本日は大変お日柄も良く、日曜午前のカラッとした風が蕩々と流れ、
過ぎゆく時間の心地よさを肌で感じている狭間十色だ。
早速だが、今俺は困窮している。
いつもの事だが、今日この日もいつものように困窮している。
その理由はただ一つ、お仕事がないからだ。
ああそうさ、これがもう日常さ!
仕事なんてないさ!
仕事なんて嘘さ!
寝ぼけた人が間違えて依頼してこないかなあ!
……つい最近手がけた清田りりりり先生の担当さんの依頼はちゃんと報酬も出る
良質の内容だったけど、あの報酬は光熱費と経費と町内会費と住民税その他
税金関連でスッカラカン。
干涸らびて干物も買えやしない。
潤うには新たな依頼が必要なんだけど、一向に電話が鳴る気配がない。
「うがっ! また負けた! ンだよ敵カレ、クッソつえーな!」
「……」
すっかり我がはざま探偵事務所に馴染んだ感のある黒羽根螺旋こと黒羽根留美音が
ソファーの上でだらけきってスマホのゲームに興じるその姿を視認し、
俺はこの上ない危機感を覚えた。
FUCK……!
ダラけきってやがる……!
貧乏探偵事務所としての緊張感が全くない。
明日には事務所を畳まなきゃならない、そうなると住む場所も
食う物もない、じゃあもう死ぬしかないなあ……と、そんな
悲壮な未来を思い描く発想力がないのか、コイツには。
これまで幾度となく貧しさに喘いできた我がはざま探偵事務所だけど、
それでいい、その方が"らしい"などと開き直った事はない。
そんな負け犬な社会人にはなりたくない。
黒羽根を見ていると、そんな思いがフツフツと湧いて来た。
「おい黒羽根」
「あんだよ。仕事か? 仕事はないよな? だったら話しかけんな。
今から大勝負なんだから。クッソ、説教とかいらねーんだよ。勝負させろ勝負」
そう目を血走らせながら意味不明の言葉を連ねる黒羽根を、
俺は割と普通に蹴っ飛ばした。
「ふぎゃっ! 蹴っ、蹴ったな!? 親にも蹴っ飛ばされた事ないのに!」
「やかましい。仕事中にゲームするな」
「べ、別にいいじゃん。仕事中じゃないし」
「依頼を待つこの時間も仕事だ! ってか、この時間を使って過去の報告書とか
読んで勉強しやがれ! スマホ弄りばっかしてんじゃねえ!」
「知らねーし」
どれだけ鬼の形相で指導しても、黒羽根は意にも介さず
スマホに映っている少女マンガみたいな絵の男にヘラヘラ笑っている。
「……没収」
その顔がムカついた事もあり、黒羽根のスマホを奪い取る。
黒羽根は信じられない事が起こったかのような、
呆けた顔で俺を見ていた。
そんな黒羽根から目を離し、スマホの画面に視線を向ける。
そこに映っているのは、髪の色が左右で違う男のイラスト。
これは……カッコいいのか?
男の俺にはイマイチわからん。
「――――エセ」
ん?
今の、黒羽根か?
「カエセ……カエセ……カエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカァァエェェセェェェェェェェェェェェェェェェェェ」
な、なんだ!?
「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアア!
ヒィィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
豹変だ!
思いっきり逆ギレした黒羽根が鬼の形相で涎まき散らしながら襲って来る!
生き甲斐を奪われたからか!?
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスカセサナイトコロス」
「わ、わかったから! 落ち着け! 返すから! 返還するから!」
「グヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
呼吸なのか冷却音なのかわからない声と共に、黒羽根停止。
俺は今、見てはいけないクリーチャーを見てしまった。
どうやら黒羽根、ゲーム依存症らしい。
ゲームを取りあげられるとああなるのか。
今後は気を付けよう。
っていうか、所長に殺すと来たか。
まさかここまでナメられていたとは……
なら仕方がない。
こちとら人事権を有する代表者、従業員には毅然たる態度で臨まねば。
「ホラ、返すよ。それとお前解雇。クビな」
「あっそ。うへへ、今日も魅力アップ捗るわー」
スマホを受け取った黒羽根は再びゲームに没頭し出した。
まあいい。
取り敢えず、緊張感欠如の原因を除去する所からスタートだ。
次は部屋の掃除だな。
そういや、最近やってなかったな。
暇なのに。
気が利く助手の不在が原因かもしれない。
……今、はざま探偵事務所には仕事がない。
仕事が来る気配もない。
仕事が来そうな運気もない。
だからといって、ダラけきってるのは個人経営者として怠慢以外の何者でもない。
常に己を磨き、事務所を磨き、未来の依頼人を受け入れる準備をしておかねば。
「ん……? クビ? へ? クビ?」
って、今頃かよ!
