盗作――――それはクリエイターにとって、最大の恥であり最大の禁忌。
 誰もが自分のオリジナリティを誇示したくてクリエイターになるというのに、
 自分以外の誰かの作品をコピーして自分のモノであるかのように吹聴するという
 本末転倒な行為だ。
 だが、それでありながら、盗作はいつの世にも発生する事案でもある。
「盗作って……共命町のゆるキャラが、ですか?」
「そうなんだよ。なあ、どうすりゃいい? こういう場合の対処って
 あたしゃ全然わかんないんだよ。でも、責任者としてはいち早く動かないと
 マズイし……あー、困った」
 珍しく町長が頭を抱えている。
 話を聞くところによると――――及川さんが送ってきた共命町の
 ゆるキャラをデザインしたラフ画をいち早く町のホームページに
 掲載したところ、昨日夜に別のデザイナーから『このラフ画は自分が
 以前デザインしたゆるキャラのパクリだ』という指摘のメールが
 届いたらしい。
 早急に取り下げないと、ツイッターでこの事実を拡散すると
 脅迫めいた文まで綴ってたそうだ。
「で、そのデザイナーが盗作と主張するゆるキャラってのは?」
「一応比較のための画像を作って印刷して貰ったから、見てみ」
 町長が緩慢な動作でクリアファイルに挟んだ紙を見せて来た。
 結構堪えてるみたいだな……無理もないけど。
「それじゃ、拝見」
 紙には二種類のゆるキャラが上下に印刷されていた。
 下がラフ画。
 こっちが及川さんのデザインしたゆるキャラだろう。
〈ぐみょーん〉と書いてある。
 共命町(ぐみょうちょう)からとった名前だ。
 問題はデザイン。
『グミっぽい色ツヤ』と指定しているボディに、丸い目とニッコリ口が
 描かれている。
 ぐみょーん、だけにグミか。
 ……って、ホントに名前だけだな!
 あの案内、なんの意味もなかったんじゃねーか!
 何の為に一日費やして歩き回ったんだ!
 敢えて言えば、笑顔の中にも若干引きつった感じがあり、そこに一抹の寂しさを
 感じるのは、この街の寂れた現状を微かに示している証拠か?
 いや、どうにかしてあの一日の意義を見出したい感情が俺に
 そんなムリヤリな解釈をさせてるだけかも……
「探偵?」
「あ、すいません。チャチャッと見ます」
 町長に促され、慌てて上の方のデザインを見る。
 確かに……似てる。
 つーか、ほぼ同じだ。
 目の大きさとか、口の上がり具合とか、光沢の有無とか
 細部は異なるものの、全体像はそっくり。
 そもそも、デザイン自体シンプルなコトこの上ないんで、
 他にも似たようなデザインのキャラがいても不思議じゃないくらいだ。
「どう思う?」
「似てるのは間違いないです。でもゆるキャラなんてデフォルメの極地なんで、
 何処かしらと似るものでしょう? ましてこのブームの真っ直中だと
 似たデザインのキャラなんて山ほどいますよ」
「でも、先方は大変お怒りだ。風評被害の可能性を考えたら
 放置する訳にもいかないだろうし……あー、ホントに困った」 
 ツイッターの風評被害は侮れないものがある。
 それで店が潰れたなんて事件、最近もあったからな。
 ってか、ゆるキャラの盗作ってどの辺までアウトなんだろう?
 ふなっしーときゃべっしーくらいまで行くと、そりゃダメだろって
 誰でも思うだろうけど。
 つーかあの件、誰か止めるヤツいなかったのか。
 なんにしても、盗作のデッドラインってのは知っておく必要がありそうだ。
 ってな訳で、ガラケーの出番。
 通話先は――――清田りりりり先生だ。
『とととと盗作のデッドラインですか……そそそそれでしたら、わわわ私より
 たたたた担当さんの方が詳しいと思いますので、きききき聞いてみますね』

 その四分後――――清田りりりり先生の担当の女性から直接電話が掛かってきた。

『一年くらい前に、ゆるキャラの盗作が問題になったことがあって、
 その時は盗作した本人が認めていましたけど、その事例の比較画像を
 送りますので、確認してみて下さい』

