大学でサークルを作ると言う事は、そう簡単な事ではない。
恐らく、大学に入った事のない人の多くは、そう思っている事だろう。
実際、サークルに入る事と、一から作る事は、全く別次元の問題。
何かを作ると言うのは、それだけで膨大なエネルギーを必要とするものだ。
当然、雪人もそう思っていたし、無理だろうとほぼ断定していた。
ただ、その推測はあっと言う間に崩される。
「サークル設立? ああ、それなら届出を出してくれればいいよ。
同好会だったら、難しい事は必要ないから。大学非公認の同好会でいいのなら、
これだけで良いけど……」
と、言う事務員の説明を受け、雪人は唖然とした。
同好会ならば、ただ書類に個人情報を書き込む程度で作れる、と言う事らしい。
「えっと、部室とかは……」
「ああ、部室が欲しいなら同好会じゃダメだね。ちゃんと公認にならないと。
その辺は大学によって違うんだけど、このツアーの場合は我々主催側の『学資課』が
全部担当してるから、そこに必要書類を提出して、審査を待たないと」
事務員の中年男性は、どこかフレンドリーな感じでスラスラと教えてくれた。
大学のサークルには、部活と違って色々な種類がある。
雪人と湖が以前話していたサークルの殆どは、公認サークル。
大学側に存在を認められたサークルだ。
その設立の為には、一定の条件を満たさなければならない。
通常の大学では、大学勤務の顧問が必要とされているが、このツアーにおいては
必ずしも教授である必要はなく、ツアー従業員でもいい、との事。
部員は顧問以外で最低3名は必要。
そして、そのサークルの目的や行動予定、規律などを記した『サークル規約』を
制作しなければならない。後は『学資課』に対して『サークル設立申請書』と
『サークル部員名簿』、そして『サークル規約』を提出する事が必要との事。
ここで審査が通れば、部室を与えられるらしい。
また、活動内容によっては資金援助も与えられると言う。
限りなく、従来の大学サークル設立に近いシステムが本ツアーにおいても採用されている、
との事。
ちなみに、雪人が入学式の際に見た有象無象のサークル群は、ツアー申し込み時に同時に
サークル設立の申請も済ましていたらしい。
「あーそうそう。偽装サークルだって判明したら、規約違反で強制撤去だから
気を付けてね。この場合の撤去はサークルの撤去じゃなくて、君達自身が
この島から追放、と言う意味だから、忘れないように」
事務員の説明に、雪人は一人頷く。
偽装サークルとはつまり――――表向きは健全なサークル活動をしている集団のように
見せかけているが、実際その中身は全く別の活動をしているサークルの事だ。
ダミーサークルとも呼ばれている。
主に政治思想啓蒙活動、カルト宗教勧誘活動、或いは社会不適合活動、もっと言えば犯罪活動、
更に突っ込めば性的な犯罪の活動を行っているケースが多いと言う。
こういったダミーサークルは有名大学に多く、犯罪組織の事実上支部的な役割が与えられている。
「……なんか、夢が崩れる話」
事務局を出た湖は、雪人の説明が進行するに従い、その表情を徐々に萎ませていた。
大学のサークルにハリウッド映画のエンディングのような華やかさを求めていたらしい。
「ま、このツアーの場合はその辺厳しそうだし、ダミーサークルはなさそうだけど。
で、作るの? 本当に? 何でまた。審査待ちしてたらツアー終わるんじゃないの?」
「うるっさいなあ! 良いのよ、ちょっとしか活動できなくても。私は大学のサークルって
どんなもんなのか知りたくて、このツアーに参加したみたいなもんなんだから。
散って悔いなし、ってトコよ」
「そうなのか。じゃ、これまでどんなサークルに所属して来たんだ? 色々回ってたんだから
幾つか入ってみたりしたんだろ?」
「……オールゼロ」
近年の飲料水の触れ込みの言葉と共に、首を横に振る。
「だって! なんか胡散臭いのとか怖いのとかダラけてるのとか変態が運営してるのとか、
そんなんばっかりなんだもん! まともなサークルないんだもん!」
そして、雪人が何かを言う前に、そう言い訳を愚痴る。
「選り好みし過ぎっていうか、理想を高く持ちすぎなんじゃないの? ま、新設サークル
ばっかりだし、高校生が立ち上げてるものばっかりだから、ちゃんとしてない所が多い
ってのはあり得る話だけどさ。で、お前はちゃんとしたサークルを作れる自信、あるの?」
やや長台詞になった事を若干悔やみつつ、雪人は言葉で湖を指した。
当人は、その先を眺めるかのように、若干困った顔で目を寄せている。
「そ、そりゃ初めての事だし、上手くいかないかもしれないし、自信とかある訳じゃないけど……
誰だって初めては上手くいかないものでしょ? そもそも初体験でいきなりちゃんと出来たら
それはそれで何かおかしいって言うか、妙な事を勘繰られちゃう、って言うか」
「お前は何を言っているんだ」
まるで全く別の行為に対しての意見のようだったので、雪人は真顔で諌めた。
「ああもう、混乱しちゃったじゃない」
「そう言う問題でもない気がするけど……ま、俺に協力出来るのは名前貸すくらいだから。
後は自分でやれよ。条件的にはそう厳しくないし」
申請条件を満たす為には、あと部員一名、顧問一名を探せば良い。
そう難しい事ではない。
「……そんな殺生な事言わないでよ〜。一緒に探してよ〜」
しかし湖はだーっと涙を流しながらすがるように懇願して来た。
「いや、サークル作るってんならそれくらい自力で探せよ。確か米山だっけ?