黒羽根は事の重大さにようやく気付いたらしく、スマホをポトリと落とした。
「クビって……あのクビ? 会社辞めさせられる、あのクビ?」
「イエス。お前は既にここの所員じゃないんで、出て行ってくれ。
これ以上ここでゲームやってると不法侵入で警察に突き出すぞ」
「……」
カタカタと、地震でも発生したかのように黒羽根が震え出し――――
「……人生終わった」
ポツリとそう呟いたかと思うと――――
「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー
終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった
終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった
終わった終わった終わったオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタ
オワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタ
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ワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ
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ワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ」
例によって故障した。
まあ、ぶっちゃけこれももう飽きた。
この程度のエラー現象見せられても、同情どころか引きもしない。
「一応、今日までの報酬を日割りで払うから、それ受け取ったら家に帰れ。
そして今後は普通の学生として、普通の腐女子として生きればいい」
「嫌だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
おおう、突然の咆哮。
これにはちょっとビックリだ。
「やっと、やっと見つけた安住の地だったのに! 素の自分を晒せて
気疲れもしない、しかも安月給だけどお金も貰えて円盤とかゲームの資金にできる
最高な居場所見つけたのに! それを取りあげられたら私はどうしたらいいんだ畜生!
死ねか! 死ねなのか! これが俗に言う死ねよお前なのか!
文字じゃなくて現実に死ねを突きつけられたのかうわーーーーーーーーーーっ!」
黒羽根はこれまでと多少異なる発狂の仕方で取り乱していた。
……ま、こんなところだろう。
付き合いが長くなって、成長の跡が見て取れて、こっちもこっちで少しなあなあに
なっていたところがあった。
偶にはこうしてビビらせておかないとな。
とはいえ、ここで直ぐにクビ撤回を申し出れば、コイツは『ああ、こんなもんか。
ちょっと泣きつけば簡単に許してくれるチョロいヤツ。チョロ探偵だ』と思うだろう。
誰がチョロ探偵だ!
それに、もうすぐ胡桃沢君が帰ってくるからな。
その上でウチの事務所に残るのがどれだけ大変か、しっかり認識して貰わないと。
何しろ今のはざま探偵事務所には二人雇う金なんてないんだ。
ボランティアで女の子を置いておく探偵事務所なんてヤだしな。
助手二名が必要な規模の事務所にするには、もっと各人がレベルを上げていかないと。
「ううう……これからどうすりゃいいんだぁ。友達なんていねーし今更作れねーし
中学時代に親しかった子とかもいねーしもこっちは最近地味に知り合い増えててリア充っぽさが
ちょっと出て来たし、味方が誰もいねーいねー」
……助手としてのレベルアップ以前に人間としてのレベルが1あるかどうかすら疑いたくなるが。
「いい加減、もこっちから卒業しろ……あといい年してゲームにハマるな」
「腐れ女子がボーイフレンド(仮)やって何が悪いんだ畜生!」
「いや、タイトルっぽいの言われても知らんけど」
「終わりだー終わりだー」
《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》
黒羽根がぶぎゃーと泣き崩れる中、固定電話の着信音が聞こえてきた。
スマホの方じゃないって事は……
さては仕事の依頼か!?
い、いや、依頼の電話かもしれない。
まさかとは思うが仕事の依頼か!?
だとしたら、これは仕事の依頼なのか!?
いや待て、実は依頼の電話の可能性もある。
ならばこれは、依頼の電話だな!?
……お、落ち着け俺。
依頼である事を肯定したい気持ちが暴走して意味不明な思考回路になっちまった。
とにかく、電話を取ろう。
「はい、こちら……ん、何だって助手の黒羽根君、次の仕事が迫ってる?
今すぐにでもロス経由でラスベガスに飛ばないと間に合わない?
いやいや、何を言っているんだ。どれだけ忙しくても依頼人の方からの
電話には所長たるこの私が対応するのがウチの信念だろう。
クライアントが国賓級? 知るか! 待たせておけばいい! こっちの方が重要なんだ!