 仕事はえー。
 やっぱりヒット作を手がけてるマンガ家の担当って有能なんだな。
 と、感心もそこそこに確認。
 ……まんまどころの話じゃないな。
 竜をデフォルメしたデザインだけど、微妙に身体の模様が違うだけで
 完全コピーっつってもいいくらいだ。
 これは流石に言い訳しようがない。
 でも、今回の件はもっとシンプルというか一般性の高いデザインだ。
 極端に言えば、サビに『ドレミファソラシド』のメロディを用いた曲を
『ドレミの歌のパクリだ』と言っている感じに近い。
 とはいえ、確かに酷似したデザインなのも事実。
 取り敢えず、比較画像を担当の人に送ってジャッジして貰うことにした。
 結果――――
『なんとも言えないですね。ゆるキャラの盗作を裁判で争ったという
 判例も私の知る限り記憶にないですし……』
「ですよね。俺もないです」
『私個人の意見では、別のデザインに変えた方が賢明だと思います。
 もしそれで先方が何か損害賠償的な事を訴えてきても、
 ラフ画をホームページに掲載した段階でそこまでの法的根拠は認められないと
 思います。あくまで私の見解ですので、断言はできませんが……』
 担当の人は予想以上に親身になってくれた。
『他人事じゃないですからね。先生が新キャラのデザインをする度に、
 他の作品と酷似してるかもって恐怖はありますから。実際、裁判になると
 本当に、本当に大変なんです、本当に……』
 地獄を見てきた人間の言葉――――のような響きがあった。
 担当って大変な仕事なんだな。
 しみじみそう思いつつ、お礼を言って電話を切る。
 そして会話内容を町長にそのまま伝えた。
「やはりそうするべきか……でもなんか、メールの内容見る限り
 粘着質というか、厄介そうな相手なんだよな……」
「盗作だと訴えてきた人が、ですか?」
「ああ。苦手なタイプなんだよ。それで昨日から具合が悪くてな……」
 すっかり元気のない町長は、椅子にもたれ掛かるように天井を仰いだ。
 町長も大変な仕事だ。
 世の中、楽な仕事なんてそうそうないって事だな。
 当然、探偵だってそうだ。
 仕事自体が少ない。
 暇な時間が多いってのは楽さにも思えるが、必ずしもそうじゃない。
 明日が見えない恐怖はとにかく耐え難い。
 だから、仕事を嗅ぎつけるのも探偵に必要な才能だ。
「なら、賭けてみます?」
「賭けるって……何をだ?」
 俺は自分から仕事を生み出すことにした。

 


