「うわー、相変わらず淀んでますね、空気が」
事務所に出社しての第一声。
胡桃沢君はトレードマークのオオカミ耳を揺らしながら、
鼻の穴を全開にして事務所の空気を吸っていた。
事件解決の翌日――――
黒羽根の『休職届』を受け取った後、胡桃沢君から『復職届』を受け取り、
はざま探偵事務所は新たな体制へ移行した。
そう、"戻った"じゃない。
胡桃沢君も以前の胡桃沢君じゃないだろうし、あの約束もあるし。
尚、胡桃沢君はスパランド【CSPA】のアルバイトを本日付で辞めたらしい。
しかも、あのディテクティ部も退部したとか。
俺としては、掛け持ちでもよかったんだけど……
っていうか、よく退部の許可が出たな。
確か部員数ギリギリだった筈だけど。
「まずは掃除からですね。助手としての最初の仕事、張り切ってやりますよ!」
「あんまり張り切らないでね。転んで骨折とかされても困るから」
「所長!」
胡桃沢君の怒鳴り声に、俺は思わず怯む。
んー、懐かしいなこの感じ。
そんな長い期間、離ればなれだった訳でもないんだけど。
何にしても、彼女には最初の仕事をしっかりとこなして――――
「あ、胡桃沢君、ストップ」
「はい?」
「最初の仕事は掃除じゃなくて、こっち」
俺は懐から有馬君に貰った名刺をペロッと取り出す。
「……名刺、ですか?」
「中々察しが良いね。そう、ウチの名刺作ってよ。名前が刺すって書く
意味がわからなくて敬遠してたけど、流石に不便なんだよね、名刺がないの」
「デザインを私が決めていいんですね?」
「お願い」
「わかりました! パソコン借りますね!」
ノリノリの胡桃沢君が、俺の座っていた席に腰かけ、名刺のデザインを
あれこれと考え始める。
黒羽根に頼んでたら、全く違うリアクションだっただろう。
多分完成品のデザインも。
……いかん、ついつい二人を比べてしまう。
それは両者に失礼だ。
でも、黒羽根はこれからどうするつもりなんだろう。
助手として相応しいスキルを身につけるって主旨だったと思うけど、
そんなスキル何処で身につけるのやら――――
<DOKI×2で壊れそう1000%LOVE HEY!!
……ん、これは黒羽根専用の着信音だ。
メールか。
まさかあいつの方から送ってくるとは思わなかったな。
なになに……
『ディテクティ部に入部した。これからは敵。コロス』
……御丁寧に四人でポージングしてる画像まで添付してきやがった。
その割に黒羽根だけ浮きまくってるけど。
本文を要約すると、『胡桃沢君が抜け、黒羽根が加入した
真性(新生の間違いか?)ディテクディ部は〈はざま探偵事務所〉を
ライバルと見なし、今後も勝負を仕掛けていく』だと。
……いや、勝負の場なんて殆どないだろ。
こっちはプロ、そっちはアマだぞ。
何処の世界に、学校のクラブに依頼を持っていく人がいるんだ。
それとも、こっちに入った依頼に毎度介入してくるつもりか……?
もしそうなら、一度目の時点で威力業務妨害罪で訴えてやる。
「所長! ちょっと来て下さい!」
苦い顔で携帯を閉じた俺を、胡桃沢君が大声で呼ぶ。
どうやらイイ感じのデザインが浮かんだらしい。
その笑顔に、俺はふと、本当にふと、こんな言葉を思い浮かべた。
「胡桃沢君」
「はい!」
なんで、口に出してみる。
……ま、素直なのが一番だからね。
「おかえり」
胡桃沢君は一瞬キョトンとした後――――
「ただいま帰りました!」
オオカミの耳を揺らし、ニッコリと笑うのだった。
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