Kumusta ka?
 タガログ語でご挨拶、狭間十色だ。
 何処の国の言葉かは各自で調べてくれい。
 さて……突然だけど、俺は今困窮している。
 貧窮もしているけど、困窮の方が今は大きい。
 正確には困窮に貧窮の意味も含まれているんだけど……
 ああ、ややこしいな。
 とにかく困ってる。
 原因は、今目の前にいる共命町の町長、小田中加奈枝さんだ。
 突然押しかけて来て、応接用の椅子に無言で座ったまま
 こっちをずーっと凝視してる。
 町内会費の催促かと思ったけど、それならとっくに
 俺の首を締め上げて呪詛を撒き散らしていることだろう。
 何か他の目的があって、ここへ押し入ったのは間違いない。
 もしや……黒羽根の件だろうか。
 確か町長、胡桃沢君を助手にした時も難癖つけてきた記憶がある。
『また別の女を連れ込んでるらしいじゃない!』とか
 言い出す気なのかもしれない。
 今、ここに黒羽根はいない。
 平日の午前中なんで、学校だ。
 ……下校するまで待つ気じゃないだろな。
 加奈枝さんはいい人だとは思うが、圧がハンパない。
 偶に本気で借金取りと見分けがつかないことがあるし。
 できれば遭遇は一ヶ月に一度、一分くらいで済ませたいタイプだ。
「探偵」
 う……なんかいつもと声のトーンが違う。
 合法的に俺を潰そうとしているんだろうか。
 そんなに悪い事した記憶ないんだけどな……
 町の風紀を乱した訳でもないし。
 つーか、娘さん助けてあげたばっかだし。
 それなのに恐れてしまうこっちに問題があるのか?
 でも考えてみてくれ。
 平日の午前中に町長がやってきて、黙ったまま睨み続けてくるなんて
 状況、ポジティブに捉らえる方がおかしいだろ?
 どうせロクでもない事態が待ち受けているに決まってる。
「な、なんでしょう」
「お前を男と見込んで頼みがある」
「……男と見込んで?」
 探偵と見込んで、じゃなくて?
 まさか……娘の静葉ちゃんをヨメに貰ってくれとか
 言い出すんじゃないだろな。
「誰がお前なんぞに静葉をやるかーーーーーーーっ!
 この甲斐性なしの貧乏探偵めがーーーーーーっ!」

