無量小路五月雨と言う奇妙な名前の奇妙な男による主催ゲーム『恋のドッジボール大会』は、
意外にも参加チーム4組と言う、割とまともな体裁を整えた中で始まった。
ルールは単純明快。
1チーム6名で、相手が投じるボールに当たり、かつそのボールが地面に落ちた場合は
アウトとなる、通常のドッジボールのルールがそのまま採用される。
外野に3人、内野に3人。
外野と内野は、内野でアウトになった選手のみ入れ替え可能。
ただし、一度アウトになると内野へは戻れない。
よって、最初の内野三人が全員当たった時点で、外野と内野が総入れ替えとなる。
その後、最初外野にいて、入れ替わりで内野に入った選手は、再び外野と入れ替え
にはならず、外へ退場。
最終的には、内野に一人が残り、その一人が当たった時点で敗退、となる。
ここまでは、昼休みに小学生がグラウンドや体育館で行う通常のドッジボールと
何ら変わりはないのだが、やはりそこは『恋の』ドッジボール。
特殊ルールが存在する。
「男性が女性を庇って当たってしまった場合のみ、ノーカウントとしますぞ」
「どう言うルールだっ!」
つまり――――女を背にした状態で男がボールを受け切れなかった場合、それは
セーフ、と言う事を無量小路は切々と解説していた。
確かに、女性を守る男性……と言う、恋の芽生えそうなシチュエーションではある。
ただ、こんなルールを公式に採用した時点で、芽生えるのは恋ではなく『城壁』
と言う名の作戦だけだ。
「Hey! We
are men all members.In this case, how do it become
it?」
そんな杜撰なルールに対し、ブラックウェル研究室の外国人部隊が
クレームをつけている。
無量小路はそんな英語での捲くし立てに対し、全く動じる事なく対応していた。
英会話も紳士の嗜みの一つらしい。
「ふむん。であれば、一人乙女役を決めて女性用水着を着用させれば、
その選手を女性と認めましょうぞ」
「酷いルールだ……」
雪人が頭を抱える中、ルール解説終了。
「ではここで、栄えある第一試合に登場するチームを紹介しましょうぞ。
さて、この無量小路も次の試合の選手として参加する身なので、ここからのMCは
大河内教授の愛娘、静様にお願いする事にしますぞ!」
「大河内静だ。このような解説は初めてなので、些か緊張しているが宜しく」
「何やってんだ……」
頭を抱えていた雪人が、更に頭の位置を低くする中、静によるチーム紹介が
粛々と行われていった。
「まず、大友研究室の面々を中心メンバーに据えたチーム『オーバープロテクション』」
「成程、確かにオーバープロテクションの水着ばかりだね」
そして、何故か静の隣にはスペシャルゲストとして大友教授が並んでいた。
と言う訳で、第一試合にいきなり登場と言う事になり、雪人は香莉に引きずられるように
棒で線を引いただけのコートへと連行されていく。
「それでは選手を紹介しよう。まずはチーム唯一の男、黒木雪人。ちなみに
彼は中学時代、よせば良いのに家の近所に捨てられていた弦の切れた
ギターを持ち帰って、ポージングの特訓に明け暮れ……」
「だあああああああああっ! 何でそんな余計な情報漏らしやがるんだあああっ!」
誰にでもある痛い過去を暴露され、雪人は撃沈した。
「ギター……?」
「ポージング……?」
普段は茶化す係の香莉や湖が白い視線を送る中、月海だけは変わらない顔で
雪人に近付き――――
「物を大事にするのは、良い事ですよ」
余り実りのない励ましの言葉を残した。
その後の選手紹介は余りインパクトのあるものではなかったので、割愛。