ポニーテールの女子、あいつと知り合いなんだろ?」
「ダメ。あの子、もうソフトボールのサークルに入ってる。って言うか、友達って
言うほど親しくない」
「名前で呼ばれてたのにか? ったく……でも、他にも一人くらい」
「いーなーいー」
ぶるんぶるんと、二つのお下げを遠心力で頭にまとわり付かせている。
その切実な顔に、ここに来て友達を作っていない――――その発言を思い出し、
雪人は頭を抱えた。
話をする限り、決して非社交的ではない、この目の前の女子。
しかしながら、何処か人間不信的な雰囲気もあるだけに、嘘を言っている感じではない。
尤も、これまで引き受けてしまうと、自分に丸投げされている感があるのも事実。
「よしわかった。わかったから何時までも泣いてるな。これじゃどう見ても俺が
女子を言葉責めで泣かせてるみたいで体裁が悪いったらない」
「似たようなもんじゃない。友達いないって言ったのに、酷な事言って」
ハンカチで目を覆いながら拗ねる湖は、妙に可愛かった――――
「……はぁ」
そして、そう感じた事に頭を悩ませつつ、雪人はポケット内の携帯を手にとる。
「つーか、何で無償で風紀守ろうとか思うのか、その辺の考えがイマイチ理解不能なんだよな。
潔癖症とか、そういう感じなの?」
「勝手に病気にしないでよ。別にそんな性格でもないし。ただ、軟派な感じが嫌いなだけよ。
こう、なんて言うか……ラフな感じが苦手なの。部屋が汚れてるとか、そう言うんじゃなくて、
人間関係的なものがさ」
人の性格は千差万別。
そう心の中で唱え、雪人は心当たりの人に電話をかける。
「あ、香莉さん? これからサークル作るから、顧問お願い。名前借りるし。じゃ」
再び通話ボタンON。
「あ、小林? 昨日はお疲れ。つーか起きてる? ああ、ああ、で、ちょっとサークル
作る事になったから名前貸して。あ? それは後で話すから。はいはい、んじゃ」
切断ボタンON。
交渉は一分で終わった。
「な、何その鬼交渉術……あんた、セールスマンか何かなの?」
「どう言う高校生だよ。こう言うのは、下手に出てお願いすると時間が掛かるの。
本気で嫌だったらかけ直してくるから、その時には別の人に頼む。そんだけのこった」
これは、かつて雪人がおとり捜査に付き合わされていた時代に、その上司から
習った事だった。
余り道徳的な行為とは言い難いが。
「取り敢えず、大丈夫っぽいから二人の名前で出しとけ。後で修正も出来るだろ、多分」
「う、うん……ありがと」
湖は、素直にお礼を言ってきた。
そして、何処かフワッとした表情で、暫くその場に立ち尽くしていた。
そして――――夜。
「あんたねえ、勝手に人を顧問とかにしないでよね! 何考えてんのよ!」
単に意味がわからず混乱していて掛け直さなかったらしい香莉の憤慨を適当にあしらいつつ、
二日目の機械警備開始。
警備室には、雪人と小林、そして香莉の他にも宇佐美嬢、結衣、そして湖までいた。
「す、すいません。あの、どうしてもダメなら取り消しますから……」
「あ、いーのよー。顧問くらいでそんなにシュンってしなくても。ま、他ならぬ
ゆっきーがこれから毎日スタバ奢ってくれるってくらいの切願してきた訳だし、
それくらいは引き受けちゃりましょ」
「どこの方言か良くわからんし、そんな約束してないし、仮に催眠術でも使われて無意識に
してたとしても100%反故にする自信がありますけど、取り敢えずありがとうございます」
雪人が頭を下げる横で、小林は顔面を蒼白にしていた。
女子に囲まれている状況が恐ろしいらしい。
