「……以上が、これまでの経緯って訳か」
【CSPA】の建物内で有馬君に話を聞き終えた俺は、頭の奥の方で
鈍い痛みを感じていた。
この痛みはなんとなーく覚えてますよ。
アレだ。
俺が受け持った最初の依頼。
異世界に旅立った友達を捜して下さい、ってヤツ。
あの依頼の時に感じたのとよく似てる。
失踪って共通点より寧ろ、電波系の依頼って意味で。
いや、今は電波って言葉使わないのかな?
とにかく、エキセントリックだ。
「要約すると、『妹さんが行方不明になったんで、テレポートが使える
女の子に頼んで妹さんの元にテレポートして貰ったけど、彼女とも
連絡がとれなくなって二重遭難、んでドサクサに紛れて胡桃沢君も
行方不明になった』、と」
「そ、そうです。すいません……」
何故か有馬君は心底申し訳なさそうに謝ってきた。
異能力。
テレポート。
うーん……エキセントリック。
実際にそんな能力が使える人がいたら、なんて愉快な世界なんだろう。
でもね、異世界が実在するとわかった以上、異能力に対して『またまたご冗談を』と
一笑に付す訳にもいかんのよね。
何より、有馬君の態度、そしてこの【CSPA】の状況が真実を物語っている。
つまり――――こんな忙しい店で働いている人が、探偵をからかう暇なんてない。
まして、他にも従業員がいる状況。
普通に考えて、もし電波依頼なら彼が俺に電話を入れる前に他の人達が止めるだろう。
って事は、テレポートなんて存在しないという先入観の方が明らかに真実とは遠い。
そう考えるべきだ。
「検証に入る前に一つ聞いておきたいんだけど、どうして正直にテレポートの事を
俺に話したんですか?」
ただし、無条件って訳にはいかない。
依頼人の言葉は極力信じるとしても、そう断定する何かが欲しい。
俺は推理が苦手だ。
苦手というだけじゃなく、探偵=推理って図式に疑問を感じている部分もある。
これまで、それなりの数の依頼をこなしてきた経験上、推理ってのは
必要ではあるけど必須じゃない。
探偵業において特に必要なのは、依頼人の話に真摯に耳を傾ける事と、
自分の立てた推論に対して労を惜しまない事。
この二点が依頼人の満足度に直結すると言ってもいいくらいだ。
探偵ってのは、推理ゲームでは決して体験出来ない、切実な現実の中にある。
依頼人の切羽詰まった空気感。
探偵自身の食っていけるかどうかっていう憂慮と悲観。
これらに対してどう向き合うか、そしてどう切り開いていくかが肝要なんだ。
俺は探偵業を通して、依頼人の切実さを見抜く目を手に入れた。
だから――――
「……三人が戻ってくる可能性を、ほんの少しでも上げる為です」
「OK」
――――有馬君のその答えで、覚悟は決まった。
何より、俺の好みの回答だ。
「これよりはざま探偵事務所は、異能力の存在を 確実なものであるという
前提の元、この行方不明事件の捜査に当たらせて貰います」
高らかにそう宣言した俺に、黒羽根が白い目を向けてくる。
……まあ、リアリストが一人いるってのも、それはそれで大事だ。
腐女子がリアリストっていうのもアレだけど。
「あ、ありがとうございます! 僕も出来る限り協力しますんで」
「頼むね。そうだな……まずはそのテレポートを使える女の子について
詳しく教えてくれ」
「はい。そもそも――――」
有馬君から受けた説明を要約すると、異能力を使用出来る人間は共命町に割といるらしい。
このスパランド【CSPA】で働いているだけでも三名。
近所に住んでいるイカが一匹(……イカ?)。
少し離れた病院に一名。
確定しているだけでも、四人と一匹もいるそうだ。
で、今回行方不明になっているのは、『サーチ・テレポート』なる能力を
使える女子、城崎水歌(16)。
行き先を端末に入力すると、そこへ飛べるという便利な能力持ちだ。