ちなみにオーバープロテクションのメンバーは、雪人の他、香莉、湖、月海、
宇佐美、結衣となっている。
「ホラゆっきー、しっかりしなさいよ。壁のアンタが項垂れてたら勝てる試合も
勝てないんだからね。ギターの件は後でちゃんと弄ってあげるから」
「勘弁してください……」
生気を失った雪人は、それでもムリヤリ立たされる。
その視線の先には、対戦チーム『キャッツロボット』の面々が哀れみの顔で
並んでいた。
大山研究室の女子4名と、三越研究室の小林&遊馬で計6名。
「黒木……ギターだったら後で教えてやるから、泣くなよ」
「泣いてねーよ! つーかその話題引っ張るなよ!」
取り分け同情的な小林と、その隣でブーメランパンツを履いた下半身を
惜しげもなく強調すべく身体を反っている遊馬の二人は、いわゆる助っ人参戦。
この二人以外の三越研究室イケメン軍団も、別の研究室に混ざって
参加しているようだ。
「よーし☆ みんなガンバロー☆」
「こういうビーチスポーツ、グラビアの時に役立ちそう……」
声優志望の伊佐美と女優志望の井本が緩い雰囲気で張り切る一方、
ソフト部キャプテンの米山は、一人目の中に炎を灯してストレッチに励んでいる。
「球技で負ける訳には行かないからね……」
その炎が身体全体を包み込み、周囲のゼミ友が驚いている中――――審判を務める
黒ずくめの何者かが中央へ集まり、ボールを要求した。
「では、まずジャンプボール。ルールはわかるな」
静の言葉に、両チーム頷く。
そして――――ジャンプボールは湖と米山が行う事となった。
「窓霞」
湖と対峙する格好となった米山が、不敵な笑みと共にその姿を見据える。
当の湖は、どこか困惑げ。
その様子を眺めつつ、雪人は以前の彼女の言動を思い出していた。
『友達って言うほど親しくない』
確かに、そう言っていた。
ただ、その割には今もまた、米山はどこか親しげに、或いはライバル視している
ような雰囲気で湖と接している。
奇妙な違和感。
とは言え、それが何を意味するのかなど、わかる筈もない。
結局、黙ってみているしかなかった。
「ちょうど良い機会だし、ここらで因縁にケリをつけようじゃない。
小学生時代から続いている私とアンタの因縁に、ね」
「へ? な、何が?」
「ふふっ……そうやってはぐらかしても無駄よ。今日こそ、私が上だって
証明してやるんだからね……覚悟なさい!」
完全に一方通行のバトル勃発の中、ボールが二人の真上に放たれる。
米山はポニーテールをなびかせ、いち早く反応を見せた――――が、
それより僅かに遅れて跳んだ筈の湖が、一瞬早くボールに触れる!
「なっ……!」
そのまま押し合いとなったが、よりボールの上を叩いた湖が
押し切る結果となり、先手は『オーバープロテクション』が取る事となった。
「今の湖選手のジャンプは見事だったな」
「しなやかだねえ。若いって良いよね」
実況コンビが早くも投げやりになりつつある中、張り切ってボールを拾ったのは――――
「さー若いの覚悟なさい! こちとら人生の先輩、果たしてその薄っぺらい
人生経験でキャッチ出来るかな!?」
肉食動物のような目で標的を狙う香莉だった。
「香莉さん、あんまり私怨をぶつけない方が」
「やっかましい! こちとら、ずーっと腹に据えかねてたのよ! あいつらどーせ、
私の事を年増だの年増だの年増だの年増だの年増だの年増だの年増だの年増だの
陰口叩いてるにきまってんだから覚悟しやがれガキンチョどもーーーーっ!」
香莉は高校生が大半を占める本ツアー内でかなりのコンプレックスを
抱いていたらしく、その目を肉食動物から殺戮者のそれに変え、
肩が抜けそうな勢いで投じ――――
「ふぎゃーーーーーー☆」
