「く、胡桃沢さん!? 今まで一体何処に……」
 突然現れた胡桃沢君に、俺より先に有馬君が驚愕していた。
 当然、俺もビックリだ。
 でも彼女が今回の事件とは恐らく関係ないだろう、とは踏んでいた。
 彩莉ちゃんや城崎水歌の行方不明とは関連性が全くない上、
 胡桃沢君が"いなくなる要素"が存在したからだ。
「ご心配をおかけしてすいません。実はその……」
「詳細はボクが話すよ」
 その"いなくなる要素"達が、ズカズカと部屋へ入ってくる
 人物が一人……二人……そして三人。
 全員、見覚えのある顔だ。
 最初に入って来たのは、迷彩色のベレー帽を被ったショートカットの女子。
 唯一名前を知らないけど、今の発言を聞く限り『ボクっ子』らしい。
 あのベレー帽が男装のアイテムなのかもしれないけど。
 で、次に入って来たのが、髪の長い女子。
 一見何処ぞのお嬢様かと思いきや、キレたらラスボスになる奇っ怪な女子だ。
 そしてもう一人は、"クイーン"こと一条有栖。
 ウチの事務所に乗り込んできた事もある、クレーマー体質の女子で
 胡桃沢君のクラスメートだ。
 この三人に胡桃沢君を加えた合計四名。
 青野高校ディテクティ部の面々だ。
 ……二度と関わり合いになりたくなかったんだけども。
「最初はただ胡桃沢が働いているというスパに遊びに来たんだけれどね。
 そうしたら、事件が起こったと言うじゃない。ならボク達ティテクティ部の
 出番だと思って、彼女に色々と事情を聞いていたんだ」
 辟易していた俺の耳に、ベレー帽の子の説明口調の声が届く。
 おおよそ、予想通りだった。
「その過程でラスボス先輩……もとい、法霊崎先輩が興奮してしまってね。
 胡桃沢の携帯を踏み潰してしまったんだ。恐らく関係者の人達は心配しただろう。
 ティテクティ部を代表してボクが謝らせて貰うよ」
 実にしょーもない真相。
 とはいえ、これで胡桃沢君の失踪が今回の事件とは無関係だと確定した。
「あの、十色探偵」
「ん? 何?」
「この事は想定通りなんですか……?」
 有馬君がおずおずとそんな事を尋ねてくる。
 ここはいっちょ、探偵らしい物言いで説明するとしよう。
「ま、一応ね……彼女の友達が遊びに来る予定だった、っていう話は聞いてたからね。
 俺は彼女の交友関係を全て把握してる訳じゃないけど、その中には彼女達がいる事も
 知ってたから」
 その結果、なんか羨望の眼差しを向けられた。
 うーん、女子にこういう目をされる方が嬉しいんだけど、
 同世代の男子に感心されるのも悪くないな。
「チッ」
 黒羽根……何故舌打ちした?
 後で減俸だ減俸。
「さて……一通り謝罪も終えたし、推理対決と行こうじゃないか。
 胡桃沢の上司。キミにはボクのいない時にティテクティ部がお世話に
 なったようだし……ね」
 イライラしていた俺に、ベレー帽の女子が突然の宣戦布告。
 やけに好戦的なのは、前回の案件で彼らに恥かかせたからか。
「フフフ……オホホホホ! お久しぶりですわね、狭間十色!
