海の青と空の青。
いずれも青という枠内に収まるその色彩も、水平線を隔てて比較してみると、その違いは一目瞭然だ。
光を混ぜたスカイブルーと、闇を混ぜたマリンブルー。
そのコントラストが、360°の視界全てに内在するこの情景は、世界が一つではない事の証明では
ないだろうか――――
などと哲学者振りたくなる程に美しい。
感動するのは、眼福によるものだけではない。
自分の祖先がここにいた証とでも言おうか、ノスタルジックな気分にさせてくれる潮の香りと波の音もまた、
感覚を緩やかに刺激する。
そう。
ここは大海原に浮かぶ、一隻の船の甲板。
目の前に広がるのは、映画のワンシーンのよう、きらびやかな情景だ。
尤も、そうは言っても、例えば某超大作映画の冒頭のように、豪華客船クルーズの旅――――
と言う訳ではない。
だから、右手にブルゴーニュ産高級赤ワイン入りグラス、左手に資産家の一人娘
(無論、父親に似ても似つかない美人)の肩、などと言う、御伽噺のようなシチュエーションもない。全くない。
それでも、雪人の心は豊かだった。
自分が自然界の一ピースである実感を胸に、その雄大な青に目を細める。
思い切って、参加してよかった――――そんな思いを胸に、笑う。爽快に。
「あの……」
そんな所に、聞き覚えのない声が背後から掛かり、雪人は振り向く。
「生きていれば、きっと愉快な事もあると思うんです」
そこには、エグゼクティブアシスタント系美女がいた。
つまり、ドラマ等の世界に良くいる社長秘書辺りを思い浮かべればほぼ一致するであろう、という外見だ。
勿論メガネ着用。
ついでにヘアピンも装備。
背が高く、スタイリッシュで、モデルのような体型に、鼻筋の通った知的な顔立ち――――
大体こんなところだ。
うなじが見える髪形と。大型封筒を両手で抱えるように所持しているのも高ポイント。
実に秘書だ。
唯一つ、意味不明な第一声を除けば。
「確かに、生きていれば良い事はあると、俺もそう思っています。武者小路実篤とかも好きですし」
「そうですか! それは何よりです。何事も前向きに、ですね!」
その女性は、何故か安堵した様子で胸を撫で下ろしていた。
「ええ。ところで、何か用事でも?」
美人に話しかけると、雪人は英国紳士風の口調になる。特に深い意味はない。
「あ、はい。えっと、差し当たっての用件は済みましたが、実は私、このツアーの案なっ」
秘書系美女は可憐な仕草で封筒から書類を取り出した――――瞬間、凍った。
「……あ、あの野郎……性懲りも無くこんな事を……」
「どうしました?」
「ぐ……ぅえ? ええいああ何でも御座いませんわ。おほほ」
お上品な笑い声の中に、憤怒と動揺が渦巻いている。
雪人は只ならぬ雰囲気を察し、若干後退った。
「えー、お見苦しい所をお見せして申し訳御座いません。私、今ツアーの案内を努めさせて頂いています、
宇佐美です。以後お見知りおきを」
「はあ」
今ツアー、とは当然『おたのしみ☆大学都市体験ツアー 〜ブルーバード・オデッセイ〜』の事だ。
その案内役。ナビゲーター。もしくはガイドと言う事になる。
外見は秘書なのだが、ガイド。
余り整合性が取れていない気がしたが、雪人にそれを指摘する勇気はなかった。
「あの……続けて宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「はい。私ども、このフェリーでの移動時間を利用して今ツアーのご説明をさせて頂いております。
お時間は宜しいでしょうか?」
説明であれば、参加者を一箇所に集めて行った方が効率が良い。
しかしそれをしないと言う事は、その理由があると言う事になる。
「重要な内容も含まれておりますので、聞き漏らしのないよう一対一の形式を取らさせて頂いております。