彼女が行方不明になった経緯は単純で、その更に前に行方不明になっていた
有馬君の従妹、芦原彩莉(10)を探す為に、彼女の名前を入力してテレポートした結果、
連絡が途絶えてしまったという。
で、そのドタバタの最中に胡桃沢君がいつの間にか行方不明になっていた。
彼女の友達がこのスパランドに遊びに来る予定だったらしいが、その前にいなくなったようだ。
胡桃沢君……仮にも探偵の助手がそんな体たらくな。
まあ彼女の事は一旦置いておくとして、まず大事なのは最初の行方不明事件、
つまり芦原彩莉ちゃん行方不明事件だ。
全ての元凶……というのは彼女に失礼だけど、少なくとも彼女の所在が
不明になった事がそもそもの発端。
まずはここを解決しないと、話が進みそうにない。
有馬君の話では、彼も家族もスタッフも、今日は一度も彼女を見ていないらしい。
普段は小学生ながらスパランドの手伝いをしていて、夏休みの今は一日中
掃除などの仕事をしているそうな。
随分と健気な小学生女子だ。
有馬君が取り乱して心配するのもわかる気がする。
携帯の画像でお顔を拝見したけど、かなーり愛らしい。
その上、このスパランドは最近カピバラを仕入れてマスコミに取りあげられている。
そして、携帯を自分の部屋に残したまま、行方知れずに。
誘拐される条件は出揃っている状況だ。
ただ、現時点までに誘拐犯からのコンタクトはない。
問題は――――身代金目的の誘拐でない場合だ。
これは決して口には出せないけど、近年は猥褻目的で幼女を誘拐する事件も少なくない。
その可能性も十分に考えられる。
もっと言えば、既に彩莉ちゃんがこの世にはいないという事も。
そして、テレポートで彼女の元へ飛んだ城崎さんも、誘拐犯に殺害されてしまった――――
これが考え得る最悪のシナリオだ。
一つ注視しなくちゃいけないのが、城崎さんの携帯の状況。
有馬君が電話を入れてみたところ、電波の届かない位置か電源が切れているという
あのお馴染みのアナウンスが聞こえてきたらしい。
基本、このアナウンスは本当に電波が届かない位置、若しくは電源が切れている場合にしか
流れないもので、例えば着信拒否の場合は違う文面のアナウンスになる。
「……?」
俺は黒羽根を睨みつつ、状況の整理を続ける事にした。
で、有馬君はそのアナウンスを聞いた直後にメールを送信してみたが、それも出来なかった。
電源が切れている場合は、送信したメールは一旦保留され、相手が電源を入れた時に
送られるようになっているから、送信出来ない事はない筈。
つまり、電波の届かない場所にいるという結論になる。
例えば、何処かの地下とか高層マンションの高い階。
船の中なんかもそうだ。
一昔前より携帯の電波状況はかなり良くなってるらしいけど、それでも
圏外になるところは結構ある。
ただ、圏外の原因が場所とは限らない。
これは穿った見方かもしれないけど、何者かが意図的に電波の届かない状態にしている
可能性もゼロじゃない
金属製の箱やアルミホイルで携帯を包めば電波が届かない状況を作る事も可能だからだ。
ま、それをする意味があるかどうか、ってのは別問題だけど。
「それじゃ、まずは彩莉ちゃん失踪の原因を突き止めましょう。防犯カメラは
もうチェックしましたか?」
「はい……今日の分の映像には全く映ってませんでした。昨日までは普通にここで
一緒に生活してたのに……」
有馬君はそこまで話して、ガクッと項垂れてしまった。
従妹との話だけど、相当可愛がっていた様子が窺える。
「防犯カメラに全く映っていない?」
「はい。間違いないです」
「……妙だな」
状況から察するに、店内での誘拐はあり得ない。
つまり、彩莉ちゃんは外出した状態で拉致された可能性が高い。
でも……スパランドに住む小学生が、防犯カメラに一切映らずに外出できるものなのか?