 その日の夕方――――
「大事件」
 学校帰りの黒羽根が、息を切らして事務所へとやって来た。
「ああ、もうお前の耳に届いたのか。そうなんだよ、この前のデザイナーが……」
「捕まった」
「え!? マジで!?」
 いやいやいや、幾らなんでも早い、早過ぎる。
 共命町の警察、そんなに仕事早くないだろ。
 つーか盗作で即逮捕なんてあり得ない。
 そもそもまだ公にすらなってないってのに、なんでそんなことに……
「喪服の死神が捕まった」
 ……ん?
「もう伏せ字にする必要ない。喪服の死神ザマぁ。怪人801面相ザマぁ。
 これで黒バスは自由を得た。もう怖いものなんてない」
「……いや、何を言ってるのか全然わからないんですけど」
「お祝いのケーキ買ってきた。遠慮せず食べていいから」
「いやだから何の祝いだよ! こっちはそれどころじゃないんだよ!」
「?」
 何か知らんけど、黒羽根は超浮かれていた。
 喪女にとって(或いは腐女子にとってか?)、ハイテンションになる
 出来事があったらしい。
 クリスマスとかにしか見ないような6号くらいのホールケーキが
 それを如実に現している。
 チョコレートケーキなのは、黒羽根という自分の苗字に寄せてるのか
 単に好みなのか……
「って、今はそんなんどうでもいい。とにかく黒羽根、手伝え」
「手伝う」
「内容も聞かず即答かい!」
 相変わらず無駄に素直だな……
「で、何を?」
「ああ……実は」
 盗作の件を黒羽根に掻い摘んで説明。
 そしてここからは、探偵業の話だ。
 俺が生み出した仕事、それは――――
「盗作だって訴えてきたヤツを調べる……?」
「そう。徹底的にな」
 要領を得ないという感じの黒羽根に対し、俺は力強く頷いた。
「あのデザイナーの……及川って人じゃなくて、そっち? 何で?」
「でっち上げの可能性があるからだよ。盗作ってのが」
「……どうしてそうなんの。だって、クリソツなんでしょ」
 確かに、デザインは酷似している。
 実際に盗作に該当するかどうかはともかく、それは間違いない。
 でも――――この件、明らかにおかしい。
「仮に、盗作だと主張しているデザイナーを『D』としよう。
 ラフ画が共命町の公式サイトに掲載されたのは、四日前。Dが盗作だと
 訴えてきたのは昨晩。つまり、掲載後たった三日で自分のデザインと似た
 ラフ画を見つけたってことになる。早過ぎないか?」 
「検索してたらたまたま見つけた、とかじゃないの」
「だとしたら、どんな検索ワードを使ったと思う?」
「……」
 黒羽根は下にクマの出来た目を泳がせつつ思案していたが、
 イマイチ答えに辿り着けずにいる。
 クリエイターの中には、常に自分の作品と酷似したデザインを
 探し回るという異端者もいるのかもしれない。
 だとしても、共命町に縁のないデザイナーが共命町のゆるキャラを
 検索する可能性なんてゼロ。
 当然、常時閲覧している筈もない。
 なら、どんな検索ワードなら引っかかるのか――――
 答えは一つしかない。
「及川さんだよ」
 待っていても話が進みそうにないんで、俺が答えを提示した。
「ラフ画を掲載する時には当然、そのデザインをした人の名前を公表する。
 いや、中には匿名希望ってデザイナーもいるけど、今回の場合は
 町側が発注してるんだから、ネームバリューも踏まえての依頼なのは明白だ。
 実際、『及川瑪瑙』って名前が公式サイトに載ってる」
 パソコンのモニターに表示されているサイトには、まだラフ画とその
 説明文が掲載されたままになっている。
 消去すればDが調子付くのは目に見えてるから、そのままにしておくよう
 町長に言っておいた。
「今の段階でDがこのラフ画を発見する可能性がある検索ワードは『及川瑪瑙』しか
 ない。デザイナーに関連のある要素自体、彼女の名前しかないからな。
 仮に『ゆるキャラ』で検索しても、まだ共命町のサイトは表示されない」
 例えば、ツイッター上でラフ画を公開したとなれば、Dのファンあたりが
 偶々それを発見して、『盗作だ』と報告したり呟いたりしたかもしれない。
 でも公式サイトでのみの掲載なら、この可能性もゼロではないはいえ、
 殆どないと言い切っていいだろう。
 となれば、現時点では無視していい。
 可能性が高いところから検証するのが合理性であり、探偵の基本姿勢だ。
「……もしかして、Dって及川って人のストーカー?」
「冴えてるな黒羽根。それが一番あり得る」
 そして、仮にストーカーだとしたら、盗作だという訴えそのものにも
 疑問符が生じてくる。
 そもそも、ラフ画の段階で盗作だと訴えること自体、不自然なんだよな。
 幾ら公開しているとはいえ、下書きに過ぎないんだから
 完成形が違うものになることは十分にあり得る。
 
「憶測の域はでないけど、及川さんの成功を妬んでの犯行かもしれない」
「最悪。捕まればいいのに」
 何故か黒羽根がキレた。
 そんなに及川さんに肩入れしてるのか?
 なんかちょっと違う気もするけど……まあいい。
「とにかく、Dの正体を暴こう。まずはネット上で問題発言、問題行為が
 ないかをくまなくチェック。頼めるか?」
「やる。スマホ使いの黒羽根螺旋に任せるがよい」
 若干カチンときたが、いつになくアグレッシブな黒羽根のやる気を
 削ぐ必要は何処にもない。
 頑張って貰うとしよう。
 