 セイブ・ザ・クイーンの称号を持つ貴方とこうして相見えるのは!」
 前回はいなかったクイーンが何故か張り切ってる。
 こういう部活動をしてる連中にとって、俺みたいなのは格好の
 暇潰し相手なんだろなあ……
 とはいえ、こっちはちゃんとした依頼を受けて仕事で来ている。
 彼女達の暇潰しに関わってる暇はない。
「ええと……推理対決とか、そういうのは正直間に合ってるんで」
 そんな訳で、毅然とノーを突きつけてやった。
 だけど全員、戦意を一切失っていない。
 右から順にドヤ顔、キメ顔、噴火寸前の沈黙、そして……困惑顔。
 一番左が胡桃沢君なのは言うまでもない。
 まさかこれだけ引っ張って、こんな形での再会になろうとは。
 ただ、俺以上に背後の黒羽根が狼狽えてるんで、こっちはそんな
 取り乱さないで済んだ。
 さて……
「……所長、お久し振りです」
「そうだね。こうして面と向かって話すのは、本当に久し振りだ」
 向こうから話しかけて来てはくれたけど、どうにもギコちない。
 なんだろう。
 以前はあんなに普通に会話してたのにな。
「積もる話はありますけど、まずは今回の事件について、私なりに
 見解があるので聞いて下さい」
「いいよ。ディテクティ部だっけ。別に君達と競う気はないけど、
 判断材料は多いに越した事はない。有馬君もそれでいい?」
「はい。僕も同意見です」
 有馬君の了解を得たんで、取り敢えず彼らの推理を聞く事にした。
 さて……どんな話が聞けるのやら。
「今回の事件……胡桃沢から事情を聞かせて貰ったけど、不可解な点がある。
 まず、テレポートを使えるという城崎水歌に関してだ」
 そう話し始めたのは、ベレー帽の女子だ。
 彼女がこのディテクティ部の先鋒的存在らしい。
 異能力については既に知っている様子。
 っていうか、普通に受け入れちゃってるんだな。
 流石10代……感性が瑞々しいというか、チョロいというか。
 いや、俺も10代なんだけどさ。
「行方不明の女の子を探す為に、彼女の名前を指定してテレポートし、
 彼女の所に飛ぶ。うん、筋が通ってるね。でも一つ妙な事がある。
 どうして彼女は、そのテレポートを使って戻ってこないのかな?」
 そりゃ、戻って来れない事情があるんだろう。
 例えば、能力の使用制限があるとか、発動条件が面倒だとか。
 少なくとも、誰かに邪魔されていると安易に見なすわけにはいかない。
「この事が示唆するのは、二つの可能性だね。一つは、彼女が意図的に
 テレポートで帰って来ない。もう一つは、敢えて帰って来ないんじゃなく
 帰って来られない事態に巻き込まれてしまった。前者の場合、確かに
 探偵さん、貴方の言うように彼女が犯人の可能性は残る。その場合に
 考えられるストーリーは? 胡桃沢」
「はい。水歌ちゃんが予め彩莉ちゃんを監禁していて、自分もそこへ
 飛ぶ事で、被害者を装うってストーリーです」
 おー、胡桃沢君、推理を披露出来る立場になったんだな。
 立派になって……いかん、ホロリと涙出そうになっちゃった。
 きっとここから、アッと驚く推理を聞かせてくれるに違いない――――
「でもこれは考えられません。水歌ちゃんがそれをする理由はありませんから。
 私の知る限り、彩莉ちゃんとの仲は良好でしたし、水歌ちゃんは
 そんな酷い事する人じゃないです!」
 ――――とか思った途端にコレかい!
 完全に私見と感情論じゃねーか!
 やっぱりまだまだ助手の域を出ないな、胡桃沢君。
「な、何がおかしいんですか、所長」
 思わず笑みがこぼれてしまったらしい。
 もし彼女が、俺の知らない所で成長して、立派な推理を展開したら
 どうしよう、もう俺必要ないじゃん……って杞憂が実はあったりもした。
 でも、その心配はないらしい。
「いや、なんでも。それで君達は、誰が真犯人だと思ってるんだ?
 どうやら目星を付けているみたいだけど」
 一応、話を促してみる。
 多分ロクな結論じゃないだろうけど……
「それはボクから説明するよ。胡桃沢には少々酷だからね」
 ベレー帽の女子がやけにカッコ付けた所作で前に出てくる。
 彼女も探偵志望なんだろうか。
 男が同じセリフ、同じ動作だったらイラッとするけど、女子だと
 なんか微笑ましいのは何故だろう。
 こういうのも男女差別なんだろうか。
「ズバリ言うよ。犯人は……」
「犯人はァァ……!」
 どわっ!
 妙な事を考えてたから、突然吠えたラスボスさんの声に思わず
 ひっくり返りそうになった。
 ラスボスがついに起動しやがった……!