「防犯カメラの位置を確認させて貰っていいかな」
「あ、はい」
俺と黒羽根は、有馬君の案内で店内のカメラをチェックしに向かった。
その結果――――
「この出入り口に一つだけ、でいいのかな?」
「はい。中には脱衣所に設置してる温泉やスパもあるみたいですけど、
余り良い印象を与えないんで……あと予算の都合もあって、ここだけです」
そりゃそうだよな。
と言うわけで、カメラは一つ。
ただし入り口付近はしっかりカバー出来てるから、死角になる事はなさそうだ。
となると、彩莉ちゃんはここから外には出ていない事になる。
「彩莉ちゃんの部屋に案内して貰えるかな?」
「わかりました」
今度は失踪者の部屋へと移動。
っていうか、黒羽根さっきから全然喋らないから存在感ないな。
「黒羽根。状況は逐一メモっとけよ。助手の仕事だぞ」
「……あいあい」
あいあい、じゃねーだろ。
もしかして……緊張してるのか?
そういや、黒羽根が助手になって請け負った事件って、主に百合、ゆるキャラ、
ゲーム、母校の盗難事件だもんなあ。
ここまで緊張感のある依頼は初めてだ。
「えっと……防犯カメラは黒い……メモメモ」
「そんなのメモしてどうすんだ! いいから早くついて来い!」
「うーうー行方不明怖い失踪怖い」
ガタガタ震えながらも、黒羽根は逃げ出さず俺の後ろからついて来た。
「ここです」
なんだかんだで到着。
彩莉ちゃんの部屋は、10歳の女の子にしては余り飾りっ気がなく、
しっかり片付いた綺麗な部屋だった。
アイドルのポスターとかも貼ってないし、彼氏の写真とかも一切ない。
夏休みに自分の家を手伝うところからも明らかだけど、
浮ついた要素は全くなさそうだ。
そんな女の子が、何の連絡もせず勝手にいなくなる可能性は極めて低い。
まして、防犯カメラの目を盗んで、こっそり出て行くというのは
ちょっと考え難い。
「考えられるのは、二つ」
俺は部屋を一瞥した後、有馬君に向かって指を二本立ててみせた。
「一つは、何者かが彩莉ちゃんに『こっそり抜け出して欲しい』と連絡を
していた場合。彼女の携帯は確かこの部屋にあるって話だったけど……
不自然な着信やメールはなかったかな?」
「ええと、確認してみます」
まだ確認してなかったのか。
まあ、気持ちはわかる。
身内の携帯の着信履歴、なんか見たくないよな。
今はそれどころじゃない緊急事態だから仕方ないけど。
「……ない、ですね。湯布院さんからのメールが昨日の夜に入ってるくらいで」
「湯布院さんというのは、共通の知り合いですか?」
俺の問いに、有馬君はコクリと頷いた。
「このスパランドにいる、テレポート使いの女子と同じ異能力者です。
ジェネド、っていうそうですけど」
……ジェネド、ね。
よくわからんけど、コードネーム的なものなんだろうか。
テレポートの存在を認めた以上、そのジェネドとやらも認めない訳にはいかない。
少なくとも、その前提で今回の依頼は対応すると決めたんだしな。
「ここには三人の異能力者……"ジェネド"がいるって話だよね。よかったら
その三人の能力を教えて貰えるかな。出来れば話も聞いてみたいんだけど」
「あ、わかりました。でも、湯布院さんは今話を聞くのは無理ですね。彼女、寝てますから」
「……起こせばいいだろう」
「その辺も含めて、説明します」
よくわからないけど、そういう事らしい。
俺は久々の不思議依頼に頭を悩ませつつも、説明を聞く事にした。
「で、彼女が……ええと、タイム・レーザーだっけ、その使い手の」
「はい。鳴子璃栖といいます」
一通りの説明を受けたのち、唯一話が聞けるという鳴子さんという
女の子の部屋へ案内され、彼女と対面。
ジェネドと呼ばれる異能力持ちの女の子は、常識外の能力を持つ
代償として何らかの副作用を身体に負っているらしく、彼女の場合は
脚が不自由になってしまっているという。
電動の車椅子に乗る若い女の子の姿は、偏見かもしれないけど、少々痛々しい。