 ――――そして一時間後。
 

「胸くそ悪。死ねばいいのに」
 一段落したところで、黒羽根が吐き捨てるように呟く。
 案の定、ツイッターで暴言吐きまくりの人物だったようだ。
「こいつ人格歪んでるから、絶対こいつが悪いに決まってる」
「お前が人格云々言うか。着拒したこと、まだ覚えてるからな」
「あれは私の守護霊が自発的に……」
「やかましいわ! ったく……」
 とまあ、こういう冗談を言い合えるくらいの意思疎通は可能になった。
 黒羽根がここにきて、結構経つしな。
 さて、それより――――
「こっちも色々わかった。限りなく黒いグレーって感じだ」
「何がわかった?」
 スマホを持ちながら、黒羽根は俺のデスクの傍まで来て
 パソコンのモニターを凝視し始めた。
 そこに映っているのは、Dの個人サイト。
 例の盗作されたと訴えているデザインも、そのサイトの『仕事歴』って
 ページに掲載されている。
 そこには更新履歴も同時に掲載されていて、問題のデザイン画像が
 更新されたのは、今から一年近く前となっている。
 とはいえ、これはあくまでDが書いたものであって、真実かどうかはわからない。
 というのも、不審な点がいくつかある。
 例えば、仕事歴のページなのに、このデザインに関してはどの仕事で
 デザインが使われたのか表記されていない。
 尤も、他の画像にも同じように未掲載のケースが散見されるから
 単にズボラなだけという可能性もある。
 また、仕事歴のページに関しても不可解な点がある。
 記載自体は、今から半年前の時点で止まっている。
 つまり、半年前の仕事までしか記録していない。
 なのに、このページの最終更新日時は『二日前』だ。
 ホームページの更新日時を調べる方法は簡単で、そのホームページを
 表示した状態でアドレスバーに『javascript:alert(document.lastModified)
 と入力してEnterを押せばいい(IE以外でも可能かどうかは知らんけど)。
 つまり、半年ほど新しい仕事の記載をしていないにも拘らず、
 つい一昨日更新をしていることになる。
 とはいえ、これも『盗作かどうかを自分のホームページで今一度確認し、
 そのついでに細部を訂正し更新した』などの可能性がある。
 どちらも怪しいが、決め手にはならない。
 もし、及川さんのラフ画公開日以降にDのデザイン画像が作られた
 という証拠があれば、それが決め手になるんだけど……
 プロパティを見ても確認は不可能。
 画像の作成日時を調べる方法ってないんかな……
「コイツ、他のデザインの時はツイッターで散々宣伝したりウンチク語ったり
 してるのに、盗作デザインのヤツだけは何にも呟いてない。超怪しい」
 ツイッターの履歴をチェックし終えた黒羽根が、ジト目で報告してくる。
 どうでもいいが、クマとジト目のセットだと病人にしか見えない。
 コイツに聞いても仕方ない気がするけど……
「黒羽根。ホームページ上の画像の作成日時を表示させる方法ってないか?」
「ある」
「だよな。そう簡単に調べられれば苦労はな……ある? あるの?」
「って言っても、限定的だからやってみないとわかんないけど」
 黒羽根はそう言いながら、俺のパソコンを操作し始めた。
 そして、テキパキとした動作でフリーソフトをダウンロード。
 画像閲覧用のソフトだ。
「これに画像をぶっ込めばタイムスタンプを閲覧できるから、
 そこに表示されるかも」
「マジですか!?」
 助手代理になって以来、初めて黒羽根が輝いて見える!
 パソコンに詳しかったんだな、コイツ。
 如何にもそんな感じではあるけども。
「見れた」
「本当だ……」
 黒羽根の言う通り、『作成日時:』と記された項目にその画像が作成された日時が
 秒単位で表示されていた。
 あくまでも作成日時であり、更新日時じゃない。
 その画像が作られた時間だ。
 そしてそれは――――二日前だった。
 及川さんが送ってきたラフ画を公式サイトにアップしたのは四日前。
 つまり、共命町のゆるキャラのラフ画が公開された後に
 Dのデザインが作られたってことだ。
 これは盗作ではないという確かな証拠になる。
 ついでに、Dが盗作をでっち上げて及川さんや共命町を困らせようと
 した証にもなるだろう。
「そうと決まれば、早速反論文を送りつけてやろう。たっぷりツッコんで
 やらないとな」
「私も文面考える。あらゆる傷を抉ってケロイドにしてやる」
 ノリノリの黒羽根と共に、俺はDに対し盗作をでっち上げたことへの指摘に
 始まり、例のデザインをなんの仕事に使用したのか、そもそも今依頼が来てるのか、
 デザイナーとしての仕事があるのか、及川さんにどんな感情を抱いているのか……
 等といった容赦のないツッコミを多分に含んだ反論文を作成した。

 


 後日――――Dから『勘違いだったから訴えは取り下げる』という
 上から目線のメールが届いた。
 黒羽根に命じて、再度徹底的にいたぶる文章を送りつけたのは言うまでもない。
 あ、誤解しないように。
 あくまでもコレ、『同じ事をされないための自己防衛』なので。
 こういうのは、徹底的にやっとかないと。