「あれ、ラスボス先輩。犯人を言いたいのかい?」
「犯人を……! 言い当てるのは……! 部長の……! 役目……!」
「わかったよ。ここはラスボスの顔を立てよう。じゃない、先輩の顔を立てよう」
 ベレー帽の女子が退き、ラスボスさんが前に出てくる。
 前回の剣幕を知っているだけに、ちょっと怖い。
 っていうか、攻めてきたらどうしよう。
 看板の一つでもあれば893の末端にでも対抗出来る俺だけど、
 丸腰でラスボスには勝てないぞ。
「ラスボス様! 見せ場ですわよ! 頑張って下さいまし!」
「ラスボスさん、ファイトです!」
 っていうか、応援すんなよラスボスさんを!
 応援されるラスボスって嫌過ぎるぞ!
「いいか……! よく聞け貴様ら……! 犯人は……! 犯人はァァ……!」
 応援を受け更にいきり立ったのか、力みまくった右腕を上げ、
 ラスボスさんは一人の人物をビシッと指差した。
 その人物とは――――
「お前だァァァァ……!」
 ……有馬君だった!
 あ、キレそうだ有馬君。
 ここで彼が暴れるのはよくない。
 何しろ相当なシスコン(正確にはカズンコンプレックス、カズコンだけど)
 だからなあ……
「有馬君、有馬君。気持ちはわかるけど、まず彼女達の話を聞こう」
 冷静になるよう諭した結果、有馬君は荒い呼吸を必死になって
 整えようとしていた。
 ……ちょっと怖いけど、どうやら鎮まったみたいだ。
「それじゃ、推理の続きを。何故彼が犯人だと?」
「ククク……!」
 ラスボスさんが不敵に笑う。
 けど、待てど暮らせど返答がない。
 ……場を盛り上げる為に適当に意外な人物を指差したんじゃないだろな。
「説明はボクがするよ。ラスボス先輩はお役御免だし、一条はまだ
 新入りだし、胡桃沢は君の家に雇われている身で話し辛いだろうからね」
 ベレー帽の女子がしゃしゃり出て来る。
 でもま、この子が一番話が上手そうだし、妥当か。
 ちなみに余り発言のない一条有栖は、俺の後ろにいる黒羽根をやけに
 ジーッと眺めている。
 そういや、クラスメートだったっけ。
 なんか一悶着ありそうだよなあ。
「ボク達がキミを犯人だと断定した理由は単純さ。けれど、まずその前に
 他の可能性から提示しよう。最初の失踪者、芦原彩莉クンが自発的に
 この状況を作り上げた可能性だ」
 いつの間にか推理披露が再開されていた。
 ここまでは割とまともな説明だ。
「彼女の性格や人となりは胡桃沢から聞いている。とても真面目で優しく
 気配り上手な女の子らしいね。ならば、従業員の目を盗んで
 仕事の手伝いをサボり、外へ遊びに行く可能性は低い。近所に住む彼女の友達に
 確認してみたけれど、一緒に遊ぶ約束もしていなかった。彼氏の存在もないようだね」
 成程、だから胡桃沢君が一旦所在不明になったのか。
 ってか、置き手紙くらいしていけばいいのに。
 携帯が壊されたのは不運としか言えないけど。
「よって彩莉クンが勝手に外出した可能性はない。かといって、
 建物の中にいる彩莉クンを誘拐するのも現実的じゃないよね。
 よくテレビでクロロホルムを嗅がせて一瞬で気を失わせるシーンが
 あるけど、実際にはあんな短時間で失神したりはしないものだよ。
 首への手刀やボディブローも同じだね。人間を拉致するのは容易じゃないんだ」
 ……そ、そうだったのか。
 クロロホルムって大した効力ないんだな。
 正直知らなかったけど、驚いた顔は見せないようにしよう。
 有馬君を幻滅させるのもなんだし。
「となると、可能性は絞られてくる。この建物の中にいつもいる人物の
 犯行……その線が濃くなるよね。そして、その中に彼女を誘拐する
 動機を持った人物が一人だけいる。それがキミさ、有馬湯哉クン」
 そこでようやく、有馬君の名前が出て来た。
 説明長いぞー。
「キミは日頃から彩莉クンを愛でて愛でて愛でまくっていたそうだね。
 重度のシスコン、いやそれ以上だと胡桃沢も証言している。
 つまり……愛し過ぎるが故に彩莉クンを自分だけの物にしたくなったのさ!」
 そんな心の中の野次が通じたのか、推理披露はここで終わった。
 ……なんとまあ、随分と尻つぼみな推理だ事。
 まるで意気込んで書き始めたはいいけど着地点が見つからず
 ダラダラ連載を続けるWEB小説のようだ。
「あの、有馬君」
 心底呆れている俺を尻目に、胡桃沢君がおずおずと挙手する。
「ここで働かせて貰った恩を仇で返すような事になっちゃったけど、人の道を
 踏み外すのは良くないって思う。大人しく自白すれば、身内だけの事で
 収まるんだから、ここは素直に……」
「だらっしゃあ! アホか! なんで僕が彩莉を拉致監禁しなきゃならんの!」
「あぉうっ」
 案の定、有馬君にキレられた。
 そろそろキレられても文句は言えまい。
 っていうか胡桃沢君、今の悲鳴はキャラ付けのつもりなんだろうか。
 だとしたら、ちょっと可愛かった。
 とはいえ、推理の方はダメダメだ。
 幾らなんでもガバガバ過ぎる。
 そんな動機で拉致監禁を疑われるとなると、世の中のあらゆる
 シスコンやブラコン、親バカはどうなる?
