『次のニュースです。本日未明、某県某市のアパートで頭から血を流し
倒れている男性が発見され、その後死亡が確認されました。
司法解剖の結果、死因は出血性ショックだった事がわかり、
警察は事件と事故の両面で捜査しているとの――――』
週明けの朝から飛び込んでくる、近場の嫌なニュースに耳を傾けながら、
朝食の水をゆっくりと飲み干す。
それが俺、狭間十色の趣深い一日の始まりだ。
探偵たるもの、リアルタイムで動き行く世界情勢には常に五感を
傾けてなければならない。
といっても、人間の情報処理能力には限界があるんで、
取り敢えずは国内、それも探偵が入り込む余地のある事件や出来事にのみ
耳を傾ける取捨選択の精神こそが肝要だ。
『次は明るい話題をご紹介します。一風変わったオンブバッタが発見されました。
なんと全長……60cm! 通常の15倍の大きさだそうです。下の大きな方がメスで、
上に乗っているオスも40cmという脅威のサイズ。この巨大バッタが
見つかった某県某村の住民は、早速村おこしをしようとゆるキャラを制作。
その名も〈バッタもん〉! 移動は全部跳躍という頑張り者で、中に入っている
漁師の山田昭仁さん(66)は連日トビウオのように跳び回って大忙し。
名前があの天才軍師・諸葛亮孔明と同じという村長の柳葉孔明さん(77)と共に
取材に応じ、「これから忙しくなりますよ。バッタだけにバッタバッタと
倒れないようにしないといかんね。ハハハ」とコメント。今後は〈バッタおこし〉と
いう駄菓子も作って子供心の内角を抉るようにアピールしていく予定なのだそうです。
ちなみに先日、巨大バッタはカマキリの幼虫に捕食されたとの事です』
こういうほのぼのとしたニュースは探偵には必要ない。
ゆるキャラのデザインがなんとなーく以前ここ共命町のゆるキャラを
デザインしてくれた及川瑪瑙さんの絵に似てた気がしたけど、まあいい。
それよか問題は今日という日をどう過ごすかだ。
助手の胡桃沢君が本日は日直との事なんで、早朝の訪問はなし。
夕方には新作のケモノ耳を持ってくるらしいけど、正直毎回感想に
気を遣うから微妙に止めて欲しい。
三日前は迷走の果てにゾウの耳を付けてきていたし。
可憐な美少女がゾウ耳付けて玄関に立っている姿は余りに居たたまれない。
ま、それよりも仕事だ。
探偵としての業務は……今のところ予定ナシ。
スケジュール帳は真っ白。
念の為、曜日を確認するが、月曜で間違いない。
普通に営業日だ。
……営業日だというのに!
最近、浮気調査の仕事も減ってきた気がする。
不倫がネット上で叩かれる風潮もあって、自粛してるのかもしれない。
仕方ない、今日はホームページに載せるコラムでも考えるか。
タイトルは『人間とデカいバッタの命はどっちが重いか』なんてどうだろう――――
《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》
で、電話だ!
月曜平日の朝から電話だ!
やったぜ、この時間帯は依頼の可能性が高いぞ。
何しろこのはざま探偵事務所、依頼の大半はペット探し。
そしてペットの失踪は朝起きてすぐ気付くパターンが多い。
つまりこの時間帯ですよ。
しかも、すぐに探偵へ電話するような人は大金持ちが多いと思うの!
やだ……今月分の食費、今日一日で潤っちゃう。
よし、一瞬だけ中性的な自分を作り出してクールダウンに成功。
最近の俺の自己コントロール法の一つだ。
こうして熱気を覚ましておかないと、依頼主がビックリするからな。
それじゃ、気を落ち着かせて電話に出るとしましょうか。
「はいこちら【はざま探偵事務所】! 犬猫うさぎ、バイソンにクロコダイル、
何でも探しますよ探偵ってそんなハイパーなサーチサーチャーサーチェストですから!
それとも浮気調査ですか? それなら浮気相手をセンテンススプリングに売り渡すプランが
今のトレンドなのですよ?」
「……あ、なんか懐かしい」
固定電話の受話器から、何処かで聞いたような声が聞こえてくる。
思い出せ、俺は女性の声しか記憶しないというエセフェミニストとは違うんだ。
この声は……そうだ。
思い出した。
そして思い出すのと同時に電話を切った。
さて、コラムの続きを考えるとしよう。
最初の一文はインパクトのある言葉が良いな。
例えば『あなたは人間よりバッタの命が重いと言われて、素直に信じますか?』とか。
うん、中々興味を惹く気がする。
問題はここからどうやって探偵事務所に依頼をしたくなる気分に持って行けるかだけど――――
《ジリリリリリリリリリリリリリリリリ》
「はい。こちら【はざま探偵事務所】」
「突然切られたって事は、僕の事覚えてますよね? 僕です。神威アキトです」
ああ、思い出したくない名前だけど覚えてるよ。
天然ハーレム野郎だ。
『報告書01:予定調和の人々』にこの俺が苛つく理由をこれでもかと書き殴ってやったわ。
「あの、実はまた相談したい事が……」
「断る。どうせ痴情のもつれだろ? 俺が前に言った事を完璧に実践しても、大なり小なり
綻びはある。それが恋愛ってもんだ。自己解決しろ」
「そ、そんな! 僕とっても困ってるんです!」
「知るか! あのな、俺は街の探偵さんなの。俺の頭脳を街の困ってる人達の為に
空けておかないといけないの! 今日だって今この瞬間だって、世の中は殺人事件や
横領、あとバッタが村おこしするような大事件が起こってるんだよ!