 実際問題――――

「……その人、以前ツイッターで私を非難していたデザイナーさんです」
 再度共命町を訪れた及川さんは、はざま探偵事務所の応接用椅子に腰かけ
 沈んだ声でそう述懐した。
 幸い、迅速に事が収束したこともあり、Dが及川さん本人へ盗作云々と
 いった主張をすることはなかったらしく、彼女が事件を知ったのは
 取り下げメールが届いた翌日だったそうだ。
 それでも、本人のショックは大きいらしく、わざわざ町長に直接
 謝罪すべく再訪したらしい。
 デザインの変更も訴え出るつもりだとか。
 それはDが調子づくので止めておくように言ったが、本人の意思が固いみたいで、
 結局デザインし直すことになりそうだ。
 まあ、あの〈ぐみょーん〉の出来映えに納得してなかったのかもしれない。
 とはいえ、あれが優れたデザインだという可能性も否定できない。
 Dは及川さんに盗作の濡れ衣を着せようとしただけでなく、
 及川さんのデザインした〈ぐみょーん〉のデザインを自分のものに
 するよう画策していたと思われる。
 更新日時をでっち上げて、さも自分が過去にデザインしたキャラで
 あるかのように見せかけていた訳だからな。
 ってことはだ。
 あの〈ぐみょーん〉は盗作するに値するデザインという可能性もある。
 それだけの価値があのデザインにあるのかどうか――――
 それは俺には判定不可能だ。
 ゆるキャラのデザインが優れているかどうかの判定なんて無理。
 みんな落書きに見えるし。
 プロの仕事は、素人には理解できない。
「町長さんからお電話で今回の件をお伝え頂いた時、探偵さんのおかげで
 濡れ衣を着せられずに済んだと知りまして……本当にありがとうございました」
 ペコリ、と頭を下げてくる。
 ……ゆるキャラの着ぐるみを着て。
 今回は〈ろボーン〉じゃなく、別の着ぐるみだった。
 しかも、なんか……なんというか、身に覚えのある格好のゆるキャラだ。
「私にできるお礼といえば、ゆるキャラを作ることしかありませんので、
 今回、探偵さんのゆるキャラを作ってきました」
「やっぱりか!」
 町案内した時の服装に似てると思ったんだよ!
 つーか、顔!
 俺の顔はそんなタチヨタカみたいなツラじゃない!
 そんなアホみたいな目じゃないし、口元もユルくない!
 しかも体型がダラしなさ過ぎる!
 俺は……俺はこんなんじゃなあああああああああい!
「あの……お気に召さなかったでしょうか」
 俺のゆるキャラがおずおずとそう聞いてくる。
 きっと、俺を喜ばせる為に色々考えてデザインし、
 この着ぐるみも急遽作ったんだろう。
 ……ダメだ、言えない。
 不本意だなんて、俺には言えない……
「……そんなことないですよ。嬉しいです。マルチメディア展開なんて
 初めての経験ですし。愛嬌あって、町の探偵さんっぽい所がいい」
「よかったです! そう思って貰えるよう頑張った甲斐がありました!」
 俺のゆるキャラがぴょこぴょこ跳ねる。
 ふ、不本意だ……
「……ク、ク、ク」
 黒羽根は俺の隣で笑いを堪えてるし。
「お墨付きを頂いた事ですし、このキャラを共命町の公式ゆるキャラとして
 正式に納品したいと思います」
「ちょっ!? ちょっと待った! 及川さん、それは幾らなんでも……!」
「共命町の一番の特徴は、探偵さんがこの町にいることだって今回の件で
 確信しました。それに私、自信があります。このデザインはいい出来映えです!」
「そ、そうなの!?」
「では早速、町長さんの所へ報告に行きます。探偵さん、お世話になりました!」
「ま、待っ……」
 こっちの制止など目にも入れず、俺のゆるキャラを着込んだ及川さんは
 信じ難い速度で事務所を出て行った。
 き、着慣れやがる……
「……これ」
 呆然とする俺に対し、笑いを堪えすぎて涙目になっている黒羽根が
 スマホの画面を見せてくる。
 そこには、セミロングの可憐な女の子の姿が映っていた。
「JKデザイナーの正体」
「……これが及川さん?」
「そう。検索したら腐るほど出て来た。超有名人」
 ……これじゃストーカーされる訳だ。
 あの着ぐるみは、自己防衛の為だったのか。
「美人と知り合いになれて嬉しいか? 着ぐるみ脱いだら実は可愛い
 JKデザイナーとフラグが立って嬉しいのか? どうなんだ中卒探偵」
「お前……ここ数日でキャラ変わったな」
「事件解決が私を変えた」
 それは、今回の盗作の件を言っているのか、それとも喪服の死神の
 ことを言ってるのか……(先日聞いてもないのに詳細を聞かされた)
 なんにせよ、黒羽根の性格矯正も順調らしい。
 めでたしめでたし。
「……じゃねー! 町長に連絡だ! 俺のゆるキャラが共命町の
 マスコットなんて、そんなの堪えられねーぞ! 恥さらしじゃねーか!」
「ザマぁ」
「やかましゃあ! こうなったら俺の代わりにお前のゆるキャラ
 作って貰うからな! それが共命町のゆるキャラだ!」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
 そんな不毛な言い争いじゃ深夜にまで及んだ。


 なお――――町おこしが失敗に終わったのは言うまでもない。 









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