それから三日後――――
「ひっ!?」
校長室のノックとは思えない、ズゴォン、ズゴォンという乱雑な音が鳴り響き、
返事すら待たずその女子は入って来た。
「校長……! どういう事……! これは一体どういう事……!
説明次第では……! 今日……! 青野高校は滅びる……!
紛れもなく滅……! 殺……!」
もう第一声の時点で、彼女が何者でどんな人物なのか
把握できてしまうほど、濃かった。
胡桃沢水面名義のフェイスブックに載っていた四人の部員の中の一人。
前髪で目が隠れている、細身で大人しそうなロングの子だ。
ただし、今はその長い髪がボサボサになってしまっている。
そのボサボサ具合は凄まじく、まるで暴風真っ直中の貞子だ。
ここまでくると、怖いという感情より高揚感が生まれてくるのは
きっと彼女の姿にラスボス感があるからに違いない。
制服の上から羽織っている上着が妙にダブダブだし、
両手の指をクワッと曲げた感じで両腕を掲げているポーズが
やたらと似合ってる。
「ほ、法霊崎さん、落ち着きたまえ! 一体何があったというのだね!」
「惚けても無駄……! ディテクティ部の活動を妨害した罪……!
学校崩壊に値する……!」
「が、学校崩壊……!? まさか鉄球クレーンで校舎を破壊する気かね!?」
校長が怯えるのは、実際にそれをやりかねない人物だからなのか。
その彼女、話し方はゆっくりでか細い声なのに、妙に一語一語が明瞭。
頭の中に直接響いているような声だ。
「わたしたちは『没収品盗難事件』の真相にあと一歩という所まで迫っていた……!
なのに昨日……! 今まさに最後の追い込みを……!
しようとしていた矢先……! 犯人はもうわかったからと担任が……!
こんなタイミングで……! 許せない……! 許せるものか……!」
「ま、待ちなさい法霊崎君。君は誤解をしている。今回の事件、教師側は
一切関与していない!」
「だったら何故……!」
「今回の件は、君達とは違う探偵が解決したのだよ!」
その発言に真っ先に反応したのは部長で代議士の娘、法霊崎竜子ではなく
廊下で待っていた別の部員だった。
「探偵……ですか?」
その女子は、白のオオカミの耳を頭に付けている点を除けば
至って優秀な生徒。
ディテクティ部の活動を支え、広報担当も兼ねる事実上の主力部員、
胡桃沢水面だった。
「うむ。実に優秀な探偵でね。今回の件も"彼"の推理によって犯人が
特定された。君達は負けたのだよ。推理勝負にね」
「何ですって……! 何ですってぇぇェェェ……!」
「お、落ち着いて下さい先輩! ラスボスの第二形態みたいになってます!」
「そうだよラスボスさん! じゃない法霊崎さん! 髪を振り乱さないでくれたまえ!」
「おのれ……! おのれェェェ……! わたしに先んじる探偵がいるとは……!
誰……! 一体誰……!」
「あの、私に心当たりが」
胡桃沢水面は部長の暴走を止めるかのように割り込んで来た。
「彼……校長先生は今そう仰いましたよね。男性って事ですね?」
「ああ、確かに男だ」
「もしかしてその人……」
「うむ。彼は今、ここにいる」
校長は胡桃沢水面に対し一つ頷き、その"彼"を紹介した。
そう。
その人物とは――――
『やあ、初めまして。天火ラル。探偵だ』
校長が差し出したスマホの画面に映った、イケメン男キャラのイラストだった!
「愛脳ディテクティブ(仮)の登場人物の一人……天火ラルだ」
『この俺にかかればどんな謎も翻弄さ。君のハートほど難解な謎じゃないんでね』
そのイラストが表示されたまま自己紹介が続く。
自己紹介というより口説き文句だったが。
「校長……! 校長ォォォォォォ!」
法霊崎竜子が前髪の隙間からクワッと目を見開き、吠える。
実際、キレて当然の流れではあるが。
「あの……校長先生、これは一体……」
「いや、実は最近『愛脳ディテクティブ(仮)』という推理ゲームが出来たそうで、
そのゲームのキャラと親しくなると、イケメン探偵が電話番号を教えてくれるんだ。
そこに電話して事件を伝えると、推理してくれるんだよ。最近の推理ゲームは親切だね。
自分で推理しなくてもいいんだから。ははは」
かなりの棒読みで校長が説明する中、胡桃沢水面は釈然としない顔をしていた。
一方、法霊崎竜子は――――
「負けた……!? このわたしが推理合戦でゲームのキャラに敗北……!?