 そもそも、彼が犯人なら探偵に依頼するなんて真似、しないだろう。
「胡桃沢君……」
 彼女も多少、自覚があるんだろう。
 俺が目を向けると、明らかに動揺した素振りで目を泳がせていた。
「で、でも、あれだけの偏愛を目の当たりにしたら、それくらい
 やってもおかしくないって思いますよ。それに、他に犯人の候補になりそうな
 人はいないし……」
「一応、動機なら私にもあるんですが」
 突然話に入って来たのは、鳴子さん。
 電動の車椅子を器用に操縦しながら、ちょっと前に出てくる。
 それほど広い部屋じゃないから、窮屈そうだけど。
「あまり詳しい事は話せませんが、彩莉さんは私達ジェネド……異能力者と
 密接な関わりがある可能性を持っています。なので、私も、水歌も、
 文奈も、彼女を拉致する理由があるんです。調査の為に」
「……へ?」
 胡桃沢君をはじめ、ディテクティ部の面々、一斉にキョトーン。
 まあ、推理を根底から覆された訳だから仕方ないけど……
 敢えて厳しく言おう。
 普通に想定しておけよ、これくらいの事!
 彼女達異能力者の素性は全く知らないけど、彼女達がここに住み続けている理由を
 考えたら、有馬君か彩莉ちゃんの存在がその理由って可能性は十分にあるだろ!
 まあ……正直どういう理由なのかは想像出来ないけど。
 そうだな、例えば副作用とやらを消してくれる方法を知ってる、とか。
 そんな単純な理由じゃないかもしれないけど。
「そこで、探偵さん。貴方にお聞きしたいんですが……どうして
 私達の中に犯人がいると断定したんですか?」
 呆れ気味に色々心の中で説教していた俺に、鳴子さんが話を振ってくる。
 異能力者に犯人を絞った理由か。
 それは――――
「いや、単に君のリアクションを見たかっただけなんだけど」
 はい、ブラフです。
 そう言って、鳴子さんのリアクションを確認する為だけでした。
「……私の、ですか?」
「うん。状況的に身内の犯行の線が濃いからね。その中で
 わざわざ俺に依頼してきた有馬君は真っ先に候補から外れる。
 彼が犯人なら、事を大きくせずに身内だけで探そうとするだろうしね。」
「そーだよねー。普通、そう思うよねー」
 黒羽根が俺の後ろから野次将軍ばりにディテクティ部を攻撃し始めた。
 というか、明らかに胡桃沢君狙いだ。
 彼女を攻撃するくらいしか、自分の有利性を主張できないのか。
 そんなんじゃ人間終わりだぞ黒羽根……
 ともあれ、俺の見解を続けるとしよう。
「で、残るスタッフは有馬君のお父さん、お母さん、異能力者三人、胡桃沢君。
 一応、全員に可能性があると推定して考えてみたんだけど、その場合
 まずお父さんとお母さんは比較的慌てたり騒いだりはしていないみたいだね。
 それは自然な反応だと思うんだ。まだ彩莉ちゃんが姿を消して一日も
 経ってないからね。有馬君の対応は明らかに過剰、過保護だ。
 警察に連絡しなかっただけマシとも言えるけど」
 ちょこっとだけ、有馬君をチクリ。
 勿論、探偵を頼ってくれた彼には感謝もしてるけど、今回のは状況的に
 もう少し自分達で色々考えておくべき事件だ。
 安易に他人を頼るべきじゃない……なんてハッキリ言うと、探偵のお仕事なんて
 そもそも成立しないから、遠回しにしか言えないけど。
「で、最初に怪しかったのが……」
 そんなジレンマに頭を掻きつつ、俺は胡桃沢君へと目を向ける。
「わ、私ですか!?」
「そりゃそうだよ。事件が起こった直後に行方不明なんだもん」
 ま、実際には全く疑ってはいないけど。
 彼女にも良い薬だ。
「でも、こうして姿を現したし、動機もなさそうだからシロ。
 そして鳴子さん、君も俺のブラフに過剰反応を示さなかったから、
 シロの可能性が高そうだ」
「それはどうも。それにしても……貴方の言動は推理とは程遠いですね」