「わあっ、すいませんすいません。どうして俺の思考を盗み読みしたのか
 しらないけど、とにかくすいません!」
「全く……頼みっていうのは、この町についてのことだ」
 この町――――共命町のことか。
 町の探偵さんとしては、襟を正して聞かねばなるまい。
「実はこの共命町、十九年連続で観光客が減少している」
「それはまた……」
 俺が生まれて一度も増えてないってことになる。
 まあ、共命町って別に観光名所も名産品もないし、
 観光で足を運ぼうって町じゃないからな。
「この町は観光に力を入れてる訳じゃないが、幾らなんでも二十年連続となると
 町長として恥ずべきことだ。そこで、今年は町おこしをして観光客を
 呼び込むことにした」
「いいじゃないですか。町おこし。なんかお菓子みたいで甘い響きなのがいい感じ」
「真面目に話を聞け! とにかく町おこしをする。その為には柱が必要だ。
 町おこしの柱となる存在がな」
 当然だ。
 町おこしってのは地域活性化が狙いであり、その為には観光客を呼び込んで
 内部だけでなく外部にも経済面の風通しをよくする必要がある。
 でも単に「町おこしやってます」って言った所で、観光客が来るはずもない。
 元々ある名産品、特産物を喧伝して『気付いて貰う』、若しくは
 一から新しい何かを生み出して『気を惹く』ことが重要だ。
 なるほど、話が見えてきた。
「その町おこしの柱として、俺に白羽の矢が立った訳ですね。
 たった一度の人生捨てる、見た目は中卒、頭脳も中卒。
 その名は中卒探偵、狭間十色!
 いいでしょう、その大役、引き受けます」
「……なんだ今のは」
「最近考えた、新キャッチフレーズです。高校中退の経歴を
 最大限に活かしたキャッチーなフレーズでしょ?」
「キャッチーって言うか……ちゃっちいフレーズだな」
「なんだと!?」
 バカな……黒羽根もベタ褒めしたナイスなフレーズだというのに。
 あのイエスマン、もといイエスモージョめ、さては適当に流しやがったな。
「あと、別にお前を町おこしの柱にするなんて案はない。なんで探偵を
 町おこしの軸にしなきゃならないんだ、アホか」
「……え?」
「お前に頼みたいのは町案内だ。町の探偵さんなんて言われてるくらいだし、
 この町の地理には詳しいだろう?」
 ……町案内?
 それって、探偵の業務の範疇なのか……?
「実は町おこしの一環で、共命町のゆるキャラを作ることになってな」
 ゆるキャラ……確かに最近、町おこしとセットになってる感はある。
 何番煎じかわからないくらい煎じられてカスカスな手だとは思うが、
 老若男女に受け入れられる点では有効かもしんない。
 ……探偵がゆるキャラに負けるとは、不本意極まりないけど。
「で、依頼したデザイナーが言うには、ゆるキャラをデザインするために
 一日かけて町を練り歩く必要があるそうだ。その町を目で見て、匂いを嗅いで、
 肌で感じて、初めてインなんとかが湧くらしい」
「インスピレーションです」
「そう、それ。なんで探偵、そのデザイナーの町案内を頼む」
 パチン、と手を合わせ、町長は懇願してきた。
 つーか……完全に役所仕事じゃないか、これ。
「そのデザイナーってのが、なんでも現役女子高生らしくてな。
 同世代の人間のほうが気兼ねなく回れると……」
「引き受けましょう、男と見込まれて」
 ビシッ、と虚空を指差し、俺は快諾した。
 言っておくが、女子高生なんていう響きに心が動く俺じゃないぜ。
 JKという淫猥なイニシャルなんてこの際どうでもいい。
 だけど、女子高生の身でプロのデザイナーとして生計を立てているという
 その人物には興味がある。
 プロとしてのメンタリティーを持つ同世代の人間とふれあう機会は
 大事にすべきだ。
 それに、下手な依頼より報酬貰えそうだし。
「ちなみに、報酬は滞納中の町内会費をチャラにすること。異論はないな?」
「なんだとっ!? バカなことを言ってんじゃないよ!」
「目上の者に対してバカとはなんだバカとは! この滞納探偵!」
「じゃかましい! 町内会費数ヶ月分なんて微々たる額じゃねーか!
 町長だからって下手に出てりゃいい気になりやがって! ナメんな!」

 ――――その後、30分ほど揉めた挙げ句、夏の盆踊りイベントの寄付を
 免除するというプラスαで手を打った。

 


 で、あっという間に当日。
「……」
 氷のように終始カチカチの状態で立ち尽くす黒羽根と共に、
 待ち合わせ場所に指定された駅前広場でデザイナーの到着を待つ。
 胡桃沢君なら、もう少しマシだったろうけど……まだ復帰のメドは立っていない。
 骨折ってそう簡単に治るもんじゃないからな。
 それは仕方がない。
 とはいえ……
「デザイナーの人はお前と同世代の女子高生なんだから、俺よりお前が
 話し相手になるのが自然なんだぞ? そんなにカタくなってどうすんだ」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」