脱ゆとりし過ぎて頭に煩悩詰め込んだハーレム詰め込みピーマン世代にリソース割けるか!」
「でも僕、このままだと殺されますよ!?」
……お、おおう。
殺されると来たかい。
それはちょっと怖いな。
いや、仮に大げさな表現で俺の関心を引こうって算段だとしても、声が物凄く真に
迫っててなんかこっちにまで恐怖が伝染してくるくらい切羽詰まった感じだし、
それなりに追い詰められるのは本当みたいだ。
「……タダ働きはしないぞ? ボランティアじゃないんだからなこっちも」
「勿論です。これまでに貯めてきたお年玉10万円分、ここで使い切る覚悟です」
どうやらガチらしい。
そこまで依頼人に言わせた以上、こっちもプロとしての対応をせねばなるまい。
10万円。
一日300円として、33日分の食費。
フッ……大きくなったな、神威アキト。
そこまでの大金を用意する漢になったか、俺は嬉しいぜ。
「ンゴホン、君の覚悟は俺のハートにゴガギャァァァァンと届いた。話を聞こう」
「は、はあ。メチャクチャ響いた感じの擬音、恐縮です。誠意は言葉ではなく金額って
本当なんですね」
また一つ、社会勉強をさせてしまった。
俺の社会貢献度も中々のものだ。
「それで、殺されかねない状況ってのはどういう事だ? まさかとは思うが、
ハーレムの中の誰かに刺されでもしたか?」
以前、彼――――神威アキトが俺に依頼してきた時の事を思い出してみる。
彼は高校生。
大人しめな性格ながら、親しくしている五人の女子がいる。
幼なじみでのロリ巨乳、木間咲良。
純粋無垢なお嬢様、西園寺心愛。
頭脳明晰なツンデレかつクーデレ、九條碧流。
病弱で素直クール、白銀維月。
ハーフでしっかり者のナイスバディ、エリザヴェータ・恋・シェフチェンコ。
彼女達全員が、このアキト少年に恋愛感情を抱き、またアキト少年も
彼女達全員に恋愛感情を持っている。
だから五人全員と均等につきあって行きたい……というのが
前回のフザけた依頼内容だった。
実はこの依頼、ちょっとした裏があって、女子五人それぞれからも依頼を受けていた。
内容は概ね同じで、全員が『他の子を傷付けないようアキト少年と
仲良くしていきたい』というもの。
つまり、ハーレム関係を維持する事を六人全員が望んでいるって訳だ。
それだけに、アキト少年の訴えは意外だった。
とはいえ、恋愛ってのは理屈で語れないもの。
誰かが予定調和を崩したくなったとしても不思議じゃないし、
そうなると今度は思い詰めてしまい、突拍子もない行動に
出る事だってあり得る。
だとしたら、この中の一体誰がアキト少年を襲ったんだろうか?
一人で思い詰めそうな人物は、恐らくこの――――
「はい。二人に刺されました。どっちも背中から」
……んん?
二人?
「あと、一人に監禁されて、一人に睡眠導入剤をちょい多めに盛られました」
「……マジで?」
「マジです。睡眠導入剤ってスゴいですね。手術で麻酔受けた時と
同じ感じで意識スーンってなくなっちゃいました」
意識スーン……いや、わからなくもないけど、その変わった表現より何より
しれっと手術受けてるのが一番怖いぞ。
ど、どういう事だ?
今の言い方だと、同一人物の仕業じゃなさそうだ。
つまり……
「アキト君。いや神威さん。今から俺、身もフタもない言い方しますけど、
よろしいでしょうか?」
「この何秒かで一気に余所余所しくなったのは何か嫌ですけど、いいですよ」
「……君のハーレム、五人中四人がヤンデレ化したの?」
「はい! 実はそうなんです!」
「そんなハキハキ言う事かボケぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
久々にキレてしまった。
一体どんな神経してるんだ、このハーレム野郎、いや刺殺未遂被害者野郎は。
というか、五人いて四人がヤンデレになるってどういうハーレムだよ!
ヘイトが雪だるま式になってんじゃん!
「それでその……誰に理由を聞いても『何もわからないもう訳わかんない』みたいな
返事しかしれくれなくて、僕もうどうしていいか」
「シャルウィゴートゥーザポリス?」
「そんな今宵は私と一緒に踊りましょうみたいなノリで言われても」
「いやいやいやいや、警察案件だろこれ。探偵にも出来る事と出来ない事と
絶対に首突っ込みたくない事がある」
「そんな! 僕、彼女達を警察に引き渡すなんて、出来ないですよ!」
相変わらず、頭の中がお花畑らしい。
このままじゃ近日中に死ぬぞ。
そして限りなく恋人に近い関係の女子を殺人犯にするぞ。
とはいえ……ハーレムなんてぬるま湯を望んでるこの少年に
幾ら言ったところで、聞き入れそうにない。
あと、10万はやっぱり惜しい。
「わかったわかった。流石に依頼人が四人のヤンデレから集団惨殺されるのを
傍観するのは夢見が悪い。10万で引き受けよう」
「あ、ありがとうございます! よかった、これで前みたいに戻れるかも……」
「この後に及んでお前はまだハーレムに拘るのか!?」
「す、すいません。やっぱり無理ですよね、そうですよね」
お花畑は訂正だ。
こいつの頭の中は蓮根畑だ。
「僕が悪いんです。ハーレム状態を上手く維持できなくて、彼女達を
追い詰めてしまったんです」
「その辺りの事情は詳しく聞きたいから、会って話をしよう。事務所に来られるか?」
「いえ、今は無理です」
「ま、学校があるからそうだろうな。なら放課後にでも……」
「違うんです。僕、今解禁されてて。今日で三日目です」
現在進行形かよ監禁!