「推理は苦手な探偵なんでね」
 ちょっと皮肉げな事を言われたけど、実際その通りなんで仕方ない。
 彼女へのカマ掛けにしてもそうだけど、推理ってよりは作業。
 真相へ辿り着く為の作業だ。
 その手間や、恥を晒すのを恐れない姿勢が、俺の探偵業務における信念だからね。
「となると、残りは二人。その内の一人、城崎水歌は彩莉ちゃんの
 後を追う形でテレポートしたけど、その後連絡がない。
 色々考えられるけど、こういうケースもあるんじゃないかな?」
 指を一本ピンと立てて、含み笑いなんて浮かべてみる。
 今更ベレー帽の女子に対抗する必要はないんだけど、ちょっと意識してみた。
「テレポートで飛んだ先に、知り合いがいた。そしてその知り合いに
 口止めされた。彩莉ちゃんの無事は保証されているから、
 その口止めに了承した」
 その仮説が導き出す答えは――――
「まさか……犯人は湯布院さん?」
 察しの良い有馬君の言葉に、俺は悠然と頷く。
「確か、その方……あと一人のジェネドについては、一度も
 姿を見せてなかったですよね。部屋にも行っていない。
 確かめる価値はあるんじゃないですか?」
「私、行ってみます!」
 真っ先に反応を示したのは鳴子さん。
 それに続き、有馬君も部屋を出る。
 さて……真相はまだわからないけど、一応これで一段落だ。
「……流石、プロの探偵だね。ボク達とは踏んだ場数が違うみたいだ」
 息つく俺に、ベレー帽の女子がそんな敗北宣言をしてくる。
「まだ推理が正しいと決まった訳じゃないけど、信憑性があるよ。
 仮に間違っていても納得出来る。何よりスマートだ。ボクの目指す探偵像に
 近いのかもしれない」
「やっぱり探偵、目指してるんだ」
 俺は結果が出るまで、彼女達の会話につき合う事にした。
「一応、こんな部で活動してるくらいだからね。そこのラスボス先輩もそうさ」
「無念……! まさかまた煮え湯を飲まされるとは……! おのれ……! おのれ……!」
 ……こんな探偵、実在したら嫌だなあ。
「ま、残念だけど今回はボク達に見せ場は作れなかった。次の機会があったら、
 その時はもっと良い勝負を出来るくらい力を付けておくよ。"二人"とも、帰ろう」
「探偵め……! みておれ……! この借りは必ず……! 一条さん……!
 帰りますよ……!」

「悔しいけれど、セイブ・ザ・クイーンの称号は伊達ではありませんわね。ではまた」
 いや、その称号を付けた人には何の格もないんで称号もペラいんだけど……まあいいか。
 ともあれ、数々の迷場面だけを残し、ディテクティ部は去った。 
 ……一人を除いて。
「あ、あう」
 胡桃沢君は帰りそびれたのか、それとも別の理由があるのか、一人ここに残っている。
「……うー」
 そしてそれを何故か唸りながら眺める黒羽根。
 そう言えば、どっちも"く"で始まる苗字なんだな。
 "苦"しいの"苦"を連想してしまう。

 ……正直なところ、この二人を助手として置いておきたい気持ちは、ある。
 それは人間的な魅力がどうとか、異性としてどうとか、そういう感情を一切抜きにして、
 この二人がそれぞれ全く違う形で、でも確実に、はざま探偵事務所に貢献
 してきたという純然たる事実だ。
 ただ、俺の都合ばかりを言ってても仕方ない面もある。
 さっきのディテクティ部もそうだし、ここでのアルバイトもそうだけど、
 胡桃沢君はもう、はざま探偵事務所以外にも自分の居場所を作っている。
 それを捨てて、大して依頼も来ない、零細事務所に戻ってこいというのもなんか違う気がする。
 それに、黒羽根をこのタイミングで解雇するのも、彼女の今後を考えたら良くない気がする。
 胡桃沢君に負けた、と思うだろう。
 その負い目は傷になって、心に一生残りかねない。
 ――――二人とも事務所にいて貰う。
 そんな仮定は成り立つだろうか?