……すいません、大変失礼しました。はざま探偵事務所所長、狭間十色です」
「うっわ、何その変な小芝居……」
黒羽根にドン引きされつつも、俺は後ろめたさなど微塵も感じず
貴方の依頼が一番大事ですアピールに終始した。
い、いいだろ別に、営業努力だよ営業努力。
『な、なんと素晴らしい……そこまで私の依頼を重視してくれるとは!』
……なんかスゴク感動された。
何故だろう、アピールが成功したのにこのやりきれない感じ。
『ん、ゴホン……失礼。私は青野高等学校の校長をやっている千宮という者だ』
青野高等学校……聞き覚えがないような、あるような。
俺の母校は赤空高校だし……あ、もしかして。
「おい黒羽根。青野高校ってお前の通ってる高校?」
「ん? そうだけど……まさか私がここに入り浸ってるのが担任にバレた!?」
担任どころか校長がかけてきた……とは言えんな。
あの怯え具合からして卒倒しそうだ。
『あの……』
「あ、失礼しました。このたびはどのような御用件でしょうか?」
黒羽根の高校って事は、胡桃沢君の高校って事だ。
まさか、黒羽根の言うように二人を事務所に連れ込んでるとか思われてるか?
だとしたら、はざま探偵事務所創設以来の危機的状況に……
『実は、そちらに依頼したい案件があってね』
……よかった、違うみたいだ。
『色々と事情があるのだが……よろしければ、一度こちらに御足労願えないだろうか?』
「わかりました。時間はいつでもいいですよ。直ぐにでも伺います」
『おお、助かるよ。では早速今から来て貰いたいのだが』
随分と早急だな。
それだけ切羽詰まった依頼なのかも知れない。
まさか学校から依頼が来るとは思わなかったが、依頼主が警察だろうと政治家だろうと
芸能人だろうと同業者だろうと宇宙人だろうと異世界人だろうと
異世界に行きたい人だろうと、俺の辞書に"拒否"の二文字はない。
「了解しました。はざま探偵事務所、よろこんで御依頼を引き受けましょう」
自分で思う一番渋い声で、俺は依頼主の校長に承諾の意を伝えた。
そして電話を切り、上着を手に取る。
「不純異性交遊って内申サイアクになるのか……? 私、将来詰んだ……?」
「違うから安心しろ。あと、勝手に不純な交遊するな。俺とお前は仕事の関係だけだろ」
「仕事の関係……」
妙にテンパっていた黒羽根だったが、何故か"仕事の関係"という言葉が気に入ったらしく
暫く小声でその言葉を連呼し、一人ウンウン頷いていた。
……やっぱり、コイツはクビにした方がいい気がしてきた。
情緒の安定感が全くないし。
でも、ま、その前に――――
「これからお前の高校に行く。案内しろ」
「……へ?」
利用できる間は利用するとしよう。
青野高校は私立の学校らしく、この辺りでは割と有名な進学校だ。
ただ、これという特色は他になく、お嬢様の通う学校って訳でもないし
問題を起こすような生徒も全くいない。
少なくとも、探偵を雇うような要素は何処にもない、ごくごくありふれた
ノーマルな高校だ。
何校もの校長室に入った事がないから断言はできないけど、
恐らく校長室も普通の内装なんだろう。
「申し訳ないが、君の経歴は調べさせて貰った」
その空間に招かれた俺は、そんなどっちかってーと探偵が言いそうな
言葉を校長から投げつけられた。
なんとなく後手に回った感がいなめないけど、まあ気にすまい。
ちなみに、校長も何処にでもいそうな量産型校長だ。
「最近まで高校生だったそうだね。よって潜入捜査には打って付けの人材と判断したのだよ」
「潜入捜査……何か事件があったんですね」
おお、前回の内偵(もどき)に続き、探偵っぽい仕事だ――――などという
感情は決して表には出さず、依頼内容の確認に入る。
なお、黒羽根は室外で待機中。
休みの日って事で私服だが、校長に身バレするのは得策じゃないからな。
仕方ないんで、助手の仕事であるメモも俺が一人でこなす事になった。
「うむ。実は……二日前、校内で盗難事件があってね」
量産型校長は苦悶の表情――――とまでは言えない程度の
しかめっ面で事件の内容を語り出した。
盗難があったのは、一昨日の金曜日の事。
盗まれたブツは、生徒から没収品。
二ヶ月分ほど溜まっていたらしく、ゲーム機やマンガ雑誌、
CD、カードゲーム、消臭スプレー、リップクリーム、お菓子、
ピンク色の親指大の何か、割引チケット……など。
中々バラエティに富んだラインナップだが、それらが全部盗まれた。
尤も、没収品は全て一つの箱に入れられていたから、単にその箱ごと
盗まれた可能性が高そうだけど。
「ウチの高校では、没収品は学期の終わりにまとめて返還するように
しているのでね。しかし、まさかこんな事になるとは……」
「没収品、ちゃんと管理してなかったんですか?」