 黒羽根、故障。
 ま、いつものことだ。
「初対面の人と話すなんて無理」
「……お前、社会に出たらどうやって生きていくんだ?
 コンビニで肉まんも買えないじゃんか」
「店員は問題ない。でもコンビニで肉まんはハードル高い」
 高いのかよ……普通に頼めばいいだけじゃねーか。
「基本、事務的な対応する他人ならイケる。フレンドリーなのはダメ。
 毎日顔合わせるクラスメートとか論外」
「それでなんで俺が平気なんだよ?」
「たまたま」
 どんな理屈だ。
 波長が合ってるわけでもないし。
「とにかく、事務的ってことは仕事として話す分には問題ないんだろ?
 だったら、これから会うデザイナーも仕事と割り切って対応してくるだろうし
 問題ないだろ」
「それなら問題ない。でもフレンドリーだったらアウト」
 面倒な……
「あと、沈黙もそれはそれで無理。話繋いで」
「わかったわかった」
 黒羽根の将来が心配でたまらない。
 まともな人生歩めるんだろうか。
 正直、ここまで関与した以上は他人ごとにもできないしな……
 人並みとは言わないが、ちょっと会話が苦手くらいのレベルにまで
 引き上げるのが俺の役目なんじゃないかと本気で悩む今日この頃。
「あの……すいません。狭間十色さん……でいらっしゃいますか?」
 なんで探偵が性格改善カウンセリングの真似事なんてしなきゃ
 いけないんだ、と辟易していたところに、背後から突然の女声襲来。
 どうやらデザイナーさんが来たようだ。
 時刻はピッタリ。
 芸術肌の人は時間にルーズって先入観があったけど、そうでもないらしい。
「はい、そうです。私がはざま探偵事務所所長、狭間十色で……」
 クルリと優雅に振り向きながらダンディーに自己紹介しようとした
 俺の視界に、異物が混入した。
 これは別に、目にゴミが入った訳ではない。
 入ったのはゴミじゃなく、落書きだ。
 落書きが立体化している。
 いや、落書きというか……前衛的というか……
 極限にデフォルメされたフォルム、異様に大きく顔面の半分以上を占める目ン玉、
 白く細い何かが描かれたユルい身体、そして全体的に幼児が書いたかのような
 均整の取れていない散らばり具合が衝撃的な姿だ。
 これはアレだ、着ぐるみってやつだ。
 ゆるキャラの着ぐるみなのか。
 デザイナー、着ぐるみ持参で登場。
「あの……私、おかしくないですか?」
「忌憚ない意見を言いますと、全身漏れなくおかしいです」
「や、やっぱり……私のデザイン、ダメダメなんですね……」
 なんかピントがズレまくった落胆をし始めた!
 こ、これが……女子高生デザイナー……
 プロフェッショナルの同士として、相見を熱望した相手……
「いや、デザインがおかしいんじゃなくて……普通、着ぐるみ着て来ます?」
「私、極度の人見知りで……初対面の方と素顔なんて晒せません」
「なら今までどうやって仕事を……」
「はい……僭越ながら、こうやって」
 つまり、仕事相手と会う時は常に自分のデザインしたゆるキャラの
 着ぐるみを着ているらしい。
 なんてこった!
 変人じゃねーか!
 変人のプロじゃねーか!
 ったく……いくらプロ意識を共有したいとはいっても、
 変人のプロとシンクロしたくはないぞ。
「人見知りでもデザイナーになれる、やったぜ……と。メモメモ」
 むしろ黒羽根がシンクロしたらしく、希望が拓けたことへの歓喜をメモしていた。
「そんな訳なので、このままで案内されてもよろしいでしょうか」
「まあ、目立っても別に困りはしないですし、構いませんけど」
「ありがとうございます。探偵さん、優しい人でよかった……」
 しみじみとした可愛らしい声で、ゆるキャラが喋ってくる。
 例えばこれが可憐な少女の姿だったら胸にクるものがあったのかも
 しれないけど、眼前にいるのは目ン玉が半分飛び出て明後日の
 方向を見ているクリーチャーだ。
 そこに生まれるのは混沌のみ。
「……じゃ、とっとと行きましょうか。車はありませんけど、問題ないですね?」
「はい。ちゃんと電車にも乗れましたし。皆さんスマホでカシャカシャ写していましたけど」
 日本って平和だよな、と改めて思った。

 