伊佐美の顔面に直撃させた。
舞うボール。
止まる時間。
「顔面はセーフだが……それ以前に、それはない」
「ないよねえ……」
静や大友教授すらドン引きする中、香莉だけが超満足そうに額の汗を拭う。
「もう少しメリ込ませたかったけど。ま、いっか♪」
「アンタ本気で怖いわ」
雪人がダラダラ汗を流す中、伊佐美は担架に運ばれ退場。
香莉にとって、声優志望のロリっ子は絶対に許すことの出来ない存在だったらしい。
結果的に一人失った状態となったキャッツロボットは、外野にサポートメンバーの
大山教授を入れ、再開。
「……なんで教授がサポメンなんだよ」
巨体を揺らしながら外野へ向かう水着姿の中年女性に頭を抱えつつ、
雪人は敵の動向を探った。
現在、配置は以下の通り。
・チーム『オーバープロテクション』
内野
雪人、湖、香莉
外野
レフト:月海、センター:宇佐美、ライト:結衣
・チーム『キャッツロボット』
内野
米山、水野(保育士志望)、遊馬
外野
レフト:井本、センター:小林、ライト:大山
雪人の真後ろには小林が控えている。
ある程度運動能力はあると思われるこの男にボールが渡ると、注意が必要。
そして今回のルール上、雪人は誰か女子を背にしておけば、無敵状態となる。
よって――――
「湖。俺の後ろに付け」
「へ? う、後ろ?」
「早くしろ」
湖を呼びつけ、ボールを持つ米山と対峙する。
「へぇ、男を盾にするの? 『岸間小のイボンヌ』の異名を持ってた
湖窓霞ともあろーお人が」
「わーーーーーっ! 何でそんな昔のコト今言うのこのおバカっ!」
湖が泣きそうな顔で非難する一方、その異名が一体何のことなのやら
全く理解出来ず、雪人は怪訝な顔で首を捻った。
「良くわからんけど、挑発には乗るなよ。この状態が一番有利なんだからな。
わかったか、岸間小のイボンヌ」
「呼ぶなーーーっ! 今度呼んだらアンタのコト『惨めギタリスト』って呼ぶからね!」
「それは嫌過ぎる……」
結果、和平協定が結ばれた。
「フンだ。ま、いーでしょ。男に当たっても無効だけど、女に当たればアウトなんでしょ?
せいぜい隠れて見せなさい……よっと!」
混乱の最中、米山はなんと下投げでボールを投じた!
ソフト部ならではの発想。
しかも、かなり速い。
加えて通常の投球とは軌道が異なる。
そして、その投じたボールは、雪人の脇の下を通り、後ろに隠れている湖の
微かに露見した身体に――――
「危なっ!」
当たる直前、雪人は肘を落としてボールに当てた。
激痛。
幾ら硬い肘でも、威力のあるボールが当たればかなり痛い。
「痛……」
「だ、大丈夫?」
守られた格好となった湖が、ボールを回収するのも忘れ、雪人の肘に
目を向ける中――――そのコートを包む空気も、何となく妙な雰囲気になっていた。
「ひゅーひゅー」
そして、同じくボールを回収せずに冷やかしていた香莉の怠慢もあって、
再びボールは『キャッツロボット』のコートへ。
「何やってんだよ! 仕事しろや!」
「冷やかしも立派な仕事なのよ! 年上って言うのはそう言うもんなの!」
自分のポジションを理解している香莉の絶叫がこだまする中、再び米山に
ボールが渡る。
その顔は、明らかに不機嫌そうだった。
「幾らドッジボールとは言え、私の投じたボールを防ぐなんて……
でも、次は絶対当てる!」
そして、更に燃えていた。
逆に、雪人はこの『恋のドッジボール』の恐ろしさを実感し、歯軋りしたい
心境に駆られていた。
女を背にすれば、男は当たってもノーカウント――――それは一見すると、
非常に都合の良い、男に有利なルールのように思える。
しかし、それを実践してわかった事。
それは――――
(恥ずかしっ!)