「生徒指導の先生に管理は任せていたのだがね。残念ながら、
盗まれた以上は"ちゃんと"ではなかったようだ」
怒りの感情をやや漲らせ、校長が大きく溜息を吐く。
まあ……気持ちはわからなくもない。
没収品が盗まれたって時点で、色々と問題アリだものな。
「このままでは『管理不行届』だと没収した生徒の親から苦情が来そうなんだよ。
最近の親は何かとうるさいからね……おっと、今のは失言だったかな」
「いえ。ただ、監督不行届ですむ話じゃないですよ」
「……どういう意味かね?」
「ご存じとは思いますが、学校教育法の十一条に『校長及び教員は、教育上必要があると
認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を
加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。』とあります。
要は懲戒権を有しているって事ですが」
「う、うむ。それが何か?」
「懲戒権、つまり生徒に罰を与える権利。没収はその範疇に入ります。なので懲戒が
教育上必要だったと証明する事が出来れば、相手がモンスターペアレンツだろうと何だろうと
教師は正当性を主張できます。例えば校則違反、校則で禁じられていなくても授業の妨げに
なると判断した場合は十分に証明となり得るでしょう。ただし、それはあくまでも後に没収品を
返還する事が前提です。もし没収した物を紛失したとなれば、善管注意義務に違反しますので
弁償が必要ですし、当然ながら没収および管理の妥当性が問われます。
ギャーギャー言われるという事です」
ちなみにこの場合、教師が窃盗罪に問われる可能性はない。
私用のために使った等の証拠がなく、窃盗目的と判断できる要素がないからだ。
いや、証拠が出てきたら話は別だけど。
「やはり、そうなるか……いや、弁償ですめばいいのだが、最悪の場合裁判を起こされて
学校の評判を落とす可能性があると思ってね。君に依頼する事にしたのだよ」
……えらいぶっちゃけられたな。
ここは表向きだろうと『生徒から没収した物を失くしたとなれば生徒からの信頼をも失う』とか
もうちょっと教育者としての言い様があるだろうに。
なお、このケースで裁判にまで発展する可能性はほぼないけど、裁判なんてのは
起こす意思のある人間がいればどんな些細な、あり得ないほどみみっちい事件でも起こるもの。
中には訴訟に命を賭けているのかっていう人間もいる事はいるんで、可能性はゼロじゃない。
「わかりました。没収品を盗んだ人物の特定及び盗品の奪還、お引き受けします。
犯人は例え誰であろうと口外はしませんので御安心を。聞き込みのため、明日から
こちらの学校に潜入しますので、制服を支給して下さい。あと、没収品の詳しいリストも」
「うむ……いや、実に話が早いというか、テキパキしていて気持ちがいい。
よろしくお願いするよ、狭間探偵」
「全力を尽くします」
俺はニヒルに微笑み、校長と握手を交わす。
そう難しい事件じゃないようだ。
……と、ここから更なる説明が待っている事を知らなかった俺は、割と気軽に構えていた。
「ところで、実はここからが本題なんだが――――」
――――それから時は進み、月曜。
潜入初日、俺は休み時間、昼休み、そして放課後を利用し、没収された生徒に
聞き込みをしていた。
「ああ、没収されたよ。ンだよ、モンハンくらい別にいいだろってんだクソが。
みんな隠れてスマホでポコパンとかパズドラやってるっての」
ちなみに、潜入捜査といっても別に何処かのクラスに編入されたりはしていない。
休み時間や放課後を利用して、制服姿で聞き込みをするだけだ。
「で、そんな事なんで聞くんだよ。っつーかお前誰だよ」
「いや、実は俺も没収されたクチでさ。いつ返して貰えるのかなーって思って」
「ああ、そういう事か。なんか終業式の日に返すとか言われたぜ。
あーマジでムカツク。夜にでも忍び込んで取り返してー」
「それはやめておいた方がいいと思うけど……つい最近、実際に忍び込んだ
連中がいるって話だし、警備が強化されてるだろ、多分」
「ん? なんかその話一昨日も聞いた気が……ってか、そいつらも
俺がゲーム没収された事聞いてきたような……」
「考える事はみんな同じ、って事か」
「ん、ああ……そうだな」
「とにかく、話聞かせてくれてありがとう。あーあ、終業式まで待たないとダメか。
あと一ヶ月以上あるじゃん」
ゲーム機を没収されたという一年の生徒に話を合わせつつ、
適当にヒラヒラ手を振って別れた後、見えなくなった所でメモをとる。
ゲーム機(ニンテンドー3DS&モンスターハンター4)
マンガ雑誌(ヤングジャンプ)
CD(マキシマム ザ
ホルモン『予襲復讐』)
花札
消臭スプレー
リップクリーム