しかも三日って……もう怖いわ色々と!
もしかして何気に、はざま探偵事務所始まって以来の難事件じゃないのかコレ。
「今は心愛ちゃんが学校に行ってて、どうにか会話出来るんですけど……」
「スマホでか。よく没収されなかったな」
っていうか、監禁してるのお嬢様なのかよ。
屈強なSPにでも攫われて、デカい屋敷の広い部屋で首輪でも付けられて
飼われてる姿が容易に想像出来るぞ。
「毎日学校から帰ってきたら、スマホ取り上げられて通話内容全部チェックされます。
だから、今日の放課後までが勝負です。それまでに探偵さんが解決できなかったら、
僕多分殺されます。どうか、お願いします!」
……責任という言葉に初めて、一トン以上の重みを感じた。
まさか、あのハーレム事件の顛末がこんな重い事態になるとは。
依頼人から命を預けられるような事件が俺に舞い込んで来るなんて、
思いもしなかった。
「……いいだろう。そこまで俺を信じてくれたんなら、俺も腹を括ろう。
必ず放課後までに解決してやるから、待ってろ」
「た、探偵さん……! 僕、探偵さんに出会えてよかった……!」
嬉しい事を言ってくれる。
正直こっちは出会いたくなかったが、そんな本音はこの際捨てておこう。
はざま探偵事務所の総力を挙げて、この難事件を解決へ導く。
そう心に誓い、俺はまず情報収集に注力する事にした。
そして――――
「皆さんに集まって貰ったのは他でもない。ヤンデレについて情報が欲しい」
時刻は昼。
俺は胡桃沢君の通う青野高等学校へと赴き、そこでつい最近発足した
ディテクティ部の部室へ数人を招集していた。
「や、ヤンデレ……ですか?」
その中の一人で現助手の胡桃沢君は困惑気味。
「……」
元助手の黒羽根は人口密度の高さに怯えフリーズ中。
「ああああああの、わわわわわ私仕事が、ししししし締切りが……」
漫画家の清田りりりり先生は寝不足らしく、目の下のクマが目よりデカい。
「やれやれ。何故このオレが格下探偵の呼び出しに応じなければならないのか。
まるでミネラルウォーターを使った紅茶を飲むかのように無駄な時間だ」
彼は……
「……?」
「何だその『コイツ誰だっけ?』という顔は! 保下探偵事務所所長、保下慧得だ!
以前町長に紹介されてキミの事務所にやって来ただろう!」
保下。
保下……ほげ……
「ああ、最後にほげええええって悲鳴あげてた探偵のホゲさん!」
「オレの名字は"ほうした"だッ! 被害者の実家に押しかける八流ジャーナリストのように
失礼な奴だなキミは!」
激高している保下探偵だが、正直呼んだ覚えはない。
呼んだ覚えのない人にキレられても、正直困るよね。
「その方をお呼びしたのは、わたくしですのよ。ディテクティ部の顧問的な立場を
お願いしている関係で」
狼狽していた俺にそう説明してきたのは、"クイーン"こと一条有栖。
その隣には、迷彩色のベレー帽を被ったクールなボクっ子もいる。
胡桃沢君を含む彼女達三人と、ラスボスのような風貌の法霊崎さんの計四名が、
青野高校ディテクティ部の全部員だ。
なお今回、法霊崎さんは呼んでいない。
彼女にはヤンデレの思考は全くわからないだろうからな。
そう。
保下探偵を除く彼女達に協力を仰いだのは、ヤンデレについての情報を得る為だ。
今回の件を解決するには、当事者との干渉は必須。
暴力行為や監禁を止めさせないといけない。
でも、下手にこっちから電話なりなんなりして『アキト少年を傷付けるのは止めろ』
と言っても、ヤンデレ化している以上、簡単に話が通じるとは思えない。
場合によっては、その場しのぎで穏やかに対応されて、でも実際には
全く止める気がない、ってパターンもあり得る。
そうなると、もう手の打ちようがない。
だからこそ、綿密な準備が必要だ。
どんな干渉の仕方をすれば、四人ものヤンデレを鎮圧出来るのか。
ヤンデレ女子の性質を知る為にも、女子からの意見を聞いてみたかった。
俺は俺で、ヤンデレについてある程度知識は持っているし、自分なりの
見解とか区分とかもある。
ただ、現実のヤンデレと対峙した経験はないし、未体験の人間には到達しようのない
特殊な領域があるんじゃないかと思うんだ。
一歩間違えば、彼女達の殺意がこっちに向きかねない。
入念に現在の彼女達の心理状態をトレースした上で会話をしないと、俺とアキト少年に
明日は来ないかも知れない。
「ヤンデレ、という言葉は聞いた事がある。要するに、精神的な不調、精神疾患、
或いは人格の著しい歪みによって意中の異性に対し反社会的行為を強行する女性を
指した表現なのだろう?」
……意外にも、最初に食いついたのは女子じゃなく俺以外で唯一の男性、保下探偵だった。
流石プロの探偵、説明がいちいち説明的だ。
「ヤンデレってそんな感じなんですね……」
「ななななななんか、なななななな生々しいです。漫画だともっとソフトに表現しますから」
胡桃沢君とりりりり先生は多少引いていたけど、実際ヤンデレを
実社会で定義するなら、今の説明が適切なんだろうな。
「で、なんで探偵さんはヤンデレについて調べてるんだい? まさか
好奇心や興味本位って訳じゃないよね? これだけ人集めておいて」
「ああ。ベレー帽の人の言うように、これは決してお遊びじゃない。
人二人の命が掛かった事案だ」
「……一応ボク、不破唯果って名前があるんだけど」
初めて知ったし。
ベレー帽の子は不破さんか……どっちかってーとあのラスボスさんの方が
不破って感じだけどな。
「それよりも狭間探偵、そろそろ話を進めてくれないかい?