ご了承ください」
「成程。時間は大丈夫です」
「ありがとうございます。それではご説明させて頂きます」
軽く会釈し、声から完全に艶を消す。
その変わり様に、雪人は感心すら覚えた。
「今回のツアーにおきまして、私どもは皆様を伊豆諸島南東沖に位置する面積5平方kmの離島に
今年の春完成しました大学都市『U・A』へご招待いたします。U・Aは大学及びその周辺都市を模倣した、
学術の研究および教育の最高機関である大学の発展、方向性の模索などを目的とする
モデルスクールの発展形です。今ツアーはこのU・Aにおいて大学というものを体験して頂く
と言うものです」
この辺りの内容は、パンフレットに書いていた内容と重複するが、雪人は黙ってその説明を聞いていた。
「期間は1ヶ月。ですが、毎週日曜に定期便を運航しておりますので、トラブル等で早期帰還を
希望する場合は、そちらの便にご乗船ください」
説明は続いていく。
ちなみに、U・Aには本土と同等の施設を揃えた大学病院がある。
その為、病気・ケガへの対応はその病院で行うとの事だ。
費用に関しては、参加申し込みの際に契約を交わしたツアー保険によって全額負担となる――――
との事だ。
「基本的には、最大限のリアリティを備えた大学生活を体験頂けるような環境を作る為に、
我々スタッフ側から皆様への干渉は極力避けるように致しております。ただし、違法行為、
不可侵領域への無断侵入、他のお客様への嫌がらせ等、トラブルを招く行為に及ばれた場合には、
迅速な対応を取らせて頂きます。場合によっては、拘束などの強制的な処置を取らせて頂きますので、
ご理解頂きたく存じます」
「要するに、警察と同じって事ですね」
「そうご理解頂いて結構です。勿論、過度の違法行為に対しては本物の警察に通報しますが」
当然の処置なので、雪人は黙って頷いた。
「後は……住居に関してですが、基本的にこれも標準的な大学生活に則した環境をご用意しております。
手続きの方はお済みですよね?」
「ええ。アパートです」
住居に関しては、事前に大学寮、アパート、高級マンションなどの選択を行うようになっている。
雪人はと言うと、最も現実的なアパートを選択していた。
寮は性格的に無理だと悟っており、高級マンションは経済的に不可能。
よって、選択とは言え、事実上の一択だ。
「島に着き次第、案内させて頂く手配になっておりますので、スタッフの指示に従って下さい。
ただ、それ以外の案内はご遠慮頂いております」
「できるだけリアルに、ですか」
「はい」
満足そうにガイドは頷いた。
自分の目と耳と足で確認するのも、大学生活の為の重要な勉強。
そう言う意味では、しっかりしたツアーであると判断でき、雪人も満足げに頷く。
「最後に、ツアー独自の規則と、注意事項が幾つかあります。えー……出来るだけ早くそれらを
記述した用紙をお手元にお届けしますので、今しばらくお待ちください」
封筒をチラチラ見ながら、奥歯に何か挟まったような発声で、宇佐美は頭を下げる。
雪人は、何となく途中の奇妙な反応の正体を見た気がした。
その用紙とやらに、何か問題があったのだろう――――と。
「えー、説明は以上です。何かご質問がありましたら」
「あ、それじゃ……その中の用紙、見せて貰えないですか?」
そうなると、好奇心が湧いてくる。
一体何が彼女を豹変させたのか。
黒木雪人17歳、そう言う事に対しては、結構アグレッシブに行ける性格だった。
「え゛」
またも発声がおかしくなる。
「こ、これは……お客様にお見せするようなシロモノでは御座いませんわ。おほほ」
「んー。何と言うか、そう言われると余計見たくなるのが礼儀と言うか」
「そう仰られましても……」
ガイドの宇佐美は、本意気で困っていた。