お菓子(きのこたけのこ袋)
ピンク色の親指大の何か
割引チケット(スパランド『CSPA』・1割引)
……取り敢えず、半分は詳細が判明した。
持ち主の性格も大体わかった。
例えばお菓子のヤツは優柔不断。
割引チケット持ってるヤツはかなりセコい。
没収品と性格がリンクしてるからわかりやすかった。
「さて……黒羽根はちゃんとやってるかな」
俺は一息ついた後、一旦人気のない職員コンピュータ室と向かった。
職員室の隣の部屋で、普段は使用していないらしく、
拠点として使わせて貰っている。
「おう、来てたか」
同時に黒羽根との待ち合わせ場所でもある。
昼休みと放課後の二回、ここで合流して聞き込みの内容を共有。
今は放課後だけど、授業終わっても校内でのスマホ使用は
基本禁止らしい。
守ってない生徒も多そうだけど……
「で、聞き込みは何人できた?」
「……」
黒羽根は死んだ魚の目を真っ二つに割ったような半眼で
首を真横に振った。
「まさか……ゼロか?」
コクリ。
「……おい」
「学校で聞き込みなんて私にできる訳がない。腐女子ナメんな」
「お前こそ探偵助手の仕事をナメんな。本当に辞めさすぞテメエ」
「ひっ」
イラっとした俺に黒羽根は本気で怯えていた。
多少、緊張感が戻ったらしい。
とはいえ、確かにコイツに校内聞き込みのハードルは高すぎたのかもしれない。
合理性を欠いた仕事分担だったのは否めない。
「仕方ないな……聞き込みは俺がやるから、お前は没収品リストの欄に
各人の証言を書き込んでおいてくれ。こっちのパソコンに」
正直、一日三十分くらいでやれそうな仕事だ。
とはいえこれくらいしか任せられる仕事がない。
扱い辛い助手だな、全く。
どうしたものかと頭を抱えていると、黒羽根が具合の悪そうな顔で
近寄ってきた。
「あの……」
「なんだよ」
「胡桃沢さんとは協力しねーの?」
……ついに触れてきたか。
確かに、ここには胡桃沢君がいる。
っていうか、コイツはさっきまで同じ教室で授業受けてた。
「まさか私に気を使ってる訳じゃないだろうし……あ、役立たずで使えない私に
同情して敢えてスルー? それクッソむかつくんだけど」
「そんなんじゃない」
「んじゃ、元カノに声かけるみたいで気まずいとか」
「全っ然違う! つーかどういう思考回路してんだお前は!」
俺、なんでこんなのに気を使ってるんだろう……
「だったら、なんで」
「……これを見ろ」
俺はゲッソリしつつ、使わせて貰ってるパソコンをササッと操作し
目的のページへ辿り着いた。
「あ、胡桃沢さん。クッソかわいい」
「いちいちクソを付けるな……」
そのページは、胡桃沢君名義のフェイスブック。
彼女の写真がででーんと表示されている。
似合わないっつってるのに、あのホッキョクギツネの耳も付けたまんまだ。
「お気に入りの映画は『名探偵コナン
ベイカー街の亡霊』、『探偵はBARにいる』、
『シャーロック・ホームズ』……探偵ものばっか」
「それはいいから、近況を見ろ近況」
俺に急かされた黒羽根がムッとしつつ見たそこにアップされていた画像は、
ハッキリ言って衝撃的なものだった。
「……」
黒羽根、フリーズ。
無理もない。
彼女は胡桃沢君を模範的美少女と位置づけていたからな。
自分にとっての理想像でもあったんだろう。
そんな彼女が『青野高校ディテクティ部』なる部に加入し、他の部員と思われる
個性的な女子三名と一緒に変な決めポーズをとっている画像を見れば
そりゃピキッと固まりもする。
斯く言う俺もビックリだ。
昨日、校長からこの事実を聞かされた時、今の黒羽根と似たような
リアクションをせざるを得なかった。
ディテクティ部て。
このネーミングセンスにまずドン引きだ。
校長が言うには、なんでもこの青野高校に昔から伝わる七不思議の謎を
解明する為に発足した部で、部員の中には代議士の娘さんがいるらしく、
その代議士に睨まれでもしたら色々とヤバいとの事で、教師側から余り
あれこれ指示を出したり注意を言い渡したりできないそうな。
……このご時世、よくそこまでぶっちゃけられるもんだよ。
で、そのディテクティ部。
女子しかいない割に……というより女子しかいないからこそなのかもしれないが、
かなりアグレッシブな活動をしているらしい。
七不思議の目撃や実証の為に警備の目をかいくぐって夜の学校に侵入したり
勝手にプールの水を抜いたり、やりたい放題やってるという。
明らかに、胡桃沢君らしくない乱雑な活動。
恐らく彼女は『探偵助手』という経歴に目を付けられ、巻き込まれてるだけなんだろう。
とはいえ、世間様はそうは見なさない。
ディテクティ部の悪評が広まれば広まるほど、そこに所属している彼女の評価も落ちて行く。
……やっちゃったな、胡桃沢君。
黒歴史作っちゃったな!
