調査報告書
○月×日(月)。
依頼人、神威アキト(以下、甲)から我がはざま探偵事務所所長、
狭間十色(以下、乙)に連絡有り。
甲いわく、四人がヤンデレと化し、そのうち二人に刺され、一人に
睡眠導入剤を多めに盛られ、一人に監禁されているという。
監禁は現在進行形で、三日目。
ただし甲の依頼に『助け出して欲しい』『連れ出して欲しい』
等と言った表現はなし。
この事に加え、監禁しているにも拘わらず携帯を取り上げていない事から、
乙は今回の事件を作為的であると判断。
しかしアキト少年の狂言とは到底考え難く、理由として考えられるのは――――
「……保護、ですか?」
無事アキト少年を西園寺心愛の屋敷から救い出した俺は、
胡桃沢君の待つ事務所へ帰還し、報告書をまとめながら事件の顛末を
彼女へ話していた。
「そう、保護。少なくとも西園寺心愛はそう思っていた。
だから携帯は取り上げなかった」
「でも依頼人は監禁ってハッキリ断言してますよね。って事は、狂言……」
「じゃない。彼は彼で監禁だと思い込んでいる。そこに、今回の事件の
鍵が隠されていたんだ」
報告書をまとめ終え、椅子の背もたれに寄りかかりながら、
俺はさっきまで体験してた修羅場を思い出し、背中を冷や汗で濡らしていた。
「報告書、ちょっと見せて貰っていいですか?」
「うん」
口で説明するのも億劫なくらい精神的に消耗してるんで、
その方がこっちとしても助かる。
俺から受け取った報告書に目を通した胡桃沢君は、次第に
その顔色を青白くしていった。
「……六人目の女?」
「そう。もう一人いたんだ。アキト少年に恋い焦がれる人物が」
以前俺が彼のハーレム依頼を受けた際には、関わっていなかった女性。
その人物が今回、かき回していたんだ。
当然、俺等は名前も顔も知らない。
それどころか――――アキト少年すらも知らない人物だった。
遠巻きにアキト少年を眺め、片思いし続け、しかし彼が
五人もの女性とイチャイチャしている事を知り、その場面と遭遇する度に
ストレスを溜め、やがてヤンデレと化した。
アキト少年は四人がヤンデレ化したと思っていたが、実のところ
刺した二人、睡眠導入剤を飲ませた一人は同一人物だった。
逆に言えば、アキト少年がそう誤解してしまう状況があった訳だ。
どうして誤解したのかというと――――
「でも、ハーレムの五人の女子は知ってたんですね」
「そう。だから見張ってたんだ。ヤンデレ少女がアキト少年を襲って来たら
直ぐに助けられるよう」
恐らく、交代制で見張っていた。
そしてアキト少年が刺されたり薬盛られたりした時に、いち早く
救急車を呼び、彼を救った。
その際、アキト少年は薄れ行く意識の中で彼女達の声を聞いていた。
だから誤解した。
ただし、意識レベルの低い中での認識だったから断定は難しく、
俺には伝えづらかった。
そんな状況だったんで、苦肉の策として、西園寺心愛の屋敷へ
一時的にアキト少年を匿った。
お嬢様の屋敷なら、SPもいるだろうし安全度は高い。
ただしエリザヴェータ・恋・シェフチェンコだけは見張りには
加わっていなかった。
ハーフである彼女は、日本語こそペラペラだけど、救急車を呼ぶ際に
現場の住所をしっかり説明出来ない、という懸念があったからだそうな。
これが、今回の事件の真相だ。
彼に事情を説明しなかったのは、もしそうすれば"六人目の女"の存在を
アキト少年が認識してしまう。
フラグが立ってしまう。
ハーレム状態を受け入れていた彼女達でも、流石にこれ以上
ライバルは増やしたくなかったらしい。
――――いや、それだけじゃないのかもしれない。
『ここここ困った時には新キャラ投入。ははははハーレム漫画の基本ですね』
西園寺の屋敷へ向かう前にりりりり先生が言っていた言葉が
妙に頭の中に残っている。
これは別に、今回の事件が漫画チックだとか、アキト少年を取り巻く環境が
二次創作のようだという訳じゃない。
何故漫画家は困ったら新キャラを投入するのか?
答えは簡単、マンネリを防ぐ為だ。
そして物語を活性化させる為だ。
同じ事が言えるんじゃないだろうか。
ヤンデレ気質の女子が、自分の好きな男子を狙っている。
その状況で最初に彼女達がすべきなのは、アキト少年にその事態を伝え、
少なくとも一度刺された時点で警察に相談する事だ。
でも彼女達は二度傍観し、三度目の対応も自己完結の方法を選択した。
俺は疑っている。
彼女達が、今回の事件を"楽しんでいたんじゃないか"と。
さっき、西園寺の屋敷へ全員に集まって貰い、探偵の醍醐味である
解答編的な感じで真相を披露してきたんだけど、『自分を守る為に
こんなに手を尽くしてくれたんだ』と感激するアキト少年とは対照的に
ハーレムの女の子五人の反応は至って冷静だった。
それが、物凄く恐ろしかった。
俺には修羅場にしか思えなかった。
勿論、表面上では心配していたり、頑張ってアキト少年を助けようとしていたんだろう。
でも、心底心配していたかどうかは怪しいところだ。
ハーレムという、どう考えても異質で特殊な人間関係を構築した彼女達。
けれども、そんな関係性にすらもマンネリズムが生じたとなると、
人間の業ってのは相当に悩ましいと言わざるを得ない。
「この感じだと、依頼人は近い将来全員から愛想尽かされるかもしれませんね」
「ハーレム野郎の行く末なんてそれがお似合いだよ」
「あれ、珍しいですね。所長が依頼人を悪く言うの」
「依頼は尊重するけど、依頼人の人格まで尊重する気はないよ」
キッパリそう答えた俺に、胡桃沢君は報告書を返しながら
妙な微笑みを浮かべていた。
「やっぱり、恋愛は一途が一番ですよね」
その笑顔を見ていると、俺もそう思う。
ま、みんながみんなそう思ってたら、探偵なんてこの世に要らないんだろうけどね。
浮気調査のない世界で生き残れる探偵なんて、まずいないだろうし。
「胡桃沢君。今日は奮発するから、一緒にディナーでもどう?」
「え? ど、どうしたんですか所長。そんな気前の良い所長、実在しませんよ?」
「……そんな失礼な事言う助手には奢ってやらない」
「あ、待って下さい。冗談ですから! 直ぐ準備しますから、一人で行っちゃダメですからね!」
バタバタと洗面所へ向かう胡桃沢君に溜息を落としつつ、報告書を引き出しに仕舞った。
色々あったが、結果的には現実的な方向で収まったな。
流石に四人も一度にヤンデレ化するなんてのはファンタジーだ。
そう苦笑しつつ、ちょっとした空き時間を埋めるべく、テレビを付けてみる。
ちょうど夕方のニュースが流れていた。
『次のニュースです。本日未明、某京都某田区のアパートで男性が遺体で見つかった
事件で、同区に住む知り合いの女性××××容疑者、○○○○容疑者、△△△△容疑者、
□□□□容疑者、◇◇◇◇容疑者の五人が殺人容疑で逮捕されました。
警察の発表によると、五人はいずれも犯行を否認しており――――』
やっぱり探偵って世の中に必要だと深く悟った、とある日の夕刻。
俺は一応、本日の依頼人であるアキト少年が幽霊じゃない事を確認する電話を入れるのだった。
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