えも言われぬ羞恥心。
公然と女性を庇って傷付く行為と言うのは、この上ないハズカシさを生むと
雪人は生まれて始めて実感した。
同時に、困惑する。
今後、ずっとコレを繰り返していかなくてはならないのか、と。
思わず、視線を『ある方向』に向ける。
「? どうした?」
尤も、余りその行為に意味はなかったで、直ぐに戻した。
「ホラゆっきー、また来るよ! ガンバってまどにゃんを守らないと!」
そして、その全てを把握した上で囃し立てる香莉に殺意すら覚えつつ、
雪人は全神経をボールに集中した。
「ふっ!」
全力で投じられた、ソフト部キャプテンの投球。
今度は足元狙い。
地を這うサブマリン投法だ。
最も取りにくいとされるそのボールに対し、雪人は――――踏みつけた。
「普通のドッジボールじゃ、こうも行かないけど」
そう。
当たっても問題ないのだから、踏んで抑えても問題ナシ。
「ナイスナイス! ヘイゆっきー、パス!」
「あいよ」
足元に収まったボールを拾い、猛る香莉へ放る。
次の瞬間――――
「らぁ!」
殆どノーモーションで、香莉はその場から投げた。
信じ難いスピードで、一直線に宙を走ったボールは――――
「あうっ!?」
水野を直撃。
その隣にいた遊馬は、一切庇おうとはしなかった。
「なっ……どうして庇わないのよ! 当たってもセーフなのよ!?」
当然とも言える米山の激昂に対し、遊馬は髪を掻きあげ、目を見開く。
「顔に当たったら、マジ痛くね? つーかヤバくね? 俺のこの切れ長のシュッとした
鼻筋が真ん丸に腫れたらマジシャレにならねーし。まだ保険とか掛けてねーし」
「くあーっ! このナルシー最悪! 誰よこんなの入れたの!」
ちなみに、このやり取りの間にもボールは転々とし――――
「大体ね、男の癖に顔がどーこー……あいたっ」
外野でそれを拾った月海が投じ、米山にヒット。
「……これだから、男は」
謎(?)の言葉を残し、米山は両腕をダランと伸ばしたポーズで
殺気を携え外野へ歩いて行った。
その後、ダミ声の大山教授の意外な奮闘こそあったものの、
終始オーバープロテクションの優位にゲームは進み――――
「ぐわあああああっ」
最後の一人となった小林の顔面を、香莉のジョルト気味の投球が捉え、
勝負アリ。
ちなみに顔面はセーフなのだが、K.O.はアウトらしい。
「ひ、酷い……」
「小林選手再起不能により、チーム『オーバープロテクション』の勝ちとする!」
「お疲れさーん。御褒美にカキ氷奢ってやろっか」
最後までユルユルな司会に辟易する一方で、ますます人間不信に陥りそうな小林に
合唱しつつ、雪人は空しい勝利を背中で感じていた。
そして、第二試合開始――――
「あ、香莉さん、どの味がいいですか?」
「女ならブルハ一択に決まってんじゃない! つくみん、練乳かける?」
「いえ、私は。結衣さんに渡してあげてください」
「……おそれ入ります」
が開始したにも拘らず、雪人と宇佐美嬢以外は一切試合に目を向けず、
海の家でカキ氷を食べていた。
「……宇佐美さんも向こうに混じっていいですよ。俺見ときますから」
「いえその、私一回戦で全く役に立っていなかったって言うか、いないも当然
だったと言うか、いたの? って香莉に言われるくらい何もしなかったので……
ううっ、すいません運動オンチで」
せめて敵情視察は、と言う事らしく、眼鏡を曇らせて熱心に試合を見つめている。
その様子に苦笑しつつ、雪人も視線を急造コートへと向けた。
ブラックウェル研究室の外国人部隊が中心の『ヘルズタウン』vs『コイ☆バナ』。
当然、身体能力の高い『ヘルズタウン』が有利かと思いきや――――
「Ouch!」
「It
hurts!」
「ギャアアアアアアア!」
アッサリと撃沈。
と言うか、一人だけ明らかに純然たる日本人がいる事に、今更ながら
違和感を覚えずにはいられず、雪人はそっちの方ばかり気になった。
「あ、あれ? あの人……」
そんな中、宇佐美嬢が『コイ☆バナ』側の一人に視線を固定させる。
外国人部隊最後の一人、ルートの鍛え抜かれた胸を射抜く、鋭いボールを放った
その人物は、無量小路でも、イケメン軍団の一人でもなく――――
「……うわー」
思わず雪人がそう唸らざるを得ない、そんな人物だった。
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