こっちもプロなんでね。時間は有限なのだよ。電池の切れた時計のような
キミの人生と一緒にして貰っては困る」
保下探偵の例えにはイラッとするが、確かにそろそろ頃合い。
いきなり説明するとドン引きされそうなんで、場が温まったのを見計らって
俺は詳しい事件のあらましを語った。
「……うわあ」
結果、胡桃沢君をはじめほぼ全員から『巻き込むなよンな怖い事件に』って顔された!
「……オレもそれなりにこの仕事長いが、四人も反社会的人格となった十代女性を相手にした
経験はない。というか、不可能だ。中央シベリア高原で裸踊りするようなものだ」
プロの保下探偵ですら露骨に顔をしかめている。
そんな中、唯一顔色を変えずに俺の話を聞いていたのは、なんと元助手の黒羽根。
「ヤンデレって、そんなに怖いかな? 別にそこまでビビらなくても良くないか?」
しかもこんな頼もしい科白を!
さっきまでフリーズしてたのが嘘みたいだ。
「だってヤンデレって結構多いじゃん。そりゃ《ピーーーーーー》の《ピー》みたいに
《ピーー》の頭を《ピーーー》して《ピーーーーーー》とかするのは無理だけど、
そんなんじゃないんだろ? 量産型ヤンデレなんて主人公が抱きしめるか
キッパリ振って諦めさせれば大体泣いて大人しくなるんじゃねーの?」
……俺は決して理解力がないと自分では思っていないけれども、黒羽根の話の
半分くらいは理解出来なかった。
「キミ、オレは探偵だからその話はちゃんと理解出来るが、一般的には無理だ。
それとキミの中のヤンデレはアニメやゲームのデフォルメされた表現に偏り過ぎていて
やや一般論からズレている。肩凝りの激しい中年男性の背骨のようにな」
「そ、そうなの?」
「黒羽根……あれだけゲームと現実をごっちゃにすんなって言っただろうが」
自信満々で語った結果、全くの的外れだと指摘された黒羽根は
引きつった微笑で俯き、再び固まってしまった。
こうなると暫く使いものにならないな、コイツ。
「何より実際、未遂とはいえ刃物まで持ち出しているんだ。警戒は最大限すべきだろう。
真冬に挑むエベレストのように入念にだ」
「気をつけなきゃいけないのは同感だけど」
一人でどんどん突っ走る保下探偵に対し、意見を述べようと挙手したのは
ベレー帽の不破さん。
うーん、初対面の時も感じたけど、なんとなく有能オーラが出てるんだよな、彼女。
出来れば胡桃沢君にあのポジションを張って欲しいんだけど、なんか全然目立ててないぞ。
もしかしてディテクティ部でも地味なんだろうか、彼女。
一応探偵の助手なのに、学生の探偵ごっこの中ですら存在感ないのはちょっと……
頑張れ胡桃沢君。
学校ではケモノ耳しない方がいいぞ胡桃沢君。
あと今日俺に見せようとしてたんだろうけど、そのビッグホーンの角みたいなの
絶対耳じゃないぞ胡桃沢君。
どうしてあんなの付けててここまで存在感ないんだろう……隠密術極めたくの一の末裔か何か
なんだろうか?