これ以上のしつこい要求は、心象を著しく悪化させる以前に、人としてどうだろうと言う状態。
ここでもう一押しすれば、別の人格になれる気もしたが――――
「わかりました。無理言ってすいません」
雪人は、そこまで踏み込む勇気を持ち合わせてはいなかった。
そして、同時に思う。
ここが、自分の枠。
自分と言う人間の持つ器の、内壁なのだと。
「ご理解感謝します。本当に」
そんな雪人の複雑な心境を余所に、宇佐美は心底安堵したような表情を浮かべていた。
「では、他に質問は?」
「いえ。特にないです」
「そうですか。では何かありましたら、お声をかけてください。スタッフは皆カードを首に下げてますので」
宇佐美は最後にそれまでで最も角度を付けたお辞儀をして、次の説明相手の方へ向かって良った。
その後姿は、やはりガイドと言うより秘書の方がしっくり来る。
とは言え、立ち振る舞い等に若干隙がある辺りは、やはりガイド向きなのだろうと、
勝手に雪人は分析していた。
「……ん?」
そんな宇佐美の背中を追っていた視界の片隅に、何となく見覚えのある物体が映る。
あれは――――
「きゃあああああああ!!」
「あん?」
女声、絶叫。
注意が背後へ飛ぶ。
一語毎にボリュームを増す声と共に、忙しない足音が近付いて来て――――
「ぐはっ!?」
轢かれた。船の上で。
「痛っ! 何!? 誰っ!?」
突然の誰何。
人にぶつかったらまずゴメンなさい、と言う教育を、最近の学校は余り積極的に行っていないようだ。
「……緑葉学園3年2組黒木雪人」
立ち上がりながら、棒読み口調で名乗る。
すると、ぶつかってきた女性は俊敏なバックステップで雪人から離れた。
その為、女声の全身が雪人の視界に納まる。
ダブルポニーの髪に、やや猫っぽい大きな目に、涙を溜めている。
明らかに、どこかで見た光景とそっくりだった。
「やっぱり、俺の名前には感動要素があるんじゃないのか」
「……普通の名前じゃない」
普通にツッコまれ、雪人は苦笑を浮かべる。
目の前にいるのは、先日見かけた女子生徒だった。
「あんたねー、こんな所でボーっと突っ立ってないでよ。邪魔臭い」
とても口の悪い女子生徒だった。
「船上を走ってる時点でそっちが全面的に悪いだろ。ちゃんと前方注意してたか?」
「してました」
胸を張ってそう答える。ちなみに威張れるほどの胸はない。
「……顔より下に視線を感じるんだけど」
「ないない」
「な、何ぃ!? ない訳ないでしょ!? そりゃ、数字的観点からは、どちらかと言うと
同年代平均値より少し下回ってるかもしれないけど、それが『ない』って形容されるのは
明らかに過剰表現よっ!」
そう言うつもりで言った訳ではなかったのだが、特に訂正の必要性も感じなかったので――――
「しなさいよ訂正っ!」
泣きそうな顔で言われたので、訂正。
「そう言うつもりじゃなかったんだけど……ま、良いか。胸はある。豊満でも標準でもないけれども、
確かにそこにある」
「しみじみ言うなああああっ!」
泣きそうだった貧乳――――湖窓霞が実際に涙を流して抗議して来たので、雪人は素直に謝る。
基本的に、女性には余り強くない。
「悪かった。どうも俺は、口が上手くないというか、思いを言葉にするのが苦手なんだ」
「告白前みたいな物言いで言われてもね……ま、良いけど」
涙まで流した割には、サバサバしたものだった。
「それじゃ、綺麗にまとまった所で、俺はこれで」
「待って。助けて」
いきなり救助要請され、雪人は眉をひそめる。
女子に助けを壊れると言うシチュエーションは、仮に女性との馴れ合いに慣れているイケメンでも
そう多く経験した事はないだろう。
だが、それを踏まえても、余り助ける気になれないのは、決して自分が巨乳派だから
と言う訳ではなく――――
パァン!
