調査報告書
某月某日、少年Aより相談の要請。
後日来訪ののち、暗喩を用いた自死願望を口にしたので、解決を試みる。
要経過観察。
なお、少年Aに関するあらゆる個人情報は記さずにおく。
「……どうして記さないんですか?」
――――後日。
報告書をまとめた俺に、その概要を眺めながら胡桃沢君はかなり顔を近づけつつ問う。
「近いよ。それ何? どういうキャラ付け?」
「最近密かに流行ってるナチュラルリトルデーモン路線です。天然小悪魔系」
「正直、いいね。暫くそれでいこうか」
「……なんかそう言われると、一気に冷めますよね」
胡桃沢君の小顔が離れて行く。
正直者がバカを見る時代……
「で、なんで個人情報の記述を省略したんですか? 10代だから?」
「それもあるけど、単純に調べる取っ掛かりがないんだよ」
「え? だって名前と連絡先は控えてますよね?」
確かに、手元にある。
「偽名と捨てアドはね」
「……偽名!? 捨てアドはともかく、植松コウって偽名だったんですか!?」
「名前カタカナの時点で怪しいでしょ」
そのお陰で、彼に関して調べられる情報は殆どなかった。
もし身辺調査が出来れば、もう少し精度を高められたんだろうけど、今回はこれが限界だ。
ま、偽名を使ってるって事実は『探偵を使って殺意を伝えようとした』という仮説の否定に繋がるし、十分な判断材料として活用させて貰ったけど。
「本当にフェイクが多いんですねー……でもそれだと、先行投資の件も期待薄ですね。偽名使うような子が宣伝してくれるとは思えないし」
「そうでもないみたいだよ」
この世界にはいろんな人がいる
その人々が、人種を越え、職種を越え、思想を越え、インターネット上で繋がっている。
……なんてのは『人は一人で生きていけない』くらい、白々しい世迷い言だ。
でも、意外とそんな繋がりで気持ちが通じ合い、新しい世界が拓ける事だってある。
それが例え、酔っ払い同士の意気投合やサッカーの試合後のハイタッチくらい薄っぺらいものであっても、繋がる事で何かが始まり、そこから線が伸びていって人生を豊かにする場合も、なきにしもあらず。
そしてその『始の線』は、重ねれば重ねるほど濃くなっていくものだ。
「……あ」
俺がパソコンの画面を見せると、胡桃沢君は面食らったように目をパチクリとさせ、やがて表情を緩めた。
植松コウ @koh_uematsu1503
返信先: @shinushinuさん
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「前向きですね。良い感じじゃないですか」
「うん。彼ならきっと大丈夫だと思うよ」
実際のところは――――そう現実は優しくも甘くもない。
いかなる理由があっても、一度自死を選ぼうとした彼の将来は、きっと簡単じゃない。
もしも疲れて、また人生に迷う事があったら、その時も俺の所へ来て欲しい……出来れば経済面で豊かになって。
「なんだかんだで所長って人情派ですよね。先行投資とか言ってクールぶってるけど、ホントは『依頼人の幸せがボクの幸せなのサ!』とか『依頼人の笑顔が最高の報酬なのサ!』とか、そっち系なんじゃないですか?
「そんな訳ない。俺の行動の全てはロジックに由来するの。今回の一件だって、10代の情報伝達能力を十分に考慮した上で……」
「はいはい」
軽く流されてしまった。
この『わかってますよ』感、けっこう嫌いじゃない。
「ところで所長。あのディアノートっていうの、所長も書いたんですよね」
「うん。ツアーのラスト、帰りのバスを降りた所でツアコンに『そこに書いたものをもう一度見て、一番必要だと思うもの以外を消して下さい。それで【最期の旅】は終了です』って言われた時はちょっと焦ったよ」
ディアノートの真の目的は、自分がいよいよ死ぬって時、最後に誰の顔を思い浮かべるか――――その疑似体験をする事。
今際の際に人生を振り返り、大事な人や必要不可欠だったものを思い浮かべていき、その中でも一番自分にとって大切な存在を最後に想い、そして死ぬ。
果たしてそれが正しい人生の終焉の形なのかはさておき、確かにそういう気分にはなった。
「誰を残したんですか? ノート見せて下さい」
「……あのノートはツアコンに回収されたから、もうないよ」
「それじゃ問い合わせますね。旅行会社のアドレスは……」
「うわ何やってんだ止めろ! 人のプライバシーを荒らすな! 胡桃沢君、探偵ってのはもっと慎重な行動を……」
「助手ですから。所長の事をもっと知らないと」
「ヤンデレ路線は禁止! 禁止ーーーーーーーーーーーっ!」
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