「本当に彼女達に神威アキトを殺す意志があったんだろうか?」
俺が助手の心配をしている間にも、話は更に進んでいく。
「む、つまりポーズの可能性もあると言う訳か。」
「幾らヤンデレと言っても、明確に殺意を持つようなケースは稀だと思うんだ。
狭間探偵、その辺りどうなんだ?」
まともに頭が回る人間が複数いるからとサボっていた訳じゃないけど、
暫く静観していた俺に痺れを切らしたのか、不破さんが話を振ってきた。
「そうだな……その辺については確証はない。だから神威アキトの証言を元に、
その辺も含めて色々と整理してみようと思う」
「被害者の証言から推理する訳か」
「検証だよ、保下探偵」
そんな訳で、俺は以前アキト少年に書いてみせた彼のハーレム関係図を
取り出し、そこに赤ペンで現状を書き足してみた。
「改めて見ると、四人から殺意向けられるハーレムって異様ですね……」
胡桃沢君は他人事のようにそう漏らしている。
でも君も割とドクロ側の素養持ってる女子だと思うんだけどな、俺。
「つまり、唯一ヤンデレ化していないのが、この……エリザベータ・恋・シェフチャンコ
とかいう子なのですわね」
「人の名前を居酒屋のオーダーみたいな間違い方するのは失礼だけど、そうだ」
一条クイーン有栖の言うように、唯一このハーフの子だけは正常を保っているらしい。
解決の糸口は彼女にある、と考えたくなるところだ。
でもまずは、他の四人についての検証を始めよう。
「俺の見解では、四人がヤンデレ化した原因は同じ人物でも、実際にヤンデレになった
この四人が同じタイプの人間とは思えないんだ。それぞれ別のヤンデレになってる
可能性が高い。同じような対応をしたら手痛い目に遭う恐れがある」
「さささささ賛成です。やややややヤンデレにも色んなタイプがいますから。
記号化したキャラクターでも一緒くたにするのは乱暴です」
りりりり先生の言うように、漫画のキャラですらそう。
まして現実の人間となれば、それこそ十人十色。
ヤンデレも例外じゃない。
「ならキミの言うように、一人一人検証しようじゃないか。まずはこの……
木間咲良。彼女はどうなんだ?」
「奔放型ヤンデレだ」
挑発的に問いかけてくる保下探偵に対し、俺はキッパリそう言い切った。
「……聞いた事のない言葉だが。説明を求めよう。1945年製造のロマネ・コンティを
語るソムリエのように詳しくな」
「彼女はアキト少年の幼なじみだ。幼なじみっていう事は、昔から
アキト少年を慕っていて、思慕を募らせてきた」
「素敵です。一途って素敵です」
胡桃沢君が目をキラキラさせてウットリ物思いに耽っている。
浮気や不倫嫌ってたし、そういう純粋な恋愛に思い入れがあるんだろう。
「確かに素敵かもしれないが、今回はそれが裏目だ。募らせたのは思慕だけじゃなく
独占欲や自分だけが彼を幼少期から知っているという特別感もまた、
他の女の子が現れる度に蓄積していったに違いない」
「つまり、負の感情が積もりに積もってヤンデレ化した?」
ベレー帽の不破さんに頷きつつ、俺は以前アキト少年に書き出してみせた
五人+彼の記号化した性質表を取り出し、そこに今回の件で現れてきたと思しき
別の顔を書き足した。
「天然、天真爛漫は言い換えれば空気が読めない、行間が読めない。
人間の中には、その手の行為が極端に苦手な一群が存在するもんだ」
「それが自身や周囲を苦しめる場合は、自閉症スペクトラムやアスペルガー症候群、
ADDやADHDといった発達障害と診断される事もある。彼らにとって
空気を読むというのは魔法のような行為らしい」
「生々しい補足ありがとうございます」
勿論、木間咲良を『天然だから』という理由で発達障害と結びつけるのは無理があり過ぎる。
ただ彼女が病んだ背景には、そういう『空気が読めない』一群の性格傾向が背景にあり、
かつアキト少年を取り巻く環境に強いストレスを受け続けた心理的負荷があったと推察される。
「ハーレム状態の維持や自分のポジションの保持は、空気が読めないと難しい。
余計な一言や強引な割り込みで、他のヒロインにもストレスを与えていたかもしれない」
「まままま漫画やららららラノベの世界では、幼なじみは最近あんまり主人公と結ばれない
ジンクスがありますから、それでプレッシャーを受けてたかもしれませんよ」
そのりりりり先生の発言も、何気に無視出来ない。
十代は漫画などから影響を受けやすいからな。
ハーレム瓦解は、彼女の崩壊が引き金だったのかもしれない。
「余り思い詰めるタイプではないかもしれないな。短絡的な行動に走る可能性の方が高いだろう。
ダウンを喫して焦るボクサーのようにな」
「成程。なら刺したのは彼女じゃなさそうだ」
そうメモしつつ、俺は次の女性の名前に目を向けた。
「ツンデレかつクーデレの九條碧流。彼女は劇場型ヤンデレだ。ムードスイングとも言う」
「ムードスイングというのは、感情が不安定な事だな」
「はい、保下探偵の説明の通りです。ツンデレ、クーデレの二つの性質を同時に持ってるってのは
ちょっとレアだよな。気分障害とは関係ないけど、少なくとも易怒性と冷静さを
同時に持ち合わせるのは、情緒不安定と言わざるを得ない。普通、人間は怒る事で
ストレスを一部発散するんだけど、クールな面も持っているとなると、怒った後で
『なんであんな事で怒ったんだろう』と激しい後悔に苛まれてストレスを抱る。
周囲も気分が安定しない彼女にハラハラして、精神的な負荷を受けてたんだろう」
「……わかる気がする」
あ、黒羽根が復活してきた。
そういやコイツも大概情緒不安定だな。
「わたくしにはサッパリわかりませんわ。子供じゃないんですから、大抵の事は
我慢するのがレディの嗜み。怒りを露わにするのは、せいぜい誇りを傷付けられた時
くらいですわ」
その"せいぜい"が高頻度で見られるのは気のせいなんでしょうかね、一条さん。
というか、ここにいるメンツ殆どが情緒不安定な気がする……
「どーせ後先考えずにブチ切れして刺したんじゃねーの?