「痛いっ!?」
「あ、ゴメン。頬に蚊が止まってたから。あれゴメン、糸くずだった」
戦慄。
雪人は、眼前の女性に精神感応のケを疑った。
「ってか、そんな場合じゃなくて! 変なのに追われてて、すっごく困ってるの。
上手く撒いたから当分は大丈夫だと思うけど……」
「ここにおられましたか、愛しの君」
「うげっ! もう見つかった……」
泣きそうな顔で湖が項垂れる。
その原因は――――直ぐに判明した。
クネクネしながら近付いてくる男に、雪人は先程とは全く違う戦慄を覚える。
「はっはっは、活発でいらっしゃる。溌剌なのは良い事ですぞ。ヨーロッパでは天然炭酸ガス入りの
ミネラルウォーターが好まれます故、実に異国情緒溢れております」
意味不明な言動を湖に向かって言い放つ彼。
童顔ながらどこか精悍さを漂わせるその容姿と、気品溢れるその服装は、一言で表すと『執事』だった。
ふくよかなアスコットタイ。
漆黒の燕尾服。
タイトな皮手袋。
左前腕にかけられた清潔な白い布。
まごう事なき、若き執事だ。
雪人は、その外見に当初こそ驚愕していたが、徐々に好奇心が芽生えていく事を自覚していた。
と言うのも、実物の執事に会うのはこれが初めてだからだ。
本気で架空の職業とすら思っていたくらいだ。
「……む? こちらの男性はご友人でいらっしゃいますか?」
「別に。つい最近見かけた他人。あんたと同じよ」
「助けを求めた相手に何て物言いだ……」
『変なの』と形容された追っ手と同じ扱いを受けた雪人は、流石に凹んだ。
「ふむ……」
そんな苦悩を無視するように、まるで初老の従者のような物言いで、男は雪人を値踏みするように
見つめる。
「悪くないですな。中肉中背の男子と言うのも」
そして、何かおかしな事を言い出した。
「しかし、やはり私と致しましては、こう、線の細い、頬を張られたら首ごと折れそうな
繊細さを求める次第で……申し訳ない」
更に何故か謝られた。
「おい。ちょっと」
爽やかな笑顔で一礼した男を無視し、雪人は湖を呼び、大きく距離をとった。
「何だあの変なのは」
「だから変なのって言ったじゃない。何かいきなり『この肩紐付きのワンピースを着てくれませんかな』って
絡まれたのよ。どう言う事なの?」
どうやら真性らしい――――雪人は確信した。
「貴方ならわかりますでしょう!」
「うわっ!」
突如、ニュッと近付いてきた男が、いきなり手を取る!
雪人の。
「華奢な女性が、肩紐付きワンピースの肩紐を弛ませているあの姿! それこそが人間の行き着いた
美の究極系なのです!」
「は、はあ」
雪人は目の前でウンウンと頷くその執事風変態に、かつて無い恐怖を覚えていた。
「ちょっと、変に相槌打たないでよ! それより早く追い払って! 何なら海の藻屑にでもして!」
「いや、流石にそれは……と言うか、ナンパされるって名誉な事じゃないのか?
その数を競って自己の価値を主張する寂しい女は多いらしいぞ」
「何その全っ然名誉じゃない言い方っ!」
猛犬のような勢いで突っかかってくる湖を、雪人は改めて眺める。ちなみに手はとっくに
振り解いていた。
「……な、何?」
確かにこの女子生徒、顔は悪くない。
猫っぽい目は円らと言えなくもないし、取り立てて目立つような所はないが、整ってはいる。
比較的、男性に好意を寄せられそうな雰囲気はある。
「……」
雪人は無言で振り返った。
眼前にはにこやかに微笑む執事風変態と海。
絵面だけなら、まさに富豪の小旅行と言った形だが、実際にはまるで正反対の、
人生最大の面倒ごとに巻き込まれた構図だった。
「あー、あんたさ、ホラ、何だ。他に幾らでも華奢な女性はいるよ。うん、いる。
こいつに執着する必要性はないだろう。去れ去れ」
「そ、そーよ。去れ去れ」
若干納得行かない表現があったのか、微妙な引っ掛かりを含めた声が後に続く。