にしても、俺から離れた後の彼女のバイタリティってスゴいな。
高校生の身でアルバイトしたり、脚骨折したり、ダサい名前の部でドタバタな活動したり……
エピソード満載な人生送ってやがる。
なんか……助手やってる時より充実してないか?
「なんで急にしょんぼりした?」
「いきなりフリーズ解くな。何でもない」
「あー……そっちも精神ヤられた? なんか知ってる人がイタいポーズしてる画像って
精神的にクるよなー。知らないヤツなら『リア充死ね』で終わりだけど」
死ねはともかく、気持ちはわかる気がする。
ちなみに、画像を確認する限り部員の一人に以前ウチの事務所にまで
押しかけて来た"クイーン"こと一条有栖の姿も見える。
彼女が代議士の娘かもしれない。
何せすっげーワガママだからなあ……
あとの二人は面識のない女子高生だ。
一人は少年のようなあどけない顔で、迷彩色のベレー帽を被った
ショートカットの子。
もう一人は前髪で目が隠れている、やたら細身で大人しそうなロングの子。
どっちもノリノリでポージングしているだけに、気恥ずかしそうにしている
胡桃沢君がより滑稽に映る。
まあ、彼女のあのオオカミ耳のせいでこのイロモノっぽい画像に
馴染んではいるんだけど。
「多分、もう大体予想ついてると思うけど……今回の件にもこのディテクティ部が
足を突っ込んでるらしい。聞き込みも始めてるみたいだ」
「だったら、なおさら協力呼びかけた方が早くね? 部活だったら
商売敵でもないし、人件費だってかからないし」
「ところが事はそう単純じゃない」
今回の依頼、実は犯人の特定や没収品の回収が主目的じゃない。
これらはあくまでも、依頼を達成する上での通過点とさえ言える。
俺が校長に依頼されたのは――――
「いいか黒羽根。今回の俺らの仕事は、このディテクティ部より早く真相を暴く事だ」
「……は?」
「つまり、胡桃沢君は今回に限り敵だ。そう認識しとけ」
ディテクティ部より先に事件を解決せよ――――それが、校長に依頼された内容だ。
「なんでも、ディテクティ部が事件に足を突っ込む度に校長の寿命が一年縮むくらいの
大騒動が起こっているそうだ。以前、連中が七不思議の一つ『夜の音楽室から
CD音源やテレビ音源ではなさげなオーケストラの演奏音が聞こえる』って怪奇現象を
調査した時には、その演奏音を完全再現する為にプロの楽団を招いたんだと。
しかも、実際に演奏音を聞いたという証人のうろ覚えの音を元に一から再現するってんで、
一週間がかりの大騒動だったらしい」
「……マジで?」
「ああ。終始そんな感じだから、すっかり校内では有名な部なんだってさ」
ちなみに、その時の真相。
音楽室で鳴っていた演奏音は、生配信されていたコンサートの模様を
スマホで見ている生徒がいた、ってだけの事。
数人で一緒に盛り上がりたいからと、わざわざ夜になるまで校内に残って
防音の行き届いた音楽室でそのコンサートを各々のスマホで見ていたそうだ。
「ちなみに、ゲーム音楽の曲を演奏するクラシックコンサートだったらしい。
そんなコンサートがあるなんて初耳だけど……」
「普通にある。ゲーム音楽専門の楽団もあるくらい。しかも普通のクラシック
コンサートより客の入りがいいって聞いた」
そ、そうなのか。
やたらと詳しいな……ゲーム関連になると目の輝きから違う。
多分、耳じゃなく目で聞いた情報なんだろうけど、まあいい。
「とにかく、今回の依頼にはそういう事情がある。よって俺らがすべきは
ディテクティ部に先んじて真相を明らかにする事。要するにスピード解決だ」
「……具体的には何をどうすんの? 聞き込みの続き?」
「いや、犯人の目星はついた。あとは裏付けだけ」
「……………………は?」
驚いた、というより呆れたという顔で黒羽根は目を半円にし小首を傾げていた。
「も、もう犯人わかったの?」
「ああ。そもそも没収品を盗むなんて、没収された生徒以外に動機が発生しないからな」
要は、あのリストの中の誰かが没収品を取り返そうとした。
それ以外は起こり得ない事件だ。
事件の全容も、恐らく超単純。
自分の物だけ盗ればモロバレだから、箱ごと全品盗んだ。
それだけの事だ。
後は『どうして終業式まで待てば戻ってくる物をわざわざリスクを冒してまで
取り返そうとしたのか』と、『どうやって没収品を盗み出したか』の二点。