そのあとビビッて逃走して悶絶するくらい後悔して、何日か寝たら
今度は『私をここまで追い詰めたアイツが悪い』とか思い出すんだよ、どーせ」
黒羽根の意見はまるで自分の過去の行動を語っているのかと思うくらい
スラスラと出てきた。
確かにそんな感じの心理状態かもしれない。
「次は白銀維月。彼女は深淵型ヤンデレだな」
「知ってる。厨二ワード三位のヤツだ」
「わわわわ私も知ってます。厨二ワード三位でしたね」
「無論、オレも知っている。二位とは僅差だった。2013-14シーズンの
リーガ・エスパニョーラのレアル・マドリーのようにな」
黒羽根とりりりり先生はともかく、なんで保下探偵まで知ってるんだ……?
そこまでメジャーなアワードだったんだろうか。
そして胡桃沢君、ちょっとは喋ろうよ、全然目立ててないよ。
この場にいないラスボスさんの方がまだ目立ってるよ。
「それは兎も角、彼女の性格は素直クール。意外と姉御肌で、努力家だ」
「ヤンデレとは縁遠い性格のように思えるけど?」
「ベレー帽さんの言うように、普通はこういう性格の人に攻撃性はない。
でも、実は彼女のような性格は一番、ストレスを深く溜め込みやすい」
「ベレー帽さんって……別にいいけど」
不破さんは不満顔ながらも怒る様子はなかった。
彼女も白銀維月と近い性格なのかもしれない。
冷静な性格でありながら素直なのは、自分の頭の中で会話して他者に発する
言葉をかなり吟味するタイプに多い。
素直と言っても、実際に素直な性格って訳じゃなく、素直でいる事が
最も事を荒立てないからそうしている、という人が大半だろう。
だから自分がある程度偉ぶっても波立たない相手には姉御肌な対応が出来る。
努力家なのは自分を普段から律している為、地道な作業にそれほど抵抗がない証。
そういう人は、常に他人へ気を遣い、迷惑を掛けないよう努めている。
他人を怒らせたり、自分が悪く見られたりしないように。
そしてそれは、自分を怒らせたり、悪く言われたりする人を嫌う性格の裏返しでもある。
自分が嫌だから、他人にその思いをさせないようにしている。
白銀維月が実際にそういう性格かどうかはわからないけど、彼女がヤンデレ化した事実を
考慮すると、少なくともその可能性は高い。
普段は自分を守る為に表面化させていない攻撃性が、何かのきっかけで
ダダ漏れになってしまったんだろう。
「最後は……実はこの人を一番しっかり分析しないとマズい」
現在進行形でアキト少年を絶賛監禁中の西園寺心愛だ。
「しょ、所長! ならその人の分析は私がやってみます!」
おおっ!
胡桃沢君、ついに……ついに自発的に!
まるで手を挙げようかどうか迷っている我が子がようやく挙手した姿を涙ながらに
見守る授業参観の親のような気持ちで、俺は彼女へバトンを渡した。
「ほう。君は確か狭間探偵の助手か。今回初めて会うが……お手並み拝見といこう」
そういや保下探偵が事務所に来た時は謹慎中だったっけ。
イマイチ記憶が定かじゃないけど、その辺のくだりは『報告書14:セカンド・ライフ』に
克明に記した筈だし、後で読み直そう。
「……」
そんな事を考えていた俺は、黒羽根が凄まじい目で胡桃沢君を凝視してる姿を
目に入れてしまった。
『私の安定ポジション奪ったヤツがどんな事言うのかなー。もし変な事言ったら
あげ足取りして論破宣言してやろーかなーベェヘヘヘヘ」
……そんな声が聞こえて来た気がした。
「胡桃沢さん、ディテクティ部の一員としてどんな見解を示すのか、
見極めさせて貰いますわ」
「あんまり胡桃沢にプレッシャーを与えないでやりなよ」
同じ部の二人も、胡桃沢君へ熱視線を送っている。
「じゅじゅじゅじゅ純粋無垢なお嬢様がヤンデレ化……これまでのお話で一番漫画向けの
エピソードです。『ギャッピング・ガール』の参考にさせて頂きます!」
りりりり先生に至っては、自身の手掛けるヒット作の題材にするとまで言い出した!
