翌朝、待っていたのは地獄のような頭痛だった。
「……くあ」
 まるで、頭の中で道路整備工事が行われているかのような、信じ難い痛み。
 或いは、ハードロックバンドの作ったバラードのドラムパートのような、
 抑揚の効いた痛み。
 噂には聞いていた『二日酔い』だった。
 雪人は嫌がらせとしか思えないその頭痛に目を血走らせながらも、登校準備をして玄関の戸を開ける。
 通常なら、ここまで体調が悪いと午後から登校と言う事も大学であれば可能なのだが、
 この日は朝から必ず登校するようにと言う通達がメールでなされていたので、
 休む事は出来なかった。
「……」
 ほぼ同時に、隣の部屋の扉も開いた。
 そして、今にも泣きそうな顔の隣人に、無言で意思の伝達を試みる。
『そっちも?』
『はい』
 あっさりと通じた。
 そして、どちらが何を言うでもなく、並んで登校。
 二日酔いの初体験は、様々な経験を欲している雪人にとって本来歓迎すべき事項なのかも
 しれないが、とてもその様な気になれないほどの厳しい苦痛となっていた。
「……あ」
 そして、街中で虚空をやぶ睨みしている湖とも遭遇する。
「……ふーん」
 そのままの表情で一言そう呟き、湖は雪人の隣に並び、その後は三人無言のままで大学へと向かう。
 全員があからさまに不具合を訴える顔。 
 傍から見ると、三角関係がもつれにもつれて無理心中でもしに行きそうな三人だった。
 そして、大学へ入ると同時に、その凄まじい人の数によって不快指数は更に増す。
 まるで何かの祭りかイベントでもある会場に迷い込んだかのような人混み。
 全て、このツアーの参加者だ。
 これだけの人数が同時刻に押し寄せるのは、初日の港以来だろう。
「皆さーん、こちらの駐車場にお集まり下さーい!」
「ホラそこ! フリスクの立ち食いは禁止っつってるでしょーがっ!」
 更に、メガホンによって拡張された女性の声によって、不快指数は最大限にまで膨らむ。
 二日酔いの状態での大きな音は、殺意を宿した凶器にも等しい。
「あ、おはようございますー」
「ホラ、あんた等も早く並びなさいな!」
 そして、声の主は宇佐美嬢と香莉だった。
 雪人達より遥かに多いアルコール分を摂取していたにも拘らず、平常時と全く
 変わらない顔で案内係をこなしている。
「アルコール分解力と年齢って、比例するんだな……あたっ!」
 ゲッソリした顔で雪人が呟くのとほぼ同時に、メガホンがその頭に正確に飛んで来た。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん。ありがと」
 頭を抑えて屈む雪人に、月海は目を潤ませながら手を差し出す。
 無論、その涙は二日酔いが原因なのだが、傍から見ると苛められた恋人を心配する
 乙女の涙のように見えない事もない。
「……」
 そして、それを人殺しのような目で睨んでいる湖の顔もまた二日酔いが原因なのだが、
 傍から見ると嫉妬に狂う魔女のようだった。
 そんな奇妙な男1女2の三人組に、周囲の視線が集まり出したその時――――
「本日は、朝早くから御足労頂き有難うございます」
 穏やかな声が拡張期を伝わり、駐車場に集まった大勢の鼓膜を柔らかく刺激する。
 その声は、ここに集まった全ての人間にとって、聞き覚えのあるものだった。
 そして、瞬時に喧騒が消える。
 声の主は、長峰学長。
 カリスマ教授の次の声を聞き漏らさないよう、雪人の周囲の学生は皆、異様な雰囲気で
 次の言葉を待っている。
「学長の長峰です。集まって貰ったのは、本日より行われる画期的な試験の意義を、私の口から
 説明しておきたかったからです」
 画期的な試験――――その言葉に、先程まで沈黙が続いていた雪人の周囲から
 少しずつ話し声が漏れ始める。
「試験って……模擬テストでもやるのかな」
「いや。多分違う」
 その声の群に混ざった湖の呟きを、雪人は確信を持って否定する。
 昨日、香莉や大友教授が言っていた『大々的なイベント』がこれに該当するのであれば、
 テストと言う可能性はかなり低い。
 まして、それが『画期的』であるとは到底言い難い。
 雪人は、ずっと続いていた頭痛が引いて行くのを感じながら、多数の頭で埋め尽くされた
 視界を動かし、長峰学長の顔が見える角度を探した。
 その間にも、話は続く。
「この試験は、皆さんが受けるテストと言う訳ではありません。学校と言う機関で
 今後実施されるかもしれない、新たなシステムを試すと言う意味での試験です」
 そして――――少し上げた雪人の視界の中に、長峰学長の顔が映った。
 何らかの形でステージのようなものを作っているらしい。
 余りに遠く、その表情までは窺い知れなかったが――――
「そのシステムの名称とは……」
 雪人には、何故かそれが『不敵な面構え』と言う確信があった。


「クラス間移籍、です」








                                    2nd chapter  "dissociative syndrome "
                                         END

                                          
 

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