しかし、執事風変態の顔色は変わらない。寧ろ笑顔の度合いが増した。
「謙遜は日本人の美徳と致す所。この無量小路五月雨、感涙を禁じえない所存です」
「うーっ……」
湖の全身が粟立つ。どうやらかなり苦手なタイプらしい。
「と言うか、そのムリョウコウジサミダレって、名前なのか?」
「そうでございます」
「はぁ……」
雪人は一息吐き、視線を上げる。
顔は、漫画の主人公としても通用しそうな、本当に童顔童顔した正統派美少年。
物腰柔らか。
正装極まりない服装は、清潔感そのもの。
しかし、言動は変態。
困ったものだった。
「宜しければ、貴殿のお名前を是非」
「緑葉学園3年、黒木雪人17歳。ちなみに、こいつとは縁も所縁もない極めて他人な仲なんで、じゃ痛っ!」
去ろうとした刹那、靴で殴られた。
「……あんた、さては面倒臭くなった?」
「まあな」
ニヒルに返事。通常であれば、恋人が不慮の事故で死に、『辛い?』と聞かれた際に
言うくらいのニヒルさだ。
「脆弱な女の子が本気で困ってるってのに、何その言い草? 嘗めてんの?」
その結果、胸倉を掴まれて凄まれた。
「つってもな……なんかこの人、怖いんだよ。ヘタしたら俺までターゲットになる可能性を
考えるとだな」
「それなら余計に助けてよ! 私がストーカー被害にあってもいいっての!?」
「後味は悪いが、自分に被害が及ぶよりは幾分か」
「うわっ! 本音っぽくてすっごいヤな感じ! 何その超現代っ子思想、恥ずかしくないの!?」
「あーもー、うるせーっ! 大体何で体当たりされた挙句そんな非難轟々ウダウダ言われにゃ
ならないんだよ! 自分の尻拭いは自分でしろ、この他人依存型性悪女!」
「なっ、なんだとお!? この薄情者! ウジ! ウジ!」
罵詈雑言の応酬。
女性には常に紳士的な対応を信条としていた雪人だったが、それはどうやら自己誤認だったらしい。
「ケンカはいけませんぞ。仲良し事は美しき哉と、かの武者小路実篤氏も申しております」
「む。確かに、武者小路さんの言う事は聞いておきたい」
雪人は咳払いを一つし、喉を均した。
「わかった。事の正常化を図ろう。武者小路っぽい名前のあんた」
「無量小路です」
「兎に角、こんな所でナンパは止めろ。知ってるか? 船上でのナンパは御法度なんだ」
雪人の言葉に、ようやく興奮を鎮めた湖が、ジト目を向ける。
「……難破だけにな、とか言い出すつもりじゃないでしょうね」
「そんな訳が無い。そんな筈があるか。そんな事あり得ない」
雪人の目が左右に忙しなく動く。
「はぁ……変態に追われて助けを読んだら、こんな寒い奴に出くわすなんて」
「待て! 違うんだ。そうじゃないんだ。あと10秒待って。待って下さい何か考えますんで」
懇願する雪人の傍らで――――無量小路はゆっくりと拍手を始めた。
「成程……実に奥深い。であれば、船上と戦場を掛けて、馴れ合いはするなという意味も
含まれているのですな」
「そう! それ!」
「嘘でしょ。後乗りでしょ」
湖の目が更にじっとりした。
「私とした事が、確かに禁を犯していたようです。この場は雪人様のウイットに飛んだユーモアを
立てるとしましょう」
「止めてくれ……ユーモアって言わないで……」
落ち込む雪人を背に、無量小路は踵を返す。
「ですが、忘れないで頂きたい。無量小路五月雨、必ずや貴女に肩紐付きのワンピースを着て頂き、
その紐を弛ませてみせましょう。死んだ妹の魂に賭けて」
「妹さん、草葉の陰で泣いてると思うけど……」
湖の嘆息を高笑いで返し、執事風変態は去った。
取り残される二人。どこか敗残兵の雰囲気が漂っていた。
「ま、良いか。追い払ってくれてありがと」
「お礼要らない……」
と言う訳で、黒木雪人はツアーの舞台となる離島までを最低の気分で過ごした。