あの漫画確か今度映画化するんじゃなかったっけ……
「……ソウデスカ。ガンバリマス」
全員からの強烈な期待を受けた結果、胡桃沢君はロボと化した。
無理もない。
ここで下手な見解を示したら、探偵助手の尊厳とディテクティ部内での発言力を
失うばかりか、映画化した時の監督までボロクソ言われる事になりかねないぞ。
頑張れ、胡桃沢君。
君はキャラが薄い事を気にしてるけど、本来探偵の助手に必要なのは
濃いキャラじゃなく度胸と分析力だ。
「わ、私の見解では、西園寺心愛さんは、お嬢様なので、お金の力に物を言わせてですね、
その、神威アキト君を婿養子にしようと企んでたんじゃないかと思うんです。
あと、手切れ金を用意して他のハーレムの子を切ろうとしたんじゃないでしょうか。
そ、それで、えっと……断られて、病んだんじゃないかなー……って……御免なさい!」
最終的に病むまでの論理が飛躍しすぎたのを自覚したらしく、胡桃沢君は
ギブアップ宣言と共に泣き出してしまった。
揚げ足取る気満々で隙を窺っていた黒羽根すら、隙しかなくて戸惑ってるし……
仕方ない、こういう時にフォローするのが上司の役目だ。
「一応補足すると、お嬢様は基本、周囲にイエスマンしかいないから
自分が正しい、自分の世界が全てと潜在的にすり込まれてる。
なら、自分の好きな人からの否定や拒絶が大きなトラウマになって病んでしまう
可能性がある。純粋無垢なら打たれ弱いだろうしな」
「ふむ。婿養子や金の力云々は兎も角、その方向で病んだ可能性は高そうだな。
その場合、自己の精神を守る為に抱えたストレスを発散する自己防衛が
他者への攻撃、それも盲目的な行動へ転化されていると考えるべきだろう。
心理学的、精神医学的にもしばしば見られる反応だ。ならば差し詰め『自衛型ヤンデレ』と
いったところか」
異論は特になかった為、俺は二回ほど保下探偵に頷いたのち、ディテクティ部の面々から
全力で慰められている胡桃沢君へ敢闘賞の苦笑を贈った。
でもああして励まされてるあたり、ディテクティ部でのポジションは安泰かもしれない。
ちょっとジェラシー。
「さて、狭間探偵。一応これで四人のヤンデレの分析は目処が立った。
なら次は対策……いや、ここまでこじれた原因の推理が先だな。それをやろうじゃないか。
スパークリングワインの最初の一口のように、爽快かつ滑らかにな」
「ノってきたね、保下探偵。推理合戦はしませんけどね」
そういうノリはディテクティ部と一度やったばかりだし。
「今回の事件に経過の把握は必要ないでしょ。というか、ヤンデレがヤンデレ化した理由が
わかったところで、これだけヤンデレが重複してるんじゃ対策への糸口にはならない。
時間的な都合で、個人個人に当たる訳にもいかないし」
「わわわわ私も賛成です。まままま前にストーカーの方に取材したんですけど、
論理的な行動は殆どなくて、衝動的、それも非合理的なものばかりでした」
実体験を伴ったりりりり先生のフォローはかなりありがたい内容だった。
彼女を呼んだ甲斐があったってもんだ。
……にしても漫画家って大変なんだな。
「でも狭間探偵、それなら一体どうやって解決するんだい?
対策が無効なら、アキト少年をこの状況から救うのは困難じゃないか。
仮に今監禁から救い出しても、彼の日常は完全に破綻してる。
いずれ血を見るのは必定だ」
胡桃沢君の頭を撫でながら、不破さんは至極もっともな事を言ってきた。
確かにその通り。
ただ、元々彼の生活は破綻していた。
ハーレムを現実の高校生が維持するってのは、そういう事だ。
なら、敢えて健全な日常を取り戻す意味は小さい。
「オレ個人の見解では、この件を完全解決するのは極めて困難、いや不可能だ。
何故なら、オレの"推理"では彼女達四人の病巣はアキト少年本人にあるから。
ハーレムなどというフザけた状況を甘受していたのは、嫌われないように
保険を掛けての事だろうが……心中穏やかでないのは明らかだ。火種は決して
消えないだろうさ。この世に格差がある限り戦争がなくならないのと同じようにな」
「ボクも同意見だ。更に加えれば、女の子同士の関係性にも問題がある。
ハーレムというのは完全に競争原理の刺激だ。予定調和とは対極にある。
この関係性を維持する限り、同じ事は絶対に起こる」
まるでその手助けをした俺が責められているかのような
不破さんの物言いに、思わず謝りたい心境になる。
とはいえ、依頼人の願いを叶えるのが探偵の本分。
そこは譲りようがない。
「二人の指摘はもっともなんで、その点も踏まえてアキト少年を巡る
最新の人間関係図を作成してみます」
今朝本人か聞いた話も踏まえ、いろいろと書き出してみる。
結果――――こうなった。
「……りりりり先生、ドクロそんなガッツリ書かなくていいです。
生々しさが半端ない」
「すすすすすいません。つつつつい」
ともあれ、現状はこんな感じだ。
元々内在していたのか、何かがきっかけで評価が逆転したのか、
女の子同士の関係性は最悪になっているらしい。
ヤンデレ化してる時点でお察しって感じだけど。
「女性のある一群、それも病んだ人間に特徴的だが、他人への評価が目まぐるしく変わる事も
考慮すべきだろう。こうして図式化したとしても、次の瞬間には全く違う評価に
なっているかもしれん。登山家を苦しめる山の天気のようにな」
「でも根底に一人の男子を取り合う構図がある以上、攻撃性は
揺るがないと思うな。ボクは暫定的にでも、この図から対策を練るべきだと思う」
「そうなると、問題は……この子か」
そう。
唯一病んでいないエリザヴェータ・恋・シェフチェンコ。
彼女が鍵を握っている。
「彼女はハーフなんだけど、外国に里帰りしているとか、留学している訳じゃなく
普通に生活しているらしい」
「ならば、神威アキトへの想いが冷めているのかもしれんな。
これだけ負の感情が伝染している中で、一人だけ平常心を保てるのは
他と比べ気持ちに距離が出来た可能性がある。どれだけ豪華なトッピングと
モチモチの生地だろうと、冷めたピザはマズい」
「それはどうかな? ボクは寧ろ彼女が黒幕とさえ考えているね。唯一平常心を
保っているのは、彼女が他の四人を煽動した結果かもしれないじゃないか」
保下探偵と不破さんが勝手に推理合戦始めたんで、俺はその場を離れ
他のずーーーーっと黙り込んでる、というかいつの間にか勝手に私語を
始めている他の連中に話を聞く事にした。
あの二人はなまじ頭が良いだけに、理路整然とした方向に行きたがる傾向がある。
それだけじゃ、こういう人間関係のもつれ……というかタコ足回線は
どうにもならない気がする。
まずは、監禁中の西園寺心愛に関してのリサーチだ。
彼女の気持ちを理解出来そうなのは――――
「一条。好きな物を独り占め出来ない場合、どんな方法で手に入れようとする?」
「わたくしですか? 無論、諦めますわ」
……え、そうなの?