 給料……といっても大した額は払ってないけど、その額を更に減らせば、不可能な事じゃない。
 とはいえ、ウチみたいな事務所に助手二人置いておくのは、ハッキリ言って人材のムダだ。
 事務所を経営する人間として、そこはキッチリしておくべきだろう。
 私情は挟まない。
 それをせず際限なく受け入れると、何処かで確実に崩壊する。
 俺は探偵だけど、個人経営者でもあるんだ。
 ……よし、決めた。
 胡桃沢君に意向を聞いて、場合によっては―――― 
「あ、あ、あ、あの」
 ようやく考えがまとまった俺が意を決して話をしようとしたその時、
 僅かに先んじて黒羽根が口を開いた。
「私、今日で探偵の事務所に行くの、止める」
「え?」
「じゃ、じゃあね」
 言葉少なに、黒羽根がタタタッと部屋を出ようとした。
 なっ、何だ急に。
 あれだけ辞めたくないって行ってたクセに。
 今日だって、胡桃沢君に対して微妙に対抗意識持ってたじゃんか。
「おい! 待てよ黒羽根!」
 呼び止めた俺の声に反応し、黒羽根が止まる。
 既に部屋の扉のノブに手を掛けていた。
「……今の私じゃ役に立たない。今日でよくわかった」
「いや、偶々今回はそういう事件だったってだけで、前回の依頼はお前のお手柄だったろ?」
「あれこそ偶々じゃん。私が詳しいジャンルだったってだけ。あんな偶然はもうない」
 そうかもしれないけど……
 黒羽根、本当にそれでいいのか?
 正直、お前を最初に雇った時は直ぐ逃げ出すって思ってたんだ。
 女性しか話を聞けないって依頼者だったから、応急処置的に雇っただけだし。
 でもそんな俺の予想に反して、お前ははざま探偵事務所に居座ろうとした。
 石にかじりついてでも、って気概すら感じた。
 依存もあったんだろう。
 居心地の良い場所になっていたから、そこで楽しく生活したい、ってだけだったかもしれない。
 だけど、それでも、お前は――――
「だから、胸を張って探偵の助手って言えるようになる。その時に……」
 お前は……成長していた。
 そして今、それがハッキリとわかった。
「勝負、して欲しい。胡桃沢さん」
 黒羽根は、逃げだそうとした訳じゃない。
 どうせ俺が胡桃沢君を選んで自分を解雇するだろうとタカ括って、居たたまれなくなって
 この場から去ろうとした訳じゃない。
 黒羽根は――――いずれ戻ってくる為に、一度離れる事を選んだ。
 だとしたら俺はやっぱり推理は苦手だ。
 ここまで黒羽根が成長してるとは思わなかった。
 今の自分をちゃんと自覚して、足りない事、安住してたら身につかない事を自覚して、
 目標に近付くべく行動しようとする……そんな真っ当な人間になってたんだな。
「勝負……ですか?」
「はざま探偵事務所の助手にどっちが相応しいか、勝負」
 胡桃沢君も、俺との携帯でのやり取りで、黒羽根が助手になった事は知っている。
 でも、意外だったのかもしれない。
 ピンチヒッターの筈の黒羽根がこんな事を言い出したのは。
「わかりました! その勝負、必ず受けます!」
 高らかに言ったその言葉は、黒羽根との勝負だけじゃなく、はざま探偵事務所の
 助手に戻るという宣言だった。
 その直後――――俺の見解が正しかったという報せが、有馬君によって伝えられた。









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