「イケメンなのに……勿体ない」
「すいません。なんかすいません」
香莉に対し、しきりに謝っていた。
時計をしきりに気にしている辺り、巡回の時間よ早く来い、と念じているように見える。
ある意味、この環境は小林の弱点克服には打ってつけかも知れない。
そう思い、雪人は一人苦笑していた。
「ゆき」
そんな中、結衣がつーっと近づいて来る。
気の所為か、若干いつもより表情が強張っているように雪人には見えた。
「サークル入るの?」
「あ、うん。まあ入るって言うか、入ったって言うか、幽霊部員って言うか、
名前だけみたいなもんだけど」
「どんなサークル?」
雪人の言葉を気にも留めず、結衣は興味津々、好奇心旺盛と言う瞳の輝きを放ちながら
話を待っていた。
「詳しい事はそこにいるツインテールの先輩に聞け。俺は活動内容については殆ど知らん」
雪人が親指で湖を指すと、結衣の視線はそれを追うように湖に向かっていく。
「……」
そして、すーっと雪人の背中のほうに回った。
そういえば極度の人見知りだった、と言う事を思い出し、頭を掻く。
「悪い。こう言う性格なんだ」
「気にもしないって。えっと、結衣ちゃん? 私の作った、私の作ったサークルに
興味がある?」
「ざーとらしく二度言うな」
「教えてあげるから、ちょっとお話しない?」
やはり雪人の言葉は無視され、人見知り全快だった結衣も、湖の物腰の柔らかさに
安心したのか、コクリと頷き、雪人から離れていった。
妙に自分の周囲で人間関係のパイプが複雑化している事を不思議に思いつつ、
雪人は機械警備の行われている施設の信号確認を行った。
実験棟1――――異常なし。
実験棟2――――異常なし。
大講義室――――異常なし。
情報処理センター――――異常なし。
体育館――――
「……ん?」
信号がやってこない。
つまり、機械警備の備品に何か支障があって、通信が途絶えていると言う事。
マニュアルによると、こういった事は侵入者の有無に関係なく珍しくはないらしい。
主に故障が多いと言う。
修理は出来る限り現場の人間が、と言う事で、修理用のマニュアルもちゃんとある。
「お、俺が行った方が良いか?」
自分が行きたいと言わんばかりに、小林が聞いてくる。
雪人は暫し考え、首を振った。
横に。
「ちょうど巡回の時間だし、修理がてら巡回を済ませてくる方が効率は良さそうだ」
「そ、そうか。はは、それは確かに効率良いな、ハハ……ハ」
乾いた笑い声が哀愁を誘う。
常に緊張状態らしく、小林の唇はカサカサになっていた。
湖のような人間不信の節がある女子がいれば、イケメンでも対話が苦手な男子もいる。
奇妙な、それでいて確かにここにある世界。
「じゃ、行って来る」
「あ、私も行く。これってサークル『ドゥ・イット・ライト』の初仕事よね」
いつの間にかそういう名前になっていた事を今知った正式な部員であるところの
雪人が嘆息する中、もう一人挙手者が現れる。
「私も行く」
結衣だった。
「いや、女子二人も引き連れて夜の大学を歩くってのはどうなんだろう」
「別に良いでしょ? やましい事する訳でもないし」
「そう言う問題かな……」
湖の言葉に妙な響きを感じつつ、ポーっと手を上げたままの結衣に対し、
雪人は半眼を向けた。
或いは、湖に懐いたのかもしれない。
それなら、この主体性は大事にした方が良い。
そう言う結論が出た所で、ゆっくりと首肯した。
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