 繰り返しになるが、共命町は観光名所が一切存在しない。
 かといって、他に見所がある訳でもない。
 なんか曰く付きっぽい町の名前だけど、かといって実際に
 曰くがある訳でもないし、何かで栄えている町って訳でもない。
 なんで、見学すべき場所を敢えてセレクトするとすれば――――
「ここがシャッターで有名な商店街です」
 かつては町の中心地だった共命町商店街。
 駅ができてからは駅前が、そして景気が悪化してからは郊外が
 ショッピングの舞台になってしまったんで、既に二代前の主役だ。
 まともに店を開いているのは、菓子店と美容院と歯医者と郵便局くらい。
 警察や銀行すら郊外に逃げてしまった。
 そういう意味では、今の共命町の状況をよく現した場所だ。
「素敵です……この寂れ具合、哀愁を感じます」
 幸いにも、デザイナーの方は好意的に――――
「……あの、名前聞いてませんでしたよね?」
「あっ、うっかりしてました」
 自己紹介を忘れるとは……もしや天然か?
「私、路傍市のイメージキャラクター、〈ろボーン〉です」
「いやそっちじゃなくて、本人の方!」
「ああっ、すいません」
 ろボーンという名前の着ぐるみがワサワサと動き出す。
 悶えているらしい。
 あと、名前がわかったことで、身体に描かれている白いのが
 骨だと判明した。
 目玉ボーン、身体boneってことらしい。
 ついでに、完全に天然だと判明した。
 ハッキリ言おう。
 苦手なタイプだ。
 もっと言おう。
 関わり合いになりたくないタイプだ。
 更に言おう。
 絶対に前世で敵同士だった筈だ。
 ……とはいえ、彼女を案内するのが俺に課せられた仕事。
 探偵たるもの、自分の適合性で仕事への意欲を変える訳にはいかない。
 例えこれが探偵としての業務とは何ら関係のない、アルバイトに
 等しい仕事だとしてもだ!
「人見知りで天然、それって卑怯じゃね……メモメモ」
 俺とは違う意味で、黒羽根も微妙に反感を覚えた様子。
 いや、何も悪い事されてないのに嫌うのはどうかと思うんだけど、
 こればっかりは仕方がない。
「すいませんでした。では行きましょうか。お腹も減ってきましたし」
「いや、だから自己紹介!」
「あああっ」
 ……もしや、名乗りたくない理由でもあるのか?
「私、及川瑪瑙(おいかわ めのう)といいます。ご紹介が遅れました」
 全然そんなことなかった!
 一瞬、中身は実は胡桃沢君でしたー、とかそんなオチ期待してたのに!
 ……それはともかく。
 瑪瑙、確か宝石の一種だったような記憶。
 なるほど、天然瑪瑙か。
 名は体を表すとはよく言ったもんだ。
「ちなみにペンネームです。本名は佐藤美咲と言います」
 本名はフッツーだった!
 検索したら100人くらい別人のアカウントが出てきそうなくらい普通の名前だ!
 全然表してなかったかー。
 にしても、黒羽根といいりりりり先生といい、俺って妙に偽名と縁があるな。
 自分が偽名っぽい名前だからかもしれない。
「できれば、ペンネームの方で呼んで頂きたいです。本名で呼ぶのは
 両親くらいなので……学校に友達、いなくて」
「了解しました。だったらわざわざ本名晒すなという気もしますけど、
 そうしましょう」
 きっとデザイナーとしての仕事が忙しくて、学校で友人関係を
 築く暇もないんだろう。
 天然ではあるが、その点は共感できるな。
「友達いない方がクリエイターっぽい」
 お。
 メモは止めたのか、ポツリと黒羽根がコミュニケーションに参加してきた。
 キーワードは〈友達いない〉
 ここに来て完全に共鳴を覚えたらしい。
「あ、ありがとうございます」
 そこで礼を言うのも妙だとは思うが、着ぐるみを着た及川さんは
 黒羽根にペコペコし始めた。
 心情を理解して貰えたと思ったのか、こっちはこっちで黒羽根に
 何か共鳴する要素を見出したのか……
 何にしても、いつまでも一所にいたって仕方ない。
 名前も判明したことだし、次へ行こう。