で、どうして異能力者である彼女達が、このスパランド【CSPA】にいるのかというと――――
なんでも、彼女達の異能力と副作用を消去出来るかもしれない人間がここにいるそうだ。
その人物とは、芦原彩莉。
ただこれは確定じゃないらしく、本当に能力消去が可能かどうか色々試している最中らしい。
どうして、テレポートなどの一見便利そうな能力を消去したいのかというと、
目の前の鳴子さんのような、日常生活に支障のある副作用が大きな原因との事。
テレポート使いの城崎水歌は、約6日間しか記憶が保存出来ないという副作用持ち。
もう一人の湯布院文奈さんという人は、一日20時間眠ってしまう体質になってしまったらしい。
なお、その湯布院さんの異能力は『サイコメトリング』といって、色んな生物、物質から
20時間以内の情報を読み取れる能力だそうな。
どれも便利な能力だけど、副作用の厄介さ、デメリットはそれを上回る。
異能力といっても、必ずしも夢のある話じゃないみたいだ。
ちなみに、タイム・レーザーってのは、使い手である彼女の中の
時間をコストにして、レーザーを使用出来るという能力。
レーザーは攻撃性の高いビームのようなヤツ、固めるヤツなど、
色んなタイプが射出可能で、その威力はコストとして使う時間の長さに比例する。
で、その消費した時間の間、鳴子さんは『この世から認識されなくなる』そうだ。
ドラえもんの石ころぼうしを被った状態と同じだな。
結構羨ましい能力だけど、代償が脚となると……ちょっとな。
「私達の能力については、本来他人にお話しする事ではないのですが……
信じて貰える可能性は限りなく低いですし。ただ今回は事情が事情なので、
手短にお見せします」
へ?
鳴子さんが突然、右手人差し指を俺に――――じゃなく有馬君に向かって突き出した。
「タイム・レーザー射出」
そして、間髪入れずビームを発射!
って、本当にビームが出た!
レーザービームだ!
って、有馬君大丈夫なのか!?
「……あれ?」
――――なんで俺、こんな場所にいるんだろう?
「なななななんだ!? ここどこ!? どこここ!?」
背後で黒羽根も錯乱中。
一体何がどうなってるんだ?
「黒羽根……もしかしてここ、お前の家か? 俺を眠らせて拉致監禁するつもりか?」
「何言ってるか全然わからないけど、ここ何処だよ。そっちこそ、私を拉致――――」
混乱していた俺と黒羽根が、同時にビクッと身体を震えさせる。
その刹那、さっきまでの焦燥がピタリと消えた。
目の前には――――鳴子さん。
有馬君の姿もある。
「今、数秒ほど私と有馬さんはこの世界から認識されなくなりました。
その結果、この場所へ貴方がたを案内した事実も認識から消え、恐らく一時的に
見当識が失われた状態になったかと思います」
「……驚いたな」
異能力の存在を確かに実感した一幕だった。
こりゃ信じない訳にはいかないな。
こんな人達が普通に存在する共命町……我が故郷ながら怖い町だ。
「私としては『驚いたな』の一言だけで済まされた事に驚きを禁じ得ませんが」
なんか向こうは向こうで驚いた顔をしてるけど。
「とにかく、異能力に関してはよくわかったよ。その上で一つ確認をしたいんだけど……」
咳払いを一つし、俺は気持ちを切り替えた。
ここまでは受け身状態だったけど、ここからは探偵の本領発揮だ。
「そのタイム・レーザーで彩莉ちゃんを撃って、彼女が行方不明になったように
見せる事は可能なのかな?」
俺のその問いかけに、有馬君と鳴子さんが目を見開き、顔を見合わせる。
「それって……鳴子さんを疑ってるんですか?」
「当然。彼女だけじゃなく、異能力者全員が疑わしい。というより……状況的に
三人の中の一人が犯人だと俺は思ってるよ」
俺がそう言い切った瞬間――――
「異議あり!」
鳴子さんの部屋の扉が思いっきり開かれ、胡桃沢君が姿を現した。
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