後者は没収品を何処で管理していたかが問題だ。
なので、没収品を一括して預かっていたという生活指導の先生に話を聞いてみたところ――――
「いや……ここだけの話、職員室の机の上に置きっぱなしにしていてね。
盗まれるなんて夢にも思ってなかったんだよ……」
そんな返答を得た。
ちなみに、箱は金属製で施錠はなし。
職員室に防犯カメラは置いていないらしい。
盗もうと思えば簡単に盗める環境だったって事だ。
「それで、誰が犯人なん? 勿体ぶらずに教えろってば」
職員室の隣、職員コンピュータ室で待っていた黒羽根がビクビクしながら聞いてくる。
当然、今日は制服姿なので俺と一緒にいる所を他の教職員に
見られるのはマズいと思っているんだろう。
別に見つかっても『ちょっと手が空いてる生徒に手伝って貰ってました』と
俺が言えばそれで済む話なんだけど。
「……まあいいか。犯人は、終業式まで没収品が戻ってこない事に耐えられない人物だ。
没収品の中に、それに該当しそうな物は一つしかないだろ? っていうか、
お前ならわかるだろ。黒羽根」
「私なら……? ああ、そっか」
ようやく黒羽根も理解したらしい。
そう、犯人は――――
「ゲームを没収された生徒だ」
リストの中にある没収品を再度見てみる。
ゲーム機(ニンテンドー3DS&モンスターハンター4)
マンガ雑誌(ヤングジャンプ)
CD(マキシマム ザ
ホルモン『予襲復讐』)
花札
消臭スプレー
リップクリーム
お菓子(きのこたけのこ袋)
ピンク色の親指大の何か
割引チケット(スパランド『CSPA』・1割引)
この中で、一ヶ月以上後に戻ってくる事がどうしても
我慢できない品は果たしてどれか。
マンガ雑誌は仮にまだ読んでいなかったとしても、
立ち読みすりゃいいだけ。
ヤングジャンプはコンビニ等で立ち読みできる雑誌だ。
それに、週刊誌だから次の週には最新号が出てる。
仮に、自分の好きなマンガを一話たりとも読み逃したくないのだとしても
その後に単行本としてリリースされるから、それまで待てばいい。
敢えて取り戻すメリットは余りない。
CDに関しては、自分の物ならそれほど問題はないだろう。
今時、CDからそのままプレイヤーで聴く人は少ない。
大抵はipodなどに収録曲を入れてから聴く。
CDがなくても問題ない。
ただ、早めに取り戻さないといけないケースもある。
そのCDがレンタルだった場合だ。
それだと、もし没収されたまま放置すれば延滞料がとんでもない事になる。
けど、どうやらこのCD、レンタルはされていないらしい。
なのでこれも条件には当てはまらない。
花札、消臭スプレー、リップクリームに関しても
大きなリスクを冒してまで盗みに入るシロモノじゃない。
お菓子に至っては、もういいから職員室の先生方で食っちまえよと
言いたくなるくらいだろう。
ピンク色の親指大の何かも同様。
ちなみに、これが何なのかというと――――たらこのキーホルダーだ。
明太子と区別がつかなかったんで、どっちか断言できなかったんだけど。
よく見ると、中央上部に顔のような物が見える。
元々はどんな顔だったのか知らんけど、今はカオナシみたいになってて怖い。
没収されるのも仕方ない気がする……呪いのアイテムとか思われたんじゃないか。
割引チケットに関しては、有効期限があるだろうから
一応早めに取り戻したい物ではあるだろうけど、一割引程度じゃ
やっぱりリスクに見合わない。
よって、残りの一つ『ゲーム機』を没収された生徒が犯人だと強く推定される。
モンスターハンターってのは、オンラインに繋いでマルチプレイで
他のユーザーと一緒にプレイする事ができる。
ただし、学校に持ってきてもオンラインには繋げない。
なのに、このゲームを没収された生徒はどうして学校に持ってきていたのか。
そして、何故教師に見つかったのか。
答えは簡単。
シングルプレイ、つまりオフラインで一人コソコソとプレイしていたからだ。
例えば学校の帰りに友達の家で……とかなら、持ち物検査でもされない限り
見つからなかっただろう。
そして、持ち物検査は行われていないと断言できる。
もし行われていれば、没収品は到底あの数では収まらなかっただろう。
よってシングルプレイ中に見つかった、が正解だ。
で、ここで問題。
マルチプレイとシングルプレイ、ゲームを没収されて困るのは?