馬鹿な……! う……うわああああああァァァァァァァァァァァァ……!」
「部長!? ラスボスみたいに滅びようとしないで下さい!」
「そうだ法霊崎さん! じゃないラスボスさん! 君にはまだ未来がある!
リベンジすればいいじゃないか!」
二人の励ましの言葉に、砕け散ろうとしていた法霊崎竜子の精神は徐々に持ち直し――――
「そうね……! わたしはまだ滅びない……! 必ず……! 必ずリベンジを……!」
「うむ、実に見事な立ち直りだ。君の父親も数度にわたる落選にめげず再選を果たした。
その血を脈々と受け継いでいるようだね」
「えっと……何か色々間違ってる気がしますけど、部長が生き返ってくれてよかったです」
「ククク……! 校長……! この借りは必ず……! 水面さん……!
帰りますよ……!」
「は、はい。校長先生、あの……」
「何かね?」
「……何でもありません。失礼します」
ワッサワッサと黒髪を振り乱し、ラスボスさんと胡桃沢水面は校長室を後にした。
その様子を溜息交じりに見届け、校長は――――スマホを手に取り話し始める。
『どうにか、誤魔化せたようだよ』
俺に向かって。
「お疲れ様でした。見事な役者ぶりでしたよ。科白も間違わずに言えてましたし」
『正直、自分で言っている内容は殆ど理解していないのだがね。
愛脳ディテクティブ(仮)……この(仮)というのは一体なんなのかね』
「気にしない方がいいと思います。俺もわかってませんし」
『う、うむ……』
校長は釈然としていないながらも、余り足を踏み入れようとはしてこなかった。
ま、気持ちはよくわかる。
この茶番につき合ってくれただけでも大した柔軟性というか、砕けた大人だ。
言うまでもなく、この茶番は黒羽根の案。
俺の正体をバラす事なく、かつ犯行の裏付けをとる為の方法として
適当にでっちあげた推理ゲームが『愛脳ディテクティブ(仮)』だ。
まず、清田りりりり先生に連絡し、イケメン探偵というテーマで
カラーイラストを一枚描いて貰い、スマホに転送して貰った。
流石はプロ、数時間で仕上げてくれた。
あとはそのイラストを表示したスマホを校長に預け、通話は俺が担当。
まるでイラストのキャラが喋っているかのような感じにして、
ゲームを演出した訳だ。
当然、声色は微妙に変えている。
胡桃沢君であっても気付かなかっただろう、多分。
取り敢えずこれで、ディテクティ部がこの件にこれ以上関与する事はなくなった。
あとは裏付けだ。
犯行に及んだ生徒が、没収品を盗んだ証拠を見つける必要がある。
これもそう難しくはないだろう。
彼に『実は犯人が没収品を隠した場所を特定した。君のゲーム機も
直ぐに見つかるだろうから、後でこっそり渡してあげるよ』とでも言って
やれば、ビビッて隠し場所を変えようとするに違いない。
その現場を押さえればミッションクリアだ。
「という訳なんで、これから実行します。恐らく今日中に動くと思うんで
その現場を押さえておきますよ。スマホは今から取りに行きます」
『うむ』
「あと、こっちに転送して貰ったラスボスさんの動画ですけど……
なんか持ってるだけで呪われそうな感じするんで、消去しておきますね」
『懸命な判断だ。では後ほど』
「はい。失礼します」
話を終えた俺は、黒羽根のスマホの電源を切り、動画を消去した後
黒羽根に返す。
今回、彼女は大きな仕事をした。
色々と強引な案だったものの、実際こうして解決へと導いたんだから
彼女の『愛脳ディテクティブ(仮)』はそれなりにあり得るゲームという
評価を下されたんだろう。
まあ、単にあのラスボスさんがディテクティ部の部長とは思えないほど鈍いお人
だった事に救われた気はするけど。
「にしても……あの場で直ぐ設定とか思いついた訳じゃないよな?
一体いつから考えてたんだよ。愛脳ディテクティブ(仮)」
「敬語」
「……いつから考えていらっしゃったんですか」
「ずっと前から。所長が二次元イケメンだったらよかったのに、って思ってたら思いついた」
「……ほう。俺はイケメンではないと。そう言いたいのですか」
「二次元イケメンとの差は果てしなく大きい。三次元ごときにはとてもとても」
「そうですか。そいつは残念ですね」
俺はニッコリと微笑みながらそう答え、彼女の査定に所長侮辱罪(仮)による
減点を追加した。
恐らく(仮)は直ぐにでも取れるだろう。
何故なら、これは現実なのだから。
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