツの性格上、仕事の募集に応募するって時点でかなりの勇気を
 振り絞ったと推察できる。
 一体何がコイツを奮い立たせたのかはわからないけど。
「そっか……ま、がんばれ」
「がんばる。胡桃沢さんみたいにできないかもだけど、がんばる」
 そう言い残し、黒羽根は依頼人との待ち合わせ場所へ向かった。
 あいつにとって、胡桃沢君は『リア充』の象徴。
 もしかしたら――――本当の依頼動機は彼女のようになりたいという
 願望だったのかもしれない。
 さて……俺もとっとと依頼人の所にいかないとな。
 元彼の居場所を知りたい、だったか。
 ……ストーカー事件とか殺人事件に発展しないといいんだけど。
 いや、事件があった方が探偵的にはありがたいんだけどさ。
 自分の関わった調査が事件の引き金ってのは、あらためて考えるとさすがに色々と面倒だ。
 そんな不謹慎な想像をしつつ、俺は近くのファミレスへと向かった。


 

「……では、最長で一週間の契約となります。見つかり次第携帯にメールを
 送りますので、確認をお願いします」
「わかりましたー。よろしくですー」
 間延びした声の女性(顔も体型も普通だった)に見送られ、無事交渉は終了。
 通常プランで契約できた。
 成功報酬制で、全部込み込みで30万円。
 住所から何から全部調べることが条件だけど、まあ問題はないだろう。
 ……これでどうにか今月は乗り切れそうだ。
 元彼の話をする時の依頼人の瞳孔開いた目が怖かったけど、気にしても仕方ない。
 さて……あとは向こうか。
 結局、黒羽根は連絡をよこさなかった。
 上手くいってればいいんだけど、まあ素人なんだし、何も問題なく……ってのは想像し難い。
 先に百合な依頼人に連絡して、失礼があったら謝らないと。
 通話……と。
『あの子、殆ど喋らないから会話になりませんでした。アハハ』
 案の定だった。
『でも、無口な小動物系の女子も悪くないですね。一瞬コイツ食っちゃおうって
 思ったくらいですし』
「失礼があったことは心からお詫びしますけど、それは人として心の中の言葉に
 留めておくべき内容かと」
『アハハ。えっと、今回は依頼キャンセルってことで。あ、あの子が悪いとか
 今のやり取りがイラっとしたとかじゃないから。キョーコ、戻ってきたんです。
 あのド腐れメス猫、フラれてやんの。ざまあ。ざまあ! うひゃひゃひゃひゃひゃ!
 うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』 
「それは何よりでした」
 その後も不気味な笑い声で勝ち誇る依頼人(元)に適当に相槌を打ったのち、電話を切った。
 ……まあ、依頼人に悪い印象を与えなかったのなら上出来だ。
 契約できなかったのも、向こうの都合だしな。
 とはいえ……本人は落ち込んでるかもしれないな。
 私は精一杯やった、私は悪くない――――くらいの開き直りを見せてくれれば
 こっちとしては説教やフォローをしやすくなるんだけど、ガチで落ち込まれてしまうと
 どうにも対応に困る。
 何にせよ、電話を入れてみよう。
 ……出ない。
 流石に着信拒否はしてないけど、出る気はなさそうだ。
 ったく、面倒なヤツだな……フォローのメールしておくか。

『依頼人と電話で話して、お前の態度に問題はなかったという言葉を貰った。
 仕事に穴を開けることにならなかったから、こっちとしては問題なし。
 慣れない仕事をよくがんばってくれた。ありがとう。報酬支払うから事務所に顔出すように』

 ……これでよし、と。
 にしても、人を雇う、人を使うって難しいな。
 胡桃沢君が復帰するまでは一人でもいっか。
 本当は、浮気調査とか素行調査とかするのに最低あと一人は欲しいとこなんだけど
 胡桃沢君の復帰も近いし……ん、メール届いたな。
 黒羽根か?

『脚骨折しちゃいました……×_× 全治一ヶ月だそうです。スイマセン……』

 ……胡桃沢君、骨折の報。
 御丁寧に松葉杖姿の画像も添付してあった。
 なんてタイミングだ!
 天はどうしても俺に新たな臨時助手を雇って欲しいのか。
 また募集するのもなあ……まともな人材来そうにないぞ。
 仕方ない。
 しばらく、あの喪女を助手として雇うとしよう。
 学校もあるし、あんま役立ちそうにないけど……ん、メールだ。

『報酬いらない。やっぱり私は自分の部屋で引きこもって一人で惨めに死ぬのがお似合い。
 二度と迷惑かけないから許して許して許して許して死ぬ許して許して許して許して許して
 許して許して死ぬ許して許して許して許して死ぬ許して許して許して許して許して許して
 許して許して許して死ぬ許して許して許して許して死ぬ許して許して許して死ね許して』

 ……一個『死ね』が混じってるぞ。
 打ち間違いじゃないとしたら、逆ギレが過ぎる。
 っていうか、ほぼ呪いのメールじゃねーか!
 ちょっと怖いわ!
 困った臨時助手だ。
 こんなのをこれからどうやってパートナーにすりゃいいんだ……?
「ハァ……」
 思わずカタカナでため息。
 俺は頭上に浮かぶ涙ぐんだ夕日に向かって『泣きたいのはこっちだ』と叫びたい心境を
 強引にねじ伏せつつ、ヤツのドM心を擽るような返信を脳内で練り始めた。








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