「というワケで、次はココ。税務署です」
「ど、どうして税務署に……?」
 狼狽する及川さんに、俺は目をキラリと光らせ説明を始める。
「ゆるキャラ関係で一番お世話になる場所ですから」
「そ、そう言われると確かに……でも私の場合、デザインしたゆるキャラは
 全部著作権買い上げなので……」
「後々のコトを考えたら仕方ないですかね」
「はい。沢山使って貰えた方が仕事を得やすくなりますので」
「ですね。俺も似たようなスタイルです。相談料を抑えて……ふおっ!?」
 着ぐるみと会話が弾む中、黒羽根が俺の脇腹をコショコショとしてきた。
「な、なにすんだお前!」
「説明して貰わないと、何言ってるか全然わかんないし」
「いやに積極的に介入してくるな……珍しい」
「税金関係には興味津々」
 黒羽根がやたらギラついた顔を見せてくる。
 それに対し、俺ではなく及川さんの方がゆっさゆっさと反応を示した。
「えっとですね、デザインの著作権については様々な契約方式がありまして、
 例えば『どんなふうに使って貰っても自由ですよー』という契約もあれば、
『名前はいいけどデザインを使う時には私に許可を求めて下さいねー』という
 契約もあります。後者の場合は買い取り方式に使用許諾方式を一部採用する形ですね」
「デザインを使用する場合、普通は著作権所有者に使用料が支払われるんだけど、
 その使用料をどういう払い方で支払うか、ってのを契約で決めるんだ。
 買い取り方式の場合、極端なことを言えば使用料を受け取る権利を
 買い取るってことで、最初にまとまったお金を受け取る代わりに
 どれだけデザインしたキャラを使われても使用料は貰えない」
 だから、仮にデザインしたゆるキャラがくまモン、ふなっしーレベルの
 大ヒットキャラになれば、相当な使用料が発生する。
 でも、かといって買い取り方式が不利かというと、そうでもない。
 使用料を払う必要がないからこそ、喧伝して露出を多くし、知名度を
 上げるという戦略が可能になる。
 デザイナーとしての名前を広める上では、こちらの方が有効だ。
「そもそも、買い取り以外での契約は殆ど結べませんけど」
「町おこしにゆるキャラを使う時点で、相当財政的には切迫してるでしょうしね」
「ヤな話を聞いた……クリエイターって大変なんじゃん」
 黒羽根は微妙に凹んでいた。
 まあ今のご時世、印税や使用料でウハウハなんて話、そうは転がってないだろう。
「大変……といえば大変かもしれません。謂われのない誹謗中傷を受けることも
 ありますし、中にはストーカーまがいの行為をしてくる人もいます。それでも、
 自分がデザインしたキャラが受け入れられた時の充実感は特別なものがあるんですよ」
 及川さんがしみじみと語ったところで、話は上手くまとまった。
 外見は落書きだけど……
「世の中がこんなヘンテコなデザインに酔いしれるなんて、
 それはもう愉快で愉快で……」
「それは思ってても言っちゃダメなヤツだろ!」
「す、すいません! つい本音が!」
「だからそれも言っちゃダメなヤツだ! せめて『ろボーンはこういうキャラ
 なんですよ』とか言って誤魔化しなさい!」
「ろボーン?」
「アンタがデザインしてアンタが着込んできたそのゆるキャラの名前だっ!」
「そ、そうでした!」
 天然キャラなのか腹黒キャラなのか、もうグチャグチャだ……

 


 で――――その後も色々と問題発言や問題行動があったものの、
 どうにかこうにか案内は無事終了。
「イメージ掴めました。今日中にデザインのラフを担当さんに提出します。
 探偵さん、ありがとうございました。とっても楽しかったです!」
 まだ暑い季節にあって、最後まで着ぐるみを脱がないまま
 及川さんは電車に乗り込んで去って行った。
 やっぱり、クリエイターって変なんだな、基本的に。
「人見知りが社会に出るって、あんな感じにならないとダメか……無理過ぎ」
「アレは特殊な例だから参考にするな」
 黒羽根を諭しつつ、俺は今回の仕事を引き受けたことを
 思いっきり後悔していた。
 報酬も支払いの免除だけで、直接現ナマが貰える訳じゃないし。


 ――――けど、本当に後悔するのはこの五日後のこと。


「……盗作?」
 再度事務所を訪れた町長の口から、そんな言葉が言い放たれた直後だった。










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