「クイーンであるわたくしが、一つの事に囚われいてはダメですのよ。
広い視野で、他に重要なモノを探す。それがわたくしの流儀ですわ」
それは、俺にとって意外な回答だった。
お嬢様=高飛車というイメージで、なんとなく性格の近そうな一条有栖に
西園寺心愛の行動理念を求めてみたんだけど、監禁までしてアキト少年に
執着している彼女とはどうも一致しそうにない。
逆に言えば、西園寺心愛がテンプレ的なお嬢様の行動パターンを踏襲するとも
限らないって訳だ。
なら、こうも言える。
ヤンデレ化しているからといって、ヤンデレの典型的な行動パターンを
とるとは限らない。
「あ、あ、あ、あの。胡桃沢さん。前に話した勝負の件だけど……」
「はい、勿論覚えてますよ。えっと、もしかして今日ここで?」
「いや、その、一回勝負だと調子が出なかった時にアレだし、何回かに
分けた方が良いかなとか思って……」
「あ、そうですね。それじゃ七番勝負くらいにします?」
「う、うん。それでいい」
交友関係も同様だ。
まさか黒羽根が胡桃沢君と積極的に話をするとは思いもしなかった。
なら――――五人の女子と男という特殊な人間関係の中にも、
こっちが予想もしていないような交友録が隠されているかもしれない。
例えば、ヤンデレ同士が結託している可能性も否定出来ない。
不破さんの言うように、唯一ヤンデレ化していないハーフの娘が
裏で煽動しているかもしれない。
そう考えると、当事者の中からまず誰に連絡を入れるかが
かなり難しくなってくる。
時間もない。
さて、どうしたものか――――
「……待てよ」
不意にある疑問が湧いた俺は、アキト少年に電話で連絡を試みた。
「は、はい! 探偵さん、もしかして解決しました!?」
幸い、繋がった。
「生憎、これからだ。その前に一つ確認したいんだが……」
西園寺心愛が君を監禁している事を、他の四人は知ってるのか?」
そう問いかけた瞬間、保下探偵と不破さんが議論を止め、
俺の方に目を向けた。
流石、察しが良いな。
「いえ、知らない……と思います。電話掛かってこないし」
確かに知ってれば連絡はあるだろう。
今日が月曜で監禁三日目だから、不登校なのは今日だけ。
知られていない可能性の方が高い。
仮に、ハーフの娘なり他の女の子なりが西園寺心愛をアキト少年に
嫌わせる為、過激な行動を煽動したとすれば、実際に監禁したかどうかを
確認したのち、アキト少年を救おうとするだろう。
そうすれば自分の株は上がるんだし。
でも、日曜で動きやすい筈の昨日もそんな動きはなかったという。
「どうやらキミのエリザ黒幕説はハズレのようだな」
「くっ……」
勝手にエリザと略されたハーフの娘が、保下探偵と不破さんの間で
潔白の身となった。
俺もその認識だ。
それなら、彼女への連絡を試みよう。
幸い彼女も元依頼人。
連絡先は……ん、これだ。
なんとかこれで解決の糸口が――――
「……」
「所長、どうしたんですか? 電話しないんですか?」
胡桃沢君に指摘されたように、俺は通話ボタンを押すのを躊躇っていた。
思い付いてしまったからだ。
"とある一つの可能性"を。
お嬢様だから、お嬢様らしい行動をとるとは限らない。
ヤンデレだから、ヤンデレらしい行動に出るとは限らない。
ここに記した交友関係が全てとは限らない。
そしてついさっき気付いたけど……アキト少年の依頼内容にも、
腑に落ちない点が幾つかある。
自分を監禁している相手は西園寺心愛だと俺に伝えているにも拘らず、
他の被害に関しては誰の仕業と特定していない。
自分が助かりたいなら、情報は一つでも多く伝えてくる筈だ。
それ以外にも、ちょっと首を捻りたくなる件がチラホラ。
ならば――――
「……俺達のこれまでしてきた分析、全部無駄だったかもしれない」
俺はその根拠を人間関係図に書き足し、それを掲げてみせた。
そしてその日の放課後。
その関係図は正解だった事が判明した。
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