当然マルチプレイだ。
突然音信不通になれば、せっかく一緒にプレイしていたユーザーとの縁が切れる。
依存性もオンラインゲームの方が高い。
ならシングルプレイなら一ヶ月くらい我慢できるだろう――――
そう思ってしまうと、この事件は解決できない。
とんでもない。
オフラインでもゲーム依存は普通に存在する。
実際、ここにいる黒羽根の今ハマッてるゲームもオンライン要素は希薄な
ブラウザゲームだ。
なのに、仕事中にもプレイするくらいハマってる。
実際、取りあげたら親の敵かってくらいの形相で取り返しにきたし。
きっとあの生徒も似たようなモノを内在させているんだろう。
何よりも疑わしいのは、俺に言ったこの言葉。
『ん? なんかその話一昨日も聞いた気が……ってか、そいつらも
俺がゲーム没収された事聞いてきたような……』
不自然だ。
わざとらし過ぎる。
いちいちこんな事、初対面の俺に言う必要はないだろう。
つまりコイツは『自分は警備が強化されていると聞かされても
動じないんだぜ』とアピールしたい訳だ。
恐らく、実際に俺より先に彼に同じ内容の話をしにいった連中はいるんだろう。
そう、ディテクティ部だ。
ディテクティ部にも同じ事聞かれたと俺に打ち明ける事で、逆に俺から連中の捜査状況を
聞きだそうとしたフシさえある。
かなり怪しい発言だ。
ま、物的証拠はない。
あくまでも推理だ。
そして俺は推理が苦手。
外れてる可能性もある。
だからこそ、裏付けは必要だ。
彼が没収品を盗んだという裏付け。
これに関しては問題ない。
俺に考えがある。
ただし、その裏付けが実証される前にディテクティ部からかき乱される恐れはある。
そうならないよう、ディテクティ部を牽制しておかないといけない。
しかも、俺らの存在を彼女らに悟られないようにしつつ。
自分達の活動を抑える為にプロを雇ったと知られれば、代議士の娘のご機嫌を
著しく損なう可能性がある。
それを校長は酷く恐れていた。
そこまで校長が生徒に対して及び腰なのは如何なものかと思うけど、
実際代議士に怒鳴り込まれたらたまったモンじゃないしな……
そんな訳で、俺らは正体を隠しつつディテクティ部を足止め、若しくは今回の件から
撤退させないといけない。
しかも迅速にだ。
色々と考えている暇はない。
何かないか……
「……」
「……」
黒羽根が俺の目の前でニマーッと笑っている。
すっげー不気味だけど、今はそれは言うまい。
「何か……妙案を思いついたのか?」
「まーね。私をクビにしないのなら教えてやる。あと、しばらくの間敬語な」
な、なんて言い草だ……!
時間さえかけりゃ、こいつの世話になんてならずに済むんだけど……
今回は一秒でも早いに越した事はない。
私情を排除し、依頼達成の可能性が僅かでも高い方を選択するのがプロの仕事だ。
「当面はしないので、教えて下さい」
そして俺はプロの探偵。
この屈辱、甘んじて……受けよう。
「よしよし。良きに計らえ」
黒羽根はこれまでで一番イイ笑顔を見せ、俺の頭をナデナデしてきた。
俺はその日、身体のどの部分から殺意が生まれるかを知った。
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